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石橋

2020-09-03 18:28:11 | 詞章
『石橋』 Bingにて 石橋 竹サポ 能を で検索を推奨。
※「:」は、節を表す記号の代用。

【寂昭の登場】
ワキ「これは大江(おおえ)の
  定基(さだもと)といはれし
  寂昭(じゃくじょう)法師(ほうし)にて候、
  われ入唐(にっとう)渡天(とてん)し、
  はじめてかなたこなたを拝みめぐり、
  ただいま清涼山(しょうりょうせん)に
  参りて候、
  これに見えたるが
  石橋(しゃっきょう)にてありげに候、
  しばらく人を待ちくはしく尋ね、
  この橋を渡らばやと存じ候

【童子の登場】
シテ:松風の、
  花を薪(たきぎ)に吹き添へて、
  雪をも運ぶ山路(やまじ)かな
シテ:山路(さんろ)に日暮れぬ
  樵歌(しょうか)牧笛(ぼくてき)の声、
  人間万事さまざまの、
  世を渡り行く身のありさま、
  物ごとにさへぎる眼(まなこ)の前、
  光の陰をや送るらん
シテ:あまりに山を遠く来て、
  雲また跡を立ち隔て
シテ:入りつるかたも
  白波(しらなみ)の、
  入りつるかたも白波の、
  谷の川音(かわおと)雨とのみ、
  聞こえて松の風もなし、
  げにやあやまって、
  半日(はんじつ)の客(かく)たりしも、
  いま身の上に知られたり、
  いま身の上に知られたり

【童子、寂昭の応対】
ワキ「いかにこれなる
  山人(やまびと)に尋ぬべきことの候
シテ「なにごとをおん尋ね候ふぞ
ワキ「これなるは承はり及びたる
  石橋にて候ふか
シテ「さん候(ぞうろう)、
  これこそ石橋にて候へ、
  向かひは文殊(もんじゅ)の浄土
  清涼山(しょうりょうせん)、
  よくよくおん拝(のが)み候へ
ワキ「さては石橋にて候ひけるぞや、
  さあらば身命(しんみょう)を
  仏力(ぶつりき)にまかせて、
  この橋を渡らばやと思ひ候
シテ「しばらく候(ぞうろう)、
  そのかみ名を得たまひし高僧たちも、
  難行(なんぎょう)苦行(くぎょう)
  捨身(しゃしん)の行(ぎょう)にて、
  ここにて月日を送りてこそ、
  橋をば渡りたまひしに
  :獅子は小虫(しょうちう)を
  食はんとても、
  まづ勢ひをなすとこそ聞け、
  わが法力(ほうりき)のあればとて、
  行(ゆ)くこと難(かた)き石の橋を、
  たやすく思ひ渡らんとや、
  あら危(あよお)しのおんことや
ワキ:謂(い)はれを聞けばありがたや、
  ただ世の常の行人(ぎょうにん)は、
  左右(そう)のう渡らぬ橋よのう
シテ「ご覧候へこの滝波の、
  雲より落ちて
  数千丈(すせんじょう)、
  滝壺までは霧深うして、
  身の毛もよだつ谷深み
ワキ:巌(いわお)峨々(がが)たる岩石に
シテ:わづかに掛かる石の橋
ワキ:苔(こけ)は滑(なめ)りて
  足もたまらず
シテ:わたれば目もくれ
ワキ:心もはや
地:上の空なる石の橋、
  上の空なる石の橋、
  まづご覧ぜよ橋もとに、
  歩み臨めばこの橋の、
  面(おもて)は尺(しゃく)にも
  足らずして、
  下は泥梨(ないり)も白波の、
  虚空(こくう)を渡るごとくなり、
  危(あよお)しや目もくれ、
  心も消(き)え消(き)えとなりにけり、
  おぼろけの行人は、
  思ひも寄らぬおんこと

【童子の物語、中入】
ワキ「なほなほ橋の謂はれ
  おん物語り候へ
地:それ天地開闢(かいびゃく)の
  このかた、
  雨露(うろ)を降(くだ)して
  国土を渡る、
  これすなはち天(あめ)の
  浮橋(うきはし)ともいへり
シテ:そのほか国土(こくど)
  世界において、
  橋の名所(などころ)さまざまにして
地:水波(すいは)の難(なん)をのがれ、
  万民(ばんみん)富める世を渡るも、
  すなはち橋の徳とかや
地:しかるにこの、
  石橋と申すは、
  人間の渡せる橋にあらず、
  おのれと出現して、
  続ける石の橋なれば、
  石橋と名を名づけたり、
  その面(おもて)わづかに、
  尺よりは狭(せぼ)うして、
  苔はなはだ滑(なめ)らかなり、
  その長さ三丈余、
  谷のそくばく深きこと、
  千丈余(よ)に及べり、
  上には滝の糸、
  雲より掛かりて、
  下は泥梨(ないり)も白波の、
  音は嵐に響き合ひて、
  山河(さんか)震動し、
  雨(あめ)土塊(つちくれ)を動かせり、
  橋の気色(けしき)を見わたせば、
  雲にそびゆるよそほひの、
  たとへば夕陽(せきよう)の
  雨ののちに、
  虹をなせる姿、
  また弓を引ける形(かたち)なり
シテ:遥かに臨んで谷を見れば
地:足すさましく肝消え、
  進んで渡る人もなし、
  神変(じんぺん)仏力(ぶつりき)に
  あらずは、
  誰(たれ)かこの橋を渡るべき、
  向かひは文殊の浄土にて、
  常に笙歌(せいが)の花降りて、
  笙笛(しょうちゃく)
  琴(きん)箜篌(くご)、
  夕日(せきじつ)の雲に
  聞こえ来(き)、
  目前の奇特(きどく)あらたなり、
  しばらく待たせたまへや、
  影向(ようごう)の時節も、
  いまいくほどによも過ぎじ【中入来所】

(間の段)【仙人の立チシャベリ】
(仙人が現れ、清涼山に参りたいが、
 橋を渡れないなど語る)

【終曲】
(乱序)
《獅子》
地:獅子(しし)団乱旋(とらでん)の、
  舞楽のみぎん、
  獅子団乱旋の、
  舞楽のみぎん、
  牡丹(ぼたん)の花房、
  匂ひ満ち満ち、
  大筋力(たいきんりきん)の、
  獅子頭(ししがしら)、
  打てや囃(はや)せや、
  牡丹芳(ぼたんぼう)、
  牡丹芳、
  黄金(こうきん)の蕊(ずい)、
  現はれて、
  花に戯れ、
  枝に伏しまろび、
  げにも上なき、
  獅子王の勢ひ、
  靡(なび)かぬ草木も、
  なき時なれや、
  万歳(ばんぜい)千秋(せんしう)と、
  舞ひ納め、
  万歳千秋と、
  舞ひ納めて、
  獅子の座にこそ、
  直りけれ

※出典『能を読むⅣ』(本書は観世流を採用)




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