チャイコフスキー マンフレッド交響曲 アイネ・クライネ・ナハトムジーク
(チャイコフスキー「マンフレッド交響曲」とモーツァルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」との関係)
チャイコフスキーのいわゆる「マンフレッド交響曲」は
4つの楽章から成る。その
【第1楽章】は3つの部分から成ってる。
1)1小節乃至170小節=(4拍子の)マンフレッドの主題(固定楽想)
[Lento lugubre(レーント・ルーグブレ=重々しく遅く、死を悼むように悲しく。四分音符=60)、
4/4拍子、無調号(イ短調)]
♪ミー・ーー・・ーー、・>シ<ド│<レー、・>ラ<シ・・<ドー・ーー│
ーー・ーー・・>ラー・ー、>♯ファ│>ミー・ー、>ド・・>ラー・ーー│……♪
2)171小節乃至288小節=亡きアスタルテの主題
[Andante(アンダーンテ=歩を進める速さで、四分音符=69)、3/4拍子、2♯(ロ短調)]
♪●ミ・>レ<ラ・>ソ>ミ│<ファー・ーー・ーー│ー●・●●・●●│
●<ソ・>ファ<ド・>シ>ソ│<ラー・ーー・ーー│ー●・●●・ラ>♯ソ<ラ(3連符)│
<ミー・>レ●・>ラ>♯ソ<ラ(3連符)│<ミー・>レー・ーー│……♪
3)289小節乃至338小節=3拍子化されたマンフレッドの主題(固定楽想)
[Andante con duolo(アンダーンテ・コン・ドゥオーロ
=歩を進める速さで、罪を後悔する悲しみをもって。四分音符=69)、
3/4拍子、2♯(ロ短調)]
♪ミー・ーー・ーー│>シ<ド、・<レー、・>ラ<シ、│
<ドー、・>ラー・ーー│ー●・●●・●●♪
拙註)
lento:例えるなら……粘性の高い液体の分子は動きにくい。
水飴とまではいかなくてもグリセリンの分子運動はノロい……
そのように粘り気のあるものやドロドロしてる感のあるものの形容が
ラテン語lentus(レントゥス)格変化lento(レントー)由来のイタリア語lentoで、
「遅い」さまも表すようになったのである。
lugubre:引き剥がすさまを表す接頭辞"leug-"から派生した語。
車轢きの刑で体を引き裂かれるほどつらく悲しいさま。
duolo:悔恨の情からくる心の痛み
この音楽の元ネタであるバイロンの劇詩「マンフレッド」は、
バイロン(1788年-1824)自身の
異母姉Augusta(オーガスタ、1783-1851)との
近親相姦および二人の間に娘ができたことが
下敷きとなってる。実在のオーガスタのほうは
68歳まで生きるが、詩の中ではマンフレッドが
自死に追いつめたことが察せられる。
マンフレッドは「記憶の忘却」を望んだが、
悪行の報いはあっても救済などされようはずもない。
ただただ眠れぬ夜を自らの不行状にさいなまれるだけである。
ともあれ、
禁断の男女結合の末にアスタルテを死に追いやって苦悩する
マンフレッドの主題を第1主題、
キリスト者としての禁忌を2つも(近親相姦、自害)破った
アスタルテの主題を第2主題、
とスキャンすると、
第1部は第1主題の提示部と展開部を兼ね、
第2部は第2主題の提示とその展開であり、
第3部は第1主題だけが回帰される再現部、
という捉えかたができる。
イ短調で4拍子だったマンフレッドの主題が、
第3部ではアスタルテの主題と同じ
ロ短調かつ3拍子かつ
アンダーンテ(四分音符=69)という同テンポ仕様に
"止揚"されてるのである。これはすなわち
特異ながらも"ソナータ形式"の新たな型といえる。そう考えれば、
この作品はまさしく"交響曲"なのである。
曲は3管のファゴットと(1管の)バス・クラリネットという
4本の低音域木管のユニゾンで
「苦悩するマンフレッドの主題」が始められる。主題提示に続く音楽も、
これ以降の管弦楽作品でチャイコフスキーが多用した
比較的低音域の木管とホルンによる独特の混合音色に彩られる。
胸を打たれるサウンドである。戻って、冒頭の節まわしは、
ちょうど同時期にブルックナーが「交響曲第8番」を作ってて
♪ファー>ド<レ・・<ミー>・シ<ド│<レー・>ド>シ・・<ドー・>ラー♪
という終楽章の一節に似た音型が出てくる。
チャイコフスキー自身では、
「6つの小品」(op.19)の第4曲「ノクチュルヌ」(嬰ハ短調)
♪ミ<ド・>シ<ド・・>♯ソー・ーー│<ラ<ミ・>♯レ<ミ・>シー・ーー│
<ド<レ・>ラー・・<シ<ド・>♯ソー│<ラー・>ソ>ファ・・>ミー・ーー♪
「交響曲第2番」第1楽章の
♪ミー・>シ<ド・・<レ>ド・<ミ>レ│>ラー・ー<シ・・<ドー・>ラー♪
「眠れる森の美女」(第2幕)第10曲「間奏と情景」
「アッレーグロ・コン・スピーリト」の「ウン・ポーコ・ピウ・トランクイッロ」
♪ミーー<ソ・・>ファー>ミー・<ファー<ソー│
>ミー>シー・<ドー<レー・・>ラーーー・<シーーー│
<ドー●●♪
などの音型にもそれぞれやや似てる。それから、
約20年後にラフマニノフは「交響曲第2番」第1楽章の第2主題で、
♪ド<レ<【ミ(3連符)│
>シー・ー<ド<レ(3連符)・・>ラー・ー<シ<ド(3連符)】│>ソー♪
とチェロ・パートにチャイコフスキーの「マンフレッド」を"しのばせて"るのである。
ともあれ、私が推測するに、この「苦悩するマンフレッドの主題」は、
モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムズィーク」のメヌエットが
チャイコフスキーの優しい心にインスピレイションを与えたものである。
シェイクスピアの「ハムレット」からの有名なセリフの一節からの
引用を冒頭に掲げた劇詩「マンフレッド」は、第1幕1場、
"Manfred alone. -- Scene, a Gothic Gallery. -- Time, Midnight."
(拙訳)マンフレッド=一人板付き 舞台=最上階のゴチック様式の部屋 時間帯=真夜中
という設定である。まさに今ぐらいの時間である。さて、
"Eine kleine Nachtmusik(k.525)"は、
1787年8月に作曲された。この頃モーツァルトは、
夜明けのドン・ジョヴァンニ、ツルッと亀が統べった、
というふうに第1幕が開く大作
「ドン・ジョヴァンニ」を作曲してた。
収入減が深刻になってきた頃で、数か月前には、
引越ししてる。そして、5月末には
鬼のように厳しくされたスパルタ星一徹のようだったが、
コンスタンツェとの結婚で決裂したままの
父レーオポルトが死んだという知らせが入ったのである。
息子ヴォルフガングには、
親子の確執が解消されないまま、少年期のトラウマだけが残された。
モーツァルティアンなチャイコフスキーには、
女性を不幸に落としまくったドン・フアンや
モーツァルトがその題材で作曲してた時期とのシンクロが
たちまちのうちに「マンフレッド」と結びついたのだ、
ということがチャイコフスキアンな私にはよく解るのである。
♪【ミー・ーー・・ーー、・>シ<ド│<レー、・>ラ<シ・・<ドー・ーー│
ーー・ーー・・>ラー・ー、>♯ファ】│>ミー・ー、>ド・・>ラー・ーー│……♪
ちなみに、この主題の終い4つの音を重ねると、
[♯ファ>ミ>ド>ラ]
という[トリスタン和音]になってるのである。それはともかくも、
モーツァルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」メヌエットは、
♪ソー│<ドー・<レー・<ミー│<ファー・ーー・>レー│
<ミー・>ドー・<レー│(>ド)>シ・>ラ>ソ・<ラ<シ♪
とオクターヴ・ユニゾンの両vnが奏する下で、
ヴィオーラとチェロ(あるいは、およびコントラバス)がやはりオクターヴ・ユニゾンで、
♪●●│【ミー>シー<ドー│<レー>ラー<シー│
<ドー>ラー>♯ファー】│<ソー・<ソー・>(N)ファー♪
と、和声づけではなく、あたかも"2声の対旋律"のように
奏されるのである。この作品を書いた5年前、
父イリヤーが84歳で死んだ1880年にチャイコフスキーは、
モーツァルトが父レーオポルトが死んだときに「セレナード」を作曲した故事に倣って、
"モーツァルト様式"を想定した、
(第3楽章に「エレジー」を持つ)「弦楽【セレナード】」を作曲したのである。
モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムズィーク」はチャイコフスキーの時代すでに
メヌエットが1つの全4楽章作品とされてた。その第3楽章の
メヌエットの"低旋律"をチャイコフスキーは"父への挽歌"と見たてて、
自作の「セレナード」の第3楽章を「エレジー」としてた。それをここで、
チャイコフスキーは苦悩するマンフレッドの主題としたのである。
(この「マンフレッド交響曲」のイデ・フィクスである
「苦悩するマンフレッドの主題」が、
モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のメヌエットの主題の対旋律を引用してることが
よく判るようにまとめてみました。
https://soundcloud.com/kamomenoiwao_13/einekleinenachatmusik-3th-mov )
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