limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 14

2019年04月19日 15時09分07秒 | 日記
「これより緊急の“解約対策委員会”を開催する。参謀長、事情説明を!」長官が重々しい口を開く。「はい、今朝、担任より緊急に依頼が入りました。内容は・・・」僕は中島先生からの依頼内容と背景の説明を行った。“解約対策委員会”は、長官、伊東、久保田、小川、笠原、竹内、僕で構成されている。表面上は、教室の片隅に群れて“馬鹿話”をしている風を装っていた。メンバーはそれとなく周囲を伺いながら話に耳を傾けていた。1通りの説明を終えると「何を企んでやがる?“銀行”が“解約”に応ずる訳がねぇだろう!」と竹ちゃんが声を荒げる。「竹、落ち着け。悟られるとマズイ!とにかく“現場”を押さえて叩き潰せば済む話だ」と伊東がなだめる。「問題は今後だろう?“定期預金”である以上、動いたら不利になるだけ。それでも、何かを“仕掛けて来る”ってのか?」久保田が核心を突く。「恐らく動くだろう。今回は断ち切れるが、ルートはいくらでもある。これからが“本番”だろう。我々も心してかからなければ、悲劇は繰り返すだろう。各員それぞれに引き締めを図ってくれ!動揺は最小限に抑える事。こちらが揺らがなければ、攻められても被害は出ない。参謀長、“銀行”側の動きを見定めるのを忘れるな!小佐野ルートでも確認は取るが、担任の言動からも“銀行”側の動きは推察出来る。“情報”は速やかに伝えてくれ!」長官は各員を見ながら静かに言った。「分かりました。“銀行”側の意向を探ってみましょう」僕は同意した。「彼女が“復学”する確率は、どの程度残ってるのよ?」笠原さんが問う。「2学期が全滅ともなれば、“留年”に向かわざるを得ない」「“銀行”側は強行姿勢を崩す気配がないから“退学”へ追い込むつもりでしょう」長官と僕が答える。「しかし、大逆転の芽も残ってはいる。予断を許す状況では無いってとこかな」小川が冷静に分析して言う。「その通り。うっちゃりを喰らったら、平和は修羅場となる。最悪を想定し置くのは必然性がある」長官はあっさりと認めた。「今回は予兆に過ぎない。本震は恐らく年末にかけてだろう。今は、1つ1つ丹念に芽を摘み取るしかない!」伊東が結論を付けた。「その通りだ。まず、今回の件を確実に叩く!参謀長、始末は任せる。確実に葬り去れ。これで“解約対策委員会”を閉じるが、くれぐれも慎重にな!では、解散!」メンバーはそれとなく散って行った。滝が教室に滑り込んで来ると僕を捕まえて「準備は完了した。今日の帰りに狙うぞ!」と言った。「相手の面は割れてるのか?その当りの情報は皆無だが」と言うと「多分、最後まで菊地嬢を見限らなかった5組の女だろう。面は割れてるし駅で密会するなら場所も特定出来る。撮影は任せろ!」と滝は自信を覗かせた。「OK、そっちは任せた。必ず叩き潰してやる!厳しい現実を教えてやらんとな」僕等は笑って席に着いた。ホームルームの時間が迫っていた。「Y、朝から何の騒ぎ?」さちが小声で聞いて来る。「後で説明するよ。みんなにも知らせて置かなきゃならない」僕も小声で返した。

その日の放課後、滝は小佐野から借用した機材を手に、一目散に“大根坂”を駆け下り駅を目指した。「最善は尽くす!時間が読めないから、掃除は任せるぞ!」そう言うと彼は振り返らずに教室を飛び出して行った。「Y-、捕まえられるかな?」中島ちゃんが言う。「ヤツの事だ。必ず尻尾を掴んでくれるだろう。それにしても“懲りない面々”だよ!」僕がボヤくと「2学期も半ばでしょう?このままだったら出席日数が足りなくて、単位取れずに“留年”になるもんね」と堀ちゃんが言う。「それが“持久戦”に持ち込んだ本当の狙いさ。クラスから切り離すにはこれしかない!」「でも、彼女の“野心”はあくまでも“復学”なんでしょ?舞い戻って来るのかな?」雪枝が案ずる。「それを許さないためにも証拠を掴んで叩くんでしょ?“あんな事”をしでかしたんだもの、そう易々と認めるはずがないよね?」さちが言う。「そうだ。簡単に“はい、そうですか”とは言わないし、言うつもりもない!“銀行”だって分かってはいるさ。今更、クラスと学年を混乱に陥れる訳が無い!そのためにも証拠を掴んで叩き潰す。地味ではあるが、今、摘み取らないと後々厄介な事になる。先生達もその思いは共有してるよ」僕は確信を持って返した。「参謀長、“デカ”は行ったのかい?」滝の分の掃除を終えた竹ちゃんが聞く。「ああ、張り込みに出たよ。早ければ明日の午前中には証拠を挙げられるはずさ」「そうしてもらわねぇと、割りに合わねぇ!世間の厳しさを教えてやらねぇといけねぇな!」「そう言う事!姑息な事をやっても無駄だとハッキリ通告しないと本当に“割りに合わねぇ!”だよ」竹ちゃんと僕は不敵な笑みを浮かべた。実際、滝は証拠をあっさりと撮影して見せた。翌日、フィルムは小佐野の手で現像され、昼には中島先生の手に写真が渡った。「良くやった!これで楔を打ち込んでやれば、不正に情報を入手出来なくなる。5組の生徒には“厳重注意”を申し渡す!これで危険な芽は摘み取れるな!」先生は上機嫌だった。「今回は片付きますが、彼女の事です。懲りずにまた何か仕掛けて来ると考えますが、どうなさるおつもりでしょうか?正直な話、クラス内に動揺を与えるのはマズイと考えますが?」僕はそれとなく斬り込んで見た。「当然、次もあるだろうな。手の内は分からんが、仕掛けて来るのは明々白々だ。だが、心配するな!我々の意思は変わらん。校長も不退転の決意で跳ね返すつもりだ。お前たちの努力でクラスもまとまり、学年全体の雰囲気もいい。この状況を一変させる様な真似をするものか!1匹の“害虫”より、大多数の生徒達の安心・安全を担保するのが教職員としての使命。断じて間違いは侵さないし、するつもりもない。そこはY、お前から久保田達に言って聞かせろ!“無用な心配はしなくてもいい”とな。特に校長は“如何なる圧力を以てしても譲る意思は無い”と明言しとる!案ずるな。悪いようにはしない」先生は噛んで含める様に言った。「分かりました。クラス内の動揺は抑えて置きます。試験を控えてますので、安心して勉学に力を入れる様に久保田達と手を打ちます」と言うと「それでいい。Y、ご苦労だった。かかった経費を後で申告しろ。タダで手伝いをさせる訳にもいかんからな!」と経費の負担も話に出た。教室へ戻ると滝と長官を捕まえてから、担任からの話を聞かせると「まず、初動は跳ね返したか。校長が“不退転の決意”を持って臨むと言う事は、“銀行”は鉄壁の要塞と同じ。次はどれだけの兵力を投入して来るかな?」と長官は薄笑いを浮かべた。「経費は+αをしてもいいよな?」と滝が言うので「手間賃ぐらいは上乗せしろ!誰も文句は言わんさ」と言ってやると「小佐野に小遣いをくれてやらんと、臍を曲げるからな!」と肩を竦めた。

それから3日後、長官と伊東から呼び出しがかかった。重大な話だと言うのでさりげなく教室の隅へ集まる。「原田との間で“防共協定”の締結ですか?」「ああ、正式には“防菊地協定”だが、様は封じ込め政策の一環だ。お互いの利害が一致するならこの際、相手を選んでは居られない。双方にメリットがある以上、蹴る事はしない方がいいだろう」長官は静かに言った。「原田から持ち掛けて来たんだ。ヤツにしても深刻な“事情”があるからな!」伊東が意味ありげに言う。「ヤツの狙いは何です?」僕は斬り込んだ。「来年の“大統領選挙”だよ。2期生への支持拡大を図る上での協力要請さ!」伊東が答える。「つまり、我々を取り込んで“定期預金”を封印しつつ、対抗馬を出させずに楽に戦いたいと言う事か?」「そうだ、原田が最も恐れているシナリオは、“定期預金”が“解約”されて大魚が暴れる回る事。そして、我がクラスから対抗馬が出る事。この2点だ。それを現時点で封じて置けば、他のクラスから仮に対抗馬が出ても楽に勝てる算段だ。こちらとしては重要な複数の“閣僚ポスト”の保証と“情報網”の相互利用を条件に妥協し手を組むつもりだ」長官が重々しく言う。「ふむ、原田の情報網を逆利用すれば、流言や偽情報をバラ撒けるし撹乱に使える。一方で左側の裏情報も入って来るから、“定期預金”を引き出す動きも監視できる。後は“定期預金”を“解約”ではなく“不渡り”に追い込めれば互いにとって利ありですか?」僕が指摘すると「そうだ。年末に向けて“定期預金”の“解約”工作は本格化するだろう。小佐野も“越年にすれば留年か退学かの選択になる”と言っておる。何とかその線に持ち込むためにも、今回の話は前向きに検討する価値はあると踏むがどうだ?」と長官が水を向けて来る。「史上では“独ソ不可侵条約”の例もありますからね。こちらとしても“後顧の憂い”は絶って置くべきでしょう。そうしなくは作戦計画全般に支障が出る。リスク無い作戦はありませんから、今回は乗って置くのも一興ですかね?」僕は一抹の不安を覚えつつも同意の意向を示した。「参謀長、不安要素が多いのは承知の上だ。確かにリスクの無い商売などある筈が無い。これまでも火中の栗を拾い続けて斬り抜けて来た。今、必要なのは共に“後ろ盾”だ。利害の一致を見ているこの時こそ、同盟を組んで置く必要がある。今回は信念を曲げてでも漕ぎつけたいのだ。責任はワシが取る。同意してくれぬか?」長官は心からの同意を求めた。「俺からも頼みたい。仇敵ではあるが、今を逃せばクラスの平和は崩れかねない。建屋はもう直ぐ完成するんだ。信念を曲げてでも同意してくれないか?」伊東も必死に訴えかけて来る。「長官、伊東、“封密命令書”を作成してくれないか?開封時期は来年2月末。内容は“充分な情報の共有がなされず、原田が翻意したり、定期預金が解約された場合、今回の同盟を破棄する”と記してくれ。これらが作成されるなら僕は異を唱える事はしない」僕はハッキリと明言した。「“封密命令書”か。保険を掛けるならそれしかあるまい。相変わらず慎重だな。原田の翻意を予測するとは。いいだろう!今ここで一筆書いてしまおう」長官は、僕の言った内容を書き記してサインを入れ、厳重に封印した。「参謀長、同意してくれるな?」「分かりました」僕は確認した上で同意した。「後は久保田達と女性陣の説得だな。伊東、そちらは任せる」長官は安堵したのか、穏やかに言う。「早速かかります!」伊東は直ぐに動き出した。「参謀長、懸念は分かるよ。だが、今を乗り越えるには“これしか無い”のだ。ワシもこんな強引な決定はしたくはなかった。原田と言う“時限爆弾”を頼るなど信念に反することだからな」長官が自重めいた口調で言う。「例え卓袱台返しに合っても“定期預金”の“解約”だけは阻止しなくては。これで我々も手を広げられるし、作戦全般の選択肢も増えます。一長一短はありますが、目的達成の前には信念を曲げるのもやむを得ないでしょう」僕がそう言うと「そう言ってもらえると心が少し軽くなる。次の手を予測して置いてくれ。彼女はこのままでは終わらんはずだ!」と注文が入った。「“銀行”の動きは確実に捕らえます。原田からの情報と合わせて監視を続行しますよ」「うむ、宜しく頼む」長官は僕の肩を叩くと伊東を追った。

その後、菊地嬢の動きは感知されずに中間試験が行われ、10月半ばには教室には暖房用のストーブも設置された。「いよいよ“ゲームオーバー”が近づいたな。出席日数を満たさなければ“留年”に追い込まれる。彼女にしてみれば屈辱以外の何物でもない」と滝が言う。「プライドだけは高いから、辱められるくらいなら“退学”を選ぶってか?甘いよ!ピラニアよりも質が悪い大魚がそうそう簡単にギブアップするはずが無いぜ!何か仕掛けてくるはずだ」僕は警戒を怠らなかった。「だが、静まり返ってるって事は、手が無くて仕掛ける取っ掛かりさえも掴めないって事にならないか?」「そう見せてるだけで、裏では着々と仕掛けを組んでるって言っても過言ではない。ピラニアを甘く見ると喰いちぎられるぜ!そうなったら只事では済まない」僕は肩を竦めた。「期末試験までに動けなければ“留年”は確定する。そうでなくても、各教科の進行は早い。甦ったとしても授業に着いて来れる可能性は絶望的だ。1人のために課程を遅らせて補習を組むなんて情けを掛けるか?」僕は逆に滝に聞いて見た。「そんな事はあり得ないな。何せやらかした“事が事だ”学校側が折れることは無い。もしかすると、このまま宙に浮かせたままかも?」「“持久戦”に持ち込んだんだ。狙いはズバリ“退学”だろうが、決死の突撃は必ずある!こっちはそれを待って殲滅する。次に手を繰り出して来た時が“本番”さ!」僕は指を立てて言った。「その“本番”がいつになるか?だが、何も引っかかって来ないんだろう?」「ああ、まだ何も検出されてはいない。それが正直不気味なんだよ。その内にどでかい仕掛けが降って来る気がしてな、心中穏やかって訳じゃないんだよ」僕は正直に吐露した。「まあ、そう神経質になるなよ。何かあれば必ず網にかかる。原田と小佐野の網だ。穴は開いてないぞ!」滝は肩をポンと叩く。確かに2つの網に破れは無いし、学校側も沈黙している。だが、どうしても拭えない不安な影が、不気味に忍び寄っている感覚から抜け出す事が出来なかった。

そして期末試験も終わり、師走へと時は進んだ。街のあちこちにクリスマス飾りが現れ、商戦もスタートした。「Y-、クリスマスプレゼント何がいい?」さちが隣の席から小首を傾げて聞いて来る。「気を使うな。心配は無用だよ」と返すと「ねえ、何がいいのよー!」と袖を掴んで離そうとしない。「さち、僕は“そのまんまのさち”が欲しいんだ。でも、それは無理だろう?」「無理じゃないよ。あたしそのものが欲しいなら“僕はあたしと付き合う”って宣言すればいいじゃない!でも、Yの性格上それは言えないんでしょう?だーかーら、“身代わり”に何が欲しいか聞いてるんじゃない!」さちは駄々をこねる。真っ先に欲しいものを聞き出して、機先を制するつもりだろう。「そうだな、セーター。クリーム色の洒落たヤツ。ブレザーの下に着ても決まるのがいいな」「OK!一番の大物ゲット!あたしのセレクト、必ず着てよね!」さちは無邪気にはしゃぐ。「ああ、約束だ!」僕等は指切りをして誓った。「Y-、プレゼント何がいい?」雪枝と堀ちゃんと中島ちゃんが揃って押し寄せる。「うーん、3人揃ってしまうと何にするか?」僕は迷った。「セーターとかは?」堀ちゃんが聞いて来るが「それはあたしの担当。悪いけどもう差し押さえたの」さちが勝ち誇って言う。「えー、ズルイ!さち、抜け駆けは無しだよー!」と堀ちゃんがふくれる。展開としてはマズイ兆候だ。何とか丸く収めねば・・・。「それなら、あたしはYが欲しい本を1冊プレゼントする!これならバッティングしないでしょ!」中島ちゃんが言い出す。「その手があったかー!またしても先を越された!」雪枝と堀ちゃんが歯ぎしりをする。「残るは何だろう?」2人は必死に考える。「そうだ!あたし傘にする!Yに借りっぱなしだし、1年中使ってもらえるし!」堀ちゃんが眼を輝かせて言う。「じゃあ、あたしはシャープペンシルとボールペンにしよう!名前入りのヤツ!“from Yukie”って掘ってもらうの!」雪枝がトリを決めた。「それ、一番ズルくない?」さちが言うが「さちも刺繍で縫い付けするんでしょ!」と雪枝が言うと「バレたか!」と言ってさちが舌を覗かせる。どうやら4人のプレゼント合戦はケリが付いた様だ。「ねえ、いつ買いに行く?」4人は相談を始めた。「やれやれ、Yも大変だね。お返しはどうするの?」道子が穏やかに聞いて来る。「ふむ、機材を借りて来なきゃいかんな。手は考えてあるよ。内緒だけどね」僕も道子の問いに穏やかに返す。「Y、ちょっといい?」道子は僕を廊下へと引っ張り出す。「どうしたの?」「Y、正直に答えて。意中の女性は幸子なの?」「道子に嘘は通じない。その通りだよ」僕は正直に答えた。「幸子は知ってるの?」僕は答える代わりにネクタイを裏返す。刺繍を見せると道子はハッとした。「もしかしてって感じはしてた。そうか、さちもYをね・・・。さちがしてるのは?」「僕のネクタイだよ。他の3人は知らないが」「知られたらダメ!隠し通して!」道子が肩を揺する。「今はまだ4人にとって支えであってもらわないと困るのよ。Y、重い十字架だけどこれは“貴方自らが選んだ道”だもの。だから放り出す様な真似だけはしないで!勿論、Yはそんな事は絶対しないって知ってるけど、素振りを見せてはダメ!雪枝と堀ちゃんと中島ちゃんも気にしてあげて!変なお願いだけど、“平等に偏らず”バランスを取って見ててあげて!Yにしか出来ないことだからさ」彼女は必死に肩に手を置いて言い含める様に言う。「道子、済まん。心配かけて。彼女達4人、いや、道子も含めて5人が居るからこそ、僕はここに居られる。それを忘れたことは無い。だから今言われた事は守るよ。必ずな」「Y、あんたは優し過ぎるのよ。戦ってる時は、そう見えない時もあるけど、昔からあんたはずっとそう。戦った相手にも手を差し伸べるくらいの優しさが溢れてる。それをいつまでも忘れないで!」道子は真っ直ぐ僕の眼を見て訴えかける。「道子、ありがとう。これからも僕が傍から見て“危うい”と感じたら、遠慮なく言ってくれ。どんな些細な事でもいい。そうでないと僕は自ら落ちるかも知れないからな」「うん、そうする。頼りにしてるよ!参謀長!」道子は僕頭を小突くと教室へ引っ張って行った。「あ!Y、欲しい本のタイトル教えてよ!」中島ちゃんが駆け寄って来る。「それがさー、あり過ぎてどれにするか迷ってるのよね!」僕は文庫本の裏表紙を開きながら言う。「Y、傘の色、お任せでいい?」「それとあたしのヤツも」堀ちゃんと雪枝がステレオ攻撃に来た。「ああ、2人のセンスに期待してます!」「えー!」「責任重大だ!」そんな僕等姿を道子は見ながら「アイツにしか出来ない芸当だわ。優し過ぎる意地っ張りの馬鹿。でも、それがYと言う“人間”そのもの。アイツなら任せても大丈夫」と呟いていた。

そんな最中、南米チリで地震が発生して、津波が日本沿岸に押し寄せる様な出来事が発生した。12月も半ばを過ぎた頃、僕は突然中島先生に呼び出された。「Y、大変な事が降って来たぞ!県教委が県議会議員の圧力に屈した!」僕の背筋に冷たいモノが流れた。「まさか“復学”への圧力では・・・」「その“まさか”だよ。県教委が“再考”を勧告して来たのだ!校長も怒り心頭だが“再考”に当たって“学力テスト”を実施する方向で検討に入った。2学期が全滅である以上、“相応の学力”があるか?を試験して合格すれば“復学”を認めざるを得ない」先生の表情も苦り切っている。「ハードルと範囲はどの程度を?」「全教科90点以上、2学期全般と3学期に履修する1部とした。教科によっては、既に3学期分へ突入している。この辺は県教委と県議会も認めている。学校や教科によって進捗に差があるのはやむを得ない。ただし1点でも落とせば“復学”は認めないつもりだが、結果次第では返り咲きとなる恐れが出て来た。Y、校外で彼女と接触を保っている生徒は居るか?」「いえ、自分が知る限り存在しません」「1期生はどうだ?調べてあるのか?」「網は張っていますが、引っかかっていません。ただ、1期生に関しては完璧ではありませんので、断言は出来ません!」「至急手を回して調べ上げろ!2学期の課程が漏れていれば、テストで点数を稼がれてしまうだけでなく、防衛壁を破られてしまう!“学力テスト”は20日過ぎに実施予定だ。時間はさして残されていない。とにかく急げ!」「はい!急いで結論を出します!」僕は急いで教室へ取って返した。既に“解約対策委員会”のメンバーが隅で協議を始めていた。「参謀長、大変な事になったぞ!原田と小佐野から“情報”が入った!担任は何と言っていた?」長官の誰何する顔は青ざめている。僕は先生から聞いた内容をそのままメンバーに告げた。「全教科90点以上か。容易ではあるまいが、突破の可能性はゼロでは無くなったな。20日過ぎと言う事は時間はさして残っておらん。1期生と“定期預金”の接点か?至急当たりを付けねばなるまい!」長官の顔からは血の気が失せていた。「原田に手を回して1期生をしらみ潰しに調べるしかないぞ!」伊東が繋ぎを付けに走る。「千里、千秋、女子には独自のコネクションがあるだろう。そちらも使って至急洗い直せ!」「了解、直ぐにかかるわ」2人も動き出した。「参謀長、生徒名簿を当たって“定期預金”と接点がありそうな1期生をピックアップしよう!」「了解です。滝にも加わってもらいましょう。彼なら接点がありそうな1期生もおおよそ目星が着くでしょうから」「うむ、早速かかろう」長官と僕は生徒名簿を手に放送室へ急いだ。放送室へ忍び込むと「おう、お出でなすったか!小佐野から内線で話は聞いてる。菊地嬢と接点がありそうな1期生を絞り込むんだろう?」滝はこちらが説明する前に事情を飲み込んでいた。「以前の5組の女子との1件以来、俺も注意して見てるんだが、菊地嬢が駅へ出て来ている兆候は無い。だが、親から親へのノートの“横流し”は有り得る!その辺を考慮するとだな、ここら辺を当たれば釣れるかも知れない」滝は素早く10名の男女をピックアップした。全員、菊地嬢と同じ中学の出身者だ。「これが該当者か?」「ああ、全員菊地嬢に弱みを握られてる可能性があるヤツらだよ。“横流し”を要求するにはネタが必要だ。この10名分のネタは持ってるはずだぜ!」「長官、参謀長、原田が焦点を絞れと言っています。このままでは漠然と進むしか無いと!」伊東が息を切らせて駆け込んで来る。「今、絞ったとこ。この10名を“横流し”の容疑で追えと言ってくれ!誰かしら認める可能性が高い」僕は生徒名簿を伊東に渡した。「よし、これなら今日中に突き止められる!長官、逆情報での撹乱は?」「そちらはこちらでもやるが、原田にも依頼をして置け!雑音で混乱させるんだ!」「了解」伊東は休まずに走り去る。「さて、ワシと小佐野で逆情報を流して更に混乱を引き起こすか!」長官は思案に沈む。「問題は“線引き”だな。1期生と僕等では教育課程に微妙な違いがある。“横流し”のノートだけでは完全にはカバーする事は不可能。曖昧な“情報”を信じ込ませればチャンスは残されている」僕が言うと「そうだ。そこを突いて混乱させれば勝機はある!11月末までの範囲で線を引けば、教科によっては失点させられるな。ワシは小佐野との協議に入る。参謀長、担任との繋ぎは任せるぞ!」そう言うと長官は現像室へ向かった。「間に合えばいいが、かなり際どいな。静まり返っている間に“大逆転”の準備を整えてやがったとは!やはりタダ者ではなかった!」「お前さんの“予知能力”には脱帽するしかないな。しかし、政治力を行使するとは手口が陰険だな!」滝は吐き捨てる様に言った。「陰険だろうが攻撃の手としては有り得る事だよ。左側通行独特のやり方ではあるがね」僕は努めて冷静に言った。「1教科、89点でいい。そうすば“復学”は阻止できる。ハードルは思ってる以上に高いから、1歩でも誤ればそれでいい。やれる事は全てやり尽くして待つしかあるまい」「待つ身は長いぞ!噂は尾ひれが付いて暴走するやも知れない。ウチはどうやって抑え込む?」滝は先を見ていた。「まずは、“横流し”の有無の確認に逆情報による撹乱が優先事項だよ。久保田と小川のコンビなら動揺を鎮める手は容易に考え付くさ。惑わず、揺れず、恐れない。クラスが盤石なら事を荒立てる必要は無いよ。こっちは知らぬ間に強固な体制を作り上げてる。例え甦っても孤立するだけさ!」「まあ、そうだが、甦らない方がより良い方向だろう?」「確かにな、だが、彼女はどうしても“復学”して高卒の資格を手にしなきゃならないはずだろう?以前聞いたが、中学の時に“破門状”紛いの文書が流れてる関係上、この通学区の他校は入学や編入を拒むだろう。他の通学区もそうだ。他県へ出るとしても“後ろ盾”が無ければ孤立無援でしかない。つまり、ここしか無いのさ!高卒の資格を手に入れられる場は。今回、仮に阻止されたしても、次策は用意してあるだろうよ」「うーん、確かにそうなるな。是が非でもしがみ付く魂胆か!それで、次策は何だい?」「多分、法廷闘争だろうよ。“教育を受ける権利”を主張して“無期限停学は違法だ!”と吠えるだろう」「泥沼へ引き込んでぐちゃぐちゃにするつもりか?」「確証は無いが、恐らくそれだろう。そうなったら、向こうにも利が出て来る。弁護人の腕次第でうっちゃりを喰らわせるつもりじゃないかな」「そうなる前にケリを付けたい。それが本音だろう?」「勿論、そうだよ。無益な戦いは止めるべきだ。利が無ければ引くのが兵法の基本だ」「お前さん、ズバリ勝算は?」「五分五分さ。それを六分四分に持って行こうとしているのが今の段階さ。さて、僕は生物準備室へ行く。担任に報告を入れて来る」放送室から抜け出すと、いつもの風景が広がっていた。何気ない日常があった。この日常を破壊に持ち込むどす黒い“野望”について、知り得る者はまだ少なかった。

life 人生雑記帳 - 13

2019年04月17日 14時03分38秒 | 日記
皆さんはご存知だろうが、少々お付き合いをお願いしたい。ほぼ14世紀半ばから19世紀半ばにかけて地球は寒冷な時期に突入している。別名“小氷河期”とも呼ばれている。ヨーロッパでは、スイスでアルプスの氷河の版図が拡大し、谷筋の農場を壊滅させたり、河川を堰き止めて、決壊による洪水が発生するなどしている。イギリスのロンドンやオランダの運河では1冬の間完全に凍結する光景が頻繁に見られ、人々はスケートや氷上縁日に興じたと言う。日本においても東日本を中心に度々飢饉が発生し、これを原因とする農村での一揆の頻発は幕藩体制の崩壊の一因となったと言われている。さて、原因はなんだろうか?“小氷河期”の中頃、1645年から1715年にかけては、太陽黒点が示す太陽活動は極端に低下し、太陽黒点がまったく観測されない年も複数年あった。この太陽黒点活動が低下した時期を“マウンダー極小期”と呼ぶ。黒点活動低下と気温寒冷化を結び付ける明確な証拠は提示されていないが、“小氷河期”でもっとも寒さの厳しかった時期と“マウンダー極小期”が一致する事実は因果関係を示していると言っても過言ではない。また、この時期は世界各地で広範な火山活動が記録されており、その火山灰が成層圏に達して地球全体をベールのように覆い、全世界の気温を引き下げたことも要因として挙げられる。1815年に起きたインドネシアのタンボラ火山の噴火は、大気中に大量の火山灰を拡散させ、翌年の1816年には“夏のない年”として記録がなされている。この年、北ヨーロッパとニューイングランドでは、6月と7月に霜と降雪が報告されている。太陽の活動周期は約11年と言われ、太陽極大期と太陽極小期は、それぞれ太陽黒点の数が極大、極小となる時期を示す。

「と言う訳で、江戸時代を含む前後に飢饉が頻発したのには、太陽活動の低下と地球全体の寒冷化、火山活動が密接に関係していると言われてる。飢饉は起こるべくして起こったのさ。農作物の品種改良技術の無いもしくは未発達の時代に、天変地異が頻発すれば収穫が不安定になっても仕方なかった。実際、江戸幕府の記録を見ると大豊作の年と、数年に渡っての大飢饉の年が交互に出て来る。太陽からの光や熱が減れば、地球全体が寒くなるのは当然だから、約500年間に渡る寒冷化は大変だったと言えるね」僕はアールグレーを飲み干して言った。「そっかー、太陽活動が500年間も低下してたのか。Y、どうやって調べた?」さちがカップを置いて聞く。「“氷河期”について調べれば出て来るよ。太陽活動そのものにも長期的に見れば波がある。地球全体が暖かい時期もあれば、凍り付いた時期もある。そうした事を追って行くと辿り着いた訳」「広く浅くか。気になれば“とことん調べ尽くす”のがYの性分だよね。時には深く掘り下げるから、こう言う知識も持ち合わせている。歴史だけでなく地質学や天文学も得意分野なの?」さちが聞いて来る。「得意ではないよ。ただ、相対的な理解をしようとすれば、地質学や天文学も絡んで来る。エジプトのピラミッドには“当時の北極星”を見るための通路がある。りゅう座の“ツバーン”と言う星。今の北極星はおおぐま座の星だが、地球の自転軸のブレの影響で北極星は“交代”する宿命にある。古代エジプトを調べるとそう言う事も出て来るから、自ずと調べるハメになるのさ」「ふむ、Yの思考回路はどうなってるの?広範な知識とあらゆる“智謀”を駆使する頭をこの目で見て見たい気分になるね」さちが僕の頭を突きながら言う。「フツーの構造だよ。さちと変わりはない!」と言いつつ彼女から逃れようとするが、さちは僕の首を抑えて身動きを封じた。「誰か、Yの脳を調べて!もしかすると電子回路で出来てるかも!」と言う。「脳に電子回路を接続してるのかもね。どこかにネジがあれば開けられるかも」雪枝が悪乗りを始める。「確か、ドライバーセットがあったはず」堀ちゃんが真顔で探し始める。「こら!僕はサイボーグじゃないぞ!」と言うが彼女達はあれこれと妙な行動を始める。「Y、自業自得。遊ばれてなさい!」道子がダメを押す。「あー、もうどうでもいい。ネジは無い!生身の人間だ!分解しようとするな!」僕は足掻いたがどうにもならなかった。竹ちゃんと道子はひたすら笑っていた。お昼の生物準備室は賑やかだった。

放課後の“補習授業”は、江戸時代を教科書に沿って語り直す場になった。徳川家康が江戸に幕府を開いてから、徳川慶喜が江戸城を新政府軍に“無血開城”するまでをプロットした。15代、270年あまりを総括するのは容易では無かったが、話を終えた後の質問は大きく2つに絞られた。“水戸黄門こと徳川光圀”と“暴れん坊将軍こと徳川吉宗”であった。ここで、またアンチョコを引っ張りだそう。

水戸徳川家は、家康の11男頼房が水戸25万石を賜った時より始まる。水戸藩は他の御三家である尾張藩や紀州藩と比べ、石高がその半分程度と少なく、朝廷の官位も尾張藩や紀州藩が“大納言”であったのに対して“中納言”と格下、尾張藩や紀州藩が御三家と言えども参勤交代が必要だったのに対して、水戸藩は藩主が江戸に常任の¨定府¨とされ参勤交代を行う必要が無いなど、御三家の中でも異色の存在であった。この独自性を決定付けたのは、初代頼房であった。幼少期に駿府で育てられた御三家の兄弟達に、家康はある時望むものを聞いた。一番下の頼房は¨天下¨と答えた。この答えに対して家康は¨謀反の恐れあり¨として、頼房には兄達の半分程度の所領しか与えなかったと言われている。また、3代将軍家光と年が1つしか違わず、2代将軍秀忠が学友として、江戸に留め置き成長してからも家光のよき相談相手となったため、参勤交代不要の¨定府¨とされ、水戸藩主は¨副将軍¨と称されるようになったのである。¨天下の副将軍¨として真っ先に思い浮かぶのが、2代藩主の光圀だろう。TV時代劇の様にお忍びでの全国行脚はしてはいないが、歴史書¨大日本史¨を編纂するなど、学問に非常に熱心で、水戸藩独自の学問である¨水戸学¨の基礎を作った。また、¨黄門¨とは朝廷の官位である中納言の唐名であり、¨光圀だけが黄門と呼ばれた訳ではない¨のである。しかも、光圀の¨圀¨の字は、もともとは唐王朝の則天武后が定めた¨則天文字¨であり、則天武后が死んだ後に廃止されたのだが、何故か我が国で生き残り光圀の名に使われた珍しいケースである。

徳川吉宗。紀州藩4代藩主にして、後に8代将軍に就任するこの人物は、波乱万丈の人生を歩んだ。紀州藩2代藩主光貞の4男だった吉宗は“紀州藩の支藩の藩主として生涯1大名として終わる”はずだったが、運命のいたずらに乗って将軍職を継ぐ事になる。幼名は“新之助”、元服後は“松平頼方(よりかた)”と名乗った。時の将軍綱吉から、現在の福井県内に2万石を賜り、御三家の支藩の大名となる。普通ならばこれで終わりなのだが、突如として紀州藩主に着く事になる。紀州藩3代藩主綱教と直ぐ上の兄である松平頼至が相次いで急死。思いもしなかった藩主の座が降って来たのだ。将軍綱吉は頼方に“吉宗”の名を与えてこう言ったと言う。“そなたは、わしと良く似ている”と。綱吉も2人の兄の死によって将軍職を継いだからである。こうして紀州藩主となった吉宗だが、当時の紀州藩は借財まみれであり、深刻な財政危機にみまわれていた。幕府や商人からの借財は数万両に及び、蔵には備蓄米も無かった。吉宗はまず“財政再建”に乗り出し、徹底した倹約に努めた。後の“目安箱”の原型もこの時に誕生している。吉宗が紀州藩主だった10年間で藩の財政は改善し、借財の完済や備蓄米の確保にも成功している。こうした藩主としての手腕と家康の玄孫と言う血筋の近さから8代将軍に就くのだが、大奥への工作や幕臣達への工作も抜かりなく実施している。運もあったが、実はしたたかに動いても居たのだ。こうして将軍職を継いだ吉宗は有名な“享保の改革”を推し進めるが、実は“米将軍”のあだ名が付くぐらい米相場に翻弄される事にもなる。在職中は常に米相場の乱高下に悩まされ、9代将軍家重に職を譲ってからも腐心した事が分かっている。とても“お忍びで江戸市中を闊歩する”暇はなかったのだ。吉宗は新たに“田安家”と“一橋家”を創設して将軍継嗣問題を改善する新体制を創設したが、御三家への継嗣補充も兼ねた対策でもあった。(9代将軍家重の子が“清水家”を創設して“御三卿”体制が確立した)こうして、“幕府中興の祖”と呼ばれる事になる吉宗だが、“暴れん坊将軍”の様な活躍の場はなかったものの、幕府財政を立て直し、後の継嗣問題にも手を打った功績は大きく。徳川15代の将軍の中でもその存在感は群を抜いていると言っていいだろう。

「と言う訳で、TVの時代劇ドラマと実際はかけ離れてはいるけど、2人が江戸時代を代表する“重要人物”である事は確かだ。フィクションの世界ではあるけど、江戸時代を身近にさせる効果は絶大だね」と言って僕は“補習授業”を締めくくった。「Y君、もう1つだけいい?」真理子さんが言う。「なに?」「TVでは、黄門様も将軍様も悪人を斬らないけど、それは何故?」「主君は直接“手を汚さない”のが武家社会のルールだからじゃないかな?江戸時代全体に言える事だけど、“君子危うきに近寄らず”と学んでるから、将軍も藩主も命は下しても、臣下に任せるのが“しきたり”なのさ。TVでもこの“しきたり”は踏襲されているね。黄門様の“助さん”と“格さん”もそうだが、原則彼らは悪人を斬らない。“風車の弥七”は忍びだから、斬ってしまうがこれは例外だ。暴れん坊将軍の吉宗もそう。松平健が悪人達と斬り合いになる時、“カチャリ”と音が入るだろう?吉宗は“斬らない”んだよ。みね打ちにするだけ。つまり“己の手は汚さない”のさ。吉宗が“成敗!”って言う時はお庭番の2人が斬ってる。為政者はあくまでも“直接手を下さない”って法則は時代劇でも徹底してるね」「そう言われればそうだけど、Yは良く観察してるね。あたし達はそこまで意識して見て無いよ。“チャンバラ”でもちゃんと時代は考えられてるんだね」雪枝が言う。「“時代考証”や“殺陣”や“所作”は考えて作ってるさ。そうしなきゃハチャメチャになってしまう。押さえるべきところは確実に再現するのが、作り手側の常識だろうよ。でなきゃ“長寿番組”は生まれないよ」「Y!愉しい“授業”をありがとう。そろそろ終わりにしようよ。さあ、帰る支度をしなきゃ!」と雪枝が言って“補習授業”はお開きになった。僕は黒板を消し始める。「Y君、凄く良く調べてあるね。教科書の裏まで網羅している理由はなに?」真理子さんが聞いて来る。「半分は“趣味”の領域。残り半分は歴史が好きだからかな?」僕は笑って答えた。「時々、本を読んでるけど、やっぱり“歴史”に関連してるの?」「今、読んでるのは“戦史”が多いね。第2次大戦当時に関連してる本が中心。この“高速戦艦脱出せよ”ってのは、ヨーロッパ戦線が舞台」僕は1冊の本を見せて言った。「難しそうだね」真理子さんがページをめくっていると「真理ちゃん、止めときな!それは“Yのために出版されている”様な本だから、あたし達が見ても意味不明なだけよ!」と中島ちゃんが釘を刺すのを忘れなかった。「Yは、参謀長だから“作戦の立案や戦術の決定”のために参考書として読んでるのよ。あたし達が理解するのは到底無理!」雪枝も釘を刺す。「でも、Y君にはスラスラと読めて理解出来る。何故なのかな?」「“趣味”の領域だからよ!コイツ小学校1年の時から、百科事典を読み漁ってる猛者だもの!昔から難しい本ばっかり読んでたのは確かだね」道子も釘を刺す。「道子、それ本当の話?」堀ちゃんもびっくりした様だ。「冗談抜きで本当の事。あたし達が読めない漢字を平然と読んでたし、分野に関係なく中学生レベルの本を小学1年で読めたのは、Yだけだと思う」道子は遠い昔を思い出しながら答えた。「だから“参謀長”って言われてるの?」真理子さんが眼を丸くする。「そう、コイツの脳は特殊仕様なの。電子回路と繋がってるのかもね!」さちが昼休みの話を蒸し返す。「あのー、僕はサイボーグではありませんので、そこんところは誤解しないで」僕は控えめに反論する。「無駄だ!言い訳は通用せん!正直に吐け!“我はサイボーグ”だと認めよ!」さちが笑いながら詰め寄る。「分解して元通りに組み立ててあげるから、いい加減認めたら?」堀ちゃんも悪乗りを始める。「さあ、帰るぞ!分解されたら手と足が逆になりそうだ!」僕はそそくさと廊下に逃げ出した。「待て!逃がさぬぞ!」さちを筆頭に女の子達も追いかけて来る。薄っすらと夕闇が迫りつつあった。

9月に入ると夕暮れはどんどん早くなる。“補習授業”が少々長引いた影響もあり、辺りは夕闇が迫っていた。女の子の集団と共に“大根坂”を下る。いつも以上に賑やかだった。「Y、正室を決めるなら誰にするの?」堀ちゃんが突然言い出した。「誰って言われても、決めようが無いだろう?」僕は敢えて逃げに入る。「Y、選択権を放棄するの?」雪枝が呆れて言う。「放棄するんじゃなくて、行使しないんでしょ?Yの性格からして、1人に絞るなんてのは鼻から無理。あたし達4人に公平に接する。誰も置いてきぼりにしない。そう言う事?」さちが勝ち誇ったように言う。「分かってるなら正室云々は言わないで。僕等は、まだ出会って半年あまり。先は長いんだから焦る事もなかろう?」僕はさちの顔を見た。彼女は何も言わなかったが“あたしとの約束を忘れないで”と眼で訴えていた。「さちの言う通りかもね。Yの事だから“特定の誰か”と付き合うのは苦手かも。5人でワイワイと騒いでるのが一番なんだろうね。あたしとしては、今のこのスタイルを維持したいな」中島ちゃんが言う。「正室は“空位”で側室4人か。平等性を考えれば、やっぱり現状維持かな?」雪枝も言う。「うーん、江戸時代に戻りたい。それなら何も問題は無く過ごせるのにな」堀ちゃんは悔しそうだ。彼女は何とかして正室に“指名”されたいのだろう。気持ちは分かっているが、僕はさちを見ていたかった。僕の首にはさちのネクタイが揺れている。「何をするにも僕等は一緒に学び、戦い、ふざけてる仲だ。道子や竹ちゃんも加えた7人のグループでこれからも仲良くやって行きたいし、繋がって居たい。やっとクラス内も平和になったけど、これからもまだやるべき事は多々ある。みんなで協力して良いところを広げながら悪を挫く。僕等の活躍の場はこれからも続くだろう。だから“男だから・女だから”ではなく“仲間”として“戦士”として共に歩みたい。ちょっと理想論だけどね」僕は照れながら言った。「Yらしい言葉だね。確かに理想論だけど、それを今までもやって来てるから私達は続いているのかもね。あたしだって参謀だもの!そうでしょ?参謀長!」堀ちゃんが言う。「ああ、みんな可愛い参謀だ!」4人がニヤニヤとにやけた顔になる。「みんな、Yをあんまり追い詰めるな!Y、疲れてない?足取りが重いよ?」道子と竹ちゃんが追い付いて来た。「あー、バレたか。疲れてるのは隠せないな。頭の使い過ぎだよ」僕は正直に言う。「参謀長が不在となりゃあクラスはパニックを免れねぇ!あまり困らせるな」竹ちゃんも言う。「Y、大丈夫か?」さちが僕の額に手を当てる。「少し熱いよ。発熱じゃない?」「自覚症状は感じないが、もしかすると“アイツ”かもね。もう少しで駅に着く。休めば大丈夫だよ」僕は心配をよそに歩いた。「雪枝、堀ちゃん、ベンチ確保して!中島ちゃんボトル買って来てあげて!」道子が直ぐに指示を出す。3人は急いで駅へ走った。駅のベンチへ座り込むとドッと疲れが襲って来た。目の前が一瞬暗くなる。「Y、体調管理に気を付けな!Yが倒れるのは、もう見たくはないからさ!」道子が僕を諫める。「すまん。自分でも注意はしてるんだが、どうしても我慢しちまう。悪いクセだな」さちはハンカチを濡らして額に当ててくれた。中島ちゃんはスポーツドリンクのボトルを買って来てくれた。少しづつゆっくりと水分を摂る。真理子さん達も心配そうに集まっていた。「真理ちゃん、大丈夫。少し休めばYは復活するから」中島ちゃんが落ち着かせるように言っている。「Y、家に自力で帰れるか?」さちが聞く。「それは問題ないよ。バス停から2分で自宅に着く。心配かけて悪い」「気にするな。誰も調子が悪くなる時はある。今晩はゆっくり休め」さちはハンカチで僕の顔を拭くと再度濡らして額に乗せた。電車の時刻が迫っていた。上下同時だ。「Y、バスが出るまでじっとしてな。帰ったら直ぐに寝てよ。明日は無理せず休むならゆっくりしな!」道子が僕の目の前にしゃがんで言い含める。「大丈夫だ。さあ、遅れないように電車に乗ってくれ」僕が言うと「分かってる。くれぐれも無理だけはしないで!じゃあ行くね」女の子達はホームへ向かった。「さち、ハンカチ借りとくよ」「分かった。返さなくていいから、ちゃんと帰るんだぞ!」さちは僕の頭を撫でるとホームへ向かった。帰宅した僕は、直ぐに布団へ潜り込み薬を飲んで休んだ。深夜に目覚めると症状は治まっていた。夜食を食べてから朝までぐっすりと眠り込んだ。

翌朝、いつもより1本遅いバスで家を出たので、僕はレディ達を追いかける立場になった。体調は回復したが、予断は許されなかった。ゆっくり“大根坂”を登る。遥か上に6人が見えた。竹ちゃんと5人のレディ達だ。僕は自分のペースを守って坂を登った。その時、さちが振返って僕を見つけた。「Y-、大丈夫かー?!」「おー、先に行ってくれ!教室で会おう!」僕は振り返った6人に向かって言った。「参謀長、先に行くぞ!」竹ちゃんが言い歩き出す。だが、さちは立ち止まって僕を待っていてくれた。「Y、大丈夫なのか?」「ああ、休む訳には行かないだろう?薬飲んで寝たから心配無い」僕が答えると、さちは手を繋いで歩き出す。「ゆっくり行こう。あたしが連れて行く」さちは優しく僕を引っ張って行く。昇降口で水道水を飲むと少しはシャンとした。「ふむ、顔色は悪くないが、体力はギリってとこかな。今日は大人しくしておる様に!」さちが言い渡す。「分かりました。静かに過ごしましょう!」僕等は教室へ入った。「さち、Yはどう?」道子達が聞いて来る。「大人しくしてれば大丈夫だよ。今日はあまり無理はさせない様にしよう」「昨日の今日だもの。少しでも様子が変なら保健室へ“強制連行”しよう!」堀ちゃんが言い全員が頷いた。どうやら、鉄のタガが張り巡らされた様だ。しかし、予想外の事で僕は動き回る事になる。「Y君、ちょっとお願い」明美先生が廊下から声をかけて来る。「どうしました?」僕が廊下に出ると明美先生は僕を生物準備室へ連行した。中島先生が難しい顔つきで待ち構えていた。「Y、朝から済まんが、重大な事だ。極秘裏に調べて欲しい案件が出た!」先生が言うからには、かなり厄介かつ重要だと即座に察した。「“菊地が駅で同級生と接触している”との情報が1期生から寄せられた!この件が事実ならば由々しき事だ!直ちに遮断しなくてはならん!Y、2人が接触している“現場”を押さえて写真を撮ってくれ!物証が必要だ!」「分かりました。手を回して見ましょう。しかし、“無期限の停学”でありながら、同級生と接触をするとは、どう言う神経なんだろう?」僕が思慮に沈みかけると「校内の情報を受け取り、復学を目指して工作を始める前兆だろう!だが、今回は校長以下、教職員全員が処分撤回に賛成する筈が無い!理由も義理も無いのだ!故に早期に叩き潰す!Y、あまり悠長な事は言ってはいられない。速やかに物証を手に入れろ!」先生は焦っていた。「はい、準備と段取りは今日中に決めます。撮影は、早ければ本日。遅くとも明日には終わらせます。現像に1日かかるとして、遅れたとしても4日後にはご用意します」「うむ、済まんがとにかく急げ!遮断が遅れれば、余計な情報が流出し続けるだけでなく、復学に向けた“足場”を組まれる恐れがある!ともかく証拠だ!物証を大至急入手だ!」「はい、直ちに手配を開始します!」僕は生物準備室を飛び出すと、放送室へ忍び込んだ。滝が根城の代わりに使っているからだ。滝はテープのダビングをやっていた。「おはよう!早速だが依頼がある!緊急事態だ!」「おう、何をやればいい?」「小佐野からカメラと望遠レンズとフィルムを手に入れてくれ!ターゲットは菊地嬢!駅での密会写真を撮って欲しい!」「何だと!“無期限の停学”の真っ最中に彼女は何をしでかした?」滝も驚愕した。「同級生から“情報”を吸い上げてるらしい。“復学工作”の一環だろう。今、担任から依頼が来た!」「よし、現像室へ行くとするか!小佐野も根城で遊んでるはずだ!長官達には、まだ知らせて無いんだろう?機材の調達は任せろ!お前は“対策本部”を設置しろ!」滝の飲み込みは早い。2人して放送室を飛び出すとそれぞれに急いで現像室と教室を目指した。僕は教室へ戻ると、長官と伊東を捕まえて担任からの依頼内容を話した。即座に2人の顔色が変わる。「小佐野のところへは誰を?」長官が誰何する。「滝に行ってもらいましたよ。撮影依頼もかけてあります!」「それにしても何故だ?」伊東は事態を飲み込めていない。「“復学工作”の一環だとしたら、校内の状況を把握するは当然の手口さ。学校としては一刻も早く“遮断”しようと焦ってる!」僕は改めて言い含める。「しかし、これが“蘇生工作”の第1歩だとするとマズイな。思いの外早く動き出すとは・・・、だが、今のところ応ずる姿勢は取っておらんのだろう?」「口ぶりから推察すると“留年狙い”もしくは“退学”へ持ち込むつもりでしょう。簡単には“解約”はしない構えですよ!」「“解約対策会議”を招集しよう。いつもの様に極秘裏にな」長官が重い口を開いた。「直ぐに招集をかけます!参謀長、説明を頼む!」伊東は動き出した。「参謀長、今回の件は叩き潰すとしても、次も必ずあるだろう。どう読む?」長官は窓の外を見つつ言う。「“銀行”の狙いは明確ですから、どうやって切り崩すか?ですね。“実弾”の使用も含めてあらゆる策を検討しなくてなりません。正直、何を仕掛けて来てもおかしくありませんよ。ともかく、速攻で叩く。これしかありません」僕は次の手口を考慮しつつ言った。容易ではないが、どんな堤でも蟻の穴から決壊は引き起こされる。増してや相手は“法律”や“実弾”を要所で使う化け物だ。防御を突破されたらひとたまりも無い。「まずは、目の前のハエを叩く!完膚なきまでに潰して置かねば我々が危うい」長官の言葉は重かった。これが津波の第1波だった。続けて押し寄せる大波は、僕等を恐怖のどん底へと招く者となると思いもしなかった。

life 人生雑記帳 - 12

2019年04月14日 05時58分51秒 | 日記
「何だと!Y、それは本当なのか?!」中島先生は思わず絶句した。「残念ながら事実です。僕等が追跡・調査した結果、浮かび上がったモノで、一部を除き間違いありません!」僕はキッパリと断言した。「しかし、事は思っていた以上に重大だな!特に“不透明な資金の流れ”を捕捉した事実は画期的でもある。これはもうお前たちの手に余る“極めて重大かつ緊急性の高い特異案件”に発展した!お前達の集めた証拠は“最高機密”になるモノばかりだ。全員、速やかに手を引け!後はワシ達職員が始末しなくてはならん事だ!」生物準備室には、長官、伊東、竹内、滝、レディ達5名も同席していた。今回の報告に際して、関わった全員の招集を先生が命じたからだった。「分かりました。全員が速やかに手を引いて、後はお任せします。ただ、調査・追跡に際して用いた手法について、後々追及されるとなると僕等も“後ろ暗い”部分がありますが・・・」「それは問題にはならん!得られた証拠の確度の高さから見ても“手法や違法性”については、ハッキリ言ってどうでもいいのだ。何故なら“学校として明らかな証拠を手にした”事が全てを帳消しにしているからだ。我々も度々調べたが、これだけの事実を積み上げられた例は無いのだ。心配するな。お前達に類は及ばぬ様に慎重に事を運ぶ。だから、今日を持って本件について“調べたり”“話したり”は一切禁ずる!いいな!知らぬ、存ぜぬ、で通せ!Y、署名して順番に全員に回せ。今から出席した者、全員の署名を取る。これは、秘密を守るための“宣誓書”の代わりになるモノだ。この書面を持って、ワシの言う事に同意したものとする!」全員が署名して先生の言葉を受け入れた。「Y、言うまでも無いが、お前達の手元にある証拠は確実に始末しろ!紙切れ1枚も残すな。お前が責任を持って廃棄しろ。それから、この場に赤坂は呼んでいないが、一応伊東達と打ち合わせて口を封じて置け。事実は“闇から闇”へ葬るんだ!僅かでも綻びがあれば、我々の動きに支障が生じる。多少面倒だが、しっかりと後始末を頼む!」中島先生は徹底して“後顧の憂い”を絶つ様に僕に念を押すのを忘れなかった。「はい、言われたことは確実に実行しますのでご安心下さい。これより以後は、出席者全員が本件にいて口を聞きませんし、話題として取り上げる事を差し控えます!」「よし!それでいい。Y、ご苦労だったな。結果は残念な方向へ向かわざるを得ないが、お前達の努力は無駄にはしない。伊東、クラス内を引き締めてまとめてくれ。Y達も協力して事に当たれ。話は以上だ。解散してよろしい!」僕等は無言で生物準備室を出た。明美先生からの連絡を受けた中島先生は、予定を切り上げて直ぐに静岡から学校へトンボ帰りを敢行した。本来なら明日になるはずだった報告を、今日の午後に繰り上げたのは“容易ならざる事実が判明した”と僕も自宅にかかって来た電話で話したからだった。「“中国大返し並みのトンボ帰り”をやってのけるとは、担任も相当な気合が入っているな。参謀長、どうやって焚き付けた?」長官が小声で聞いて来る。「事実を簡潔にまとめて言ったまでですよ。乗り気になったのは向こうです。“校長と善後策を早急に協議せねばならん”って言ってましたから、校長も居るのではないですかね?」「参謀長、証拠の隠滅はどうするんだ?」伊東が言う。「証拠って言っても長官と僕のノートぐらいしか残ってないから、廃棄するモノ自体が無いに等しい。長官と僕が表に出さなければ問題にはならないよ。みんなの記憶は消せないけど、箝口令が出てる以上は公の場では話せないから、それだけを注意すればいい。いずれにしても夏休み中だから、クラスの半分ぐらいしか夏期講習に来てない。知らない連中に話さない様にすれば、機密保持上の問題はクリアできるだろう?」僕は伊東に返した。「まあ、そうだな。大半の連中は知らないから、この中で隔離しちまえばいいか?!」「だけどよー、これからどうなるんだ?処分とかはあるのかよ?」竹ちゃんが不安そうに言う。「我々は処分の対象から外れた。大変なのは菊地嬢達や1期生、それに原田だろう。原田に打撃を与えられる意義は大きい!」長官が重々しく言った。僕等は教室へと戻って来た。午後3時を回っている。各自が帰り支度にかかった。

「ねえ、Y、菊地さんは何故失敗したの?あたし達イマイチ分からないんだけど」道子が代表して聞いて来る。「順序を追って説明するよ。取り敢えず外へ行こう」僕等は昇降口から外へ出た。いつもの通り隊列を組んで“大根坂”を下る。「まず、菊地孃には、いくつもの¨誤算¨があったからさ。最初は¨やり過ぎた¨事。これは赤坂君の成績を少し落とすつもりが、白紙答案を出すまで追い詰めてしまった。これでまず当初の目論見が狂った。次は、話が僕のところに持ち込まれて¨隠密行動で調査依頼¨が出た事。赤坂君本人が呼ばれて事情を聞かれる事無く、水面下で僕等が動いたから、彼女にすれば¨目に見える形¨で効果が確認できなかった。だから、攻撃目標を切り替えるタイミングを逸したし、なお悪い事に¨電話攻撃¨で予想外の出費がかさんでしまい¨資金力¨を削がれた。故に1期生に¨泣き付く¨ハメに陥った。そして、これは偶然でもあるけど、知らぬ間に¨堀を埋められて守備力を削がれた¨事。僕等のスパイ大作戦に寄って、決定的な証拠が炙り出された上に、資金不足に陥って攻撃力も削がれた。伊東にターゲットを移したものの、攻撃を継続的に実施する力はなくなった。その上、クラス男女相関図に決定的な¨見誤り¨があり、完全に行き詰まった。だから今回も策は外れ、自身の進退も危うい。残念ながら¨ゲームオーバー¨って訳!」「妙に権力に固執するからだ!自分で自分の首絞めてるんだからお笑いにもらなねぇっての!」竹ちゃんが吐き捨てるように言う。「確かにそうだな。彼女はどうしても“トップ”に立たないと気が済まない様だ。これまでも策を弄しては失敗し続けたが、今回ばかりは“タダでは済まない”理由がある」「Y、それってお金の事?」堀ちゃんが言う。「当たり。彼女が使った上納金は“不適切な資金”だから、当然訴追は免れないし言い訳も通じない。滝が偶然録った肉声で彼女はハッキリと言ってるしね。そう言えば滝!マスターテープはどうした?」「鞄の中に入ってるぜ!この様子じゃ放送室にも手が入るだろうと思ってな、持ち出して来てある。先生に出したのは“コピーのコピー”だから、後々まで残して置けるさ。もっとも、菊地嬢の首が繋がってればの話だが・・・」「それってどう言う意味?」雪枝が尋ねる。「運が悪ければ“退学”か、良くても“停学”は免れないって事。これだけ問題を起こしてる以上、何かしらの処分は決定的だ。ましてや、“使途不明金”を使い込んだんだ。今回ばかりは逃げられる訳が無い」僕がうつ向き加減で返した。「Y!落ち込むな。悪い事はしてない。むしろ人を助けた。胸を張れ!」さちは僕の頭を撫でる。「そうだよ!Yは先生の依頼を見事に果たした。誰も責めたりしない!」中島ちゃんも言ってくれる。「参謀長、結果はどうあれ、我々がやった事に間違いはない。要らぬ心配は無用。後は“正義の鉄槌”が下るのを待てばよい」長官も肩を叩いた。「しかし、やり切れませんね。結果はどう転んでだとしても、クラスメイトを裁くんですから気分の良いはずがありません!苦いお茶を飲んだ気分ですよ」こうして“事件”は学校に委ねられた。結論は、厳しかった。1期生のKと質の悪い左側の女は“退学”となり、菊地嬢は無期限の“停学”。グループの女子達も“厳重注意”と1週間の自宅待機に処された。1人、原田のみが無罪放免となった。原田は、Kの組織を乗っ取り“左側通行”のトップに君臨する事になった。規定路線は踏襲されたのだった。

お盆が明けて残暑の季節に入る頃、2学期が始まった。夏期講習の後、滝と僕は無事に“装置”を完成させて3組の教室へ密かに設置した。製作自体は難なく終えたが、微調整に大分手間取ったのは仕方なかった。試験段階では問題の出なかった“こもり音”に悩まされたのだ。「机上の計算通りには行かないさ。多少のズレは付きもの。想定の範囲内だ!」と滝は終始強気だったが、最後には妥協してケリが着いた。FMの周波数77MHzにセットすれば音は明瞭に拾えた。この“耳”は大いに役立ち、後々の作戦に貢献する事となる。始業式当日の朝、久々に自転車で“登頂”に挑んだが、あと少しのところで挫折した。息を切らせてへたり込んで居ると「Y-、大丈夫かー?」とさちの声がする。5人が並んで登って来る。さちはボトルを手に持って振っている。「おはようー!」2週間ぶりの再会だ。ハンカチで汗を拭いていると5人が追い付いて来てくれる。さちがボトルを額に当てて「水分摂りな!カラカラに乾いて飛んでいくよ!」と言う。「おーいー!待ってくれよー!」もう1人の声が追いかけて来る。竹ちゃんだ。汗だくで坂を駆け上って来る。「竹ちゃんこれ飲んで!」道子がボトルを差し出す。男子2名の給水タイムだ。息を整えてから昇降口を目指す。水道で顔を洗い直すとようやくシャンとした。「毎日登らねぇと体が言う事を聞かねぇ!」「同感だ!しかも、この暑さ。いい加減に涼しくなって欲しいな」朝から2人してヘバるとは何とも情けない。「参謀長、定期預金の利子(無期限停学の事)は聞いてるか?」「いや、今のところ何も聞いてない。マイナス金利だからな。満期がいつになるか?見当も付かないよ」「となると、事情を知らない連中に腹を探られるな。長官から何か情報は?」「特になし。“銀行”(学校)としても簡単に満期にはしないだろう。櫛の歯が欠けるのは仕方ないさ」僕等は教室へ向かいながら言う。ムッとする熱気が待ち構えていた。慌てて窓を全開にして風を通す。「いよいよ“委員長選挙”だが、今回は楽勝で久保田が勝てるな!」竹ちゃんが窓辺に立って言う。「ああ、対抗馬は出ない。波風を立てずに“禅譲”に持ち込める。唯一の問題は久保田のパートナーだが、笠原グループから推薦があるだろう。その辺は長官が水面下で動いてるよ」僕も風を背にして言う。「定期預金の件は担任からか?」「詳細は伏せるだろうが、ある程度の説明はあるだろう。でなきゃグループの欠席理由に尾ひれが付いて“暴走”しちまう。その辺のコントロールは、適当な線で誤魔化すだろう」僕等がそう言い合っていると、伊東と長官が現れた。直ぐに僕と竹ちゃんを手招きする。「参謀長、小佐野から情報が入った。原田が“委員長選挙”に立候補するらしいぞ!」長官が興奮して言う。「えっ!“大統領選挙(生徒会長)”まで表立って動かないはずでは?」僕も意外なニュースにハッとする。「それがな、定期預金の件で“実弾”を巻き上げられたのが影響してるらしい。ヤツとしては“実績”を積まなきゃならなくなったんだよ!」伊東が苦々しく言う。「なるほど、“実弾”を封印されたとなると“実績”は必須項目だな。2期の長期政権狙いか!?」「そうだ、そう来るとなると、久保田の補佐役に“劇薬”を用いねばならん!ヤツに振り回されぬ力量も兼ね備えた人物でなくては、建屋建設は難航する」長官の口ぶりからして僕はある人物を思い描いた。「まさかとは思いますが、小川千秋を起用するつもりですか?」「さすがだな。原田も千秋を心中では恐れている。“毒を以て毒を制す”の言葉通りそうするしかあるまい。伊東も必死に説得を試みた。そして、“我々4名が後ろ盾となる事”を条件にして承諾させた。無論、久保田の後ろ盾にも我々4名が立つのも1つの条件だが、順調に船出させるにはこれらをクリアしなくてはならん。参謀長、竹内、力添えを頼まれてくれぬか?」長官は僕と竹ちゃんを交互に見て言った。「やるしかありませんね。当面、大事は無さそうですから」「原田に対抗するなら、指をくわえて見てる訳にはいかねぇな。長官、乗ったぜ!」僕等は同意した。「済まんな、久保田と千秋の“操縦”は俺と長官が主に担当する。参謀長と竹ちゃんは“陰の実行部隊”として、今まで同様に網を張って情報を集めてくれ。特に、参謀長には担任との“連携”も兼ねてもらう。大変だが、宜しく頼むよ!」伊東が頭を下げた。「定期預金の支払いに銀行が応じなければ、大した問題は起こらない。むしろ、この間にやらなきゃならないのは、女子グループの“再編”を含む体制強化だろう?合併を含めた“再編”を加速させなくては、いつまでも火種は消せない。長官、笠原グループに手は回ってますか?」僕は懸念を投げかけた。「そうだ。千里への手回しはこれからだが、参謀長の言う事は確実に進めなくてはならん。切り崩し、引き抜き、吸収合併を千里へ早急に依頼する。参謀長のところはどうだ?」「直接抱えるとなるとキャパシティーをオーバーします。連立を組むのが最善ですが、後1つが限度ですね。現に有賀達を抱えてますから」僕も苦しい手の内を明かす。「うむ、真理子さん達との連立を模索してくれるか?それ以上となると、参謀長も動きにくくなるだろう。真理子さん側も内心はどこかと連立する意向はある様だから、レディ達と打ち合わせて見てくれ。その他は千里がカバーしてくれるだろう」長官の注文は厳しかったが、大魚が戻り暴れる前にクラスを平定せねばならない。「竹ちゃん、手を貸してくれ。こっちも指をくわえてばっかりでは、平和は訪れない。多分、中島ちゃん経由での工作になるから、目配りを頼む!」「了解だ!有賀は任せるが、真理子さん達は道子と見る手を考えよう」竹ちゃんも協力してくれることになった。「半月後には“新政権”の船出が控えておる。鬼の居ぬ間に手を尽くそう!」長官の言葉に3人が頷いた。こうして、“新政権”の発足の下打ち合わせは完了した。

その日の放課後、僕は中島ちゃんに「真理子さんのグループに繋ぎを付けて欲しい」と依頼を行った。「それはいいけど、Y、何を企んでるのよ?」と突っ込まれた。「そうよ!あたし達を差し置いて何を考えてるのよ?!」さちも怖い顔つきだ。「これも一重にクラスの平和のためさ。彼女達のグループは、今、宙に浮いてる。笠原グループとも定期預金とも距離を置いて、その都度態度を決めて来た経緯は知っての通り。“浮いた駒”を狙われたらこっちにも影響は少なからず出る。それならば、こっちへ引き込んで置くのは定石だろう?“連立”体制を作りたいだけだよ。有賀達みたいにね」僕は素直に言った。「つまり、“再編”を考えてるの?Y、小川さんのとこだって浮いてるじゃない?まさかとは思うけど、そっちとも“連立”するつもりなの?」道子が聞いて来る。「いや、小川グループは伊東と長官に委ねる。僕は真理子さん達との“連立”のみを進行させる。正直、これ以上は手を出すつもりは無い。僕等に有賀達と真理子さん達の集団を作れればいい。“連立”はするけど、干渉はしないし個別案件についてはその都度対応を協議する。有賀達との対応と同じだよ」「ふむ、それなら納得が行く。基本はあたし達5人でしょ?」雪枝が確認を入れる。「そう、指揮はこっちで執る。様は“鬼の居ぬ間に”体制を変えて置くためさ。無期限ではあるけど、いずれは“払い戻し”に応ずる事も考えると、現状のままって訳には行かない。笠原グループに対してアレルギーがありそうだから、少しでも影響が出ない範囲で体制を変えて行く。クラスの勢力バランスを今一度見直して、綻びを消してしまいたい。そうしないと“歴史は繰り返す”になってしまうし、また苦い思いはしたくないのが本音だよ」「Y、これ以上の拡大路線は取らないよね?」堀ちゃんが真顔で言う。「ああ、基本は6人+竹ちゃんの路線は維持するよ。今だってみんなの協力で成り立ってるんだ。この関係は変えるつもりは無い!僕の手はブッダの様に広くは無いし、慈悲の心も力も無い。だから手に余る様な真似はしない!」「だったら、話は簡単よ!真理ちゃん達だってこっちに関心を寄せてるし、Yとあたし達の関係を“羨ましい”ってずっと見てたから!1も2も無く乗って来ると思うよ!」中島ちゃんが断言する。「確か、真理ちゃんの誕生日ってYの誕生日と近くなかったかな?」堀ちゃんが少し思案に沈む。「そうだとすると同じ星座か?トップが親近感を持ってるなら、案外上手く行くかもね!」道子が言う。「あっ!思い出した!1日前だよ。だからYに関心があるんだ!」堀ちゃんが思い出した。「堀ちゃん、僕の誕生日の話、何で知れ渡ってる訳?」僕が意外な事態を問いただす。「だって、聞かれたのよー。“堀ちゃんなら知ってるでしょ?”って詰め寄られて・・・」「誰に?」「勿論、真理ちゃんに。結構関心持ってたよ」嫌な予感が背筋を伝う。「まさか、占いとかの材料にしてないよね?」僕は恐る恐る聞いた。「そこまでは確認してないの。でも、Yの誕生日と血液型は結構拡散してるよ。“以外だよねー”って答えが大半だけど」堀ちゃんが半分逃げつつ言う。「何が“以外だよねー”なのかは聞かない方がいいだろう。しかし、誰が広めたんだ?」と僕が問うと5人全員が手を挙げる。「分かった。もういい。これ以上突っ込んでも無駄らしい。中島ちゃん、真理子さんに打診してくれるかい?」「明日にでも聞いて見るよ。多分、OKするはず。そっちは任せて!」彼女は自信あり気に言う。恐らく交渉は成立するだろう。「Y、1つだけ言うぞ」さちが真顔で言う。「そなたは“ブッダの心”をちゃんと持って居る。そうでなければ、あたし達は付いて行かぬ。それを忘れるでない!」みんなを見る同じように眼で言っていた。優しいビーナスが5人。何と心強い事か。改めて思った。

瞬く間に9月に突入すると、無事に“政権交代”が行われ、久保田・小川コンビがクラスを牽引して行く事となった。“自宅待機”となっていた定期預金グループも復帰し、水面下では早速“組織再編”が進められた。僕等のグループは、真理子さん達のグループと有賀達のグループと“連立”を組んで、引き締めを進めた。「“放れ駒”を陣形に組み込んだのは大きい。参謀長、引き締めを怠るな!」長官は手を緩めず、千里を動かして定期預金グループからの切り崩し・引き抜き工作に余念がなかった。実際、トップを失っているのに加えて、自身に降りかかった“悪夢”から逃れる者が続出したため、手間取る事無く“再編”は一気に進んだ。男子達も積極的にクラスを変えようと動いていた。こちらは、伊東・小川コンビが久保田を動かして進めたので、案外順調に事は運んでいた。「風向きが変わったねー。本来有るべき姿にようやくたどり着いた感じ。このまま平和に過ごして行きたいよねー!」さちが隣でしみじみと言う。「ああ、やっと有るべき姿になったな。これまで本当に長かったから、余計にありがたみを実感するよ」僕も感慨ひとしおだった。「Y、真理ちゃんが呼んでるよー!」堀ちゃんが呼びかけて来る。「おー、何処に居る?」「廊下だよー」「はい、はい、真理子さんどうしました?」僕は廊下のロッカーの前へ急ぐ。「Y君、さっきの授業の“ビザンチン帝国”の首都の今の名前って何だっけ?」真理子さんが小首を傾げている。「イスタンブール。ボスポラス海峡に面した綺麗な街ですよ」僕は優しく答えた。彼女達のグループと連携する様になって半月あまり、有賀は相変わらず背後から“降りかかって来る”。赤坂とも繋がりが出来て僕等の周囲には、爽やかな風が吹き抜けていた。大きな問題も無くなり、みんな勉学と雑談と恋愛に励んでいた。席に戻ると「Y、放課後空いてる?」と雪枝が聞いて来る。「今日は大丈夫だ。どうしたの?」「また、日本史であやふやなとこがあるのよ。“補習”お願いしてもいい?」にわか煎餅が目の前に現れる。「OK、付き合うよ。他に面子は居るのかい?」僕は笑って引き受けた。「真理ちゃん達と中島ちゃんとさちだよ」「あやふやな部分はどこ?」「江戸時代全般。ちょっと広すぎる?」「いや、教科書に沿ってならカバー出来る。引き換えは英語のノートで手を打つがそれでいい?」「うん、用意しとくね。じゃあ宜しく!」雪枝は真理子さん達に報告に行った。「さち、どこが疑問点?」「享保の改革当たりかな?それと飢饉が何故頻発したのか?教科書には載ってないから聞きたい。Y、何故なのかな?」「放課後までに頭を整理して置かなきゃ!飢饉の事は“太陽活動”と関りがあるから昼休みに直接説明するよ」「“太陽活動”!?理科が関わって来るの?」さちも小首を傾げる。「意外だけど密接に関わりがあるんだ。ともかく、何が必要か吟味しなきゃならないな!」僕は教科書を開いて眼を通す。江戸時代に関わる記述と自身が知っている内容を突き合わせて、何を聞かれてもいいように組み立てて行く。「Yはいつも全力だね。だから、分かりやすいし教科書の裏も教えてくれるから、面白い“授業”になる。みんな愉しみにしてると思うぞ!」さちが頭を撫でる。「いつも、さちに助けられてるから、得意分野で返すのは当然だよ。だからこそ、手は抜かない。ありったけを出し切る。それが恩返しだろう?」「そうだね。あたし達はいつもそうやって来た。だから続いているのかもね。Y、頑張ろう!」さちの笑顔が眩しい。教室のあちこちで男女が話しているし、ふざけている。こんな“当たり前の光景”を手にするまで、僕等は随分と長い戦いを続けて来た。それだけに、こんな“当たり前”が壊れるのを極端に恐れた。情報によれば、銀行が払い戻しに応ずる気配は今のところ無い。定期預金は金庫に封印され続けている。だが、長官も僕も伊東も久保田も竹内も“いつか、この平和は崩れるかも知れない”と言う危機感を抱いていた。表だっては出さないが、非常に神経をすり減らして情報を分析し続けていた。今は無くても数か月か半年後には“大魚が暴れる”事態が必ず来ると読んでいた。だが、それを悟られてはならない。水面下の奥深くで密かに続いている“解約対策会議”では危機感を共有して、非常時の“対策”が幾重にも積み重なっていた。「油断は禁物。いつ、いかなる時も備えを怠るな!」と長官は鼓舞し続けていた。やがて現れる“災厄の日”。カウントダウンは始まっている。時の流れを止める事は出来ないし、留める事は不可能だ。だからこそ、僕は今を全力で駆け抜けようとした。焦燥感に駆られていたのかも知れない。実際、ゼロアワーは近づいていた。まだ、眼に見える形をなしてはいなかったが、襲い来る津波は確実に接近していたのだ。

life 人生雑記帳 - 11

2019年04月11日 16時36分02秒 | 日記
翌朝、いつもの時間に“大根坂”の中腹当たりで立ち止まって、後ろを振り返ると、1人登って来る女の子が見えた。「Y-、おはよー!」「さち!みんなはどうした?」さちが1人で追いついて来た。「分からないのよ。でも、いいの。Y、一緒に行こう!」と言うと、さちは自ら僕と手を繋いだ。「まあ、いいか。初めてだな。こうして2人で歩くのはさ」「うん、あたしもYと2人で歩いて見たかったから」僕等は黙々と坂を登る。近道の小道を避けて、正門から昇降口へ向かう。「Y、はい、ポカリだよ」さちがボトルを差し出した。「さち、昨日、堀ちゃんに保健室へ連行されるの見てたろう?」「うん、だから今日はあたしの番。本当は昨日もあたしが連れて行きたかった。堀ちゃんに負けたくないし、取られたくはないの。Y、あたしを置いてくな!」と言うと、さちは僕の首にネクタイを巻いてくれた。「これ、さちのヤツじゃないか?いいのか?」「あたしの分身を付けてて。あたし達は常に共に居られる。その証を渡して置きたかったの」そう言うと、さちは僕のネクタイを巻いた。ネクタイの裏には刺繍で苗字がアルファベットで縫い付けられている。ちょっとした事だが、さちにとっては“大事な事”なのだ。僕等は教室へと入った。机に鞄を投げると、窓を開けて窓辺に2人で並んだ。「さち、襲うぞ!」と言うと僕はさちを強く抱きしめた。殴るか暴れるか何かしらの反応があるとは覚悟していたが、さちも僕の背中に腕を回している。「襲われたの初めて。あたしでいいのか?」さちが嬉しそうに聞く。「さちでないとダメだ。だからこうして襲ってるんじゃないか!誰にも渡さないぞ!」「その言葉を聞きたかった!Y、あたしも誰にも渡したくない!絶対に!」さちは涙声になった。「だったら離れるな。もう、泣かなくていいから。さちを置いてったりはしないよ」さちの髪をそっと撫でると彼女は何度も頷いてしっかりと抱き付いて来た。

ひとしきりの抱擁を終えると、さちはノートと参考書を持って黒板の前に僕を引っ張って行った。「Y、答えてくれる?明の時代から“一帝一元制”になったのは分かるんだけど、洪武帝が“太祖”なのに、永楽帝が“成祖”と書かれているのは何故?」さちが小首を傾げて聞いている。「それには、永楽帝が“どうやって即位したか”が関係してる。“靖難の変”としか書かれていないが、4年間の内乱の末に“力づく”で帝位に着いたから“ほぼ新王朝を創始したに等しい”と見なされたからだよ。“祖”の字が廟号として使われるのは、王朝の創始者か“同等の地位にある”と見なされた皇帝だけ。永楽帝は明王朝の性格を根本から作り変えた人物だから、“祖”の字が廟号として付いたのさ!実は、洪武帝と永楽帝の間には1人、別の皇帝が埋もれて居るんだよ!」「それって、どこにも記述が無いよ!どう言う事?」「長くなるが、順を追って説明するよ。洪武帝には、当然皇太子が居たんだけど、生前に亡くなってしまったんだ。そこで皇太子の子“皇太孫”を立てて帝位を継がせた。“建文”と言う元号を定めたから、建文帝と呼ばれる皇帝が立ったんだ。ここまではいいかな?」「うん」「建文帝が即位した当時、洪武帝の息子たち、つまりは叔父さん達が各地に王として赴任していた。建文帝としては、叔父さん達に反乱を起こされて帝位を追われるのを恐れた。だから、あれこれと理由を付けて叔父さん達を追い出しにかかった。その中に燕王、後の永楽帝も含まれていた。建文帝がもっとも怖がっていたのが、燕王だったんだが、追い出す理由が中々見つからなかった。燕王としても“いずれは自分も追い出される!”って確信が芽生えた。そうなれば、追い出される前に先手を打って置くのは道理だよね?だから、燕王は軍隊を集めて反旗を翻した。4年に渡る内乱“靖難の変”はこうして始まった。ここまではどう?」「続けて」「内乱は、一進一退を繰り返して続いた。燕王にして見れば“大義名分”が無いから、必ずしも優位に立てたとは言えない。建文帝も優柔不断で決断に欠けた。“叔父さんを殺めたと言う悪名を背負わすな”って言ってるんだよ。詔でね。こんな事言われたら、軍隊も勇んで戦うのは無理だ。結果的に燕王が大逆転で首都を陥落させて、内乱は終わった。建文帝は死んだのか逃げたのか最後まで分からなかったけど。勝った燕王は即位して“永楽”と改元して永楽帝と呼ばれる皇帝になった。そして、歴史の“改ざん”をやった。つまり、洪武帝が死んだあとも“洪武”の元号を続けて、“建文”2文字を抹消したんだ。つまり、洪武帝から永楽帝に帝位は継がれて、4年間は皇帝が居ない“空位”だったと改めたのさ。建文帝の存在そのものを消し去ったんだよ。そして、首都を南京から北京へ移した。明王朝の性格も“民族主義型”から“世界帝国”へと変貌した。鄭和の艦隊の航海で、明の威信を広めたのは載ってるよね?」「確かに。それで“成祖”なのかー。でも、消された“建文帝の存在”はどうなった訳?今も消えてるけどさ」「完全に“抹消”されてる訳じゃないよ。“靖難の変”から193年後の万暦帝の時代になって、“建文”と言う元号が存在した事は認められてる。建文帝の即位が認められたのは、明が滅びて92年後の清の乾隆帝の時代。建文帝の死後330年後に次の王朝から承認されてる。明史“恭閔帝本紀”にもちゃんと書かれてるよ。ただ、これだけ“ややこしい話”だから、教科書からは省かれてるけどね」「Yはこの“ややこしい話”を何故知ってるのよ?」「調べたのさ。僕も、さちと同じく“成祖”の廟号に疑問を感じてね。掘り下げたら、こう言う裏があった訳」「あー!何か難しい授業してる!さち!ズルイよ!Yを“独占”して!」道子達が遅れてやって来た。「俺には理解不能な案件だが、何の話だよ?」竹ちゃんが頭を掻きながら言う。「“成祖”永楽帝の誕生秘話。教科書に載ってない案件さ」僕は肩を竦めて言う。竹ちゃんは板書を見て「こう言うヤツはサッパリ分からねぇ!参謀長、どうやって調べてるんだよ?」「関係するモノを読み漁って調べるのさ。裏を取る作業と同じだよ」「菊地嬢の動きは掴んだのかよ?」「ああ、次のターゲットは伊東だ!面白くなりそうだよ!」「何がどうなるってんだ?伊東を落とす以前の問題があるだろうに!」竹ちゃんが指摘するが「伊東は落ちない。菊地嬢はとんでもない“見落とし”をしてるんだよ!」「赤坂とはタイプは違うが、伊東も相当な堅物だぜ!女に手を出すはずが無いだろう?」「そこが意外に穴なんだよ。長官に聞けば分かるが、伊東には既に“意中の相手”が居る!」「マジか?!誰だよ?伊東のお相手は?」「後で話すよ。竹ちゃん、1期生はどうなってる?」「今回の講習には参加しないのは分かってる。俺の方でも遮断する手筈を取って見た。効果は分からねぇが、ある程度は誤魔化せるぜ!」「長官と伊東が来たら、スパイ大作戦の結果を打ち合わせる。ともかく、今日からの動き次第で結果は変わるよ。隙を縫って打ち合わせが続くけど、協力を宜しくな!」「任せな!着いて行くからよ!」不敵な笑みが浮かんだ。さちは、僕の話を4人に聞かせていた。聞いている4人も熱心にメモをしつつ聞き入って居た。

「参謀長、菊地嬢の作成した“クラス男女相関図”だが、良く出来ているが“落ち”もかなり見られるな。伊東について見誤るとは、彼女もまだまだ甘い」長官はノートを見ながら言う。自分なりに整理したモノと対比している。「そうですね。見当違いな見方をしてくれている分、我々にも付け入る隙が随所に見受けられます」僕もノートに整理したモノを見ながら返す。「へー、長官と参謀長と俺は対象外にしてやがる。だが、久保田についても間違えてるぜ!アイツは1期生の女に眼を付けられてるし、本人も乗り気だ。そこが見えてねぇとはお笑いだ!」竹ちゃんは僕のノートを一緒に見て言う。伊東は長官のノートを見ている。「次のターゲットは伊東、お前さんだが、逃げ切れるかなー?」竹ちゃんが笑って言う。「そこは心配無用だろう。伊東なら揺るがないのは知ってるよ。何せお相手が“半端なく険悪”だからな!」僕が言うと「確かに。下手な手出しは怪我の元。菊地嬢とてタダで済まんからのう」「参謀長、伊東、相手は誰なんだ?」「竹ちゃん、笑うなよ!お相手は小川千秋だ!」僕が名を告げると「まっ、マジ!ニトロより険悪だって言う千秋かよ・・・」竹ちゃんが絶句した。“ニトロより険悪”と言うのは男子が付けた通称だが、クラスの女子の中でも千秋は、性格がキツクて、とにかく手厳しい事で有名だった。勿論、男子が気軽に声をかけられる存在でも無い。話が通じるのは、僕と長官と伊東だけだった。「伊東、ゲテ物が好みだとは盲点だった」竹ちゃんがしみじみと言う。「そうでもないぞ!彼女は鎧を着てるだけだ。内心は結構さみしがり屋だよ」と伊東が言う。彼女のそう言う1面を看破しただけでも、伊東の眼は確かだと改めて思った。「まあ、それはいい。お前さん達の事だからな。だが、菊地嬢はまったく眼中に無いのが躓きの元になる。いよいよ、時が来たな!」長官が穏やかに言う。「ええ、裏を取るには絶好の機会到来ですよ。それで、何から手を付けます?」「赤坂君へのケアはどうなっておる?」「竹内と俺とで話は付けてあります。初めは動揺しましたが、今度手紙が来ても気にしない様に言い含めてやったら安心しましたよ」伊東が言うと長官は僕を見た。「有賀にもそれとなく“赤坂君を手助けしろ”と言ってあります。今も見てもらえば分かりますが、有賀と佐藤が貼り付いてますから、彼に対する手は問題ないでしょう」僕は指を指した。有賀と佐藤が赤坂にベッタリ貼り付いている。ガードとしては完璧だった。「ならば、伊東、久保田の順にターゲットを換える事になるな。しかし、いずれも揺るがぬ。菊地嬢はターゲットに迷う事になるな。1期生との“契約”では“ターゲットを滞りなく紹介する”事になっている。違背すればペナルティとして“学習支援の打ち切り”と“違約金”が発生するはず。そこまで持ち込むのが筋だろう」長官は静かに言った。「その間に出来るだけの証拠を挙げて担任に通報する。裁きは一任で」僕はセリフを引き取って言う。「更に1期生との間に不信感を植え付ける。竹ちゃん、手は回ってるのか?」「昨日、菊地嬢宛てに“爆弾”を放り込んである。今は反応待ちだよ」「手は尽くしてある。舞台は整った。後は、演目を見ていればいいか?」僕が言うと「そうだな、我々が動くのは現状ではここまでだ。落穂拾いはやらねばならんが、しばらく優雅に過ごして居られるだろう。参謀長、その間に“製作”を頼む!“あれ”が完成すれば俄然有利に事を片付けられる」「はい、この休み中にメドをつけましょう。難題ですが、1つづつ問題はクリアしてます」「済まんが任せる!必要なモノがあれば言ってくれ。こちらも何とか手を貸そう」「滝に言って置きますよ。では、解散しますか」僕等は打ち合わせを終えると三々五々講座へ散って行った。

講座の間を縫って放送室へ潜り込むと、滝が黙々と基板と電子部品に向き合って居た。「どうだい?メドは付きそうか?」僕が言うと「ああ、大分小型化に持って行けそうだよ。マイクの設置のメドも付いた。まさかACアダプターを流用するとはな!俺には思いつかなかった事だよ」滝もにやけて言う。「例えばだが、各教室のスピーカー内へ押し込む事は出来そうか?」「ケースを省けば行けるだろうな。ただ、コンセントをどうする?」「天井板を数枚剥がせば、上にあるコンセントへのアクセスは出来るだろうよ。ブレーカーさえ遮断すれば、裏から直結で取れないか?」「悪知恵も働くねー。そうすれば、配線も隠せるな!」滝も乗って来た。「欠品は無いか?長官が“調達”に動いてくれるらしい」「今のところOKだ。ここに転がってるガラクタから必要な部品を拝借してるが、何とか間に合うだろう。試験が出来るまでにするには、来週まで待ってもらうけどな」「慎重に進めてくれ。今回を逃すと冬休みになっちまう。あまり“待たせる”のも本意ではないからな」「そうだな。今が一番楽に“工事”がやれる時期だ。細心の注意を払ってやるとするか!」「休みながらでいい。確実に行こうぜ!」「了解だ。おい、そろそろ講座の時間だぞ!間に合う様に行けよ」「おっと!ヤバイな。じゃあまた後で」「急げよ!塩ちゃんは煩いぞ!」僕は放送室から抜け出すと講座へと急いだ。

塩ちゃん講座が終わり、一息入れていた時の事だ。「参謀長、あれ、ヤバくねぇか?」と竹ちゃんが指を指した。有賀・佐藤と談笑する赤坂を菊地嬢が見ているのだが、その表情は憎悪に満ち溢れていた。拳を握りしめてワナワナと震えている。「竹ちゃん、赤坂のカバーを頼む!僕は有賀を捕まえる!」「おう!」僕等は素早く決断して動いた。2人共何気なく声をかけて気取られない様にする。「有賀!悪いけどちょっといいかな?赤坂君、悪いけどちょっと借りるよ」竹ちゃんと話していた赤坂にも、さりげなく声かけをした。彼は黙して頷いた。竹ちゃんは巧みに赤坂をガードしつつ、廊下へ連れ出した。「Y、どうしたの?」有賀はキョトンとして言う。菊地嬢は僕等の行動によって腰を折られたのか、席に座って視線を逸らした。「これなんだけどさ、有賀にも葉書届いてるだろう?」「ああ、これねー!先生、ついにロスの日本人学校へ赴任するんでしょ!」「追伸欄を見て見ろよ!」「えーと、“ハンバーガーに飽きた頃にカップ麺を送れ!”って、これマジ?」「先生がわざわざ書いたところを見るとだな、本気で言ってるとしか思えん!冗談キツイぜ!ご丁寧に“住所”まで書いてあるしな!」「本当だ!それでどうするの?」「有賀、午前中で上がりだろう?悪いけどモッちゃんの店へ行って、いつ頃荷物を送るか聞いて置いてくれないか?多分、敏恵が“看板娘”をやってるはずだからさ!」「それはいいけど、敏恵とモッちゃんって未だに続いてるの?!」有賀の表情が緩む。「それが、意外にも“継続中”でね。高校が違うにも関わらず、2人の距離は縮まってるらしいよ!敏恵も今更ながらだけど、店を手伝ってるくらいだからその気はあるんじゃないかな?」「へー、あの2人がねー!盲点だったなー。Yが直接・・・とは行かないか!5人のレディ達を引き連れて行ったら、絶対に誤解されるもんね!」「それなんだよ!向こうも見て知ってるからさ、逆に行きづらいんだよ!悪いけど頼めるか?」「OK!あたしも興味が湧いて来たからさ、探りを入れて見る!何か伝言とかある?」「差し控える。多分、敏恵から突っ込んで来るだろうから“見たまんまだ”って答えて置いてくれ。下手に言い訳しても通用するは思えん!」「分かった。Y、助かった。菊地さんに因縁付けられそうだったから。何かあたし悪いことしたの?」有賀が小声で聞いて来る。「してないよ。気にするな。赤坂君を助けてやってくれ!まず、あり得ないけど“横恋慕”かもな。有賀の方が美人だし」「上手い事言うね。Yだって5人も抱えて大変な状況のくせにさ」「お互い様だろう?とにかくモッちゃん達に宜しくな!」「任せときな!あたし次の講座が明後日になるけど、結果はその日でいい?」「そっちの都合でいいよ。あまりからかって来るなよ!適当な線で引き揚げろ!」「あーい!Y、サンキュー!」有賀もホッとしたのか笑顔で僕の依頼を受けてくれた。竹ちゃんも引き上げて来た。「ふー、危なかったな!赤坂には“男なら女を守るのは当然だから、てめーも本気見せろ!”って発破かけといた。参謀長、そっちは?」「“因縁付けられそうだった”って有賀も察知してたよ。菊地嬢より“有賀の方が美人だ”って持ち上げて落ち着かせた。しかし、ヤバかったな。あり得ないとは思うが、菊地嬢は“赤坂狙い”だけでなく、個人的に“略奪する魂胆”だったのかも知れないな」「参謀長も、そう見えたのか?俺も同じくだよ。でも、本気で赤坂を落とすなら、有賀ぐらいの“ノー天気”でなけりゃ無理だ!菊地嬢は午後一で上がりだろう?」「ああ、それまで踏ん張れば、後は楽になる」「参謀長、午後はどうするんだ?」「さちと雪枝から世界史と日本史を見てくれって言われてるんだよ。そっちをやりながら竹ちゃんの補習授業が終わるのを待ってるつもり」「至れり尽くせりで申し訳ねぇ!じゃあメシは準備室か?」「鍵は借りてある。お茶を飲みながら優雅にいきましょう!」「手抜き無し。準備も万端か。午後はそっちで待っててくれるんだろう?」「ああ、終わったら来てくれ。場合によっては、放送室へ行くかも知れないけど」「了解だ!道子も預けるから宜しくな!」そう言うと僕等は次の講座に向かった。

昼休み、僕等は生物準備室で食卓を囲んだ。菊地嬢に気兼ねする事なく、自由にモノが言える点でもこの部屋が使える意味は大きかった。「参謀長、今回のこの一件のケリはどうするんだ?」竹ちゃんが聞いて来る。「僕等の手で始末を付けるには“事が大き過ぎる”から担任へ一任するしか無いと思うよ。確たる証拠は揃いつつある。後は、職員会議にお任せだよ!」「本当の話、首をねじ切ってやりたい気分なんだが、確実に事を収めるにはそれしかねぇな!」「本来の目的は“赤坂の成績急落の原因を突き止めろ”だから、半ば目的は達成してるんだけど、どうせなら“退学”を目指して追い込んで置くのもありだと思ってね。どちらにせよ、菊地嬢にとっては“大打撃”になるからね」「報告はどうする?」「来週の半ばには“中間報告”をやるつもり。2学期が始まる頃には、白黒付けてもらわないと。“次は無い”はずだから、そこをどう判断するか?校長以下、職員がどう出るかね?」「微妙だな。“退学”スレスレか、首の皮1枚で繋がっちまうか?バッサリ切られるか?」「どっちに転んでも厳しい現実を思い知るだろうな。グループも空中分解に持って行きたいし」僕はカップに紅茶を注いで言った。ちなみに、オレンジペコが本日のお茶だ。その時、内線が鳴った。僕がここに居るのを知っているのは滝だった。「どうした?」「ちょっと、放送室へ来てくれないか?面白いモノを録音した!」「分かった。直ぐに行く」受話器を置くと「放送室から呼び出しだ。さち、ここの鍵を預かって」とさちに鍵を託して、急いで放送室へ出向いた。「滝、何を掴んだ?」僕が言うと「ヘッドフォンを付けろ。耳を澄ましてよーく聞き取れ!」と言われた。ヘッドフォンを付けるとテープが再生された。こもった声だったが、女性の喋る声が聞こえた。内容は僕を凍り付かせるモノだった!「滝、どうやってこれを?」僕は唖然としつつ問うた。「実はな、各教室に設置されているスピーカーの予備を見つけたんだ。それで、中にどれくらいのスペースがあるか?と思って分解している途中に閃いたんだ!“回線をいじれば録音が出来るんじゃないか?”ってね。それで、ちょいといじって見たら、ビンゴだったのさ!」「発想の転換か?それでさっきの声が録れた。そう言う事か?」「ああ、勿論、聞きやすい様にイコライザーである程度調整してあるが、面白かっただろう?」「背筋が凍ったぜ!まさか“原田の上納金が勝手に流用されて、菊地嬢の懐へ流れている”とはな!長官は知ってるのか?」「そっちへ言う前に報告してある。“参謀長に言って、至急菊地嬢の身辺を洗え”って言ってたぜ!」「そうか、1期生のKってヤツだが何者だ?」「ウチの高校の左側を抑えてる元締めさ。原田の“上司”に当たるヤツだよ。そこから黙って金を引き出しているが、ワルの方の1期生の女さ。菊地嬢はそれを承知して黙認してはいたが、手持ちの資金が枯渇しかかってるから焦ってるって事よ」滝は平然と言った。「確か、初期投資で3万とか言ってたな。追加分で2万。合計5万もの金が良くあったもんだ!」「1年12ヶ月、毎月上納金を集めてるんだ。そのくらいは貯まるよ。だが、“無断で流用した”事に意味がある。もし、原田に漏れればどうなると思う?」「タダで済む話じゃない!ヤツだって毎月必死で集めてるんだ。運が良くても“倍返し”か、悪ければ身ぐるみ剥がれて“退学”だろう。所詮は自業自得だがマズイな!今、原田に食いつかれるとややこしくなる。こっちの“見込み”が狂う。Kと原田に吊るされるのは避けなきゃならんぞ!せめて来週まで伏せられないか?」「それは分からん。Kが金勘定をすれば、直ぐにもバレるぜ。そうでなくても菊地嬢は“金欠病”なんだ。1期生に泣き付かれたら“芋づる式”に発覚してもおかしく無い。どうやら、破滅への道が扉を開けて待ってると見て間違いないだろう」滝の言葉は地獄からの招待状の様に響いた。「帳簿がどうこう言ってたが、どこに隠してある?恐らくは身辺に秘匿しているだろうが、それを処分される前にコピーを手に入れなきゃならん。クソ!何処だ?」「そこまでは言ってなかったよな。ただ、手掛かりはあるぜ!菊地嬢のロッカーさ!長官もそう言ってた」「となると、8桁の暗証番号が必要だ!待てよ・・・、そうか!生年月日か!」「当たり。彼女のヤツはこれだ。運が良ければ帳簿はその中にあるだろう」滝はメモを差し出す。「この事を知っているのは、長官と俺達だけか?」「ああ、本人達も加えれば多少は増えるがね」「滝、しばらくこの事は伏せて置いてくれ!長官には明日、テープを聞いてもらわなくてはならんが、最小限の人員で管理しなくちゃならないし、菊地嬢にも悟られたくは無い」「分かった。コイツの存在は俺の方で秘匿する。放送室から出さなければ知られる恐れはない」「済まんが、管理を頼む。僕は中島先生への繋ぎと菊地嬢のロッカーを探りにかかる。とにかく急がないと何もかもが後手に回っちまう!」「そうだ。とにかく急げ!証拠が消される前に動いて、一刻も早く担任を引っ張り出せ!」「了解だ!」僕は放送室を飛び出すと、教室前の廊下にある個人ロッカーへ向かった。幸い、人気は無い。菊地嬢は既に上がっているので、心置きなくロッカーと向き合う。こじ開けに成功すると、急いで中身を改める。「これだ!」A5サイズの帳簿は直ぐに見つかった。中にはキチント入出金が書かれている。ロッカーを一旦閉じると準備室へ戻り、コピーを取る。そして、明美先生のところへ電話を入れた。「中島先生は何処です?」「えっとね、静岡へ行ってるの。明後日にならないと戻らないわよ。Y君、どうしたの?」「大至急、先生に話さなくてはならない案件があるんです!重要でしかも時間が無いんですよ!」「どうやら、赤坂君の件が炎上したみたいね。それも、かなり状況が差し迫ってるって事ね。分かったわ!今晩、あたしからホテルに連絡を入れて、明後日の何時に帰るか聞いて見るわ!Y君の自宅の電話へ直接連絡する!」「お願いします!もう、僕等の手には負えません!緊急事態ですよ!」「落ち着いて。必ず連絡するから。ともかく、順序立ててキチント話せるように整理して置きなさい!証拠があるなら、確実にコピーを取って置きなさい!大丈夫。きっと間に合うから!深呼吸して、心を落ち着けたら行動開始!じゃあ、今晩連絡するから」明美先生は電話を切った。急転直下の展開に僕も慌てた。しかし、今、最も必要なのは“スピード”だ。「間に合えばいいが・・・」一抹の不安はどうしても消せなかった。僕は、菊地嬢の帳簿を元に戻すと、外を見た。真夏の日差しが降り注いでいる。だが、僕は風景すらも見ている余裕が無かった。「落ち着け・・・、ともかく焦るな。間に合う」自身にそう言い聞かせると、僕は準備室の片付けに戻った。何かしていないと焦燥感に襲われそうだった。

life 人生雑記帳 - 10

2019年04月09日 16時04分27秒 | 日記
「赤坂が狂った?あのクソ真面目がマジか?!」伊東が唖然とする。「そのクソ真面目が災いした様だよ。何が原因かは不明だがね」僕は小声で言う。「自力での浮上の見込みは?」長官も心配そうに言う。「まず、不可能。担任もそう言ってます。とにかく、初動としては、原因を突き止めなくてはなりませんが、事が事だけに話を拡大させるのは、慎重に行わなくてはなりません。先生からも釘を刺されています」僕は事の経過を簡単に説明した。「白紙答案か。重症だな!」伊東も深刻な表情に変わる。「彼が陥った穴は、相当深いと見た方がいいだろう。それで、参謀長よ、有賀が“引き金”となった形跡は見られるのか?」長官の表情も深刻だ。「それとなく有賀に探りを入れて見ましたが、その線は薄いですね。有賀が原因とは言い切れませんよ」僕は否定的な見解を述べた。「そうなると、厄介だな!我々3名では、通学経路がかけ離れ過ぎて眼が行き届かない!校外で何かあるとすれば、探査そのものが不可能だ!」伊東が唇を噛む。「それに彼に何があったのか?をどうやって突き止める?多少乱暴な事をやるとしても、どこから手を付けて何を探る?」長官が核心を突く。「良くも悪くも真面目ですからね。躓くとしたら“女性関係”から洗って行くしかありますまい。蛇の道は蛇。ウチのレディ達に手伝ってもらうのが順当ですな」僕は漠然と手を考え始めた。「それでも手薄なのは仕方ないとしてだな、赤坂の持ち物を調べるのはどうだ?手っ取り早く手掛かりを掴むとしたら、危ない橋も渡るしかないぞ!」伊東も思案しながら言う。「だが、伊東、誰がやる?スパイ大作戦の真似ごとを?」長官が懸念を示す。「参謀長しか居ないですよ!赤坂の牽制は、こっちで何とかします。参謀長やれるか?」「嫌だと言ってもやらなきゃならないんだろう?どの道、最短で手掛かりを掴むにはそれしか無いんだから!彼の鞄に痕跡があればいいんですが、長官!ラテックスの手袋は手に入りますかね?」「小佐野に言って手に入れよう。2セットあればいいな?」「ラテックスの手袋ってなんだ?」伊東が怪訝そうに言う。「手術用の手袋だよ。指紋を残す訳にはいかんだろう?」僕は疑問に答える。「普通、そこまでやるか?」「“証拠は残すな”が金科玉条だろう?ああ見えて彼は結構神経質だ。轍を踏まないのは当然さ!それで、伊東、いつ決行するつもりだ?」僕は作戦決行日を尋ねた。「終業式まで残り10日しかない。4時限目の体育の時間に決行しよう!ジーさんや野郎達には、俺から適当な理由を言って置く。その間に洗って見てくれ!」「やるしか無いが、気は進まんな」僕がぼやくと「ワシは小佐野に手を回して置く。ひょっとすると“根深い案件”になるやも知れん。参謀長、抜かるなよ!」長官の口調は嫌な予感を呼び起こした。しかし、これが見事に当たってしまうのだった。

4時限目、僕はまず生物準備室へ潜り込むと、明美先生を捕まえた。「ゼロックスの使用許可をお願いします。中島先生からの依頼案件で使いたいのですが」と言うと「いいわよ。先生からも“Y君には全面的に協力してくれ”って言われてるしね。それよりもさ、アイスティーだけど、出来たわよ!味見していく?」「じゃあ、1杯だけ」ティーカップに紅茶が注がれる。「うん、いけますね!どうやって作ったんです?」「この耐熱ガラスのポットに氷を入れて、別のポットで作ったホットの紅茶を注ぐの。これなら、香りも風味も変化なし!どう?あたしも結構やるでしょ?」明美先生が得意げに言う。「昼休みが楽しくなりそうですよ。おっと!Missionのお時間だ!直ぐに戻りますから」と言うと「うん、待ってるね」と明美先生が微笑む。急いで教室へ舞い戻ると、ラテックスの手袋を装着してから、赤坂君の鞄に手を入れる。「生真面目な性格だとすれば、証拠は恐らく残っているはす。メモでもいいから出てくれよなー」と呟きながら物色を開始する。すると、鞄のファスナー付内ポケットから大量の手紙が出て来た。「ラブレター、それも1期生からか。差出人は2人。どうやら“元凶”はコイツの様だな!」一旦、鞄を戻すとラブレターだけを抱えて、生物準備室へ駆け込む。「あら、早かったわね。それなに?」明美先生が聞いて来る。「“元凶”とおぼしきラブレターですよ。先生これを」僕はラテックスの手袋を差し出す。「片っ端からコピーを取って下さい。中身の精査はその後で!」「分かったわ!1期生の子だわね。それも2人からか。Y君、内容を後で読んでもいい?」「先生に見てもらって“女性としての見解”をお聞きしたいのですが?」「いいわよ!しかと申し伝えて進ぜよう!」明美先生も乗っている。2人で作業をした結果、意外に早くコピーが手に入った。僕はもう1度教室へ舞い戻ると、今度は慎重にラブレターの束を鞄へ戻す。「えーと、順番を揃えてあったところへ寸分違わずに戻すか。やっぱり、この手の作戦は苦手だなー。おっと!手帳の中身を見て無かったぜ!」パラパラとめくると、そこかしこにメモと印が付いている。僕は素早く日付とメモ書きを写した。アドレス帳には2軒の電話番号が記されていた。ラブレターの差出人の番号なので、これも素早く書き取った。無事に全てを鞄へ納めると、またまた生物準備室へ戻る。明美先生は手紙に見入っていた。「ご苦労様。Missionはクリアしたみたいね。Y君、これ相当ヤバイよ!1人は真剣に赤坂君との交際を望んでるんだけど、もう1人がクセ者なのよ!後押しと言うか“脅迫まがい”の事に手を出してるの。手紙と電話の二重攻撃を仕掛けてるわ!」僕は急いで手紙に眼を通した。明美先生の言う通りだった。「交際を望んでる子は、赤坂君の中学の先輩。これはありがちな事だけど、もう1人は、縁もゆかりも無いとこ。恐らく友達だね。でも、質は相当に悪い!」明美先生は生徒名簿を指して言う。確かに同じクラスで出身中学は別だった。「女性としてどう感じます?」僕は見解を尋ねた。「それぞれの手紙を時系列に沿って読んだ限りでは、現在も一方通行なんだけど、片方がさっきも言った様に質が悪いから、ズルズルと引き込まれてるって感じ。1期生としては“何が何でも落とす”って燃え上がってるわね。肝心の赤坂君は、曖昧な返事に終始してるらしいから、余計に付け込まれてるのよ。彼の性格を踏まえて考えるとどう感じる?」逆に明美先生が突っ込んで来る。「赤坂君の性格を考えれば、この手の事は苦手なはずです。彼の場合“白黒を付けられる”のは勉強しかありません。女性問題は想定の範囲外でしょう。想定を超えた場合の彼の行動は、フリーズするしかないでしょうね。勿論、他人に相談するのも自分からは積極的には動けないし、相談相手も居ないでしょう。結果として底なし沼へズブズブと沈んで行ったと見るべきですか?」「正解!これは非常に難しくて微妙な事よ。下手な手出しは炎上しかねないわ。そこを踏まえて対策を練りなさい!少なくとも1期生は本気よ!そこをどうやって収めるか?“参謀長の手腕”を見せて頂戴!」「うーん、頭が痛い!」僕は呻くしか無かった。「Y君、夏期講習はどうするの?」明美先生が聞いて来る。「全日程、出ますが?」「じゃあ、ここの鍵とあたしの机の鍵預けとくわ。紅茶作れないと困るでしょう?」「そうですね。貸して頂けるならキチント管理しますよ」「ついでに、布巾とかの消毒も忘れないでね。分からなかったら、電話して!番号をデスクマットの下に挟んで置くからさ。コピーした手紙はあたしのデスクの引出しに入れとくといいわ。証拠物件ぶら下げて帰るのはヤバイから」「了解です」僕はコピーの束をまとめると、明美先生に預けて教室へ舞い戻った。

「おい!出たか?」伊東が何気に聞いて来る。「ああ、出た何てもんじゃない!底なし沼を覗いちまった気分だよ」僕はゲンナリと言った。「参謀長の口ぶりからすると、相当に厄介なモノが出た様じゃな!さて、どうする?」長官が聞いて来る。「ウチのレディ達に竹ちゃんも加えて、まずは前振りと結果報告から。その後に善後策の検討へ」「分かった。証拠は?」「生物準備室に秘匿してありますよ。とても持ち歩ける代物じゃあありません!」「じゃあ、それぞれバラバラに出よう。一斉に出ると怪しまれる」伊東の提案で僕等は三々五々に生物準備室に顔を揃えた。「参謀長、説明とMissionの結果を報告してくれ!」長官の要請で僕は事の経緯からMissionの結果までを子細に説明した。手紙のコピーも公開してみんなが眼を通した。「以上が、これまでに判明している事実です。長官、これは一筋縄では行きませんね。解決するにしても、微妙な線を辿る事になりそうですよ」僕は一通り話終えると長官に言った。「うむ、思っていた以上に根深い。さて、負の連鎖をどう断ち切る?」長官も思案に沈んだ。「相手が悪いだけでなく、思った以上に進行してるな。引き戻すにしても、ギリギリだぞ!」伊東も歯切れが悪い。「まず、1期生の女がどんなもんか?探りを入れる事だな!それからじゃねぇと手の打ちようが無ねぇ!背後関係も含めて、そこからじゃねぇか?」竹ちゃんが基本路線を示す。「そっちは、竹ちゃんと道子にお願いするよ。1期生の正体を明らかにしてくれるかい?」僕が言うと「任せときな!直ぐに手を打ってみる!道子、先輩に繋ぎを付けてくれるか?」と竹ちゃんが言う。「OK、明日には結果を出せると思う。Y、時間が差し迫ってるけど少し待ってね」「ああ、焦らなくてもいいから、確実に化けの皮を剥がしてくれ!」と僕は返した。「参謀長、滝さんに聞いてもらいたい事がある。どうもこの2人の女、キナ臭い匂いがする様に感じるのだが・・・」長官も必死に記憶を呼び覚まそうとしている。「分かりました。実は僕も引っかかっている節があるんですが、思い出せないんですよ!2年前、確かその辺ですが・・・」「そうだ。時間的にはその近辺だ。益々嫌な予感がするな?!」長官も歯切れが悪い。「赤坂君を追跡しようにも、あたし達とは帰宅方向が違うから、それも限界はあるね」「でも、1期生の顔が分かれば、駅で捕まえるのは可能。尾行出来る範囲は限られるけれどね」中島ちゃんと堀ちゃんが言う。「今は、そこまでしなくてもいいよ。不確定要素が多過ぎる。ある程度の青写真が出揃うのを待ってからにしよう」僕は2人を止めた。危険な行動はさせられない。「ねえ、Y、この手紙の筆跡だけど、最初のヤツと最近のヤツで微妙に違わないかな?」さちがコピーを見比べて言う。「何だって!どこが違う?」僕は驚いてさちの見ていたコピーをひったくる。「むむ、コイツは・・・、中島ちゃん。どう思う?」僕はコピーを差し出した。「どれどれ?」彼女は左右の文字を見比べる。「参謀長、どう言う事だ?」長官も驚いて覗きに来る。「か、め、ね、む、な、ち、などの書き方に僅かですがクセがあるんですよ。勿論、我々も警察の鑑識並みの眼力がある訳じゃありません。ただ、個々人のクセはどうやっても偽れない特徴を持ってます。中島ちゃんは、僕のノートを見て自身の字を修正してますから、もしかすると違いに気付けるのではと思いましてね」「そうだとしたら、目的は何だ?」伊東もコピーを見比べ始める。「Y、分かったよ!さちの言う通り、別人が書いてるんじゃないかな?微妙に曲線や角の描き方に違いがあるよ!」中島ちゃんが断定した。「さっきYが言ったけど、あたしも字を見て真似てるんだけどさ、どうしてもあたしのクセを消し去るのは無理なのよ。Yは、あたしの“個性を消さないで、生かす事も大事だ”って言ってくれたけど、この2通については、書いた人は別だと思うよ。漢字にしても、ひらがな、カタカナにしてもよーく見ると完全に同一とは言えないよ!」彼女は微妙な違いを看破した様だ。「うぬ、僅かだが違うな!似せてはいるが今の見解に間違いはないだろう!」長官も看破したらしい。「参謀長、内線で滝さんを呼んでくれ!彼は開発中で放送室だろう?」「はい、どうやら嫌な予感は当たりましたかね?」僕は内線をかけながら言った。「滝、俺だ。長官に換わるぞ!長官!」「滝さん、今から言う女について知っている情報があれば教えて欲しい!1期生で・・・」長官は名前を告げた。見る間に長官の顔から血の気が引いた。「やはりな。そうか、ありがとう」長官は内線を切ると「女は左側通行だ!菊地グループと懇意だそうだ!」と言った。「何だって!じゃあ、これは・・・」伊東も絶句する。「菊地グループの反撃が始まったのだ。ターゲットはクラスの男子全員!最初に血祭に挙げられたのが赤坂君じゃ!」長官の言葉は一同を凍り付かせるのに充分な威力を持っていた。

翌日の昼休みも、僕等は生物準備室に集まり協議を続けた。「参謀長、“真筆”は手に入ったか?」長官が問う。「担任に依頼して、学級日誌のコピーを手に入れましたよ。今、さちと中島ちゃんが持っているのがそうです。間違いが無いか分析中です」「2人の女に関する情報は?」長官は直ぐに話題を切り替える。「有賀と佐藤の“凸凹コンビ”そっくりだ。もっも、女の子としては向こうの方が若干綺麗だが、有賀役の方は相当なワルで有名だよ!佐藤役の方が赤坂に言い寄ってる振りをしてるが、噂じゃあ付き合ってる“お相手”が既に居てな、名前だけを“レンタル”してるって話だ!」「1通目の手紙は、本人が書いたのは間違いなさそうよ。以降の分は“コピー”らしいわ!電話をかけてるのは現在も不明。あたしの見た限りでは、下級生に指触を伸ばすとは考えにくいのよ!」竹ちゃんと道子が報告を上げる。「つまりは、完全なる“フェイク”と言う事か!菊地嬢も芝居の鍛錬を積んでいると言う事だな。どうですかな?真偽の程は?」長官がさちと中島ちゃんに聞く。「間違いはないね。1通目と日誌の筆跡に相違はない」「つまり、2通目からは“コピー”されたモノと断定していいと思う」2人は分析結果を答えた。「随分と手の込んだ仕掛けを施したもんだ。水面下でひたひたと真綿で首を絞めるか?」伊東が呆れて言う。「でも、それが“通用する”と踏んだからこそ実行したんだ。真面目な赤坂君なら“真に受けてくれるだろう”と言う確信があったんだろうな。地雷を踏ませるにも“格好のターゲット”として映ったんだろう!だが、困ったな。長官、証拠がありません!現在まで我々の手にある情報では、菊地グループを叩けませんよ!」僕は問題を示した。「そうだ。“木の葉を隠すなら木の葉の中”と決まっておる。向こうさんだって簡単に尻尾は出さんだろう」「じゃあ、どうやって核心に迫ります?目ぼしい物証が無くては手も足も出ませんよ!」伊東が力む。「恐らくは、それが菊地嬢の狙いに違いない。被害を拡大させる上で、証拠を握らせない様に細心の注意を払っているのだろう。隙さえ見つければ手が無くは無いのだが・・・」長官が思慮に沈む。士気が上がらぬ事が問題解決への糸口を見つけられずに居た。「Y、菊地グループに“コピー”が作れたなら、あたし達にも作れないかな?」雪枝が言った。「そりゃ出来るだろうよ。でも、それをどうする?“作戦中止”でも指示してから、混乱に乗じて尻尾を掴むのか?スパイ大作戦をもう1度やるのかい?」僕が言うと「それしかあるまい。今1度、危ない橋を渡るしか活路は開けん!参謀長、その話に賭けよう!」長官が言い出した。「本気ですか?女子の荷物を掻き回すのは、赤坂君以上に危険ですよ!」僕は諫めにかかる。「チャンスを掴むにはそれしか無い。慎重に見極めた上で実行すれば、全てを白日の下に曝せる。逆転の芽はそこにしか無いぞ!」長官は本気だった。「それならば、相応の手を考えねばなりません。赤坂の次のターゲットは誰か?菊地嬢の情報ルートの確認。1期生との遮断工作。最低でもこの3つはクリアしなくては動けませんよ!」僕は具体的に指摘した。「そうだ。どれも容易ではないが、やらねばならない。それも、菊地嬢に気付かれない様にしなくてはならない。難関だが、ここを突破しなくては展望は望めん!」「どこから手を付けます?」竹ちゃんが聞いた。「まずは、赤坂君を落ち着かせる事だ。今後、何があっても揺るがぬようにな。他言無用と言って本人に言い含めるしかあるまい。彼が揺るがなければ、菊地嬢はターゲットを換えるしか無くなる。その時がチャンスだ!」「浮上しますか?水面下で動くのも限界はありますからね。条件的には違背しますが、やむを得ない選択ですな」僕も腹を括った。「伊東と俺から赤坂に伝えよう。“有賀にしがみ付いて離れるな!”って言っときゃヤツも冷静になるだろう。伊東、やるぞ!」竹ちゃんが言うと伊東も頷いた。「次は、菊地嬢のターゲットリストの入手だ。ヤツの事だ、当然次の狙いも明確にしているはず。これは、スパイ大作戦で手にするしか無い。参謀長、やれるか?」「やるしかありませんね。でも、どこを探ります?」「Y、菊地さんはパステル柄の手帳を大事に持ってるよ。多分、リストはその中にあるよ!」堀ちゃんが教えてくれる。「なるほど、極秘の記載はそこか!後は、いつ決行するかだが・・・」「終業式をさぼれ!理由はあたし達で考えてやる!チャンスは1度きり。しっかりと働け!」さちが笑って言う。「うむ、最善手だな。ガラ空きの状態を待つとすれば、狙いとしては悪くない。参謀長、必ず成功させろ!側面援護は我々が引き受ける。次は1期生とのルートの遮断だ!」「道子、“コピー”を作ってくれ!菊地嬢へ投げ込むヤツを。1期生の動きは俺が見張る様に手配する。2人とも“夏期講習”には出て来ないのは確認してあるから、菊地嬢の尻に火だけ着けときゃ何とか持つだろう。消火に手間取れば隙だらけになるし!」竹ちゃんが言うと「ワシも小佐野ルートで撹乱を計る。二重に障壁を築けば、突破するのに手間取るはずだ!」長官も手を繰り出す。「竹ちゃん、手紙の内容は?」道子が確認を取る。「“赤坂は諦めた。別の男を紹介しろ。女関係はどうなってる?”の3点セットでいい。第2段は反応をみて決めりゃあいい」「OK、少し時間を頂戴。練習してから書き上げるからさ」「終業式までに間に合えばいいぜ!その日の帰りに頃合いを見計らって投げ込むからな!」竹ちゃんが豪快に言う。「火中の栗を拾うぞ!危険は大きいが、得られるものは尚大きい!各自細心の注意を払って行動してくれ!」長官が断を下した。こうしてまたまた、スパイ大作戦をやるハメになったのだった。

終業式当日のスパイ大作戦は、あっけなく成功した。あらかじめレディ達の鞄の中を“下見”させてもらったのが大きかった。「男子はどうか分からないけど、女子は割と理路整然とノートや教科書を入れてるのよ。彼女も多分そうだと思う。探るならファスナー付内ポケットが狙い目」「手帳の大きさは、A5サイズの大判よ。後ろのページから探って行けば見つかりやすいと思う」さちと堀ちゃんがレクチャーしてくれて、その通りにすると割合早く見つけられた。コピーを取ると明美先生のデスクに秘匿して、大急ぎで手帳を戻す。式に出られない理由は“微熱があり、頭が痛い”と言って朝から保健室へ送り込まれた。僕は“大げさだ”と言ってゴネたが「“大事の前の小事”でしょう?」と堀ちゃんに押し切られ、彼女の手で保健室へ連行された。保健室に着くまで堀ちゃんは僕と手を繋いで離さなかった。「Y、我慢しなよ。後で様子見に来るから」と言ってベッドへ寝かされた。頃合いを見計らっての行動は、誰にも見咎められずに済んだ。終業式が終わると、堀ちゃんが迎えに来た。また、手を繋いでのお帰りである。「Y、どうだった?」「上手く行ったよ。だが、バレないか不安だな。チェックが厳しそうだし」と言うと「今の所、気配なし。気付いてないよ」と教えてくれた。怒涛の1学期は終わった。“夏期講習”はあるが、一応は夏休みに突入するのだ。帰り際に長官に「例のヤツ、手に入りました!」と小声で言って細かく折りたたんだ紙を渡す。「ご苦労。明日、検討しよう。場所はいつもの部屋でいいか?」僕は黙して頷いた。菊地嬢は何の疑いも抱いてはいなかった。僕はため息を付くと帰り支度を始めた。「Y-、明日の朝は何時になりそう?」さちが聞いて来る。「いつもと同じだよ。早く来る分には問題は無いだろう?」と言うと「そうだね。じゃあ、いつも通りで待っててよ!」さちが念を押す。「あたしだって、手を繋いで歩きたいな!」とちょっとムクれた。「焼きもちかい?」と言うと「うん、盛大なる焼きもち。Y―、ネクタイ貸して!」と言うと、さちは自分の首に巻いた。「明日までの人質じゃ!」と言って笑う。「忘れるなよ!」「忘れたら、また翌日まで留め置く。ワラワの言う事も聞くがいい」と無邪気に言う。「参謀長、帰るぜー!」竹ちゃんと道子が呼んでいる。「さち、行こう」僕は堀ちゃんや雪枝、中島ちゃんも連れて昇降口へ出た。「さーて、菊地嬢への“爆弾”だ!盛大に爆発してくれよな!」竹ちゃんが祈りを込めて仕掛けを施す。僕等は“大根坂”を下り始めた。再び巻き起こった菊地嬢との決戦。情報戦に勝利するのはどちらなのか?今はまだ何も分からなかった。