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道成寺

2020-10-09 14:27:42 | 詞章
『道成寺』 Bingにて 道成寺 竹サポ 能を で検索を推奨。
※「:」は、節を表す記号の代用。

【住僧、従僧、能力の登場】
ワキ「これは紀州(きしう)道成寺(どうじょうじ)の
  住僧(じうそう)にて候、
  さても当寺(とうじ)において
  さる子細あって、
  久しく撞き鐘(つきがね)
  退転(たいてん)つかまつりて候ふを、
  このほど再興し鐘を鋳(い)させて候、
  今日(こんにち)吉日(きちにち)にて候ふほどに、
  鐘の供養をいたさばやと存じ候

【住僧、能力の応対】
ワキ「いかに能力(のうりき)
アイ「おん前に候
ワキ「はや鐘をば鐘楼(しゅろう)へ上げてあるか
アイ「さん候(ぞうろう)、
  はや鐘楼へ上げて候、ご覧候へ
ワキ「今日(こんにち)鐘の供養を
  いたさうずるにてあるぞ、
  またさる子細あるあひだ、
  女人(にょにん)禁制(きんぜい)にてあるぞ、
  構へて一人(いちにん)も入れ候ふな、
  その分心得候へ
アイ「かしこまって候
アイ「皆々承はり候へ、
  紀州道成寺において
  今日鐘の供養の候ふあひだ、
  志(こころざし)の方々は
  皆々参られ候へ、
  また何と思(おぼ)し召し候ふやらん、
  供養の場(にわ)へ女人禁制と
  仰せ出だされて候ふあひだ、
  その分心得候へ、心得候へ

【白拍子の登場】
シテ:作りし罪も消えぬべし、
  作りし罪も消えぬべし、
  鐘の供養に参らん
シテ:これはこの国の
  傍(かたわ)らに住む
  白拍子(しらびょうし)にて候
  「さても道成寺と申すおん寺に、
  鐘の供養のおん入(に)り候ふよし
  申し候ふほどに、
  ただいま参らばやと思ひ候
シテ:月はほどなく入潮(いりしお)の、
  月はほどなく入潮の、
  煙満ち来る小松原、
  急ぐ心かまだ暮れぬ、
  日高(ひたか)の寺に着きにけり、
  日高の寺に着きにけり
シテ「急ぎ候ふほどに、
  日高の寺に着きて候、
  やがて供養を拝まうずるにて候

【白拍子、能力の応対】
アイ「のうのう、
  女人禁制にて候ふほどに、
  供養の場(にわ)へは叶ひ候ふまじ
シテ「これはこの国の
  傍(かたわ)らに住む
  白拍子(しらびょうし)にて候、
  鐘の供養にそと舞を舞ひ候ふべし、
  供養を拝ませてたまはり候へ
アイ「まことにこれはまた、
  ただの女人とはちがひ
  申し候ふあひだ、
  それがしが心得を以て
  拝ませ申さうずるにて候ふあひだ、
  面白う舞を舞ふておん見せ候へ、
  いやをりふし
  これに烏帽子(えぼし)の候、
  これを召して一さしおん舞ひ候へや
シテ「あら嬉しや、
  涯分(がいぶん)舞を舞ひ候ふべし

【白拍子の前奏歌】
シテ「嬉しやさらば舞はんとて、
  あれにまします宮人(みやびと)の、
  烏帽子をしばし仮に着て
  :すでに拍子(ひょうし)を進めけり
シテ:花のほかには松ばかり、
  花のほかには松ばかり、
  暮れそめて鐘や響くらん

【白拍子の舞】
《乱拍子》
シテ:道成(みちなり)の卿(きょう)、
  承はり、
  始めて伽藍(がらん)、
  橘(たちばな)の、
  道成興行(こうぎょう)の寺なればとて、
  道成寺(どうじょうじ)とは、
  名付けたりや
地:山寺(やまでら)のや

《急ノ舞》

シテ:春の夕暮(いうぐ)れ来て見れば
地:入相(いりあい)の鐘に、
  花ぞ散りける、
  花ぞ散りける、
  花ぞ散りける

【白拍子の鐘入り】
シテ:さるほどにさるほどに、
  寺々(てらでら)の鐘
地:月落ち鳥啼(な)いて、
  霜雪(しもゆき)天に、
  満潮(みちじお)ほどなく、
  日高(ひたか)の寺の、
  江村(こうそん)の漁火(ぎょか)、
  愁(うれ)ひにたいして、
  人々眠れば、
  よき隙(ひま)ぞと、
  立ち舞ふやうにて、
  狙ひ寄りて、
  撞(つ)かんとせしが、
  思へばこの鐘、
  恨めしやとて、
  龍頭(りうず)に手をかけ、
  飛ぶとぞ見えし、
  引きかづきてぞ、
  失せにける

(間の段)【能力の立働き】
(白拍子の舞に眠りかけていた能力は、
大音響で目覚め、鐘が落ちていることを発見、
住僧に報告する。女人禁制を守らなかったことで、
住僧に報告しにくく、なすり合う。)

【住僧、能力の応対】
アイ「落ちてござる
ワキ「落ちたるとは
アイ「鐘が鐘楼(しゅろう)より落ちて候
ワキ「何と鐘が鐘楼より落ちたると申すか
アイ「なかなか
ワキ「その謂(い)はればしあるか
アイ「随分念を入れて候ふが落ちて候、
  それにつき思ひ出でて候、
  最前この国の傍(かたわ)らに住む
  白拍子(しらびょうし)にて、
  この鐘の供養を拝ませてくれよと
  申し候ふほどに、
  禁制(きんぜい)のよし申して候へば、
  余(よ)の女人(にょにん)とは変はり、
  舞を舞ふて見せうと申し候ふほどに、
  拝ませてござるが、
  もしさやうの者のわざにても
  ござらうずるか
ワキ「言語道断、
  かやうの儀を存じてこそ、
  かたく女人禁制のよし申して候ふに、
  曲事(くせごと)にてあるぞ
アイ「ああ
ワキ「さりながら立ち越え見うずるにて候
アイ「急いでご覧候へ、
  のう助かりや、助かりや

【住僧の物語】
ワキ「のうのう皆々かう渡り候へ
ワキ「この鐘について女人禁制と申しつる
  謂(い)はれの候ふを、
  ご存じ候ふか
ワキヅレ「いや何とも存ぜず候
ワキ「さらばその謂はれを
  語って聞かせ申し候ふべし
ワキヅレ「懇(ねんご)ろにおん物語り候へ
ワキ「昔この所に、
  真砂(まなご)の荘司(しょうじ)といふ者あり、
  かの者一人(いちにん)の息女を持つ、
  またその頃奥より、
  熊野(くまの)へ年詣(としもう)でする
  山伏のありしが、
  荘司がもとを宿坊と定め、
  いつもかのところに来たりぬ、
  荘司娘を寵愛(ちょうあい)のあまりに、
  あの客僧(きゃくそう)こそ
  汝が夫(つま)よ夫(おっと)よ
  なんどと戯れしを、
  幼な心にまことと思ひ
  年月(ねんげつ)を送る、
  またある時かの客僧、
  荘司がもとに来たりしに、
  かの女夜更け人静まって後、
  客僧の閨(ねや)に行(ゆ)き、
  いつまでわらはをば
  かくて置きたまふぞ、
  急ぎ迎へたまへと申ししかば、
  客僧大きに騒ぎ、
  さあらぬよしにもてなし、
  夜(よ)に紛れ忍び出(い)で
  この寺に来たり、
  ひらに頼むよし申ししかば、
  隠すべき所なければ、
  撞(つ)き鐘を下ろし
  その内にこの客僧を隠し置く、
  さてかの女は山伏を、
  逃すまじとて追っかくる、
  をりふし日高川(ひたかがわ)の水
  もってのほかに増さりしかば、
  川の上下(かみしも)を
  かなたこなたへ走り回りしが、
  一念の毒蛇(どくじゃ)となって、
  川をやすやすと泳ぎ越し
  この寺に来たり、
  ここかしこを尋ねしが、
  鐘の下りたるを怪しめ、
  龍頭(りうず)をくはへ
  七まとひまとひ、
  炎を出だし尾をもって叩(たた)けば、
  鐘はすなはち湯となって、
  つひに山伏を取りおはんぬ、
  なんぼう恐ろしき物語にて候ふぞ
ワキヅレ「言語道断、
  かかる恐ろしきおん物語こそ候はね
ワキ「その時の女の執心残って、
  またこの鐘に
  障礙(しょうげ)をなすと存じ候、
  われ人の行劫(ぎょうこう)も、
  かやうのためにてこそ候へ、
  涯分(がいぶん)祈って、
  この鐘をふたたび
  鐘楼(しゅろう)へ上げうずるにて候
ワキヅレ「もっともしかるべう候

【住僧、従僧の祈祷】
ワキ:水かへって日高川原の、
  真砂(まさご)の数は尽くるとも、
  行者の法力尽くべきかと
ワキヅレ:みな一同に声を上げ
ワキ:東方(とうぼう)に
  降三世明王(ごうさんぜみょうおう)
ワキヅレ:南方(なんぽう)に
  軍荼利(ぐんだり)夜叉(やしゃ)明王
ワキ:西方(さいほう)に
  大威徳(だいいとく)明王
ワキヅレ:北方に
  金剛(こんごう)夜叉明王
ワキ:中央に
  大日(だいにち)大聖(だいしょう)不動
ワキ、ワキヅレ:動くか動かぬか
  索(さっく)の、
  曩謨三(なまくさ)曼陀(まんだ)
  縛曰羅南(ばさらだ)、
  旋多(せんだ)摩訶(まか)
  嚕遮那(ろしゃな)、
  娑婆多耶(そわたや)吽多羅(うんたら)
  吒干●(たかんまん)、
  聴我説者(ちょうがせっしゃ)
  得大智慧(とくだいちえ)、
  知我心者(ちがしんしゃ)
  即身成仏(そくしんじょうぶつ)と、
  いまの蛇身(じゃしん)を祈る上は
ワキ:なにの恨みか有明けの、
  撞(つ)き鐘こそ
地:すはすは動くぞ、
  祈れただ、
  すはすは動くぞ、
  祈れただ、
  引けや手(て)ん手(で)に、
  千手(せんじゅ)の陀羅尼(だらに)、
  不動の慈救(じく)の偈(げ)、
  明王(みょうおう)の火焔(かえん)の、
  黒煙(くろけむり)を立ててぞ、
  祈りける、
  祈り祈られ、
  撞かねどこの鐘、
  響き出で、
  引かねどこの鐘、
  躍るとぞ見えし、
  ほどなく鐘楼(しゅろう)に、
  引き上げたり、
  あれ見よ蛇体(じゃたい)は、
  現はれたり

《祈り》

【終曲】
地:謹請(きんぜい)東方(とうぼう)
  青龍(しょうりう)清浄(しょうじょう)、
  謹請西方(さいほう)
  白帝(びゃくたい)白龍(びゃくりう)、
  謹請中央黄帝(おうたい)黄龍(おうりう)、
  一大(いちだい)三千(さんぜん)
  大千(だいせん)世界の、
  恒沙(ごうじゃ)の龍王(りうおう)
  哀愍(あいみん)納受(のうじゅ)、
  哀愍自謹(じきん)のみぎんなれば、
  いづくに大蛇のあるべきぞと、
  祈り祈られかっぱと転(まろ)ぶが、
  また起きあがってたちまちに、
  鐘に向かって吐(つ)く息は、
  猛火(みょうか)となってその身を焼く、
  日高(ひたか)の川波、
  深淵(しんねん)に飛んでぞ入りにける
地:望み足りぬと験者(げんじゃ)たちは、
  わが本坊(ほんぼう)にぞ帰りける、
  わが本坊にぞ帰りける


※出典『能を読むⅣ』(本書は観世流を採用)




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