『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

切れる→ほぐす→つなげる、と、切る→結ぶ

2020年09月10日 | 手足を使う日々
人と人が、
お互いの言葉に触れることで、
ふわ~っと心ほぐれていく。

誰に頼まれたわけでもなく、
何の得があるわけでもなく。

かつて、一本につながっていた人同士が、
いつの間にか切れて、そのままになっている。
ちぎれた切れ端は、自然に細くなり、
互いの方を向いたままで。

去年の冬、
「糸がたりの会」で羊毛を紡いでいて、
とても大切なことを教わった。



糸の送り方が均等にいかなくて、
スピンドルでくるくる紡いでいた糸が切れてしまい、
「あ、切れちゃった!!」と言った時。

「切れちゃっても大丈夫。
両方の端っこをふわふわにほぐして、
それをまたより合わせたら、
なんの問題もなく、また一本につながりますよ」って。

ホントだ。
継ぎ目なく、キレイにつながった。

これ、人間関係だよね。
お互いにやわらかい心で相手を受け入れたら、
またつながれる。

心が頑ななままじゃ、
どんなに外からの力で縒り合わせても、
うまくはつながらない。

自然に細くなって、切れちゃったものは、
またほぐしてつなげられるけど、
片方が無理やり切っちゃったら、両方に断面ができる。

ハサミで切った断面は、なかなかほぐせない。
焦って結べば、いつまでもデコボコが残る。

でも、相手を尊重しながら、自分も最新の注意を払い、
落ち着いて結べば、異質はもの同士が重なることで、
芸術的な「飾り結び」ができるかも。
恋愛や結婚なんかは、こんな感じ?

糸でも、人間関係でも、何でも、
ほぐす、つなげる、と、
切る、結ぶ、は、ちょっと質感が違うよね。
相手への距離感というか、せっかちな度合いが。

しばらく切れていたなら、
お互いにゆっくりほぐれるのを待てばいいのに、
再び巡りあったことが嬉しくて、
無理やり結ぼうとして、相手に負担をかけたりする。

そんな時は、まず、ゆっくりほぐすことから、
だったのに、
焦ってゴメンなさい。


理想は、切る→結ぶではなく、
ほぐす→つなげるでもなく、
ほぐれる→つながるだな。
いい意味で、時を待てばいい。

羊毛には「フエルト化」ってのもあるけど、
あれは、人間関係としては、もつれすぎ(^^)。

あ、もしかして、
外から来る硬いものを受け止めるには、
よほどのスクラムが必要、ってことかも。

ともあれ、こっちがほぐれていたら、
来るべきタイミングで人がまた
つながりにきてくれるかな。

そうだといいな(^^)。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿