註:残虐描写が含まれます。
島の南東の端、G-7。ネプチューンマンは、そこで自分と共に飛ばされてきた牛の丸焼きをむさぼりながら考えを巡らせていた。
(あの小僧の願いを叶えられるという言葉……。果たして真実か?)
確かにあの少年はネプチューンマンの好物を当て、それを彼の目の前に出して見せた。
だが、好物を調べるだけなら全能の力などなくても可能だ。即座に出現させたことに関しても、物質を転送できる能力があれば事足りる。
(確かにあの小僧は力を示して見せた。だが、あれだけでは願いを叶えられると信じるには足らぬな……。
まあいい。本当に願いを叶えてくれるのなら儲けもの。そうでなくとも、元の場所に返してくれるのなら文句はないわ)
こんな殺し合い、自分にとってはお遊びに過ぎないとネプチューンマンは思っていた。
名簿に乗っていた自分の知る超人は、全部で三人。キン肉万太郎とチェック・メイト、それにすでに殺害されたキン肉スグルだ。
一度自らが撃破したチェック・メイトなど、ものの数に入らない。ゆえに注意する相手は、万太郎のみ。
ひょっとしたら自分の知らぬ未知の超人が紛れ込んでいるかも知れないが、大多数の参加者はただの人間だろう。
超人にとって人間を倒すなど、それこそ赤子の手をひねるようなもの。勝負になるはずがない。
パートナーのセイウチンがいないとはいえ、自分が参加していた究極の超人タッグに比べればはるかに楽な戦いだ。
「では、さっさと片づけるとするかな……。この程度のことで願いを叶えてもらえるのだとしたら、こんなにお得な話はないぜー!」
残った牛肉を無造作にデイパックに放り込むと、ネプチューンマンは意気揚々と歩き出した。
◇ ◇ ◇
G-7には、古代ギリシャを連想させるような荘厳な神殿が建っていた。
そしてその神殿の前には、一人の少女がちょこんと腰掛けていた。
「ふみゅ、困ったなあ……」
その少女……水鏡美冬は、童顔に物憂げな表情を浮かべて呟く。
殺し合い。まさかそんなものに、自分が参加させられるとは思っても見なかった。
しかも自分のみならず、大切な怪奇現象研究会の仲間たちまでもがこんな陰惨なゲームに参加させられているのだ。
殺すのも殺されるのも、美冬はいやだ。殺し合いのルールに、素直に従うわけにはいかない。
(やっぱり、あの男の子を見つけ出してこんな事やめてもらうように言うべきだよね。
けど、素直に言うこと聞いてくれるかなあ? 聞いてくれない時は……)
美冬は、他人を傷つけるのが嫌いだ。だが、傷つけられるのも嫌いだ。
特に大切な友達を傷つけられるのは、自分がやられるよりはるかに苦痛だ。
美冬には力がある。友を守るためならば、美冬はその力を他者に向けることも辞さない。
この殺し合いが止まらないと言うのなら、力ずくでも止めてみせる。それが、美冬の出した結論だ。
(うーん、それにしても……。あの子のおうちはどこにあるんだろう……)
至って真剣な表情で、美冬は地図とにらめっこを始める。そして、何の進展もないまま数分経過。
そこで彼女は、自分に近づいてくる人影に気づく。
(あれは……)
美冬は、その男に見覚えがあった。とは言っても、旧知の仲というわけではない。
先程あの少年が殺し合いの説明をしていた時見かけた、仮面の男だ。
何でも願いを叶えるという話に、食ってかかっていたのを覚えている。
(あの人……出来る!)
一流の剣客であるからこそ、美冬はその男が実力者であることを敏感に感じ取る。
そして、彼が自分に敵意を向けていることも。
「ごきげんよう、お嬢さん。そしてさようなら」
挨拶もそこそこに、仮面の男……ネプチューンマンはいきなり美冬に殴りかかる。
しかし美冬は即座に左へ跳び、その拳を回避する。
「ほう、人間にしてはいい反応だな!」
笑みを浮かべながら、ネプチューンマンは続けて蹴りを繰り出す。
美冬はそれも回避し、バックステップで距離を取った。
「おじさん、殺し合いをするつもり? 他の人たちを殺すの?」
「ああ、私以外の連中は死んでもらう!」
美冬の問いに、ネプチューンマンはためらうことなく答える。
「じゃあ、私がおじさんを止めるよ。人殺しなんて、絶対やっちゃいけないことだから」
真剣な表情で言い放ち、美冬は背中に隠し持った愛刀「虎徹」を抜こうとする。
だが、その手はむなしく空を切った。
「あ、あれ? ない! ないよ? なんで?」
虎徹が没収されていることにようやく気づき、慌てふためく美冬。
ネプチューンマンはそんな彼女の姿に若干毒気を抜かれつつも、容赦なく攻撃を続ける。
「うわ! ちょっと! 困ったなあ、もう!」
ひらりひらりと攻撃をかわしながらも、美冬の心には焦りが募る。
ネプチューンマンの攻撃は、どれもまともに受ければ戦闘不能に陥るレベル。一撃でも当たってしまえば敗北は確実だ。
慣れぬ体術で立ち向かおうとしても、おそらくどうしても生じる隙を突かれてやられてしまうだろう。
勝利のためには、やはり刀が不可欠だ。
(そうだ、あのカバン!)
戦いの中、美冬は地面に起きっぱなしになっていたデイパックの存在に気づく。あの中になら、虎徹が入っているかも知れない。
ネプチューンマンの猛攻をすり抜けつつ、美冬は自分のデイパック目がけて走る。
そして何とか目当てのものにたどり着き、そこに手を突っ込んだ。
(虎徹、虎徹……。あ、これかな?)
それらしき感触を覚え、美冬は急いで手を引き抜く。彼女の手の中にあったのは、確かに一振りの刀だった。
だが、それは彼女の愛刀ではなかった。
(あ、あれ? 虎徹じゃない? あの子、入れ間違えたのかなあ? まったくもう……)
美冬は、支給品がランダムに配られると言うことを理解していなかった。しかしまあ、ここでそんなことはさして重要ではない。
(でも緊急事態だから、使わせてもらおう。持ち主の人には、あとでちゃんと謝れば許してもらえるよね)
美冬が、鞘から刀を抜く。光り輝く刀身が、外気に晒された。
「ぬう!?」
光に目を射抜かれ、ネプチューンマンは一瞬怯む。一方美冬は、光をものともせず刀を見つめていた。
(この刀……。なんて言うか、きれいな力が流れてる……。文左衛門くんの太刀と一緒だ……)
幼くして<悪玉精霊>を退治するために全国を飛び回っている少年、榊文左衛門。その愛刀を、美冬は一度だけ借り受けたことがある。
今手にしている刀は、その太刀と同じく「魔」を払う力に満ちていた。
その刀の名は、流星剣。天から落ちてきた流れ星のかけらより作られた、破邪の刀である。
(これなら……いけるかも!)
よりいっそう表情を引き締め、美冬は刀の切っ先をネプチューンマンに向ける。
その堂に入った構えに、ネプチューンマンは思わず感嘆の声を漏らした。
「その構え、素人が見よう見まねで取れるものではない。貴様、サムライか?」
「似たようなものだね」
ネプチューンマンの問いに、美冬は張りつめた声で返す。
「そうか。相手が超人レスラーなら凶器の使用をなじるところだが、サムライなら話は別だ。
一度手合わせしてみたいと思っていたものよ……。来い、小娘!」
「言われなくても……行くよ!」
大地を蹴り、美冬が突っ込む。ネプチューンマンが間合いに入った瞬間、彼女の握った刀が大きく弧を描いた。
ネプチューンマンはのけぞり、その攻撃を回避。しかし、刀の切っ先が仮面をかすめる。
「やるな! 先程までとは動きが別人のようだ!」
美冬の動きを賞賛しつつ、ネプチューンマンは彼女の体をつかみにかかる。
だが美冬は素早くその手を払い、いったん距離を取る。
ネプチューンマンは空いた間合いを再び詰めつつ、右ストレート。
紙一重でそれを回避した美冬は、相手の足下を狙って刀を振るう。
ネプチューンマンは、それを跳躍して回避。だが美冬は刀の軌道を強引に変え、下からネプチューンマンの脇腹を捉える。
「ぐぬっ!」
脇腹を襲う鈍い痛みに、思わずネプチューンマンは苦悶の声を漏らす。
(ん……? これは……)
直後、ネプチューンマンは違和感に気づく。そう、彼が感じたのは「鈍い痛み」。
明らかに斬撃ではなく、打撃の痛みだ。
「貴様……今の一撃、峰打ちだな?」
ネプチューンマンの問いに、美冬は答えない。しかしネプチューンマンは、それを肯定と解釈した。
「どういうつもりだ! この私に情けでもかけようというのか? ここは殺し合いの場だぞ!」
怒声をあげるネプチューンマン。それに対し、美冬は静かに口を開く。
「人を殺すのは……」
「む?」
「人を殺すのは……いけないことだよ」
微笑を浮かべながら、美冬は優しい声で呟く。だが、その言葉はネプチューンの理解を得ることは出来ない。
「失望したぞ、小娘。貴様とて戦う術を学んだ者だろう! 戦う相手を殺す覚悟もないか!」
苛立つネプチューンマン。彼は、左腕を高々と掲げる。これまで温存してきた、おのれの必殺技を放つために。
「所詮は人間、期待するだけ無駄だったか……。この一撃で終わらせてくれる!」
左腕を上げたまま、ネプチューンマンは美冬に向かって突進する。
そのスピードはいっさいの手加減のない、全速力。
(かわしきれない!)
予想以上のスピードに、美冬から回避という選択肢が奪われる。とっさに彼女は、刀を自分の前にかざして盾とした。
「私にこの刀を抜かせたら最後だ! 喧嘩(クォーラル)ボンバー!」
光り輝くネプチューンマンの左腕が、美冬に叩きつけられる。何とか刀で受け止める美冬だったが、衝撃を受け止めきれない。
彼女の体はボロ雑巾のように吹き飛び、地面に叩きつけられた。
「ウウ……」
全身を襲う激痛に、美冬の口からうめき声が漏れる。特に、腕のダメージは大きい。
骨折や脱臼をしていないのが不思議なくらいだ。
この状態では、もはやまともに刀を振るえそうにない。
(それでも……私は戦わなくちゃいけない)
この男は、人を殺すことにためらいがない。放っておけば、殺し合いを望まない人々に危害を加えるだろう。
美冬の仲間たちにも、それ以外の人間にも。
美冬は、それを許すことが出来ない。
彼女の強さは、人を殺すための強さではない。人を守るための強さだ。
それだけは、ゆずれない。
「まだ生きているか……。刀を盾にしたとはいえ、人間にしては丈夫だな」
立ち上がる美冬を見つめながら、ネプチューンマンは呟く。その視線はすでに「敵」ではなく、「弱者」を見るものになっていた。
「これでわかっただろう。貴様では私には勝てん。尻尾を巻いて逃げるか、おとなしく私に殺されるか選べ」
「どっちもいやだよ。おじさんみたいな危ない人は、誰かが止めてあげないと!」
震える腕で、美冬は今一度刀を構える。その目に、絶望や諦めといった負の感情は微塵も見られない。
「そのダメージで、まだやれるつもりか?」
「やれるよ」
問いに答える美冬の声にも、やはり一点の曇りすらない。
(たとえ体がボロボロでも……。この技なら!)
大きく息を吸い、吐く。同時に、円を描くように構えを大上段に持っていく。
「む?」
ネプチューンマンの、超人レスラーとしての本能が告げる。美冬は今、必殺の一撃を放とうとしていると。
「面白い……。人間がどこまで出来るか見極めてやろう。来い!」
あえて妨害するようなことはせず、ネプチューンマンは静観の姿勢を取る。
その間に美冬は、腹式呼吸で体内に「気」を練っていく。
そして十分な量の気を体内に蓄えると、ネプチューンマンに向けて走り出した。
そしてすれ違いざま、刀が振られる。その刃は、ネプチューンマンの目の前の空間を切り裂いた。
(外した?)
一瞬、ネプチューンマンの頭をそんな考えがよぎる。だがすぐに、彼は自分の考えが間違っていたことに気づかされた。
「ガハッ!!」
声にならぬ声と共に、ネプチューンマンは地面に膝をついた。
(バカな……。私の体の中を、見えない刃がすり抜けていった……?)
ネプチューンマンの抱いた感想は、間違ってはいない。
体内で高めた気を刀に乗せ、生み出した見えない刃で敵を斬る。
敵はいっさいの外傷を負わず、ただ「斬られた」というダメージだけを受ける。
それが美冬の切り札。その名は、「不殺(ころさず)の太刀」。
「ふう……。もう駄目だ……。体力使い切っちゃったよ……」
全身全霊を出し切った美冬もまた、地面に膝をつく。
「そうだ、あのおじさんどうしよう……。とりあえず縛ったりした方がいいのかなあ……。
でも、へとへとで動けないし……」
「そんなことを気にする必要はない」
「え……?」
美冬は、自分の耳を疑った。確かに倒したはずのネプチューンマン、それが自分に語りかけている。
それどころか、立ち上がってこちらに向かってきている。
「そんな……」
「今の技、申し分ないフィニッシュホールドだった。だが、やはりそのダメージでは活かしきれなかったようだな。
私を殺すつもりで来ていれば、結果は変わったかも知れぬものを……。所詮、貴様は甘いのだ」
「それでも……人を殺すのはいけないことだよ」
微笑すら浮かべて、美冬は言う。
「そうか」
短く呟いて、ネプチューンマンは左腕を振るった。
◇ ◇ ◇
(私は勝った……。だというのに何だ、この苛立ちは!)
頭部を砕かれ、無惨な屍と化した美冬を見下ろしながら、ネプチューンマンは心の内で呟く。
不快感の原因は、うっすらとはわかっている。殺しをかたくなに拒否する美冬の態度が、若い頃の自分に重なって見えるからだ。
まだ、喧嘩男と名乗っていた頃の自分と。
「くだらん感傷だ……。今の私は喧嘩男ではない。完璧超人、ネプチューンマンなのだ」
目的は一つ、この殺し合いに生き残ること。そして、優勝の褒美で完璧超人の復興をなすこと。
おのれを奮い立たせるために、ネプチューンマンは右手を挙げて叫ぶ。
「ナンバーワーン!!」
【水鏡美冬@CLAMP学園怪奇現象研究会事件ファイル 死亡】
【残り49人】
【一日目・深夜 G-7 神殿前】
【ネプチューンマン@キン肉マンⅡ世】
【状態】ダメージ(大)
【装備】なし
【道具】支給品一式、牛の丸焼き(残り60%)、不明支給品0~2
【思考】
基本:優勝し、願いを叶える。
※究極の超人タッグ編、一回戦終了後からの参戦です。
※流星剣@里見☆八犬伝、美冬のデイパック(支給品一式、不明支給品0~2)は、美冬の死体のそばに放置されています。
※支給品紹介
【流星剣@里見☆八犬伝(小説版)】
鍛冶屋の文吾兵衛が、流れ星のかけらから作った刀。
破邪の力を持つ聖剣であると同時に、持ち主に孤独を与える呪いの刀でもある。
前の話
次の話
島の南東の端、G-7。ネプチューンマンは、そこで自分と共に飛ばされてきた牛の丸焼きをむさぼりながら考えを巡らせていた。
(あの小僧の願いを叶えられるという言葉……。果たして真実か?)
確かにあの少年はネプチューンマンの好物を当て、それを彼の目の前に出して見せた。
だが、好物を調べるだけなら全能の力などなくても可能だ。即座に出現させたことに関しても、物質を転送できる能力があれば事足りる。
(確かにあの小僧は力を示して見せた。だが、あれだけでは願いを叶えられると信じるには足らぬな……。
まあいい。本当に願いを叶えてくれるのなら儲けもの。そうでなくとも、元の場所に返してくれるのなら文句はないわ)
こんな殺し合い、自分にとってはお遊びに過ぎないとネプチューンマンは思っていた。
名簿に乗っていた自分の知る超人は、全部で三人。キン肉万太郎とチェック・メイト、それにすでに殺害されたキン肉スグルだ。
一度自らが撃破したチェック・メイトなど、ものの数に入らない。ゆえに注意する相手は、万太郎のみ。
ひょっとしたら自分の知らぬ未知の超人が紛れ込んでいるかも知れないが、大多数の参加者はただの人間だろう。
超人にとって人間を倒すなど、それこそ赤子の手をひねるようなもの。勝負になるはずがない。
パートナーのセイウチンがいないとはいえ、自分が参加していた究極の超人タッグに比べればはるかに楽な戦いだ。
「では、さっさと片づけるとするかな……。この程度のことで願いを叶えてもらえるのだとしたら、こんなにお得な話はないぜー!」
残った牛肉を無造作にデイパックに放り込むと、ネプチューンマンは意気揚々と歩き出した。
◇ ◇ ◇
G-7には、古代ギリシャを連想させるような荘厳な神殿が建っていた。
そしてその神殿の前には、一人の少女がちょこんと腰掛けていた。
「ふみゅ、困ったなあ……」
その少女……水鏡美冬は、童顔に物憂げな表情を浮かべて呟く。
殺し合い。まさかそんなものに、自分が参加させられるとは思っても見なかった。
しかも自分のみならず、大切な怪奇現象研究会の仲間たちまでもがこんな陰惨なゲームに参加させられているのだ。
殺すのも殺されるのも、美冬はいやだ。殺し合いのルールに、素直に従うわけにはいかない。
(やっぱり、あの男の子を見つけ出してこんな事やめてもらうように言うべきだよね。
けど、素直に言うこと聞いてくれるかなあ? 聞いてくれない時は……)
美冬は、他人を傷つけるのが嫌いだ。だが、傷つけられるのも嫌いだ。
特に大切な友達を傷つけられるのは、自分がやられるよりはるかに苦痛だ。
美冬には力がある。友を守るためならば、美冬はその力を他者に向けることも辞さない。
この殺し合いが止まらないと言うのなら、力ずくでも止めてみせる。それが、美冬の出した結論だ。
(うーん、それにしても……。あの子のおうちはどこにあるんだろう……)
至って真剣な表情で、美冬は地図とにらめっこを始める。そして、何の進展もないまま数分経過。
そこで彼女は、自分に近づいてくる人影に気づく。
(あれは……)
美冬は、その男に見覚えがあった。とは言っても、旧知の仲というわけではない。
先程あの少年が殺し合いの説明をしていた時見かけた、仮面の男だ。
何でも願いを叶えるという話に、食ってかかっていたのを覚えている。
(あの人……出来る!)
一流の剣客であるからこそ、美冬はその男が実力者であることを敏感に感じ取る。
そして、彼が自分に敵意を向けていることも。
「ごきげんよう、お嬢さん。そしてさようなら」
挨拶もそこそこに、仮面の男……ネプチューンマンはいきなり美冬に殴りかかる。
しかし美冬は即座に左へ跳び、その拳を回避する。
「ほう、人間にしてはいい反応だな!」
笑みを浮かべながら、ネプチューンマンは続けて蹴りを繰り出す。
美冬はそれも回避し、バックステップで距離を取った。
「おじさん、殺し合いをするつもり? 他の人たちを殺すの?」
「ああ、私以外の連中は死んでもらう!」
美冬の問いに、ネプチューンマンはためらうことなく答える。
「じゃあ、私がおじさんを止めるよ。人殺しなんて、絶対やっちゃいけないことだから」
真剣な表情で言い放ち、美冬は背中に隠し持った愛刀「虎徹」を抜こうとする。
だが、その手はむなしく空を切った。
「あ、あれ? ない! ないよ? なんで?」
虎徹が没収されていることにようやく気づき、慌てふためく美冬。
ネプチューンマンはそんな彼女の姿に若干毒気を抜かれつつも、容赦なく攻撃を続ける。
「うわ! ちょっと! 困ったなあ、もう!」
ひらりひらりと攻撃をかわしながらも、美冬の心には焦りが募る。
ネプチューンマンの攻撃は、どれもまともに受ければ戦闘不能に陥るレベル。一撃でも当たってしまえば敗北は確実だ。
慣れぬ体術で立ち向かおうとしても、おそらくどうしても生じる隙を突かれてやられてしまうだろう。
勝利のためには、やはり刀が不可欠だ。
(そうだ、あのカバン!)
戦いの中、美冬は地面に起きっぱなしになっていたデイパックの存在に気づく。あの中になら、虎徹が入っているかも知れない。
ネプチューンマンの猛攻をすり抜けつつ、美冬は自分のデイパック目がけて走る。
そして何とか目当てのものにたどり着き、そこに手を突っ込んだ。
(虎徹、虎徹……。あ、これかな?)
それらしき感触を覚え、美冬は急いで手を引き抜く。彼女の手の中にあったのは、確かに一振りの刀だった。
だが、それは彼女の愛刀ではなかった。
(あ、あれ? 虎徹じゃない? あの子、入れ間違えたのかなあ? まったくもう……)
美冬は、支給品がランダムに配られると言うことを理解していなかった。しかしまあ、ここでそんなことはさして重要ではない。
(でも緊急事態だから、使わせてもらおう。持ち主の人には、あとでちゃんと謝れば許してもらえるよね)
美冬が、鞘から刀を抜く。光り輝く刀身が、外気に晒された。
「ぬう!?」
光に目を射抜かれ、ネプチューンマンは一瞬怯む。一方美冬は、光をものともせず刀を見つめていた。
(この刀……。なんて言うか、きれいな力が流れてる……。文左衛門くんの太刀と一緒だ……)
幼くして<悪玉精霊>を退治するために全国を飛び回っている少年、榊文左衛門。その愛刀を、美冬は一度だけ借り受けたことがある。
今手にしている刀は、その太刀と同じく「魔」を払う力に満ちていた。
その刀の名は、流星剣。天から落ちてきた流れ星のかけらより作られた、破邪の刀である。
(これなら……いけるかも!)
よりいっそう表情を引き締め、美冬は刀の切っ先をネプチューンマンに向ける。
その堂に入った構えに、ネプチューンマンは思わず感嘆の声を漏らした。
「その構え、素人が見よう見まねで取れるものではない。貴様、サムライか?」
「似たようなものだね」
ネプチューンマンの問いに、美冬は張りつめた声で返す。
「そうか。相手が超人レスラーなら凶器の使用をなじるところだが、サムライなら話は別だ。
一度手合わせしてみたいと思っていたものよ……。来い、小娘!」
「言われなくても……行くよ!」
大地を蹴り、美冬が突っ込む。ネプチューンマンが間合いに入った瞬間、彼女の握った刀が大きく弧を描いた。
ネプチューンマンはのけぞり、その攻撃を回避。しかし、刀の切っ先が仮面をかすめる。
「やるな! 先程までとは動きが別人のようだ!」
美冬の動きを賞賛しつつ、ネプチューンマンは彼女の体をつかみにかかる。
だが美冬は素早くその手を払い、いったん距離を取る。
ネプチューンマンは空いた間合いを再び詰めつつ、右ストレート。
紙一重でそれを回避した美冬は、相手の足下を狙って刀を振るう。
ネプチューンマンは、それを跳躍して回避。だが美冬は刀の軌道を強引に変え、下からネプチューンマンの脇腹を捉える。
「ぐぬっ!」
脇腹を襲う鈍い痛みに、思わずネプチューンマンは苦悶の声を漏らす。
(ん……? これは……)
直後、ネプチューンマンは違和感に気づく。そう、彼が感じたのは「鈍い痛み」。
明らかに斬撃ではなく、打撃の痛みだ。
「貴様……今の一撃、峰打ちだな?」
ネプチューンマンの問いに、美冬は答えない。しかしネプチューンマンは、それを肯定と解釈した。
「どういうつもりだ! この私に情けでもかけようというのか? ここは殺し合いの場だぞ!」
怒声をあげるネプチューンマン。それに対し、美冬は静かに口を開く。
「人を殺すのは……」
「む?」
「人を殺すのは……いけないことだよ」
微笑を浮かべながら、美冬は優しい声で呟く。だが、その言葉はネプチューンの理解を得ることは出来ない。
「失望したぞ、小娘。貴様とて戦う術を学んだ者だろう! 戦う相手を殺す覚悟もないか!」
苛立つネプチューンマン。彼は、左腕を高々と掲げる。これまで温存してきた、おのれの必殺技を放つために。
「所詮は人間、期待するだけ無駄だったか……。この一撃で終わらせてくれる!」
左腕を上げたまま、ネプチューンマンは美冬に向かって突進する。
そのスピードはいっさいの手加減のない、全速力。
(かわしきれない!)
予想以上のスピードに、美冬から回避という選択肢が奪われる。とっさに彼女は、刀を自分の前にかざして盾とした。
「私にこの刀を抜かせたら最後だ! 喧嘩(クォーラル)ボンバー!」
光り輝くネプチューンマンの左腕が、美冬に叩きつけられる。何とか刀で受け止める美冬だったが、衝撃を受け止めきれない。
彼女の体はボロ雑巾のように吹き飛び、地面に叩きつけられた。
「ウウ……」
全身を襲う激痛に、美冬の口からうめき声が漏れる。特に、腕のダメージは大きい。
骨折や脱臼をしていないのが不思議なくらいだ。
この状態では、もはやまともに刀を振るえそうにない。
(それでも……私は戦わなくちゃいけない)
この男は、人を殺すことにためらいがない。放っておけば、殺し合いを望まない人々に危害を加えるだろう。
美冬の仲間たちにも、それ以外の人間にも。
美冬は、それを許すことが出来ない。
彼女の強さは、人を殺すための強さではない。人を守るための強さだ。
それだけは、ゆずれない。
「まだ生きているか……。刀を盾にしたとはいえ、人間にしては丈夫だな」
立ち上がる美冬を見つめながら、ネプチューンマンは呟く。その視線はすでに「敵」ではなく、「弱者」を見るものになっていた。
「これでわかっただろう。貴様では私には勝てん。尻尾を巻いて逃げるか、おとなしく私に殺されるか選べ」
「どっちもいやだよ。おじさんみたいな危ない人は、誰かが止めてあげないと!」
震える腕で、美冬は今一度刀を構える。その目に、絶望や諦めといった負の感情は微塵も見られない。
「そのダメージで、まだやれるつもりか?」
「やれるよ」
問いに答える美冬の声にも、やはり一点の曇りすらない。
(たとえ体がボロボロでも……。この技なら!)
大きく息を吸い、吐く。同時に、円を描くように構えを大上段に持っていく。
「む?」
ネプチューンマンの、超人レスラーとしての本能が告げる。美冬は今、必殺の一撃を放とうとしていると。
「面白い……。人間がどこまで出来るか見極めてやろう。来い!」
あえて妨害するようなことはせず、ネプチューンマンは静観の姿勢を取る。
その間に美冬は、腹式呼吸で体内に「気」を練っていく。
そして十分な量の気を体内に蓄えると、ネプチューンマンに向けて走り出した。
そしてすれ違いざま、刀が振られる。その刃は、ネプチューンマンの目の前の空間を切り裂いた。
(外した?)
一瞬、ネプチューンマンの頭をそんな考えがよぎる。だがすぐに、彼は自分の考えが間違っていたことに気づかされた。
「ガハッ!!」
声にならぬ声と共に、ネプチューンマンは地面に膝をついた。
(バカな……。私の体の中を、見えない刃がすり抜けていった……?)
ネプチューンマンの抱いた感想は、間違ってはいない。
体内で高めた気を刀に乗せ、生み出した見えない刃で敵を斬る。
敵はいっさいの外傷を負わず、ただ「斬られた」というダメージだけを受ける。
それが美冬の切り札。その名は、「不殺(ころさず)の太刀」。
「ふう……。もう駄目だ……。体力使い切っちゃったよ……」
全身全霊を出し切った美冬もまた、地面に膝をつく。
「そうだ、あのおじさんどうしよう……。とりあえず縛ったりした方がいいのかなあ……。
でも、へとへとで動けないし……」
「そんなことを気にする必要はない」
「え……?」
美冬は、自分の耳を疑った。確かに倒したはずのネプチューンマン、それが自分に語りかけている。
それどころか、立ち上がってこちらに向かってきている。
「そんな……」
「今の技、申し分ないフィニッシュホールドだった。だが、やはりそのダメージでは活かしきれなかったようだな。
私を殺すつもりで来ていれば、結果は変わったかも知れぬものを……。所詮、貴様は甘いのだ」
「それでも……人を殺すのはいけないことだよ」
微笑すら浮かべて、美冬は言う。
「そうか」
短く呟いて、ネプチューンマンは左腕を振るった。
◇ ◇ ◇
(私は勝った……。だというのに何だ、この苛立ちは!)
頭部を砕かれ、無惨な屍と化した美冬を見下ろしながら、ネプチューンマンは心の内で呟く。
不快感の原因は、うっすらとはわかっている。殺しをかたくなに拒否する美冬の態度が、若い頃の自分に重なって見えるからだ。
まだ、喧嘩男と名乗っていた頃の自分と。
「くだらん感傷だ……。今の私は喧嘩男ではない。完璧超人、ネプチューンマンなのだ」
目的は一つ、この殺し合いに生き残ること。そして、優勝の褒美で完璧超人の復興をなすこと。
おのれを奮い立たせるために、ネプチューンマンは右手を挙げて叫ぶ。
「ナンバーワーン!!」
【水鏡美冬@CLAMP学園怪奇現象研究会事件ファイル 死亡】
【残り49人】
【一日目・深夜 G-7 神殿前】
【ネプチューンマン@キン肉マンⅡ世】
【状態】ダメージ(大)
【装備】なし
【道具】支給品一式、牛の丸焼き(残り60%)、不明支給品0~2
【思考】
基本:優勝し、願いを叶える。
※究極の超人タッグ編、一回戦終了後からの参戦です。
※流星剣@里見☆八犬伝、美冬のデイパック(支給品一式、不明支給品0~2)は、美冬の死体のそばに放置されています。
※支給品紹介
【流星剣@里見☆八犬伝(小説版)】
鍛冶屋の文吾兵衛が、流れ星のかけらから作った刀。
破邪の力を持つ聖剣であると同時に、持ち主に孤独を与える呪いの刀でもある。
前の話
次の話
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