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『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

こんなに単純に心と直結してるなんて(^^)!

2020年06月01日 | 考える日々
シュタイナーの勉強をしていると、
「心を器官として使う」ことの大切さが
いろんなところで出てくる。

口は私たちの身体の器官のひとつ。
口に入れたものをおいしいとかマズイとか感じて、
のち、身体に取り入れて栄養として消化する。
それと同じように、心も器官として使う。
心に入ってきたものの快不快をそのままよく味わって、
のち、少し距離を置いて考えることで、
自分の精神の栄養として消化する…という心の筋トレ。

特にこの数か月は、
望む方法で気持ちを表現する練習とか、
不要になった心のクセから卒業する練習とか、
あれこれやってるわけよ。

んでね。
今日、夫と車に乗っている時、事故車の横を通ったんですが、
その時夫が「げ」と「ぐお」の中間のような声?音?を出して、
筋肉がピクン!って硬直した?跳ねた?のです!
2台のバンパーがへこんでただけなのに~(^^)。

私がいつも、ずいぶん複雑にあれこれ考えて、
心の筋トレ状態を続けてるのに、
夫の身体が、
こ~~んなに素直に心に反応するんだ、とビックリ!

いつもなら「またそんな大げさにー」と思うんだけど、
その時は、夫婦間のギャップがおかしくて
「何? そのシンプルな反応???」って笑ってしまったよ~。
近い人間は、お互いに学び合うようにできてるんだろうね。

私ももっと素直になって
「こわい、助けて」とか「それはイヤだ」とか表現する事を
学ぶ必要があるんだろうな、と思う。

受け入れる事だけが大事なわけじゃない。
人の感情と同じように、自分の感情も大事にしなきゃ。
そして、
素直に表現することと、考えて表現することを、
場面によってふさわしく使い分けられたらいいな~。

ま、夫はもうちょっと心の手綱を持とうた方が、
自分も周りラクになると思うけどね~。

このデコボコな両親の許で育つ子どもに感じて欲しいのは、
お互いの違いは、イライラやトホホの材料にもなるけど、
「どっちが正しいか競争」をせずに、
違いから学ぼうと思えたら、いい感じでやっていけるってこと。

「アンタは間違ってる、私の方が正しい」って言いたいのか、
「お互いボチボチだけど、仲良くやって行こうよ」って言いたいのか。
自分の態度次第で好きな方を選べるんだから、
ここは断然後者でしょう! 

そしてこれはステキな経験則なんですが、
自分がこっそり相手に学ぼうとすれば、相手も変わります。
「私がこんなに〇〇してるのに、アナタは~」とか言うのはナシ。
まぁ、夫婦にはたっぷり時間はあるから、10年20年は焦らずに。


余談:今日のレタスチャレンジ。
5日前、わけあって大量にウチに来たレタスも、
ついに終わりが見えてきました。
今日はシャキシャキの玉レタスを外葉からていねいに外して、
肉みそ炒めとごはんを包んでいただきました。

残りは、レタス3玉分の芯に近いあたり。


5日前、こんなに大量だったのに、よく食べたもんだ。
上の写真の、洗ってサラダボウルに重ねてあるレタスが
下の写真の左奥の、ビニールに包んである玉レタスの外葉です!
サイズ感がおかしい! 青虫家族~(^^)。



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