ぐうたら老人のカオスな放課後

第一線をリタイヤ。世の中を斜めから覗く日々。

冬の最北端の地に

2015年02月24日 | 旅行
 1月下旬。爆弾低気圧の不安を抱えながら、旭川空港に。
 運が良かったのか、到着した午後の気温はマイナス4度。
 バスで紋別へ。紋別で一泊。本州よりも2時間位日没が早い。

 オホーツク海の日の出。残念ながら流氷はナシ。
   

 オホーツク沿岸を北上。
 
 途中の風景
           

     

                       オホーツク沿岸は流氷で船が壊されないようにこの時期は陸にあげるそうだ。


 
今回の目的の地。真冬の宗谷岬。幸いにも快晴に恵まれて遙か彼方にサハリンが遠望できる。
     
  しかし、予想以上に観光地化され想像とは大分乖離。残念。

 

  稚内市内にあるかつてのフェリー乗り場への大防波堤。今は観光資源。でも何か感動する風景。
     

  
  稚内市から少し宗谷岬よりに立つホテルの窓からみた夕日。 今日は朝に紋別で朝日を、夕に稚内で夕日を。
  しかし、このホテルは小ぶりながらなかなか素晴らしいホテル。再訪したい気分になった。

    


  北海道から帰った日の天気予報で、彼の地は再び大荒れの天候とのこと。最終日の旭川の気温はプラス4度。
  天候に恵まれた旅を楽しむことができた。
  北海道は夏も良いのかも知れないが、冬の大地を眺めて、初めて北海道の魅力を体感出来るのではないだろうか。



     * 写真をクリックすると拡大されます。
 
  

山菜て栽培?

2013年11月25日 | 旅行

ある山里に尋ね入ること侍りしに…

 [山菜] 
  新明解五版
     山でとれ、葉・茎・根などが食用となる。
  広辞苑
     山に自生する野菜。ワラビ・ゼンマイなどの類。
  明鏡
     山野に自生する植物のうち、食用になるもの。ワラビ・ゼンマ
     イ・山ウド等の類。

山菜て山野に自生するものと思っていたが、認識を新たにせねば。 
道は公道と思われるのだが……。

      

      

「罰する」も変な表示。「罰せられる」なら分かるが。これでは地主が罰するになって私刑になってしまうのでは。気持ちは分かるが 

松江散歩

2013年06月14日 | 旅行
松江を散策。
お堀に沿ってぶらりぶらり。

お堀は水が豊かで、鬱蒼とした木々が水面に映り美しい。
何よりも感心したことは水が豊かで綺麗なこと。

今まで見たお城の堀のなかでは特筆に値するのではないだろうか。

宍道湖に連なっている関係からかも知れないが、住民の意識が綺麗にさせているのではないか。

小泉八雲旧居・記念館を訪問。彼の作品の根底に流れる何かを感じた一時であった。


素戔嗚尊と稲田姫(櫛名田比売)ゆかりの神社『八重垣神社』へ。参拝する人々で賑やかな神社。奥にある「鏡の池」は縁占いで有名な場所。乙女達が真剣な顔で紙を浮かべ占っている。それはよいとして40.50代のオッサンがやるのは絵にならない。

次いで素戔嗚尊と稲田姫(櫛名田比売)の新居であった、『須我神社』へ。松江からは相当奥にあるためか、参拝の人々は少ない。
この神社は「日本初之宮」で「和歌発祥之地」なそうな。知らなかった。
せっかくここまで来たのだから奥宮へも。車を下りて登る参道はなかなか厳しい道で息が上がってしまう。いわゆる巨石信仰なのだろうか。

そろそろ帰途へ。

「奥出雲たたらと刀剣館」「たたら角炉伝承館」を見学して高速に入る予定で出発。
途中『ここはかめだけでうさぎはいない』という看板を発見。
「エッ…、ひょっとするとここは松本清張の作品に出てくるあの場所?」雑貨屋さんで聞いてみると「この地で撮影したんですよ。記念碑がありますよ。」とのこと。
「そうかここがあの亀嵩か。」緒形拳のお巡りさん姿を思い浮かべた。

広島から山陰に入って『古事記』の旅第1章。
人麻呂の歌碑も途中見ることができた旅。まずはここで幕を。


 

山陽から山陰へ

2013年05月30日 | 旅行
久し振りで、車中泊の旅に
小雨模様の中を出発死、山陽道三木サービスエリアでまずは一泊
新しく購入したマットの使い始め
なかなか具合が良

先ずは呉に
 てつのクジラ館へ 機雷や実潜水艦が展示
 自衛隊の広報の一つとは言えなかなか見応えが

 大和ミュウジアムへ 要は呉の変遷と呉の海軍史

昨年は知覧を訪ねたが、ともに過酷な時代を生きた青年の心情を痛感


その後中国道浜田道をひた走り 山陰に
浜田から国道9号を北上

 途中に人麻呂の歌碑が  知らなかった
 風光明媚な場所

道の駅キララ多岐で今日は終了


やっぱ今1日で300キロ超え 明日はもう少しノンビリとと反省

車中泊 九州再訪ぶらり旅 後編

2012年11月23日 | 旅行
 九州ぶらりドライブの旅 後編

 諌早を鹿児島に向けて出立。R3からR270・226を走ろうの予定だったが、色々聞いてみると皆さん賛成してくれない。今日の予定は砂風呂に入り鹿児島に到達すること。今日まで毎日400㎞を越える走行なので、今日は200㎞までに押さえたい。と言うことで、節を曲げて南九州自動車道を利用することに。

 指宿で砂風呂を楽しんだ後、鹿児島へ。途中道の駅「いぶすき」で安納芋を買ってしまう。当地へ来て見る焼き芋屋は皆安納芋を使用している。きっと美味しいのだろうと思いお土産にと。
 鹿児島に入る前に、前回はスルーしてしまった「知覧特攻平和会館」へ。特攻隊員の写真を前に厳粛な気持ちに。彼らの行動をどう受け止めるかによって右にも左にもなるであろう。何はともあれ平和の重さを考えさせられる。しかし、声高に談笑している人々には……。
 3時過ぎに鹿児島到着。海岸沿いの桜島が一望できるホテルに投宿。最初から鹿児島ではこのホテルに泊まる予定で当日の電話で予約が取れラッキー。車を置いて鹿児島の繁華街天文館に。車中泊の旅で、繁華街を散策するのは初めての行動。美味しい薩摩揚げの店を探してブラブラする。今日の走行距離は予定の200㎞以内に収まった。

     名の知らぬ花が。

 今日は桜島から霧島へとの予定。フェリーで桜島に渡りR224を走行。途中有村溶岩展望所で噴火に遭遇。風向きから車は火山灰に包まれてしまった。旅人にとって噴火は素晴らしい光景だが、地元の人にとっては迷惑至極であろうことを実感。しかし何はともあれ、鹿児島市内から見る桜島は素晴らしい景色。ここまで来た甲斐があった。

    

 桜島からR220へ。道の駅「たるみず」で枇杷ソフトを食して霧島へ。途中黒酢の里で黒酢甕群を写真に。この道には蜜柑の販売所が多数ある。前回食べたところ美味しかったのでお土産にと車を停めて買いに。立ち寄ったお店で地元の人の会話を耳にし、初めて鹿児島弁に接することができ嬉しかったが、内容は半分位しか理解できなかった。しかし、この地の蜜柑は小粒だが甘い。
 お昼頃に霧島神宮に到着。参拝後、「さざれ石」などのある境内を散策。七五三の宮参りや個人の参拝客が結構来ている。さすがは古事記の神宮。
 宮崎の高千穂との関係はなどを考えながら、天孫降臨への道を通って高千穂河原へ。
「高千穂河原霧島神宮古宮」は鳥居と祭壇だけ。これまで見た神社の持つ雰囲気とは随分と異なる。高千穂峰の山頂には「天の逆鉾」があり、其処まで行きたかったが、リサーチしたところ、上りで一時間半、下りで一時間かかり、途中は新燃岳の噴火灰が厳しいとのこと。一応登る準備はしてみたが、時刻は2時半過ぎ。これから登ると戻ってきて5時過ぎ。しかも下りて来る人はいるが、登る人は皆無。登って登れないことはないが……。現時間から登って事故ってはと思い今回は諦めることに。このところ年寄りの自己過信による遭難騒ぎが多発。そうはなりたくない。高千穂河原ビジターセンターをゆっくり見学して終えることに。古事記九州の旅はこれでピリオドか。

     霧島樹林帯の道とも

     登りたかった


 さて、そろそろ帰路につかねば。地図とにらめっこし都城に出てR10を福岡方面に向かうことにする。ガソリンがそろそろ厳しくなってきたので、いつもの貝印をR10沿いで探すが見当たらない。都農町で国道から外れたところでやっと発見し給油。大分に入ったらそこそこにあったが、宮崎では国道沿いには全くと言って良いほどない。
 ひたすらR10を走ること6時間余り、そろそろ今日の休息地をと地図を広げ検討。R10沿いの道の駅「北川はゆま」か、R388沿いの「北浦」にすべきか。「北川はゆま」にするが、着いてビックリ、工事中。駐車場の灯りが取り外され、代わりに高速道の工事で用いる照明器具が設置されている。それはガソリンエンジンが電源の照明器具。エンジン音が結構うるさい。しかし、旅にはこんなトラブルが付きもの。今更他の道の駅に移動するのも億劫。子守歌と思って我慢して休むことに。
 

 朝7時に目覚める。音はまだしているが、慣れたか余り気にならない。目覚ましに辺りを少し散策して出立。R10を更に走り臼杵市に。臼杵市の臼杵石仏を拝観しに。臼杵石仏は教科書に載っていたし、切手にも使われていたかと思うが…。石仏群は4カ所に分かれてあるが、途中でムササビに遭遇す。御仏の素朴で温和な表情にしばしみとれる。

      

 臼杵市から佐賀関半島を廻って大分・別府と走行。それほどの渋滞もなく快走。別府を出たところで、真っ直ぐ門司に向かうか、国東半島を廻るかで迷うが疲れも溜まって来たので国東半島は諦め門司に向かう。途中で宇佐神宮の傍を走るので、宇佐神宮参拝をすることに。時間が遅いので参拝客は少ない。門前のお土産屋も閉店の準備をしている。参拝を済ませ、この旅行最後の訪問地門司に向かう。前回の九州の旅で最後に飛び込んだ焼きカレーの店を目指して。食べ終えレトロ地区を少し散策。夜も9時を廻っているので観光客はほとんどいない。
 来るときは朝に見た関門橋を夜に眺め今回の旅を終了。すぐに高速に入っても面白くないので、R3から関門トンネル(通行料150円)を通ってR2へ。少しだけR3を走って小月ICで山陽道に。
 7日間約2900㎞走った旅も無事に終了。今回も走り屋で終わった感じではあったが。

    夜の関門橋


  今回も走り屋になってしまった。反省。次回こそゆったりとした日程で行動を。


 

車中泊 九州再訪のドライブ 前編

2012年11月19日 | 旅行
  九州ぶらりドライブの旅

 11月初旬。車中泊の旅にはちょっと寒い時期になってしまったが、思い立ったが吉日。我が愛車は車中泊関係雑誌では「仮眠が限度。車中泊には余り適さない」と評価されているが、スノコにクッション・枕などで手足を伸ばして寝られるように工夫を。とにかく最小限の費用で車中泊仕様に。

 雨の山陽道を走行。まずは宮島SAで車中泊第1日目を。7時間ほど寝てから壇ノ浦SAに到着。関門橋を眺めながらこれからの旅路を思う。
       
 

 九州道から長崎道へ。吉野ヶ里遺跡脇を通過する頃には青空が、暖かい。
 「伊万里・有田焼伝統産業館」をナビに入れたが雑誌の電話番号が違っていた。到着した場所にそれらしき建物は見当たらず。駅に向かい観光案内所で尋ね、やっとのことで到着。「伊万里鍋島藩窯秋祭」の最中で各窯元の直売店は2割から5割引きとか。各窯元をブラブラ散策しながら見学。気に入った作品は「高いなあ」が正直な感想。買ったかどうかは……。

        ふと入って見た路地で。
                      さすがは窯の里

 付近の有田や波佐見の窯元も見てみたかったが割愛し西海橋に向かう。西海橋に着いたのは5時近く、そろそろ日が暮れかかってきた。さてここからどうしようか思案。道の駅「夕陽が丘そとめ」か、いっそ道の駅「みずなし本陣ふかえ」まで走るか。で、明日の行動から「みずなし本陣ふかえ」を目指すことに。無謀な判断だったようでR205・R34(当然高速は走らない)を走行し諌早市内に入ったところでダウン。

        川のように流れる海に感動


 翌朝天気は曇り。諌早から島原半島へ。半島に入って諫早湾干拓堤防道路直線7㎞の道を途中の駐車場まで。直線で行き交う車も少なくついスピードが出てしまいそうなところを押さえて走行。小雨交じりの強風で生憎の天候。悪天候の中、駐車場で車から降りてぶらついて見たところ堤防の外海側に魚の大群が。確かこの堤防が問題になっていたはず。
  
 島原鉄道沿いに走り途中から適当に雲仙岳方面に行くであろう道に入り、その道をしばし走って多分R57に出たような。道が上るにつれ霧が。当然ながら標高が高くなればなるほど霧は深くなる。とうとう10メートル先が見えなくなる位の霧。事故ってはいられないので慎重に慎重に運転。頂上らしき所に来たところで道に迷ってしまった感じ。一方通行の出口があるが入口がない。札幌ナンバーの車も迷っているのか道端で地図を広げている。この霧の中危ない。ウロウロしても時間の無駄と考え、ナビに「口之津港」をセットし走り始めたら、なんと「仁田峠循環道路入口」の標識が。入口発見、この霧で厳しいかも知れないが…100円払って循環道路へ。今が盛りの紅葉も、展望台から見る景色も案の定、霧霧霧…

         花は盛りに
                 月はくまなきをみるものかは……

 口之津港に向かうR389はそれまでの天候とはうって変わって晴天。口之津港でフェリーの確認をし、場内意整理のおじさんに原城跡までの道と時間を聞いて原城跡へ。過酷な圧政に流した涙と血にしばし思いを馳せた。時間があったので「原城文化センター」の「原城跡発掘出土品展示室」を参観。口之津港に戻ってフェリーで天草へ。長崎から熊本へ。

        原城跡  


  鬼港(だったと思うが)に上陸。R324・R389と「天草コレジオ館」目指してひた走る。その途中で見た畑の風景は初めて見る物だった。多分作物栽培に関する物だろうが。近くの人に尋ねられなかったのが残念。しかし、いったい何なんだろうか。教えて欲しい。
   
         謎の真ん中にある黄色の
                     ボールを付けたポール

        崎津天主堂

 天草コレジオ館に「グーテンベルクの印刷機」の複製があり、それを一度見たかった。日本にもたらされたこの印刷機で出版されたのが一般的に「天草本」と総称される「伊曾保物語」や「平家物語」など織豊時代に出版された本。書誌学的に興味深い代物。前々からどんな印刷機なのか興味があり、館員の方に印刷の仕方を実演していただき好奇心が十分満たされた。コレジオ館を出たのが5時過ぎ。さてこの後どうしようかと思案、天草五橋の一つを見てみることに。R324をひた走り天草五橋の第一橋に着いたときには日はとっぷりと暮れてしまった。三角築港記念館の駐車場で一休みしながらこれからの予定を。R57からR3へ出て少しでも鹿児島に近づこう、疲れたら途中の道の駅で車中泊をと決め出発。「たのうら」「みなまた」と道の駅をスルーして走行。「阿久根」まで来て流石に疲れが。しかし「阿久根」は車中泊には? 11時をまわり薩摩川内でとうとうダウン。この先道の駅は相当離れているのでビジネスホテルを探すことに。

        闇に浮かぶ天草五橋の一つ
 

 
 

今井美術収蔵館探訪

2012年10月16日 | 旅行
まるで来館者を拒む美術館

市内から車を20分ほど走らせた田圃と柿畑が混在する中に美術館が。
柿畑の中、対向車とすれ違えない農道の奥にその美術館があった。

       この奥に建物が


駐車場は草むら。そして脇には大きな甕が無造作に置かれている。
駐車場から見える外観。

          


この建物の反対側に美術館の入口が。その途中に。

        


正面がまさかの入口。

     


館内は当然ながら撮影禁止。館長は今井画伯の娘さんで、彼女一人で運営とか。今日の来館者は我々だけとか。なかなかここまで足を伸ばす人が少ないのであろう。
            


絵心のない自分には絵を評論することはできないが、場所と建物は最高。建物は町の豪商の蔵を移築したとのこと。周りの風景にしっかりととけこんでいる。
ゆったりと絵を鑑賞し、休息室で外を眺めていると、俗世間の雑事から一時とは言え解放される気分になれる。

「大人の隠れ家」と言う言葉があるが、美術館にそんな修飾語を付けるのはいけないかも知れないが、まさに「大人の隠れ家」的美術館と言いたい。


   ※写真をクリックすると拡大されます。  



夏油温泉へ

2012年07月05日 | 旅行

 岩手までドライブ。

  お昼に名古屋を出発。中央道・長野道・上信越道・北陸道と走り長岡で一旦高速を 出てスタバでコーヒーを調達と貝印のガソリンの給油を。
  辺りはすっかり夜のとばりが。再度長岡ICから高速に入るのはちょっとと言う事 で、一般道で磐越道の安田ICを目指すことに。ナビを頼りに夜道を走行。

  ナビを頼りにしつつも途中のアクシデントで予測時間をオーバーして23時近くでや っと安田ICに辿り着く。ここからは再度高速を走行。郡山JCTを通過する頃に小 雨が。安達太良SAで休息するも雨脚は強まる。雨は宮城に入っても降っていたが、 岩手との県境に近づく辺りでは小雨に。岩手に入って青空が。

  盛岡IC辺りで前方に岩手山の雄姿が。それにしても木々の緑が例年になく濃いよ うな感じが。
 
        

  秋田道北上西ICから夏油温泉へ。途中の夏油スキー場までは特に問題のない道で 快適なドライブ。しかしスキー場からは山道。ガードレールもなく、落ちれば深い谷 手に少し汗を…。走ること8㎞(案内板による距離)。たどり着いた夏油温泉。

        

  冬季は閉鎖される温泉とのことだが、十分納得できる山間にひっそりと佇む温泉  地。数軒の旅館が在るが、営業しているのは露天風呂に近い2軒のみ。鉄筋作りの立 派な旅館は休業中。やはり秘湯と言われる温泉地は露天風呂の有無が大切なのか。 
   
        

  元湯夏油館の奥にある昭和館。まさに名の通り昭和を感じさせる建物。その建物の 裏の坂を下って川岸にたどり着くと五つの露天風呂が。女性専用露天風呂の一つを除 いて全て混浴。ただ時間によって女性専用になるとのこと。利用時間は午後9時ま  で。元湯夏油館の内風呂は24時間利用可。確かに防犯上や野生動物などのことを考 えると露天風呂が午後9時で閉まるのも納得できる。今回は残念ながら露天風呂には 二カ所しか入れなかったのは残念。無理してでも全て入浴する人がいるけれども。
 口コミでは熱すぎて入れない露天があるとあったが、今回は全て適温かぬる湯であっ た。

          

  元湯夏油館から30分ほど奥に入った所に日本では最大の「石灰華」が在るとのこと で、早朝に散歩がてら行って見ることに。山道を上り下りして行くこと数十分。川の 畔に。畔の道は岩崩れが数カ所。森からは「蝦夷春蝉」の鳴き声が。

          

  夏油温泉の旅は天候に恵まれた旅となった。岩手の秘湯夏油温泉。確かにTVは衛 星放送しか入らず、旅館の電話は衛星電話だけ。(しかし近年HOMAは狭い範囲で 通ずるようになったとか)秘湯と言えるだろうが、食事に刺身は入らない。


  3泊4日2000㎞のドライブ。平日だったので渋滞も混雑もなく、天候に恵まれた旅 を楽しむことができた。



   ※ 写真はクリックすると大きくなります。

長門国へ

2012年04月03日 | 旅行
山口へ一泊の小旅行を。今回はまだ寒いのでJRで。山口から秋芳洞・萩と学生時代に貧乏旅行した地を再訪。今回はとりあえず今回は山口を再訪。できれば森鴎外の生誕地「津和野」まで足を伸ばしたかったが、今回は時間もないので次回のお楽しみと。

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 新幹線で下車した駅は「新山口」。古い人間にはピンとこない。 「小郡」と昔のままであって欲しかった。山口線のホームに恥ずかしそうに旧駅名の看板が。
    

 
出発を待っていたら懐かしのSLが。
   


 山口線で湯田温泉駅へ。何となく侘びしい駅…でも風情が感ぜられる
   


 この町は中原中也の故郷。大昔多少国文学をかじったので、とりあえず彼の記念館を表敬訪問。近代文学は疎かにしていたが。
     

  
 記念館の近くに「井上公園」が。明治の政治家井上馨の屋敷跡とか。其処には江戸末期の七卿落ちの碑などが。当然ながら中也の詩碑も。それから山頭火の句碑も。
     


 瑠璃光寺へも足を伸ばし、五重塔を拝観しに。学生時代には小振りな塔と感じたが、………。 内陣が開放されている日でした。最後の写真は五重塔の中心にある「心柱」残念ながら立体感がでなかったが。 
      

      

 この後山口市内を散策し帰途に。しかし、湯田温泉が予想以上の温泉街なのにビックリ。東北出身の自分には西国の地理には不案内なのを実感。


雪国へ

2012年02月23日 | 旅行
 2月初旬、この冬最大の寒波来襲のニュースを聞きながら、所用で山形まで。 上越新幹線か東北新幹線にするか、東京駅で思案。 上越新幹線では新潟までは問題なく行けそうだが、予想される荒天では羽越線が動くか心配。 時間はかかるが安全策で東北新幹線で盛岡まで。そこから車で日本海側に出ることに

         
 はやぶさ3号に乗車。同行者に「『はやぶさ』だから途中雪で迷子になっても帰ってこれる」と言ったら「そんなことは言わないで」とお小言を。

 

盛岡から秋田道を通って新庄へ。秋田道はあまり豪雪とは感じなかったけれど、横手から山形に入るとさすがに積雪は1メートルを軽く越えている。

新庄から最上川沿いに庄内平野へ。


    
  冬景色の最上川。

 羽越線鶴岡駅で確認したところ、荒天と除雪が間に合わずほぼ全列車運休とのこと。上越新幹線に乗っていたら、新潟駅で途方に暮れていたであろうと、思わずホッと。
早速予定の仕事に。寒いことは寒いけれどなにか温もりのある寒さで仕事は順調に。


     
 庄内平野の冬の風景。東北の日本海側名物の地吹雪にも初日に遭遇したけれど、写真は残念ながら無し。


  
 とあるお宅の入り口。人の胸辺りまでの積雪か。


  
  泊まったホテルの前の駐車場。除雪はしているんだろうが、朝はこの状態。


  
 かの有名なイタリアンのお店。普通なら予約無しでは入れないが、豪雪と寒波のた
め、入れた。お店の方の話では、「前日の夜はキャンセルが多く1組のみで貸し切り状態でした。」とのこと。当然雪のない季節は予約無しの飛び込みは無理とのこと。この荒天のお陰で美味しいランチ(牡蠣のパスタ)をいただけました。


       
 3泊4日の旅。心配した荒天、地吹雪にも初日に遭遇しただけで、穏やかな天候に恵まれた旅でした。

     
 最終日に泊まった旅館で、若女将が玄関脇に雪の灯籠を。なかなか風情のある遊び心。この旅館だけだったのが残念。



   
 国道13号だけで見られた風景。サイドのブルーの線は何の為。多分除雪の為だとは思うけれど、ここだけで見られたブルーの線。


 旅が終わった翌日は雨とのこと。寒波襲来の中、本当に天候に恵まれ、予定の仕事も無事に終え、銀世界を楽しめた旅でした。


 (新しくカメラを購入しての初めての遠出。まだまだカメラに振り回されている感じ。デジタルカメラは何か沢山の機能が付いており、果たして使いこなせるのやら。フイルムカメラのシンプルな機能が懐かしい。)