limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 9

2019年04月08日 15時40分33秒 | 日記
「Y、伊東の力量ではクラスをまとめるのは無理か?」その日の昼休みに中島先生が僕に聞いた。ダージリンの入ったカップを手に僕は「そんな事はありません。山岡君も僕も力添えしてますし、竹内君や久保田君も動き出してます。女子は何も不満を持っていませんから、もう少し様子を見てはどうでしょう?空気と言うか雰囲気は良い方向へ向かいつつあります!」とキッパリ言う。「菊地は“混乱を助長しているだけだ!”と力説しておったが、お前の見解を聞くと、どうも違う様だな。事実、お前と5人の女子の仲を見て居ると、非常に良好な関係が出来ている。この状況をクラス全体に広げれば、何も問題は無い。お前たちは“モデルケース”でもある。その当人が“もう少し”と言うなら確かだろう。菊地は何を見て“混乱”と言うのだろう?彼女の真意は何だ?」「分かりません。菊地さんの意見と言うか、主張を聞かなくては判断のしようもありません」「うむ、確かにそうだな。公平に意見なり主張を出し合って、方向性を決する。それしか無いか。もっとも、ワシはお前の言う事が正解の様に思う。進藤のノートを作った実績からしてもそうだ。助け合い、共に高め合う。お前達が自主的に勉強をやっている姿を見れば、“混乱”など無いのは明らかだ。ただ、男子と女子が打ち解け合う切っ掛けが無いだけだろう?」「そうです!それをどうするのか?を伊東君達とも日々議論してます。幸い兆しは現れ始めました。今少しで雰囲気はガラリと変わりますよ。先生、もう少し待ってもらえませんか?後1歩のところまで漕ぎつけているんです。ここで、妙な事になれば今までの努力も水泡に帰してしまいます。今しばらくのご猶予を!」僕は先生に必死に訴えた。ここで、先生を僕等の側に引き込んで置かなくては、勝てる勝負も逃す事になる。「分かった。お前がそこまで言うなら間違いはないのは明らかだ。菊地が何を言うかは分からんが、伊東を降ろすのは見送り、続投させようじゃないか!結果が直ぐに出るとは限らんし、性急な事をしては逆効果かも知れん。Y、お前たちの“モデルケース”を拡大させる事を進めろ!そのために必要な事はワシもバックアップしよう!頼んだぞ!」「はい、お任せ下さい!」これで先生を引き入れる事には成功した。少なくとも菊地嬢の尻馬に乗る心配は半減しただろう。思わずため息が漏れる。「Y―、中国の三国時代みたくならないよね?」さちが聞いて来る。「そうしない様に“男子も一体”となって、動き出してます。クラスを分裂に導く様な真似ができますかいな!女子もご協力をお願いしますよ!」「それは、言われなくてもやるわよ。あたし達だって一員なんだからさ!」道子が後押しをしてくれる。「こう言う姿こそが、クラスを一体化するための鍵だ。やはり、お前の言う事は間違いない!」先生も後押しを惜しまない。もっとも気がかりだった“先生の去就”は僕等に傾いた。“第1ハードルクリア!”僕は心の中で呟いた。

その日の放課後、伊東、長官、竹内、久保田、笠原さんに僕の6者会談が密かに行われた。「参謀長、担任の“去就”は間違いないのだな?」長官が口火を切った。「大丈夫です。我々の後押しをしてくれます!最大の“後ろ盾”を得ましたよ」と僕が言うと「こっちもOKだ。今井が乗った!ついでに3組に逆情報まで流したぜ!」と久保田が胸を張る。「逆情報とは何だ?」すかさず長官が誰何する。「原田と今井。宿命のライバルって言っても勉強は、原田の方が上だが、スポーツに関しては常に凌ぎを削り合った間柄。腕力では原田は今井をもっも恐れてる。だから“実力行使に出るなら俺が相手だ!”って凄んだ訳さ!さすがの原田もビビッてたぜ!」竹内がにやけて言う。「おい!原田が“契約破棄”を通告したらしいぞ!網にかかって来たし、女が昇降口で菊地嬢と話し込んでる!」滝が飛び込んで来た。「やっぱり、そう来たか!今井が相手なら、当然引く筈だ。菊地嬢は?」久保田が滝に聞く。「顔面蒼白だよ。ガタガタ震えてた。原田が逃げ出したんだから、援軍は来ない!孤立無援で明日を迎える事になる」「滝さん、原田の耳に入る様に逆情報を流してくれ!“男子が大同団結して明日を迎える”とな!」長官が直ぐに反応する。「了解、直ぐにかかりますよ」滝は6組へ向かった。「ワシからも小佐野を通じて、逆情報を流す。参謀長、敵の空母は1隻だけ、護衛艦も僅かだし直援機も居ない。そうなれば、一斉砲撃すれば撃沈出来るな!」「問題は、どのタイミングで仕掛けるかですよ。菊地嬢を逆上させられれば尚効果的に、優位に立てますからね。竹ちゃんと久保田達が動くと同時に笠原さん達にも態度を鮮明にしてもらう。そして長官と僕で沈める。この筋書きでいいんじゃありませんか?」「大筋はな。だが、最後の魚雷は参謀長が発射して欲しい。話はケースバイケースになるだろうが、上手い事沈めてくれよ!」長官の注文は厳しい。「分かりました。何とか意に沿う形でやって見ましょう。でも、最後のオチは伊東が“採決”をして落としてくれよ!」「それは言われなくてもやるさ。委員長の職権でな!」「長官、あたし達は男子の動向を見てから動けばいいの?」笠原さんが聞く。「千里が見極めて動けばいい。発言もしなくていい。ともかく続いてくれれば、ワシらで決着させるから心配はするな」長官が優しく言う。「俄然有利とはなったが、相手は強敵。1歩間違えば奈落の底へ真っ逆さまに変わりはない!皆、心してかかってくれ!」長官が周囲を一瞥して言うと「おう!」とみんなが応じた。機は熟した。

決戦当日の朝、僕とレディ達は最終の打ち合わせに入った。「僕が合図するまで動いたり発言したりしないで欲しい。菊地嬢を出来るだけ、けん制して逆上させるのを待つんだ。落ち着いて行動してくれよ」「Y、これで本当に最後だよね?バラバラにならないよね?」さちが代表して聞いて来る。「大丈夫だ。今日を境に潮目は変わる。悪い方向へ行くことはもう無いよ」僕は静かに言い聞かせた。「ともかく、Yの指示通りに。みんな、頼んだわよ!」道子が不敵な笑みを浮かべながら言う。5人のレディ達は黙して頷いた。そして、ホームルームは始まった。「今日は、クラスの諸問題の解決について審議を行う。菊地からの提案について、忌憚のない意見を出し合って、より良い方向を決めてくれ!伊東、小松、進めろ!」正副委員長が登壇して、いよいよ決戦の幕が切って落とされる。

「では、審議に入る。菊地!主旨説明と意見を述べてくれ」伊東が菊地嬢を指名した。彼女は自信タップリに話始める。「皆さん、入学式からおよそ3ヶ月が経過しましたが、未だに私達のクラスは一体感に欠ける有り様。特に男子の日和見的姿勢は、眼を疑いたくなる惨状です。まるで“見えない壁”があるかの様にクラスを分断しているのは、みなさんもお気づきですよね。何故、この様にまとまりに欠けるかは、お分かりでしょう?委員長の力量に明らかに問題があるからです。私は、この状態を改善するために、委員長を解任して新たな体制を構築する事をここに提案します。強力な指導力と強いリーダーシップに寄って、“壁”を取り払い、男子を教育し直して無駄な時間を空費させず、融和を図り、秩序を作り替えるのです!それが出来るのは、私を置いて他には居ません!クラスのために誠心誠意努めて参ります!どうか御承認を宜しくお願いします!」拍手は無い。女子も反応は出さない様だ。「何か質問は?意見はありますか?」伊東が問う。ここからが勝負だ!今井君が手を上げた。「僕は、委員長を変える必要性を感じません!何故なら・・・」と言いう途中で、男子が次々と席を立って黒板の前に並んだ。「ここに居る者達は、みんな伊東の続投を希望するからです!」と力強く言い放った。残って居るのは、長官と僕のみだった。男子は今、初めて団結を明らかにに示したのだ!「山岡君!Y君!貴方達はどうなのよ?」「言う間でも無い。ワシは、伊東を支持する!」長官も席を立って正面に並んだ。「さあ、あたし達も行きましょう!」笠原さんを支持する女子達も前に並んだ。未だに態度を保留しているのは、菊地孃のグループと僕等のグループだけになった。「何よ!この卑劣極まるやり方は!あたしを誰だと思ってるの?実力では伊東なんかに劣る筈の無い、真のリーダーよ!従わないなら覚悟はしてるでしょうね?」菊地孃は逆上し始める。予定の路線だ。もう少しで形勢ははっきり決まる。僕は5人のレディ達に合図を出した。道子を先頭に5人も前に並んだ。「貴方の腹の内は?」菊地孃が、目の前に立った。後に、みんなから言われる事になるが、その時の僕の表情は¨人を殺めるが如く鬼気迫るモノ¨だったと言う。眼を合わせると微かに菊地孃は怯んだ。「最初にもう一度言うが、クラスメイトを上から見下す様な発言は止めろ!立場は対等なんだ!特にレディ達に対しては、そう言う口は2度と聞くな!」僕は席を立って1歩前に出た。完全に菊地孃は怯んで居てジリジリと後退する。「アンタに委員長の椅子に座る資格・権利は無い!私利私欲のために、クラスを混乱に陥れ様とするな!誰のためでも無い¨みんなのため¨を思って、日々額に汗して駆け回った伊東こそが¨真のリーダーであり委員長¨だ!アンタは、クラスのためと言うが、どれだけの事をして来た?具体的に言って見ろよ!」菊地孃は沈黙するしか無かった。「何も言えないと言う事は¨何もしても来なかった¨と見なすぜ!口先ばかりで中身の無い者に委員長たる資格は無い!茶番劇で転覆を企むとは笑止千万!座して結果を見るがいい!」菊地孃は膝から崩れ落ちた。僕も前に並んだ。「委員長!採決を!」長官が言う。「採決を取る必要性は無いでしょう。反対多数!本件は否決されました!」伊東が宣言すると自然に拍手が広がった。伊東は長官と僕に握手を求め、互いに固く握手を交わした。先生も満足したのか笑顔で拍手をしている。事は決した。菊地孃の¨クーデター計画¨は頓挫し、僕等は主権を維持したのだった。

それから半月後、7月も半ばを過ぎて梅雨明けも目前になった頃、「ねぇ、ねぇ、ねぇ、赤坂くーん!」有賀の良く通る声が教室に響く。「何だよ!」赤坂はうんざりしたかの様に答えるが、表情はそうでも無い。2人は何気なく話始める。「よく続くぜ。今やお決まりの¨アカサカくーん攻撃¨だが、アイツもまんざらでも無さそうだし」久保田が苦笑しつつ言っている。「そういう久保田君は、誰かに言ってもらいたく無い訳?」副委員長の小松が突っ込みを入れる。「あからさまなヤツはごめんだ!」と言うが久保田も穏やかに、自然体で話している。「空気が変わったな。道子、これ程までにガラリと変わるとは以外だよな?」竹ちゃんが言うと「やっとここまで来たねー。¨見えない壁¨があった何て思えないわ。でもさ、これが本来有るべき姿。もっと進化させなきゃ!あれ?さち、堀ちゃん、Yはどこ?」「明美先生のお呼び出しよ!」「Yと何をしてるのかな?」2人は首を傾げて居た。「噂をすれば何とやら、Yのお帰りだ!Y!何をやってたのよ!今日こそ白状しなさいよ!」雪枝が噛みついて来るし、中島ちゃんは挟み撃ちの体制を取る。「Yー、明美ちゃんと何の話?」「あたし達を差し置いて何をこそこそしてるのよ!」堀川とさちも加わり、僕は完全に包囲された。「野暮用だよ。梅雨明け後のお茶の相談さ。アイスティーが作れないかと思ってね」僕は正直に話すが、4人は納得しようとしない。「嘘をおっしゃい!問答無用!行くわよ!」さちの号令の下、僕は両手を掴まれて身動きを取れなくされて、吊るされる。「誤解だ!誤解!」「何してたのよ!正直に吐きなさい!」「あたし達を見捨てるつもり?」さちと堀川が尋問を始める。「やれやれ、参謀長も形無しだな」竹ちゃんが笑って言うし「4人相手に良く続くものだわ!」と道子がため息混じりに言う。誰もが¨見慣れた光景¨として茶化す事も無い。垣根は消えて男子も女子も仲良く雑談や勉強にいそしんでいる。やっとここまで漕ぎ着けたのだ。ただ、菊地孃だけは数名で孤高を保ってはいたが。「4対1で良く渡り合えるな!絶妙のバランスだ。俺はとても真似出来ねぇー!」竹ちゃんが呆れて言うと「Yだから出来る芸当よ。彼以外には誰もがやれる事では無いの。誰か1人に決めるなんて、Yには無理な相談よ!1人ぼっちが何よりも辛いのを知ってるからこそ、ああやって必死にバランスを取る。優しすぎるのが、良いとこでもあり、欠点でもあるのよ」道子は僕等の方を見ながら呟いた。「そうかも知れねぇな!参謀長の性格からしても、1人に絞るのは主義じゃあるまい。4人を平等にしなきゃ治まらないんだろう?」「さちも堀ちゃんも雪枝も中島ちゃんも、本気で怒ってなんかいないの。Yとじゃれてるだけ。あの光景を見てても“誰も茶化したりしない”今の雰囲気があるからこその“お遊び”なのよ。Yが日々真剣に考えてるのは、4人の事もそうだけど、クラス全体の雰囲気を壊さない事。自分の事は常に後回し。でも、いい加減Yも楽になって欲しいし、堀ちゃんの事を思うとYを堀ちゃんに託したいのが、あたしの本音。竹ちゃん、どうにかならないかな?」道子が竹ちゃんをみて言う。「俺もそうは思うが、4人を説得する自信はさすがにねぇよ!現状維持にしとかないと、道子としても不安じゃないか?」「うーん、理想は堀ちゃんなんだけど、あれを見てると何が“正しい”のかを言う自信は無いのよ。Yは“おもちゃ”としては他に換えようが無い、唯一無二の存在だから」「取り敢えず見守るしかねぇな!参謀長としての力量を考えれば“誰も届かない”知識と分析力に洞察力を持ってるし、4人の女子を支え飽きさせないと言うか、こっちも“誰も届かない”力を発揮してる。彼が倒れない様に俺達で見てるしかねぇよ!」2人が言い合う中、僕達はギャーギャーとじゃれていた。「大人の女に何か渡さないわよ!」さちの眼が吊り上がる。「だーかーら、誤解だってば!」僕の良い訳は通用しなかった。

金曜日の帰り道、7人で“大根坂”を下り始めると僕の鞄からノートや参考書の類が次々と引き出されていった。それを見ていた竹ちゃんが驚いて「参謀長、略奪に合ってるがどう言う事だ?」と尋ねて来た。「別に、貸してるだけさ。さちが“世界史”、雪枝が“日本史”、中島ちゃんが“生物”を持って行っただろう?早ければ明日には返してくれる。写し終えたらね」と言うと「Y、いつもの入れとくね!」と堀川がノートを押し込みに来て左横に並んだ。「堀ちゃんは反対に“数学”のノートを貸してくれるんだ。今晩、要点を丸写しにするのさ」と何気なく言う。「こりゃあ、どう言うシステムなんだ?」竹ちゃんが不思議そうに聞くと「みんな苦手を克服するためにやってるのよ」と道子がフォローを入れる。「さちと雪枝はYのノートと参考書で自分のノートの補完をするの。中島ちゃんは補完もするけど、Yの字を見て“習字”をしてるの。彼女“Yの字を真似て綺麗に描く”って目標があるし、生物は得意ではないから、復習も兼てね」と堀川が解説をしてくれる。「相変わらず抜け目のないヤツらだな!相互援助もここまで来ると脱帽するしかねぇ」「Y、あたしと雪枝とでノートと参考書交換するから、返すのは月曜でいい?」さちが聞きに来て右側に寄り添う。「ああ、だが、月曜日に忘れて来るなよ!こっちが困るから」「今まで忘れた事ある?雪枝はともかく」さちが勝ち誇るかの様に言うと「あー!あたしを悪者にするなー!」と雪枝が立ちはだかる。中島ちゃんは熱心にノートに見入っていて、みんなから遅れ始めていた。竹ちゃんがノートを覗きに立ち止まる。「なーに見入ってんだよ!」「Yのフルネームの書き方を研究中!3通りの書き方があるのよ。縦方向に伸ばす書き方と全体を押し潰したように書く方法。それと普通に書くやり方。マスの大きさや書類によって書き方を自在に変化させてるけど、字の崩し方はみんな一緒。パッと見て読みやすい書き方をYから拝借させてもらうの!」「少しは効果はあるのか?」「勿論、あたしの字少しづつ変わってるよ。見て見る?」中島ちゃんは竹ちゃんに自分のノートを見せた。「ほー、これは、これは、随分変わったな!」「でしょ!少し肩の力を抜いて、落ち着いて書くと全然違うの!コツはYも教えてくれたよ」「中島、置いて行かれるぞ。急ごう!」「あっ!待ってよ、みんな!」中島ちゃんが走って追いついて来る。竹ちゃんも道子の隣に戻った。「4者4様か。参謀長、疲れないのか?」「休養は取ってるよ。地理の時間は重要な“休憩時間”だよ」「えー、サボリかよ!テストで赤点にならねぇのかよ?」「平均より上は取れるし問題無し!」「Yらしいけどね。基本を押さえてる教科は“手抜きで構わない”って言うし、実際点数取るし。メリハリは付けてやってるならいいんじゃない?」さちが言う。「地理もだけと、日本史や世界史に関しても、中学時代に高校の参考書を読破してるって言うから、半分休んでるも同然なの。ただ、2人のためにノートを作ってはいるけどね」堀川が笑って言う。「タダ者じゃねぇな!参謀長の頭の中はどうなっているんだ?」「それはね、大きな金庫があって、無数の引出しに別れてるのよ。その中はありとあらゆる知識が整然としまわれてるの。だから、どんな時も慌てずに推理や作戦が立てられるって訳」雪枝が僕の頭を突いて言う。「脳の構造が違うのか?」「いや、人はみんな平等だよ。違いなんて無いさ」僕はキッパリ否定した。「4人相手で疲れねぇのかよ?」竹ちゃんが心配する。「別にどうって事は無いさ。今までもやって来てるんだし」僕は肩を竦めて言う。さちと堀ちゃんが微笑む。「参謀長、1人に絞るのは、やっぱり無理か?」竹ちゃんが諦め半分に聞く。「竹内君!あたしにYを諦めさせるつもり?」「あたし達からYを取り上げるの?」さちと堀ちゃんの眼が、たちまち吊り上がる。「そっ、そうじゃなくてもさ、友達なんだからその・・・、参謀長の自由な意思をだな・・・」「あたしと堀ちゃんは¨共同戦線¨を締結して決めたの!Yはね¨共有財産¨として管理するの!雪枝も中島ちゃんも同意見だよ!」「Yを独占出来るのは、あたし達だけ。他には見向きすらさせるもんですか!」さちと堀ちゃんの剣幕に、さすがの竹ちゃんも引き下がるしか無い。「道子、どうすりゃいいんだよ!参謀長が潰れちまう!」と竹ちゃんが言った瞬間「それってあたしの事?」さちが鋭く一瞥をする。「いえ、その様な事は・・・」道子がクスクスと笑う。「竹ちゃん!無理、無理!4人からYを引き剥がそうとすれば、タダでは済まない。Yは4人にとって¨父親¨の様な存在であり¨ホーム¨なの。あたしにしてもそう。例え竹ちゃんと喧嘩しても、逃げ込む先はYのとこになるわ。かけがえの無い¨家¨。それがYなのよ」「うーん、でも、それじゃあ参謀長の¨自由と個人の意思¨は封印されたままじゃねぇか?」「いえ、Y自らが¨選んだ道¨だもの。本人はまったく気にしてはいないの。自分の事は¨常に後回し¨なのよ。それを止めさせ様としても、Yは拒否するはず。そういうヤツなのよ」道子は諦め顔で言う。「ならば、俺達で見守るしかねぇな!道子、参謀長がどう言う時に体調を崩すか?知ってるよな?」竹ちゃんが小声で言うと道子は「分かってる。竹ちゃんには、まだ話してなかっわよね。Yは、保育園の時に半年間起き上がれなかった事があるのよ。原因不明の大病でね、今でも時々崩れる事はあるの。先月もおかしい事はあったのよ!」「だったら、尚更、気を付けねぇといけねぇな!陰からしっかりと見てやらねぇと義理を欠く事になる!俺達に出来る事はキッチリ果たしてやろうぜ!」竹ちゃんは道子を見つめて言った。「うん!それがあたし達の恩返しね!」道子も頷いた。

期末試験が終わると同時に梅雨が明けた。夏空と強い日差しが照り付けた。そんな中、“夏期講習”の日程が発表された。僕等は“任意”だったが、“強制執行”となる者も多数いた。残念ながら、久保田や竹ちゃんは真っ逆さまに落っこちてしまった。「面目ねぇ、夏休みも勉強かよ・・・」竹ちゃん達はガックリと肩を落とした。「まあ、そう悪くもないぜ。僕等も全日程に参加する事に決めたよ!」と竹ちゃんの肩を叩いた。「えっ!お前さん達も出るのかよ?!」「ああ、レディ達も含めてね!竹ちゃん付き合うよ!」「そう言ってくれるとありがてぇ!どんな援軍より頼りになる。ところで参謀長、例の“開発”も同時進行か?」「ああ、水面下で滝と共同開発してる“例のヤツ”の事だろう?基本設計は終わったから、製作にかかる予定だよ。どっちにしても休み中に終わらせないと、マスイ事になるからね」僕は小声で言った。僕と滝は“盗聴器”の開発を連日、打ち合わせて続けていた。1度は諦めたものの、やはり今後の事を考えると、原田の居る3組の動向を把握するには“何かしらの手立て”をして置かねばマズイと言う結論に至ったのだ。時期的にも夏休みに入り、校舎内に人気はまばらにもなる。“工事”をするにしても、都合に見合ったのだ。「出来るなら矢を射て置く事に越したことは無い。何とかやって見てくれ!」と長官も期待しているのだ。「Y、先生が呼んでるよ!」中島ちゃんが知らせに来た。「朝っぱらから何だろう?」「厄介事で無けりゃいいが、キナ臭い匂いがするぜ!」竹ちゃんが心配する。僕は生物準備室へ急いだ。「失礼します。何かありましたか?」と言うと「済まんが探って欲しい案件がある!」と先生が頭を抱えて言う。「赤坂が狂った。成績が急降下した上に、白紙答案を出した。極秘裏に赤坂の周囲を調べてくれ!何か出るはずだ!」先生は苦虫を噛んだように言う。「あの真面目人間が白紙答案ですか?」僕も内心驚いた。「クソ真面目が災いしたとしか思えん!自力での浮上は不可能だな!」「では、彼に浮上するきっかけを与えろと?」「そうだ、医者代わりに動いて貰いたい。勿論、この話は必要最小限の範囲に留めてくれ。本人に悟られぬ様に水面下で“治療方針”を決めて、夏休み中にケリをつけるんだ!」竹ちゃんの予想は大当たりだった。厄介にして最大の難物の今後を救え!と言うのだ。相手はクラス1の真面目人間赤坂君。コードネームは“ねぇねぇのおもちゃ”だった。

life 人生雑記帳 - 8

2019年04月05日 14時59分43秒 | 日記
土曜日がやって来た。さち、は来週には¨復活¨出来るメドも立った。だが、大気の不安定な状態は改善せず、相変わらず、午後からは雷雨の予報が出ていた。朝は快晴だが、午後は分からない¨気まぐれ¨だった。バス通なので4人が追い付くのは時間の問題だったが、その日は¨珍客¨が追い付て来た。「参謀長、オス!」「竹ちゃん!珍しいな!早起きが苦手じゃ無かったかい?」「そうも言ってられねぇ事情があるんだ!顔を貸してくれないか?」「それは構わんが、もう少しすると賑やかになるよ!」「Y、おはよー!って、竹内君?どうしたの?こんなに早くに」雪枝達全員が驚いた。「わりぃーけど、参謀長に用事があってさ。頑張って出て来たのさ。ちょいと拝借してもいいかな?」「それは、いいけど長くなりそう?」道子が言うと、「手間は取らせねぇよ!じゃあ、悪りぃけど貸してもらうぜ。参謀長、2人サシで聞いてくれねぇか?」「ああ、みんな先に行っていいよ。それで、竹ちゃんどうしたの?」「実は、道子の事なんだが・・・、参謀長!道子を譲ってくれねぇか?マジで俺、道子と付き合いたい!」竹内は真剣に頭を下げた。「竹ちゃん、何か勘違いしてない?それは、道子に言わなきゃならないセリフだろう?どうして僕の同意を求める?」「それは・・・、長官に言われてさ。¨参謀長のレディ達なら、まずは同意を取り付けろ¨って、言われちまってよ。それで、その・・・、」「僕が彼女らの管理人?それは、無いよ。恋愛と友情は別物だろう?好きなら、正々堂々と“かっさらって行けばいい”じゃないか!竹ちゃんなら相手とすれば¨申し分が無い¨し、道子もその気になるんじゃないかな?」「えっ!参謀長!いいのかよ?俺、本気で“かっさらっちまうぞ”!」「1人で5人を抱えるなんてあり得ないだろう?恋愛に関しては、僕は何も感知しないし“本人の意思を尊重する”つもりだよ。そうでなくとも、道子については、行く行くは“竹ちゃんに託そう”って考えてたとこだしな!先の“香水事件”の時に、“竹内君が香水たまに付けてるよ”って教えてくれたのも彼女だ。どうやら道子も意識的に竹ちゃんの背中を追ってるんじゃないか?これを逃す手は無いぞ!」「今の話、ガセじゃないよな?」「マジだ!それは保証する」「じゃあ、早速でわりぃーが“かっさらっちまうぞ”!目の前の大魚を逃がすつもりはねぇ。でも、本当にいいのか?参謀長にとって道子は“特別な存在”じゃないのか?」「それは否定しない。何しろ・・・」僕は道子と雪枝との“偶然過ぎる再会”について話した。「ひょえー、何とも“ドラマチック”な話じゃねぇか!そんな偶然ってあるんだな。だったら尚更手放すのは・・・」「僕は道子を導いて行く自信は無い!彼女の器は大きい。いや、大き過ぎる。来年の前期のクラス委員は、竹ちゃんと道子の出番になるはず。だから、今から信頼関係を作って置け!そして、竹ちゃんも僕等のグループに手を貸してくれ!伊東が基礎工事をして、次は恐らく久保田が建屋を作ってくれるだろう。それを強固にして揺ぎ無いモノにするのは、竹ちゃん!お前さんの役目になる。3期生が来る来年こそ大事な1年になる。その時までに、クラスをまとめて置くのは当然必要になるし、僕等の任務も拡大して行くだろう。今、一番困ってるのが野郎達の情報収集と動向についてだ。ここは1つ、手を組まないか?」「参謀長の条件は、それだけかい?」「道子を大切にするのは、言わなくても分かり切ってる事だろう?“伊達男、竹内”の真価は分かってる。グループの任務さえ認めてくれれば、僕がどうこう言う事は無い!任せたよ!竹ちゃん!」「それなら、俺も文句は言わねぇ!それにしても俺が“委員長”だって?マジでそう思ってるのかよ?」「長官にそこんところは言われてないか?裏では着々と人事が決まってるんだぜ!」「恐れ入ったよ!参謀長、ついでで悪いが道子との繋ぎを頼んでもいいか?」「勿論!引き受けるよ!取っ掛かりは付けよう。だが、そこから先は2人次第だ!」僕と竹内は、昇降口から教室へと向かった。レディ達は窓辺でお喋りに夢中になっていた。「道子、ちょっといいかい?」僕が呼ぶと「Y、遅い!みんなしびれを切らせてお待ちかねよ!」と苦言を呈される。「竹ちゃんが相談したい事があるらしい。聞いてやってくれない?」「うん、分かった。竹内君、何事?」僕は竹ちゃんに眼で合図すると、机に鞄を置いて窓辺に立って2人を見ていた。「Y-、あれどう言う事?」雪枝たちが心配そうに見守っていた。「静かにしてよう。2人の問題だ。竹内なら道子と仲良くやれるはず。もっとも、道子もその気になればの話だがね」「Y、竹内君が早く来た理由ってまさか・・・」「それだよ。野暮は言わないの!」僕はレディ達を懸命に抑え込んだ。

「Y、ちょっといい?」しばらくして道子が僕を廊下に連れ出した。微かに顔が赤い。「あたし・・・、竹内君に告白されたの。Y、どうすればいいと思う?」「道子は竹ちゃんをどう思う?」「気にはなってた。だから・・・、ちょっとビックリ。竹内君もYの手伝いをしたいって言ってるの。それと、“化粧品見に行かないか?”って誘われたけど・・・、どうしよう?」顔を赤らめて道子は困惑していた。「道子、竹内は真面目でいいヤツだよ。一見そうは見えないが、アイツなら間違いはない。後は、道子の気持ち次第じゃないかな?」「うん、そうだけど、Yを裏切る事になるのが・・・」「道子、それは違う。友情と恋愛は別だよ。そこんところは線を引けばいい。僕も道子が線を引いたら踏み越える事はしない。僕等もいつまでも子供じゃない。次のステップへ進んでみれば?」僕は静かに語りかけた。「Y、認めてくれるの?」「竹内と同じことを言うな。僕は“保護者”か?」「あたしにとっては“保護者同然”だもの。Yの“保護者”はあたし達5人だからさ。一応、同意は取って置かないといけないから」「許可します!2人で仲良くしていきなさい。これでいい?」「ありがとう。でも、これからもYとは色々やりたいから邪見にしないで!」「邪見になんかしないよ。道子がリーダーシップを取ってこそのグループだ。僕はあくまでも陰の実行部隊。指揮官は道子しか居ない。それは忘れないでくれ!」「うん、分かった!今日の放課後、さちのノートの総まとめに竹内君も加わってもらってもいい?」「了解!歓迎するって竹ちゃんに言っといてくれ。返事は保留してるんだろう?」「あー!全てお見通し?Yの観察眼の鋭さを忘れてた。じゃあ、返事して来るから。Y、ありがとね!」道子は走り出した。「さあ、行くがいい。新たな世界へ!」僕は道子を送り出した。ホームルーム前に竹内が「参謀長、感謝するぜ。絶対に離さねぇ!」と言って握手をしに来た。「後は、任せた!」僕等は笑って握手を交わした。

放課後、僕等に竹内を加えた面子で、さちへ渡すノートの仕上げと総点検作業が行われた。「何気に凄い事やってるんだな!進藤の分までノート取ってたとは知らなかったぜ!」竹ちゃんが眼を丸くして驚く。「僕等は、助ける時も戦う時も全力でやってるんでね。別に普通じゃないか?」「いや、ここまでやるのはあり得ねぇ!だが、長官や参謀長が言うと、普通に見えるのが不思議だ!へー、こんなに細かくまとめてるのか!」竹ちゃんは恐る恐るノートを見ている。「さちのためだもの。手は抜かないよ!それに自分達の復習にもなるから、一石二鳥の効果が出てるのよ!」道子が誇らしげに言う。「幸子、来週から“復活”するは間違いないかい?」僕が雪枝に確認を取る。「大丈夫。月曜には出て来るのは間違いないよ。“退屈で死にそう”って嘆いてたからさ」「Y、この部分だけどさ、方程式の解き方を詳しく書いといた方がいい?」堀川が僕の袖を掴んで言う。「あー、そこは僕もあやふやにしか理解してない!後で写させてくれ!」僕が頭を抱えると「俺にはチンプンカンプンでしか無い!参謀長、解説してくれねぇか?」と竹ちゃんが言う。「堀川、補習しよう。授業してくれ!」「分かった。この方程式の解き方は・・・」堀川がスラスラと黒板に書き出して解説を始めると、みんなも必死にノートを取り直す。「こんな事までやってるのか?」竹ちゃんが驚く。「普通だよ。みんなが得意分野をそれぞれに教え合ってるから」と小声で言うと「先生より上手いな。俺でも分かるぜ!」と竹ちゃんも俄然ノートに筆を走らせる。堀川が基本線を終えると、中島が応用編の解説を始める。相変わらず脱線するが、彼女なりの話術は聞いているだけでも楽しい。「参謀長は、どの教科を?」「僕は日本史と世界史と生物だよ。それぞれ、みんなのパートは違うが、全員が教える側と教わる側になる様にしてる。ノートの取り方も公開して工夫してるよ」「だから、ノートの山があるのか!やっばり凄いぜこれは!」「はい、じゃあ、まとめと点検にかかるよ!落ちが無いかキチント見てやって!」道子の音頭でみんなが一斉に見直しに掛かる。竹内は各人のノートを見て、必要とおぼしき部分を必死に写し始めた。「こんな機会滅多にねーから、ここで取り返してやる!」彼も俄然やる気になったらしい。「こら!あたしのノートをジロジロ見ないで!字が汚いの恥ずかしいんだから!」手の空いた中島が、竹内に噛みつく。「いいからもうちょっと貸してくれ!赤点取りたくはねーんだから!」竹内と中島のバトルが勃発だ。だが、決定的に違うのは両者共に笑っている事だ。こう言う雰囲気をクラス全体に広げたいものだ。「はい、はい、はい、2人共その辺にして!見直しいいかな?」道子が統率を執り始める。「OK、落ちは無い様だ。これで完成だな。では、“デイリーメッセージ”を書き込むか。今日はどうする?」僕はみんなに尋ねる。「“中島と竹内君のバトル勃発”でいいんじゃない?」雪枝が笑って言う。「それはダメ!差し替え希望!竹内君!そろそろ返してよー」中島は地団駄を踏んでゴネる。「“今日から竹内君参戦”はどう?」「それで行こう!堀ちゃんイラストを添えてよ」道子が決定を告げる。「ちょっと待ってね」堀川がイラストと共にメッセージを書き入れる。「これでどう?」「いいねー。完璧だよ!」「面白いね。Yのアイディアに脱帽!」こうして、さちに渡すノートは完成した。道子が紙袋に入れて慎重にしまい込む。「さあ、みんな帰ろう!」

いつもの帰り道、竹内が加わる事で話に花が咲いた。「参謀長、こう言う雰囲気をクラス全体に広げなきゃならねーな!」竹ちゃんがしみじみと言う。「そうだよ。だから竹ちゃんにも加わってもらったのさ!野郎共も日和見を止めて、打ち解けてくれれば雰囲気はガラリと変わるし、風通しも良くなる。そう言う日を1日でも早く迎えなきゃならない!伊東や長官の願いもそこにあるんだ!」「でも、菊地嬢は?ここ2日は休みだが、また何か仕掛けて来るんじゃねーか?」竹ちゃんの懸念は的を射ていた。「恐らく、また仕掛けては来るだろう。それは疑いの余地は無い。でも、それを水際で食い止めるのが僕と長官の役目だ。むしろ竹ちゃんは、野郎達の尻を叩いて溶け込みやすい方策を考えて欲しい。菊地嬢はこっちで叩き潰す!」僕は決然と言った。「了解だ。俺も今日、初めて思い知った。折角クラスメイトになったんだから、もっと互いに歩み寄って行かないとダメだ!参謀長とレディ達の関係みたいにな!これが“当面の目標”だが、もっと良くする事を考えねぇといけねぇ」竹ちゃんは豪快に笑う。その左には道子が寄り添っている。「Y、来週は自転車に戻す?」堀川が聞いて来る。「天気予報次第。濡れて帰ったら幸子の二の舞になるから、当日にならないと何とも言えない。どっちにしても朝は真ん中当りで待ってるよ」「分かった。傘また置いて来ちゃったから、来週まで待って!」「おー、忘れるなよ!」堀川と中島と雪枝は、じゃれながら先を歩いている。「参謀長、堀川とはどうなってるんだよ?」「竹内君、Yはね、今は長官と命懸けで奔走してるのよ。見れば分かると思うけど、現在は堀ちゃんの一方通行のままよ。Yの尻も叩いて置く必要はあるけどね、クラスが落ち着くまでは無理みたい。さちも、そこは気にしてる」道子がため息交じりで言う。「隅に置いとく訳にもいかねーな!参謀長!期待に答えてやれよ!」竹ちゃんが僕の背中を叩く。「そうしたい気持ちが無いんじゃ無いよ。でもさ、余りにも事が多くて手が回らないのが本音だ」僕はうな垂れるしか無かった。「そこは、今度から俺達が何とかするからさ。彼女の気持ちに答えてやれよ!」「ああ、いずれは決めなきゃならない事だからな。次のヤマを片付けたら返事を考える」「“次のヤマ”って何だ?」「菊地嬢の最後の悪あがきさ。既に事は動いてる」「本人不在でか?何を掴んだ?」「3組の原田が菊地嬢と手を組んだらしい。犬猿の仲にも関わらず、利害が一致した様だ。3組は原田が掌握してるが、ウチを傘下に置くつもりの様だ。コイツだけは絶対に阻止しなくてはならない!」「そんな話が進んでるのか?!それだけは許せねーな!長官と伊東は知ってるのか?」「知ってる。だが、手が足りないし、確証はまだ掴み切れてない。阻止するとしたら、竹ちゃんや久保田にも応援をしてもらわないと無理だ。原田を止めるには、クラスをキッチリ固めて置かないと、現状ではスキだらけだ。伊東は壁を固めるべく動いてる。竹ちゃん、手を貸してくれよな!」「言われなくても手は出してやる!久保田にも言っといていいか?」「頼むよ。1人でも多く集めて欲しい。これは、本当に最後の決戦になる!」「竹内君、Yを頼むね。そして、早く堀ちゃんの気持ちに答えられる状況にしてあげて!」「そこまで言われなくてもそうするつもり。野郎達の意地を見せてやるぜ!参謀長!次で決着させようぜ!」「ああ、必ずな!」僕と竹ちゃんは決着を誓った。血で血を洗うであろう決戦は迫っていた。

その日の夜、滝から電話がかかって来た。「菊地の動きを掴んだぞ!彼女、休んでる間に着々と手を打ってるらしい」滝の声は明るい。「こっちの“仕掛け”に引っかかったか?」「ああ、6組に居るヤツが情報を掴んだ!」「何をやってる?菊地嬢は?」「原田と取引を成立させた様だ。委員長の椅子を担保に、“人質”を差し出すと言ったらしい!」「“人質”とは、俺と長官か?」「ビンゴ!原田は“ブレイン”を欲しがってる。お前と長官を囲い込んで、意のままに操るのがヤツの狙いさ!そのために、あらゆる“要求”を呑むと言ってるぞ!」「悪いが、そのヨタ話に乗るつもりは毛頭ない!原田は何を用意すると言ったか分かるか?」「女に昼メシに、専属の秘書とか言ってたな。より取り見取りだそうだ!」「長官はこの話、知ってるのか?」「先に話してあるよ。“その様な事は断じて許さん!”って言ってたし、お前にも告げてくれとの仰せだった!」「滝、盗聴器を仕掛けられないか?」「おい、おい、マジか?どこに仕掛ける?」「3組の教室さ。直に原田の言動が聞ければいいが、手は無いかい?」「秋葉原が隣なら直ぐにも行けるが、如何せん遠いからな。それに“予算”をどうする?」「ローコストで行くなら、FMトランスミッターの方が現実的だ!放送室に転がってるヤツを改造出来ないか?」「同じことを俺も考えたよ。だが、“弁当箱サイズ”に詰め込んだとしても、マイクと電源の問題に突き当たった。雑音を覚悟でマイクに眼をつぶるとしても、電源が無いんだ。それに“明らかな不審物”にする訳にも行くまい!」「なる程、もっともだな。外側を別の筐体で擬装するとしても、電池では無理か?」「どうやって交換する?半日くらいしか持たないぞ!」「そうなると、AC電源か。変圧器が邪魔して小型化を妨げるって言うだろうな?」「当たり。今の電子部品では小型化するのは限界がある。盗聴は不可能だな」「となると、人が頼りだ。原田の女性関係は分かるか?」「あまり付き合いはないらしいが、4組に同級生にして同志の女は居る。それがどうした?」「その女の友達に網を張るんだよ!お喋りのついでにポロリと行けば儲けもの。その線で行けそうか?」「ふむ、長屋作戦か。ご近所に網を張るとは思うまい。OK、繋ぎを付けて見よう!可能性はゼロじゃないしな」「悪いが頼むよ。面と向かって行くのはNGだが、長屋に耳を仕掛けるとは原田も考えないだろう?一か八かだが、価値はある。月曜に長官と相談しよう」「手筈を考えとくよ。じゃあ、そう言う事で。おやすみ!」滝は電話を切った。

月曜日、鉛色の雲に覆われた空からは、時折雨が落ちて来る。やむを得なくバス通としたが、足取りは軽かった。さちが戻って来る。そう考えると心は弾んだ。¨大根坂¨の真ん中当たりでしばらく足を止めて待っていると、6人が登って来るのが見えた。「もしかして、竹ちゃんもか?」「参謀長!オス!」「Yー、おはよー!さちが戻って来たよー!」マスクはしているが、さちは「Y、悪かったね。もう、大丈夫だから」とはっきりと言った。「竹ちゃん、どう言う風の吹き回し?」僕も歩きながら聞くと「生活改善策だよ。自堕落な生活ばっかりじゃ委員長の椅子に座れねぇ!腹括ったぜ!それに、道子と登校するなら必然性があるだろう?」「そう言う事か。いいね!長官との話し合いにも同席してくれ。実は、兵力不足で困ってるんだよ」「そんなにヤバいのか?」「手は尽くしてるんだが、相手は3組の原田だ。実力行使に出られたらアウトなんだ」「と来れば俺の出番!って言ってもいいな。久保田も乗り気になってる。野郎達をその気にさせるのは、俺達に任せてくれ!伊東の援護に手は貸すぜ!」「ああ、荒事は極力避けるつもりだが、男子の結束は不可欠だ。竹ちゃん達に一任するよ!」僕等は話し合いながら教室へ雪崩れ込んだ。「さちー、はい!これが休んだ分のノートだよ!」道子がノートの束を手渡す。「えっ!えっ!教科毎になってるの?わー、こんなに細かく書いてくれてある!」さちは感激して泣き出した。「泣くなよ。当たり前の事しただけなんだからさ!」僕は肩を優しく叩く。「こんな素敵なノート、もらった事無いから。みんな、ありがとー!」さちは、涙声で言う。「良かった!さちが喜んでくれて。あたし達も頑張ったかいがある」道子も雪枝も堀川も中島も笑顔だ。「これは何?」「デイリーメッセージだよ。ちょっぴり遊んでみた」「Yでしょ?これ言い出したの」さちは、少しずつノートをめくりながら言う。「当たりー、少しでもその日の雰囲気を伝えたくてね」と言うと「どれだけ大変だったか分かるよ。Yー、ありがとー!」さちは、僕の頭を撫でる。「Y、道子から聞いた。今“最後の決戦”の真っ最中らしいな。Yの事だから何を置いても戦う覚悟だろう?だけど、無理はするな!あたし達の“保護者”なのを忘れるな!あたし達を置き去りにする事は許さないから!何があっても必ず戻れ!あたしとの約束、必ず果たすために戻って来い!」さちは、真剣な顔つきで言って頭を撫で続ける。「分かった。さち、必ず戻る!」僕は笑顔で言い、さちの手の上にそっと手を重ねた。「参謀長!」伊東達が呼んでいる。「Y、行って来い!」さちが背中を押した。

「そうか、やはり“盗聴”は無理か、して変わりの手立ては?」長官の表情は冴えない。「“長屋作戦”で行きます。原田には、4組に同級生にして同志の女子が居ます。その女の友達に網を張ります。菊地嬢が裏切る事を原田は危惧しているはず。必ず女と接触して手を回しにかかるでしょう。手間はかかりますが、ポロリと漏れるとすればそこしかありません!」「ふむ、まさか長屋に網とは原田も思うまいか。繋ぎは?」「既に手配済みで、今朝から網は張ってありますよ。何か引っかかれば直ぐに知らせてくれます!」滝が答えた。「伊東、“壁の構築”具合は?」「ここに居ますが、竹内と久保田が手を貸してくれるそうです」「まずは今井を落とす。そうすりゃ久保田のとこと合わせて7割は動員出来る。問題は赤坂だ!」竹ちゃんが言い問題を指摘する。「竹、それはこっちで手を考えてある!」伊東が僕を見る。「参謀長、有賀を焚きつけて赤坂を落とせないか?」「やっぱりそう来るか?!漏れなく佐藤もオマケで着いて来るが、やって見る価値はあるな。分かった。火は付けとくが、その代わり大火事になっても責任は取れないぞ!」「その前に消火チームを送り込むさ。そっちは竹と久保田の領域だ。竹、任せるぞ!」伊東が水を向けると「あいよ!これで野郎共の共闘は組める!」と竹ちゃんが自信を覗かせる。「女子はどうするんです?参謀長のとこはいいとしても、笠原グループへはどう通知します?」伊東が長官を見る。「ワシから話して置く。“慌てず、騒がず、日和見に終始しろ”とな。参謀長のとこのレディ達にも言い含めて置いてくれ」「分かりました。そうすると、後は、いつ挙兵するかですね。今週中か来週まで待つか?」「小佐野の情報では、原田は電光石火を言っている様だが、菊地嬢はどうするつもりか?今のところ気配は見せておらんだろう?そこをどう読む?」長官が思慮に沈む。「ちょっとごめんなさい。Y、これ、先生からのメモ」中島が届けに来た。「ありがとう。これ、どうしたの?」「預かったまでよ。とにかく見て置いて」中島は素早く戻って行く。僕は急いでメモに眼を走らせる。「そう来たか!長官!」僕は長官に先生のメモを渡す。「うぬ、これは・・・、正攻法で来るとはいい根性だ!」メモが回覧される。全員の表情が変わった。“明日の生物の授業をホームルームに変更する。伊東に連絡をして置け。内容はクラス内の諸問題について、菊地より提案があるのでそれを審議する”と書かれていた。「小癪な女狐め!真正面から突破を図るつもりか!」伊東が唇を噛む。「こうなると原田も動くはず!滝さん、至急網を洗ってくれ!何か出るはずだ!」「了解!6組へ行って来る」滝は教室を飛び出した。「赤坂を落としてる暇はねぇ!伊東、現有の戦力で対抗するしか手はねぇぞ!俺は今井の説得を久保田と急ぐ!」竹ちゃんも動き出した。「参謀長、理論武装をしている暇がない!こうなれば偵察抜きで攻撃機を出すしかあるまい!1次隊はいいが、2次隊は完全に“場当たり的”に出すしかないぞ!」「はい、しかし、2次隊は温存して直衛機を増やす方が現実的では?菊地嬢も仕掛けてくるのは1度だけでしょう。爆弾を落として混乱させればいいのですからね。むしろ、守備を固める直衛機を増やす事です。揺るがなければ転機を掴む目も浮かぶでしょう。どの道、賭けになるのは明らか。どっちがしっかりとした基礎を持っているか?で決まります!」「数の論理が通じない以上、議論の行方を左右するのは“心”だ!」「今のこのクラスにどれだけ“信の置ける者達”が居るか?だな」長官と伊東が僕を見て言った。僕も頷くしかなかった。決戦は明日と決まった。クラスの命運を賭けた一大決戦である。

life 人生雑記帳 - 7

2019年04月03日 16時38分35秒 | 日記
その日の3時間目が終わった頃、幸子が発熱してダウンした。「朝、ブレザーの背中が濡れてたからな。ヤバイと思ってたが、気付くのが遅すぎた!」僕は唇を噛んだ。「Yの責任じゃないよ。それよりさ、幸子のノートを分担して取らなきゃ!Yは、日本史と世界史と生物をお願いしてもいい?」道子が言うので「了解だ。他はどうする?」「数学は堀ちゃんと中島に。現国と古文と英語は、あたしと雪枝で。放課後にみんなでノートを突き合わせて、最終確認をするって手順。どう?」「完璧だ。それで行こう!」僕は即座に同意した。次の4時間目は生物だったので、僕がノートを取った。お昼なので教室へ戻ろうとすると「Y、進藤の荷物を保健室へ運べ!親御さんが迎えに来る。急げ!」と中島先生に言い渡される。僕は大急ぎで取って返すと「幸子に迎えが来る。荷物をまとめるの手伝って!」と4人に協力を依頼して、鞄を保健室へ届けた。「ごめんね。迷惑かけて」幸子は半泣きだった。「僕こそ済まない。隣に居ながら気付かずに居るなんて、友達失格だよ。悪かった!」「そんな事気にするな。Yの忠告を受け流したあたしが悪いの。Y、ノート取っといてくれる?」「道子の発案で、みんなで分担して既に始めてるよ。放課後に持ち寄って最終確認をして、落ちの無い様に気を付けるよ。安心しな」「Y、何でみんな優しいの?」「僕等は特別な友達だろう?言われなくても自主的に動くさ。僕がへばった時にも、みんなが助けてくれたじゃん!お互い様だよ」幸子の眼から涙がこぼれる。「さち、1人じゃないよ。みんな居るんだ。辛いだろうからゆっくり休みな。なーんにも心配はいらない」涙を拭ってやりながら言うと「初めて“さち”って呼んだね。嬉しい。Y―、もう少し居てくれる?」「付き合うよ。喉は苦しいか?声がしゃがれてるよ。もしかして、風邪引くと扁桃腺が腫れて熱が高くならないか?」「当りー。Yは医学知識もあるんだね。あたしの主治医を命ずる!謹んで受けるがいい!」幸子はかしこまって言う。「委細承知。では、帰宅して安静に過ごすように命じます。熱が下がっても油断するな!」僕は静かに申し渡した。「Y、あたしを置いてくな。遅れても待ってて」「ああ、ゆっくり歩けばいい。まだ先は長い。さちを1人ぼっちになんかするもんか!必ずみんなの所へ連れて行く!」ようやく言えた一言だった。「うん、絶対だよ!」「忘れないよ!」こぼれ落ちる涙をもう1度拭いてやりながら僕は静かに言った。さちが少しだけ笑った。

幸子を迎えの車に乗せ、鞄を手渡す時に「さち、待ってるからな。元気になって戻れ」と僕が言うと「うん、待っててよ。必ず追い付くから。Y、ありがと」と言って手を伸ばした。そっと握りしめてやると、少し笑って手を離した。車が走り出すのを見届けると、僕は弁当箱を手にして、生物準備室へ駆け込んだ。昼休みの半ばは過ぎている。「アールグレイをホットで!」と言うのも早々に弁当を流し込む。「Y、さちはどうだった?」雪枝が遠慮がちに聞いて来る。「病院へ向かったが、今晩が¨山場¨だな。扁桃腺が腫れたら、相当に苦しいはずだ。雪枝も分かるだろう?」「うん、覚えてたの?あたしの風邪のパターンを?」「咳き込んで高熱で四苦八苦だろう?幸子に聞いたら、同じようになるらしい。微かに頭の隅に残ってたから確かめて置いた」と言うと「さすがはYだね。でも、そうなると今週は¨全滅¨を覚悟しなきゃならないね。うーん、何とか切り抜けようよ!さちのためにもさ!」道子は計算をやり直すつもりらしかったが、取り止めた。5人で総力を出せば行けると踏んだ様だ。「扁桃腺の腫れを治す手はないの?」中島が言うが「“摘出”、つまり切るしかないんだよ!こればっかりはさ!」「あたしも、小学生の時に取ってもらってるの。それまでは高熱で何日も休んだから、辛さは分かるな」と堀川も返して来る。「さち、大丈夫かな?」中島がポツリと言う。「個人差があるから、一概には言えないが、大丈夫だよ!必ず戻るさ。おっと、後10分しかないじゃん!次は古文か。戸田先生の悪筆をプロットするとなると、相応の覚悟がいるな。立たされてる暇はないぞ!」「Yと他の男子だけだよ。¨立っとれ¨を食らうのは!」中島が笑いながら追い討ちをかける。「寝てる暇は無い。マジでやらなきゃノートは完成しないじゃん!集中、集中だ!」僕はオマジナイを念じた。強敵、戸田先生の授業は、いつになくスラスラと染み込む様に理解出来た。

その日の放課後、みんなでノートを持ち寄っての“校正”をやると、意外な盲点に気付かされた。「改めて見ると、自分のノートの書き方の甘さを痛感するな!幸子に伝えるには“他人にも分かる”書き方を意識しないとダメだ。これじゃあテストで点数が取れる訳が無い」僕が自虐的に言うと「本当にそう。あたしも意識を変えないとダメ!“伝える”って事は“如何に分かりやすく書くか?”に行きつくね。シンプルでもいいから、要点をしっかり書く!基本を忘れてたのを痛感させられるね」道子も唇を噛む。「堀ちゃんは、合格だね。要所をしっかり押さえてる。あたしも参考って言うか、やり方を変えようと思う!」中島も言う。「でもさ、こうやってみんなのノートを突き合わせると、聞き逃してる点があるのに気付けるから、改めて勉強になるね。それぞれの良いとこを取り入れていけば、あたし達のレベルアップにもならない?」雪枝は逃さずに書き留めながら言う。「そうだな。授業を改めてプレイバック出来るから、僕としても助かるな。道子、これが狙いかい?」「別にそんなつもりは無かったけど、意外な効果にあたしも驚いてるとこ」「堀川、数学のノート見せてくれない?」「うん、いいよ。でも何で?」「堀川の書き方・取り方を参考にするため。“起承転結”って言うじゃない?それを実践出来てる人のを見るだけでも、自分の欠点が見えるからさ、明日からのノートの書き方を意識的に変えて行こうと思ってね」僕は、ノートを隅々まで見て、眼に焼き付けようと躍起になった。「Y、あたしの字汚いから、ジロジロ見ないでよー!」堀川が悲鳴を上げる。「何を言うか!こんな機会は滅多に無いから、1字1句も疎かにしないよ!うーん、これは僕も取り入れないとマズイ!」堀川のノートは大いに刺激をくれた。「Y、字が綺麗!読みやすさで言うとYの字が一番かもね」堀川は僕の生物のノートを分捕って言う。「こら!反撃か?恥ずかしいから見るな!」「意外に字が綺麗って言うか、クセはあるけど読みやすさは、あたしより数段上を行ってる!悔しいなー!」中島が僕のノートを見て地団駄を踏む。「Y、どうやって練習したのよ?」「練習も何もしてないよ。自己流で書いてるだけ。中島のヤツは、おー、こう言うとり方もありか!」「Y!勝手に見るな!字が汚いのがあたしのコンプレックスなんだから!」「まあ、まあ、それよりも、幸子の分をまとめて置かないと。大体は揃ったわね?」道子がまとめを始める。「何か1日のまとめに“メッセージ”を書かないか?“こんな事あったよ”でもいいからさ」僕が何気に言うと「それいいかも!今日は“ノートの取り合いして、字の汚さを思い知った。Yと堀ちゃんと中島が大騒ぎ”でもいいじゃない!」雪枝が乗った。「そうね、雰囲気も伝えたいから、今の雪枝の言った事そのまま書かない?さちも楽しく見れるし」道子もその気になった様だ。「あたしと堀ちゃんはイラスト担当!みんなの似顔絵でも良くない?」中島も乗り気だ。堀川は早速何か書いている。「決まりかな?」「うん!」「賛成」「Y、いい事思い付くね。こう言う知恵はYの独壇場だよ」道子も感心してくれた。みんなで“デイリーメッセージ”を書き込んで、ノートのまとめは完了した。堀川は、僕のイラスト顔を添えてくれた。「さあ、帰ろうよ。遅くなっちゃったから急ごう!」僕等は急いで学校を出た。

“大根坂”をテンポ良く下って行く中、僕はある“違和感”に気付いた。「道子、雪枝、眉書いてるよね?」「うん、Y、それがどうしたのよ?」「真面目に答えてくれ。ヘアケア用品以外に、カラーリップやルージュ、ファンデーションを使ってる女子はどのくらい居るんだ?」「そうね、何かしら持ってるのは7割くらいかな?それがどうしたのよ?」「笠原さんは、薄くファンデ塗ってるだろう?小松さんもそうだが」「彼女達だけじゃないよ!あたし達もニキビを隠すのに使ってるもの。さちもそうだよ!」「そう言う事か!長官と僕は危うく“罠”に堕ちるところだった。こんな初歩的な事に気付かないとは、何たる不覚!」「Y、だからどうしたのよ?」中島が焦れる。「推理はまとまってないが、今朝の香水の話は“時限爆弾”だったんだよ。それも、女子を狙った質の悪い爆弾だ!」「えっ!あたし達がターゲットって事?」「クラスの女子全員を狙ったヤツだよ。男子の攻略に失敗した次の1手と見て間違いはあるまい」「もしかして、菊地さんが・・・」堀川が愕然と言うが「恐らくその線だろうよ。詳しい分析は今晩の内に済ませるが、新たにテロを企んだと見ていいと思う!」「Y、だとしたら、これからどうするのよ?」道子の顔色も悪い。「みんなは、いつも通りにしてればいい。何も意識しなくて大丈夫だよ。後は、僕と長官と伊東に任せてくれ!被害が出る前に叩き潰してやる!」「Y、明日、まとまった推理の中身聞かせてくれない?」堀川が言うので「真っ先にみんなの意見を聞きたいから話すよ!もし、間違ってたらその場で指摘や修正を聞かせて欲しい」「了解、じゃあ明日の朝までにちゃんとまとめといて!」中島が言った。運良く電車は上下線に待機していた。「じゃあ、明日の朝に!」4人は慌ただしくホームへ向かった。「おう、明日な!」彼女達を見送ると、僕もバスに飛び乗った。間一髪セーフだった。

木曜日の朝、天気は快晴だったが午後から雷雨の予報が出ていたので、この日もバス通を選んだ。僕は“大根坂”の中腹で4人を待った。その間に、昨晩組み立てた推理をもう一度確認する。「“木を見て森を見ない”とはこの事か?」と呟いていると「Y、おはよー!」と下から声が聞こえた。4人がゆっくりと登って来る。「おはよー」と返すと「さちからの伝言があるよー!」と雪枝が言う。合流すると「Yに“心配かけてごめん。待っててよね”ってさちが言ってたよ」と伝えてくれた。「電話来たの?」と聞くと「そう、少し苦しそうだったけど、“絶対に伝えて”って言ってたから。さち、発見が早かったから大事には至らなかったみたい。Yに感謝しつつも“忠告を聞かなかったのは悪かった”って反省しきりだったよ」「そうか。しっかり治してから出て来ればいい。無理させたくはないからさ」と雪枝に返した。「Y、昨日の話、まとまってる?」堀川が聞いて来る。「ああ、推理は組みあがってるよ!まず、香水の瓶だが、あれは“落ちてた”訳じゃなくて“置いていた”モノだったのさ。先生の手に渡るようにわざとな!」「えっ!それって・・・」堀川が固まる。「そう、先生の手に渡れば、僕に“探査依頼”が出るのを読んでの行動さ。僕がみんなに協力を仰いで、長官と笠原さんを巻き込む事も予測済。女子がそれとなく行動を取り出すのも計算づくだよ。その上で、みんなが化粧品を持ち込んでる実態を“白昼もとに曝す”のが目的だ。そして、“校則違反”を盾に取って、クラスの女子全員に打撃を与えるのが計画の全貌さ!意図せずに自然に真実を曝して利用する。実にずる賢いやり方だよ!」「そんな・・・、確かに校則違反にはなるけど、みんな“暗黙の了解”でやってるだけなのに・・・」道子が愕然として言う。僕等は教室へ入って鞄を席へ投げると、窓辺に集まった。「そこに着目してクラスの女子に亀裂を入れる。そして、混乱のさなかに自分が全権を掌握する。菊地さんはそう言う絵を描いて行動してるのさ。危うく彼女に乗せられて、奈落の底に真っ逆さま寸前で気付いたからいいが、実に巧妙な仕掛けを施したもんだ!」僕もため息交じりに言う。見えない魔の手に気付いたとは言え、1歩間違えば彼女の思うがままに操られていたかも知れなかった。「Y、どこで見破ったの?」堀川が尋ねる。「ちょっとした事だけど、化粧に興味も示さない彼女が“香水”を付けるって事にまず引っかかった。そして決定的だったのは、道子と雪枝の眉だよ。“眉も手入れしない彼女が香水を使う意味は何か?”って考えたら、思考が弾けた。“そう来たか!”ってね」「なるほど、Yの観察眼は相変わらず鋭いね!」中島が言う。「昨日、匂いを確認するのに、みんなのヘアケア用品を持ち寄っただろう?女の子なら、何かしらは持ってても不思議ではないし、ファンデやルージュを持っててもおかしくは無い。実際、“ニキビを隠す”のにファンデを薄塗するって聞いて、“菊地さんはどうだ?”って考えたら、彼女はそれっぽいモノは一切持ってる気配が無い。そこで“フェイク”じゃないかと推察したら、芋づる式に思い付いたのさ。この手口をね」「でもさ、これからはどうすればいいの?自粛するの?」雪枝が心配して聞いて来る。「自粛なんぞしたら、それこそ“思う壺”だよ!みんなは無視して今まで通りにすればいい。そうする事が“最善手”だからさ」「つまり、関わらない、気にしない、平然としてる。そう言う事?」堀川が聞く。「その通り!好きなようにしゃれ込んでくれればいい。勿論、先生達にはバレない程度にだけどさ!」「Yは化粧を“容認”してくれるの?」道子が聞いて来る。「僕もそう言う事は言えない立場だからさ。ネックレスを付けてる以上、僕も化粧をしてる側じゃないかな?」と言うと首元からネックレスを引っ張り出す。「あっ!そうか!Y、それ気に入ってるもんね!」雪枝が言う。「みんなに設えてもらったヤツだからさ、ずっと付けてるし外す理由も無いから」「Yが大事にしてるからみんな喜んでるよ。さりげなく着けててくれてるし、変じゃないしね」道子が笑って言う。「Yが嫌がるかと思ったけど、平然としてるから以外だったけどね。今じゃ当たり前の光景になってるのが不思議!」中島が感慨深げに言う。「慣れればどうって事は無い。むしろ、外した方が気持ち悪いよ。正直な話」僕は中島に返した。「そこまで言われると反論する手掛かりが無いよ。逆に嬉しい気持ちになる」「それで、Yとしては“落としどころ”はどうする訳?」道子が肝心な点を指摘する。「瓶の出どころは“不明”で押し通すしかない。“クラスの女子を当たりましたが、使用については確認出来ませんでした”で先生は抑え込める。菊地さんにしても、事を荒立てなければ動きようが無いはず。つまり、取り合わなければ争点にはならない。いつも通りにしてる限りは何も変わらないから、黙殺するのが最善だろう。無理して向こうが動けば、逆に不利になるだけ。何もしない。これが最強の対抗手段さ!」「OK、いつも通りにしてるよ。ここから先はYの腕の見せ所。上手くまとめてね」雪枝が笑って言う。道子も堀川も中島も安堵した様だ。「じゃあ、いつも通りに。僕は長官と打ち合わせて来るよ」「Y、任せたよー」彼女達が笑顔で言う。この笑顔を守るのが僕の役目だ。長官はしばらくすると教室にやって来た。

「何!そんな落とし穴が隠れておったか・・・」と長官は絶句した。しかし直ぐに「千里を呼ぼう!彼女に言って置かねば、危険は増すばかりだ!」と笠原さんを引っ張って来た。僕は彼女に改めて推理を聞かせた。「えー!それってかなり酷い話じゃん!迂闊にしてたら片っ端から全滅じゃない!」と腰を抜かしそうになった。「それが、菊地さんの目的ですよ。女子に楔を打ち込んで、混乱させてから乗っ取りを計る。実に巧妙な仕掛けです!」僕がそう言うと「逆手に取るなんて、汚い手口!で、あたし達はどうする訳?」と聞く。「平然としておれば害はない。様は“動かなければいい”のだ。いつも通りにして居れば、彼女はジレンマに陥るだけ。千里がしっかり統率を取ってくれれば問題は無い!」と長官が言い聞かせる。「参謀長のとこのレディ達は?」「同じことを言ってありますよ。いつも通りにしゃれ込んでくれとね」「それなら問題は最小限の手配で片付くわね。一応報告して置くけど“クロ”だったわ。でも、こんな手口ありなの?」「危うく引っ掛かる寸前でしたから、ありでしょうね」「そうだ。あらゆる手を繰り出して“蹂躙”するのが、彼女の目的。油断は禁物だ。千里、化粧も控えめにしてはどうだ?狙われた以上、注意を払うのは当然の事だと思うが」「参謀長の見解は?」「僕も“これ”を付けてる以上、どうこう言う立場にはありませんよ。バレない程度にやって下さい」僕はネックレスを指して答えた。「長官にもネックレスが必要だわ!参謀長、説得に手を貸して!」笠原さんが笑って言う。「ワシは、その様なモノは好かん。参謀長と一緒にするな!」と長官は逃げにかかる。「それは、どうかなー?長官の顔なら化粧映えすると思うんだけど、どう?」「人それぞれですからね。女性が化粧に興味を持つのは当然の事。しゃれ込んで我々の眼を愉しませて下さい。長官の方はいずれ説得して見ましょう」「参謀長、レディ達に相当鍛えられてるね。理解もあるし、あたし達にも気遣い感謝します。あたし達も少しは控えめにして様子を見るよ。長官!今度、指輪を差し上げます。付けてくれるよね?」長官は固まってしまった。僕と笠原さんは笑うしか無かった。「嘘、嘘、長官。無理強いはしないから安心して。話は分かったから後の始末は宜しくね」彼女は笑って女子の集団に戻って行った。「参謀長、担任への“報告”は任せる。適当に誤魔化してくれ」「はい、そちらはお任せ下さい。問題は“彼女”ですが、どう手を打ちます?」「ジリ貧にして置くしかあるまい。こちらが動かなければ、向こうも動きようが無い。黙殺すれば最大の打撃となる。しかし、危うく転落するところだった。看破出来たのは大きい。伊東にはワシから説明をして置くが、これからも監視は怠りなきように頼む」「はい、前兆を捕らえることに全力を尽くしましょう!」「しかし、巧妙なワナだったな。向こうもあらゆる手口を尽くしているのだろうが、そろそろ手も限られて来たはず。次はどう出るかな?」「綻びは必ずあります。内堀も半分は埋まっているでしょう。落とすなら一気呵成にかかれば、完膚なきまでに叩き潰せます。次こそ最期にしたいですね」「そう出来なくては平和は無い。我々の手の内で潰さなくては意味が無い」長官との話は果てることなく続いた。また1つ危機は回避された。

その日の午後、現国の授業中にすすり泣きが漏れた。嗚咽を発したのは菊地さんだった。両手で顔を覆い隠し、机に突っ伏して泣き崩れる。先生が驚いてオロオロするが、彼女は場をはばかる事無く泣いた。ガックリと肩が落ちている。「なんだ?」「どうなってるの?」クラスメイトは首を傾げるか、彼女の周囲に寄って肩を抱いた。長官が右手で4と2を出した。「鉄の仮面が砕けたか」僕は小声で呟いた。背中を突くヤツが居る。振り返ると重子がメモを差し出す。差し出し人は道子だった。“Y、何が起こったの?”と書いてある。僕はノートを切り取ると“仮面が砕けた”と書いて「道子に回して」と重子に託す。「Y、何があったの?」と重子も不審そうに言う。「分からない。突然泣き出して、何があったのか予想も付かない」と答えた。道子から中島、堀川、雪枝にメモは回され、4人は親指と人差し指で丸を作って“了解”のサインを出した。彼女の嗚咽は治まらずに、やがて保健室へと連れ出された。

放課後、さちへのノートを作っていると重子と浩子が「菊地さんどうしたのか知らない?」と聞いて来た。「うーん、理由が分からない。調子が悪かったのか?別の理由か?想像もつかん。こっちが逆に聞きたいぐらいだよ」と言うと「あたし達にも思い当たる節は無いのよね。どうしちゃったのかな?」と小首を傾げて帰って行く。「Y、“仮面が砕けた”ってどう言う意味?」道子が周囲を見ながら言う。「彼女を支えていた柱の1本が砕けたのは間違いない。思う様な展開にならなかったのが、引き金になったのだろう」と静かに言う。「でも、あれも“演技”だとしたら?」堀川が言う。「彼女が小細工を使うとは思えないな。ストレートにモノを言う人が、泣いて同情を買うような真似をするかな?」僕はとてもその様な小細工を使うとは思えなかった。「号泣してたから、ショック状態だったのは間違いないと思うな。そもそも、今まで強がってた彼女が簡単に泣くかな?堀ちゃん、“演技”だとしたら相当な“女優”じゃないと無理、無理!」中島が否定する。「確かに、中島の言う通りだよ。“演技派”とは言えないから、涙は本物だろう。これで、少しは大人しくなってくれればいいが・・・」ノートをまとめながら、希望的観測を口にする。みんなは黙々とノートを仕上げた。「さあ、そろそろいいかな?」道子が確認を取る。「後、3行待ってくれ」僕は猶予を求めた。「慌てないで、きちんと仕上げてやって。今日の“デイリーメッセージ”はどうするかなー?」「“みんな綺麗に着飾ろう!バレなきゃOK、化粧もあり、あり”とかは?」「Y、こう言うの得意だね。よーし、そのまんまで行こう!」雪枝が乗った。レディ達が早速記載をする。「完成!みんなご苦労様!」全員でハイタッチをすると、帰り支度を始める。雨は止んでいるが急がないとスプ濡れになりそうだった。黒い雲が続々と流れて来る。「よし、急ごう!」僕等は教室を飛び出して、“大根坂”を目指す。近道の小道が川と化しているので、正門経由で速足で急ぐ。「Y、傘持ってる?」「当然、折り畳みだけどさ。もしかして、忘れた?」堀川に聞くと彼女は頷いた。「もし、降られたらお願い!」「OK、とにかく降られない事を祈るか?」と言うと「降られて欲しいな」と彼女は小声で言う。でも、僕は幸子が気になっていた。眼の前では堀川が並んで小走りについて来る。“さち、僕はどうすればいい?”と心の中で問いかける。“あたしは、大丈夫。今は堀ちゃん!”さちがそう言った様に聞こえた。大粒の雨が顔を襲う。神社の軒先へ何とか逃れるが、雨はどんどん激しくなって行く。「酷いな、これじゃあ動けない」僕は傘を広げて雨粒を避ける。隣には堀川がピッタリと寄り添っている。「どうする?強行突破する?」道子が時計を見ながら言う。「いや、少し待とう。西側に晴れ間がある。我慢すれば濡れる確率は下がる」僕はそう言って待機を提案した。「こうして待ってるのも悪くないね」不意に左手を堀川が握りしめる。「寒くない?」と言うと「平気。Yの手が暖かいから」と言われた。一難去ってまた一難。“さち、どうすればいい?”僕は聞いて見たが答えは聴こえなかった。


life 人生雑記帳 - 6

2019年04月02日 17時49分07秒 | 日記
6月の始め、僕は原因不明の発熱と倦怠感と戦っていた。¨大根坂¨を歩いて登るのも、辛い状態だった。思い当たる節が無い訳では無かったが、今頃になって暴れだす可能性は考えられなかった。「とっくの昔に撃滅してる。だが、¨アイツ¨だとしたら何故今頃なんだろう?」息を整えるために立ち止まって、ふと遥か昔の悪夢を思い出す。「Yー!大丈夫かー?」5人が下から声をかけて来る。「おー!何とか今日もたどり着いたよー」声を出すのも苦しいが、彼女達に心配はかけたくは無い。「鞄貸しな!無理して出て来る前に、病院へ行った方が良くない?」幸子がもっともな事を言う。「でもさ、Yを苦しめてるのが¨アイツ¨だったら、下手な治療は受けない方がいいかも。あたし、Yが半年間起き上がれなかった病気の悲惨さを知ってるから。どう?昨日よりはいい?」雪枝が心配そうに顔を覗き込む。「大分治まっては来てる。今日は土曜日だから、明日中にはやっつければ、どうって事は無いだろう」僕は懸命に虚勢を張る。教室へ着いて椅子に座ると、まだクラクラとするが最悪の状態からは抜け出しつつあるのは確かだ。「Yを苦しめた¨アイツ¨って何なの?」幸子と堀川と中島が、雪枝に聞く。「病名は忘れちゃったけど、保育園の時に¨数万人に1人って難病にかかってさ、半年間寝たきりになってるのよ。丸かった体型がガリガリになって、折れてしまいそうなくらい痩せて、¨15歳まで生きられるか分からない¨って言われてたの。その後、奇跡的に復活して今があるんだよ」雪枝も思い出すのが辛そうだ。「そうだったね。¨アイツ¨にやられて無ければ、別人のYが居ただろうな。でも、あれを乗り越えたからこそ、今のYが居るんだけれど。運動はダメだけど、知恵は働く¨参謀長¨だもの」道子も振り返って言う。「だから¨アイツ¨に負ける訳にはいかないんだ!力ずくでねじ伏せてやる!」僕は笑って3人を安心させようとする。「無理するな。虚勢を張ってまで我慢するな!辛きゃ¨辛い¨って言いな!痩せ我慢しなくていいよ!」幸子が諭す様に言う。「さちの言う通りだよ!男の子だからって変なプライドは捨てちゃえよ!」中島が真面目に問いかける。「Y、あたし達がノートを取るから、今日は半分休みな!」堀川が頭を撫でる。「分かった。今日はみんなに助けてもらう。悪いけど手を貸してくれ」僕はみんなの好意に感謝して折れた。「じゃあ、1時間目はあたしがノートを取りながらサポートする。2時間目以降は、堀ちゃんにノートをお願いする。帰りは5人でYを駅まで送ろう!」幸子が段取りを組んでくれた。「OK、みんな頼むよ!」道子が声をかけて4人が頷いた。

「Y君、また顔貸してくれない?」菊地さんのお呼び出しだ。「菊地さん、Yは体調が悪いから・・・」と幸子が遮ろうとすると「学校に来てるって事は、問題ないからでしょ!手間は取らせないから、放課後に付き合いなさい!」と幸子を睨んで言い放つ。有無を言わせぬモノ言いだ。幸子もさすがに沈黙せざるを得ない。「分かりました。でも、ウチのレディ達にそう言う口は聞いて欲しくは無いね!」僕が思いっ切り睨み返すと「直ぐに解放するから、ご心配なく」と一瞬怯んで自席へ戻って行った。「何よ!」「偉そうに!」道子と雪枝がいきり立つが「また、何か企みがあるんだろうよ。次の1手を見極めて来るか!短時間で済ませるよ」と言って2人をなだめる。「Y、大丈夫か?御大の“お呼び出し”だが、断っても構わんよ!長官も俺も伊東も呼びつけられてるんだ。何ならレディ達と先に帰っても問題は無いぞ!」滝が言って来る。「オールスターキャストじゃないか!彼女は何を企んでる?」「それが分かれば苦労しないよ。意図せぬ“招集”にみんな戸惑ってるとこさ」「潰された“案件”か?別の調査か?はたまた“男子に対する苦言”か?」「蓋を開けるまでは何とも言えない。長官からの伝言だ。“芝居はこっちで引き受ける。上手く合わせてくれ”だとさ」「了解だ!とにかくトボケまくるか?」「頼んだぞ!」滝も自席へ戻った。「Y、苦労が絶えないね。かばってくれてありがと。Yったら“殴るぞ”って顔して睨みつけたから、さすがの菊地さんも少し怯えてたね」幸子が優しく言う。「あれくらい言っとかないと、土足で踏み荒らされるも同然になる!もう少し空気読んで欲しいね」僕は肩を竦めた。

「入学して3ヶ月、未だに男子の統率が採れないのはどう言う事なのよ?伊東君、貴方の力量不足は明らかよ!緊急クラス会を開催して、人選をやり直すべきじゃなくて?!」ヒステリーも重なった菊地さんの物言いは、常軌を逸する寸前だった。様は“あたしに委員長の席を譲れ!”と言う訳だ。しかし、それを許す事は出来ない。「伊東の力量は問題なかろう!要は未だに“日和見”に終始している事に過ぎん。伊東個人を否定するはどうかね?」長官が早速トボケ芝居を始める。「野郎共が、一致団結してないとは言えませんな。5月末のクラスマッチでは、3位の成績を残してます。時と場合によっては、力は出てると思いますよ」僕も言葉を選んでトボケに加わる。「だらしない会議、下世話な話、そして世の中を見つめる眼の無さ!新聞を隅から隅まで読んでれば、こんな軟弱な男の集団には、ならないはずよ!女子の見識の高さを見習えないの?!もう、我慢の限界よ!あたしに委員長をやらせて!ビシビシと尻を叩いて統率して見せるから!」おやおや、本音を言っちゃったよ!ヒスで頭に血が昇ったのが原因か?「それなら中島先生の“承認”を得てくれないと困るよ。初代を指名したのは、先生の意向なんだからさ!」滝がなだめにかかるが「埒が明かないから、こうして“直接交渉”してるのよ!伊東君、退位しなさいよ!」と菊地さんは伊東に詰め寄った。「俺にも引き受けた責任上、放り出す様な真似は出来ない。菊地さんは“だらしない、一体になってない”と言うが、男共は緩やかに連帯を形成してる。見た目はバラバラに見えるかも知れないが、決して揃わないことは無いぞ!参謀長の言う様に、勝負所では他に負けてはいない!女子との違いを理解してくれよ!」伊東も必死に食い下がる。「“ここ一番”で勝負をかけられる事こそ重要であって、普段は自由であろうとも問題は無いと思う。男女の組織の在り方の違いだよ。我々としてもその当りの認識の差は詰めて行くつもりでは居る。もう少し時間は要するがの」長官は、のらりくらりとかわしにかかる。「男子としては、女子の様な組織を構成するより、個々の自由を大切にしてます。その当りの考え方の差は、ある程度ご理解頂けませんかね?」僕も変化球で目先を逸らしにかかる。「それじゃあ、何時になったらビシッとするのよ?だらしない姿はいい加減見たくないんだけど!」菊地さんは飽くまでも“椅子”に固執しようとする。彼女は“クラス制圧”を鮮明に打ち出している。そろそろ変化球でかわすにも限界は出て来た様だ。僕は長官に目配せをすると「それ程まで仰るなら、“承認”を取って下さい!伊東は先生が指名して就任しています。次期の委員長選出まで待てないならば、先生の職権を行使して交代するのが筋です。“伊東では、まとまらないから菊地に任せる”と言う御朱印が無くては降りる、いや、降ろす事は出来ませんね!」と直球を投げ込んだ。「参謀長の言う通りだ。手続きを踏まねば退位は認められん!強引な“政変”は混乱を招くだけだ!」長官も直球に切り換えた。「そう言う事だ。俺を降ろすなら正規の手続きを踏んでくれ!」伊東も居直りに転じた。「クーデターは、女子も巻き込む大事に発展する。折角まとまった状況を粉砕してまで、委員長を換える意味はあるのか?」滝も攻勢に転じた。菊地さんは答えに詰まった。弱点を突いて“椅子”を手にしようとしたが、うっかり目的を漏らしてしまったのが致命的だった。旗色はすっかり悪くなった。「俺達が“だらしねぇ”と言うが、女子の陰口も陰湿じゃねぇか?イジメの根っこは大抵、女子の陰口から始まるしな!」竹内が噛みついて来る。「要は、委員長を横取りしたいだけだろう?それは俺達も認められない。なりたきゃ、次の選挙で正々堂々と立候補してからにしろよ!」久保田も噛みついて来る。菊地さんの背後には、野郎共数名が冷たい視線を突き刺さんばかりにして群れて居た。こうなれば、形勢は逆転だ。目論見が外れた彼女は逃げにかかる。「今日の所は、これまでにしましょう!1ヶ月の猶予を与えるわ。それまでにキチント統率しなさいよ!」と言うと彼女は逃げ出そうとする。だが、野郎共はそんなつもりは毛頭無かった。「待てよ!1ヶ月の猶予だと?そんな命令下す権利持ってるのかよ!」竹内を先頭に野郎達が菊地さんを包囲した。「俺達だって“やる時は本気出して”やるぜ!あんまり、上から見下す様な口は聞くなよ!伊東への侮辱は、俺達全員への侮辱と見なすぜ!」珍しく久保田も負けて居ない。長官が割って入ると「竹、くぼ、もういい!男子の本気度は伝わった!菊地さんよ、これでもまだ言うかね?」長官が退路を開こうとする。「長官!今日の所はこのあたりにしましょう。意識の差は詰めればいい。僕等の“本気”も見えたはず。包囲するのはもういいでしょう?」と僕も包囲を解く様に説得した。「長官と参謀長がここまで言うなら、仕方ない」竹内達は包囲を解いて菊地さんを解放した。彼女は脱兎のごとく走り去った。「竹、くぼ、感謝する」長官が頭を下げた。僕も2人と握手を交わした。「いけすかねぇ女だ。アイツにだけはクラスを乗っ取られねぇ様にしねぇと。西部中での話を知らねぇと思ってるのか?!」竹内が吐き捨てる様に言った。「それが分からないから、ああ言う事を平然と言うのさ。さて、次はどうやって攻めて来ますかね?」僕が言うと「何があってもアイツだけは認めない!長官、参謀長、援護は任せろ!必要なら上から押し潰してやる!」と久保田も息巻いた。「当面は静かになるだろうが、機会は伺って来るだろう。さて、次の1手は何かな?」長官が笑う。当面の危機はこうして回避された。

「息詰まる攻防だったね。でも、意外だったのは竹内君とか久保田君が、あそこまで援護した事。男子も結構やるね!」道子が意外そうに言う。「普段は女子に見せない姿だからな。でも、みんなちゃんと考えてるんだぜ!“ここが勝負所だ”ってね。女子に対してもそう。“あそこはどう言うご意向だ?”って聞いて来るからね」僕が少し内幕を披露すると「へー、見て無い様で見ててくれるんだ!」「無関心かと思ってた。素振りも感じさせないから」「男子なりの思いやりが見えた様な気がする」と反応が返って来た。「案外、いいヤツらが揃ってるって事?」幸子が聞いて来る。「ああ、みんないいヤツだよ。普段は素っ気ないが、時と場合に寄っては団結力はあるよ!同じクラスになってまだ3ヶ月経ってないから、野郎共が馴染むまでには、もう少し時間がかかる。そのうちに自然と打ち解けるさ!」僕は確信を込めて言った。「Y、身体は大丈夫?」堀川が僕の顔色を見て言う。「菊地さんとやり合った時に、汗かいたから随分楽になったよ。“アイツ”はもう暴れ出さないだろう」「でもね、病み上がりで出て来た直後に、コイツは箱ブランコの下敷きになって、頭を強く打って意識不明になってるのよ!まだ、フラフラしてるから油断したらダメ!Y、家に着くまで気を付けな!」雪枝が釘を刺す。「そんな事もあったね。良く覚えてるな」「忘れるもんですか!擦り傷だけで済んだけどさ、ぐったりとしたYの姿を見てみんなショックを受けてるんだから!」道子も背中を叩いて言う。「本当は、真っ直ぐ連れ帰りたかったのよ!菊地さんとの猛烈なやり合いなんか見てられなかった。もっと自分を大切にしなよ!」幸子も言う。ゆっくりと歩いて来たが、駅は目前に迫っていた。電車の時間もそうだったが、僕が乗るバスも30分以上の待ち時間があった。ベンチに座り込むと堀川がボトルを配って歩いた。「Y、1つ聞いてもいい?」「何を?」「殷王朝の前って夏だよね?伝説って言われてるけど、存在したと思う?」古代中国の夏王朝の在否に関する疑問だった。「殷も初めは伝説と言われてた。でも、殷末期の宮殿跡が見つかって、実在が証明されてる。掘れば夏王朝の遺跡が出る可能性は充分にあるよ。でも、余計にややこしくなるけどさ!殷、周、秦、前漢と覚えるのに夏が加わるから、語呂合わせが難しくなるね」「日本は何処までが神話になるの?」「神武天皇陵はあるんだが、皇室が発掘を認めないから神武天皇の墓とは断定出来ないでいる。有名な仁徳天皇陵にしても“間違いなく”仁徳天皇の墓なのか?証明出来てはいない。諸説あるが、神武天皇からずっと続いているとする説や、継体天皇以前は断絶があると言う説もある。継体天皇以前については謎が多いのは否定しない。何故なら“皇位継承史上最大のバイパス手術”になったからさ。5世代離れての皇位継承は、その時だけ。後も3世代離れての継承はあるけど、これだけ離れた継承は後にも先にも無いんだよ。中国の文献にも“倭の五王”の記述はあるが、実在したかどうかを確かめる手にはなってない。実際問題、神話と実話の境目は線引き出来てはいないんだ!」「今後の発掘や新資料の発見待ちって事?」「そうだね、古代の事は地道に調べ上げるしか無いのが現実。まあ、愉しみはあるけど」僕はなるべくゆっくりと話した。みんなは興味深く聞き入って居た。「Y、別の質問。地層を掘って地震を調べる事やってるけど、あれはどう言う目的か分かる?」「“地震考古学”か。地震を起こす断層が動くのは数百年か千年単位だから、過去の文献に書かれてる地震の記述と照らし合わせて、いつの時代にどの程度揺れが起こったのか?を割り出せば次に断層が動く時期を特定しやすくなるし、規模も想定しやすくなる。今は“東海地震”の予知が最大の課題だけど、古い記録を追って行くと“東海地震”が単独で起こった事は少ないんだ。“東南海”“南海”の3つが連動したケースや“東南海”と同時に起こったケースの方が圧倒的に多い」僕は地図を出すと伊豆半島から四国沖までのゾーンを指して「フィリピン海プレートが沈み込んでる海の中で起きるから、津波の被害も甚大になる。津波の高さだって8mは下らないだろう。最大予想震度は8か9の巨大地震だよ」「この辺でも5か6でしょう?発生したらどうなっちゃうんだろう?」中島が心配する。「予想出来ないし、何が起きてもおかしくは無いよ。事前に予知出来るのを祈るしかない。今は大丈夫でも必ずやって来る運命だ」「怖いけど避けようもない。普段から意識して備えるしか無いのね」堀川が言う。電車のアナウンスが入った。上下同時だ。「今日はありがとな。また、来週!」「Y,来週は自転車に戻れそう?」幸子が聞いて来る。「大事を取ってバスにする。へばったら坂道の途中で待ってるよ」僕が言うと「そうしな!」「待っててよ!」と道子と雪枝が言う。「また来週!」中島と堀川も言う。5人は電車で家路に着いた。バスが滑り込む。「さて、帰りますか」と僕はバスに乗り込んだ。

翌週、水曜日から自転車通学に戻そうとした矢先、雨に見舞われ3日連続のバス通と相成った。“大根坂”の中腹で一息付いていると5つの傘が揺れて登って来る。「Y-、おはようー!」中島が手を振って止まる様に指示する。「おはよ。嫌な季節の到来だな」と僕が言うと「本当、ソックスが濡れて気持ち悪いのよねー」と幸子達も言う。「着るモノも肌寒いと上着が欲しいし、ちょっと晴れれば蒸し暑いし、どっちかにして欲しいな」と堀川もこぼす。彼女をよく見ると髪を“聖子ちゃんカット”にしていた。「堀ちゃん、可愛くしたね!」幸子がそれとなく言って僕を突く。“何か声をかけろよ!”と眼で訴える。「堀川、髪型似合ってるよ!」と言うと彼女は赤くなって「そうかな?」と自信なさげに言う。「人1倍、髪型に気を使ってるの見てたから、いい選択じゃないかな?」“もっと褒めろ!”幸子は肘で僕を突く。「セットするの大変じゃない?」「うん、朝15分は早く起きてやるから、ちょっと大変。Y、変じゃないよね?」「何を言うか!努力の結晶が変な訳ないじゃん!女性の特権だからな。似合ってるよ!」「そう?Yに言われると安心する。毎朝、頑張って決めて来るから!」「期待してます。でも、今日みたいな日は特に気を使うよね?」「うん、崩れない様にしなきゃ。あっ、みんな!置いてかないでよ!」そそくさと4人は先を歩いていた。「こら!置いてきぼりにするな!」僕と堀川は慌てて、後を追った。教室へ入ると幸子が「堀ちゃんをもっと見てやりな!あんたはどうも鈍いからさ」とさりげなく言った。「それはどうもすみません。幸子、ブレザーの背中びしょ濡れじゃん。乾かして置きなよ」と言うと「あたしはどっちでもいいから、堀ちゃん!」と言ってむくれる。「分かった、でもこれはマジで教えてくれ。クラスで誰か香水使ってるかい?」「どうしたの?」「実は、昨日先生がここで香水の空ボトルを拾ったらしい。“クラスの女子を当たれ”って命令が出てるんだよ!思い当たる節はある?」「うーん、微妙だね。ボトルにもよるけど、男子も調べないといけないよ!可能性はゼロじゃないし」幸子は難しい顔で答える。「ちょっとみんないいかな?」幸子は招集をかけた。「さち、何かあるの?」4人が集まる。「昨日、ここで香水の空ボトルを先生が拾ってる。男女を問わず香水を使っているのを知らないかい?」僕が聞くと「もしかして、菊地さんかな?微かに香ってるのよ!彼女」堀川が証言をしてくれる。「男子なら竹内君かな?彼、たまに付けてるよ!」「ほら、男女を問わずに対象者が居るでしょ!Y、ボトルの大きさとデザインは分かる?」幸子が指摘して聞いて来る。「大きさは、このくらい(紳士モノの腕時計の直径)。色はピンクだ。香りはバラか他の花の香りらしきものだ」僕は知り得ている情報を伝える。「だとすると、男子は対象から外れるね!Yの情報が確かならば、女性モノっぽいね」道子が言う。「堀ちゃん、菊地さんの香りってどんな感じだった?」雪枝が聞いてくれる。「そうねー、バラとは言えないけど花の香りなのは確か。でも、微かに香る程度だったから断言はできないよ。あたしもセットにヘアスプレーを使ってるから香りは残るし・・・、ヘアケア用品の匂いかも知れないし・・・」そう言われれば、否定は出来ない。何せ女子の証言だ。信憑性は高い。「堀川、ヘアスプレー持ってる?」「うん、携帯用ならあるよ」「他にも“ヘアミスト”とか持ってる人、出してくれ!」5人がそれぞれにヘアケア用品を持ち寄る。「香りのテストか?テスターは堀ちゃんだね」道子が言って自分の持ち物を手の甲に付けて、堀川に匂いを嗅いでもらう。結果は「どれも違う」とのことだった。「女性の証言だから、疑いの余地は無い。菊地さんはショートヘアだから、テストの結果を聞く限り、取り敢えずグレーゾーンって事になるな。だが、確証を得るには僕が嗅ぎまわる訳にはいかない!さて、どうしたものか?」僕は思案に沈んだ。「Y、手はあるよ!女子の力を借りればね」堀川が言う。「どうするの?」「女子がさりげなく嗅ぎまわる分には、気付かれる危険はないでしょ!笠原さん達に協力してもらって、調査すればいいじゃん!」「ふむ、長官に依頼してさりげなくやってもらうか?どうやら、ここは女子の領域で勝負しなくては無理だな!だが、乗ってくれるかね?笠原さん達が?」僕はイマイチ引っかかっていた。「ともかく話してみれば?“土曜日の一件”以来、女子の中でも“地殻変動”が起こってるからさ!」道子が意味ありげに言う。「分かった。まずは長官を捕まえないと。堀川、ありがとう!これで1歩前進出来たよ」「どういたしまして。役に立てて光栄です」「些細な事でも逃さないでくれるから、こう言う時にモノを言う。それが僕等の強みだよ」僕は堀川の肩に手を置いて言った。彼女は赤らめた顔をしていたが、嬉しそうに笑っていた。幸子は“それでいいの。堀ちゃんを大切にしな!”と眼で言っていた。だが、僕は幸子が“風邪を引かなければいいが”と心配していた。

長官に先生からの“調査依頼”を告げると「それは千里の領域だ!彼女を引っ張り出そう」と直ぐに笠原さんを呼んでくれた。僕は女子と検討した結果も踏まえて依頼をかけた。「そう言う話なら、あたし達の出番だね。参謀長が下調べしてくれてるなら、香水の線で疑っていいと思うよ。今週中には突き止めて見せる!あたし達に任せて!」ともろ手を挙げて賛同してくれた。「千里、言うまでも無いが・・・」「さりげなくやれ!でしょ?分かってるよ。必ず尻尾を掴んで見せる。“土曜日の一件”は、あたし達にも突き付けられた事だからさ。率先して動くよ。長官や参謀長ばかりに矢面に立ってもらうのは心苦しいし、あたしらにしても“クラスを蹂躙される”のは本意ではないからさ」と彼女は気遣いを口にした。「男子も“捨てたもんじゃない”って意気込みを見せて貰ったから、今度はあたしらの番。菊地を封じ込めるためなら総力を挙げてかかる!折角同じクラスになったのに、折り合いが悪いのはごめんだからね」笠原さんも懲りた様に言う。「参謀長、女子も我々と思いは同じ。蹂躙される前に手を携えて行くのは当然の帰結じゃ!」長官も笠原さんも微笑んでいる。「では、宜しくお願いします」僕は頭を下げた。「そんな事しないで、クラスメイトの先生の頼みを断る様な真似が出来ますかいな!」彼女は早速打ち合わせを始めた。「これでまた1つ打撃を与えられれば、意思もぐらつくだろう。そこで焦って事を起こせば、今度こそアウトに追い込める。千里達の働きに期待しよう」と長官は言った。「外堀は埋まりつつあります。守備で綻びが出れば、落としやすくなります。今一歩ですな」「ああ、決戦は今週末。跡形もなく攻め落としてしまえば、再起不能となる。参謀長、担任には“今しばらくの猶予”を申告して置いてくれ」「はい、昼にも繋ぎを付けて置きましょう」僕等は菊地さんの背を追った。彼女は、まだ何も知らない。


life 人生雑記帳 - 5

2019年04月01日 12時45分24秒 | 日記
翌日の朝、相変わらずの青天の空の下、坂道に自転車で挑んだが半ばで力尽きた。さすがに連日の“登頂”には無理がある。「足が着いて来ねぇ。今日は押すか!」通称“大根坂”をひたすらに上っていると「Y!おはよう!」と堀川が息を切らせて走って来た。彼女も汗だくだ。「おはよう。何も走って来る事ないじゃん!声かけてくれれば止まって待ってたのに」と言うと「丁度、Yの背中が見えたからさ、急いで来た。鞄、自転車に乗せて!」とせがんだ。「あいよ、まずは汗を拭きなよ。朝から運動しちゃうと眠くなるよ」と言ってハンカチをズボンのポケットから取り出して差し出す。堀川は一瞬躊躇したが、ハンカチを受け取り汗を拭った。2人で坂を登るのはこれが初めてだ。「中島は?」「1本早い電車に乗ったから置いて来たのよ。Y、昨日の駅での話だけど、あたしも手伝っていい?」彼女は改めて聞いて来る。「ありがと。手は多いに越したことは無いから、歓迎しますよ!違う学校、しかも西側の中学に詳しい人材が中々居なくて困ってたから、大いに助かる!」僕は堀川の肩を叩いて笑った。「Y、本当にいいの?」「堀川にしか見えない事だってあるだろう?そう言う部分をカバーしてくれると非常に助かる!」「よかったー、じゃあ早速始めさせてもらうね!」堀川は満面の笑みを浮かべながら言った。必死になって僕を追って来たのには、それなりの訳がありそうだ。坂道は終盤を迎えていた。

「Y、あたしさぁ、ある¨情報¨を掴んだのよ。それも、菊地さんに関する事!」堀川は興奮気味に言う。「何を掴んだんだい?」「中学の2年の頃に妙なプリント配られたの覚えてない?確か¨校内での政治的活動の禁止について¨ってタイトルじゃなかったかな?」堀川は懸命に記憶を呼び覚まそうと空を見る。「うーん、そう言えばあったな!直ぐにゴミ箱へ放り込んだが、内容はなんだったかな?」「そのプリントが出された原因を作ったのが、菊地さんらしいのよ!何でも学校に無断で¨核兵器廃絶¨のポスターを勝手に貼りまくったらしいの!」「本当に!それが事実なら、ただで済むはずないじゃん!学校だって黙ってられないな!でも、ちょいと待ってくれ。それで当時、意味不明のプリントが流されたとすれば、辻褄は合うな!それで菊地はどうなったんだ?」「何でも親が学校と大バトルを繰り広げて、大騒ぎになったらしいの。結局は親が折れてバトルは終息したんだけど、菊地さんは¨大バッシング¨に合って卒業まで無視され続けたみたい」「なるほど、そんな過去があったのか!彼女が常に陰を背負っているのは、そんな理由からとは。ちなみに、¨情報¨の出どころは何処かな?」「あたしの親戚。従姉妹からよ!¨地雷より質が悪いから気をつけて!¨って夕べ電話が来たから、とにかく早くYに知らせなきゃと思って」堀川の話にすっかり夢中になって歩いていると、昇降口へ着いた。「はい、ポカリだよ!」堀川からボトルを受け取ると乾いた喉を潤すために一気に半分を飲み干す。彼女も同じく水分を取る。ボトルは同じ物だ。僕は水道で顔を洗い直した。堀川が自分のハンカチを差し出す。「僕のでいいよ」「ダメ!あたしのを使って!」彼女に気を使わせるのは気が引けたが、お互い様なので借りて置く。「菊地は西部中だよね?だとすると、滝か!細かい経緯を知ってるのは!」「そう、女子も居るけど話が話だから喋りにくいと思う」堀川と僕は教室へ向かった。1番乗りなので2人きりだ。「なーんか、嫌な予感がするな!最近、耳に入った事だが、¨署名活動¨が5組あたりで回ってるらしね。しかも、極秘裏に」僕は机に鞄を置くと窓を開ける。「それは聞いてないよ。あたしも初耳。でも、震源が菊地さんならあり得なくはないか!Y、調べて見る?」そよ風が吹き込む窓を背にして堀川が言う。彼女はヘアブラシで髪を直している。身だしなみに気を使う所は、やはり女の子らしい。「その必要性はあるね!出来るなら今の内に止めて置かないと、手の打ち様が無くなりかねない。5組に知り合いは居るかい?」「大丈夫、ツテはあるわ。内々に聞いてみるよ!」「言うまでも無いが、気付かれるなよ!」「うん!それとさ・・・、ハンカチ交換しない?あたしのと?」堀川が意を決したかの様に言う。「この綺麗なのと?」「そう・・・、ダメ?」堀川は真面目に聞いて来る。「うーん、1つだけ条件を付けていいなら」「何を?」「他の4人には内緒にする事!どうだい?」「いいよ!ありがと!これで、Yと“秘密裡”に繋がりが持てた。あたしの無くさないでよ!」彼女はねだる様に言う。「心配ご無用。大事に隠し持ってるからさ。じゃあ、僕からも1つ聞きたい事がある」「なあに?」彼女は小首を傾げる。「昨日の数学の方程式を教えてくれ!聞き逃してるから訳が分からん!」「なーんだ、それはねー・・・」堀川が黒板にスラスラと方程式を書いて、順を追って説明を始めた。僕はノートを引っ張り出すと懸命にメモを取る。堀川の教え方は、先生より上手く分かりやすかった。「何よ朝から勉強してるなんて、どう言う事よ?」「Y、おはよう。堀ちゃん、朝から授業やってるの?」中島と幸子と道子と雪枝のお出ましだ。「おはよ、僕が頼み込んだのさ。昨日の授業中に沈没しちまって、聞き逃したんでね」「堀ちゃんに教えを乞うとは、Yも観察眼が鋭い!堀ちゃん成績はトップクラスだからね」中島が僕のノートを覗き込む。「それさぁ、あたし達も理解してるの半分くらいなのよ。堀ちゃん!あたし達にも教えてくれない?」道子達もノートを手に集まって来る。「いいよ、様はね・・・」堀川は丁寧に説明を始めてくれた。僕等は必死にノートを取った。中島は応用編を教えてくれた。時々脱線するが、肝心な部分は抑えている。こうした“補習授業”は、卒業するまで続く事になる。各人の得意分野によって教える側に回って、分かりやすくかみ砕いて説明するのがルールだった。堀川の“補習”が一段落すると、僕は“菊地案件”について説明を行った。「それって、聞いた事あるよ。5組の女子の間で回ってるらしいの」「1期生のところにも回り出してるって噂もあるよ」「Y、それであたし達は何をすればいいの?」道子が聞いて来る。「まず、噂が真実かどうか?を確かめなくてはならない。5組にツテがあるなら“署名簿”を実際に見て置く必要があるから、瞬間的でもいい持ち出す算段を付けて欲しい。それと1期生の手元にも“署名簿”が回っているか?確認を取りたい。当然この話は他言無用だし、動きも表立っての行動は控える。男子で冷静に話せるとすれば、伊東と山ちゃんと滝だろうから、3人には僕から接触を試みる。女子にはしばらく伏せて置こう。下手に騒がれると動きが筒抜けになりかねないからね」「分かったわ。まずは“署名簿”を極秘裏に持ちだせばいいのね?任せといて!そっちはあたし達で当たって見るよ!」雪枝が中島と堀川に素早く目配せをする。「それと、噂が流れて来ても当面は知らぬ存ぜぬを通す。クラスの女子達の動きを監視して混乱をさせない様に持っていく。それは、あたしと幸子でやるよ!」道子が手を上げる。「僕は、滝に中学時代の詳しい経緯を聞いてから、山ちゃんと相談して伊東に話を持って行く。とりあえずはこの範囲で話は止める。菊地さんに悟られたらアウトだ!それに不確かな今の状況では、闇雲に突っ走るのは危険すぎる。ともかく裏を取って証拠を掴んでから具体策を立てよう!みんな、くれぐれも気を付けてくれ!」「了解!」5人の合唱が響いた。「Y、いよいよ作戦開始だね。相変わらず知恵が回るねー!」雪枝がワクワクとしながら言う。「それだけが取り柄なんでね。さて、滝が来てる。“しれっと”立ち話でもして来るよ」僕はそう言うと滝の元へ向かった。

滝の証言は、僕の想像を遥かに越えたモノだった。「あの時は酷かった。菊地はクラスの委員長だったんだが、始めは¨学生の視点で¨って言っときながら、いざ始まるとどんどん左、つまり¨左翼思想¨へ傾かせていって、完成段階では¨政治的匂いプンプン¨に仕上げちまった。当然、展示を見た保護者からは苦情の嵐でさ。¨学生の本分を外れた政治的活動を許すとは何事だ!¨って学校も突き上げを食らってね、1日持たずに閉鎖に追い込まれたんだ。それに輪を掛けたのが、至るところに貼られたポスター。無許可でやったもんだから、先生達も眉を釣り上げて怒り心頭だったよ。PTAも臨時総会を開いて¨学校教育にあるまじき行為を何故黙認したのか!¨って校長に詰め寄るし、菊地もクラスで断罪されて委員長を解任されるし、上へ下への大騒動だったよ。それで終わりかと思ったら、今度は菊地の親が乗り込んで来て¨憲法で保証された、表現の自由と思想信条の自由を認めないのは、違憲だ!¨ってバトルが勃発さ。終息の気配すら見えない泥沼に巻き込んでの¨代理戦争¨に発展して、散々揉めて非難の応酬、責任の擦り合いまでやってくれて、クラスが空中分解寸前まで行った。結局は、菊地側が折れて在学も認められたんだが、噂に尾ひれが付いて市内中の中学と高校に¨破門状¨紛いの文書が流れて、第一志望も何も無く¨勝手にしろ¨状態の進路指導しか受けられずに、ここに流れ着いたって訳さ。それがどうしたんだ?」「水面下で今、¨署名活動¨が進行してるって¨情報¨が流れてるのさ。震源地は菊地さんらしいんだよ!」「何?!マジか?」「それを確かめるべく僕等は密かに動き出した。¨正本¨を手に入れるべくな」「止められるか?」「そこまでは、まだ何も言えない。だが、¨気付いた時には手遅れでした¨ってのを阻止するべく手を打ってるとこ!」「相当難しい話だぜ!菊地はあらゆるリスクを掻い潜ってやってるはず。生半可は通じないぞ!」「分かってるさ。それで過去を調べてる訳なんだよ。滝が今話してくれたことだが、長官(山ちゃんの事。僕は参謀長と言われていた)は承知してるかい?」「一応な。経緯は説明してある」「丁度、長官もお見えだ。3者で極秘会談と行きますか?」僕は長官を捕まえると滝の元へ連れ込んで「長官、今、水面下で¨署名活動¨が進行してるのをご存知ですかな?」と言うと「参謀長、誰の差し金かね?」と瞬時に顔色が変わる。「どうやら震源地は菊地さんの様でね。嫌な予感がしません?」と水を向けると「由々しき問題だ!事は何処まで進んで居る?」と腕を組んで思慮に沈む。「噂では、5組の女子達の手元に“正本”がある様です。後、1期生の方面にも魔手は伸びているらしいのですよ。今、総力を挙げて“正本”の有無を調べてますが、もし事実だとすれば・・・」「学校全体を揺るがす大事件に発展するのは火を見るより明らか!何としても叩き潰さなくては!」長官はセリフを引き取って明確に意思を表した。「でも、校則を見ると肝心な“政治活動の禁止”については、具体的な条項が無いんだ!集会や結社の禁止は謳われてるが・・・」滝が生徒手帳を見つめて言う。「盲点を突いての攻撃か!彼女ならやりかねんし、そこら辺は慎重に見極めての行動だろう。参謀長、滝さん、どうするかね?」長官の表情も苦り切っている。「まずは、噂の真偽を確かめる事。次はクラスの動揺を抑え込む事。そして、校則を変更する事。この3つをやらなきゃなりません」僕が言うと「それはそうだが、参謀長、何処まで手を打ってある?」長官が誰何する。「まず、真偽を確かめるべく動いてます。女子に対する工作も指示してあります。問題は我々男子をどうまとめるか?と校則の変更が可能かですよ。いたずらに騒ぎを拡大させれば、相手の思う壺。話の範囲は今の所限定してます」「ふむ、我々3名に参謀長のところの女子5名のみか。いい選択だな!伊東はまだ何も知らんのか?」「ええ、はっきりとした証拠が揃うまでは伏せて置くべきだと思いましてね」「最善手は張り巡らせてあるか。だが、もう1手打って置く必要があるな!」「それは何を?」滝が聞く。「笠原千里に対する工作だよ。女子の要に矢を打ち込んで置く必要はあるだろう?そっちはワシが対処しよう。滝さん、参謀長、しばらくこの事は秘してくれるかの?菊地御大を刺激しないためにもな!」「了解です」「分かりました」僕と滝も異論は無かった。「悪夢は繰り返してはならない。とにかく電光石火で片付ける必要がありそうじゃ。いざとなったら参謀長、担任への繋ぎは任せる。我々だけでは解決は不可能だ!教職員の手も使って今の内に阻止せねば悲劇は繰り返すだけじゃ!」長官が断固して言う。「参謀長、真偽を至急突き止めてくれ!まずは、そこからだ!」長官の判断は下った。ホームルームが始まる前、僕等はそれぞれに動き出した。

「今日は、菊地が体調不良で休みか。お前達に聞くが1期生の間で“署名活動”が密かに進んでいるのを知っているか?」中島先生が重い口を開いた。「いえ、それは何です?」委員長の伊東が否定する。「知らんならそれでいいが、言うまでも無く学生足る本分は学ぶことである。政治がらみの事案に首を突っ込んではならんぞ!それでは次だ。来週の・・・」ホームルームで早速“先制攻撃”があった事は、菊地の“政治活動”を裏付ける決定的な証明がなされた事を意味するものだった。「Y、これ、手に入ったよ!」隣席の幸子から1冊のノートが密かに手渡される。「やはりあったか!」小声で言うと幸子は黙して頷いた。2期生でも“正本”が発見されたとなると、もはや学校全体を揺るがす大事件になりかねない。ホームルームが終わると僕は5名の女子達に廊下へ出る様に促し、滝と長官も呼んだ。「あったか!」長官の顔色が悪い。「どうやって持ち出したの?」と僕が聞くと「5組は終わったから、6組へ回し置いてって言われて預かって来たのよ」と雪枝が言う。「この筆跡は間違いなく菊地のモノだ。ヤバイな!」滝が言う。「署名しているのは数人だが、こっちでも“正本”が出たのはマズイ事になった。参謀長、担任へ通報するしかあるまい!事はあまりにも大き過ぎる。我々の手には余る代物だ!」長官が決定を口にする。「幸い菊地御大は休み。今日中に手を回せば勝機は残されておる!」「では、昼休みに“直接会談”を申し入れましょう。メンバーは話を知ってる者全員と伊東でよろしいですかな?」「うむ、その線で行こう。知れ渡る前に潰してしまわねば、我々の学校生活を脅かす一大事となろう。“正本”は直ぐに担任の手元に届けろ!参謀長、昼の件も含めて話を付けてくれ!」「了解、では直ぐに行きましょう。みんな長官の指示を良く聞いて置いてくれ!」僕は生物準備室へ駆け込んだ。「先生、さっきの“署名活動”の件ですが、5組からこれが出ました!」と言って“正本”を差し出した。「うむ、やはりあったのか!ウチのクラスで知っている者は誰だ?」「昼休みの面子に滝と山岡と笠原だけです。昼休みに伊東を加えて今後どうするか?を協議したいのですが、宜しいですか?」「いいだろう。出た以上は、策を考えねばならん。クラスメイトが関わっているだけに、どうやって穏便に片付けるかも思案しなくてはならん。ところで“これ”は預かってもいいか?」「はい、次は6組へ回すように言われてますから、多少の誤差は問題にはならないかと」「お前の“策士”ぶりは見事だな。内申書に細かく記載があったが、一字一句違わぬ機敏な手回し、さすがだな!昼休みに関係者に出頭する様に伝えて置け。俺は校長と話して来る。この問題はお前達には手に余る代物だ。後は、任せろ!」「はい、宜しくお願いします」僕は慌てて教室へ戻った。

昼休みの“お茶会”は、急遽“作戦会議”に変更せざるを得なかった。普段の優雅な時間は、緊迫した空気に包まれて始まった。「まず、今回の経緯を説明しろ」中島先生はそう言って説明を要求した。僕が事の次第を順を追って説明し、滝と長官が補足説明を行った。黙って聞いていた中島先生は「お前達はどう思う?伊東、司会進行をしろ!」と言って僕等に意見を求めた。「では、まず滝!どうする?」伊東が問う。「問答無用、即刻退学にすべきだ!中学の悲劇を繰り返してはならない!」と語気を強めて言った。「Yはどうだ?」伊東が僕を指名する。「憲法によれば、¨教育を受ける権利¨も等しく認められてる。だが、校則を逆手に取り¨政治的活動¨を陰で行った事実は覆らない。確かに退学になっても仕方は無いが、それが正しいか?は疑問符が付かないか?僕としては¨執行猶予付き有罪¨と見なして置くべきだと思う。いつでも退学には出来る。彼女の事だ、必ずまた次の手を考え図り事に及ぶはず。その時を待って¨鉄槌¨を下しても遅くはなかろう」「次は山ちゃん!どうしたものかね?」長官は「基本的には、参謀長に賛成だが、今回の一件を不問に付すのはどうだろう?何らかの処罰は不可避じゃないかね?」「笠原は?」伊東が女子の要を指名した。「あたしとしては、みんなをまとめるために¨白黒¨はハッキリさせて欲しいとこ。退学云々での混乱は、回避してよ。やっと打ち解けて来て関係も軌道に乗ったばかりだから、強引に事を荒立てるのは得策とは言えないと思う」「Yのところのみなさんは?」「あたし達は、Yの意見に賛成する」「笠原さんの意見にも一理あり!」「長官の意見に賛成!」と声が続く。「伊東、お前さんは?」長官が指名した。「俺としては、寝耳に水だったから、あまりまとまってないが、クラスを率いて行く上で考えると、長官の意見に賛成する。ただ、参謀長の意見も捨てがたい気持ちもある。委員長としては、ここでのゴタゴタは回避したいのが本音だよ」と困惑気味に意見を述べた。「そうか。分かった。今回の一件は¨未遂¨に終わる事になる。その上で敢えて¨不問¨とする方向で校長が決断した。無論、次は無い。即刻退学になる。まずは、このノートを6組へ回せ!そうしないと事が露見して厄介になる。Y、責任を持って戻して置けよ!それと校則だが、改正を至急実施するし、生徒会会則も変える予定だ。これで、早急に法的に封じ込めを図る。そして、これが最も重要な点だが、今日ここでの話は一切漏らすな!箝口令を命ずる。いいか!何事も無かった様に、素知らぬ風を装うんだ。始末は職員会議にかけて決着を図るが、基本的考えはYの路線で行く予定だ。何か質問はあるか?」中島先生はそう言って質問を問うた。「甘過ぎです!何故、叩き潰さないんですか?」滝が噛みついた。「それは、いつでもできる事だ。泳がせて次の図り事をいち早く捕らえるんだ。その時がラストになる。これは、校長の意向でもある。保護者とバトルを繰り広げる余裕は無い!」「つまり、今回は敢えて泳がせて置くと?」僕が聞くと「そうだ。Y、切るのは、いつでも出来るが¨教育を受ける権利¨を奪うのは慎重に見極めなくてはならんし、かつ相応の理由が無くてはならん。今回は、校則も未整備だったし我々も譲らざるを得ない。だが、菊地がやった事は明らかに¨有罪¨に値する事案だ。繰り返しになるがYが言う様に¨次は無い¨と言うのが校長の答えだ。納得が行かないのも分かるが、学校側の意向も踏まえて今は引いてくれないか?」中島先生も苦渋の決断を強いられたのは、理解出来た。「分かりました。次は必ず切って下さい!僕は今回に限り同意します!」滝も苦渋の選択を選んだ。「僕も同意します。しかし、次は容赦なく処断して下さい!」「同じく!」「あたし達も!」僕も同意すると、次々に賛同の意識が表明された。「分かった!後は俺達に任せてくれ!悪い様にはせん。菊地には、こっちから厳重に注意と指導を行う。本件はこれにて終息とする!」先生の宣言で事は収拾が図られた。僕等は教室へ戻る道すがら「これで良かったのか?」と自答した。「次はどんな手を繰り出すかね?参謀長?」長官が聞いて来る。「彼女の事ですから、奇抜な手に打って出るかと。我々としては、厳重な“鉄のタガ”を張り巡らして置く事ですよ」僕が自重気味に言うと「電光石火で沈められた事は、大きな一歩だよ。クラスの評判に関わるだけにな!」滝は納得しているらしい。「でも、あたし達にも情報提供をしてよね。今回は速攻で済んだからいいけど、横の繋がりも考えてよ!」笠原が注文を付ける。「それは、ワシが担う。心配はいらん!」長官が保証した。「伊東、参謀長、女子とのパイプの構築を急ごう!滝さん、不穏な動きの察知に協力を頼む!前陣速攻こそが、鍵になるからな!」長官の言葉に全員が頷いた。こうして¨署名活動¨は叩き潰された。

その日の帰り道、みんなでゆっくりと坂を下りながら「Y、これで良かったよね?」と幸子が聞いて来る。「速攻で叩き潰せた意味は大きい。笠原さんも行ってたが、ようやくみんなが打ち解けて来たばかりだ。波風を立てるのはマズイだろう?」と僕が言うと「彼女も“横の繋がり”を行ってよね。これからは、男女の垣根を取り払って“クラス一丸”を目指さなきゃ!あたし達の様に!」と道子が言う。「そうだな。本物のクラスの在り方が問われてるね。今は腹の探り合いに終始しているが、男女を問わずに議論したり、教え合ったり、たわいのない話を当たり前にする環境を作らないといけない。長官も滝も伊東もそれを思い知っただろう。その点、僕等は一足先を行ってると思ってるが、どうだい?」道子も含めた全員に返すと「うん、それは達成出来てると思うよ!」「3歩は先に進んでるんじゃない?」「あたし達は今まで通り!」「Yが引っ張ってくれればいい!あたし達は付いてくよ!」「これからも宜しく!」5名それぞれが返して来る。僕等は一足先に居るのは間違い無い様だ。「では、今日は乾杯をしますかね?クラスの未来と、僕等の友情を祝して!」「そうだね。やろうよ!素敵な関係も祝して」幸子が直ぐに同意した。駅に着くと自販機でジュースを揃えて、僕等は乾杯をした。「うん、美味い!」みんなが笑顔になった。「Y、これから何があっても、あたし達は一緒だよ!」「共に高校生活を満喫しよう!」幸子と雪枝が言う。「ああ、これからも宜しく!」僕も笑顔で言う。上下の電車が揃った。「Y、明日もポカリでいい?」堀川が言う。「任せる!明日は無理するな。途中で待ってるからさ」僕はそう言った。「また、明日ねー!」5人は電車に乗り込んだ。明日は何が待っているのか?僕は想像を巡らせた。「とりあえず、明日はオレンジペコにするか?」そう言って家路に着いた。