連休の谷間の5月初旬、西岡から初回の報告が上がって来た。「どうやら、手紙に書かれていた事は、事実の様です。塩川が受け持っているクラスの女子数名が、ターゲットにされているのは間違いありません。ヤツの気分次第で、廊下に立たされているのも確認されました!」「差出人に関する情報は?」「それは、まだ特定に至っていません。1年生である事と塩川が関わっている事、この2つから絞り込むのは容易ではありません。上田や遠藤達も必死になって追っていますから、連休明けには結果をお持ち出来るでしょう!」「西岡、これは許されざる問題だ!下級生のみならず、我々にも関係する重大事になる!あらゆる手を使って調べ上げてくれ!場合によっては“実弾”を使っても構わん!何としても塩川の化けの皮を剥がせ!」「はい!それは承知しています!しかし、あたし達だけでは限界があります。原田の情報網を利用出来ませんか?」「うむ、あそこへ“通報”するとなると情報統制上の問題が生じる可能性がある。直ぐにも使いたいのは山々だが、時期を見計らって手を回そう!それまでは、出来る限り水面下で動いてくれ。一番厄介なのは“職員室”に漏れる事だ。隠蔽されたらそこまでになってしまう。闇に葬られる前に、陰でもいいから袖を掴むんだ!」「分かりました。ともかく、差出人の特定を急がせます!」「無理を言って済まんが、よろしく頼む」僕がそう言うと西岡は身を翻して、教室を出て行った。「Y、ちょっと顔を貸してくれ」伊東が入れ替わる様に現れた。廊下から原田が僕を見ていた。教室前の廊下の隅に集まると「今朝、俺の靴箱に入っていた手紙だ。読んでくれないか?」と言って1通の封筒を差し出す。体裁が僕の元へ来たものとそっくりだった。中身も文面も同じだった。「どう思う?」原田が聞いてくる。「まったく同じものが僕の手元にも来ているよ!調査を開始したんだが、ここに書かれている事は実際に起きている事らしいぞ!」と言うと原田の表情が強張った。「だとすると厄介だな。証拠を隠滅される前に袖を掴まないと、学校側へ“通報”出来なくなるし、派手に動けば筒抜けになる。Y、こっちも水面下で動いていいか?」原田がそう言い出した。「動いてくれるなら、大いに助かる。何せ情報不足で困ってたんだ。生徒会長としては、本件をどうするつもりだ?」僕が問うと「見過ごすつもりは無い!生徒会全体の問題だ!ただ、学校側とやり合うには“証言”や“証拠”を押さえなくてはならない。差出人の特定は?」「まだだ。難航してる!」「これからエージェント達を動かしても、陰を踏むには連休明けまで待たねばならないだろう。問題は“通報”の仕方とタイミングだな?」「ああ、教職員に一切悟られない様にしなくてはならないし、電光石火で片付けなくては被害は永遠に防げない!塩川は鼻だけは利くから、その辺は余計に難しい!」「確かに、アイツは厄介だ。そこでだな、情報をお前さんのところに集めて、“証言”や“証拠”も固めた上で校長に直談判するのはどうだ?」「つまり、本件は僕が処理しろと言う事か?」「俺も会長でなけりゃ前面に立てるが、どうやっても目立ってしまう!共同で作戦は展開するが、指揮はY、お前さんに任せたい。出来れば闇から闇へ葬ってしまうのが最善だと思うがどうだ?」原田は僕に一切の指揮を執れと言うのだ。「初めからそのつもりだろう?生徒会長としての“立場”もあるしな。ウチのクラスで始末しろと言うならやって見てもいい。ただし、お互いに“危険な橋”を渡る覚悟はしといてくれ!教員を告発するんだ。生徒会も無縁って訳には行かんぞ!」僕は原田にも“片棒は担げ”と釘を打った。「いいだろう!手紙を受け取った事実は覆らない。俺も覚悟は決めた!学校側を全面的に敵に回すんだ。相応の責任は負うよ!」「ならば、早速エージェントを動かしてくれ!塩川に証拠を消される前に影を踏まなくてはならない」「分かった。連絡は伊東を通して受け渡しをしよう。Y、くれぐれも頼んだぞ!」と言うと原田は生徒会室へ向かった。「参謀長、こんな作戦を引き受けていいのか?」伊東が言うが「誰かがやらなくては、悲劇は永遠に続くだろう!堤も蟻の穴から崩れると言う。塩川に蟻の恐ろしさを見せつけてやるさ!」こうして、原田の情報網も利用した作戦は始まった。
連休の後半、僕とさち、道子と竹ちゃん、雪枝と本橋の6人は、S市の“思い出の地”に足を踏み入れた。昨年の豪雨災害の際に、徒歩で歩いた“僕等の原点”に戻ったのだ。かつて、三輪車で下った坂道を6人で登る。「こんなに狭かったっけ?」雪枝が言う。「ガードレールが付いた事と、僕等が大きくなったせいだよ。舗装されたのも僕等が保育園に入ってからだったからな」僕が返すと「ここの小路を入っていくと保育園だったよね?今はどうなってるのかな?」と道子が言う。「中学2年の時に行ってみたが、園舎は取り壊されて更地になってた。どうやら統廃合の対象になったらしい。元々ボロかったしな!」「確かに、年期は入ってたもんね。箱ブランコの下敷きになったのは、“アイツ”にやられた後だったよね?」雪枝が言う。「ああ、意識が戻った時は擦り傷だらけだったがね」僕は苦笑しつつ答える。坂道を登り切ると「ここが、3人の“原点”か。それぞれの家は?」竹ちゃんが聞く。「あのマンションが建っているところに、戸建ての市営住宅があったの。あたしと雪枝はそこに。Yは、今は体育館が建ってる辺り。それぞれの家は残ってないけど、記憶は残っているわ」道子が位置関係を整理して説明した。「ここが、Y達の“原点”。小さなYに逢いたいな!」さちが言うと「これ見てごらん」と道子が古い写真を手渡す。「メガネが無い!可愛いね!でも、面影は変わってないね!」さちが飛び上がって喜ぶ。僕と竹ちゃんも覗いてみると「三輪車に跨ってるな!」「ああ、“スタート”直前の姿か?道子、どこから引っ張り出して来たんだ?」「古いアルバムから。探すの大変だったのよ!ほら、3人揃って新入生!」「へー、お姫様2人とヤンチャ坊主だな!」「そうでもないよ。姫の“ご乱行”で喧嘩になった事もある!道子も雪枝も気が強かったからな!」「Y!それは言いっこなし!」道子と雪枝から拳が降って来る。「“ご乱行”で苦労するのは、今も健在だな!参謀長!」そう言って竹ちゃんが2人から僕を引き離す。「こら!逃げるなんて卑怯だわ!」道子が珍しく強気に出てくる。「おっと、道子も怖ぇな!本気で向かってくるとは!」竹ちゃんも逃げに入る。「いいなー、あたしにはこんな思い出が無いから、羨ましい」さちがポツリと言う。「そうか、さちは転校ばっかりだったものね」雪枝がさちの肩を抱く。「小学校、行って見ねぇか?まだ、廃校にはなってねぇだろう?」「ああ、まだ健在だよ。行って見るか?」と僕が問うと「うん!」と道子と雪枝が言う。「転校以来だもの。久しぶりに覗きに行こうよ!」道子が先頭に立って細い小路へ入って行く。「さち、行こう!」僕は手を繋いだ。「何だかドキドキする。あたしは通った事無いのに」「そう言うものさ」僕等はJ小学校を目指した。小路を抜けて住宅と田んぼの間を進むと、僕等が通っていた当時のままに校舎は佇んでいた。「このアングルからするとここか?」竹ちゃんが写真を見ながら言う。「そうだな。道子のお父さんが撮ってくれた1枚だ」僕は必死に当時の記憶を辿る。「転校以来、1度も来てないけど変わってないな!」雪枝が言う。「確かに変わってないが、僕等は大きくなった。何か全体的に小さく感じるな」僕は校庭を見て言った。当時は広々とした感覚があったが、今は箱庭の様に見えるからだ。「3人が転校しなくて、中学も一緒だったら何処になるの?」さちが聞いてくる。「ずっと東、K中学校だから結構遠いよ。駅の裏手に方向になる」僕は東の方向を指した。「改めて感じるが不思議な縁だよな。3人がバラバラに進んで高校で再会なんて奇跡的じゃねぇか?」竹ちゃんが感慨深げに言うと「恥ずかしいけど、初めは気付かなかったのよ。Yも雪枝の事も。でも、何か引っかかるモノを感じてアルバムをひっくり返したら、ビックリしたの!雪枝とYが居るなんて信じられなかったけど、思い切って写真を見せたら“あー!”って感じで記憶が弾けて“昔、一緒だったよね!”って思い出した時の事は今も忘れられないわ。ここで過ごした時間は、あたし達の宝!この街も思い出だらけ!どんなに変わっても、ここへ来れば幼い日に戻れる貴重な場所よ!Y、また“鬼ごっこ”でもする?」道子が言う。「この街全体に散らばるのか?“あれ”をやったら収拾が付かなくなるぞ!小さい時だから出来た芸当が、今も出来るとは限らない。そもそも隠れる場所が無いだろう?道子と雪枝はいいが、竹ちゃん達は土地勘が無いから下手に散開すると帰れなくなるよ!」僕が苦笑しつつ言うと「どこまでの範囲だよ?」と竹ちゃんが聞いてくる。「線路より上、境より東、お寺より西、山には行かない範囲よ!街全体を使っての壮大な“鬼ごっこ”よ!下校から日没までがタイムリミット。鬼に捕まったら“鉄の檻”に入れられるの!」と雪枝が説明するが、あまりにも壮大なスケールなので、さちや竹ちゃん達には想像が付かない様だ。「どこまでも壮大だね。誰が考えたのよ?」さちが首を傾げて言う。「最初は、学校周辺に限られてたんだが、徐々にエリアが拡大して最終的には街全体に広がったんだ。参加者以外には理解不可能だろうな。それも、この街で育ったから出来た芸当だよ。やりだしたのは誰だったかな?名前は忘れたけど4年生の誰かだ。エリアを広げたのは僕の発案!」と言うと「そうそう、Yが拡大路線を言い出して、やって見たら“面白くてヤミツキ”になったよね!」雪枝が目を輝かせる。「昔から色々な事を考えて、面白くする。Yの独壇場だったよね?」道子も目を輝かせる。「悪乗りをして更に拡大させたのは、あの頃の仲間たちだ。今は散り散りになっているが、きっとみんなの心の片隅にこの街は残っているだろうよ。ここから見る街の景色も変わったが、心の中ではいつまでも残って行くだろうよ。さて、どこかで休もう!駅前の喫茶店にでも行きますか?」「ああ、落ち着いて話を聞かせてくれ!何故、道子が怖ぇのかをな!」竹ちゃんが不敵な笑みを浮かべて言う。「ちょっと、何よ!それ?」道子が突っ込んで来るが、竹ちゃんが優しく抱きしめた。「Y、余計な事は言わないでよ!」道子が顔を赤らめて言う。「そうよ、昔は昔なんだから!」雪枝も口を尖らせる。「まあ、いいじゃないか。思い出話に花を咲かせようよ!知る権利は3人にあるし、別に恥ずかしい話じゃないだろう?僕だってあやふやな点を明らかにしたいしね!」結局、僕の意見が通って駅前の喫茶店で6人揃って“昔話”に花を咲かせた。嫌がっていた道子と雪枝も、笑顔で様々な話を展開して、愉しい時間は過ぎて行った。
そして連休が明けると、僕等は一気に慌ただしさの中へ放り込まれた。原田の“情報網”から続々と報告が上がって来た事と、西岡達が差出人を特定した事による進展があったからだ。しかし、敵も“さる者”。巧妙に証拠を残して行かなかった。こうなると、被害に遭った本人の証言が頼りになる。だが、問題はそこにあった。「西岡、“証言拒否”とはどういう事だ?」「女性に対する卑劣極まり無い行為が、行われているのです!もし、塩川に察知されれば、彼女達は面目を失うだけでなく人生そのものを失いかねません!」西岡の表情は暗かった。「参謀長、ちょっとよろしいですか?」「ああ、構わんが」と僕が言うと、西岡は空き部室へ僕を引きずり込むと、鍵をかけ真正面から対峙した。「卑劣極まりない行為とはこれです」と言うと西岡はスカートをめくり、下着を見せつけた。「まっ、まさかこれを撮影してあるとでも言うのか?!」僕が驚愕すると「そうです!もっとしっかりと眼に焼き付けて下さい」西岡は恥ずかしさと戦いながら、レースをあしらった淡い水色の下着を見せつけた。僕はそっと西岡を抱き寄せて「もういい。充分に分かった」と小声で言った。西岡は肩を震わせて泣き出した。「済まなかった。恥ずかしい真似をさせて」と言うと彼女は首を振って「少しこのままで居させて!」と言うと背中に腕を回して抱き着いて来た。一頻り泣くと西岡は「参謀長、塩川はネガとプリントを握っています。下手に動き回れば、写真を公開して下級生達のメンツを潰しにかかるでしょう!」と涙声で訴えた。「そうだな、有り得る話だ。だが、ヤツは何処で現像とプリントを・・・」と言いかけた瞬間に閃いた。「現像室か!休日に使えば容易に現像もプリントも出来るな!」「ええ、写真の知識があれば、その点はクリア出来ますし、極秘裏に“コレクション”を作り上げられます!」と言って西岡も頷いた。彼女は僕から離れると涙を拭いて「証拠品は塩川のデスクの奥深くにあるでしょう!我々の手の届かない安全な場所に保管しているはず。滅多な事では持ち出せません!」と言った。「もし、持ち出したりしたら、我々が“犯罪者の汚名を被る”事になるか!どこまでも抜け目の無いヤツめ!」「どうされます?このままでは、塩川が存在する限り“怯えて暮らす”事になります。ですが、我々では手の下し様がありません!」「どうやら、データーを入れ替えて計算をし直す必要があるな!我々だけで塩川に鉄槌を下すのは無理だ。やりたくは無かったが、教職員に“内通者”を置かねばなるまい!」僕は唇を噛んだ。「西岡、当面は原田達の組織と協力して“被害者”の割り出しと特定を急いでくれ!4期生だけとは限らん。3期生にも居る可能性はある!徹底して洗い出してくれ!」「はい!対象エリアを広げて探索に当たります。参謀長の方は?」「査問委員会にプラスして、教職員を引きずり込む算段を付ける!巨悪を倒すんだ。向こうからも人手を出してもらわなくては割に合わない!併せて現像室にガサ入れを敢行する。塩川が使った痕跡を探してみるよ。後、差出人の教室はどこだ?」「3組ですが?」「ふむ、“あれ”は設置したままのはず!塩川の授業に耳を傾けて見るか!」「“耳”は仕掛けたままですか?」「ああ、そのままにしてある!滝に依頼して録音を計画してみる。当面はこれ以上派手な真似は控えるとしよう。鼻だけは利くからな!」「分かりました。水面下で出来る限り動いて見ましょう!参謀長、今の事は内緒にしてもらえますよね?」西岡が顔を赤らめて言う。「勿論、誰にも言うつもりは無いよ」「あっ、あの・・・」と言うと彼女は僕の右手を掴むとスカートの中へ引きずり込んだ。太腿に手が触れる。「触って。あたし、あなたになら触られても平気だから・・・」と言うと唇に吸い付いて来た。「ずっと夢に見て来たの。あなたに抱かれる事を」西岡はしばらく僕から離れようとしなかった。才女の仮面をかなぐり捨てて、一人の女性として彼女は抱き着いて来た。細く折れそうな彼女のなすがままに僕等は時を忘れて過ごした。
「どうりで数字が合わなかったはずだ!現像液の減り具合に印画紙の枚数。そう言う裏があったとしたら、辻褄は合うな!」小佐野は不機嫌そうに言った。「じゃあ、知らぬ間に使われてた可能性はあるんだな?」と僕が聞くと「昨年も今年も4月末での集計の際に、現像液の使用量と印画紙の枚数が合わなかったんだよ!学校側へは辻褄を合わせて誤魔化してあるが、ちょうどリバーサル2本分の誤差が生じた!知ってるだろうが“廃現像液”は有価物として引き取りに来る代物だし、この辺に転がってる薬品類は危険物として3月中旬には“棚卸”をしなきゃならん!それが、2年続けての“紛失”だ!俺の楽しみを邪魔されない様に隠すのは当然だろう?」小佐野は台帳を広げた。「こっちが実際の数字だ。これを調合間違いとして廃液が増えた理由にしてだな、印画紙はプリントミスとして廃棄した事にしてある!吾輩の苦労も少しは考慮しろ!」台帳の記載を見ると、確かにリバーサルフィルム2本分に相当する現像液と印画紙が何者かによって使われた事実が読み取れる。「小佐野、ここに“開かずの金庫”はあるかい?」「俺様の極秘金庫以外に1つあるぞ!第一現像室に手提げ金庫が1つある。先代の部長が管理してたヤツだが、鍵はあったはずだ!」そう言うと小佐野が鍵の束を漁る。「これだ!どれ、開けて見るか。大したモノは入っておらんだろうが・・・」小佐野は手提げ金庫をこじ開けた。フィルムケースが5本見つかった。「おい!長巻状態でフィルムが入ってる!手袋を貸せ!」僕は手袋をはめると慎重にケースからフィルムを取り出した。「おい!こりゃあ動かぬ証拠品だぞ!日付までご丁寧に入れてある!」光を透かして見ていた小佐野が唸る。「これは・・・、コンパクトで撮影したヤツだな!日付からすると今年の新入生の様だな!全員女の子達だ!」そこには、スカートをめくって下着を見せている姿が映っていた!「揺すりの原版だ!畜生!こんな事に写真を悪用するとは極悪非道だぞ!」小佐野が湯気を立ててお怒りだ。残りも2人で確認したところ、3期生の分も発見された。前と後ろ姿が1ペアらしく、複数枚に渡っている子も居た。総勢約50名分が確認された。「とんでもねぇ悪行だぞ!これはどうする?」「怪しまれない様にこのまま戻して置くさ。塩川が鍵を持ってるとしたら、気付かれるのはマズイ!」「だが、このままだと雲散霧消にされちまう!待てよ!ヤツも中身までは確認しないだろうから、すり替えちまえ!丁度いいヤツが5本ある!」小佐野は別の長巻フィルムを5本用意した。「これは?」「エロ本を撮影したヤツだ!勿論、全部裏のヤツだがな!教員が持っていたらヤバイ代物だ!」映像を確認すると素早くフィルムを巻き取り5本分をそっくりそのまま差し替えた。揺すりの“原版”は、小佐野が別のフィルムケースを用意して格納してくれた。「コイツは半透明じゃないから、中身がバレる心配は無い!これで、証拠は1つ押さえた訳だが、問題はどうやって塩川に“認めさせる”かだよな!それも“現行犯”でないと意味が無い。職員室にあるはずの“コレクション”をどうやって白日の下に晒す?」小佐野が思慮をしながらウロウロと歩く。「教員が相手だ。教員から手を借りるしかあるまい!」僕が言うと「信夫だな!ヤツの手を借りるしかあるまい。親父(校長)と直結しているのもメリットの1つだ。ただ、“瞬間湯沸かし器”だから取り扱いが難しい。媒介役とすれば・・・、角さん(中島先生)を頼るのが筋だろう!」小佐野が言う。「やはりその線か!中島・佐久コンビに賭けるしか無さそうだな!」「塩川から遠く、腹の内を晒しても害のない教員とすれば、あの2人しかおらん!信夫は明日出張から帰って来る。明日中に捕捉して話を付けて置け!すり替えたフィルムがいつまでもそのままと言う保証は無いからな!」「分かったよ。早速動いて見るか。コイツは預かっていいか?」僕はすり替えたフィルムを指した。「持って行け!そうでないと、他のヤツから塩川に漏れちまう!お前さんが処理しろ!ほれ!オマケも付けてやる!」小佐野は別のフィルムケースを投げて寄越した。「悪いね!じゃあもらって行くぜ!」僕は現像室を後にした。“オマケ”の中身は“親父(校長)を上手く使え!”と書かれた紙だった。「確かに、校長に如何に繋ぐかが鍵になるな!」ポケットには重要な証拠が眠っている。これを如何に早く生かすかにかかっていた。
翌日の朝、緊急の査問委員会が招集され、塩川の悪行に関して僕が報告を挙げた。「みんな、聞いての通り塩川の悪逆非道な振る舞いを許すわけには行かぬ!それぞれの持ち場立場で協力をしてもらいたい!」長官も憤怒の表情で言った。「原田からも“全勢力を投入して支援するし、生徒会としても看過出来ない事案として学校側と全面対決する用意がある!”と通告が来ている。全面戦争に突入してでも止めなくてはならない!」伊東も気勢を上げた。「だが、派手な真似は出来ない。塩川は鼻だけは利くからな!トボケられたら身も蓋も無いし、逆に名誉棄損で訴えられる」久保田が現実を指摘する。「けど、このままって訳には行かねぇだろう?」竹ちゃんが言う。「そうだ、当面は塩川に察知されない様に水面下で動くしかない!千里、小松、有賀、既に西岡を中心とした部隊が、下級生達の証言を集めるために動いているし、原田の地下組織もそれに協力している。集まった証言を元に“授業で何が行われているか”をまとめてくれ!個人情報は一切伏せて事実だけをあぶり出すんだ!」長官が指示を出した。「了解!」3人が合唱する。「滝さんは“耳”を使って塩川の授業を録音して見てくれ!」「了解、ノイズをクリアにするのに半日はかかるが、出来る限り処理速度を上げて見るか!」「うむ、なるべく急いでくれ。伊東と千秋は原田との連携に努めてより多くの情報をかき集めろ!物証が無いからには証言が頼りだ!原田の尻に火を付けろ!この際、徹底的にこき使って構わん!」「了解!」「久保田と竹内と赤坂は、塩川に貼り付いて監視を怠るな!僅かでも妙な素振りを見せたら、直ぐに情報を挙げてくれ!」「了解だ!」3人の眼が鋭く光る。「参謀長、今回は物証が無い。あるとすれば、塩川のデスクかロッカーか官舎の中になる。いずれも、我々の手の回らない場所だ。これをどう乗り越える?」長官が誰何して来た。「確かに、我々の手の届かない場所ではあります。しかし、校長の許可を取り付けてガサ入れをする手段は残っています!中島・佐久の両担任に加わってもらいましょう!」「うーん、あの2人なら間違いは無いだろうが、どうやって話を持って行く?」長官が思案に沈む。「昨日、現像室にガサ入れをかけたところ、証拠のネガが発見されました!全部で5本。内容はお見せ出来ませんが、これまでの経過と証言や録音テープと共に提示すれば、校長の元へ“通報”出来ると見ています!」「ネガには何が映っているのだ?」長官が前のめりになる。「被害者の写真ですが、個人情報であり人権に関わるモノなので、開示はご遠慮願わしく。いずれにしてもこのネガからプリントした“コレクション”の所在が明らかになれば、塩川に鉄槌を下せます!そのためのガサ入れを両担任に引き受けてもらうしか道はありません。現行犯で取り押さえなくては立証は困難です!」「後学のためにネガを見せてはもらえぬか?」長官は粘り出した。「見ない方が後々のためですよ!あらぬ疑いをかけられないためにも。非常にデリケートな事なので!」僕は長官の好奇心をバッサリと斬り捨てた。「うぬ、やむを得ぬか!では、証言と録音テープが揃ったところで、話を付けてくれ!実際問題、かなり微妙な話。容易ではあるまいが、頼んだぞ!」「お任せ下さい。小佐野からも“校長を上手く使え”と言われています。電光石火で片付けるなら、一刻も早く校長と直接話さなくてはなりませんからね」と僕は言いながら長官にメモを手渡した。“小佐野ならコレクションの内容を知っている”と書いて置いたモノだ。長官は一読すると、素知らぬ風を装って「塩川の悪行を白日の下に晒す日は近い!みんな、心してかかってくれ!」と言って委員会を閉じた。「参謀長、ワシは小佐野と打ち合わせてくる」と言うといそいそと現像室へ向かった。「堅物の長官も案外スケベなのかも!」と小声で呟くと僕も教室を出た。空き部室に入り込んだ僕は、改めてリハーサルフィルムを見ていた。日付が焼き付けられている事から、コンパクトでの撮影である事に疑いの余地は無かった。「リバーサルに日付を入れるなんて、作品としては有り得ない!やはり¨揺すり¨のための記録だな」1コマづつ確認を入れて正確な人数を割り出す。その作業中、不意にドアがノックされた。「誰だ?」と問うと「参謀長、西岡です」と彼女の小声が聞こえた。急いでドアを開けると西岡を部室へ入れて廊下を伺う。誰も付けてはいない事を確認すると、ドアを閉めて鍵をかける。「どうした?何か火急の件でもあったのか?」「証拠があると耳にしまして、確認に来た次第です。このフィルムですか?」「誰に聞いた?」「小佐野です」「あのお喋り野郎!美人にはからきしダメだな!」僕は毒づいた。西岡に手袋を渡して蛍光灯の光でフィルムを透かす。「これは!なんて卑劣な事を!」彼女は絶句して肩を落とした。「今のは4期生のモノだが、これを見てみろ」僕は別のフィルムを持たせた。「3期生までも餌食にしているとは!何処まで汚れているの!」西岡も愕然として言葉を失った。「正確な人数をカウントしていたら、君が来たと言う訳さ。残念だが、かなりの人数になるだろう」僕の声も暗くなる。「あたしの姿はありましたか?」西岡が聞いて来る。「まだ、全てを確認出来ていないから、何とも言えないが、まさか君も餌食になっているのか?」「そうです。唯一、あたしも映り込んでいるはずです!後輩を庇うために」彼女は消え入りそうな声で言った。「それを確かめに来たんだな?」彼女は黙して頷いた。「ここに映り込んでいる¨あたし¨より、今のあたしの方が綺麗ですよ。見て下さい」西岡はスカートを落とした。白い素肌に淡いピンクの下着が眩しい。首に腕が巻きつくとキスをして来る。「触って」彼女は僕の右手を太股に導いた。「中に手を入れて」彼女は誘惑を続けた。「あなたに抱かれるのが、あたしの夢。1度きりでいいの。あたしに触れて、抱いてちょうだい」ブラウスのボタンも外して、ブラのホックも外した彼女は、小さいが形の整った胸にも僕の手を引き入れた。透ける様な白い素肌に触れて、理性は崩壊した。彼女のなすがままに抱き合う。後は彼女がリードして体を重ねた。一通りの行為が済むと、彼女は後ろから抱きついて来た。「初めての男性は、あなたに決めてたの。夢が叶って嬉しい」膝元へ入り込むとキスをして来る。「また、抱いてくれる?」彼女は甘え始めた。「美人の言う事は断れないな。だが、内緒だぞ」僕は彼女の口を塞ぐ様にキスを返した。「うん、内緒よ」胸元に顔を埋めて彼女は言った。2人ともそそくさと服を着ると、改めてフィルムを見つめる。確かに、西岡の姿も確認出来た。また、ショートヘアの頃だ。今は肩まで髪は長くしている。「誰を庇ったのだ?」僕が聞くと「上田ですよ。真正面を切って塩川とやり合ってるところに遭遇しまして、成り行きでこうなったまで」と答えが返ってきた。「上田から証言は得られているのか?」「はい、詳細な証言をしてくれています。彼女も塩川の専横には腸が煮えくり返っているのです!」「上田以外に3期生からの証言は得られているか?」「ええ、かなり集まっています!」「ならば、遠慮は無用だな!根こそぎ叩き斬ってくれよう!」僕は爪が食い込むほど拳を握りしめた。「しかし、あたし達だけでは塩川を追い詰められません!逆に“濡れ衣”を着せられますよ!」西岡は僕を止めようとした。「そんなドジは踏まないさ!教員が相手なら、教員に追い詰めさせればいい!証拠と証言は揃った!後は、校長を動かせばいい!」「でも、どうやって?どの道“危険な橋”を渡る様なものです!」「そこを安全に渡り切るためには“人間装甲車”に出てもらうしかあるまい?」僕は薄っすらと笑みを浮かべて返した。「佐久信夫!あの方を!」「ああ、中島先生を媒介役にして制御する。佐久先生なら校長の秘蔵っ子だから、直ぐにたどり着くしな!ともかく、校長の命で“ガサ入れ”をかけさせるんだ!これなら、言い逃れは出来ないし、現行犯で取り押さえられる!さて、そろそろ戦闘開始だ!西岡、悪いが生物準備室へ同行してくれ!両担任の前で洗いざらいぶちまけるんだ!」「はい!お供します!」僕と西岡は空き部室から密かに抜け出した。いよいよ、一大決戦が始まる。全校生徒をも巻き込んだ大騒動に発展する本件は山場を迎えていた。
連休の後半、僕とさち、道子と竹ちゃん、雪枝と本橋の6人は、S市の“思い出の地”に足を踏み入れた。昨年の豪雨災害の際に、徒歩で歩いた“僕等の原点”に戻ったのだ。かつて、三輪車で下った坂道を6人で登る。「こんなに狭かったっけ?」雪枝が言う。「ガードレールが付いた事と、僕等が大きくなったせいだよ。舗装されたのも僕等が保育園に入ってからだったからな」僕が返すと「ここの小路を入っていくと保育園だったよね?今はどうなってるのかな?」と道子が言う。「中学2年の時に行ってみたが、園舎は取り壊されて更地になってた。どうやら統廃合の対象になったらしい。元々ボロかったしな!」「確かに、年期は入ってたもんね。箱ブランコの下敷きになったのは、“アイツ”にやられた後だったよね?」雪枝が言う。「ああ、意識が戻った時は擦り傷だらけだったがね」僕は苦笑しつつ答える。坂道を登り切ると「ここが、3人の“原点”か。それぞれの家は?」竹ちゃんが聞く。「あのマンションが建っているところに、戸建ての市営住宅があったの。あたしと雪枝はそこに。Yは、今は体育館が建ってる辺り。それぞれの家は残ってないけど、記憶は残っているわ」道子が位置関係を整理して説明した。「ここが、Y達の“原点”。小さなYに逢いたいな!」さちが言うと「これ見てごらん」と道子が古い写真を手渡す。「メガネが無い!可愛いね!でも、面影は変わってないね!」さちが飛び上がって喜ぶ。僕と竹ちゃんも覗いてみると「三輪車に跨ってるな!」「ああ、“スタート”直前の姿か?道子、どこから引っ張り出して来たんだ?」「古いアルバムから。探すの大変だったのよ!ほら、3人揃って新入生!」「へー、お姫様2人とヤンチャ坊主だな!」「そうでもないよ。姫の“ご乱行”で喧嘩になった事もある!道子も雪枝も気が強かったからな!」「Y!それは言いっこなし!」道子と雪枝から拳が降って来る。「“ご乱行”で苦労するのは、今も健在だな!参謀長!」そう言って竹ちゃんが2人から僕を引き離す。「こら!逃げるなんて卑怯だわ!」道子が珍しく強気に出てくる。「おっと、道子も怖ぇな!本気で向かってくるとは!」竹ちゃんも逃げに入る。「いいなー、あたしにはこんな思い出が無いから、羨ましい」さちがポツリと言う。「そうか、さちは転校ばっかりだったものね」雪枝がさちの肩を抱く。「小学校、行って見ねぇか?まだ、廃校にはなってねぇだろう?」「ああ、まだ健在だよ。行って見るか?」と僕が問うと「うん!」と道子と雪枝が言う。「転校以来だもの。久しぶりに覗きに行こうよ!」道子が先頭に立って細い小路へ入って行く。「さち、行こう!」僕は手を繋いだ。「何だかドキドキする。あたしは通った事無いのに」「そう言うものさ」僕等はJ小学校を目指した。小路を抜けて住宅と田んぼの間を進むと、僕等が通っていた当時のままに校舎は佇んでいた。「このアングルからするとここか?」竹ちゃんが写真を見ながら言う。「そうだな。道子のお父さんが撮ってくれた1枚だ」僕は必死に当時の記憶を辿る。「転校以来、1度も来てないけど変わってないな!」雪枝が言う。「確かに変わってないが、僕等は大きくなった。何か全体的に小さく感じるな」僕は校庭を見て言った。当時は広々とした感覚があったが、今は箱庭の様に見えるからだ。「3人が転校しなくて、中学も一緒だったら何処になるの?」さちが聞いてくる。「ずっと東、K中学校だから結構遠いよ。駅の裏手に方向になる」僕は東の方向を指した。「改めて感じるが不思議な縁だよな。3人がバラバラに進んで高校で再会なんて奇跡的じゃねぇか?」竹ちゃんが感慨深げに言うと「恥ずかしいけど、初めは気付かなかったのよ。Yも雪枝の事も。でも、何か引っかかるモノを感じてアルバムをひっくり返したら、ビックリしたの!雪枝とYが居るなんて信じられなかったけど、思い切って写真を見せたら“あー!”って感じで記憶が弾けて“昔、一緒だったよね!”って思い出した時の事は今も忘れられないわ。ここで過ごした時間は、あたし達の宝!この街も思い出だらけ!どんなに変わっても、ここへ来れば幼い日に戻れる貴重な場所よ!Y、また“鬼ごっこ”でもする?」道子が言う。「この街全体に散らばるのか?“あれ”をやったら収拾が付かなくなるぞ!小さい時だから出来た芸当が、今も出来るとは限らない。そもそも隠れる場所が無いだろう?道子と雪枝はいいが、竹ちゃん達は土地勘が無いから下手に散開すると帰れなくなるよ!」僕が苦笑しつつ言うと「どこまでの範囲だよ?」と竹ちゃんが聞いてくる。「線路より上、境より東、お寺より西、山には行かない範囲よ!街全体を使っての壮大な“鬼ごっこ”よ!下校から日没までがタイムリミット。鬼に捕まったら“鉄の檻”に入れられるの!」と雪枝が説明するが、あまりにも壮大なスケールなので、さちや竹ちゃん達には想像が付かない様だ。「どこまでも壮大だね。誰が考えたのよ?」さちが首を傾げて言う。「最初は、学校周辺に限られてたんだが、徐々にエリアが拡大して最終的には街全体に広がったんだ。参加者以外には理解不可能だろうな。それも、この街で育ったから出来た芸当だよ。やりだしたのは誰だったかな?名前は忘れたけど4年生の誰かだ。エリアを広げたのは僕の発案!」と言うと「そうそう、Yが拡大路線を言い出して、やって見たら“面白くてヤミツキ”になったよね!」雪枝が目を輝かせる。「昔から色々な事を考えて、面白くする。Yの独壇場だったよね?」道子も目を輝かせる。「悪乗りをして更に拡大させたのは、あの頃の仲間たちだ。今は散り散りになっているが、きっとみんなの心の片隅にこの街は残っているだろうよ。ここから見る街の景色も変わったが、心の中ではいつまでも残って行くだろうよ。さて、どこかで休もう!駅前の喫茶店にでも行きますか?」「ああ、落ち着いて話を聞かせてくれ!何故、道子が怖ぇのかをな!」竹ちゃんが不敵な笑みを浮かべて言う。「ちょっと、何よ!それ?」道子が突っ込んで来るが、竹ちゃんが優しく抱きしめた。「Y、余計な事は言わないでよ!」道子が顔を赤らめて言う。「そうよ、昔は昔なんだから!」雪枝も口を尖らせる。「まあ、いいじゃないか。思い出話に花を咲かせようよ!知る権利は3人にあるし、別に恥ずかしい話じゃないだろう?僕だってあやふやな点を明らかにしたいしね!」結局、僕の意見が通って駅前の喫茶店で6人揃って“昔話”に花を咲かせた。嫌がっていた道子と雪枝も、笑顔で様々な話を展開して、愉しい時間は過ぎて行った。
そして連休が明けると、僕等は一気に慌ただしさの中へ放り込まれた。原田の“情報網”から続々と報告が上がって来た事と、西岡達が差出人を特定した事による進展があったからだ。しかし、敵も“さる者”。巧妙に証拠を残して行かなかった。こうなると、被害に遭った本人の証言が頼りになる。だが、問題はそこにあった。「西岡、“証言拒否”とはどういう事だ?」「女性に対する卑劣極まり無い行為が、行われているのです!もし、塩川に察知されれば、彼女達は面目を失うだけでなく人生そのものを失いかねません!」西岡の表情は暗かった。「参謀長、ちょっとよろしいですか?」「ああ、構わんが」と僕が言うと、西岡は空き部室へ僕を引きずり込むと、鍵をかけ真正面から対峙した。「卑劣極まりない行為とはこれです」と言うと西岡はスカートをめくり、下着を見せつけた。「まっ、まさかこれを撮影してあるとでも言うのか?!」僕が驚愕すると「そうです!もっとしっかりと眼に焼き付けて下さい」西岡は恥ずかしさと戦いながら、レースをあしらった淡い水色の下着を見せつけた。僕はそっと西岡を抱き寄せて「もういい。充分に分かった」と小声で言った。西岡は肩を震わせて泣き出した。「済まなかった。恥ずかしい真似をさせて」と言うと彼女は首を振って「少しこのままで居させて!」と言うと背中に腕を回して抱き着いて来た。一頻り泣くと西岡は「参謀長、塩川はネガとプリントを握っています。下手に動き回れば、写真を公開して下級生達のメンツを潰しにかかるでしょう!」と涙声で訴えた。「そうだな、有り得る話だ。だが、ヤツは何処で現像とプリントを・・・」と言いかけた瞬間に閃いた。「現像室か!休日に使えば容易に現像もプリントも出来るな!」「ええ、写真の知識があれば、その点はクリア出来ますし、極秘裏に“コレクション”を作り上げられます!」と言って西岡も頷いた。彼女は僕から離れると涙を拭いて「証拠品は塩川のデスクの奥深くにあるでしょう!我々の手の届かない安全な場所に保管しているはず。滅多な事では持ち出せません!」と言った。「もし、持ち出したりしたら、我々が“犯罪者の汚名を被る”事になるか!どこまでも抜け目の無いヤツめ!」「どうされます?このままでは、塩川が存在する限り“怯えて暮らす”事になります。ですが、我々では手の下し様がありません!」「どうやら、データーを入れ替えて計算をし直す必要があるな!我々だけで塩川に鉄槌を下すのは無理だ。やりたくは無かったが、教職員に“内通者”を置かねばなるまい!」僕は唇を噛んだ。「西岡、当面は原田達の組織と協力して“被害者”の割り出しと特定を急いでくれ!4期生だけとは限らん。3期生にも居る可能性はある!徹底して洗い出してくれ!」「はい!対象エリアを広げて探索に当たります。参謀長の方は?」「査問委員会にプラスして、教職員を引きずり込む算段を付ける!巨悪を倒すんだ。向こうからも人手を出してもらわなくては割に合わない!併せて現像室にガサ入れを敢行する。塩川が使った痕跡を探してみるよ。後、差出人の教室はどこだ?」「3組ですが?」「ふむ、“あれ”は設置したままのはず!塩川の授業に耳を傾けて見るか!」「“耳”は仕掛けたままですか?」「ああ、そのままにしてある!滝に依頼して録音を計画してみる。当面はこれ以上派手な真似は控えるとしよう。鼻だけは利くからな!」「分かりました。水面下で出来る限り動いて見ましょう!参謀長、今の事は内緒にしてもらえますよね?」西岡が顔を赤らめて言う。「勿論、誰にも言うつもりは無いよ」「あっ、あの・・・」と言うと彼女は僕の右手を掴むとスカートの中へ引きずり込んだ。太腿に手が触れる。「触って。あたし、あなたになら触られても平気だから・・・」と言うと唇に吸い付いて来た。「ずっと夢に見て来たの。あなたに抱かれる事を」西岡はしばらく僕から離れようとしなかった。才女の仮面をかなぐり捨てて、一人の女性として彼女は抱き着いて来た。細く折れそうな彼女のなすがままに僕等は時を忘れて過ごした。
「どうりで数字が合わなかったはずだ!現像液の減り具合に印画紙の枚数。そう言う裏があったとしたら、辻褄は合うな!」小佐野は不機嫌そうに言った。「じゃあ、知らぬ間に使われてた可能性はあるんだな?」と僕が聞くと「昨年も今年も4月末での集計の際に、現像液の使用量と印画紙の枚数が合わなかったんだよ!学校側へは辻褄を合わせて誤魔化してあるが、ちょうどリバーサル2本分の誤差が生じた!知ってるだろうが“廃現像液”は有価物として引き取りに来る代物だし、この辺に転がってる薬品類は危険物として3月中旬には“棚卸”をしなきゃならん!それが、2年続けての“紛失”だ!俺の楽しみを邪魔されない様に隠すのは当然だろう?」小佐野は台帳を広げた。「こっちが実際の数字だ。これを調合間違いとして廃液が増えた理由にしてだな、印画紙はプリントミスとして廃棄した事にしてある!吾輩の苦労も少しは考慮しろ!」台帳の記載を見ると、確かにリバーサルフィルム2本分に相当する現像液と印画紙が何者かによって使われた事実が読み取れる。「小佐野、ここに“開かずの金庫”はあるかい?」「俺様の極秘金庫以外に1つあるぞ!第一現像室に手提げ金庫が1つある。先代の部長が管理してたヤツだが、鍵はあったはずだ!」そう言うと小佐野が鍵の束を漁る。「これだ!どれ、開けて見るか。大したモノは入っておらんだろうが・・・」小佐野は手提げ金庫をこじ開けた。フィルムケースが5本見つかった。「おい!長巻状態でフィルムが入ってる!手袋を貸せ!」僕は手袋をはめると慎重にケースからフィルムを取り出した。「おい!こりゃあ動かぬ証拠品だぞ!日付までご丁寧に入れてある!」光を透かして見ていた小佐野が唸る。「これは・・・、コンパクトで撮影したヤツだな!日付からすると今年の新入生の様だな!全員女の子達だ!」そこには、スカートをめくって下着を見せている姿が映っていた!「揺すりの原版だ!畜生!こんな事に写真を悪用するとは極悪非道だぞ!」小佐野が湯気を立ててお怒りだ。残りも2人で確認したところ、3期生の分も発見された。前と後ろ姿が1ペアらしく、複数枚に渡っている子も居た。総勢約50名分が確認された。「とんでもねぇ悪行だぞ!これはどうする?」「怪しまれない様にこのまま戻して置くさ。塩川が鍵を持ってるとしたら、気付かれるのはマズイ!」「だが、このままだと雲散霧消にされちまう!待てよ!ヤツも中身までは確認しないだろうから、すり替えちまえ!丁度いいヤツが5本ある!」小佐野は別の長巻フィルムを5本用意した。「これは?」「エロ本を撮影したヤツだ!勿論、全部裏のヤツだがな!教員が持っていたらヤバイ代物だ!」映像を確認すると素早くフィルムを巻き取り5本分をそっくりそのまま差し替えた。揺すりの“原版”は、小佐野が別のフィルムケースを用意して格納してくれた。「コイツは半透明じゃないから、中身がバレる心配は無い!これで、証拠は1つ押さえた訳だが、問題はどうやって塩川に“認めさせる”かだよな!それも“現行犯”でないと意味が無い。職員室にあるはずの“コレクション”をどうやって白日の下に晒す?」小佐野が思慮をしながらウロウロと歩く。「教員が相手だ。教員から手を借りるしかあるまい!」僕が言うと「信夫だな!ヤツの手を借りるしかあるまい。親父(校長)と直結しているのもメリットの1つだ。ただ、“瞬間湯沸かし器”だから取り扱いが難しい。媒介役とすれば・・・、角さん(中島先生)を頼るのが筋だろう!」小佐野が言う。「やはりその線か!中島・佐久コンビに賭けるしか無さそうだな!」「塩川から遠く、腹の内を晒しても害のない教員とすれば、あの2人しかおらん!信夫は明日出張から帰って来る。明日中に捕捉して話を付けて置け!すり替えたフィルムがいつまでもそのままと言う保証は無いからな!」「分かったよ。早速動いて見るか。コイツは預かっていいか?」僕はすり替えたフィルムを指した。「持って行け!そうでないと、他のヤツから塩川に漏れちまう!お前さんが処理しろ!ほれ!オマケも付けてやる!」小佐野は別のフィルムケースを投げて寄越した。「悪いね!じゃあもらって行くぜ!」僕は現像室を後にした。“オマケ”の中身は“親父(校長)を上手く使え!”と書かれた紙だった。「確かに、校長に如何に繋ぐかが鍵になるな!」ポケットには重要な証拠が眠っている。これを如何に早く生かすかにかかっていた。
翌日の朝、緊急の査問委員会が招集され、塩川の悪行に関して僕が報告を挙げた。「みんな、聞いての通り塩川の悪逆非道な振る舞いを許すわけには行かぬ!それぞれの持ち場立場で協力をしてもらいたい!」長官も憤怒の表情で言った。「原田からも“全勢力を投入して支援するし、生徒会としても看過出来ない事案として学校側と全面対決する用意がある!”と通告が来ている。全面戦争に突入してでも止めなくてはならない!」伊東も気勢を上げた。「だが、派手な真似は出来ない。塩川は鼻だけは利くからな!トボケられたら身も蓋も無いし、逆に名誉棄損で訴えられる」久保田が現実を指摘する。「けど、このままって訳には行かねぇだろう?」竹ちゃんが言う。「そうだ、当面は塩川に察知されない様に水面下で動くしかない!千里、小松、有賀、既に西岡を中心とした部隊が、下級生達の証言を集めるために動いているし、原田の地下組織もそれに協力している。集まった証言を元に“授業で何が行われているか”をまとめてくれ!個人情報は一切伏せて事実だけをあぶり出すんだ!」長官が指示を出した。「了解!」3人が合唱する。「滝さんは“耳”を使って塩川の授業を録音して見てくれ!」「了解、ノイズをクリアにするのに半日はかかるが、出来る限り処理速度を上げて見るか!」「うむ、なるべく急いでくれ。伊東と千秋は原田との連携に努めてより多くの情報をかき集めろ!物証が無いからには証言が頼りだ!原田の尻に火を付けろ!この際、徹底的にこき使って構わん!」「了解!」「久保田と竹内と赤坂は、塩川に貼り付いて監視を怠るな!僅かでも妙な素振りを見せたら、直ぐに情報を挙げてくれ!」「了解だ!」3人の眼が鋭く光る。「参謀長、今回は物証が無い。あるとすれば、塩川のデスクかロッカーか官舎の中になる。いずれも、我々の手の回らない場所だ。これをどう乗り越える?」長官が誰何して来た。「確かに、我々の手の届かない場所ではあります。しかし、校長の許可を取り付けてガサ入れをする手段は残っています!中島・佐久の両担任に加わってもらいましょう!」「うーん、あの2人なら間違いは無いだろうが、どうやって話を持って行く?」長官が思案に沈む。「昨日、現像室にガサ入れをかけたところ、証拠のネガが発見されました!全部で5本。内容はお見せ出来ませんが、これまでの経過と証言や録音テープと共に提示すれば、校長の元へ“通報”出来ると見ています!」「ネガには何が映っているのだ?」長官が前のめりになる。「被害者の写真ですが、個人情報であり人権に関わるモノなので、開示はご遠慮願わしく。いずれにしてもこのネガからプリントした“コレクション”の所在が明らかになれば、塩川に鉄槌を下せます!そのためのガサ入れを両担任に引き受けてもらうしか道はありません。現行犯で取り押さえなくては立証は困難です!」「後学のためにネガを見せてはもらえぬか?」長官は粘り出した。「見ない方が後々のためですよ!あらぬ疑いをかけられないためにも。非常にデリケートな事なので!」僕は長官の好奇心をバッサリと斬り捨てた。「うぬ、やむを得ぬか!では、証言と録音テープが揃ったところで、話を付けてくれ!実際問題、かなり微妙な話。容易ではあるまいが、頼んだぞ!」「お任せ下さい。小佐野からも“校長を上手く使え”と言われています。電光石火で片付けるなら、一刻も早く校長と直接話さなくてはなりませんからね」と僕は言いながら長官にメモを手渡した。“小佐野ならコレクションの内容を知っている”と書いて置いたモノだ。長官は一読すると、素知らぬ風を装って「塩川の悪行を白日の下に晒す日は近い!みんな、心してかかってくれ!」と言って委員会を閉じた。「参謀長、ワシは小佐野と打ち合わせてくる」と言うといそいそと現像室へ向かった。「堅物の長官も案外スケベなのかも!」と小声で呟くと僕も教室を出た。空き部室に入り込んだ僕は、改めてリハーサルフィルムを見ていた。日付が焼き付けられている事から、コンパクトでの撮影である事に疑いの余地は無かった。「リバーサルに日付を入れるなんて、作品としては有り得ない!やはり¨揺すり¨のための記録だな」1コマづつ確認を入れて正確な人数を割り出す。その作業中、不意にドアがノックされた。「誰だ?」と問うと「参謀長、西岡です」と彼女の小声が聞こえた。急いでドアを開けると西岡を部室へ入れて廊下を伺う。誰も付けてはいない事を確認すると、ドアを閉めて鍵をかける。「どうした?何か火急の件でもあったのか?」「証拠があると耳にしまして、確認に来た次第です。このフィルムですか?」「誰に聞いた?」「小佐野です」「あのお喋り野郎!美人にはからきしダメだな!」僕は毒づいた。西岡に手袋を渡して蛍光灯の光でフィルムを透かす。「これは!なんて卑劣な事を!」彼女は絶句して肩を落とした。「今のは4期生のモノだが、これを見てみろ」僕は別のフィルムを持たせた。「3期生までも餌食にしているとは!何処まで汚れているの!」西岡も愕然として言葉を失った。「正確な人数をカウントしていたら、君が来たと言う訳さ。残念だが、かなりの人数になるだろう」僕の声も暗くなる。「あたしの姿はありましたか?」西岡が聞いて来る。「まだ、全てを確認出来ていないから、何とも言えないが、まさか君も餌食になっているのか?」「そうです。唯一、あたしも映り込んでいるはずです!後輩を庇うために」彼女は消え入りそうな声で言った。「それを確かめに来たんだな?」彼女は黙して頷いた。「ここに映り込んでいる¨あたし¨より、今のあたしの方が綺麗ですよ。見て下さい」西岡はスカートを落とした。白い素肌に淡いピンクの下着が眩しい。首に腕が巻きつくとキスをして来る。「触って」彼女は僕の右手を太股に導いた。「中に手を入れて」彼女は誘惑を続けた。「あなたに抱かれるのが、あたしの夢。1度きりでいいの。あたしに触れて、抱いてちょうだい」ブラウスのボタンも外して、ブラのホックも外した彼女は、小さいが形の整った胸にも僕の手を引き入れた。透ける様な白い素肌に触れて、理性は崩壊した。彼女のなすがままに抱き合う。後は彼女がリードして体を重ねた。一通りの行為が済むと、彼女は後ろから抱きついて来た。「初めての男性は、あなたに決めてたの。夢が叶って嬉しい」膝元へ入り込むとキスをして来る。「また、抱いてくれる?」彼女は甘え始めた。「美人の言う事は断れないな。だが、内緒だぞ」僕は彼女の口を塞ぐ様にキスを返した。「うん、内緒よ」胸元に顔を埋めて彼女は言った。2人ともそそくさと服を着ると、改めてフィルムを見つめる。確かに、西岡の姿も確認出来た。また、ショートヘアの頃だ。今は肩まで髪は長くしている。「誰を庇ったのだ?」僕が聞くと「上田ですよ。真正面を切って塩川とやり合ってるところに遭遇しまして、成り行きでこうなったまで」と答えが返ってきた。「上田から証言は得られているのか?」「はい、詳細な証言をしてくれています。彼女も塩川の専横には腸が煮えくり返っているのです!」「上田以外に3期生からの証言は得られているか?」「ええ、かなり集まっています!」「ならば、遠慮は無用だな!根こそぎ叩き斬ってくれよう!」僕は爪が食い込むほど拳を握りしめた。「しかし、あたし達だけでは塩川を追い詰められません!逆に“濡れ衣”を着せられますよ!」西岡は僕を止めようとした。「そんなドジは踏まないさ!教員が相手なら、教員に追い詰めさせればいい!証拠と証言は揃った!後は、校長を動かせばいい!」「でも、どうやって?どの道“危険な橋”を渡る様なものです!」「そこを安全に渡り切るためには“人間装甲車”に出てもらうしかあるまい?」僕は薄っすらと笑みを浮かべて返した。「佐久信夫!あの方を!」「ああ、中島先生を媒介役にして制御する。佐久先生なら校長の秘蔵っ子だから、直ぐにたどり着くしな!ともかく、校長の命で“ガサ入れ”をかけさせるんだ!これなら、言い逃れは出来ないし、現行犯で取り押さえられる!さて、そろそろ戦闘開始だ!西岡、悪いが生物準備室へ同行してくれ!両担任の前で洗いざらいぶちまけるんだ!」「はい!お供します!」僕と西岡は空き部室から密かに抜け出した。いよいよ、一大決戦が始まる。全校生徒をも巻き込んだ大騒動に発展する本件は山場を迎えていた。