「おっ、目を覚ましたか」
「ちっ、こんな時に……」
ハルヒが目を覚ましたことに気づき、士さんと蟹がそれぞれコメントを放った。
だがハルヒは彼らの言葉にリアクションすることはなく、ぼんやりと虚空を見つめている。
かと思えば、突然やつはアクションを起こした。それも、とんでもないことを。
聞いて驚け。ハルヒは何を思ったのか、なんの脈絡もなく士さんのベルトをむしり取ったのである。
「ちょ……うあああ!」
驚きの悲鳴を上げながら、士さんが悶える。その体からはあっという間に鎧が消え失せ、元の生身の姿になっていた。
一方ハルヒは士さんの腕から滑り落ちてしまったものの、なんとか脚から着地してダメージを最小限に抑える。
「おい、何やってるんだよ、お前! それを早く返せ!」
士さんは若干慌てた様子で、ハルヒからベルトを取り返そうとする。まあ当然の行動であろう。
ところが、ハルヒはおとなしくベルトを返そうとしない。それどころか、さらなる奇行に出る。
なんと士さんから奪い取ったベルトを、自分の腰に巻き付けたのだ。
『KAMEN RIDE DACADE!』
その直後、電子音声と共にハルヒの体が発光する。そしてやつの体は、ついさっきまで士さんが装着していた鎧に包まれた。
いや待て。なんでそうなる。なんでハルヒが仮面ライダーになってるんだよ!
百歩譲ってハルヒもあのベルトが使えるとしても、あれはカードをセットしないと変身できないんじゃなかったのか!
「たった今涼宮ハルヒによる情報改変が行われた。あのベルトは涼宮ハルヒも使用でき、なおかつ始動キーであるカードが不要になっている。
しかし気絶していた涼宮ハルヒがなぜ、あのベルトが仮面ライダーへ変身するためのアイテムだと理解できたのかは不明」
戸惑う俺の後ろで、長門がいつもの抑揚のない口調で解説してくれた。
というか、いたのか長門。さっきからまったく俺の視界に入っていなかったが。
「私の目的はあくまで観測だから。私が介入しなくても解決するのなら、極力動かない」
まあたしかにここまではなんとかなったが……。ここからも静観を決め込むつもりか?
「まだわからない。涼宮ハルヒの生命に危険が及んだ場合は、もちろん助けに入る。
しかし、今はまだそこまで深刻な事態ではない」
おいおい、本当に大丈夫なのか? あいつの性格を考えると、いきなり目の前の化け物にドロップキックかますぐらいのの暴挙は……。
「とりゃー!!」
とか言ってたら本当にやりやがった、あいつ!
やはりハルヒも仮面ライダーになったことで身体能力が上がっているらしく、ドロップキックを食らったおっさんは綺麗に吹き飛ぶ。
あ、たまたま後ろにいたカイが下敷きになった。ご愁傷様。
「貴様! いきなり何をする!」
ハルヒに対し、蟹は怒りをあらわにする。もっとも、顔が蟹なのであらわにされたところでよくわからないのだが。
「黙りなさい!」
まあそんな怒りなどハルヒにとってはどこ吹く風なわけで、あいつは逆に怒鳴り返してしまった。
「私は今、無性に正義を執行したい気分なのよ! あんた、そんないかにも悪そうな外見してるってことは、悪の手先ね!
この涼宮ハルヒ様が成敗してあげるから、覚悟なさい!」
なんて無茶苦茶な理屈なんだ、おい! そんなんで善良な市民を間違えて襲ったらどうするつもりだ!
まあこの場合は本当に悪の手先だからいいものの、いくらハルヒとはいえ考えが短絡的すぎる。
あいつ、寝ぼけてるのか?
「涼宮ハルヒの脳は、まだ完全には覚醒していない。一般的な言い方をするのなら、あなたの言うとおり『寝ぼけている』ということになる」
わざわざ解説ありがとう、長門さん。
しかし、寝ぼけて暴れ回るとは実にたちの悪い行動だ。今回は悪人相手だからまだいいが……。
「おーりゃおりゃおりゃー!」
それにしても、寝ぼけたハルヒは異様に強い。いくら仮面ライダーになっているからとはいえ、蟹のおっさんを一方的にタコ殴りにしている。
これもハルヒの力がもたらした結果なのだろうか。
「小娘の分際で……! 調子に乗るな!」
しかしおっさんも、いつまでも一方的にやられているほど生やさしい相手ではない。手にした斧で反撃に出る。
だが、ハルヒはその攻撃もあっさりとかわしてしまった。
動きがいいのにも程があるだろう。たとえ俺が同じ状況におかれても、あんな動きは出来ないと断言できる。
「喰らいなさい! 必殺パーンチ!」
ノリノリで叫びながらハルヒの繰り出したパンチが、おっさんにクリーンヒットする。
先程ドロップキックをくらったときと同じように、おっさんは大きく吹き飛んだ。
だからなんでそんなに強いんだ、あいつ。
「ふっふっふ、正義は勝つ! キョン、ちゃんと見てた?」
そこで俺に振るのか……。はいはい、お前は最強だよ。誰も勝てねえよ。
などと適当に賞賛の言葉を並べていたら、背後でおっさんが体を起こし始めていた。
そして蟹の頭部が、怪しく光る。
「危ない、ハルヒ!!」
「え?」
とっさに叫んだが、間に合わない。次の瞬間には、おっさんの放ったレーザーがハルヒの体を吹き飛ばしていた。
その体はコンクリートの床で数回バウンドし、しばらく転がって停止する。
ほぼ同時に、自然とベルトが外れた。鎧が消滅し、元のハルヒの姿があらわになる。
「ハルヒ!」
俺は無我夢中でハルヒに駆け寄っていた。こんな所で死なれでもしたら、一生忘れられないいやな思い出になっちまうからな。
そんな最悪のメモリーを心に刻むのはごめんだぜ。
「おい、しっかりしろ! ハルヒ!」
「ん……」
必死で呼びかける俺に、ハルヒがわずかな反応を示す。よかった、死んではいないみたいだ……。
「意識が混濁しているだけ。肉体的な損傷はゼロに近い。あの鎧が衝撃をほとんど吸収してくれたから」
いつの間にか俺の背後に移動していた長門が、またも解説してくれる。
こいつが言うのならば、まあ大丈夫だと思っていいだろう。
やはり仮面ライダーはすごいと言うべきか。
「すまない。俺が油断したせいで、お前の友達を危険な目に遭わせちまった」
気が付くと、士さんが目の前に立っていた。いや、この件は全てハルヒが悪いのであって、士さんが謝る必要性は微塵もないと思うのですが。
「いや、そいつがあんな行動に出ると想定してなかった俺の責任だ。
そのお詫び……ってわけでもないが、これ以上そいつを傷つけさせない。さっさと終わらせるぞ」
ベルトを拾い上げた士さんは、再び仮面ライダーに変身した。さらに、何やら携帯ゲーム機のようなものをどこからともなく取り出す。
いったい何をするのかと思いきや、士さんはその画面をものすごい勢いでタッチし始めた。
『KUUGA,AGITO,RYUKI,FAIZ,BLADE,HIBIKI,KABUTO,DEN-O,KIVA FAINAL KAMEN RIDE』
タッチを終えた士さんの額に、まばゆい光と共に一枚のカードが出現した。
さらに、その胸はたくさんのカードが並んで……なんだ、このデザインは。
なんというかこう……斬新すぎてどうコメントしたらいいのかわからない。
いや、かっこわるいだなんて思ってませんよ? 断じて思ってません。
とまあ人知れずそんな心の葛藤を抱いている間に、士さんはベルトをスライドさせて携帯ゲーム機を腰の正面にセットした。
よくわからないが、たぶん士さんはこうして姿を変えることでパワーアップしたのであろう。
「ついにコンプリートフォームを出してきたか! だが、私はまだ倒れるわけにはいかんのだ!」
蟹のおっさんは、士さんに向かって次々とレーザーを放つ。
しかし士さんは、剣を振るってレーザーをことごとく弾いてしまった。
「無駄だ、カニレーザー。お前はさっき涼宮ハルヒにさんざんやられて、もうボロボロのはず。
おとなしく逃げ帰るなら、今回だけは特別に見逃してやってもいいぜ?」
「舐めるな! 大ショッカー復興のために……。我々はなんとしてでも涼宮ハルヒを手に入れなければならないのだー!」
半ば破れかぶれになったようで、おっさんは斧を振りかざし一直線に士さんに突っ込む。
それに対し士さんは悠然と仁王立ちしたまま、腰の携帯ゲーム機を取り外して再び何やら操作し始めた。
『DEN-O KAMEN RIDE RINNER!』
ゲーム機を腰に戻すと同時に、またしても不思議なことが起こった。
士さんの隣に、もう一人の仮面ライダーが出現したのである。
新たに出現した仮面ライダーは、士さんの動きとシンクロしているようで全く同じ動きをしている。
ひょっとしてさっき海東が出して俺に当たったあれも、本来はこうなるはずだったのだろうか。
ついでに言うと、士さんの胸のカードが全て横に出てきた仮面ライダーの絵柄に変わっていた。
しかし、あれは何か意味があるのだろうか。
『FINAL ATTACK RIDE DEDEDEDEN-O!』
電子音声に合わせて、士さんたちの足下に光り輝く線路が出現した。もうこの程度では俺も驚かない。
慣れというのは恐ろしいものだ。
その線路の上で、士さんと隣の仮面ライダーが構える。
左半身を前に出し、天に向けた剣を右肩の辺りに持っていく独特な構えだ。
その構えを保ったまま、二人は線路の上を走っていく。
横に並んでいた二人が縦に並びを変え、その周囲を電車の幻が包む。
くどいようだが、もはや俺はこの程度では驚かない。
そして電車と化した士さんたちは、そのまま蟹のおっさんに突っ込んだ。
なすすべもなく突進を喰らったおっさんは、天井ギリギリという壮絶な高度まで吹き飛ぶ。
「おのれぇ……! 私が死のうとも、大ショッカーは不滅だー!!」
いかにも悪の幹部が言いそうな言葉を残し、おっさんは爆発の中に消える。
それを確認すると、士さんは変身を解除した。同時に、呼び出されたライダーも消える。
「終わったか……」
「士!」
大きく息を吐く士さんに、倉庫の入り口の方から声がかかる。
つられてその方向を見ると、そこにはユウスケさんの姿があった。
目立った外傷はないようだが、だいぶ体力を消耗している様子だ。
まあ、あれだけの数の敵と戦っていたのだから無理もあるまい。
「こっちは片づいた! そっちは?」
「ああ、今終わったところだ」
本当にあの数を一人で倒したのか……。本当にすごいぞユウスケさん。
何はともあれ、これで一件落着か。待てよ、何か忘れてるような……。
「そうだ! あのカイとかいう野郎は……」
「あの男ならすでに異世界に逃亡した」
「なんだ、誰か逃がしたのか、士。何やってるんだよ」
「うるさい。いいんだよ、あんな雑魚」
ユウスケさんになじられ、士さんはばつの悪そうな表情を浮かべる。
まあ俺が言うのもなんだが、あいつ自体はたいして強くなかったしな。
蟹のおっさんを逃がすよりはよっぽどましだろう。
「そんなことより、早く帰ろうぜ。なあ、キョン」
そういいながら笑う士さんの顔は、不思議と神々しくさえ見えた。
ああ、これがヒーローの魅力というやつなのか。
そんなことを思いながら、俺は無言でうなずいていたのであった。
◇ ◇ ◇
その後、この事件は「機関」の手回しによりカルト教団が起こした誘拐事件として処理された。
ハルヒ本人に対しては誘拐されたという事実は伝えられたものの、仮面ライダー関連のことは薬で朦朧としていたハルヒが見た夢だという風にごまかされた。
ハルヒはその説明で納得しているようである。まあ、あんなもの普通は信じられないから当然のことか。
なお士さんたちは、次の日には綺麗さっぱりと姿を消していた。部室も寸分の違いなく、元に戻っている。
名残惜しくないといえば嘘になるが、まあきっちりお別れはしたので特に感傷にふけるようなことはない。
おそらくもう二度と会うことはないであろう彼らの無事を、及ばずながら祈るばかりである。
「それにしても私、今回も何も出来ませんでしたね……」
「いいんですよ、そんなの。朝比奈さんには朝比奈さんのやることがあるんですから。
出来ないことまで背負おうとしなくていいんです」
事件から数日後、俺は朝比奈さんと会話しながら部室へ向かうという、至福の時を過ごしていた。
なお、ハルヒのやつはまたしても野暮用があるとかで遅れるらしい。
「そういえば涼宮さん、まだヒーローに熱を上げてるみたいですね」
「そうですね。まあ、その内飽きるでしょう。またこの前みたいなことが起こっても困るし、早いところ熱が冷めるのを祈りたいところです」
会話を続けながら、俺は部室の扉を開ける。
「いっただきー!」
「あー!! はなたれ! てめえ俺のプリン横取りしてるんじゃねえ!」
「プリンぐらいでそんなに怒らないでよ、先輩。大人げないなあ」
「なんだと、カメ公! プリンぐらいとはなんだ、ぐらいとは!」
「やかましい! 寝られへんやないか!」
「あんた達、いいかげんにしなさいよ!」
……ありのままに今起こったことを話そう。
『俺は部室のドアを開けたはずが電車の車内にいた』
次回「仮面ライダー電王 クライマックススクール」に続……かない!
前半に戻る
「ちっ、こんな時に……」
ハルヒが目を覚ましたことに気づき、士さんと蟹がそれぞれコメントを放った。
だがハルヒは彼らの言葉にリアクションすることはなく、ぼんやりと虚空を見つめている。
かと思えば、突然やつはアクションを起こした。それも、とんでもないことを。
聞いて驚け。ハルヒは何を思ったのか、なんの脈絡もなく士さんのベルトをむしり取ったのである。
「ちょ……うあああ!」
驚きの悲鳴を上げながら、士さんが悶える。その体からはあっという間に鎧が消え失せ、元の生身の姿になっていた。
一方ハルヒは士さんの腕から滑り落ちてしまったものの、なんとか脚から着地してダメージを最小限に抑える。
「おい、何やってるんだよ、お前! それを早く返せ!」
士さんは若干慌てた様子で、ハルヒからベルトを取り返そうとする。まあ当然の行動であろう。
ところが、ハルヒはおとなしくベルトを返そうとしない。それどころか、さらなる奇行に出る。
なんと士さんから奪い取ったベルトを、自分の腰に巻き付けたのだ。
『KAMEN RIDE DACADE!』
その直後、電子音声と共にハルヒの体が発光する。そしてやつの体は、ついさっきまで士さんが装着していた鎧に包まれた。
いや待て。なんでそうなる。なんでハルヒが仮面ライダーになってるんだよ!
百歩譲ってハルヒもあのベルトが使えるとしても、あれはカードをセットしないと変身できないんじゃなかったのか!
「たった今涼宮ハルヒによる情報改変が行われた。あのベルトは涼宮ハルヒも使用でき、なおかつ始動キーであるカードが不要になっている。
しかし気絶していた涼宮ハルヒがなぜ、あのベルトが仮面ライダーへ変身するためのアイテムだと理解できたのかは不明」
戸惑う俺の後ろで、長門がいつもの抑揚のない口調で解説してくれた。
というか、いたのか長門。さっきからまったく俺の視界に入っていなかったが。
「私の目的はあくまで観測だから。私が介入しなくても解決するのなら、極力動かない」
まあたしかにここまではなんとかなったが……。ここからも静観を決め込むつもりか?
「まだわからない。涼宮ハルヒの生命に危険が及んだ場合は、もちろん助けに入る。
しかし、今はまだそこまで深刻な事態ではない」
おいおい、本当に大丈夫なのか? あいつの性格を考えると、いきなり目の前の化け物にドロップキックかますぐらいのの暴挙は……。
「とりゃー!!」
とか言ってたら本当にやりやがった、あいつ!
やはりハルヒも仮面ライダーになったことで身体能力が上がっているらしく、ドロップキックを食らったおっさんは綺麗に吹き飛ぶ。
あ、たまたま後ろにいたカイが下敷きになった。ご愁傷様。
「貴様! いきなり何をする!」
ハルヒに対し、蟹は怒りをあらわにする。もっとも、顔が蟹なのであらわにされたところでよくわからないのだが。
「黙りなさい!」
まあそんな怒りなどハルヒにとってはどこ吹く風なわけで、あいつは逆に怒鳴り返してしまった。
「私は今、無性に正義を執行したい気分なのよ! あんた、そんないかにも悪そうな外見してるってことは、悪の手先ね!
この涼宮ハルヒ様が成敗してあげるから、覚悟なさい!」
なんて無茶苦茶な理屈なんだ、おい! そんなんで善良な市民を間違えて襲ったらどうするつもりだ!
まあこの場合は本当に悪の手先だからいいものの、いくらハルヒとはいえ考えが短絡的すぎる。
あいつ、寝ぼけてるのか?
「涼宮ハルヒの脳は、まだ完全には覚醒していない。一般的な言い方をするのなら、あなたの言うとおり『寝ぼけている』ということになる」
わざわざ解説ありがとう、長門さん。
しかし、寝ぼけて暴れ回るとは実にたちの悪い行動だ。今回は悪人相手だからまだいいが……。
「おーりゃおりゃおりゃー!」
それにしても、寝ぼけたハルヒは異様に強い。いくら仮面ライダーになっているからとはいえ、蟹のおっさんを一方的にタコ殴りにしている。
これもハルヒの力がもたらした結果なのだろうか。
「小娘の分際で……! 調子に乗るな!」
しかしおっさんも、いつまでも一方的にやられているほど生やさしい相手ではない。手にした斧で反撃に出る。
だが、ハルヒはその攻撃もあっさりとかわしてしまった。
動きがいいのにも程があるだろう。たとえ俺が同じ状況におかれても、あんな動きは出来ないと断言できる。
「喰らいなさい! 必殺パーンチ!」
ノリノリで叫びながらハルヒの繰り出したパンチが、おっさんにクリーンヒットする。
先程ドロップキックをくらったときと同じように、おっさんは大きく吹き飛んだ。
だからなんでそんなに強いんだ、あいつ。
「ふっふっふ、正義は勝つ! キョン、ちゃんと見てた?」
そこで俺に振るのか……。はいはい、お前は最強だよ。誰も勝てねえよ。
などと適当に賞賛の言葉を並べていたら、背後でおっさんが体を起こし始めていた。
そして蟹の頭部が、怪しく光る。
「危ない、ハルヒ!!」
「え?」
とっさに叫んだが、間に合わない。次の瞬間には、おっさんの放ったレーザーがハルヒの体を吹き飛ばしていた。
その体はコンクリートの床で数回バウンドし、しばらく転がって停止する。
ほぼ同時に、自然とベルトが外れた。鎧が消滅し、元のハルヒの姿があらわになる。
「ハルヒ!」
俺は無我夢中でハルヒに駆け寄っていた。こんな所で死なれでもしたら、一生忘れられないいやな思い出になっちまうからな。
そんな最悪のメモリーを心に刻むのはごめんだぜ。
「おい、しっかりしろ! ハルヒ!」
「ん……」
必死で呼びかける俺に、ハルヒがわずかな反応を示す。よかった、死んではいないみたいだ……。
「意識が混濁しているだけ。肉体的な損傷はゼロに近い。あの鎧が衝撃をほとんど吸収してくれたから」
いつの間にか俺の背後に移動していた長門が、またも解説してくれる。
こいつが言うのならば、まあ大丈夫だと思っていいだろう。
やはり仮面ライダーはすごいと言うべきか。
「すまない。俺が油断したせいで、お前の友達を危険な目に遭わせちまった」
気が付くと、士さんが目の前に立っていた。いや、この件は全てハルヒが悪いのであって、士さんが謝る必要性は微塵もないと思うのですが。
「いや、そいつがあんな行動に出ると想定してなかった俺の責任だ。
そのお詫び……ってわけでもないが、これ以上そいつを傷つけさせない。さっさと終わらせるぞ」
ベルトを拾い上げた士さんは、再び仮面ライダーに変身した。さらに、何やら携帯ゲーム機のようなものをどこからともなく取り出す。
いったい何をするのかと思いきや、士さんはその画面をものすごい勢いでタッチし始めた。
『KUUGA,AGITO,RYUKI,FAIZ,BLADE,HIBIKI,KABUTO,DEN-O,KIVA FAINAL KAMEN RIDE』
タッチを終えた士さんの額に、まばゆい光と共に一枚のカードが出現した。
さらに、その胸はたくさんのカードが並んで……なんだ、このデザインは。
なんというかこう……斬新すぎてどうコメントしたらいいのかわからない。
いや、かっこわるいだなんて思ってませんよ? 断じて思ってません。
とまあ人知れずそんな心の葛藤を抱いている間に、士さんはベルトをスライドさせて携帯ゲーム機を腰の正面にセットした。
よくわからないが、たぶん士さんはこうして姿を変えることでパワーアップしたのであろう。
「ついにコンプリートフォームを出してきたか! だが、私はまだ倒れるわけにはいかんのだ!」
蟹のおっさんは、士さんに向かって次々とレーザーを放つ。
しかし士さんは、剣を振るってレーザーをことごとく弾いてしまった。
「無駄だ、カニレーザー。お前はさっき涼宮ハルヒにさんざんやられて、もうボロボロのはず。
おとなしく逃げ帰るなら、今回だけは特別に見逃してやってもいいぜ?」
「舐めるな! 大ショッカー復興のために……。我々はなんとしてでも涼宮ハルヒを手に入れなければならないのだー!」
半ば破れかぶれになったようで、おっさんは斧を振りかざし一直線に士さんに突っ込む。
それに対し士さんは悠然と仁王立ちしたまま、腰の携帯ゲーム機を取り外して再び何やら操作し始めた。
『DEN-O KAMEN RIDE RINNER!』
ゲーム機を腰に戻すと同時に、またしても不思議なことが起こった。
士さんの隣に、もう一人の仮面ライダーが出現したのである。
新たに出現した仮面ライダーは、士さんの動きとシンクロしているようで全く同じ動きをしている。
ひょっとしてさっき海東が出して俺に当たったあれも、本来はこうなるはずだったのだろうか。
ついでに言うと、士さんの胸のカードが全て横に出てきた仮面ライダーの絵柄に変わっていた。
しかし、あれは何か意味があるのだろうか。
『FINAL ATTACK RIDE DEDEDEDEN-O!』
電子音声に合わせて、士さんたちの足下に光り輝く線路が出現した。もうこの程度では俺も驚かない。
慣れというのは恐ろしいものだ。
その線路の上で、士さんと隣の仮面ライダーが構える。
左半身を前に出し、天に向けた剣を右肩の辺りに持っていく独特な構えだ。
その構えを保ったまま、二人は線路の上を走っていく。
横に並んでいた二人が縦に並びを変え、その周囲を電車の幻が包む。
くどいようだが、もはや俺はこの程度では驚かない。
そして電車と化した士さんたちは、そのまま蟹のおっさんに突っ込んだ。
なすすべもなく突進を喰らったおっさんは、天井ギリギリという壮絶な高度まで吹き飛ぶ。
「おのれぇ……! 私が死のうとも、大ショッカーは不滅だー!!」
いかにも悪の幹部が言いそうな言葉を残し、おっさんは爆発の中に消える。
それを確認すると、士さんは変身を解除した。同時に、呼び出されたライダーも消える。
「終わったか……」
「士!」
大きく息を吐く士さんに、倉庫の入り口の方から声がかかる。
つられてその方向を見ると、そこにはユウスケさんの姿があった。
目立った外傷はないようだが、だいぶ体力を消耗している様子だ。
まあ、あれだけの数の敵と戦っていたのだから無理もあるまい。
「こっちは片づいた! そっちは?」
「ああ、今終わったところだ」
本当にあの数を一人で倒したのか……。本当にすごいぞユウスケさん。
何はともあれ、これで一件落着か。待てよ、何か忘れてるような……。
「そうだ! あのカイとかいう野郎は……」
「あの男ならすでに異世界に逃亡した」
「なんだ、誰か逃がしたのか、士。何やってるんだよ」
「うるさい。いいんだよ、あんな雑魚」
ユウスケさんになじられ、士さんはばつの悪そうな表情を浮かべる。
まあ俺が言うのもなんだが、あいつ自体はたいして強くなかったしな。
蟹のおっさんを逃がすよりはよっぽどましだろう。
「そんなことより、早く帰ろうぜ。なあ、キョン」
そういいながら笑う士さんの顔は、不思議と神々しくさえ見えた。
ああ、これがヒーローの魅力というやつなのか。
そんなことを思いながら、俺は無言でうなずいていたのであった。
◇ ◇ ◇
その後、この事件は「機関」の手回しによりカルト教団が起こした誘拐事件として処理された。
ハルヒ本人に対しては誘拐されたという事実は伝えられたものの、仮面ライダー関連のことは薬で朦朧としていたハルヒが見た夢だという風にごまかされた。
ハルヒはその説明で納得しているようである。まあ、あんなもの普通は信じられないから当然のことか。
なお士さんたちは、次の日には綺麗さっぱりと姿を消していた。部室も寸分の違いなく、元に戻っている。
名残惜しくないといえば嘘になるが、まあきっちりお別れはしたので特に感傷にふけるようなことはない。
おそらくもう二度と会うことはないであろう彼らの無事を、及ばずながら祈るばかりである。
「それにしても私、今回も何も出来ませんでしたね……」
「いいんですよ、そんなの。朝比奈さんには朝比奈さんのやることがあるんですから。
出来ないことまで背負おうとしなくていいんです」
事件から数日後、俺は朝比奈さんと会話しながら部室へ向かうという、至福の時を過ごしていた。
なお、ハルヒのやつはまたしても野暮用があるとかで遅れるらしい。
「そういえば涼宮さん、まだヒーローに熱を上げてるみたいですね」
「そうですね。まあ、その内飽きるでしょう。またこの前みたいなことが起こっても困るし、早いところ熱が冷めるのを祈りたいところです」
会話を続けながら、俺は部室の扉を開ける。
「いっただきー!」
「あー!! はなたれ! てめえ俺のプリン横取りしてるんじゃねえ!」
「プリンぐらいでそんなに怒らないでよ、先輩。大人げないなあ」
「なんだと、カメ公! プリンぐらいとはなんだ、ぐらいとは!」
「やかましい! 寝られへんやないか!」
「あんた達、いいかげんにしなさいよ!」
……ありのままに今起こったことを話そう。
『俺は部室のドアを開けたはずが電車の車内にいた』
次回「仮面ライダー電王 クライマックススクール」に続……かない!
前半に戻る
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます