ヘラクレスの掌。
それははるか昔、正義超人の始祖たちが作り上げた闘技場である。
その名の通り人間の手を模した形に削られたその巨大な岩には、五本の指それぞれの先にリングが設置されている。
このリングは正義超人界では神聖なものとされ、正義超人養成学校「ヘラクレス・ファクトリー」の卒業試験など、特別な試合でしか使われることはない。
しかしまあ、そんなことを超人のいない世界で生きてきた普通の女子高生が知っているはずもなく。
「どこですか、ここー!!」
春野姫は、中指の先で半泣きになっていた。
いきなり殺し合いという非現実的かつ凄惨な状況に叩き込まれたのに加え、スタート地点は落ちたら死にそうな巨大な岩の上。
彼女がパニックを起こすのも無理はない。
「あうう……。誰か、誰か助けてください……」
恐怖に怯える声で、姫は呟く。だが、それで状況が変わるはずもない。
自分で動かなければどうしようもない。そう気づき、姫は勇気を振り絞って一歩を踏み出す。
そして、その一歩目で足を滑らせた。
「ひゃうっ!」
間の抜けた声と共に、彼女の体は空中に投げ出される。当然、その体は重力によって落下を始めた。
「死ぬ」。姫は、心の中ではっきりとそう思った。だが、運命はまだ彼女を死なせなかった。
猛スピードで、一つの影が姫に近づく。そして、彼女の腕をしっかりとつかんだ。
「ふえ?」
何が起きたのかわからず、きょとんとする姫。我に返った時、彼女の体は影に抱きかかえられていた。
真宵あたりがこの光景を見ていたら、「これが本当のお姫様だっこ」などと茶化すことだろう。
「大丈夫でしたか?」
影の正体……姫を抱きかかえている青年は、穏やかな口調で彼女に尋ねる。しかし、姫の意識は違うところに向いていた。
(王子様……?)
青年の頭にはめられた王冠を見て、姫はそんなことを考えていた。だが、別の部分を観察する内にその考えは打ち消されていく。
青年の顔立ちは端正であったが、明らかに普通の人間とは異なっていた。
特撮番組のヒーローみたいだな、と姫は思った。そう思うと、体つきまでそんな風に見えてくる。
「あの……。どこか痛めましたか?」
「え……? あ、いえ、何でもないです! ちょっとボーっとしちゃっただけで!」
返事がないことを疑問に思った青年がもう一度問いかけると、ようやく姫は自分の世界から戻ってくる。
「そうですか。それはよかった」
微笑みを浮かべると、青年は姫の体を降ろす。
「名乗るのが遅れました。私はチェック・メイトという者です」
「え、えーと、春野姫です! 助けてくれて、ありがとうございます!!」
深々と礼をするチェックに対し、姫も慌てて頭を下げる。あまりに慌てたのでまたバランスを崩して落ちそうになったが、そこをチェックがすかさず支えた。
「うー……。何度もすみません……」
短期間に二度も助けられ、さすがに姫も恥ずかしさで頬を赤く染める。
「いえ、かまいませんよ。ここでは落ち着いて話が出来ないようですね……。一度下に降りましょう」
「はい……」
チェックに手を取られ、彼と共に姫は手首の方向……下に向かって歩いていく。
だが、その歩みは1分と立たぬ内に止まってしまった。
彼女たちの前に立ちはだかる存在がいたからだ。
「ククク……。もう獲物が見つかるとはな。わしの運も捨てたものではない」
それは、女だった。
月明かりを反射して輝く銀髪、瑞々しく白い肌。そして幼さと大人の雰囲気が奇跡的とも言える融合を見せている美貌。
彼女が天使だと言われても、姫は信用していたかも知れない。
額から生えた二本の角と、美しい顔に浮かんだ邪悪な笑みさえなければ。
「……!」
危険を感じ、チェックは姫を背にかばうように自分の立ち位置を変える。
「我が名は妖鬼王玉梓が配下、妖怪軍前線司令官。節足鬼・船虫! 貴様らの命、もらい受ける!」
名乗りを挙げると同時に、船虫は眼前の二人に襲いかかった。彼女の美しい肢体から、回し蹴りが繰り出される。
だがチェックは、それをクロスされた両腕でしっかりと受け止めた。
「少しは出来るようじゃな」
チェックの反応を見て、船虫はにやりと笑う。対するチェックは無表情だ。
「あなたが私と戦いたいというのであれば、お受けしましょう。ですが、戦うのはここではない。
ちょうどすぐそこにリングがあります。あそこでやりましょう」
あくまで淡々とした口調で、チェックは船虫に告げる。
「リング……? よくわからんが、まあいい。死に場所ぐらい貴様に選ばせてやろう」
「では、行きましょう」
姫を促し、チェックはきびすを返して来た道を戻る。
「あ、あの、チェックさん……」
「大丈夫です、春野さん。私は強いですから」
心配げに自分を見つめる姫に、チェックは優しく笑いかけた。
◇ ◇ ◇
数分後、チェックと船虫は中指のリングに立っていた。
「なるほど、闘技場のようなものか……。確かに、戦いやすそうではあるな」
リングを隅から隅まで見回しつつ、船虫は呟く。
「では、始めるとしようか」
「いいでしょう」
試合の開始を告げるべきゴングは、ここにはない。二人はおのれの心の中で、闘争の口火を切る。
先手を取ったのは、チェック。まずは小手調べとばかりに、左ジャブの連打を放つ。
だが船虫は、それを全て捌き有効打を避ける。
攻撃が一段落ついたのを見計らって、船虫が反撃の掌底。しかしチェックは、それをバックステップで回避する。
チェックは今一度距離を詰めようとして……その動きが止まる。
「これは……」
「判断を誤ったな。わしのこれは、ある程度距離が空いている方が使いやすいのじゃ」
船虫の左手の甲から伸びた、一本の触手。それが、チェックの体にからみついていた。
(くっ、私としたことが……。未知の技が出てくる可能性を失念していたとは……)
触手を外そうと、必死にもがくチェック。だが、成果は一向に上がらない。
「無駄じゃ! すぐにその頭、叩き割ってくれる!」
決して丈夫そうには見えない触手で、船虫はチェックの鍛え抜かれた体を持ち上げてみせる。
そして頭を下にし、コーナーポストめがけて振り下ろした。
「チェックさーーーーーーーん!!」
リングサイドで戦いを見守っていた姫が、思わず悲鳴を上げる。だが、チェック自身はこのピンチにも冷静であった。
「チェス・ピース・チェンジ! ルーク!」
チェックは、高らかに叫ぶ。すると、信じられないことが起こった。
彼の頭部と、肩についていた城のような飾りが入れ替わったのだ。
それと同時に彼の肉体も、城壁を連想させる煉瓦模様に変わっていく。
これこそがチェック・メイトという超人が持つ能力、「チェス・ピース・チェンジ」。
チェスの駒に対応した能力を、自分の身に宿す力。
そして「ルーク」の能力は、高い防御力である。かくして船虫の攻撃は、チェックにほとんどダメージを与えられずに終わったのである。
「何じゃと!?」
予想外の事態に、驚く船虫。その隙に、チェックは触手の拘束から逃れる。
「特殊な力を持っているのは、あなただけだと思わないことです」
「なるほどのう。確かに貴様を侮っていたようじゃ。しかし……これならどうじゃ!」
船虫は、再び触手を伸ばす。しかしその触手が描くのは、先程のような曲線ではなく直線。
今、触手は硬質化し、敵を貫く槍と化していた。
槍は、チェックを貫くべくぐんぐんと彼の体に迫る。だが、それでもやはりチェックに焦りは見られない。
「血括りの窓!」
かけ声と共にチェックの煉瓦の体に穴が空き、触手はそこを素通りしていく。
「なにっ!」
「窓簾!」
驚く船虫をよそに、チェックは空洞を閉じる。触手は煉瓦に挟み込まれ、抜けなくなってしまった。
「セイヤーッ!」
気合いの叫びと共に、チェックは体を大きく動かす。触手を押さえられている船虫もその動きに引っ張られ、マットに思い切り叩きつけられた。
「もういっちょー!」
今度は、反対側に船虫の体が振られる。なすすべもなく、彼女の体は再びマットに激突した。
「くっ……なめるなー!!」
しかし、いつまでも一方的にやられているほど船虫も甘くはない。
使っていなかった右手の触手を硬質化させ、チェックの顔面目がけて伸ばす。
チェックは、横に跳ねてそれをかわす。しかし、その程度は船虫の予想の範囲内。
船虫はかわされた触手の硬質化を解除し、リングを囲むロープに巻き付けた。
そして、両手の触手を同時に縮める。
「うあっ!」
急激に強い力で引っ張られ、チェックはたまらずバランスを崩してしまった。
触手を挟む力が一瞬緩んだのを見逃さず、船虫はすかさず触手を引き抜く。
「体が重い奴は、転んでしまえば脆いものよ!」
チェックが立ち上がる前に、船虫は両手の触手を同時に使ってチェックをがんじがらめにしてしまった。
そして、ルークになりさらに体重の増したチェックの体を持ち上げる。
「ちっ、両手を使っても持ち上げるのにこれほど手こずるとはな……。まあよい」
玉の汗を流しつつも、船虫は勝利を確信した笑みを浮かべた。
「鉄柱に叩きつけても無事だったお主じゃが……。果たしてこの高さから落とされても生きていられるかな?」
船虫は、チェックの体をリングの外へと運び出す。そこは、地面から遠く離れた空。
「さらばじゃ」
触手がほどかれる。それと同時に、チェックの体は自然の摂理に従って落下を始めた。
「チェックさぁぁぁぁぁん!!」
姫が、再び叫ぶ。その声は、チェックに確かに届いた。
(私が敗れれば、次は春野さんが危ない……。人間の安全を守るために戦う時、正義超人に敗北は許されない!!)
チェックの体に、力がみなぎる。
「チェス・ピース・チェンジ! ナイト!」
チェックが叫ぶと同時に、ルークのパーツと肩の馬の顔……ナイトのパーツが入れ替わる。
それに合わせて体からは煉瓦模様が消え、代わりに下半身が馬そのものへと変化する。
顔は馬、上半身は人間、下半身は馬。伝説の生物ケンタウロスともまた異なる異形の姿に、チェックは変身していた。
「ギャロップキック!!」
前脚で、鋭い蹴りを放つチェック。その脚は、ヘラクレスの掌を形作る巨岩に突き刺さる。
(一か八かでしたが、上手くいきましたね……。万太郎の火事場のクソ力のようなものでしょうか……)
一瞬浮かべた安堵の表情をすぐに消し去り、今度は後ろ脚で岩を蹴る。
その反動で、チェックは華麗にリングへと舞い戻った。
「なっ……!」
チェックのまさかの生還に、船虫は動揺を隠せない。その隙を逃さず、チェックは容赦なく必殺の攻撃を叩き込んだ。
「ケンタウロスの黒い嘶き!」
前脚での蹴りの連射が、次々と船虫の体に突き刺さる。
「うああああ!!」
悲鳴を上げ、船虫はリングに倒れ込む。そしてそのまま、意識を手放した。
「チェックさん!」
激闘を終えたチェックに、姫が駆け寄る。
「お疲れ様でした! あ、あの、すごくかっこよかったです!」
「ありがとうございます。勝てたのはあなたの声援のおかげですよ」
「え、いや、そんな、私なんて……。あうう……」
思いも寄らぬ褒め言葉を受け取り、姫は顔を真っ赤にする。
「さて、春野さん。思わぬことで時間を取られてしまいましたが……。改めて話し合いましょうか」
「あ、はい、そうですね!」
「詳しい話は場所を移してするとして……。まずこれだけは聞かせてください。
春野さん、あなたは殺し合いに乗るつもりですか?」
「えええええ? 無理です、無理! 私に人殺しなんて出来ません! 私は、みんなと一緒におうちに帰りたいんです!」
「その言葉を聞いて安心しました。それならば、私はずっとあなたの味方です」
優しい笑みを浮かべると、チェックは姫の前にひざまずく。
「春野さん、今後ともよろしく……」
◇ ◇ ◇
数十分後。船虫が目を覚ました時、そこには誰もいなかった。
「情けをかけられたというのか……」
船虫の心には、生きていた安堵よりも先に悔しさが満ちる。
「おのれ、あの男め……! この私に生き恥をさらせというのか……。
いいだろう、今はこの敗北を受け入れ、惨めに生きてやる。だが、次にあった時は必ず貴様の首をもらい受ける!
三つまとめてな!」
節足鬼・船虫。誇りを傷つけられた戦士は、心にどす黒い炎を燃やす……。
【一日目・深夜 E-2 ヘラクレスの掌】
【チェック・メイト@キン肉マンⅡ世】
【状態】疲労(大)、ダメージ(小)
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本:正義超人として、無力な人間たちを守る。
1:姫と共に行動し、彼女の友人たちを捜す。
※悪魔の種子編終了直後からの参戦です。
【春野姫@あっちこっち】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本:みんなでここから脱出する。
1:つみき、伊御、真宵、榊と合流。
【節足鬼・船虫@里見☆八犬伝】
【状態】疲労(大)、ダメージ(大)
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本:優勝し、玉梓の元へ帰還する。
1:皆殺し。特にチェックと犬士たちは絶対に殺す。
※単行本6巻終了後からの参戦です。
前の話
次の話
それははるか昔、正義超人の始祖たちが作り上げた闘技場である。
その名の通り人間の手を模した形に削られたその巨大な岩には、五本の指それぞれの先にリングが設置されている。
このリングは正義超人界では神聖なものとされ、正義超人養成学校「ヘラクレス・ファクトリー」の卒業試験など、特別な試合でしか使われることはない。
しかしまあ、そんなことを超人のいない世界で生きてきた普通の女子高生が知っているはずもなく。
「どこですか、ここー!!」
春野姫は、中指の先で半泣きになっていた。
いきなり殺し合いという非現実的かつ凄惨な状況に叩き込まれたのに加え、スタート地点は落ちたら死にそうな巨大な岩の上。
彼女がパニックを起こすのも無理はない。
「あうう……。誰か、誰か助けてください……」
恐怖に怯える声で、姫は呟く。だが、それで状況が変わるはずもない。
自分で動かなければどうしようもない。そう気づき、姫は勇気を振り絞って一歩を踏み出す。
そして、その一歩目で足を滑らせた。
「ひゃうっ!」
間の抜けた声と共に、彼女の体は空中に投げ出される。当然、その体は重力によって落下を始めた。
「死ぬ」。姫は、心の中ではっきりとそう思った。だが、運命はまだ彼女を死なせなかった。
猛スピードで、一つの影が姫に近づく。そして、彼女の腕をしっかりとつかんだ。
「ふえ?」
何が起きたのかわからず、きょとんとする姫。我に返った時、彼女の体は影に抱きかかえられていた。
真宵あたりがこの光景を見ていたら、「これが本当のお姫様だっこ」などと茶化すことだろう。
「大丈夫でしたか?」
影の正体……姫を抱きかかえている青年は、穏やかな口調で彼女に尋ねる。しかし、姫の意識は違うところに向いていた。
(王子様……?)
青年の頭にはめられた王冠を見て、姫はそんなことを考えていた。だが、別の部分を観察する内にその考えは打ち消されていく。
青年の顔立ちは端正であったが、明らかに普通の人間とは異なっていた。
特撮番組のヒーローみたいだな、と姫は思った。そう思うと、体つきまでそんな風に見えてくる。
「あの……。どこか痛めましたか?」
「え……? あ、いえ、何でもないです! ちょっとボーっとしちゃっただけで!」
返事がないことを疑問に思った青年がもう一度問いかけると、ようやく姫は自分の世界から戻ってくる。
「そうですか。それはよかった」
微笑みを浮かべると、青年は姫の体を降ろす。
「名乗るのが遅れました。私はチェック・メイトという者です」
「え、えーと、春野姫です! 助けてくれて、ありがとうございます!!」
深々と礼をするチェックに対し、姫も慌てて頭を下げる。あまりに慌てたのでまたバランスを崩して落ちそうになったが、そこをチェックがすかさず支えた。
「うー……。何度もすみません……」
短期間に二度も助けられ、さすがに姫も恥ずかしさで頬を赤く染める。
「いえ、かまいませんよ。ここでは落ち着いて話が出来ないようですね……。一度下に降りましょう」
「はい……」
チェックに手を取られ、彼と共に姫は手首の方向……下に向かって歩いていく。
だが、その歩みは1分と立たぬ内に止まってしまった。
彼女たちの前に立ちはだかる存在がいたからだ。
「ククク……。もう獲物が見つかるとはな。わしの運も捨てたものではない」
それは、女だった。
月明かりを反射して輝く銀髪、瑞々しく白い肌。そして幼さと大人の雰囲気が奇跡的とも言える融合を見せている美貌。
彼女が天使だと言われても、姫は信用していたかも知れない。
額から生えた二本の角と、美しい顔に浮かんだ邪悪な笑みさえなければ。
「……!」
危険を感じ、チェックは姫を背にかばうように自分の立ち位置を変える。
「我が名は妖鬼王玉梓が配下、妖怪軍前線司令官。節足鬼・船虫! 貴様らの命、もらい受ける!」
名乗りを挙げると同時に、船虫は眼前の二人に襲いかかった。彼女の美しい肢体から、回し蹴りが繰り出される。
だがチェックは、それをクロスされた両腕でしっかりと受け止めた。
「少しは出来るようじゃな」
チェックの反応を見て、船虫はにやりと笑う。対するチェックは無表情だ。
「あなたが私と戦いたいというのであれば、お受けしましょう。ですが、戦うのはここではない。
ちょうどすぐそこにリングがあります。あそこでやりましょう」
あくまで淡々とした口調で、チェックは船虫に告げる。
「リング……? よくわからんが、まあいい。死に場所ぐらい貴様に選ばせてやろう」
「では、行きましょう」
姫を促し、チェックはきびすを返して来た道を戻る。
「あ、あの、チェックさん……」
「大丈夫です、春野さん。私は強いですから」
心配げに自分を見つめる姫に、チェックは優しく笑いかけた。
◇ ◇ ◇
数分後、チェックと船虫は中指のリングに立っていた。
「なるほど、闘技場のようなものか……。確かに、戦いやすそうではあるな」
リングを隅から隅まで見回しつつ、船虫は呟く。
「では、始めるとしようか」
「いいでしょう」
試合の開始を告げるべきゴングは、ここにはない。二人はおのれの心の中で、闘争の口火を切る。
先手を取ったのは、チェック。まずは小手調べとばかりに、左ジャブの連打を放つ。
だが船虫は、それを全て捌き有効打を避ける。
攻撃が一段落ついたのを見計らって、船虫が反撃の掌底。しかしチェックは、それをバックステップで回避する。
チェックは今一度距離を詰めようとして……その動きが止まる。
「これは……」
「判断を誤ったな。わしのこれは、ある程度距離が空いている方が使いやすいのじゃ」
船虫の左手の甲から伸びた、一本の触手。それが、チェックの体にからみついていた。
(くっ、私としたことが……。未知の技が出てくる可能性を失念していたとは……)
触手を外そうと、必死にもがくチェック。だが、成果は一向に上がらない。
「無駄じゃ! すぐにその頭、叩き割ってくれる!」
決して丈夫そうには見えない触手で、船虫はチェックの鍛え抜かれた体を持ち上げてみせる。
そして頭を下にし、コーナーポストめがけて振り下ろした。
「チェックさーーーーーーーん!!」
リングサイドで戦いを見守っていた姫が、思わず悲鳴を上げる。だが、チェック自身はこのピンチにも冷静であった。
「チェス・ピース・チェンジ! ルーク!」
チェックは、高らかに叫ぶ。すると、信じられないことが起こった。
彼の頭部と、肩についていた城のような飾りが入れ替わったのだ。
それと同時に彼の肉体も、城壁を連想させる煉瓦模様に変わっていく。
これこそがチェック・メイトという超人が持つ能力、「チェス・ピース・チェンジ」。
チェスの駒に対応した能力を、自分の身に宿す力。
そして「ルーク」の能力は、高い防御力である。かくして船虫の攻撃は、チェックにほとんどダメージを与えられずに終わったのである。
「何じゃと!?」
予想外の事態に、驚く船虫。その隙に、チェックは触手の拘束から逃れる。
「特殊な力を持っているのは、あなただけだと思わないことです」
「なるほどのう。確かに貴様を侮っていたようじゃ。しかし……これならどうじゃ!」
船虫は、再び触手を伸ばす。しかしその触手が描くのは、先程のような曲線ではなく直線。
今、触手は硬質化し、敵を貫く槍と化していた。
槍は、チェックを貫くべくぐんぐんと彼の体に迫る。だが、それでもやはりチェックに焦りは見られない。
「血括りの窓!」
かけ声と共にチェックの煉瓦の体に穴が空き、触手はそこを素通りしていく。
「なにっ!」
「窓簾!」
驚く船虫をよそに、チェックは空洞を閉じる。触手は煉瓦に挟み込まれ、抜けなくなってしまった。
「セイヤーッ!」
気合いの叫びと共に、チェックは体を大きく動かす。触手を押さえられている船虫もその動きに引っ張られ、マットに思い切り叩きつけられた。
「もういっちょー!」
今度は、反対側に船虫の体が振られる。なすすべもなく、彼女の体は再びマットに激突した。
「くっ……なめるなー!!」
しかし、いつまでも一方的にやられているほど船虫も甘くはない。
使っていなかった右手の触手を硬質化させ、チェックの顔面目がけて伸ばす。
チェックは、横に跳ねてそれをかわす。しかし、その程度は船虫の予想の範囲内。
船虫はかわされた触手の硬質化を解除し、リングを囲むロープに巻き付けた。
そして、両手の触手を同時に縮める。
「うあっ!」
急激に強い力で引っ張られ、チェックはたまらずバランスを崩してしまった。
触手を挟む力が一瞬緩んだのを見逃さず、船虫はすかさず触手を引き抜く。
「体が重い奴は、転んでしまえば脆いものよ!」
チェックが立ち上がる前に、船虫は両手の触手を同時に使ってチェックをがんじがらめにしてしまった。
そして、ルークになりさらに体重の増したチェックの体を持ち上げる。
「ちっ、両手を使っても持ち上げるのにこれほど手こずるとはな……。まあよい」
玉の汗を流しつつも、船虫は勝利を確信した笑みを浮かべた。
「鉄柱に叩きつけても無事だったお主じゃが……。果たしてこの高さから落とされても生きていられるかな?」
船虫は、チェックの体をリングの外へと運び出す。そこは、地面から遠く離れた空。
「さらばじゃ」
触手がほどかれる。それと同時に、チェックの体は自然の摂理に従って落下を始めた。
「チェックさぁぁぁぁぁん!!」
姫が、再び叫ぶ。その声は、チェックに確かに届いた。
(私が敗れれば、次は春野さんが危ない……。人間の安全を守るために戦う時、正義超人に敗北は許されない!!)
チェックの体に、力がみなぎる。
「チェス・ピース・チェンジ! ナイト!」
チェックが叫ぶと同時に、ルークのパーツと肩の馬の顔……ナイトのパーツが入れ替わる。
それに合わせて体からは煉瓦模様が消え、代わりに下半身が馬そのものへと変化する。
顔は馬、上半身は人間、下半身は馬。伝説の生物ケンタウロスともまた異なる異形の姿に、チェックは変身していた。
「ギャロップキック!!」
前脚で、鋭い蹴りを放つチェック。その脚は、ヘラクレスの掌を形作る巨岩に突き刺さる。
(一か八かでしたが、上手くいきましたね……。万太郎の火事場のクソ力のようなものでしょうか……)
一瞬浮かべた安堵の表情をすぐに消し去り、今度は後ろ脚で岩を蹴る。
その反動で、チェックは華麗にリングへと舞い戻った。
「なっ……!」
チェックのまさかの生還に、船虫は動揺を隠せない。その隙を逃さず、チェックは容赦なく必殺の攻撃を叩き込んだ。
「ケンタウロスの黒い嘶き!」
前脚での蹴りの連射が、次々と船虫の体に突き刺さる。
「うああああ!!」
悲鳴を上げ、船虫はリングに倒れ込む。そしてそのまま、意識を手放した。
「チェックさん!」
激闘を終えたチェックに、姫が駆け寄る。
「お疲れ様でした! あ、あの、すごくかっこよかったです!」
「ありがとうございます。勝てたのはあなたの声援のおかげですよ」
「え、いや、そんな、私なんて……。あうう……」
思いも寄らぬ褒め言葉を受け取り、姫は顔を真っ赤にする。
「さて、春野さん。思わぬことで時間を取られてしまいましたが……。改めて話し合いましょうか」
「あ、はい、そうですね!」
「詳しい話は場所を移してするとして……。まずこれだけは聞かせてください。
春野さん、あなたは殺し合いに乗るつもりですか?」
「えええええ? 無理です、無理! 私に人殺しなんて出来ません! 私は、みんなと一緒におうちに帰りたいんです!」
「その言葉を聞いて安心しました。それならば、私はずっとあなたの味方です」
優しい笑みを浮かべると、チェックは姫の前にひざまずく。
「春野さん、今後ともよろしく……」
◇ ◇ ◇
数十分後。船虫が目を覚ました時、そこには誰もいなかった。
「情けをかけられたというのか……」
船虫の心には、生きていた安堵よりも先に悔しさが満ちる。
「おのれ、あの男め……! この私に生き恥をさらせというのか……。
いいだろう、今はこの敗北を受け入れ、惨めに生きてやる。だが、次にあった時は必ず貴様の首をもらい受ける!
三つまとめてな!」
節足鬼・船虫。誇りを傷つけられた戦士は、心にどす黒い炎を燃やす……。
【一日目・深夜 E-2 ヘラクレスの掌】
【チェック・メイト@キン肉マンⅡ世】
【状態】疲労(大)、ダメージ(小)
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本:正義超人として、無力な人間たちを守る。
1:姫と共に行動し、彼女の友人たちを捜す。
※悪魔の種子編終了直後からの参戦です。
【春野姫@あっちこっち】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本:みんなでここから脱出する。
1:つみき、伊御、真宵、榊と合流。
【節足鬼・船虫@里見☆八犬伝】
【状態】疲労(大)、ダメージ(大)
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本:優勝し、玉梓の元へ帰還する。
1:皆殺し。特にチェックと犬士たちは絶対に殺す。
※単行本6巻終了後からの参戦です。
前の話
次の話
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