「これより緊急の“解約対策委員会”を開催する。参謀長、事情説明を!」長官が重々しい口を開く。「はい、今朝、担任より緊急に依頼が入りました。内容は・・・」僕は中島先生からの依頼内容と背景の説明を行った。“解約対策委員会”は、長官、伊東、久保田、小川、笠原、竹内、僕で構成されている。表面上は、教室の片隅に群れて“馬鹿話”をしている風を装っていた。メンバーはそれとなく周囲を伺いながら話に耳を傾けていた。1通りの説明を終えると「何を企んでやがる?“銀行”が“解約”に応ずる訳がねぇだろう!」と竹ちゃんが声を荒げる。「竹、落ち着け。悟られるとマズイ!とにかく“現場”を押さえて叩き潰せば済む話だ」と伊東がなだめる。「問題は今後だろう?“定期預金”である以上、動いたら不利になるだけ。それでも、何かを“仕掛けて来る”ってのか?」久保田が核心を突く。「恐らく動くだろう。今回は断ち切れるが、ルートはいくらでもある。これからが“本番”だろう。我々も心してかからなければ、悲劇は繰り返すだろう。各員それぞれに引き締めを図ってくれ!動揺は最小限に抑える事。こちらが揺らがなければ、攻められても被害は出ない。参謀長、“銀行”側の動きを見定めるのを忘れるな!小佐野ルートでも確認は取るが、担任の言動からも“銀行”側の動きは推察出来る。“情報”は速やかに伝えてくれ!」長官は各員を見ながら静かに言った。「分かりました。“銀行”側の意向を探ってみましょう」僕は同意した。「彼女が“復学”する確率は、どの程度残ってるのよ?」笠原さんが問う。「2学期が全滅ともなれば、“留年”に向かわざるを得ない」「“銀行”側は強行姿勢を崩す気配がないから“退学”へ追い込むつもりでしょう」長官と僕が答える。「しかし、大逆転の芽も残ってはいる。予断を許す状況では無いってとこかな」小川が冷静に分析して言う。「その通り。うっちゃりを喰らったら、平和は修羅場となる。最悪を想定し置くのは必然性がある」長官はあっさりと認めた。「今回は予兆に過ぎない。本震は恐らく年末にかけてだろう。今は、1つ1つ丹念に芽を摘み取るしかない!」伊東が結論を付けた。「その通りだ。まず、今回の件を確実に叩く!参謀長、始末は任せる。確実に葬り去れ。これで“解約対策委員会”を閉じるが、くれぐれも慎重にな!では、解散!」メンバーはそれとなく散って行った。滝が教室に滑り込んで来ると僕を捕まえて「準備は完了した。今日の帰りに狙うぞ!」と言った。「相手の面は割れてるのか?その当りの情報は皆無だが」と言うと「多分、最後まで菊地嬢を見限らなかった5組の女だろう。面は割れてるし駅で密会するなら場所も特定出来る。撮影は任せろ!」と滝は自信を覗かせた。「OK、そっちは任せた。必ず叩き潰してやる!厳しい現実を教えてやらんとな」僕等は笑って席に着いた。ホームルームの時間が迫っていた。「Y、朝から何の騒ぎ?」さちが小声で聞いて来る。「後で説明するよ。みんなにも知らせて置かなきゃならない」僕も小声で返した。
その日の放課後、滝は小佐野から借用した機材を手に、一目散に“大根坂”を駆け下り駅を目指した。「最善は尽くす!時間が読めないから、掃除は任せるぞ!」そう言うと彼は振り返らずに教室を飛び出して行った。「Y-、捕まえられるかな?」中島ちゃんが言う。「ヤツの事だ。必ず尻尾を掴んでくれるだろう。それにしても“懲りない面々”だよ!」僕がボヤくと「2学期も半ばでしょう?このままだったら出席日数が足りなくて、単位取れずに“留年”になるもんね」と堀ちゃんが言う。「それが“持久戦”に持ち込んだ本当の狙いさ。クラスから切り離すにはこれしかない!」「でも、彼女の“野心”はあくまでも“復学”なんでしょ?舞い戻って来るのかな?」雪枝が案ずる。「それを許さないためにも証拠を掴んで叩くんでしょ?“あんな事”をしでかしたんだもの、そう易々と認めるはずがないよね?」さちが言う。「そうだ。簡単に“はい、そうですか”とは言わないし、言うつもりもない!“銀行”だって分かってはいるさ。今更、クラスと学年を混乱に陥れる訳が無い!そのためにも証拠を掴んで叩き潰す。地味ではあるが、今、摘み取らないと後々厄介な事になる。先生達もその思いは共有してるよ」僕は確信を持って返した。「参謀長、“デカ”は行ったのかい?」滝の分の掃除を終えた竹ちゃんが聞く。「ああ、張り込みに出たよ。早ければ明日の午前中には証拠を挙げられるはずさ」「そうしてもらわねぇと、割りに合わねぇ!世間の厳しさを教えてやらねぇといけねぇな!」「そう言う事!姑息な事をやっても無駄だとハッキリ通告しないと本当に“割りに合わねぇ!”だよ」竹ちゃんと僕は不敵な笑みを浮かべた。実際、滝は証拠をあっさりと撮影して見せた。翌日、フィルムは小佐野の手で現像され、昼には中島先生の手に写真が渡った。「良くやった!これで楔を打ち込んでやれば、不正に情報を入手出来なくなる。5組の生徒には“厳重注意”を申し渡す!これで危険な芽は摘み取れるな!」先生は上機嫌だった。「今回は片付きますが、彼女の事です。懲りずにまた何か仕掛けて来ると考えますが、どうなさるおつもりでしょうか?正直な話、クラス内に動揺を与えるのはマズイと考えますが?」僕はそれとなく斬り込んで見た。「当然、次もあるだろうな。手の内は分からんが、仕掛けて来るのは明々白々だ。だが、心配するな!我々の意思は変わらん。校長も不退転の決意で跳ね返すつもりだ。お前たちの努力でクラスもまとまり、学年全体の雰囲気もいい。この状況を一変させる様な真似をするものか!1匹の“害虫”より、大多数の生徒達の安心・安全を担保するのが教職員としての使命。断じて間違いは侵さないし、するつもりもない。そこはY、お前から久保田達に言って聞かせろ!“無用な心配はしなくてもいい”とな。特に校長は“如何なる圧力を以てしても譲る意思は無い”と明言しとる!案ずるな。悪いようにはしない」先生は噛んで含める様に言った。「分かりました。クラス内の動揺は抑えて置きます。試験を控えてますので、安心して勉学に力を入れる様に久保田達と手を打ちます」と言うと「それでいい。Y、ご苦労だった。かかった経費を後で申告しろ。タダで手伝いをさせる訳にもいかんからな!」と経費の負担も話に出た。教室へ戻ると滝と長官を捕まえてから、担任からの話を聞かせると「まず、初動は跳ね返したか。校長が“不退転の決意”を持って臨むと言う事は、“銀行”は鉄壁の要塞と同じ。次はどれだけの兵力を投入して来るかな?」と長官は薄笑いを浮かべた。「経費は+αをしてもいいよな?」と滝が言うので「手間賃ぐらいは上乗せしろ!誰も文句は言わんさ」と言ってやると「小佐野に小遣いをくれてやらんと、臍を曲げるからな!」と肩を竦めた。
それから3日後、長官と伊東から呼び出しがかかった。重大な話だと言うのでさりげなく教室の隅へ集まる。「原田との間で“防共協定”の締結ですか?」「ああ、正式には“防菊地協定”だが、様は封じ込め政策の一環だ。お互いの利害が一致するならこの際、相手を選んでは居られない。双方にメリットがある以上、蹴る事はしない方がいいだろう」長官は静かに言った。「原田から持ち掛けて来たんだ。ヤツにしても深刻な“事情”があるからな!」伊東が意味ありげに言う。「ヤツの狙いは何です?」僕は斬り込んだ。「来年の“大統領選挙”だよ。2期生への支持拡大を図る上での協力要請さ!」伊東が答える。「つまり、我々を取り込んで“定期預金”を封印しつつ、対抗馬を出させずに楽に戦いたいと言う事か?」「そうだ、原田が最も恐れているシナリオは、“定期預金”が“解約”されて大魚が暴れる回る事。そして、我がクラスから対抗馬が出る事。この2点だ。それを現時点で封じて置けば、他のクラスから仮に対抗馬が出ても楽に勝てる算段だ。こちらとしては重要な複数の“閣僚ポスト”の保証と“情報網”の相互利用を条件に妥協し手を組むつもりだ」長官が重々しく言う。「ふむ、原田の情報網を逆利用すれば、流言や偽情報をバラ撒けるし撹乱に使える。一方で左側の裏情報も入って来るから、“定期預金”を引き出す動きも監視できる。後は“定期預金”を“解約”ではなく“不渡り”に追い込めれば互いにとって利ありですか?」僕が指摘すると「そうだ。年末に向けて“定期預金”の“解約”工作は本格化するだろう。小佐野も“越年にすれば留年か退学かの選択になる”と言っておる。何とかその線に持ち込むためにも、今回の話は前向きに検討する価値はあると踏むがどうだ?」と長官が水を向けて来る。「史上では“独ソ不可侵条約”の例もありますからね。こちらとしても“後顧の憂い”は絶って置くべきでしょう。そうしなくは作戦計画全般に支障が出る。リスク無い作戦はありませんから、今回は乗って置くのも一興ですかね?」僕は一抹の不安を覚えつつも同意の意向を示した。「参謀長、不安要素が多いのは承知の上だ。確かにリスクの無い商売などある筈が無い。これまでも火中の栗を拾い続けて斬り抜けて来た。今、必要なのは共に“後ろ盾”だ。利害の一致を見ているこの時こそ、同盟を組んで置く必要がある。今回は信念を曲げてでも漕ぎつけたいのだ。責任はワシが取る。同意してくれぬか?」長官は心からの同意を求めた。「俺からも頼みたい。仇敵ではあるが、今を逃せばクラスの平和は崩れかねない。建屋はもう直ぐ完成するんだ。信念を曲げてでも同意してくれないか?」伊東も必死に訴えかけて来る。「長官、伊東、“封密命令書”を作成してくれないか?開封時期は来年2月末。内容は“充分な情報の共有がなされず、原田が翻意したり、定期預金が解約された場合、今回の同盟を破棄する”と記してくれ。これらが作成されるなら僕は異を唱える事はしない」僕はハッキリと明言した。「“封密命令書”か。保険を掛けるならそれしかあるまい。相変わらず慎重だな。原田の翻意を予測するとは。いいだろう!今ここで一筆書いてしまおう」長官は、僕の言った内容を書き記してサインを入れ、厳重に封印した。「参謀長、同意してくれるな?」「分かりました」僕は確認した上で同意した。「後は久保田達と女性陣の説得だな。伊東、そちらは任せる」長官は安堵したのか、穏やかに言う。「早速かかります!」伊東は直ぐに動き出した。「参謀長、懸念は分かるよ。だが、今を乗り越えるには“これしか無い”のだ。ワシもこんな強引な決定はしたくはなかった。原田と言う“時限爆弾”を頼るなど信念に反することだからな」長官が自重めいた口調で言う。「例え卓袱台返しに合っても“定期預金”の“解約”だけは阻止しなくては。これで我々も手を広げられるし、作戦全般の選択肢も増えます。一長一短はありますが、目的達成の前には信念を曲げるのもやむを得ないでしょう」僕がそう言うと「そう言ってもらえると心が少し軽くなる。次の手を予測して置いてくれ。彼女はこのままでは終わらんはずだ!」と注文が入った。「“銀行”の動きは確実に捕らえます。原田からの情報と合わせて監視を続行しますよ」「うむ、宜しく頼む」長官は僕の肩を叩くと伊東を追った。
その後、菊地嬢の動きは感知されずに中間試験が行われ、10月半ばには教室には暖房用のストーブも設置された。「いよいよ“ゲームオーバー”が近づいたな。出席日数を満たさなければ“留年”に追い込まれる。彼女にしてみれば屈辱以外の何物でもない」と滝が言う。「プライドだけは高いから、辱められるくらいなら“退学”を選ぶってか?甘いよ!ピラニアよりも質が悪い大魚がそうそう簡単にギブアップするはずが無いぜ!何か仕掛けてくるはずだ」僕は警戒を怠らなかった。「だが、静まり返ってるって事は、手が無くて仕掛ける取っ掛かりさえも掴めないって事にならないか?」「そう見せてるだけで、裏では着々と仕掛けを組んでるって言っても過言ではない。ピラニアを甘く見ると喰いちぎられるぜ!そうなったら只事では済まない」僕は肩を竦めた。「期末試験までに動けなければ“留年”は確定する。そうでなくても、各教科の進行は早い。甦ったとしても授業に着いて来れる可能性は絶望的だ。1人のために課程を遅らせて補習を組むなんて情けを掛けるか?」僕は逆に滝に聞いて見た。「そんな事はあり得ないな。何せやらかした“事が事だ”学校側が折れることは無い。もしかすると、このまま宙に浮かせたままかも?」「“持久戦”に持ち込んだんだ。狙いはズバリ“退学”だろうが、決死の突撃は必ずある!こっちはそれを待って殲滅する。次に手を繰り出して来た時が“本番”さ!」僕は指を立てて言った。「その“本番”がいつになるか?だが、何も引っかかって来ないんだろう?」「ああ、まだ何も検出されてはいない。それが正直不気味なんだよ。その内にどでかい仕掛けが降って来る気がしてな、心中穏やかって訳じゃないんだよ」僕は正直に吐露した。「まあ、そう神経質になるなよ。何かあれば必ず網にかかる。原田と小佐野の網だ。穴は開いてないぞ!」滝は肩をポンと叩く。確かに2つの網に破れは無いし、学校側も沈黙している。だが、どうしても拭えない不安な影が、不気味に忍び寄っている感覚から抜け出す事が出来なかった。
そして期末試験も終わり、師走へと時は進んだ。街のあちこちにクリスマス飾りが現れ、商戦もスタートした。「Y-、クリスマスプレゼント何がいい?」さちが隣の席から小首を傾げて聞いて来る。「気を使うな。心配は無用だよ」と返すと「ねえ、何がいいのよー!」と袖を掴んで離そうとしない。「さち、僕は“そのまんまのさち”が欲しいんだ。でも、それは無理だろう?」「無理じゃないよ。あたしそのものが欲しいなら“僕はあたしと付き合う”って宣言すればいいじゃない!でも、Yの性格上それは言えないんでしょう?だーかーら、“身代わり”に何が欲しいか聞いてるんじゃない!」さちは駄々をこねる。真っ先に欲しいものを聞き出して、機先を制するつもりだろう。「そうだな、セーター。クリーム色の洒落たヤツ。ブレザーの下に着ても決まるのがいいな」「OK!一番の大物ゲット!あたしのセレクト、必ず着てよね!」さちは無邪気にはしゃぐ。「ああ、約束だ!」僕等は指切りをして誓った。「Y-、プレゼント何がいい?」雪枝と堀ちゃんと中島ちゃんが揃って押し寄せる。「うーん、3人揃ってしまうと何にするか?」僕は迷った。「セーターとかは?」堀ちゃんが聞いて来るが「それはあたしの担当。悪いけどもう差し押さえたの」さちが勝ち誇って言う。「えー、ズルイ!さち、抜け駆けは無しだよー!」と堀ちゃんがふくれる。展開としてはマズイ兆候だ。何とか丸く収めねば・・・。「それなら、あたしはYが欲しい本を1冊プレゼントする!これならバッティングしないでしょ!」中島ちゃんが言い出す。「その手があったかー!またしても先を越された!」雪枝と堀ちゃんが歯ぎしりをする。「残るは何だろう?」2人は必死に考える。「そうだ!あたし傘にする!Yに借りっぱなしだし、1年中使ってもらえるし!」堀ちゃんが眼を輝かせて言う。「じゃあ、あたしはシャープペンシルとボールペンにしよう!名前入りのヤツ!“from Yukie”って掘ってもらうの!」雪枝がトリを決めた。「それ、一番ズルくない?」さちが言うが「さちも刺繍で縫い付けするんでしょ!」と雪枝が言うと「バレたか!」と言ってさちが舌を覗かせる。どうやら4人のプレゼント合戦はケリが付いた様だ。「ねえ、いつ買いに行く?」4人は相談を始めた。「やれやれ、Yも大変だね。お返しはどうするの?」道子が穏やかに聞いて来る。「ふむ、機材を借りて来なきゃいかんな。手は考えてあるよ。内緒だけどね」僕も道子の問いに穏やかに返す。「Y、ちょっといい?」道子は僕を廊下へと引っ張り出す。「どうしたの?」「Y、正直に答えて。意中の女性は幸子なの?」「道子に嘘は通じない。その通りだよ」僕は正直に答えた。「幸子は知ってるの?」僕は答える代わりにネクタイを裏返す。刺繍を見せると道子はハッとした。「もしかしてって感じはしてた。そうか、さちもYをね・・・。さちがしてるのは?」「僕のネクタイだよ。他の3人は知らないが」「知られたらダメ!隠し通して!」道子が肩を揺する。「今はまだ4人にとって支えであってもらわないと困るのよ。Y、重い十字架だけどこれは“貴方自らが選んだ道”だもの。だから放り出す様な真似だけはしないで!勿論、Yはそんな事は絶対しないって知ってるけど、素振りを見せてはダメ!雪枝と堀ちゃんと中島ちゃんも気にしてあげて!変なお願いだけど、“平等に偏らず”バランスを取って見ててあげて!Yにしか出来ないことだからさ」彼女は必死に肩に手を置いて言い含める様に言う。「道子、済まん。心配かけて。彼女達4人、いや、道子も含めて5人が居るからこそ、僕はここに居られる。それを忘れたことは無い。だから今言われた事は守るよ。必ずな」「Y、あんたは優し過ぎるのよ。戦ってる時は、そう見えない時もあるけど、昔からあんたはずっとそう。戦った相手にも手を差し伸べるくらいの優しさが溢れてる。それをいつまでも忘れないで!」道子は真っ直ぐ僕の眼を見て訴えかける。「道子、ありがとう。これからも僕が傍から見て“危うい”と感じたら、遠慮なく言ってくれ。どんな些細な事でもいい。そうでないと僕は自ら落ちるかも知れないからな」「うん、そうする。頼りにしてるよ!参謀長!」道子は僕頭を小突くと教室へ引っ張って行った。「あ!Y、欲しい本のタイトル教えてよ!」中島ちゃんが駆け寄って来る。「それがさー、あり過ぎてどれにするか迷ってるのよね!」僕は文庫本の裏表紙を開きながら言う。「Y、傘の色、お任せでいい?」「それとあたしのヤツも」堀ちゃんと雪枝がステレオ攻撃に来た。「ああ、2人のセンスに期待してます!」「えー!」「責任重大だ!」そんな僕等姿を道子は見ながら「アイツにしか出来ない芸当だわ。優し過ぎる意地っ張りの馬鹿。でも、それがYと言う“人間”そのもの。アイツなら任せても大丈夫」と呟いていた。
そんな最中、南米チリで地震が発生して、津波が日本沿岸に押し寄せる様な出来事が発生した。12月も半ばを過ぎた頃、僕は突然中島先生に呼び出された。「Y、大変な事が降って来たぞ!県教委が県議会議員の圧力に屈した!」僕の背筋に冷たいモノが流れた。「まさか“復学”への圧力では・・・」「その“まさか”だよ。県教委が“再考”を勧告して来たのだ!校長も怒り心頭だが“再考”に当たって“学力テスト”を実施する方向で検討に入った。2学期が全滅である以上、“相応の学力”があるか?を試験して合格すれば“復学”を認めざるを得ない」先生の表情も苦り切っている。「ハードルと範囲はどの程度を?」「全教科90点以上、2学期全般と3学期に履修する1部とした。教科によっては、既に3学期分へ突入している。この辺は県教委と県議会も認めている。学校や教科によって進捗に差があるのはやむを得ない。ただし1点でも落とせば“復学”は認めないつもりだが、結果次第では返り咲きとなる恐れが出て来た。Y、校外で彼女と接触を保っている生徒は居るか?」「いえ、自分が知る限り存在しません」「1期生はどうだ?調べてあるのか?」「網は張っていますが、引っかかっていません。ただ、1期生に関しては完璧ではありませんので、断言は出来ません!」「至急手を回して調べ上げろ!2学期の課程が漏れていれば、テストで点数を稼がれてしまうだけでなく、防衛壁を破られてしまう!“学力テスト”は20日過ぎに実施予定だ。時間はさして残されていない。とにかく急げ!」「はい!急いで結論を出します!」僕は急いで教室へ取って返した。既に“解約対策委員会”のメンバーが隅で協議を始めていた。「参謀長、大変な事になったぞ!原田と小佐野から“情報”が入った!担任は何と言っていた?」長官の誰何する顔は青ざめている。僕は先生から聞いた内容をそのままメンバーに告げた。「全教科90点以上か。容易ではあるまいが、突破の可能性はゼロでは無くなったな。20日過ぎと言う事は時間はさして残っておらん。1期生と“定期預金”の接点か?至急当たりを付けねばなるまい!」長官の顔からは血の気が失せていた。「原田に手を回して1期生をしらみ潰しに調べるしかないぞ!」伊東が繋ぎを付けに走る。「千里、千秋、女子には独自のコネクションがあるだろう。そちらも使って至急洗い直せ!」「了解、直ぐにかかるわ」2人も動き出した。「参謀長、生徒名簿を当たって“定期預金”と接点がありそうな1期生をピックアップしよう!」「了解です。滝にも加わってもらいましょう。彼なら接点がありそうな1期生もおおよそ目星が着くでしょうから」「うむ、早速かかろう」長官と僕は生徒名簿を手に放送室へ急いだ。放送室へ忍び込むと「おう、お出でなすったか!小佐野から内線で話は聞いてる。菊地嬢と接点がありそうな1期生を絞り込むんだろう?」滝はこちらが説明する前に事情を飲み込んでいた。「以前の5組の女子との1件以来、俺も注意して見てるんだが、菊地嬢が駅へ出て来ている兆候は無い。だが、親から親へのノートの“横流し”は有り得る!その辺を考慮するとだな、ここら辺を当たれば釣れるかも知れない」滝は素早く10名の男女をピックアップした。全員、菊地嬢と同じ中学の出身者だ。「これが該当者か?」「ああ、全員菊地嬢に弱みを握られてる可能性があるヤツらだよ。“横流し”を要求するにはネタが必要だ。この10名分のネタは持ってるはずだぜ!」「長官、参謀長、原田が焦点を絞れと言っています。このままでは漠然と進むしか無いと!」伊東が息を切らせて駆け込んで来る。「今、絞ったとこ。この10名を“横流し”の容疑で追えと言ってくれ!誰かしら認める可能性が高い」僕は生徒名簿を伊東に渡した。「よし、これなら今日中に突き止められる!長官、逆情報での撹乱は?」「そちらはこちらでもやるが、原田にも依頼をして置け!雑音で混乱させるんだ!」「了解」伊東は休まずに走り去る。「さて、ワシと小佐野で逆情報を流して更に混乱を引き起こすか!」長官は思案に沈む。「問題は“線引き”だな。1期生と僕等では教育課程に微妙な違いがある。“横流し”のノートだけでは完全にはカバーする事は不可能。曖昧な“情報”を信じ込ませればチャンスは残されている」僕が言うと「そうだ。そこを突いて混乱させれば勝機はある!11月末までの範囲で線を引けば、教科によっては失点させられるな。ワシは小佐野との協議に入る。参謀長、担任との繋ぎは任せるぞ!」そう言うと長官は現像室へ向かった。「間に合えばいいが、かなり際どいな。静まり返っている間に“大逆転”の準備を整えてやがったとは!やはりタダ者ではなかった!」「お前さんの“予知能力”には脱帽するしかないな。しかし、政治力を行使するとは手口が陰険だな!」滝は吐き捨てる様に言った。「陰険だろうが攻撃の手としては有り得る事だよ。左側通行独特のやり方ではあるがね」僕は努めて冷静に言った。「1教科、89点でいい。そうすば“復学”は阻止できる。ハードルは思ってる以上に高いから、1歩でも誤ればそれでいい。やれる事は全てやり尽くして待つしかあるまい」「待つ身は長いぞ!噂は尾ひれが付いて暴走するやも知れない。ウチはどうやって抑え込む?」滝は先を見ていた。「まずは、“横流し”の有無の確認に逆情報による撹乱が優先事項だよ。久保田と小川のコンビなら動揺を鎮める手は容易に考え付くさ。惑わず、揺れず、恐れない。クラスが盤石なら事を荒立てる必要は無いよ。こっちは知らぬ間に強固な体制を作り上げてる。例え甦っても孤立するだけさ!」「まあ、そうだが、甦らない方がより良い方向だろう?」「確かにな、だが、彼女はどうしても“復学”して高卒の資格を手にしなきゃならないはずだろう?以前聞いたが、中学の時に“破門状”紛いの文書が流れてる関係上、この通学区の他校は入学や編入を拒むだろう。他の通学区もそうだ。他県へ出るとしても“後ろ盾”が無ければ孤立無援でしかない。つまり、ここしか無いのさ!高卒の資格を手に入れられる場は。今回、仮に阻止されたしても、次策は用意してあるだろうよ」「うーん、確かにそうなるな。是が非でもしがみ付く魂胆か!それで、次策は何だい?」「多分、法廷闘争だろうよ。“教育を受ける権利”を主張して“無期限停学は違法だ!”と吠えるだろう」「泥沼へ引き込んでぐちゃぐちゃにするつもりか?」「確証は無いが、恐らくそれだろう。そうなったら、向こうにも利が出て来る。弁護人の腕次第でうっちゃりを喰らわせるつもりじゃないかな」「そうなる前にケリを付けたい。それが本音だろう?」「勿論、そうだよ。無益な戦いは止めるべきだ。利が無ければ引くのが兵法の基本だ」「お前さん、ズバリ勝算は?」「五分五分さ。それを六分四分に持って行こうとしているのが今の段階さ。さて、僕は生物準備室へ行く。担任に報告を入れて来る」放送室から抜け出すと、いつもの風景が広がっていた。何気ない日常があった。この日常を破壊に持ち込むどす黒い“野望”について、知り得る者はまだ少なかった。
その日の放課後、滝は小佐野から借用した機材を手に、一目散に“大根坂”を駆け下り駅を目指した。「最善は尽くす!時間が読めないから、掃除は任せるぞ!」そう言うと彼は振り返らずに教室を飛び出して行った。「Y-、捕まえられるかな?」中島ちゃんが言う。「ヤツの事だ。必ず尻尾を掴んでくれるだろう。それにしても“懲りない面々”だよ!」僕がボヤくと「2学期も半ばでしょう?このままだったら出席日数が足りなくて、単位取れずに“留年”になるもんね」と堀ちゃんが言う。「それが“持久戦”に持ち込んだ本当の狙いさ。クラスから切り離すにはこれしかない!」「でも、彼女の“野心”はあくまでも“復学”なんでしょ?舞い戻って来るのかな?」雪枝が案ずる。「それを許さないためにも証拠を掴んで叩くんでしょ?“あんな事”をしでかしたんだもの、そう易々と認めるはずがないよね?」さちが言う。「そうだ。簡単に“はい、そうですか”とは言わないし、言うつもりもない!“銀行”だって分かってはいるさ。今更、クラスと学年を混乱に陥れる訳が無い!そのためにも証拠を掴んで叩き潰す。地味ではあるが、今、摘み取らないと後々厄介な事になる。先生達もその思いは共有してるよ」僕は確信を持って返した。「参謀長、“デカ”は行ったのかい?」滝の分の掃除を終えた竹ちゃんが聞く。「ああ、張り込みに出たよ。早ければ明日の午前中には証拠を挙げられるはずさ」「そうしてもらわねぇと、割りに合わねぇ!世間の厳しさを教えてやらねぇといけねぇな!」「そう言う事!姑息な事をやっても無駄だとハッキリ通告しないと本当に“割りに合わねぇ!”だよ」竹ちゃんと僕は不敵な笑みを浮かべた。実際、滝は証拠をあっさりと撮影して見せた。翌日、フィルムは小佐野の手で現像され、昼には中島先生の手に写真が渡った。「良くやった!これで楔を打ち込んでやれば、不正に情報を入手出来なくなる。5組の生徒には“厳重注意”を申し渡す!これで危険な芽は摘み取れるな!」先生は上機嫌だった。「今回は片付きますが、彼女の事です。懲りずにまた何か仕掛けて来ると考えますが、どうなさるおつもりでしょうか?正直な話、クラス内に動揺を与えるのはマズイと考えますが?」僕はそれとなく斬り込んで見た。「当然、次もあるだろうな。手の内は分からんが、仕掛けて来るのは明々白々だ。だが、心配するな!我々の意思は変わらん。校長も不退転の決意で跳ね返すつもりだ。お前たちの努力でクラスもまとまり、学年全体の雰囲気もいい。この状況を一変させる様な真似をするものか!1匹の“害虫”より、大多数の生徒達の安心・安全を担保するのが教職員としての使命。断じて間違いは侵さないし、するつもりもない。そこはY、お前から久保田達に言って聞かせろ!“無用な心配はしなくてもいい”とな。特に校長は“如何なる圧力を以てしても譲る意思は無い”と明言しとる!案ずるな。悪いようにはしない」先生は噛んで含める様に言った。「分かりました。クラス内の動揺は抑えて置きます。試験を控えてますので、安心して勉学に力を入れる様に久保田達と手を打ちます」と言うと「それでいい。Y、ご苦労だった。かかった経費を後で申告しろ。タダで手伝いをさせる訳にもいかんからな!」と経費の負担も話に出た。教室へ戻ると滝と長官を捕まえてから、担任からの話を聞かせると「まず、初動は跳ね返したか。校長が“不退転の決意”を持って臨むと言う事は、“銀行”は鉄壁の要塞と同じ。次はどれだけの兵力を投入して来るかな?」と長官は薄笑いを浮かべた。「経費は+αをしてもいいよな?」と滝が言うので「手間賃ぐらいは上乗せしろ!誰も文句は言わんさ」と言ってやると「小佐野に小遣いをくれてやらんと、臍を曲げるからな!」と肩を竦めた。
それから3日後、長官と伊東から呼び出しがかかった。重大な話だと言うのでさりげなく教室の隅へ集まる。「原田との間で“防共協定”の締結ですか?」「ああ、正式には“防菊地協定”だが、様は封じ込め政策の一環だ。お互いの利害が一致するならこの際、相手を選んでは居られない。双方にメリットがある以上、蹴る事はしない方がいいだろう」長官は静かに言った。「原田から持ち掛けて来たんだ。ヤツにしても深刻な“事情”があるからな!」伊東が意味ありげに言う。「ヤツの狙いは何です?」僕は斬り込んだ。「来年の“大統領選挙”だよ。2期生への支持拡大を図る上での協力要請さ!」伊東が答える。「つまり、我々を取り込んで“定期預金”を封印しつつ、対抗馬を出させずに楽に戦いたいと言う事か?」「そうだ、原田が最も恐れているシナリオは、“定期預金”が“解約”されて大魚が暴れる回る事。そして、我がクラスから対抗馬が出る事。この2点だ。それを現時点で封じて置けば、他のクラスから仮に対抗馬が出ても楽に勝てる算段だ。こちらとしては重要な複数の“閣僚ポスト”の保証と“情報網”の相互利用を条件に妥協し手を組むつもりだ」長官が重々しく言う。「ふむ、原田の情報網を逆利用すれば、流言や偽情報をバラ撒けるし撹乱に使える。一方で左側の裏情報も入って来るから、“定期預金”を引き出す動きも監視できる。後は“定期預金”を“解約”ではなく“不渡り”に追い込めれば互いにとって利ありですか?」僕が指摘すると「そうだ。年末に向けて“定期預金”の“解約”工作は本格化するだろう。小佐野も“越年にすれば留年か退学かの選択になる”と言っておる。何とかその線に持ち込むためにも、今回の話は前向きに検討する価値はあると踏むがどうだ?」と長官が水を向けて来る。「史上では“独ソ不可侵条約”の例もありますからね。こちらとしても“後顧の憂い”は絶って置くべきでしょう。そうしなくは作戦計画全般に支障が出る。リスク無い作戦はありませんから、今回は乗って置くのも一興ですかね?」僕は一抹の不安を覚えつつも同意の意向を示した。「参謀長、不安要素が多いのは承知の上だ。確かにリスクの無い商売などある筈が無い。これまでも火中の栗を拾い続けて斬り抜けて来た。今、必要なのは共に“後ろ盾”だ。利害の一致を見ているこの時こそ、同盟を組んで置く必要がある。今回は信念を曲げてでも漕ぎつけたいのだ。責任はワシが取る。同意してくれぬか?」長官は心からの同意を求めた。「俺からも頼みたい。仇敵ではあるが、今を逃せばクラスの平和は崩れかねない。建屋はもう直ぐ完成するんだ。信念を曲げてでも同意してくれないか?」伊東も必死に訴えかけて来る。「長官、伊東、“封密命令書”を作成してくれないか?開封時期は来年2月末。内容は“充分な情報の共有がなされず、原田が翻意したり、定期預金が解約された場合、今回の同盟を破棄する”と記してくれ。これらが作成されるなら僕は異を唱える事はしない」僕はハッキリと明言した。「“封密命令書”か。保険を掛けるならそれしかあるまい。相変わらず慎重だな。原田の翻意を予測するとは。いいだろう!今ここで一筆書いてしまおう」長官は、僕の言った内容を書き記してサインを入れ、厳重に封印した。「参謀長、同意してくれるな?」「分かりました」僕は確認した上で同意した。「後は久保田達と女性陣の説得だな。伊東、そちらは任せる」長官は安堵したのか、穏やかに言う。「早速かかります!」伊東は直ぐに動き出した。「参謀長、懸念は分かるよ。だが、今を乗り越えるには“これしか無い”のだ。ワシもこんな強引な決定はしたくはなかった。原田と言う“時限爆弾”を頼るなど信念に反することだからな」長官が自重めいた口調で言う。「例え卓袱台返しに合っても“定期預金”の“解約”だけは阻止しなくては。これで我々も手を広げられるし、作戦全般の選択肢も増えます。一長一短はありますが、目的達成の前には信念を曲げるのもやむを得ないでしょう」僕がそう言うと「そう言ってもらえると心が少し軽くなる。次の手を予測して置いてくれ。彼女はこのままでは終わらんはずだ!」と注文が入った。「“銀行”の動きは確実に捕らえます。原田からの情報と合わせて監視を続行しますよ」「うむ、宜しく頼む」長官は僕の肩を叩くと伊東を追った。
その後、菊地嬢の動きは感知されずに中間試験が行われ、10月半ばには教室には暖房用のストーブも設置された。「いよいよ“ゲームオーバー”が近づいたな。出席日数を満たさなければ“留年”に追い込まれる。彼女にしてみれば屈辱以外の何物でもない」と滝が言う。「プライドだけは高いから、辱められるくらいなら“退学”を選ぶってか?甘いよ!ピラニアよりも質が悪い大魚がそうそう簡単にギブアップするはずが無いぜ!何か仕掛けてくるはずだ」僕は警戒を怠らなかった。「だが、静まり返ってるって事は、手が無くて仕掛ける取っ掛かりさえも掴めないって事にならないか?」「そう見せてるだけで、裏では着々と仕掛けを組んでるって言っても過言ではない。ピラニアを甘く見ると喰いちぎられるぜ!そうなったら只事では済まない」僕は肩を竦めた。「期末試験までに動けなければ“留年”は確定する。そうでなくても、各教科の進行は早い。甦ったとしても授業に着いて来れる可能性は絶望的だ。1人のために課程を遅らせて補習を組むなんて情けを掛けるか?」僕は逆に滝に聞いて見た。「そんな事はあり得ないな。何せやらかした“事が事だ”学校側が折れることは無い。もしかすると、このまま宙に浮かせたままかも?」「“持久戦”に持ち込んだんだ。狙いはズバリ“退学”だろうが、決死の突撃は必ずある!こっちはそれを待って殲滅する。次に手を繰り出して来た時が“本番”さ!」僕は指を立てて言った。「その“本番”がいつになるか?だが、何も引っかかって来ないんだろう?」「ああ、まだ何も検出されてはいない。それが正直不気味なんだよ。その内にどでかい仕掛けが降って来る気がしてな、心中穏やかって訳じゃないんだよ」僕は正直に吐露した。「まあ、そう神経質になるなよ。何かあれば必ず網にかかる。原田と小佐野の網だ。穴は開いてないぞ!」滝は肩をポンと叩く。確かに2つの網に破れは無いし、学校側も沈黙している。だが、どうしても拭えない不安な影が、不気味に忍び寄っている感覚から抜け出す事が出来なかった。
そして期末試験も終わり、師走へと時は進んだ。街のあちこちにクリスマス飾りが現れ、商戦もスタートした。「Y-、クリスマスプレゼント何がいい?」さちが隣の席から小首を傾げて聞いて来る。「気を使うな。心配は無用だよ」と返すと「ねえ、何がいいのよー!」と袖を掴んで離そうとしない。「さち、僕は“そのまんまのさち”が欲しいんだ。でも、それは無理だろう?」「無理じゃないよ。あたしそのものが欲しいなら“僕はあたしと付き合う”って宣言すればいいじゃない!でも、Yの性格上それは言えないんでしょう?だーかーら、“身代わり”に何が欲しいか聞いてるんじゃない!」さちは駄々をこねる。真っ先に欲しいものを聞き出して、機先を制するつもりだろう。「そうだな、セーター。クリーム色の洒落たヤツ。ブレザーの下に着ても決まるのがいいな」「OK!一番の大物ゲット!あたしのセレクト、必ず着てよね!」さちは無邪気にはしゃぐ。「ああ、約束だ!」僕等は指切りをして誓った。「Y-、プレゼント何がいい?」雪枝と堀ちゃんと中島ちゃんが揃って押し寄せる。「うーん、3人揃ってしまうと何にするか?」僕は迷った。「セーターとかは?」堀ちゃんが聞いて来るが「それはあたしの担当。悪いけどもう差し押さえたの」さちが勝ち誇って言う。「えー、ズルイ!さち、抜け駆けは無しだよー!」と堀ちゃんがふくれる。展開としてはマズイ兆候だ。何とか丸く収めねば・・・。「それなら、あたしはYが欲しい本を1冊プレゼントする!これならバッティングしないでしょ!」中島ちゃんが言い出す。「その手があったかー!またしても先を越された!」雪枝と堀ちゃんが歯ぎしりをする。「残るは何だろう?」2人は必死に考える。「そうだ!あたし傘にする!Yに借りっぱなしだし、1年中使ってもらえるし!」堀ちゃんが眼を輝かせて言う。「じゃあ、あたしはシャープペンシルとボールペンにしよう!名前入りのヤツ!“from Yukie”って掘ってもらうの!」雪枝がトリを決めた。「それ、一番ズルくない?」さちが言うが「さちも刺繍で縫い付けするんでしょ!」と雪枝が言うと「バレたか!」と言ってさちが舌を覗かせる。どうやら4人のプレゼント合戦はケリが付いた様だ。「ねえ、いつ買いに行く?」4人は相談を始めた。「やれやれ、Yも大変だね。お返しはどうするの?」道子が穏やかに聞いて来る。「ふむ、機材を借りて来なきゃいかんな。手は考えてあるよ。内緒だけどね」僕も道子の問いに穏やかに返す。「Y、ちょっといい?」道子は僕を廊下へと引っ張り出す。「どうしたの?」「Y、正直に答えて。意中の女性は幸子なの?」「道子に嘘は通じない。その通りだよ」僕は正直に答えた。「幸子は知ってるの?」僕は答える代わりにネクタイを裏返す。刺繍を見せると道子はハッとした。「もしかしてって感じはしてた。そうか、さちもYをね・・・。さちがしてるのは?」「僕のネクタイだよ。他の3人は知らないが」「知られたらダメ!隠し通して!」道子が肩を揺する。「今はまだ4人にとって支えであってもらわないと困るのよ。Y、重い十字架だけどこれは“貴方自らが選んだ道”だもの。だから放り出す様な真似だけはしないで!勿論、Yはそんな事は絶対しないって知ってるけど、素振りを見せてはダメ!雪枝と堀ちゃんと中島ちゃんも気にしてあげて!変なお願いだけど、“平等に偏らず”バランスを取って見ててあげて!Yにしか出来ないことだからさ」彼女は必死に肩に手を置いて言い含める様に言う。「道子、済まん。心配かけて。彼女達4人、いや、道子も含めて5人が居るからこそ、僕はここに居られる。それを忘れたことは無い。だから今言われた事は守るよ。必ずな」「Y、あんたは優し過ぎるのよ。戦ってる時は、そう見えない時もあるけど、昔からあんたはずっとそう。戦った相手にも手を差し伸べるくらいの優しさが溢れてる。それをいつまでも忘れないで!」道子は真っ直ぐ僕の眼を見て訴えかける。「道子、ありがとう。これからも僕が傍から見て“危うい”と感じたら、遠慮なく言ってくれ。どんな些細な事でもいい。そうでないと僕は自ら落ちるかも知れないからな」「うん、そうする。頼りにしてるよ!参謀長!」道子は僕頭を小突くと教室へ引っ張って行った。「あ!Y、欲しい本のタイトル教えてよ!」中島ちゃんが駆け寄って来る。「それがさー、あり過ぎてどれにするか迷ってるのよね!」僕は文庫本の裏表紙を開きながら言う。「Y、傘の色、お任せでいい?」「それとあたしのヤツも」堀ちゃんと雪枝がステレオ攻撃に来た。「ああ、2人のセンスに期待してます!」「えー!」「責任重大だ!」そんな僕等姿を道子は見ながら「アイツにしか出来ない芸当だわ。優し過ぎる意地っ張りの馬鹿。でも、それがYと言う“人間”そのもの。アイツなら任せても大丈夫」と呟いていた。
そんな最中、南米チリで地震が発生して、津波が日本沿岸に押し寄せる様な出来事が発生した。12月も半ばを過ぎた頃、僕は突然中島先生に呼び出された。「Y、大変な事が降って来たぞ!県教委が県議会議員の圧力に屈した!」僕の背筋に冷たいモノが流れた。「まさか“復学”への圧力では・・・」「その“まさか”だよ。県教委が“再考”を勧告して来たのだ!校長も怒り心頭だが“再考”に当たって“学力テスト”を実施する方向で検討に入った。2学期が全滅である以上、“相応の学力”があるか?を試験して合格すれば“復学”を認めざるを得ない」先生の表情も苦り切っている。「ハードルと範囲はどの程度を?」「全教科90点以上、2学期全般と3学期に履修する1部とした。教科によっては、既に3学期分へ突入している。この辺は県教委と県議会も認めている。学校や教科によって進捗に差があるのはやむを得ない。ただし1点でも落とせば“復学”は認めないつもりだが、結果次第では返り咲きとなる恐れが出て来た。Y、校外で彼女と接触を保っている生徒は居るか?」「いえ、自分が知る限り存在しません」「1期生はどうだ?調べてあるのか?」「網は張っていますが、引っかかっていません。ただ、1期生に関しては完璧ではありませんので、断言は出来ません!」「至急手を回して調べ上げろ!2学期の課程が漏れていれば、テストで点数を稼がれてしまうだけでなく、防衛壁を破られてしまう!“学力テスト”は20日過ぎに実施予定だ。時間はさして残されていない。とにかく急げ!」「はい!急いで結論を出します!」僕は急いで教室へ取って返した。既に“解約対策委員会”のメンバーが隅で協議を始めていた。「参謀長、大変な事になったぞ!原田と小佐野から“情報”が入った!担任は何と言っていた?」長官の誰何する顔は青ざめている。僕は先生から聞いた内容をそのままメンバーに告げた。「全教科90点以上か。容易ではあるまいが、突破の可能性はゼロでは無くなったな。20日過ぎと言う事は時間はさして残っておらん。1期生と“定期預金”の接点か?至急当たりを付けねばなるまい!」長官の顔からは血の気が失せていた。「原田に手を回して1期生をしらみ潰しに調べるしかないぞ!」伊東が繋ぎを付けに走る。「千里、千秋、女子には独自のコネクションがあるだろう。そちらも使って至急洗い直せ!」「了解、直ぐにかかるわ」2人も動き出した。「参謀長、生徒名簿を当たって“定期預金”と接点がありそうな1期生をピックアップしよう!」「了解です。滝にも加わってもらいましょう。彼なら接点がありそうな1期生もおおよそ目星が着くでしょうから」「うむ、早速かかろう」長官と僕は生徒名簿を手に放送室へ急いだ。放送室へ忍び込むと「おう、お出でなすったか!小佐野から内線で話は聞いてる。菊地嬢と接点がありそうな1期生を絞り込むんだろう?」滝はこちらが説明する前に事情を飲み込んでいた。「以前の5組の女子との1件以来、俺も注意して見てるんだが、菊地嬢が駅へ出て来ている兆候は無い。だが、親から親へのノートの“横流し”は有り得る!その辺を考慮するとだな、ここら辺を当たれば釣れるかも知れない」滝は素早く10名の男女をピックアップした。全員、菊地嬢と同じ中学の出身者だ。「これが該当者か?」「ああ、全員菊地嬢に弱みを握られてる可能性があるヤツらだよ。“横流し”を要求するにはネタが必要だ。この10名分のネタは持ってるはずだぜ!」「長官、参謀長、原田が焦点を絞れと言っています。このままでは漠然と進むしか無いと!」伊東が息を切らせて駆け込んで来る。「今、絞ったとこ。この10名を“横流し”の容疑で追えと言ってくれ!誰かしら認める可能性が高い」僕は生徒名簿を伊東に渡した。「よし、これなら今日中に突き止められる!長官、逆情報での撹乱は?」「そちらはこちらでもやるが、原田にも依頼をして置け!雑音で混乱させるんだ!」「了解」伊東は休まずに走り去る。「さて、ワシと小佐野で逆情報を流して更に混乱を引き起こすか!」長官は思案に沈む。「問題は“線引き”だな。1期生と僕等では教育課程に微妙な違いがある。“横流し”のノートだけでは完全にはカバーする事は不可能。曖昧な“情報”を信じ込ませればチャンスは残されている」僕が言うと「そうだ。そこを突いて混乱させれば勝機はある!11月末までの範囲で線を引けば、教科によっては失点させられるな。ワシは小佐野との協議に入る。参謀長、担任との繋ぎは任せるぞ!」そう言うと長官は現像室へ向かった。「間に合えばいいが、かなり際どいな。静まり返っている間に“大逆転”の準備を整えてやがったとは!やはりタダ者ではなかった!」「お前さんの“予知能力”には脱帽するしかないな。しかし、政治力を行使するとは手口が陰険だな!」滝は吐き捨てる様に言った。「陰険だろうが攻撃の手としては有り得る事だよ。左側通行独特のやり方ではあるがね」僕は努めて冷静に言った。「1教科、89点でいい。そうすば“復学”は阻止できる。ハードルは思ってる以上に高いから、1歩でも誤ればそれでいい。やれる事は全てやり尽くして待つしかあるまい」「待つ身は長いぞ!噂は尾ひれが付いて暴走するやも知れない。ウチはどうやって抑え込む?」滝は先を見ていた。「まずは、“横流し”の有無の確認に逆情報による撹乱が優先事項だよ。久保田と小川のコンビなら動揺を鎮める手は容易に考え付くさ。惑わず、揺れず、恐れない。クラスが盤石なら事を荒立てる必要は無いよ。こっちは知らぬ間に強固な体制を作り上げてる。例え甦っても孤立するだけさ!」「まあ、そうだが、甦らない方がより良い方向だろう?」「確かにな、だが、彼女はどうしても“復学”して高卒の資格を手にしなきゃならないはずだろう?以前聞いたが、中学の時に“破門状”紛いの文書が流れてる関係上、この通学区の他校は入学や編入を拒むだろう。他の通学区もそうだ。他県へ出るとしても“後ろ盾”が無ければ孤立無援でしかない。つまり、ここしか無いのさ!高卒の資格を手に入れられる場は。今回、仮に阻止されたしても、次策は用意してあるだろうよ」「うーん、確かにそうなるな。是が非でもしがみ付く魂胆か!それで、次策は何だい?」「多分、法廷闘争だろうよ。“教育を受ける権利”を主張して“無期限停学は違法だ!”と吠えるだろう」「泥沼へ引き込んでぐちゃぐちゃにするつもりか?」「確証は無いが、恐らくそれだろう。そうなったら、向こうにも利が出て来る。弁護人の腕次第でうっちゃりを喰らわせるつもりじゃないかな」「そうなる前にケリを付けたい。それが本音だろう?」「勿論、そうだよ。無益な戦いは止めるべきだ。利が無ければ引くのが兵法の基本だ」「お前さん、ズバリ勝算は?」「五分五分さ。それを六分四分に持って行こうとしているのが今の段階さ。さて、僕は生物準備室へ行く。担任に報告を入れて来る」放送室から抜け出すと、いつもの風景が広がっていた。何気ない日常があった。この日常を破壊に持ち込むどす黒い“野望”について、知り得る者はまだ少なかった。