「な……なんだこりゃあ!」
殺風景な倉庫の中で、俺は我ながら情けないと思える声をあげてしまっていた。
なぜならば、俺のこの体が「仮面ライダー」なるヒーローに変化してしまったからである。
「いったい何がどうなってるんだ! 今まで、こんな事は起こったことがなかったぞ!」
俺をこんな事にした張本人である海東は、こんな感じでさっきから軽いパニックを引き起こしている。
本来なら多少暴力的な手段を使ってでも原因を聞き出したいところであるが、あの様子では本人もわかっていないのはほぼ確実である。
しかしここで、意外な人物が解説を始めた。誰であろう、長門である。
「あなた方が『KIVA』と呼称するその装甲には、特定の生物に強く呼応する性質がある。
彼の体には、その生物との間に何らかの共通項があったと思われる。
私が分析した限りでは、その装置はカードという媒体に記録されたデータを一時的に実体化させるもの。
実体化の際、核となりうるものがその場に存在すれば、より容易な実体化のためにそれを取り込んでしまうことも充分に考えられる。
もっとも、全くの偶然でこのような事態が起こる可能性は限りなく低い。あなた達が驚くのも無理はない」
長々と説明してくれたが、要は海東が呼び出したやつがたまたま俺と相性がよかったために融合してしまったということらしい。
しかし、ちゃんと元に戻れるんだろうな、これ。まだ3/4は残っているだろうこれからの人生を、ずっとこの姿で生きていくのはさすがに遠慮願いたいのだが。
「心配ない。データの癒着は一時的なもの。時が来れば自然に解除される」
まるで俺の心を読んだかのように、長門が言う。まああいつがそういうのなら問題はないのだろう。
むしろ、初めて見たはずの代物をすでにそこまで理解しているという事実に戦慄を覚える。
長門の性格上、ここで口から出任せを言っているなんて事はまったくもって考えられないしな。
とにかく元に戻るというのなら、何ら心配することはない。せっかくなのだから、ヒーローの力を満喫させてもらうとしよう。
そんなわけで若干調子に乗った俺は、ハルヒを連れて逃げようとするカイとか言う奴に向かって走り出した。
どうやらあいつは蟹のおっさんと違って変身したりはしないみたいだからな。
ド素人の俺でも、ヒーローの力があればごり押しで勝てるだろう。
とまあ柄にもなく甘い考えを抱きながら、俺はカイの前に立ちはだかったのである。
「戦闘力のない俺なら、自分なら勝てる。そんなこと考えてそうだなあ」
「ああ、考えてるぜ。怪我しない内に、さっさとハルヒをこっちに渡せ」
強気な態度でハルヒを奪い返そうとする俺であったが、それを聞いたカイは突如として高笑いを始めた。
「な、何だ? 何がおかしい!」
「お前があまりにバカだからだよ。俺、そういう顔してるだろ?」
そういわれてカイの顔を見ると、その顔はまったく笑っていなかった。むしろ、鬼神のごとき激怒の表情である。
「たしかに俺は、仮面ライダーと戦えるほどの力はない。けど、護衛ぐらいはちゃんと付けてるんだぜ?」
そう言い放ったカイの体から、大量の砂が流れ落ち始める。なんかよくわからんが気持ち悪いな、おい!
若干怯んだ俺の前で、砂は少しずつ積み重なって人の形を作っていく。
やがて俺の前には、ガスマスクというか防毒マスクというかとにかくそんな感じの顔をした三人の男が出現していた。
もちろん普通の人間に砂から出現するなんて芸当は出来ないわけであって、こいつらも人間でないと考えるのが妥当であろう。
「頼んだ、モールイマジン」
モールイマジンという名前らしい三人組は、一斉に俺に向かってきた。
俺も必死でパンチやキックを繰り出して応戦したのだが、いかんせんこちらには実戦経験というものが不足している。
おまけに、数の上でも不利である。正直、素人が一度に三人の相手をするのは非常に困難だ。
あれだけの数の敵をたった一人で相手していた、というか現在進行形で相手しているだろうユウスケさんの偉大さを噛みしめるばかりである。
「まったく、見てられないなあ」
そんなこんなで微妙に押されていた俺の前に、青いシルエットが現れる。もちろん、海東の野郎である。
「僕がフォローに廻る。さっさと片づけるよ」
そう言うと、海東の野郎も戦闘に参加し始めた。蟹の方は、士さんが頑張って一人で抑えているようだ。
さて、海東が参戦してからというもの、一気に戦況は俺たちに傾いてきた。
単純に数の差が埋まったというのもあるが、やはり海東が戦いに慣れているというのが大きいだろう。
荒削りな俺のやり方を、上手いことフォローしてくれている。悔しいが、ヒーローとしてはこいつも充分に優秀なようだ。
もっともそれは戦闘力の面でだけで、性格は大いに改善の余地ありだが。
何はともあれ、あいつが加わってくれたおかげで俺もだいぶ戦いやすくなってきた。
素人ゆえに苦戦していたわけだが、逆に言えば素人でも戦いにはなっていたのだから仮面ライダーとやらの力は素晴らしいものがある。
ある程度のってくれば、俺の適当な攻撃でもある程度モール何たらにダメージを与えることが出来る。
ちなみにカイの方は幾度か逃げようと試みているものの、そのたびに海東が牽制の銃撃を放って足止めしている。
態度がでかい割には、細かい心配りが出来る男である。
「とりゃあっ!」
そうこうしているうちに、すでに俺たちとモール何たらの勝敗はつきかけていた。
適当に口にしたかけ声と共に繰り出した俺の蹴りが、モール何たらの内の一体を吹き飛ばす。
他の二体も、すでに息も絶え絶えのグロッキー状態である。
「よし、そろそろ終わらせるよ」
そう言うと、海東は一枚のカードを取り出した。上半分には、今俺が変身している仮面ライダーが描かれている。
下半分は……よくわからないが、コウモリか?
そのカードを、海東は銃に差し込んだ。ああ、何だかいやな予感がしてきた……。
「痛みは一瞬だ」
『FINAL FORM RIDE KIKIKIKIVA!』
電子音声と共に光が銃口から光が発射されて……やっぱりこっち来たぁー!
落ち着け、俺。さっきはあれが当たって仮面ライダーに変身したんだ。
おそらくあれが当たっても俺に直接の害は……ん? なんか景色が回って……。
い、いや、俺の体が回転してるのか? というか、逆立ち? いったいどうなって……って、今度は脚がなんか無茶な角度で開いてるぞ!
どうも俺の体は全体的にあり得ない変形の仕方をしているらしいのだが、当事者の俺からは何が起きているのかさっぱり理解できないのが現状である。
とりあえず確実なのは、俺の体が海東の手につかまれているということだ。
『FINAL ATTACK RIDE KIKIKIKIVA!』
再び響く電子音声。そして俺の体を、何かが注ぎ込まれるような感触が駆けめぐる。
『キバっていくぜー!』
何だ、今の声は。たしかに俺の声なのだが俺は声を発した覚えなどない。
もう何が起きているのかさっぱりである。
物事の中心にいるはずなのに何もわからないとは、まるでハルヒのような状況だ。いや、違うか。
そんなことに思考を傾けていると、海東が俺の体から生えたトリガーを引いた。
いや、ちょっと待て。そんなものいつの間に生えた。もう何が何だかさっぱりわからん。
とまあこんな感じでもはや諦めの境地に達しようかとしていた俺の体から、ビーム的な何かが発射される。
その何かはモールなんとかを直撃し、三人まとめてなぎ倒してしまった。
すげえな、俺! いや、この場合すごいのは俺なのか? よくわからん。
「ご苦労さん、もう戻っていいよ」
上機嫌な声で、海東が言うのだが……。いや、戻るってどうやるんだよ。
変形させたのそっちじゃないか。
「君が戻ろうと強く念じれば、戻れるはずだよ」
本当か? そんな簡単に戻れるとも思えないが……。うおっ、本当に戻っていってる!
海東の手を離れた俺の体は、先程起きた超絶的な変化を逆再生し、元の仮面ライダーの姿に戻っていた。
本当にどういう仕組みになってるんだ、これは……。まったくもって理解に苦しむ。
まあハルヒに出会ってからというもの、理解に苦しむことだらけの気もするが。
「さて、君のボディーガードは全滅したわけなんだけど。おとなしくその眠り姫をこちらに明け渡してくれないかなあ」
味方ながらあまり良い印象は受けない語り口で、海東はカイに語りかける。
それに対し目を血走らせたカイは、無言で逃げ出そうとした。
「逃がさないよ!」
逃走者に対し、海東は銃をぶっ放す。今度は牽制ではなく、本気で当てるつもりだったようだ。
銃弾はカイの脚に命中し、やつがバランスを崩す。俺はその隙にカイへ駆け寄り、抱えられていたハルヒを奪還することに成功した。
よっしゃ! 今の俺は、文句なしにかっこいいぞ!
あとはハルヒを連れて速やかにここから離脱。残った化け物の処理は、本職である士さんたちに任せればいいだろう。
善は急げと、俺は走り出した。ところがその直後、一瞬俺の視界がモザイクでもかかったように不明瞭になる。
そして見える景色が正常に戻ったときには、両腕に感じるハルヒの重さが先程までより明らかに重くなっていた。
もちろん、この短時間でハルヒが激太りしたとかそういうわけではない。俺の方の腕力が落ちたのである。
「やべ……」
自分の腕を見つめながら、俺は思わず呟いていた。腕を覆っていた仮面ライダーの鎧は既になく、そこにあるのは見慣れた北高の制服だけだ。
つまり、仮面ライダーへの変身が解除されてしまったということになる。
長門はその内解除されるだろうといっていたが、せめてこの事件が一段落するまではもってほしかったぞ。
「おい」
などと愚痴が脳内を駆けめぐっている間に、カイは俺のすぐそばに来ていた。
かけられた言葉に俺が反応するよりも早く、相手の拳が我が顔面に叩き込まれる。
「返せよ」
「やなこった」
倒れた俺を見下ろしながら言うカイだが、俺の答えはもちろんノーである。
せっかく奪い返したハルヒだ。たとえ仮面ライダーの力がなくなっても、無抵抗でぶんどられてたまるかよ。
とはいえ、どうすればいい。向こうは脚を負傷しているが、こっちだってハルヒを抱きかかえてるせいで両手が使えない。
もちろんハルヒのやつを床に置けばその問題は解決するのだが、この状況下においてこいつはもっとも優先されるべき存在である。
可能な限り安全な場所に置いておかねばならない。というか、いいかげん起きろよお前は。
しかし俺の祈りもむなしくハルヒが起きることはなく、場は膠着状態に陥った。
しかし、それも長くは続かない。見かねた海東が、こちらに向かってきたのだ。
こいつに任せるのは癪だが、ハルヒの身の安全を優先するならそちらの方が確実だ。
「海東!」
俺は全身の力を振り絞って、ハルヒの体を海東目がけて投げる。
ハルヒは若干弱々しい放物線を描き、海東の元に到達した。
ふう、よかった。届かなくてコンクリートの床に激突なんて事態になったらどうしようかと思っていたところだ。
しかし、安心していられるのもほんのわずかな間だけだった。
「おのれ! その女は返してもらうぞ!」
今度は蟹のおっさんが、こちらにちょっかいを出してきたのだ。
士さんの攻撃の合間を縫って、おっさんは海東に向かってレーザーを放った。
危ないところだったが、海東はギリギリでレーザーをかわす。
そして、俺から託されたばかりのハルヒの体を投げた……っておい!
「士!」
「なっ、ちょっと待て! 俺かよ!」
海東がハルヒを投げた方向には、士さんがいた。士さんは動揺しつつも、しっかりとハルヒの体を受け止める。
ナイスキャッチと惜しみない賞賛を送りたいところだ。
「海東! お前何考えてるんだ! これじゃ戦えねえだろ!」
士さんの主張はもっともである。今まさに戦っている最中の人に荷物を預けてどうする。
しかし、海東はまったく悪びれていない。
「いやあ、もう充分働いたから、この辺で退却しようかと思ってね。
おいしいところは君に譲るよ。頑張ってくれたまえ、士」
喋りながら、海東はカードを銃にセットしていた。そして銃口を天井に向け、引き金を引く。
『ATTACK RIDE INVISIBLE!』
もはやおなじみとなってきた電子音声と共に、海東の姿は空気に溶けるように消えてしまった。
おいおい、どこ行ったんだよあいつは。
「あの野郎……! また逃げやがったな!」
戸惑う俺の耳に、怒りをあらわにする士さんの声が届く。
逃げたのかよ、やっぱり逃げたのかよ! しかも「また」ってことは、常習犯か!
くそっ、少しでもあいつの評価を上げてしまったことを激しく後悔したい気分だ!
「ん……」
そんなやたら気まずい空気の中、微妙に気の抜けた声が聞こえてきた。これは……ハルヒか?
殺風景な倉庫の中で、俺は我ながら情けないと思える声をあげてしまっていた。
なぜならば、俺のこの体が「仮面ライダー」なるヒーローに変化してしまったからである。
「いったい何がどうなってるんだ! 今まで、こんな事は起こったことがなかったぞ!」
俺をこんな事にした張本人である海東は、こんな感じでさっきから軽いパニックを引き起こしている。
本来なら多少暴力的な手段を使ってでも原因を聞き出したいところであるが、あの様子では本人もわかっていないのはほぼ確実である。
しかしここで、意外な人物が解説を始めた。誰であろう、長門である。
「あなた方が『KIVA』と呼称するその装甲には、特定の生物に強く呼応する性質がある。
彼の体には、その生物との間に何らかの共通項があったと思われる。
私が分析した限りでは、その装置はカードという媒体に記録されたデータを一時的に実体化させるもの。
実体化の際、核となりうるものがその場に存在すれば、より容易な実体化のためにそれを取り込んでしまうことも充分に考えられる。
もっとも、全くの偶然でこのような事態が起こる可能性は限りなく低い。あなた達が驚くのも無理はない」
長々と説明してくれたが、要は海東が呼び出したやつがたまたま俺と相性がよかったために融合してしまったということらしい。
しかし、ちゃんと元に戻れるんだろうな、これ。まだ3/4は残っているだろうこれからの人生を、ずっとこの姿で生きていくのはさすがに遠慮願いたいのだが。
「心配ない。データの癒着は一時的なもの。時が来れば自然に解除される」
まるで俺の心を読んだかのように、長門が言う。まああいつがそういうのなら問題はないのだろう。
むしろ、初めて見たはずの代物をすでにそこまで理解しているという事実に戦慄を覚える。
長門の性格上、ここで口から出任せを言っているなんて事はまったくもって考えられないしな。
とにかく元に戻るというのなら、何ら心配することはない。せっかくなのだから、ヒーローの力を満喫させてもらうとしよう。
そんなわけで若干調子に乗った俺は、ハルヒを連れて逃げようとするカイとか言う奴に向かって走り出した。
どうやらあいつは蟹のおっさんと違って変身したりはしないみたいだからな。
ド素人の俺でも、ヒーローの力があればごり押しで勝てるだろう。
とまあ柄にもなく甘い考えを抱きながら、俺はカイの前に立ちはだかったのである。
「戦闘力のない俺なら、自分なら勝てる。そんなこと考えてそうだなあ」
「ああ、考えてるぜ。怪我しない内に、さっさとハルヒをこっちに渡せ」
強気な態度でハルヒを奪い返そうとする俺であったが、それを聞いたカイは突如として高笑いを始めた。
「な、何だ? 何がおかしい!」
「お前があまりにバカだからだよ。俺、そういう顔してるだろ?」
そういわれてカイの顔を見ると、その顔はまったく笑っていなかった。むしろ、鬼神のごとき激怒の表情である。
「たしかに俺は、仮面ライダーと戦えるほどの力はない。けど、護衛ぐらいはちゃんと付けてるんだぜ?」
そう言い放ったカイの体から、大量の砂が流れ落ち始める。なんかよくわからんが気持ち悪いな、おい!
若干怯んだ俺の前で、砂は少しずつ積み重なって人の形を作っていく。
やがて俺の前には、ガスマスクというか防毒マスクというかとにかくそんな感じの顔をした三人の男が出現していた。
もちろん普通の人間に砂から出現するなんて芸当は出来ないわけであって、こいつらも人間でないと考えるのが妥当であろう。
「頼んだ、モールイマジン」
モールイマジンという名前らしい三人組は、一斉に俺に向かってきた。
俺も必死でパンチやキックを繰り出して応戦したのだが、いかんせんこちらには実戦経験というものが不足している。
おまけに、数の上でも不利である。正直、素人が一度に三人の相手をするのは非常に困難だ。
あれだけの数の敵をたった一人で相手していた、というか現在進行形で相手しているだろうユウスケさんの偉大さを噛みしめるばかりである。
「まったく、見てられないなあ」
そんなこんなで微妙に押されていた俺の前に、青いシルエットが現れる。もちろん、海東の野郎である。
「僕がフォローに廻る。さっさと片づけるよ」
そう言うと、海東の野郎も戦闘に参加し始めた。蟹の方は、士さんが頑張って一人で抑えているようだ。
さて、海東が参戦してからというもの、一気に戦況は俺たちに傾いてきた。
単純に数の差が埋まったというのもあるが、やはり海東が戦いに慣れているというのが大きいだろう。
荒削りな俺のやり方を、上手いことフォローしてくれている。悔しいが、ヒーローとしてはこいつも充分に優秀なようだ。
もっともそれは戦闘力の面でだけで、性格は大いに改善の余地ありだが。
何はともあれ、あいつが加わってくれたおかげで俺もだいぶ戦いやすくなってきた。
素人ゆえに苦戦していたわけだが、逆に言えば素人でも戦いにはなっていたのだから仮面ライダーとやらの力は素晴らしいものがある。
ある程度のってくれば、俺の適当な攻撃でもある程度モール何たらにダメージを与えることが出来る。
ちなみにカイの方は幾度か逃げようと試みているものの、そのたびに海東が牽制の銃撃を放って足止めしている。
態度がでかい割には、細かい心配りが出来る男である。
「とりゃあっ!」
そうこうしているうちに、すでに俺たちとモール何たらの勝敗はつきかけていた。
適当に口にしたかけ声と共に繰り出した俺の蹴りが、モール何たらの内の一体を吹き飛ばす。
他の二体も、すでに息も絶え絶えのグロッキー状態である。
「よし、そろそろ終わらせるよ」
そう言うと、海東は一枚のカードを取り出した。上半分には、今俺が変身している仮面ライダーが描かれている。
下半分は……よくわからないが、コウモリか?
そのカードを、海東は銃に差し込んだ。ああ、何だかいやな予感がしてきた……。
「痛みは一瞬だ」
『FINAL FORM RIDE KIKIKIKIVA!』
電子音声と共に光が銃口から光が発射されて……やっぱりこっち来たぁー!
落ち着け、俺。さっきはあれが当たって仮面ライダーに変身したんだ。
おそらくあれが当たっても俺に直接の害は……ん? なんか景色が回って……。
い、いや、俺の体が回転してるのか? というか、逆立ち? いったいどうなって……って、今度は脚がなんか無茶な角度で開いてるぞ!
どうも俺の体は全体的にあり得ない変形の仕方をしているらしいのだが、当事者の俺からは何が起きているのかさっぱり理解できないのが現状である。
とりあえず確実なのは、俺の体が海東の手につかまれているということだ。
『FINAL ATTACK RIDE KIKIKIKIVA!』
再び響く電子音声。そして俺の体を、何かが注ぎ込まれるような感触が駆けめぐる。
『キバっていくぜー!』
何だ、今の声は。たしかに俺の声なのだが俺は声を発した覚えなどない。
もう何が起きているのかさっぱりである。
物事の中心にいるはずなのに何もわからないとは、まるでハルヒのような状況だ。いや、違うか。
そんなことに思考を傾けていると、海東が俺の体から生えたトリガーを引いた。
いや、ちょっと待て。そんなものいつの間に生えた。もう何が何だかさっぱりわからん。
とまあこんな感じでもはや諦めの境地に達しようかとしていた俺の体から、ビーム的な何かが発射される。
その何かはモールなんとかを直撃し、三人まとめてなぎ倒してしまった。
すげえな、俺! いや、この場合すごいのは俺なのか? よくわからん。
「ご苦労さん、もう戻っていいよ」
上機嫌な声で、海東が言うのだが……。いや、戻るってどうやるんだよ。
変形させたのそっちじゃないか。
「君が戻ろうと強く念じれば、戻れるはずだよ」
本当か? そんな簡単に戻れるとも思えないが……。うおっ、本当に戻っていってる!
海東の手を離れた俺の体は、先程起きた超絶的な変化を逆再生し、元の仮面ライダーの姿に戻っていた。
本当にどういう仕組みになってるんだ、これは……。まったくもって理解に苦しむ。
まあハルヒに出会ってからというもの、理解に苦しむことだらけの気もするが。
「さて、君のボディーガードは全滅したわけなんだけど。おとなしくその眠り姫をこちらに明け渡してくれないかなあ」
味方ながらあまり良い印象は受けない語り口で、海東はカイに語りかける。
それに対し目を血走らせたカイは、無言で逃げ出そうとした。
「逃がさないよ!」
逃走者に対し、海東は銃をぶっ放す。今度は牽制ではなく、本気で当てるつもりだったようだ。
銃弾はカイの脚に命中し、やつがバランスを崩す。俺はその隙にカイへ駆け寄り、抱えられていたハルヒを奪還することに成功した。
よっしゃ! 今の俺は、文句なしにかっこいいぞ!
あとはハルヒを連れて速やかにここから離脱。残った化け物の処理は、本職である士さんたちに任せればいいだろう。
善は急げと、俺は走り出した。ところがその直後、一瞬俺の視界がモザイクでもかかったように不明瞭になる。
そして見える景色が正常に戻ったときには、両腕に感じるハルヒの重さが先程までより明らかに重くなっていた。
もちろん、この短時間でハルヒが激太りしたとかそういうわけではない。俺の方の腕力が落ちたのである。
「やべ……」
自分の腕を見つめながら、俺は思わず呟いていた。腕を覆っていた仮面ライダーの鎧は既になく、そこにあるのは見慣れた北高の制服だけだ。
つまり、仮面ライダーへの変身が解除されてしまったということになる。
長門はその内解除されるだろうといっていたが、せめてこの事件が一段落するまではもってほしかったぞ。
「おい」
などと愚痴が脳内を駆けめぐっている間に、カイは俺のすぐそばに来ていた。
かけられた言葉に俺が反応するよりも早く、相手の拳が我が顔面に叩き込まれる。
「返せよ」
「やなこった」
倒れた俺を見下ろしながら言うカイだが、俺の答えはもちろんノーである。
せっかく奪い返したハルヒだ。たとえ仮面ライダーの力がなくなっても、無抵抗でぶんどられてたまるかよ。
とはいえ、どうすればいい。向こうは脚を負傷しているが、こっちだってハルヒを抱きかかえてるせいで両手が使えない。
もちろんハルヒのやつを床に置けばその問題は解決するのだが、この状況下においてこいつはもっとも優先されるべき存在である。
可能な限り安全な場所に置いておかねばならない。というか、いいかげん起きろよお前は。
しかし俺の祈りもむなしくハルヒが起きることはなく、場は膠着状態に陥った。
しかし、それも長くは続かない。見かねた海東が、こちらに向かってきたのだ。
こいつに任せるのは癪だが、ハルヒの身の安全を優先するならそちらの方が確実だ。
「海東!」
俺は全身の力を振り絞って、ハルヒの体を海東目がけて投げる。
ハルヒは若干弱々しい放物線を描き、海東の元に到達した。
ふう、よかった。届かなくてコンクリートの床に激突なんて事態になったらどうしようかと思っていたところだ。
しかし、安心していられるのもほんのわずかな間だけだった。
「おのれ! その女は返してもらうぞ!」
今度は蟹のおっさんが、こちらにちょっかいを出してきたのだ。
士さんの攻撃の合間を縫って、おっさんは海東に向かってレーザーを放った。
危ないところだったが、海東はギリギリでレーザーをかわす。
そして、俺から託されたばかりのハルヒの体を投げた……っておい!
「士!」
「なっ、ちょっと待て! 俺かよ!」
海東がハルヒを投げた方向には、士さんがいた。士さんは動揺しつつも、しっかりとハルヒの体を受け止める。
ナイスキャッチと惜しみない賞賛を送りたいところだ。
「海東! お前何考えてるんだ! これじゃ戦えねえだろ!」
士さんの主張はもっともである。今まさに戦っている最中の人に荷物を預けてどうする。
しかし、海東はまったく悪びれていない。
「いやあ、もう充分働いたから、この辺で退却しようかと思ってね。
おいしいところは君に譲るよ。頑張ってくれたまえ、士」
喋りながら、海東はカードを銃にセットしていた。そして銃口を天井に向け、引き金を引く。
『ATTACK RIDE INVISIBLE!』
もはやおなじみとなってきた電子音声と共に、海東の姿は空気に溶けるように消えてしまった。
おいおい、どこ行ったんだよあいつは。
「あの野郎……! また逃げやがったな!」
戸惑う俺の耳に、怒りをあらわにする士さんの声が届く。
逃げたのかよ、やっぱり逃げたのかよ! しかも「また」ってことは、常習犯か!
くそっ、少しでもあいつの評価を上げてしまったことを激しく後悔したい気分だ!
「ん……」
そんなやたら気まずい空気の中、微妙に気の抜けた声が聞こえてきた。これは……ハルヒか?
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