くにやんの日記

日頃感じたことを日記に託します。

あれから何年?!… 音楽歴編 2

2008-09-25 22:00:31 | Weblog
店内は地下とあって薄暗い

カウンターとソファーの客席があって楽器が無ければ普通のスナックと

一緒だぁあ

当時俺が感じた客層は20代はパラパラ、30代、40代が圧倒的多

く、50代、60代の方もチラホラやった

スタッフはマスター、ギター曽我さん(この人無しでは俺の音楽人生語

れない)ベース 裕(未だにこいつのライブ見に行ったり、ダァーダァ

ー見に来てくれたりしてる)

ボーカル チヅル(ハスキーで声量は凄い)ドラム 鶴丸(今東京でグ

ループサウンド演ってる一応プロ)


お客さんの出入り具合で演奏をする時間帯が決まるみたいで、先ずはス

タッフ(キャンディーバンド)の歌と演奏が始まったぁぁ

マスターの挨拶で始まり、マスターが歌うよく歌う曲は『プカプ

カ』


俺のあん子はたばこが好きでいつもプカプカプカ

俺の大好きな曲の一つ、切ない中にも人間味を受ける曲や


続いて曽我さんがモップスの『たどり着いたらいつも雨降り』と『ドン

レットミダウン』を渋く歌ったああ


そして女性ボーカリスト チヅルがカリーサイモン『うつろな愛』をハ

スキー且つ大胆に歌う


これだけでも俺は衝撃だった!!!!

外タレのコンサートやYAZAWAのコンサートは観たこと有るけど


目の前で演奏して歌ってるの始めて見たし恰好良いと衝撃受けたもん


でぇぇぇぇぇ次ぎ


『お客さんに歌って貰いましょうかね』だってぇぇぇ!!!

常連さんであろう人が、前に出て歌う!!!!

慣れては居るがやはりカラオケ感覚で歌ってる


三人ぐらい歌われた後に『次はドンタさんチームに歌って貰いましょ

う』

チーム云うても俺とドンタしか居ない!!!

二人で歌うのかぉぉいややなぁぁと思っていたら

ドンタが『こいつ始めてやけん歌わしちゃり、多分すごかばい』


俺はこの歳(当時42歳)までカラオケとアカペラだけでしか歌ったこ

とがない


ここで粋なり生塩素で歌うとはぁぁぁぁぁ

思ってもなかったが、アガル事のない俺は迷わず

『リンダ.リンダぁぁぁぁぁぁぁ』

って叫んでしまったぁぁ


ブルーハーツが大好きで曲が好きと言うより、ヒロトの歌うスタンスが

とても好きで、カラオケでも歌詞テロップ読まずに跳びはねて歌ってた

から歌ってたから、ドンタも生バンドで歌わせたかったんだろうと、思

ったよ!!!


ジャンジャンジャンジャンドブネズミみたいに…

中略

リンダ.リンダぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああオーオー


歌い終わったぁぁぁ!!!!!


この瞬間、生演奏で歌うのはどんな快楽より気持ち

いいと思ったよ


もう顔は緩んでいただろう


それから月に4回以上は通うようになったぁぁぁ




次回つづきます

<<前の日記へ くにの日記一覧へ

あれから何年?!… 音楽歴編

2008-09-25 07:39:20 | Weblog
音楽活動の最初の切っ掛けとなったのは1999年8月25日

サルトリークラブの例会

『オーシャン・ビュー記念講演、企業メディカルアド梅谷氏 &フルー

ト演奏  セントラルホテル』

が終了して、ドンタが『おい!!!お前が元気出る所に行くけん、つい

て来やい』


当時、まだまだ下半身が全国レベルのアスリートでオイタをしでかして

奥さんからこっぴどく叱られ、夜11時までの謹慎中だっ

たので元気もなく『悪いばってん今日は帰る』


ドンタも知っていたが『いいけん来やい』

断る理由(有り過ぎ)も無かったので気分転換になると思いつい

ていった


西中洲のホテル街のネオンの眩しい所をくねくねと歩いて

いったけど『こげん所、もっとややこしゅうなるちゃないとかいなぁ

ぁ』と思いながら、たどり着いたのが地下に伸びる階段を下りた

スナックらしい雰囲気のお店


本当にやばいばいと思いつつも店内に入ったぁぁ

ところがぁぁぁ


奥にはドラムセット、マイクスタンド、壁に所狭しと掛けられてるギタ

ーやベース

音楽教室かとここはって思うほどの始めての雰囲気のお店だった

ぁぁ


ここから俺の音楽人生が始まったと云っても過言じゃない場所


キャンディーである







ここからの出会いがなければ今のダァーダァーの活動は無かったやろう


さぁって、これからが本番やがとても長くなりそうなので今日はここま

で何日かに分けて書いていくからね


お楽しみに