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三輪

2020-05-08 15:18:39 | 詞章
『三輪』 Bingにて 三輪 竹サポ 能を で検索を推奨。
※「:」は、節を表す記号の代用。

【玄賓の登場】
ワキ「これは和州(わしう)三輪の
  山蔭に住まひする玄賓(げんぴん)と申す
  沙門(しゃもん)にて候、
  さてもこのほどいづくともなく
  女性(にょしょう)一人(いちにん)、
  毎日樒(しきみ)閼伽(あか)の水を
  汲みて来たり候、
  今日(きょう)も来たりて候はば、
  いかなる者ぞと
  名を尋ねばやと思ひ候

【里女の登場】
シテ:三輪の山もと道もなし、
  三輪の山もと道もなし、
  檜原(ひばら)の奥を尋ねん
シテ:げにや老少(ろうしょう)不定(ふじょう)とて、
  世のなかなかに身は残り、
  いく春秋(はるあき)をか送りけん、
  あさましやなすことなくていたづらに、
  憂(う)き年月を三輪の里に、
  住まひする女にて候
  「またこの山蔭に玄賓僧都(そうず)とて、
  尊(たっと)き人のおん入(に)り候ふほどに、
  いつも樒閼伽の水を汲みて参らせ候、
  今日もまた参らばやと思ひ候

【里女、玄賓の応対】
ワキ:山頭(さんとう)には夜(よる)
  狐輪(こりん)の月を戴(いただ)き、
  洞口(とうこう)には朝(あした)
  一片(いっぺん)の雲を吐(は)く、
  山田守(も)る僧都の身こそ悲しけれ、
  秋果てぬれば、訪(と)ふ人もなし
シテ「いかにこの庵室(あんじつ)のうちへ
  案内申し候はん
ワキ「案内申さんとはいつも来たれる人か
シテ:山影(さんえい)門(もん)に入(い)って
  推(お)せども出でず
ワキ:月光(げっこう)地に舗(し)いて
  掃(はら)へどもまた生ず
シテ、ワキ:鳥声(ちょうせい)
  とこしなへにして、
  老生(ろうせい)と静かなる山居
地:柴の編み戸を押し開き、
  かくしも尋ね切樒(きりしきみ)、
  罪(つみ)を助けてたびたまへ
地:秋寒き窓のうち、
  秋寒き窓のうち、
  軒の松風うちしぐれ、
  木(こ)の葉かき敷く庭の面(おも)、
  門(かど)は葎(むぐら)や閉ぢつらん、
  下樋(したひ)の水音(みずおと)も、
  苔に聞こえて静かなる、
  この山住(やまず)みぞ淋(さみ)しき

【里女の中入】
シテ「いかに上人(しょうにん)に
  申すべきことの候、
  秋も夜寒(よさむ)になり候へば、
  おん衣を一重(ひとえ)たまはり候へ
ワキ「やすきあひだのこと、
  この衣を参らせ候ふべし
シテ「あらありがたや候(ぞうろう)、
  さらばおん暇(にとま)申し候はん
ワキ「しばらく、
  さてさておん身はいづくに住む人ぞ
シテ「わらはが住みかは三輪の里、
  山もと近き所なり、
  その上わが庵(いお)は、
  三輪の山もと恋しくはとは詠みたれども、
  何(なに)しにわれをば
  訪(と)ひたまふべき、
  なほも不審に思(おぼ)し召さば
  :訪(とむら)ひ来ませ
地:杉立てる門(かど)をしるしにて、
  尋ねたまへと言ひ捨てて、
  かき消すごとくに失せにけり

(間の段)【里人、玄賓の応対】
(里人は、山麓の杉の枝に
衣がかけられていることを、玄賓に知らせる)

【玄賓の待受】
ワキ:この草庵(そうあん)を立ち出でて、
  この草庵を立ち出でて、
  行けばほどなく三輪の里、
  近きあたりか山蔭の、
  松はしるしもなかりけり、
  杉むらばかり立つなる、
  神垣(かみがき)はいづくなるらん、
  神垣はいづくなるらん
ワキ:不思議やな
  これなる杉の二本(ふたもと)を見れば、
  ありつる女人(にょにん)に与へつる
  衣(ころも)の掛かりたるぞや
  「寄りて見れば衣の棲(つま)に
  金色(こんじき)の文字据(す)われり、
  読みて見れば歌なり
ワキ:三つの輪は、
  清く浄(きよ)きぞ唐衣(からころも)、
  呉(く)ると思ふな、
  取ると思はじ

【三輪明神の登場】
シテ:千早振(ちわやぶ)る、
  神も願ひのあるゆゑに、
  人の値遇(ちぐう)に、
  逢ふぞ嬉しき
ワキ:不思議やな、
  これなる杉の木蔭より、
  妙なるみ声の聞こえさせたまふぞや、
  願はくは末世(まっせ)の
  衆生(しゅじょう)の願ひを叶へ、
  おん姿をまみえおはしませと、
  念願深き感涙(かんるい)に、
  墨(すみ)の衣(ころも)を濡らすぞや
シテ:恥づかしながらわが姿、
  上人(しょうにん)にまみえ申すべし、
  罪を助けてたびたまへ
ワキ:いや罪科(つみとが)は人間にあり、
  これは妙(たえ)なる神道(しんとう)の
シテ:衆生済度(さいど)の方便なるを
ワキ:しばし迷ひの
シテ:人心(ひとごころ)や
地:女(おんな)姿(すがた)と三輪の神、
  女姿と三輪の神、
  襅(ちわや)掛け帯引きかへて、
  ただ祝子(ほうりこ)が着(ちゃく)すなる、
  烏帽子(えぼし)狩衣(かりぎぬ)、
  裳裾(もすそ)の上に掛け、
  御影(みかげ)あらたに見えたまふ、
  かたじけなのおんことや

【三輪明神の物語】
地:それ神代(かみよ)の昔物語は、
  末代(まつだい)の衆生のため、
  済度方便のことわざ、
  品々(しなじな)もって世のためなり
シテ:中にもこの敷島(しきしま)は、
  人敬(うやま)って神力(しんりき)増す
地:五濁(ごじょく)の塵に交はり、
  しばし心は足引(あしび)きの、
  大和の国に年久しき夫婦の者あり、
  八千代をこめし玉椿(たまつばき)、
  変はらぬ色を頼みけるに
地:されどもこの人、
  夜(よる)は来(く)れども昼見えず、
  ある夜(よ)の睦言(むつごと)に、
  おん身いかなるゆゑにより、
  かく年月(としつき)を送る身の、
  昼をば何と烏羽玉(うばたま)の、
  夜(よる)ならで通ひたまはぬは、
  いと不審多きことなり、
  ただ同じくはとこしなへに、
  契りをこむべしとありしかば、
  かの人答へ言ふやう、
  げにも姿は羽束師(はずかし)の、
  洩りてよそにや知られなん、
  いまよりのちは通ふまじ、
  契りも今宵ばかりなりと、
  ねんごろに語れば、
  さすが別れの悲しさに、
  帰る所を知らんとて、
  苧環(おだまき)に針をつけ、
  裳裾(もすそ)にこれを綴(と)ぢつけて、
  跡を控へて慕ひ行く
シテ:まだ青柳(あおやぎ)の糸長く
地:結ぶや早玉(はやたま)の、
  おのが力にささがにの、
  糸繰り返し行くほどに、
  この山(やま)もとの神垣(かみがき)や、
  杉の下枝(したえ)に留(と)まりたり、
  こはそもあさましや、
  契りし人の姿か、
  その糸の三輪(みわげ)残りしより、
  三輪のしるしの過ぎし世を、
  語るにつけて恥づかしや

【三輪明神の舞】
地:げにありがたきご相好(そうごう)、
  聞くにつけても法(のり)の道、
  なほしも頼む心かな
シテ:とても神代(かみよ)の物語、
  くはしくいざや現はし、
  かの上人(しょうにん)を慰めん
地:まづは岩戸(いわと)のそのはじめ、
  隠れし神を出ださんとて、
  八百万(やおよろず)の神遊び、
  これぞ神楽(かぐら)のはじめなる
シテ:千早振(ちわやぶ)る

《神楽》

【終曲】
シテ:天(あま)の岩戸を引き立てて
地:神は跡なく入(い)りたまへば、
  常闇(とこやみ)の世とはやなりぬ
シテ:八百万の神たち、
  岩戸の前にてこれを嘆き、
  神楽を奏して舞ひたまへば
地:天照(てんしょう)大神(だいじん)、
  その時に岩戸を、
  少し開きたまへば
地:また常闇の雲晴れて、
  日月(じつげつ)光り輝(かかや)けば、
  人の面(おもて)
  白々(しろじろ)と見ゆる
シテ:面白やと、神のみ声の
地:妙なるはじめの、物語
地:思へば伊勢と三輪の神、
  思へば伊勢と三輪の神、
  一体(いったい)分身(ふんじん)のおんこと、
  いまさらなにと磐座(いわくら)や、
  その関の戸の夜(よ)も明け、
  かくありがたき夢の告げ、
  覚むるや名残りなるらん、
  覚むるや名残りなるらん

※出典『能を読むⅢ』(本書は観世流を採用)


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