今日は曇りのち晴れのち曇り。
寒かったり暑かったりだったよ。
天候の崩れは、人生のそれにも似ているのかもしれない。
天候も、人生も、
近い所は判っても、なかなか先が見えない。
過ぎた日のことは、良い思い出も夢みたいだし。
しかし、嫌なことだけ、なぜか鮮明だ。
思い出すたびに腸が煮えくり返ることもある。
散々、親戚のガン患者さんたちを見送ってきた。
仕事をしながら、毎晩付き添いで病院へ。
夜8時まで仕事して、夕飯と朝食作って娘と一緒に食べて、
夜10時から病院へ行って一晩病人に付き添いして、
朝6時に家に戻って、娘と朝食食べて娘を学校に送り出して、
そのまま仕事に行く。
まだ小さかった娘の面倒もあまり見られなかった。
動ける親類が少ないので、大概が年寄りなので無理がきかない。
もう一人従姉妹と交替だった。
その従姉妹は子供が二人だから、彼女の負担を減らすようにしてきた。
そんなに身を削るようにして看てきたのに、
叔父も伯父も祖母も伯母もみんないなくなった。
そんな暮らしを6年して、仕事がなくなって。
非常に不安定に再就職活動になった。
心機一転、忌まわしい記憶の場から引っ越した。
なかなか仕事が見つからない。
年齢もあるが、大きな地震の後で仕事が無い。
やっと見つけたのは派遣の仕事だった。
歯科も肉体労働系派遣で、
毎日立ち仕事の出荷作業でヘロヘロだし、
スポット派遣しかなかったから、毎日職場違うし大変だった。
贈答品検品梱包発送や、
ブランド品検品発送や、
ダイエット食品検品発送や、
冷凍食品検品や、
お弁当詰め込みコンベア作業や、
パン工場でベルトコンベアでひたすらパンにトッピングするのや、、、
エトセトラ、、、
んで、疲れやらなんやらで、風引いたのかな?と思ってて、
三ヶ月治らない。
病院に行って、白血球の異常な数値。
いろいろ聞かれて、検査して、
乳がんかも?となった。
乳がんになって、治療費稼ぐために、またスポット派遣しながら、、、
乳がんだって言われて、でも、確定検査が済まないと、確定じゃないから、その検査は保険適応じゃないので、実費・・・
なんだかんだで25万くらい・・・
んで、確定したら、転移型の乳がんだから早く手術しないといけないとのことで、
すぐに手術した。
でも、中々術後が良くなくて、
長いめの入院。
二月またぐと、高額療養費が二月分になってしまう。
一月分にしないと、八万ちょいが、十七万になってしまう!
医者に言って、まだ、手術した傷口が塞がらないから、だめだと言われたけど、
ねばって、何とか退院させてもらった。
支払えないからね。
退院したら抗がん剤治療になる。
だから、手術後立てるようになったら、体調みてスポット派遣した。
抗がん剤治療中も、体調観ながら肉体労働系派遣してた。
医者には呆れられた。
無理しすぎだと。
あんまり辛いから、生活保護を聞いたら、
生活保護したら抗がん剤や放射線治療みたいな延命治療は無しになるのと、
通院が辺鄙な所に住んでいたから、自動車なら一時間半なんだけど、
生活保護なら自動車売らなきゃならない。
バスと電車で3時間位かかっても行けって。
もっとも、いかなくなるから大丈夫ですよって。
だって、生活保護になったら、
延命治療は受けられなくなるので、
抗がん剤も放射線治療も受けられなくなる。
生活保護が決定したら、ホルモン剤治療も受けられないからなくなるし、
その上、家から離れたガン専門病院みたいな大きな病院じゃなく、
近所のガンも診られる生活保護が使える指定病院に変わるから大丈夫だと言われた。
あと、犬がいるんですか?
それなら犬も大丈夫なペット可アパートにして貰うから、
家族も一緒に入れるワンルームで生活費も少なくなるので、
お金は楽になりますよ。
とか言うし、市役所職員にホントムカついたなー
生活保護というやつは、
病人は延命治療必要ないから、出来るだけ早く死ねば大丈夫!
みたいにボロクソ言われたからね。
使える薬も決まっているから、選ばないでもすみますよ。
薬代も今より安くなるからね。
だってさ。
だから、
生活保護は考えから外して、クレジットカードに頼りながら、返済してきた。
病気をしていても、部屋代もかかるし、食費も、治療代も、薬代もかかる。
もーーーー
もうじき、返済が終わる。
これが曇天?
そろそろ、晴れになってほしいものだ。