limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 35

2019年06月09日 12時25分44秒 | 日記
第4章 ~ 高校白書 3

3月の末、僕等は大体育館の設営にかかっていた。4期生を迎える“入学式”の準備だ。図面を手に指揮を執っているは、久保田と千秋だった。“公平なるあみだクジ”が当たった2人の陣頭指揮の元、緞帳が吊られパイプ椅子が整然と並べられて行く。僕は壁面に紅白幕を画鋲で貼り付けていた。「もうちょっと上にずらして!」画鋲を手に持って全体を見ているのは、さちの役目だ。3期生の正副委員長達も動員されて、手伝ってくれている。作業は順調に進んでいた。「おい!休憩するぞ!」久保田が告げると同時に、千秋がボトル載せた台車を押して配って歩いた。僕とさちもボトルを受け取ると、手近なパイプ椅子に座り込んだ。上田や遠藤達も周囲に集まってきた。随分と暖かくはなったが、大体育館はまだまだ底冷えするし、暖房もないから手足が冷える。「Y、例の“噂”は本当なの?」さちが心配そうに聞いてくる。「うーん、イマイチ信憑性に欠けるからなー。まず、あり得ないとは思うが、ヤツの姿を見たと言うだけだし、単なる見間違いの可能性も否定できないから、あまり気にする必要はないと思うよ!」僕が否定的な見解を示した“噂”とは、“悪魔に魅入られた女が合格発表を見に来ていた”と言うものだった。目撃者は複数の2期生で、原田自身も含まれていた。故に、恐怖に駆られた原田が発信源となり、見る間に拡散してしまったのだ。数々の“悪事”に手を染めた“悪魔に魅入られた女”が本校に舞い戻って来る可能性はゼロであり、“破門状”に寄って近隣はおろか隣接県からも“追放”された女が、抜け抜けと姿を現す事はまず考えられなかった。「そうだよね!“追放”されたんだもの、ノコノコと来る訳無いか!」さちは不安を振り払う様に言った。「参謀長、4期生に紛れ込んでませんよね?」遠藤が不安そうに言う。「無い、無い!絶対に無理!あっ!でも美容整形すれば話は別だな。でも、そうすると“目撃情報”は的外れになるから、こんなには拡散しないよな?」僕も頭の中がごちゃごちゃになりかけていた。「まあ、あくまでも“噂”に過ぎない。過剰に反応する必要はないよ!」と言って肩を叩く。「でも、“狡猾でハエの様にしつこい”って仰ってましたよね。予想外の手を繰り出して来たらどうしますか?」上田は真面目に聞いて来た。「例え、どんな手を用いても校長が変わらない限りは、潜り込むことは不可能だろう!校長の眼が黒い内は心配する必要は無いよ!我々だって居るんだ。気にすることは無い」と言って落ち着かせる。原田の恐怖心は予想外に伝染力が強かった。「無理も無い。みんな、ヤツと血みどろの戦いをしたのだからな」と呟いていると、原田と長官が現れた。2人とも申し合わせたように顔色が悪い!久保田、千秋、僕とさちが呼び集められた。「“噂”を裏付ける写真が出た。今朝、情報網にかかった代物だ!」原田の手から1枚の写真が回される。「それを拡大処理したのがこれだ!」長官からも1枚の写真が手渡され回される。一同に緊張が走った。「これは・・・、この横顔は・・・、どう言う事です?」僕の手もわなわなと震えだした。不鮮明ではあったが、見間違う事は無かった!写真に写っていたのは“悪魔に魅入られた女”こと“菊地美夏”本人だったのだ!

「馬鹿な!こんな事があり得る訳が無い!」久保田が呆然と言う。「確かにそうだが、100%って事は無いぞ!長官、今年の受験者名簿は当たりましたか?」「うむ、一応洗っては見た。だが、“菊地美夏”の名前は無論の事ながら無かった」蒼白のまま長官が答えた。「では、養子縁組をして氏を替え、裁判所に訴えて名を替えた可能性は?」僕は考え付く事を挙げた。「その可能性は高いし、否定できない!非常に複雑で面倒にはなるが、不可能では無いんだ!」原田が頭を抱えて言う。「名前を、親を捨ててまでここへ入り込む理由は何なのよ?」千秋が悲鳴にも似た声を上げる。「“復讐”、それしかあるまい」「ああ、それが目的だろう」長官と原田の声は暗かった。「氏名を替えて受験したとしても、中学校からの必要文書はどうしたんだろう?まさか、偽造したとでも言うんですか?」僕が言うと「その気になれば“実弾”を使っての偽造は出来なくはない。ヤツの事だ。握っている尻尾は複数あるだろう」と原田が答えた。「仮にそうだとしても、戸籍を調べれば面は割れるはずじゃあないか?」久保田は少し落ち着いて来た様だ。「確かにそうだが、疑ってかからない限り住民票では限界がある。氏名が替わっていて、住民票の記載に辻褄が合わない点が無ければ、書類上はすり抜けられる。後は、テストで得点を取れば合格者にはなれるんだ。髪型やホクロを付けて顔も誤魔化せるし、裏を知り尽くしていれば手はいくらでもある!」原田の血の気は完全に失せた。僕はもう一度写真を見てみた。あの女の横顔は忘れようにも忘れられない記憶として残っていた。だが、僕は妙なことに気付いた。「この女、ピアスを付けてますね!確か“菊地美夏”は、出血すると血が止まりにくいはず。耳に穴を開けたら大変な事になりませんか?」「イヤリングじゃないかな?」さちがもう一度写真を覗きに来る。「分かりにくいがフックタイプだろう?確か、キャッチで止めるか引っ掛けるかするよな?」僕が指摘すると「本当だわ!これ、耳に穴を開けないと無理よ!」と千秋が確認して答えた。「だが、冬に施術をして止血すれば不可能じゃない。以前の常識は通じないと見るべきじゃないかな?」原田は否定的な見解を示した。「でも、あの女は生理の時の出血も酷くて苦しんでた!そんな女が危険を冒す様な真似をするかしら?」千秋は記憶を辿って問う。「ピアスの穴を開けたら、しばらくは塞がらない様に詰め物をするよな?皮膚の弱いあの女なら、わずかな傷でも血を止めるのは至難の業。ましてや、化膿やカサブタでも出来たら酷い傷が残るだろう?」と僕が言うと「そうね。写真が不鮮明で断定は出来ないけど、耳は綺麗になってるわ。あの女がピアス?!そんな洒落た格好なんて考えられない!」さちが同調する。「つまり、これだけで“菊地美夏”とは断定出来ない事になりませんか?横顔はハッキリと写ってますが、確証にはなり得ない点もあります。幸い、まだ時間は残されてます。もう一度あらゆる角度から洗い直すのはどうです?」僕は性急な判断に至らない様に慎重路線を主張した。「うーん、確かに本人の様で本人でない点も浮かんだな。さすがは参謀長、視点を変えれば色々と見えて来るモノもありか!よーし、もう一度洗って見よう!」原田は再検証を決断した。「事が事だ。学校側にも“通報”して、内申書の再点検を依頼してみる!もし、不審な点が見つかれば“偽りの氏名”も割り出せる。並行して僕等も手が回せる範囲で動いて見ようじゃないか!ビビッて居ても事は解決しない。ともかく、あの女に繋がる証拠を探し出して阻止しなくては!」原田は少し息を吹き返した。「長官、もう一度写真の拡大処理をお願いしますよ。出来る範囲で鮮明にして見て下さい。私は校長に話して“洗い直し”を依頼してみますよ。参謀長、あの女の体質について証言を集めて欲しい!血が止まりにくい以外に何か無いか?服薬していた形跡が無いか?徹底的に掘り下げて欲しい。情報が集まったら保健室へ行って医学的な裏を取ってもらいたい。その他も含めてもう一度検証作業にかかろう!」呼び集められた全員が頷いた。こうして、追跡が始まった。春はどうしてこう波乱含みなのだろう?僕等は設営を済ませると、各々に情報を求めて散っていった。

恐怖に駆られた原田は、学校側へ¨通報¨すると同時に親父を動かした。左側の¨大物¨である親父は、弁護士界にも数多の知り合いはいた。彼等は早速、あの女の周囲を洗い始めたが、追跡調査は難航を極めた。僕と長官は、査問委員会を召集して、あの女の情報収集に努めた。春休みも終盤、それも¨非常召集¨ともなれば、ブーブーと文句が聞こえるのは仕方なかったが、急遽呼び出した理由を説明すると、瞬時に顔色が一変して話に聞き入る様になった。「まだ、断定は出来んが¨確率¨はかなり高い!あの女に関するありとあらゆる情報を挙げてくれ!」と長官が言うと出席者からため息が漏れた。「まず、ピアスか?イヤリングか?だけど、写真を見る限りピアスだと思うの!映像を見る限り引っ掛けるタイプに見えるのよ」と千里が口火を切った。「だが、出血はどうしたと思う?」長官が問うと「耳鼻科で処置を受ければ、止血剤も化膿止めも手に入るから問題にはならないわ。参謀長が指摘した点は、自身で穴を開けた場合の懸念材料よ。医師の処置があれば、クリア出来るの!」「では、これからの季節でも可能だと?」僕が突っ込むと「そう、自身で簡易キットを使って開けるなら、冬場にやる方がリスクが少ないけど、耳鼻科なら季節は関係ないのよ!」と道子が教えてくれる。「だとすれば、ピアスの件はクリアするな。他にあの女に関する身体的特徴や周囲の情報はあるか?」長官が誰何した。「アイツ、鎮痛剤を手放した事はねぇぜ!必ず2箱は持ち歩いてた!」竹ちゃんが証言した。「いつも¨生理痛¨に備えてたのは、確かだわ。あの女は痛みと出血が半端じゃなかったから」と道子が補足する。「生理痛は個人差が激しいのよ!人によって殆ど感じない場合もあれば、それこそ“激痛”が延々と続く場合もある。あの女は、脂汗を滴らせる程の激痛だったのは確かじゃないかな?」小松が教えてくれる。「それ故に鎮痛剤を服用していたと?」「ええ、飲まなくては我慢するのもキツかったはずよ!生理用品の予備だって、いつも用意してたし」千里も補足をする。「他に何か知り得ている事は?」「あの女の母方の旧姓は“北原”です。手っ取り早く養子縁組をするならば、氏は“北原”を使うのでは?」特別に呼び寄せた西岡が言う。「伊東、手掛かりだ!原田へ知らせろ!“北原姓を重点的に洗え”と言って置け!」「了解です!」伊東は教室を飛び出していった。「西岡、母方の親戚はこの地域に居るのか?」僕が問うと「1軒だけですね。後は首都圏に点在しているはずです!」と返してきた。「見えて来ましたね!」僕が言うと「薄っすらとだが、点が見えて来たな!」と長官が返す。「あの女は、養子縁組によって氏を替え、裁判所に申し立てて名も替えた。入試に必要な内申書などの書類は、首都圏のコネクションに“実弾”を撃ち込んで“偽造”させ、県外からの受験生として申請をした。そして、何食わぬ顔で試験を受けて潜り込みを謀った。名前が明らかではありませんので、合否確認は取りにくいですが、合格発表を見に来たと言う事は合格している可能性が高い!」僕は推測を述べた。「恐らく、その線で間違いあるまい!実に巧妙な手口だが、偶然写ってしまった写真によって、暴かれるとは思ってはおるまい。後は、名前を暴き合否を確認して、不合格にするしか無い!」長官も推測に同意した。「実に狡猾な考えだが、何としても阻止せねばならない!」長官の手は小刻みに震えていた。「ところで、この写真はどこから手に入れたんです?」肝心な疑問を久保田が指摘した。「原田の女の後輩が、この春に受験して合格したのだが、記念に撮影した余りのコマに偶然写っていたのを女が発見してな。原田に“通報”して来たと言う訳だ。偶然に偶然が重なっただけだ。最も、我々にして見れば運が良かったと言うか、僥倖だったのだよ」「原田が手を回した。明日までに名前をあぶり出すそうだ!」伊東が戻ってきた。「それにしても、ギリギリセーフに持ち込めるか微妙だな。間に合えばいいが・・・」長官がカレンダーを見ながら言う。明日から4月。入学式まで5日しか無いのだ。「仮に、間に合わなくても顔で正体は割れますよ!美容整形をした痕跡はありませんし、5日で傷跡が消える事は無いでしょう!」と僕が言うと「シリコン注入や縫合だったら、傷は残らないわよ!まだ、安心は出来ないわね!」と千里がピシリと言う。「確かにそうですが、受験票に貼り付けた写真と全く違う顔で出て来るとは思えませんよ。まあ、二重瞼や鼻の形ぐらいは微妙に変えられますから、笠原の意見を否定はしませんが、我々の眼は誤魔化しきれませんよ!最悪は、入学式の直前で取り押さえるしかありませんね!」「公開捜査で取り押さえるって言うの?まあ、最後の手段はそれしか無いけど、荒事で式を混乱させたくはないわね・・・」千里がため息交じりに言う。「我々の推測が当たっている事、名前が判明する事を祈るしかあるまい。いずれにしても、我々も直ぐに動けるように臨戦態勢を取る!ワシと参謀長が司令塔だ!各員は自宅で待機してくれ。事が動けば直ぐに招集をかける!参謀長、済まぬが入学式当日までは、ここで付き合ってくれ。今度こそ永久に葬ってくれる!」長官の手は怒りに震えていた。他のメンバーの表情も硬かった。果たして間に合うのか?

原田の親父が率いる組織は、総力を挙げてあの女の改名の実態を追った。氏は“北原”が有力候補となったが、遠い縁戚を頼った可能性も否定できなかった事から、あの女の戸籍謄本を含む家族全員の戸籍謄本を取り分析にかかった。幸いなことに、本籍地は移動されていなかったので、作業は急ピッチで進められた。原田本人と長官と僕は、再度の学校の許可を取り付けてから、本年度の“受験者一覧表”を洗い直す作業を始めた。“北原”という姓、県外からの受験、実家のあったO市からの受験に絞って該当者を絞り込んだ。「うーん、6人が引っかかったか!」原田が唸る。「県外からは1人だけだ。最も匂うのはこの受験者と見ていいんじゃないか?」長官が指摘した受験者は“北原由美”と名乗り、千葉県から出願していた。「その他の5人の内、O市からの受験者は3人。残る2人は茅野市から。あの女の親戚の家があるはO市内。つまり、現時点では4人に嫌疑があると言えるのでは?」僕は地元からの可能性も否定できないと見ていた。「どちらの意見にも一理ある。だが、あの女の事だ。両方の可能性を追うしかないな!ピックアップしたのは全員女子だよな?」原田は今更ながら確認を入れた。「勿論、O市からの3人の受験者の出身校は、奇しくもあの女と同じ。偶然の一致とは思えないよな?」と僕が返すと「嫌な予感がするな!向こうも裏を取ってるとしたら、私達はあの女の思う壺に落ちていないか?」原田は慎重に見極めようとした。「原田、あの女の立場に立って考えよ。校長が出した“破門状”は中学校にまで及んでいる。地元で“実弾”を使えばたちまち足が付くし、表立っては動けない。水面下で動いていたとしても、痕跡は残ってしまう恐れが高い。リスクを最小限にするならば、首都圏の方が有利にならないか?」「それはそうですが、内申書の作成に必要な記録はこちらにある。信憑性を考慮すれば書類に不備が出ないのは地元になる。“実弾”を使って記録を改ざんするなら、O市に潜入していたと見てもいいはず。改ざんを実行した容疑者と接触するのにも有利だ。いずれにしても、名前が判明するまでは地元からの出願も考えるべきじゃないか?」長官と僕の見方は割れた。「2人の推測は共に説得力があるね。あの女の目的は、私達を“攪乱”する事も計算に入っているのかも知れないな!では、“合格者一覧表”とも照らし合わせて見るか!少しは該当者を絞れるはずだ!」「どうやって学校側を説得したんだ?部外秘だろう?」僕が言うと「あの女が絡んでるんだ!校長も否とは言わなかった。無論、口外は厳禁だけど」と言うと別の茶封筒を開けてファイルを手に取った。“部外秘”と厳めしい印が押されているヤツだ。改めて照合作業をして見ると、6人全員が合格していた。原田は確認を終えるとファイルを直ぐにしまい込んだ。無用な閲覧を避ける目的だった。「やはり、名前が割れないと断定は出来ないな!」原田の口からため息が漏れる。その時、事務員さんが原田を呼びに来た。「自宅から電話よ!」と。「どうやら、尻尾を掴んだらしいな!待っててくれ」原田は職員室へ急いだ。待っている間、僕等は無言で推測を巡らせた。待つこと15分。原田は1枚のメモを持って戻ってきた。「名前が割れたぞ!“由美”だ!“北原由美”と名乗っている!所在は千葉だ!」「長官がビンゴだ!」「ああ、だが、参謀長もビンゴかも知れない。校長に言って“菊地美夏”と“北原由美”の内申書を突き合わせて調べてもらってる!どうやって偽造したかを突き止めるためだ!」「不合格通知は?」「電話をしたが、出なかった。電報を打ってもらってる!だが、地元に潜入しているなら、通知は届かないも同然だ。親父にO市の親戚の住所を調べさせて、学校に知らせる手筈を取ったよ」「“北原由美”か。顔は割れてるから、最悪は入学式当日に取り押さえるしかあるまい!」「しかし、その前に叩かないと混乱は避けられませんよ!ここへ来ている以上、既にO市内に潜入しているでしょう。こっちに居るなら今の内に潰して置かないとマズイ!」「だが、親戚宅に居る保証も無い。あの女のコネクションは完全には死んでいないんだ!事前に阻止するのはかなり難しいぞ!」原田も長官も僕も何とかして阻止する手を考えては見た。しかし、絶対的な時間の壁が立ちはだかってしまった。「やむを得ない!現れた瞬間に取り押さえよう!幸い、向こうにはまだ知らせは届いていない。鉄のタガを張り巡らせよう!それしか無い!」原田は唇を噛んだ。僕と長官も爪が食い込むくらいに拳を握って震わせた。「長官、参謀長、捕獲作戦を立案してくれ!密かに網を張るんだ!」僕達に残された手はそれしか無かった。

翌日、査問委員会が再び招集された。入学式まで残り3日。自称“北原由美”こと“菊地美夏”を、校内に入れる前に取り押さえるのが目的だった。あの女は、実に巧妙な手口を用いていた事も明らかになった。“実弾”は2度使われたのだ。1発目は、出身中学からの情報を引き出すために。2発目は千葉で内申書及び添付書類を作成する際に使用されたのである。2つの内申書を比較検証した結果、基本的なデーターは出身中学のデーターと同一で、学業成績他は新たに偽造されている事が分かったのだ。地元で必要な情報を手にしてから、千葉で新たに偽造すると言う非常に面倒な作業を施していたのだ。一見しただけでは見破る事は困難なくらい巧妙に偽造されていた。つまり、長官と僕の中間の策を用いて突破を試みた事になる。そして策は当たり、不幸にも“合格通知”をあの女は手にしたのである。「さて、どうやって捕まえるんだ?校内へ入れたら騒がれると事だぞ!」久保田が腕を組んだ。「“大根坂”で足止めするしかねぇだろう?後は追い返すのみさ!」竹ちゃんが言うが「俺達だけじゃ“正当な理由が無い”って食い下がられたらどうにもならないぞ!」と伊東が懸念を示す。「長官、参謀長、策はあるの?」千里が僕達2人を見て言う。「何しろ入学式だ。教職員は、簡単にそれぞれの持ち場を離れられない。だが、式が始まる前ならチャンスはある。そこでだが、当日、駅と神社の境内で網を張る事にした。電車で来るなら駅で食い止めるし、車で乗り付けるつもりなら、置く場所は神社の駐車場が指定場所だ。このどちらかで捕捉して追い返す!」僕は策を話した。「けど、伊東の言う通り俺達だけじゃ説得力は無いぜ?」竹ちゃんが肝心の点を突く。「僕等だけでやるつもりは無いよ。ちゃんと“助っ人”は呼ぶさ!“人間装甲車、佐久信夫”をレンタルしてある。佐久先生が“入学取り消し通知”を突き付けて追い返す。僕等は必要な人員で見張りと足止めをするだけでいい!」「駅と神社か。相互の連絡はどうするんだ?」久保田が聞いてくる。「去年の向陽祭で使った無線機がある。駅と神社の間なら、高低差がある分だけ電波は飛ぶ。相互の連絡には不都合は無いはずさ。数も20台はあるから、動員する人員の分は充分に足りるはずだよ。駅のホームに2人、改札口付近に5人、神社の駐車場に5~8人が散開して配置につけば網は張れる。みんなからの通報を受けた本部が、統括して指示を出す。佐久先生は基本的には駅に行っててもらう。だから、神社班は竹ちゃんや久保田、今井達の屈強な者を選抜して編成する。駅から佐久先生が向かうまでに時間を稼ぐためにな。本部は神社の境内に置く予定だ。事が済んだら全員速やかに校内へ引き返す。水際で食い止めるにはこれしか無い!」「うーん、敷地に足を踏み入れる前に食い止めるか!万が一包囲を突破されたらどうする?」伊東が聞いてくる。「次の防衛線は、“大根坂”と“近道の小道”が分岐する手前、坂の最も狭い地点にする予定だ。やはり、向陽祭で使った“バリケード”でガードする予定。ここには、戸田先生を配置するし、工事用のコーンを設置して少しでも妨害を図る!神社の境内には、輸送車両の運転手として小平・丸山両先生が待機する。神社班で食い止められないと判断した場合は、車で追跡して次の防衛線で食い止める!そこも突破された場合は、最終防衛線として、正門を閉じて“近道の小道”の出口に車を並べてガード。教頭が行く手を遮る予定だ!」「男子は総動員になるな!」竹ちゃんが口にする。「ああ、クラスの総力を動員して阻止を図る!とにかく、駅で阻止するのが大前提だから、車で来られたら神社班には力戦してもらわなくてはならない。1分1秒でも足止めするしか無いんだ!」「いいだろう!最後の、本当に最後の大決戦だ!腕が鳴るぜ!」久保田は指をボキボキと鳴らして頷いた。「よーし、やってやろうじゃねぇか!」竹ちゃんも腹を括った。他の出席者も黙して頷いた。「時間が無いので、場当たり的にはなるが、やるからには最善を尽くして阻止する!不埒者を校内に入れてはならない!神聖な入学式に傷をつけないためにも各自の奮起に期待する!」最後の締めは長官が引き取った。こうして作戦は承認され、人選が進められた。自称“北原由美”こと“菊地美夏”の入学阻止作戦は決まった。後は、やって見なくては分からない。危険な賭けになる事は、みんなが認識していた。だが、やらなくては入学式は大混乱に陥るだけだ。乗るか反るかの乾坤一擲の大勝負は目前に迫っていた。

そして、入学式当日。早朝に覚醒した僕は、何とも言い様の無い¨不安感¨に駆られた。¨北原由美¨こと¨菊地美夏¨に入学式を蹂躙されてはならないし、校内へ立ち入りを許せば、何を仕出かすか?は容易に見当は付いていた。始発電車は6時台からあるし、早朝から¨潜伏¨されて隙を伺われたら、如何に大動員をかけたとは言っても、空振りになってしまう。すぐさま身仕度を整えると、駅へ向かって全力で自転車を飛ばした。始発の到着前に駅の駐輪場へ自転車を押し込むと駅舎まで走る。改札口に張り付いて見張っていると、下りの始発電車が到着した。竹ちゃんや久保田が竹刀を担いで降りて来る。「早くに目覚めちまってよ、どーしても気になってしょうがねぇから、やって来たって訳さ!」久保田も異口同音に言った。「よし、始めよう!配置に付いてくれ!あの女の事だ。必ず現れる!取り押さえて追い返すんだ!」竹ちゃんと久保田が頷いた。「竹ちゃん達の無線機は長官が持ってる。合流したらチャンネル19でコールしてくれ!」「了解だ!」2人は神社の大鳥居へ向かった。僕は、鞄から2台の無線機と財布を取り出すと、1台を身に付けて電源を入れた。「参謀長、聞こえたらコールしてくれ!」長官の声が早速入る。ボリュームを調整すると「駅舎より、本部。感度良好。竹内、久保田の両名がそちらに向かっている。どうぞ」「早いな!早速迎撃体制を取る!坂の中腹には、既に長崎が配置に着いた。周辺の探査を始めている!各要員は随時配置へ向かわせろ!どうぞ」「了解、予定よりも展開が早いが、あの女は必ず現れる!警戒を宜しく!上り始発到着まで15分。交信終了」と言って交信を止めた。「Y、どうだ?」佐久先生が僕の肩を叩いた。「まだ、現れてはいません!」「油断するな!変装して現れる可能性も高い!」僕は黙して頷いた。

life 人生雑記帳 - 34

2019年06月05日 16時34分08秒 | 日記
「happy new Year!!」10人の大合唱が境内に響く。恒例の2年参りの1コマだ。どこよりも早い年賀状の交換が終わると、拝殿に賽銭を投げて、それぞれに願い事を心の中で呟く。「お守り買いに行くよ!」道子の音頭で、女の子達が社務所へ群がる。僕等は焚火に当たりながら「今年は、どんなヤツを選んでくるかな?」などと話していた。「参謀長、僕らは見に行かなくていいんですか?」石川が聞いてくる。「気になるなら見に行ってもいいが、ここは先輩の顔を立てろ!どんなお守りが来ても、驚くなよ!そしてペアで付けてやるんだ!」と言って薄笑いを返す。“さちの事だ。またしても派手なヤツを選ぶだろう”僕は心の中で呟いた。「本橋、石川、どんなに派手なヤツでもちゃんと付けろよ!先輩のメンツは潰すな!」と竹ちゃんも釘を刺す。5人の女の子達が戻ると、それぞれにお守りが手渡される。竹ちゃんと道子は赤と青の普通のヤツ。堀ちゃんと松田も同じだった。雪枝は恋愛成就の黄色と白地のヤツを中島ちゃんは、交通安全と普通のヤツのセットを渡した。さちは3つを僕の手に押し込んだ。普通のヤツと交通安全、そして恋愛成就をやはり持って来た。「さち、鈴なりにするつもりか?」と聞くと「そうよ。あらゆるリスクを検討した結果、こうなったの!」と平然と言う。去年、恋愛成就を帰り際に手渡してくれたのが懐かしい。今は誰にはばかる事も無く受け取れる。1年と言う時間の経過は、劇的に僕らのグループの方向性を変えたし、5組のペアが当たり前のように存在しているのが不思議なくらいだ。普段はそれぞれに進んでいるが、何かあれば直ぐに集合するのは相変わらずだ。「最終の電車は深夜1時半だ。それまでに駅へ集合してくれ!」と竹ちゃんが言うと5組は三々五々に散っていく。僕とさちには、中島ちゃんと石川が同行してきた。最も付き合いの浅いカップルだ。「参謀長、鈴なりのお守りは鞄に付けるんですか?」と石川が聞いてくる。「当たり前だろう!それ以外に何処に付ける?」僕は石川の頭を突いた。「やっぱりそうですよね。中島先輩のお手製のマスコットもあるし、僕の鞄は飾りだらけになりますが、やむを得ませんね・・・」石川は青息吐息だった。「それだけ認められてる証拠だと思え!中島に恥は掻かせるな!」石川の背を思いっきり叩くと「はい、そうします!」と恥じらいながら返してくる。「いずれにしても、お前は中島が選んだ男だ。それを忘れるなよ!よそ見はダメだ。彼女は意外にナイーブだからな!」さちと中島ちゃんは露店を見て回っては、はしゃいでいる。僕と石川はその背を追っている。「Y、石川、イカ焼き食べようよ!」中島ちゃんからのお誘いだ。4人で分け合って食べると結構美味い。「元旦の夜の夢だね!こんな時間に出歩けるのは、お正月の特権だよね!」さちも感慨深げに言う。「去年も忙しかったが、今年は別の意味でもっと忙しくなる。英気を養っておかなきゃ息切れしそうだよ」僕とさちは手を繋ぎ直すとゆっくりと歩を進める。「Y、さち!」中島ちゃんと石川も手を繋いでいた。「2人みたいな素敵な間柄になるから!」中島ちゃんが半分赤くなって言う。「ああ、抜かれるつもりはないよ!」僕とさちは指を指して返す。「みんな急げ!終電に間に合わなかったらアウトだ!」竹ちゃんたち3組がなだれ込んで来る。時計の針は午前1時を回っていた。「ヤバっ、急がなきゃ!」僕達5組は、人込みをかき分けて駅へ前進した。

年末年始休暇が明けると、男達がソワソワと動き出した。去年の“雪辱”に燃える長崎を筆頭に“Give me chocolate大作戦”が始まったのだ。「アイツも必死だな!末席とは言え生徒会役員のメンツもあるから、“義理でもいいから”作戦は功を奏するか否か?」久保田が苦笑しつつ言うと「その他の奴らも、尻馬に乗ってやがる!派手にやりゃあいいってもんじゃねぇよ!」と竹ちゃんがバッサリと斬る。「“義理でもいいから”作戦の余波が心配だ!下手な運動は控えて欲しいよ」と伊東が怯える。千秋の焼きもちが怖いのだろう。「今年は金曜日か。ワシは翌週まで休養するぞ!」と長官は早くも逃げに走りつつ「参謀長、そなたも休養を取れ!去年の悪夢は避けるべきだ!」と誘いをかけて来る。「Y、今年も余ったら届けるからね!欠席は認めないわよ!」有賀が先制攻撃をかけて来た。「“Give me chocolate大作戦”に協力してやれ!迷える子羊達に救いの手を差し伸べろ!」と言うと「あーら、おあいにく様!実績が無い男子にあげる予定は無いの。生産能力には限界があるのよ!」と意に介す風が無い。「だから逃げようと申して居る!」と小声で長官が言う。「長官、逃げても無駄よ。住所は割れてるんだから、帰りに押しかければ済む事だし、逃がしはしないわよ!」と千里が言い渡しに来た。長官の顔から血の気が引く。「むむ、自宅に来られたら最悪だ!分かった、正々堂々と受けて立とう。だが、サイズは小さくしてくれ」長官は妥協案を示した。「それは、保証出来ないわよ。手提げ袋を忘れないでね!」千里も意に介す風が無い。「あー、最悪だー!」2人して盛大にため息を付いた。「長崎が聞いたら卒倒するぜ!そうでなくても“贅沢な悩み”なんだから」伊東が僕と長官の肩に手を置いて言う。「俺達は及第点決定だが、未だに“ノーヒット”のヤツらにしてみりゃ“おすそ分け”でも飛びついてくるだろうぜ!」竹ちゃんは余裕でコメントする。これ程、くっきりと色分けが出るのはこの時期特有だろう。女の子たちは“どう言う風に仕上げるか?”で悩んでいるはずだ。“連続三振”は回避したい長崎達の運動は日に日に熱を帯びていった。吉凶は、もう直ぐ明かになる。

一方、生徒会組織では“創業の時代”の仕上げに向けての地殻変動が活発化していた。1期生が築いた礎の上に建屋を立てるのが、我々2期生の主たる任務だったが“官僚機構”とも言うべき組織の整備も急務であった。手探りで形作られた組織には所々に“穴”や“空白地帯”が存在していたのだ。原田はそれらを詳細にあぶり出して、“穴”を埋めて“空白地帯”に新たなポストを用意して空白解消を図った。先の“大統領選挙”の対立候補だった5組の連中を懐柔して、これらのポストに付けて不満の矛先を逸らし、会長を頂点とする“集権体制”を急ピッチで形作った。無論、我々もこうした作業には駆り出されたが、原田のみに権限が“一極集中”しない様に仕向けるには、随分と骨を折ったし、どうしても左側に逸れる原田の思考をなるべく中道よりへ修正するのは、大変な労力を強いられた。それと平行して、長官と僕と伊東が苦心したのは“旧規約・規則”の保存だった。「原田1代限りの“特例”として今次改正は認めるが、後の世は旧事に復させるのが正しい」との認識で一致した僕等は、廃棄される前の“旧規約・規則”を必死になって散逸しない様に集めて保管した。実際、1期生が構築した“旧事に復させる”のに成功するは、4期生が実権を執ってからの事になる。2世代もの時間を要したのは、如何に原田への権力集中が凄まじかったかを如実に物語っている。しかし、そうは言っても新設校故の伝統の無さは、如何ともしがたく、原田の取った道である“強権を持って事を治める”治世は安定期へ向けての布石にはなったのだから、皮肉なものである。「我々は言うなれば“太祖”だ。多少の乱暴は許されるだろう。3期生以降の“太宗”の時代に過ちは修正されればいい」と長官は事ある毎に言っていた。「創業の時代はどの王朝も苦労が絶えませんからね。兵馬の後、安定した治世となる様に、我々で事は終わらせましょうや!」と僕も言い続けた。善政も悪政もあったが、原田を頂点とした僕等の政権は無事に役目を果たして、3期生へと繋がり4期生以降に安定期を迎えるのだが、時として紆余曲折を経て事が進むのは、やむを得なかった。“前例”が無いと言うのは、自由を謳歌出来る反面“悪しき事は残せない”と言う諸刃の剣でもあった。故に、議論は沸騰して熱を帯び、対立や離合集散を繰り返した。しかし、遺恨は残らずに終わったのは僥倖だった。やはり、“悪しき事は残せない”との思いは2期生全員に共通した思いだったのだろう。

そうした思いは教職員にも共通していたのは間違いない。塩川の様な“暗愚”な教員も居たが、校長以下1期生と2期生の各担任には県教職員の中でも“重鎮”が配されていた。佐久先生も後々、校長として職務を全うされて退職している程である。“イタズラ小僧”と言われた方も、要職を歴任しているのである。中島先生は、僕等の卒業後に病に倒れて他界されてしまうが、生きておられれば教頭は間違いなかったはずであろう。古文の戸田先生は後に県の教育長まで上り詰められた。「あの戸田が教育長かー。“立っとれ!”は相変わらずだろうな?!」後々、滝と僕はそう言って笑ったものである。1期生と2期生の間に壁が無かった様に、僕等と先生方のとの間にも壁は無かった。ここでも“伝統”に縛られない自由な風が吹いていたのが分かる。僕等が教室のストーブで“焼き芋”や“おでん”を作っても怒られはするが、必ず“味見”や“ご相伴”をして帰り、職員室から器を持って取りに来たのは、その証だろう。とにかく、自主性を重んじた校長の治世は、僕等に活躍の場を与え、より良い方向を模索する考えを植え付け、後々まで続く“伝統”となったし、間違いがあれば共に意見を出し合って、解決の道筋を付けるやり方は4期生の頃まで脈々と続いたのだ。ただ、先生方も苦労が絶えなかったのは事実だ。何か新しい行事を行うにしても、“前例”が無いので1から構築しなくてはならない。安全対策やケガや事故の防止などは、僕等と共に1つ1つやって見て改善して行くしか無かった。僕等は“創業者”でもあり、“実験台”でもあり、“共に歩む開拓者”でもあった。こうして新設校としての基礎は固められていったのだ。

そして、運命のバレンタインの日が訪れた。男子も女子も緊張の1日である。女子は渡すタイミングを見計らい。男子は“今年こそは逆転ホームラン”の絵を描いて待ち構えている。長官と僕にして見れば“頭の痛い”1日だ。朝から長官は「おい、どうやって逃げ失せる?」と避難準備に余念がないが、千里達がそう易々と逃がすはずが無い!その証拠に長官の動きは逐一監視されていた。何も動きが無いまま、昼を迎えると僕等は生物準備室へ逃げ込んだ。「あー、心臓に悪い!針の筵とはこの事だ!」ゲンナリと長官が吐露すると「長崎達は、もっと切実な問題に直面してますぜ!土俵際でのうっちゃりに賭けるしかねぇんだから!」と竹ちゃんが呑気に言う。「うっちゃりで逃げ切れるなら既にやっておる!こちらは、がっぷり四つに組み合っているのだ!千里の図り事がいつ炸裂するのやら」と長官はいつになく弱気だった。そこへドアがノックされ上田と遠藤が乗り込んできた。「参謀長、あたし達の気持ちです!受け取って下さい!」と白い大きな紙袋を差し出してくる。14個がまとめて届けられ、遠藤と上田からは直接手渡された。「あたし達の未来を照らして下さり感謝します!これからもあたし達を宜しくお願いします!」「ああ、こんな気遣いはしなくてもいいのに」と言うと「そうは行きませんよ!今日があるのは、参謀長のお導きがあればこそ!あたし達を忘れないで下さいね!」と念を押される。現時点で16個が転がり込んだ。それぞれにメッセージカードが添えられている代物だ。「4月には4期生がやって来る。先輩として毅然とした姿を見せなさい」と言うと「勿論です!」と言ってニッコリ笑う。やむを得ない事だと思いつつも、早くも“荷物”の置き場所に困ってしまう。上田と遠藤が帰った後「預かろうか?あたしの分もあるし。竹内君も山岡君の分もあるからさ!」と明美先生が言ってくれる。「そうしてもらえます?このままじゃ袋叩きに遭いそうなんで・・・」と言うと袋を手渡した。明美先生は1個を僕がもらった袋に入れると、竹ちゃんと長官の分と合わせて棚へ納めた。これで17個になってしまった。長崎にバレたら最悪の展開になってしまう!生物準備室を出ると5人の3期生の女の子達が待ち構えていた。「竹内先輩!」竹ちゃんに5人が群がる。それを尻目に僕は教室へ何食わぬ顔で舞い戻る。伊東が千秋に吊るされていた!3期生の女の子達からもらったと思われる包みを取り上げると、千秋は男子の席の頭上に放り投げた。バッタの様に餓えた男たちが宙を舞い、見苦しい取り合いにも発展する。「そうまでしても取るのかよ?」久保田が呆れ返って言うが、ヤツはしこたまもらった包みを既に持っている。「Y、帰りでいいよね!」とそんな騒ぎの中、さちが言う。「ああ、そうしてくれるかい?」と返すと「見苦しい。浅ましい。あんな男子の姿は見てられない」とこぼす。「Y―、毎度余り物で悪いけど、いつものヤツ置いとくねー!」と言って有賀が包みを置いて行く。「おい、餓えた子羊達に恵んでやれよ!」と言うが「興味無し!Yは、“お約束”だから別なの!」と言って背後に座り背を突く。振り返ると「今年は力作だから、期待してよね!」と言って微笑む。ラッピングもメッセージカードも手を抜いた形跡は無い。どこが“余り物”なのか?赤坂に比べて小さい事を除けば、中身は一緒だろう。有賀の行動が呼び水となり、クラスの女子が一斉に動き出した。千里達は長官を集中攻撃しているし、千秋は伊東の襟首を掴んで教室の隅へ連行して行った。僕の前には真理子さん達が包みを置いて行く。そして、西岡も大き目の包みを置いて「“過去を不問とする”これがあたし達にとってどれだけの恩恵をもたらしたか。参謀長、細やかですが感謝します!」と言った。「感謝するのは私の方だよ。“再生計画”が実質的に成功したのは、君達の力に寄るところが大きい。校長も高く評価していたから当然の事じゃないか?」「いえ、陰であらゆる手を繰り出した参謀長の知恵があればこそ。あたし達はただ従っただけです」と西岡は謙遜した。「ありがたくいただくよ」と言うと彼女は微笑んだ。鞄から布袋を出すと、机に乗っている包みを丁寧に入れる。20個オーバーになってしまった。後5個は確実に来るから、30個前後になってしまう。さすがにもう御免こうむりたい気分だが、女の子のメンツを潰す訳には行かないので、大切にしまい込む。そして放課後、道子を筆頭に雪枝、堀ちゃん、中島ちゃんから包みを受け取る。更に、さちからも包みを受け取った。パープルの小ぶりな包みが一番欲しかった物だ!周囲を見渡してから、そっとさちの頬にキスをする。「こら、見られたらどうするのよ!」と言うが眼は怒っていない。「さて、帰るぜ!」と竹ちゃんが言うと、みんなが身支度を整えにかかる。生物準備室から紙袋を引っ張り出すと、大荷物になった。「全部でいくつあるの?」さちが何気なく聞いて来る。「ざっと数えて30個くらいかな?久保田に比べれば半分以下だが」「ふーん、でも“大本命”はあたしだから、気にはしないもん!」さちは余裕の微笑みを浮かべていた。だが、これで終わりではなかった!昇降口で丸山先生と図書館の小平先生に捕捉され、包みを押し込まれた。そして外では1期生の先輩達が待ち構えていた。主に前生徒会の役員の先輩達だが「最後だからさぁ!」「後は任せたわよ!」と口々に言いながら包みを押し込んで来る。竹ちゃんも結構な数を拾ったらしく、袋が一杯になった。“大根坂”へ進むとようやくチョコ攻撃は止んだ。途中で本橋と石川が待っていたが、彼らの手荷物も膨大な量になっていた。「参謀長、どうしろと言うんですかね?僕等は先輩からのモノだけが欲しいんです!その他はどうでもいいんですが・・・」と困惑気味だった。「贅沢を言うな!空振り三振だったヤツらの事を思えば、これくらいは我慢しろ!」と言ってたしなめる。「本橋!」「石川!」雪枝と中島ちゃんが“本命”をそれぞれに贈った。「心して食べろ!」竹ちゃんが申し渡すと、拍手が起きる。僕等はゆっくりと歩きだした。右手に神社の境内が見える地点にまで下った時だった。2人の女の子が待ち構えていた。3期生だろうか?余り見かけない子達だった。「誰を待っているのかしら?」堀ちゃんが小首を傾げた。「竹ちゃん?」「本橋?」「石川?」「松田君?」それぞれのパートナーが問いただすが、全員が首を振る。「もしかして、Y?」さちが聞くが僕にも心当たりが無い。「あのー、長崎先輩はどちらですか?」女の子達が意を決して聞いてくる。「長崎なら、まだ後ろだよ。もう少し待ってて」と優しく教えてやる。女の子達は軽く礼をして、坂を見つめ直した。竹ちゃんと松田と僕は必死に堪えた。充分に距離を置くと3人揃ってゲラゲラと笑い出す。「逆転サヨナラ満塁ホームラン!」道子達もたまらずに噴出した。本橋と石川はキョトンとして立ち止まる。「まっまさか!本当に・・・、当りやがった!」「ああ、・・・奇跡だ!」長崎には悪いが、絶対にあり得ないと思っていた事が現実になったのだ。「アイツの運動が奇跡を起こすとはな!やって見るものだ!」本橋と石川を除く全員が腹を抱えて笑った。翌日、長崎の機嫌がすこぶる良かったのは言うまでもない。

そして、3月。開校以来、初の卒業式が行われた。2年間共に戦って来た1期生が巣立ちの時を迎えたのだ。僕の気持ちは複雑だった。共に歩んだ友が居なくなるし、自身にのしかかる責任の重さを痛感させられたからだ。折に触れて頼りにしてきた1期生と言う“重石”が消える事は、原田が本格的に独自色を打ち出して、暴走しかねない危険もはらんではいた。“果たして我らで原田を止められるか?”“創業の時代は完結させられるのか?”不安なことは多々あった。しかし、それらは僕等で解決しなくてはならない事なのだ。卒業証書授与の間、僕は言いようの無い不安と戦っていた。謝恩会の席になると、僕等は先輩達から散々絡まれた。「Y、自ら陣頭に立つのは控えろ!部下は信用してナンボだろう?」総長を務めた先輩が言う。「いいや、コイツは今年も“陣頭指揮”を執る腹積もりだ!本部席でぬくぬくとしてるはずが無い!他力本願が何より嫌いなヤツだから、絶対に先頭に立っているだろうぜ!」前生徒会長が指摘して、僕の頭をくしゃくしゃにする。「けどな、お前ほど責任感が強くて知恵の回るヤツは2期生には見当たらん。これからも知恵と行動力で全校を引っ張れ!原田の首を挿げ替えても構わん!思うようにやれ!」先輩達は僕の肩や背を叩いて激励した。「Y-、これあげるよ!あたし達はいつも共に戦って来たもの。最後の仕上げは任せるよ!」前副会長の女性の先輩がネクタイをくれた。他にも生物準備室でお茶を飲んでいた先輩達が周りに集まってきた。「Y-、お茶会続けるでしょ?いつか潜り込みに来るから“アイスティー”作って置いてよ!」「あたし、ダージリンね!」「あたしはオレンジペコ!」「Yの好きなアールグレイでもいいよ!」先輩達は注文が多い。「承知しました。初夏のころには、特製の“アイスティー”作ってお待ちしております!」僕が恭しく言うと「Y特製の“アイスティー”の味は忘れない!卒業するまで続けなさい!あそこは“心の故郷”だからいつまでも忘れないでね!」と半泣きになって言う。肩を組んで円陣を組んで校歌を泣きながら歌う。こうして歌うのもこれが最後になるだろう。円陣が崩れると1人づつハグをして別れを惜しんだ。「Y、元気でね。彼女と仲良くやりな!あたし達もアンタの事は忘れないから!」「Y、必ず会いに来るから待っててよ!」先輩達は泣きながら言った。「Y、バイバイは言わないよ!また、馬鹿をやろうね!」口々に別れを言っては2ショット写真に納まって行く。本当に先輩達は居なくなるのだ。ジュースを飲みにテーブルへ戻ると、道子が「本当に行っちゃうんだね。あたし達が最上級生なんて信じられる?」と言った。「否応なしにそうなるのが宿命だとしたら、時を巻き戻したい気分になるよ。ついこの間、入学したばかりなのにな」と返した。「でも、Yの言う通り否応なしに時間は過ぎていったのね。忙しくなるわよ!」「ああ、4期生を迎える準備が待ってる。春休みは半分無いも同然だからな!」僕と道子は先を見据えた。僕等の時代は最後の仕上げにかかる季節へと向かっていた。

謝恩会の片づけをしていると、1通の手紙が落ちていた。宛先は僕だった。咄嗟にブレザーのポケットへ滑り込ませると、何食わぬ顔で片づけを続けた。家に帰ってから封筒を慎重に開けると、「あたしはオレンジペコ!」と言っていた愛子先輩からだった。彼女から教わったのは、お茶の淹れ方に始まり美味しい味わい方まで、紅茶全般についてだった。手紙で彼女は“最後までYを振り向かせる事が出来なかったね”と綴っていた。入学して間もなく生物準備室へ出入りする様になって、最初に声をかけてくれたのが愛子先輩だったのを思い出した。「Y、バイバイは言わないよ!また、馬鹿をやろうね!」と言った愛子先輩の声がよみがえる。“スルメ”“焼き芋”“おでん”これらのイタズラのヒントをくれたのは間違いなく彼女だった。そして、必ず参加してくれた。これらの思い出は“これからも忘れないでしょう”とも綴られていた。僕の背を押したり、導いてくれた愛子先輩。その思いに気付かなかった事を僕は悔やんだ。知って入れば、別の別れになっていただろう。でも、僕にはさちがいる。また、ややこしい関係になるのは避けなくてはならなかった。僕は机の奥深くに愛子先輩の手紙を封印した。「これでいい」自分に言い聞かせると、明日からの仕事を吟味してみる。4月になれば4期生を迎えて新学期が始まる。その準備に僕等は奔走しなくてはならない。最上級生としての春は間近に迫っていた。

殺人カーの実態

2019年06月04日 16時41分24秒 | 日記
白昼夢であればどれだけ幸せだったのか!

東京池袋で「20系プリウス」が時速100キロで、人を跳ねてから交差点に突入した人身事故からどの位の時間が過ぎただろう?運転していた「元省庁の幹部」は実刑に処されるのか?地検の真意を聞きたいものだ。

「20系プリウス」そのものに異常は無く、運転者がアクセルとブレーキを踏み間違えた公算が高い様だが、事故を起こした高齢者が「プリウスの取説」を読んでいたか?確かめて置きたい気分になる。

いわゆる「ハイブリッド車」は、高度なコンピューターコントロールで成り立っている「電子制御満載のパソコン」と大差ない。言わば“走るバソコン”であり、詳細は「取扱説明書」を熟読しない限り、他人に語る事は不可能に近い。だが、実際に「取説」を読んでいる人は皆無に等しく、基本的な操作を営業マンから聞いて乗っているのが現状だ!

私は数年前まで国の車検場で働いていた事があるが、ユーザー本人が車検に訪れた際は、とにかく神経をすり減らしたものだ。まず、ボンネットを開けられない。これはまだ序の口に過ぎないから、恐ろしい。次に車体番号の打刻位置とエンジンの形式打刻位置を知らないのだ!これは相当な迷惑で、後続の業者から苦情が出るケースだ。これでもまだ序二段だろう。

次は排ガス検査に必要な「整備モード」に切り替えができない!これは致命的である。「ハイブリッドだから排ガス検査は不要だろう?」と平然と言うのだ!エンジンを積んでいる以上、如何なる形式でも排ガス検査は不可避だ。大抵はここで「整備モードに入れて来い!」と言われて列外へ出される。ディラーへ持ち込むか?親切な業者に入れてもらうかして、再び列に並ぶが、時間のロスは大きい。我々も一応は「整備モード」への切り替え方法は知ってはいるが、身体障害者などの“特定の理由”が無い限りは手は出さない。自分で持ち込んだのだから、責任は当人が取らねばならないからだ。

さて、排ガス検査に至ったとしても、まだまだトラップはある。COもしくはHCの濃度が基準値を超えて×を喰らうのだ。これは、オイル交換などの整備を怠った報いで、珍しい事ではない。高齢者になればなるほどに、日常の整備を手抜きする傾向が高いのだ!左後輪がパンクしているのに気づかずに持ち込んで、大目玉を喰らったなんてのはまだいい方だ。スリップサインが出ているタイヤで受験しようとして、不適合の判定を受けると「俺は1度も交換していない。何が悪い?」と妙な理屈で粘る。その他全ての検査に合格しても、タイヤを交換しなくては「総合判定は不合格」になり、新しい車検証は出ない。しかもこう言う時に限って「お盆休み」だったりする。「後日見せに来るから、何とか車検証を出せ!」とゴネるが判定は覆らない。全ては持ち込んだ本人が悪いのだ。

では、テスターへ侵入して検査を開始しよう。とするが、ここでも高齢者は妙な行動に出る。停止位置に来ると必ず「P」に入れるのだ。ガイド音声と我々は「N(ニュートラル)」にしろと言っているのにそれが出来ないのだ。今の車はシフトを「N(ニュートラル)」の位置にするのは稀だろう。ハイブリッドならワンプッシュで「P」にする事も可能だ。その方が安全だし、操作が楽だからだ。しかし、ブレーキの制動力を測定するには「N(ニュートラル)」にしなくては無理だ。それに「トラクションコントロールと前方カメラ」も厄介だ。電子デバイスが反応すれば車は言う事を聞かなくなる。解除方法は「取説」に書いてあるのだが、読んでくる高齢者はまずいない。「前方カメラ」はやむを得ないとしても、電子デバイスの解除方法を知らないと、検査は滞り後続に大迷惑が降りかかる。「検査続行不能」として中止を申し出るハメに何度陥っただろう?

それでもどうにかして「下回り」まで漕ぎつけても、トラップは待っている。「排気漏れ」「ブーツの破れ」「オイル漏れ」「燃料漏れ」「部品の欠落」高齢者の車は大抵どれかで引っかかる宿命にある。事前に検査はしてある様に見えるが、「整備記録簿は自分で書いたデタラメ」が殆どだ。「ATもしくはCVTなのに“クラッチペダルの踏みしろ”にチェックが入っていれば、立派な“虚偽記載”である」自動車整備士でなくては作成できない整備記録簿を“捏造”するは高齢者の常とう手段だ。これだけでも「検査拒否」の理由にはなるが、法令で「前検査」が認められている関係上、断る事は滅多にない。むしろ、「これではダメですよ!」と引導を渡すべく検査は実施するのだ。

とにかく、高齢者の車の管理はデタラメだらけで、大変な迷惑だったがそうした車両は今も街を平然と走っているのだから、恐怖以外の何物でもない。そして、踏み間違えて暴走し、何の罪もない人々を犠牲にする。そして、当の本人は「認知症」「覚えていない」で押し通して罪状を逃れて平気で生きているのだ!こんな理不尽がまかり通る国が他にあるのか?我が国の高齢者運転対策は穴だらけである。高齢者であろうとも、罰条はキチント受けて償いをしなくてはならない!

高齢者マークの付いたハイブリッド車を見たら、直ぐに逃げる事をお勧めする。かなりの確率で暴走するからだ。それにしても、高齢者にハイブリッド車を売っている販社にも言いたい。“殺人マシーン”を売るな!!売らなければ事故は減るのだから。

life 人生雑記帳 - 33

2019年06月04日 11時59分07秒 | 日記
「あー、疲れたー!」玄関にひっくり返ると、しばらく動けなかった。結局、自宅に帰り付いたのは午後5時を回っていた。電話のそばのコルクボードには、着信メモがズラリと止めてあった。「明日も臨時休校か。中島ちゃんに堀ちゃん、さちに雪枝、山本に脇坂から着信があったか!西部部隊も東部部隊もは無事に帰着したらしいな!」僕はダイヤルを回すと道子の家にかけた。応答は、道子自身が出た。「もしもし、無事に帰ったよ!」と告げると「Y、ご苦労様。意外と早かったじゃない!」「ああ、飛ばせる場所は全力で駆け抜けたからな!おにぎりとボトルは大助かりだったよ。ありがとう!」「いえいえ、本当はあたしの家に泊めるつもりだったの!Yも大分体力が付いたけど、さすがに今回は帰すのが怖かったから。ママもこれで安心するわ!臨時休校の知らせは回って来てる?」「来てるよ。これで少しは楽になる。今夜は直ぐに寝るよ」「そうしなさい!Yにも休養は必要よ!あたし達の3倍の距離を移動したんだから!雪枝と中島ちゃんと堀ちゃんには、あたしから“無事の帰還”を知らせて置くから、さちのとこへ直ぐに連絡しなさい!じゃあね、Y、ありがとね!」道子は3人への連絡を請け負って電話を切った。僕は直ぐにさちの家へダイヤルを回した。応答はさち本人。電話に貼り付いていたらしい。「さち、無事に家に帰ったよ!」「Y―、大丈夫なの?疲れてるね。道子達は?」「ちゃんと送り届けた。他のみんなも無事に帰ってる。もう、心配はいらないよ!」「・・・、あたし・・・、Yの・・・、傍に行く。行きたい!」さちは泣きながら言った。「帰れなくなったらどうするんだ?」「いいもん!居付いてそのまま、一緒に暮らすもん!・・・、何も要らない・・・、Yが居ればそれでいいの!」さちは寂しさと心配で泣きじゃくった。「Y、会いたいよー・・・、明日駅に来て!あたし何があっても行くから!」「うん、待ってるよ!でも、無理はするな。午前中に来れなかったら、水曜日の朝、駅で待ってるからさ」「うん、待っててね。・・・、ゆっくり休んで。あたしも疲れたから、ゆっくりする。Y、おやすみ」「さち、おやすみ」僕は何とか電話を終えた。夕食後に風呂に浸かるとドッと疲れが襲って来た。早々に出ると死んだように眠りこけた。

翌朝、いつもの時間に跳ね起きると、自転車を走らせて駅へ向かった。さちの通学時間帯の電車は把握している。駅の駐輪場に自転車を止めると、改札口で電車の到着を待った。特急列車は終日運休になっていたが、普通列車はほぼダイヤ通りに運行されていた。下り電車がホームに滑り込むと、さちの姿が見えた。改札口で捕まえるとしっかりと抱き寄せる。さちは、泣き出した。人影もまばらな駅舎を出るとベンチに腰を下ろす。「Y、無事でよかった!」肩にもたれかかって、さちは安堵のため息を漏らした。「さち、あれからどうやって帰ったんだ?」「足首まで水に浸かって歩いて帰ったの。途中まで竹ちゃんが付いて来てくれたよ。最後は雪枝と手を繋いで歩いたの。雪枝はあたしの家で迎えを待って、車で戻ったの」さちが昨日の生々しい記憶を話してくれた。私服姿のさちを見るのはこれが初めてだった。デニムのスカートに白いブラウス、水色のスカジャン。足元は白いスニーカーだった。「お互いに私服姿で会うのは初めてだね。何だか妙な気分!」さちがやっと笑う。「これからどうする?」と聞くと「登校しようよ。勿論、行けるとこまでだけど」「よし、行くか!」僕等は手を繋いで“大根坂”を目指した。

法面が崩落し、路肩も崩れた現場では重機が入って土砂の取り除きが行われていた。当面は片側交互通行になりそうだ。近道の小道も橋が流されて通れなくなっていた。「正門経由しか無理ね。復旧するまで時間がかかりそうだね」「ああ、土石流にならなかったのが不思議なくらいだよ」僕等は改めて被害の大きさを目の当たりにした。2人して手を繋いだまま坂を下り始める。途中で僕は“バード”の眠る墓地に一礼した。多分、彼が僕等を守ってくれたのだと思ったからだ。「Y、どうしたの?」「うん、“バード”にお礼を言ったのさ」「“バード”って誰?」さちが僕の顔を覗き込む。「彼は、中学1年生の夏に心疾患で急死した同級生なのさ。元々心臓に爆弾を抱えていてね、激しい運動は出来なかったんだけど、作戦を立てるのが上手くてね。観察眼や人の心を読む力に長けていたんだ。僕の基本的な思考パターンは、“バード”に教わったものなんだよ!」「“バード”のフルネームは?」「羽鳥栄一。僕の友であり“師匠”だった。倒れ亡くなる5分前まで、共にクラスマッチの作戦を考えていたんだ。彼は“どんな時でも道は必ずある。無ければ切り開けばいい!決して諦めたり悲観したりするな!”って言ったんだよ。あの言葉が“遺言”になるとは思わなかった。結局、彼が逝った後を僕が継いだ。中学校時代を通して“作戦参謀”として過ごしたんだ。今の僕を形作っているのは、羽鳥に間違いないよ!遠くに逝っても心はいつも共にある。昨日だって、彼がどこかで手を差し伸べてくれたから、切り抜けられた様なものだ」「そうじゃない?きっと彼はYの背中をずっと押し続けているんじゃない?“頑張れ!”って」さちが羽鳥に代わって僕の背を押す。確かにそうだろう。彼はどんな状況でも常に的確な判断を下して、クラスに勝利をもたらし続けた。その背を僕は追いかけて、学び、実践して来た。今の自分を奮い立たせるモノを与えてくれたのは羽鳥の“遺言”に他ならなった。「さち、行こう!僕は“バード”の後を継いで良かったと思う。彼が果たせなかった夢を、見たかっただろう未来を僕は伝える義務がある!いずれ、彼に会う日が来たら、全てを語ってやれるように生き抜いてくよ」「長い長―い、話にしてよね!そのためにも、Yは健康でなければいけない。その役目はあたしのが背負う。共に明日に向かって歩んでいこう!」僕とさちはゆっくりと坂を下りて行った。

水曜日。道路の仮復旧が整って学校は再開される事になった。だが、自転車での登坂は禁止となった。止む無くバス通に切り替えて“大根坂”を登る。いつものポイント付近に差し掛かると「Y-、おはようー!」さちの声がする。振り返ると大集団が登って来るではないか!竹ちゃん達6人は勿論、伊東と千秋、松田に山本と脇坂、本橋に石川も居る。僕を含めると14人の大集団に膨れ上がった。「参謀長!元気かい?!」竹ちゃんとガッチリ握手すると、伊東と千秋が肩を叩く。松田、山本、脇坂、本橋、石川とはハイタッチを交わした。道子や雪枝、堀ちゃんに中島ちゃんとは軽くハグをする。「みんなが無事に帰れたのは、参謀長の知恵の賜物だよ!あの決断が無ければ、俺たちは日干しになって倒れてただろうな!」歩き出して直ぐに伊東が月曜日を振り返る。「山本、脇坂、どうやら“強行突破”に及んだらしいな?」僕が聞くと「ええ、参謀長の読み通りでした!濁流は流れてましたが、歩道橋は渡れたんです!」「後は指示通りにしてまでですよ!」2人は涼しい顔をして言う。やはりこの2人が僕の“後継者”なのだろう。これからも要所を締めるのは、この2人に任せるのが賢明だと確信した。「僥倖だったに過ぎない。運も味方してくれんだろう。ともかく、こうしてみんなの顔を見られて安心したよ!」嘘偽りのない本音だった。「だけどよ!今回の対応は問題だらけじゃねぇか?1歩間違えば危なかったのは、みんなが知ってる。参謀長、抗議できねぇか?」竹ちゃんの言っている事は間違っていない。「僕も黙っているつもりは無いよ!先生を通じて校長に抗議するつもりだ!学校としての対応のマズさは指摘しないと治りそうも無いからね!」「そうしてくれ。今回はまだ良かったが、これから大雪とかに見舞われた場合の対策も含めて、学校側も反省しきゃならないはずだ!校長にモノが言える生徒は、参謀長ぐらいしか居ないからな!」伊東は改めて僕の肩を叩く。崩落現場には、土嚢が積まれ応急処置が施されていた。昇降口で僕は山本と脇坂、本橋に石川を捕まえると「4人共、今回は良くやってくれた。改めて礼を言う。ご苦労だった!」自然と頭を下げると「そんな事はしないで下さい!我々は参謀長の言われる通りに動いたに過ぎません!」と言って口々に恐縮する。「だがな、いずれ私も本校を去る時期が来る。これは動かしようのない事実だ。その時になって慌てない様にするためにも、4人にはこれから、あらゆる事を教え込んでいくつもりだ!全力で付いて来い!」と発破をかけると「はい!」と合唱が返ってきた。4人の眼はキラキラと輝いていた。

「うーん、言われてみればお前の報告書の通り、今回の一件は“穴”だらけだったな!咄嗟のお前の判断が無ければ、多数の生徒が路頭の迷い、救助に相当の時間を要したのは疑いの余地はない!実際、今朝から抗議と苦情の電話が、鳴り止まないのだ。佐久先生も頭を痛めとるし、校長も対応に追われている。これは預かってもいいのだな?」中島先生は、ぼくの書いた報告書を指して言う。「はい、コピーは取らせてもらいましたので、如何様にされても構いません」僕はハッキリと言い切った。「生々しい体験が綴られているこれは、校長に見せた方がいいな!また、呼び出しがあるかも知れんが、覚悟はいいな?」先生は僕の表情を伺う。「はい、初めからそのつもりで書き上げました。それと、これが“3期生再生計画”に関する報告書です。併せての閲覧・提出をお願いします!」僕はもう1通の報告書も先生に手渡した。「うむ、ワシも読ませてもらってから出すとしよう!いずれにしても、今回は良くやった!“3期生再生計画”も今回の“災害対応”もお前だから切り抜けられた様なものだ。後は、任せろ!いずれにしても、呼び出しがあるのは承知していろ!校長の事だ、間違いなくお前から直々に話を聞きたがるだろう。一読したらワシから提出して置く。ただし、保健室送りにはなるなよ。疲れとるのは分かるが、校長が煩くて敵わんからな!」「大丈夫です。今日はあまり動きませんから」と返して僕は生物準備室を辞した。その足で僕は現像室へ向かった。小佐野が根城にしている“校内一怪しい部屋”である。ドアをノックすると「入れ」と応答がある。「邪魔するよ」天井から釣り下がる現像済のフィルムの枝の奥で、小佐野は写真に見入っていた。「米内さんか。原版は?」と聞くと「さすがだな。一目で言い当てられるのはお前ぐらいだろう。それで、何の用事だ?」と薄笑いを浮かべる。「佐久は“危機管理担当”だったよな?今回、どこまで噛んでるんだ?」と聞くと「1枚も噛んでねぇよ。最終的に“臨時休校”の判断を下したのは教頭だ。佐久が来たのはあの日の午後。お前たちが“強行突破”をやってる最中さ!」「佐久は歯噛みをして八つ当たりしたろうな。校長に怒られる確率は?」「怒られるだけじゃねぇ!非常事態に対応する用品を何も持ってなかったからな。今頃は、デカイ体を縮めて“米つきバッタ”の様にペコペコしてるはずだよ。今回の一件について、痛烈に批判した文書は出したんだろう?お前も気を付けろ!校長から呼び出しを受けるぞ!」と小佐野は鼻で笑う。「米内、山本、井上の海軍三提督か。“海軍左派”と言われ、三国同盟に断固反対した事はGHQからも評価された。原田も左派だが、些か独断専行が見えてきたな。そろそろ、ブレーキをかけなきゃならない」「分かってるなら、サッサと行動しろ!“補佐官”なら当然だぞ!」「ああ、生徒会からも今回の一件について、痛烈に批判した文書を出させるさ。原稿は俺が書いたものを一部流用するがな」「個人だけでなく、生徒会からも突き上げを喰らえば、佐久も大人しく言う事を聞くだろう。それで、矛先をかわすつもりだな?原田を巻き込むのも、計算の内か?まあ、そのぐらいの仕事はやらせなきゃ、権勢を持たせた意味が無いからな!ヤツも今回の件を利用して、良い顔はしたがるだろう。急いでかかれ!佐久もデカイ割に俊敏だからな。機先を制するのが先決だ!」「ああ、佐久が校長室に拘束されてる今の内に手を回すよ」「佐久の動きはしばらく注視して見ててやる。山本と脇坂を鍛えてくれ。交換条件はお前の脳味噌のフルコピーだ!」「分かった。言われなくてもそのつもりだ。我らより後は、あの2人が頼りにならないとダメだ。あらゆる事を叩き込んでやるよ」「米内さんを持って行け!我ながら傑作に仕上がった」小佐野は写真を差し出す。「悪いな。もらって行くよ。じゃあ頼んだぜ!」そう言うと薄暗い現像室を出た。写真の裏を見ると“佐久は校長の教え子。最も手を焼かせたヤツだ。嫁も校長の仲介で探し当てた。校長を後ろ盾にすれば、佐久は手出しをして来ない”と走り書きがしてあった。「相変わらず、抜け目の無いヤツだ!」僕は教室へ戻るべく階段を昇った。

教室の前には、伊東と原田、それに長官が待ち構えていた。「参謀長、担任に提出した“報告書”のコピーもしくは原簿はあるか?」長官が誰何して来る。「それをどうするんです?あくまでも個人的主観でしか書いてない代物ですよ?」僕は、原田の前なので敢えてトボケに走る。「その“個人的主観”が欲しいんだ!生徒会としても今回の一件は放って置けない。1期生と3期生には、聞き取り調査を命じてあるが、2期生の代表として君の意見が見たいんだよ!」原田は熱心に語り掛ける。「佐久を敵に回してもかい?」僕はトボケ続ける。「ああ、危機管理上の盲点を突かれたんだ。佐久先生がどうこうとかは問題じゃない!学校側と渡り合うには、武器が欲しい。それが君の出した“報告書”なんだ!」原田は佐久と渡り合う事になっても、戦うつもりだった。「1つ条件がある。原文をそのまま用いない事だ。あくまでも“生徒目線”を貫いて欲しいし、特定個人からの意見として使わない事。それが通せるなら、手を貸そう」「いいだろう。君の文章を参考にして書き直すよ。君個人の意見とならない様に配慮する。どうかな?」「煮るなり焼くなりすればいい。くれぐれも原文は流用しないでくれ」と僕は言うとコピーを原田に手渡した。「恩に着るよ!佐久先生が釘付けになっている今、動かないと握りつぶされる!我々も手をこまねいて居る訳には行かないんだ!急いでまとめて提出する!」原田はコピーを手に教室へ戻った。「ああは言ったが、骨格や骨子は流用されるぜ!あれでいいのか?」伊東が心配して聞いてくる。「最後のページは抜いてある!“今後予想される危機に備えての基本的方針”って書いた箇条書きの部分だけは渡してない。全て手柄を横取りされるものか!」僕は笑って答えた。「その箇条書きの骨子は?」長官が聞くので1枚のペーパーを差し出す。毛布や非常食の備蓄、灯油の備蓄量の拡大。柔道場への暖房設備の配置等々、必要とされるモノのリストも含めた提言が書かれた最後の部分だ。「ふむ、これを抜きにした理由は?」「“生徒目線”を貫かせる事と事実に絞らせるためですよ。証言を集めて早く上げなくては、佐久に睨まれますし、手柄を丸々横取りされないためにも、必要かと思いましてね!」「原田には半分で充分。これはこちらの手柄にしなくてはヤツの権力が強くなりすぎるか?いい選択だ!だが、佐久は“人間装甲車”の異名を持つ強敵!どう立ち向かう?」長官が危惧した。そこで小佐野からもらった写真を見せる。裏書を見た2人はニヤリと笑った。「校長が“金字牌”とは!これなら佐久も黙るしかあるまい!」長官と伊東が頷く。「佐久の動きは小佐野が監視しています。異変があれば知らせて来るでしょう。後は“呼び出し”に応ずれば済む事です」「少しは原田の鼻をへし折れるな!見事だよ、参謀長!」長官と伊東に肩を叩かれながら僕はにこやかに教室へ入った。

ホームルームが終わると「Y、校長室へ行くぞ!案の定“呼び出し”が来た!」と中島先生が言った。「やはり来たか。参謀長、頼んだぞ!」長官が声をかけて来た。「ともかく行ってきますよ。さち、ノートを頼むよ!」「うん、行ってらっしゃい!」さちはそっと僕の背を押して送り出した。先生と校長室へ向いドアをノックすると、にこやかな表情の校長がドアを開けてくれて、応接ソファーへ座るように促される。お茶も用意されていたので“長くなるな”と直感的に思った。遅れて現れたのは佐久先生だった。「貴様!なんたる無礼な!起立!気を付け!」と僕の襟首を掴んで強引に立たせる。「無礼なのはお前だ!信夫(佐久先生の名前)!Aセット始め!スタート!」と校長が命ずると、佐久先生は腕立て伏せと腹筋を繰り返した。“佐久は校長に逆らえない”と言うのは本当だった!3分後に「止め!」と校長が命ずるまで運動は続けられた。「この“イタズラ小僧”が!貴様の尻を拭いてくれた恩人に対する無礼は私が許さぬ!Y君、遠慮無く座ってくれ。信夫はここへ正座しろ!」佐久先生は僕の目の前に正座をさせられた。校長が僕と中島先生の前に座った。手には僕の出した“報告書”を持っている。「想定外の事態だった。唯一の道が閉ざされるとは、考えもしなかったよ。あの日の最善手はなんだったかね?」校長は僕の顔を見て問うた。「校内に居た生徒には“待機”をさせるべきでした。無理矢理に下校した結果、駅で行き場を失う事になったのは、僕等としても“どうしよう”と思案するしかありませんでした。弁当はみんな持参していましたから、校内に“待機”して助けを待つ方が安全上は好ましかったと思います。後は、交通情報が全く伝達されなかった事ですね。電話は生きていましたから、駅へ問い合わせるなりバス会社へ問い合わせる事は可能だったはずです。その上での下校だったら状況はまた違っていたかも知れません」僕は静かに答えた。「だが、あのタイミングで下らなければ、閉じ込められる危険性はあった。やむを得ない判断だったのではないか?」佐久先生が反論するが、校長に睨まれると慌てて小さくなった。「教職員の数も充分でなく、判断も混乱の中、遅れに遅れた。危機管理上の盲点を突かれた今回の一件は、私達に多くの教訓と課題を突き付けた格好だ。その中で、Y君の決断は結果的には一番正しかったと言える。投機的な危険はあったが、可能な限りの“対策”を立てて行動した事で、40名を無事に帰宅に導いた。本来ならば、信夫が陣頭指揮を執らねばならない事案だが、コイツが来たのは君たちが行動を起こした後だった。まずは、信夫の不始末を詫びて、勇気ある行動を執ってくれた事に感謝するよ。良く頑張った!」校長は佐久先生に鉄拳をお見舞いしてから頭を下げてくれた。「しかし、1歩間違えば“大惨事”になっていたかも知れない。余りにも危険すぎる行動とも言えるぞ!」と佐久先生は校長の鉄拳をモノともせずに反論した。「それは、下校を命じた段階から言える事ではありませんか?学校に留まれば、そうしたリスクは生じませんでした。助けを待たずに僕たち生徒を放り出したのが問題だと思いますが?」僕はあくまで冷静に応じた。「信夫!一々反論するな!責任者であるお前が不在だった事を考慮すれば、生徒達が自主的に行動するのは当然だ!そうしなければ、帰れなかったのだぞ!実際、40名の帰宅を彼が立案して実行したのだ!己の未熟を恥じよ!貴様の本分はこうした災害時の対応も含まれておるのだ!四の五の言わずに黙っておれ!」校長は容赦なく鉄拳を振るう。佐久先生は余りの剣幕に身を小さくして逃げ回った。「この“イタズラ小僧”が!しばらく黙っておれ!」校長が命ずると佐久先生はうな垂れた。その上で「起きてしまった事を悔やんでも、前には進めないし今後予想される危機に備える事も出来ない」と前置きをして「“危機管理マニュアル”の改定と“非常用備品”の購入を進めなくてならないな!幸い、Y君が“今後予想される危機に備えての基本的方針”と題して方向性を提起してくれている。信夫!これを叩き台にして至急必要な手配にかかれ!予算は県教委から私がむしり取って来る!まずこれが1つ。他にも生徒会から証言を集約した“意見書”が来ている。Y君の“報告書”と合わせて今回の災害対応の検証をする事だな。教職員からの証言も得なくてはならないし、私や信夫が居なくても、適切な対応が執れる様に本校の教職員規則を改正しなくてはならない。こちらは、中島先生にお願いしたい。勿論、信夫も付けるし、他の先生方にも助力をお願いしなくてはならない。これが2つ目。もう1つは“う回路の設定”だな。これは私が町長に申し入れをして、徒歩でも抜けられる道の整備を陳情しなくてはならん!これは私が担当するとしよう。最後は、自力での帰宅の道を普段から確保する事!これは、生徒たちに両親と相談して取り決めてもらわなくてはならない。生徒会とY君の担当はこれだ!今回の事をベースにして“校内に留まるか?”“下校に踏み切るか?”をあらかじめ決めて置く事だな。専用の用紙を作ってファイリングし、“誰がどうするのか?”を直ぐに把握出来る様にしてしまおう。Y君、ご苦労だが生徒会と協力して、準備を進めてくれ!君も“会長主席補佐官”だったな。君の視点で原案を作成して、生徒会で揉んでから私の手元へ上げてくれ!」校長は次々と手を繰り出した。さすがに今回の事は堪えたと見えた。「校長、質問しても宜しいですか?」と佐久先生が遠慮がちに言う。「何だ?」「Y、校内の避難場所として“講堂”と“柔道場”を指定しているのは何故だ?」「それは、足止めを喰らうであろう生徒の数の問題ですよ。恐らくこれから起こるであろう危機でも、足止めをされるのは東側から通っている生徒たちが主になるでしょう。その最大値を考慮すると、“講堂”と“柔道場”を押さえて置けば事足ります。特に柔道場は畳敷きですから、寝泊まりするには必須の場所になります」と言うと「うーむ、そこまで読んでの提言か!」と野獣の様に佐久先生は唸る。「彼には、お前には見えないモノが見えているのだ!これは、現場を指揮した者しか分からない事だ!いいか信夫!明日までに必要な備品類をピックアップして置け!災害は待ってはくれぬ。直ちにかかれ!」「はっ!」と言って礼をすると佐久先生は校長室を辞して行った。「Y君、済まなかったね。あの“イタズラ小僧”も悪気があっての事では無いのだ。許してやってくれ!」と校長は言うとお茶を勧めた。「駅で足止めをされて、さぞかし困っただろう?だが、最善手を見つけて血路を開いてくれたのは、君だからだろうな。西側の“渡河作戦”にしても、東側の“旧道踏破作戦”にしても、並みの生徒では思いもつかない策だ。安全に配慮して誘導を図ってくれた事も大きかった。東側のルートには何か実績があったのかね?」「はい、中学生の時に文化祭の発表作品を作る上で、旧桑原城と旧上原城の調査をした事がありまして、その際に踏破したルートを今回の脱出路に置き換えたまでです」と答えると「全て図上での演習は済んでいたのか!片方は通学路を応用したルート。恐れ入ったよ!」校長は何度も頷くと“報告書”を見ながら「これからは、初動をもっと早くしなくてはならん!君たちからの情報提供も必要だ。無理に登校せずに“引き返して通報する”仕組みも作らねばならない。私達の学校をまもるためにも、これからも力を貸して欲しい!それと、3期生の“再生計画”も良く頑張った!西岡君を“執行猶予付き”にした判断が生きるとは、思わぬ副産物だったな。彼女の功績は称えられるべきだ!過去は過去として水に流そう!彼女達の処分は“不問”として消し去るとしよう!」校長は上機嫌でサラリと言ったが、西岡達の処分歴が消される事は大きかった。結果としては、大筋で“報告書”の内容は妥当と判断され、佐久先生と中島先生達に後事を託す事で合意を見た。年末にかけて、各規則や規約の改定、生徒規則の改定が実施され、今回の教訓が随時反映された。肝心な部分に原田の意見は余り反映されず、臍を噛むことになったが、ヤツの影響力を削いだ今回の件は“モデルケース”として長官や伊東達に利用された。独裁を目論む原田を“制御する閣臣”として抑え込んだ実績は後々まで尾を引き、長官と僕はこの後も度々原田をコントロールして行く立場となった。“閣外協力”でありながら、実質的には伊東達の背後で活動する一員となったのである。