翌日の火曜日、午前中から普段通りの業務が始まる。ほとんど眠れていないせいか、頭が鉛のように重い。教室の清掃を済ませ、パソコンのメールをチェックする。いくつかの連絡事項と、部長から企画書提出の催促。冬期講習に向けて、より魅力的で受講意欲を促進させるための企画を社員全員が考えて提出する。他の社員たちは教室業務が忙しいのを理由に、お茶を濁す程度の企画書を出せば許されるが、マヤだけはそうはいかない。
社長に優遇されているのが気に入らない社員たちがここぞとばかりにタッグを組み、マヤの企画書にだけ重箱の隅をつつきまわすようなチェックを入れる。
「誤字がある。内容がどうこうよりも、読む気がしないよ」
「利益率はどうなってるの? どんなに受講者が増える企画でも、利益が少ないんじゃどうしようもないじゃない」
「仕事なんかいい加減にしてても、社長のごきげんだけ取っていればお給料もらえると思ってるんでしょう? そうはいかないんだから」
企画全般を取り仕切る部長を含めた先輩社員たちから投げつけられる言葉。言われていることは事実かもしれないが、あまりに他の社員たちと差別される扱いに耐えかねて抗議したこともある。だが、その途端、マヤの教室にだけすべての連絡をまわしてもらえなくなり、社内行事の日程も生徒たちが進学先として考える学校情報の変更も何もかもがわからなくなった。マヤが発注した教材だけが行方不明になり、教室のために申請した予算がすべて通らなくなり、マヤ自身が高熱を出したときに代わりのスタッフを手配してくれるように頼んだことすらも無視された。
それはまるで小学生のいやがらせのようなものであり、腹が立つというよりもむしろ呆れかえる種類のものだった。それでも、そのままの状態ではいずれマヤの教室はやっていけなくなる。仕方なく先輩社員たちひとりひとりを訪ね、吐き捨てられる暴言をすべて受け止め、「その通りです、申し訳ございませんでした」と床に頭を擦りつけて詫びた。
そのときの先輩たちの得意げな目を、陰湿な笑いを、マヤは今も忘れることができずにいる。
だから今回も、どんなに忙しかろうが、心がダメージを受けていようが、それとは関係なく皆が納得いくような企画を考え、今週末の期日までに企画書を部長に提出しなくてはいけない。少なくとも今はまだ、この場所を失うわけにはいかない。
コンコン、とドアがノックされる。まだ懇談の受付時間には早い。返事をする前にドアが開き、中年の女が入って来た。片手に近所のスーパーの買い物袋、毛玉のついたフリースに色あせたゴムのスカート。高級住宅街が近いこのあたりでは、あまり見かけないタイプだった。
「はい……?」
「あ、すみません、早かったですよね、ちょっとパートに行く前に息子のことでご相談させていただこうかと……」
どうやら生徒の保護者のようだが、顔に見覚えが無い。100人近い生徒が通う教室ではあるが、マヤはほぼすべての生徒と保護者の名前と顔を覚えていた。誰だろう、わからない。
「どうぞ、こちらに……あの、大変失礼ですが……?」
「ああ、そうですよね、わたし、こちらに直接うかがうのは初めてで……高校2年生の佐伯タケルの母親です。いつも息子がお世話になっております」
「ああ、佐伯くんの! はじめまして、水上と申します。いつもはお父様がご相談にみえられるので……こちらこそ、気がつかなくて申し訳ありません。どうぞ、おかけになってください」
ぎこちなく笑いながら、母親が面談テーブルに腰を下ろす。仕事用の笑顔を崩さないように気をつけながら、猛スピードで脳内ハードディスクから佐伯タケルに関するデータを探す。公立高校の2年生、美術部、夏休みに「部の課題なんだ」と見せてくれた絵が独創的で異様な迫力を持っていたのを覚えている。成績は各科目とも偏差値60程度で、まあ優秀といえる。担当講師は久保田、本人の希望する進路は芸術方面の大学、母親の希望は理系の大学への進学。折り合いがつかずに困っている、と父親がたまに相談に来る。入塾の手続きから普段の懇談まで、これまではすべて父親が対応していた。
今回に限って母親が訪ねてきた理由は何だろう……
この佐伯タケルの父親とも、半年ほど前からマヤは深い関係を持っていた。先週も一度、仕事終りにホテルで楽しんだ。普段は意識しない後ろめたさからか、強烈な違和感と不安を感じる。そうした関係が露見したことはこれまでに一度も無いが、もしもその件で訪ねて来られたのだとしたら……かなり面倒なことになる。
「あの……先生……」
母親が上目づかいでじっとりとマヤを見据える。心臓が跳ねあがる。手のひらに嫌な汗が滲む。ぐっと腹に力を入れて動揺を抑える。
「はい、どうかなさいましたか?」
「息子のことなんですが……あの子、どうしても芸大か専門学校に行きたいって言うんです。絵の腕をしっかり磨きたいとか……主人は子供の人生なんだから好きにさせろなんて言いますけど、ひとり息子なんですよ。そんな、人生を棒に振るかもしれないのに、許せるわけないじゃないですか……」
母親の目が潤み、白目の周りが真っ赤に染まる。ふうっと力が抜ける。どうやら本当に生徒に関する相談だったらしい。タケルの進路については、父親の方からもたびたび相談があった。子供の進みたい道をどうしても許そうとしない母親と、長めの反後期から抜け出せない息子との間で板挟みになって大変だと嘆いていた。
「それでもね、例えば美術の教員免許を取るとかいうのなら、まだ話し合う余地もありますよ? だって、それならまだ仕事として成り立ちそうですものね。でも、そうじゃなくて、あの子は芸術としての絵を極めたいとかわけのわからないことばかり言って……何のために小学校の頃からいままで塾に行かせていたのか……せっかく成績も悪くないんだから、もっと名のある大学に通って、将来性のある安定した企業に就職して、平凡でも幸せに生きていって欲しいんですよ、それなのにあの子ったらわたしの話を聞きもしないで……主人もあの子の肩ばかり持つし……家の中で、わたしひとりだけが悪者になってしまって、そんなのおかしいじゃありませんか……」
母親はぐずぐずと鼻をすすりながら機関銃のようにまくし立てる。ある程度の年齢を過ぎた女の涙は醜いだけだ、とマヤは思う。母親の息子を思う気持ちはわからないこともない。でも今の社会は、この母親の世代が生きてきた時代とは違う。『将来性のある安定した企業』だったはずの会社が、突然潰れるケースなんてゴロゴロしている。たしかに芸術の世界で生きていくのは厳しいだろうが、もしも親の言われるままに自分の考えを曲げてまで進んだ道の先で奈落の底に落ちたとしたら、子供は親に対して恨みしか残らないだろう。どっちにしたってぼんやりしたままで掴める幸せなど、もうこの世のどこにもないのだ。
それはタケルに限らない。男も、女も、みんな同じ。もちろん、マヤ自身も。
だからといって、この手の母親に「子供の好きなように生きさせてあげたらどうですか」とは口が裂けても言えない。こういう母親は、たいていの場合『相談』に来ているわけではなく、単に同意を求めているだけである。
「ねえ、先生、わたしの考えが間違っているんでしょうか!? 主人も最近ではわたしの言うことなんて聞き流しているみたいだし、息子はもう近寄ってこようともしないし、部屋にこもってゲームばっかりしているみたいだし……」
気持ちを昂ぶらせる母親の厳しいまなざしを微笑みで受け止める。目尻を下げ、緩やかに頬を上げて、優しげな表情を作る。
「そうですか……タケルくんも難しい年頃ですしね。中学生から高校生くらいのお子さんのお母様たちは皆、困っていらっしゃるようですよ。タケルくんはこちらで見ている限りでは、非常にしっかりした生徒さんです。進路のことも、まだ2年生ですし、いろいろと模索している途中ではないでしょうか。学習面では、いまのところ大きな問題もありませんし、タケルくんの気持ち次第ではお母様の希望されるような進路を選ぶこともじゅうぶん可能です」
子供を『しっかりしている』と誉められて、母親の顔がパッと輝く。子供を誉められて嫌な気持ちになる親はいない。ほとんどの母親に共通している反応。
「本当ですか? まだ、息子の気持ちさえ変われば、芸術以外の大学への進学も大丈夫なんですね?」
「ええ、模試の結果からいくと問題無いと思います。ですので、少し様子を見ながらご家庭でゆっくりお話をされてみてはいかがでしょうか。もうすぐ学校でも個人面談があると聞いています。そのときに担任の先生も交えてお話されるのもいいかもしれないですね」
「ああ、そういえば……そうですね、学校ではまたあの子も違うことを言っているのかもしれないし……あ、すみません、そろそろ仕事なので。突然来てしまって申し訳ないです、先生。また、うちの子のことをよろしくお願いします」
「いえいえ、いつでもお待ちしております。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そそくさと慌ただしい様子で母親が出て行った後、マヤはホッと肩の力を抜き、椅子の背もたれに体を預けた。
ああ、びっくりした。
再びパソコンに向かってキーを叩きながら、父親たちとの関係が発覚したのではなかったことに心の底から安堵した。彼らはうまくやってくれている。家庭を壊さないように、自分の身をしっかりと守れるように。社会的な立場もある彼らにとって、不倫がバレた末に離婚に追い込まれるなどという不名誉な事態はなんとしても避けたいに違いない。
タケルの顔を思い浮かべる。くせの強い茶色の髪、色素の薄い肌にくりくりとした小動物のような瞳。誰にでも愛想が良く、女の子たちにも人気がある。あの母親にはあまり似たところが見当たらない。強いて言えば、頑固なところが似ているだろうか。
タケルの父親を思い浮かべる。それは教室を訪れるときのかしこまった姿ではなく、ベッドの上でマヤと戯れるときの荒々しい姿。妻に対しては一度もあんなことをしたことはないという。
思い出すだけで肌の内側が熱を持ち始める。ため息が漏れる。
キーボードから手を離し、佐伯にメールを打つ。『今日、会いたい』と一言だけ。返事はすぐに届き、真夜中の約束が成立した。
意識を切り替える。昼過ぎまでかかって、どうにか企画書を完成させた。週末の締め切りまでにまだ時間はあったが、さっさと提出しておかないとまたバケツ一杯分の嫌みや文句をねちねちとぶつけられるはめになる。誤字やおかしなところがないか何度も確認し、部長にデータを送信した。
少し休憩しようと立ち上がると、勢いよく教室のドアが開いて「学校が早く終わったから」と小学生の子供たちがなだれ込んできた。授業外でも自習スペースとして教室を開放しているので、子供たちは友達と連れ立って学校帰りにそのままやって来ることがある。勉強半分、遊び半分の彼らの相手は楽しく、飽きることが無い。
「あのね、今日は○○くんが学校で怒られていたよ」
「△△先生が理科のときにおもしろい話をしてくれたんだ」
「給食がお魚で、全然おいしくなかった!」
我さきにとマヤにしがみつくようにして、子供たちが学校であったことを話し始める。母親よりも年下のマヤは、彼らにとって姉や友達のような感覚なのだろう。
「あはは、そっかー、みんな元気だねえ。よし、ちゃんとお席に座ってからお話きいてあげる。誰が一番はやく座れるかな?」
きゃあきゃあと嬌声をあげながら、小さな体が次々に転げるようにして椅子にしがみつく。弾む呼吸、揺れるランドセル。子供たちの真ん中に座り、マヤはその可愛らしい声に耳を傾けた。
夕方、教室に集まり始めた講師たちに小学生の相手を交替してもらい、事務スペースに戻ってパソコンのメールを確認する。部長からの返信は無い。通常、企画書などのファイルを送信した場合、受け取った側が確認のメールを送信することになっている。送信済みのメールには、ちゃんと送信できた記録が残っている。
念のため、と再度企画書のデータを送信する。部長のところに届くメールの数は膨大なので、他のメールに紛れて気付かれなかった可能性もある。送信できたことを再確認して子供たちの元へと戻った。
「あれっ、水上先生、疲れてる? 目の下、クマできちゃってるよ」
40代の女性講師、田宮が心配そうに言う。彼女は元中学の教師をしていたという経歴で、指導もしっかりしており、教室業務にも協力的なのでいつもマヤは助けられている。
「ああ、昨日、ちょっと眠れなくて……」
「そっか、そんな顔してたら久保田先生が心配しちゃうよ? うふふ、若いって良いよねー!」
「ええ? 久保田先生が?」
昨夜のことが蘇る。田宮の言い方がひっかかる。
「だって、久保田先生って、絶対に水上先生のこと大好きじゃない。もうさ、目が違うのよ、目が。水上先生のこと見るとき、あの子の目の中ハートマークがいっぱいよ、今度見てごらん」
返事に困っていると、通りかかった別の女性講師、雪村が田宮をいさめてくれた。
「もう、あんたはまた余計なことばっかり。ほらほら、水上先生困ってるじゃない。そんなねえ、職場で恋愛関係なんか持ち出されたら、ややこしくって仕方無いじゃない。自分がモテないからって、ひがまないのよ! さ、もうすぐ授業始まるわ、行きましょう」
雪村は田宮の紹介でやってきた講師で、田宮とは中学生の頃からの友人らしく非常に仲が良い。田宮の悪気ない軽口を適当に収めながら、マヤに片目をつぶって笑って見せた。笑顔を返しながら、ふと不安に駆られる。これまでそんなに意識してこなかったが、久保田の態度はそんなに傍目から見てもわかるほどのものだったのか。
彼の気持ちが嬉しくないわけではないが、余計な問題を増やしたくは無かった。教室ではあまりそういう態度を表に出さないように、釘をさしておいたほうがいいかもしれない。
授業が始まると、もう教室は息をするのも忘れるほど忙しくなる。生徒は次々と質問や相談事を持ちかけてくる、保護者からの電話がひっきりなしに鳴る、仕事帰りに直接教室を訪ねてくる保護者もいる、そして講師たちからの話もタイミングを逃さずに聞かなくてはいけない。
そのすべてに振り回されて、気がつくとだいたい最終の授業が終わる時間になっている。それは今日も同じで、最後の生徒を見送った後、マヤは耐えられないほどの疲労感に襲われてドア横の壁にもたれかかった。田宮と雪村が帰り支度をしながら笑う。
「あらら、水上先生、ほんとに疲れてるみたい。ねえ、これあげるから元気出しなさい!」
田宮がバッグから小さなチョコレートを取り出して、いくつかをマヤに握らせた。
「田宮先生、ありがとうございます。すみません、お気づかいいただいて……」
「何言ってんの、あれだけの仕事量をひとりでこなすって大変だなっていつも思ってるよ。まあ、あたしたちもあんまり役には立たないかもしれないけど、困った時は言ってよね。できることは協力するから。じゃ、お先に」
「ふふ、田宮の言うとおりよ。先生、よく頑張ってると思う。弱音を吐かないのが良いところだけどさ、どこかで発散しないと潰れちゃうからちょっと心配。じゃ、またね」
田宮と雪村がぽんぽんとマヤの肩を叩いてから教室を出ていく。アルバイトの講師に心配されるようではいけない、と思いながらも、ふたりの優しさがありがたかった。
「先生……」
最後に残った久保田が深刻な表情でドアの前に立ち尽くしている。
「ああ、久保田くん、お疲れ様! ごめんね、昨日は遅くまで」
「いえ、僕はいいんです。でも先生、本当に今日は疲れているみたいで……あの、田宮先生たちも言ってたけど、僕もできることなら先生の力になれたらって思うんですけど……」
立て続けに優しい言葉ばかりかけられると、なんだか泣きそうになる。でも、年下の久保田に甘えるわけにはいかない。自分のわがままで、未来のある久保田を潰してしまうわけにはいかない。涙がこぼれ落ちないように上を向き、マヤはわざとそっけない態度で答えた。
「ありがとう。気持ちだけでじゅうぶんよ。わたしもこのあとは自分の時間を楽しむ予定を入れているわ。心配しないで」
「そ、そうですか……すみません、余計なこと言って……」
「さあ、今日は早く帰りましょう。また明日ね」
「はい……あの、ほんと、何かあったら言ってください。僕、本当に先生のこと……」
「わかった。だから、今日はもう帰ろう。ね?」
教室から久保田を追い出すようにしてドアを閉める。少し間をおいて、階段を下りる足音が聞こえる。自分の抱えているあらゆる弊害を思う。頭を振る。考えても仕方のないことを悩むより、目の前のお手軽な快楽に身をゆだねることを選ぶ。
教室の消灯と戸締りを確認しながら、佐伯タケルの父親に電話をかける。
「あの、水上です」
『ああ、君か。今日は少し早いね。いまから迎えに行くよ、夕食は何がいい?』
「今日はあまり食欲がないから……直接ホテルに連れて行ってくれますか? すごく、疲れているの」
『そうか、もちろんいいよ。パパのがそんなに欲しくなったのかい?』
佐伯は自分のことをパパと呼ばせる。父親気分でマヤに接するのが好きらしい。
「そうよ、パパのが、今すぐ欲しいの……」
『あはは、素直でいい子だ。すぐに行くから待っていなさい』
電話越しに相手が興奮しているのがわかった。性的な空気、自分が選んだ誰かと体を合わせる行為、それはマヤからすべての嫌なことを忘れさせてくれる。その瞬間だけ、マヤは孤独から解放される。誰かに必要とされているような気持ちになれる。たとえ、それが一時のまやかしだとしても。
ほんの10分程度で佐伯の車が現れる。イタリア製の真っ赤な車は、この暗がりのなかでもよく目立つ。もう50に近いはずの佐伯は、その年齢でなお筋肉質で引き締まった体を維持している。優しげな目元によった無数のしわが唯一年齢を感じさせるが、それさえも佐伯の顔の上では美点に変わる。
車に乗り込むと、どこかの外国製だという独特の香水の匂いが満ちている。軽くキスをしてからスムーズに車を発進させ、片手で器用にハンドルを操作した。窓の外を真夜中の街並みが通り過ぎていく。人通りがほとんどなく明かりの消えた街の様子を見ていると、ささくれ立っていた気持ちが落ち着いていく。
「マヤ、今日は本当にすぐホテルで良いんだね?」
「はい。早く……したいから」
「かわいいことを言う……どれ、ちょっと足を広げてごらん」
佐伯の穏やかな低音の声が耳をくすぐる。少しだけ両足の間を広げると、正面を向いたまま佐伯が手を伸ばしてきた。悪戯な手は太ももを撫で、その内側にそっと指を滑らせる。足の間にある下着の布地に触れられると、その刺激に声が出る。
「あっ……」
指先はその割れ目の部分を丁寧に擦り、マヤの入口を下着の上から突いてくる。車は止まらない。佐伯はマヤのほうに少しも視線を向けないまま、運転を続ける。指は焦らすように陰部のまわりを這いまわる。
「んっ、パパ……気持ちいい……ここ、もっとして……」
「すごいね、今日はもうこれだけでびちょびちょに濡れているよ……あと少しでホテルにつくから、それまで我慢だ」
「やだ……もっと、ここ、くちゅくちゅってして……」
「だめだよ、マヤ。我慢しなさい。部屋に着くまでは自分で触ってもいけないよ? わかったね」
「はい、パパ……」
佐伯は何事も無かったかのように手を引っ込める。快感の途中で置き去りにされたマヤの体は疼きが止まらなくなる。佐伯の目を盗むようにして、その濡れた部分を指でなぞってみる。下着の中に手を入れる。クリトリスを中指でくるくると撫でると、痺れるように気持ちが良くなる。
「んっ……!」
そのまま指を膣に挿入しようとしたところで、佐伯に腕を強く掴まれた。車はいつのまにかホテルの駐車場に着いていた。
「マヤ、どうして言うことを聞かないんだい?」
諭すような口調に、マヤは本当に悪いことをしたような気がしてくる。
「ごめんなさい……パパ……」
「マヤは悪い子だったんだね? 悪い子にはおしおきが必要だ」
佐伯は微笑みながら車を降り、マヤの腕を強く引きながらホテルの中へと入っていった。
(つづく)
社長に優遇されているのが気に入らない社員たちがここぞとばかりにタッグを組み、マヤの企画書にだけ重箱の隅をつつきまわすようなチェックを入れる。
「誤字がある。内容がどうこうよりも、読む気がしないよ」
「利益率はどうなってるの? どんなに受講者が増える企画でも、利益が少ないんじゃどうしようもないじゃない」
「仕事なんかいい加減にしてても、社長のごきげんだけ取っていればお給料もらえると思ってるんでしょう? そうはいかないんだから」
企画全般を取り仕切る部長を含めた先輩社員たちから投げつけられる言葉。言われていることは事実かもしれないが、あまりに他の社員たちと差別される扱いに耐えかねて抗議したこともある。だが、その途端、マヤの教室にだけすべての連絡をまわしてもらえなくなり、社内行事の日程も生徒たちが進学先として考える学校情報の変更も何もかもがわからなくなった。マヤが発注した教材だけが行方不明になり、教室のために申請した予算がすべて通らなくなり、マヤ自身が高熱を出したときに代わりのスタッフを手配してくれるように頼んだことすらも無視された。
それはまるで小学生のいやがらせのようなものであり、腹が立つというよりもむしろ呆れかえる種類のものだった。それでも、そのままの状態ではいずれマヤの教室はやっていけなくなる。仕方なく先輩社員たちひとりひとりを訪ね、吐き捨てられる暴言をすべて受け止め、「その通りです、申し訳ございませんでした」と床に頭を擦りつけて詫びた。
そのときの先輩たちの得意げな目を、陰湿な笑いを、マヤは今も忘れることができずにいる。
だから今回も、どんなに忙しかろうが、心がダメージを受けていようが、それとは関係なく皆が納得いくような企画を考え、今週末の期日までに企画書を部長に提出しなくてはいけない。少なくとも今はまだ、この場所を失うわけにはいかない。
コンコン、とドアがノックされる。まだ懇談の受付時間には早い。返事をする前にドアが開き、中年の女が入って来た。片手に近所のスーパーの買い物袋、毛玉のついたフリースに色あせたゴムのスカート。高級住宅街が近いこのあたりでは、あまり見かけないタイプだった。
「はい……?」
「あ、すみません、早かったですよね、ちょっとパートに行く前に息子のことでご相談させていただこうかと……」
どうやら生徒の保護者のようだが、顔に見覚えが無い。100人近い生徒が通う教室ではあるが、マヤはほぼすべての生徒と保護者の名前と顔を覚えていた。誰だろう、わからない。
「どうぞ、こちらに……あの、大変失礼ですが……?」
「ああ、そうですよね、わたし、こちらに直接うかがうのは初めてで……高校2年生の佐伯タケルの母親です。いつも息子がお世話になっております」
「ああ、佐伯くんの! はじめまして、水上と申します。いつもはお父様がご相談にみえられるので……こちらこそ、気がつかなくて申し訳ありません。どうぞ、おかけになってください」
ぎこちなく笑いながら、母親が面談テーブルに腰を下ろす。仕事用の笑顔を崩さないように気をつけながら、猛スピードで脳内ハードディスクから佐伯タケルに関するデータを探す。公立高校の2年生、美術部、夏休みに「部の課題なんだ」と見せてくれた絵が独創的で異様な迫力を持っていたのを覚えている。成績は各科目とも偏差値60程度で、まあ優秀といえる。担当講師は久保田、本人の希望する進路は芸術方面の大学、母親の希望は理系の大学への進学。折り合いがつかずに困っている、と父親がたまに相談に来る。入塾の手続きから普段の懇談まで、これまではすべて父親が対応していた。
今回に限って母親が訪ねてきた理由は何だろう……
この佐伯タケルの父親とも、半年ほど前からマヤは深い関係を持っていた。先週も一度、仕事終りにホテルで楽しんだ。普段は意識しない後ろめたさからか、強烈な違和感と不安を感じる。そうした関係が露見したことはこれまでに一度も無いが、もしもその件で訪ねて来られたのだとしたら……かなり面倒なことになる。
「あの……先生……」
母親が上目づかいでじっとりとマヤを見据える。心臓が跳ねあがる。手のひらに嫌な汗が滲む。ぐっと腹に力を入れて動揺を抑える。
「はい、どうかなさいましたか?」
「息子のことなんですが……あの子、どうしても芸大か専門学校に行きたいって言うんです。絵の腕をしっかり磨きたいとか……主人は子供の人生なんだから好きにさせろなんて言いますけど、ひとり息子なんですよ。そんな、人生を棒に振るかもしれないのに、許せるわけないじゃないですか……」
母親の目が潤み、白目の周りが真っ赤に染まる。ふうっと力が抜ける。どうやら本当に生徒に関する相談だったらしい。タケルの進路については、父親の方からもたびたび相談があった。子供の進みたい道をどうしても許そうとしない母親と、長めの反後期から抜け出せない息子との間で板挟みになって大変だと嘆いていた。
「それでもね、例えば美術の教員免許を取るとかいうのなら、まだ話し合う余地もありますよ? だって、それならまだ仕事として成り立ちそうですものね。でも、そうじゃなくて、あの子は芸術としての絵を極めたいとかわけのわからないことばかり言って……何のために小学校の頃からいままで塾に行かせていたのか……せっかく成績も悪くないんだから、もっと名のある大学に通って、将来性のある安定した企業に就職して、平凡でも幸せに生きていって欲しいんですよ、それなのにあの子ったらわたしの話を聞きもしないで……主人もあの子の肩ばかり持つし……家の中で、わたしひとりだけが悪者になってしまって、そんなのおかしいじゃありませんか……」
母親はぐずぐずと鼻をすすりながら機関銃のようにまくし立てる。ある程度の年齢を過ぎた女の涙は醜いだけだ、とマヤは思う。母親の息子を思う気持ちはわからないこともない。でも今の社会は、この母親の世代が生きてきた時代とは違う。『将来性のある安定した企業』だったはずの会社が、突然潰れるケースなんてゴロゴロしている。たしかに芸術の世界で生きていくのは厳しいだろうが、もしも親の言われるままに自分の考えを曲げてまで進んだ道の先で奈落の底に落ちたとしたら、子供は親に対して恨みしか残らないだろう。どっちにしたってぼんやりしたままで掴める幸せなど、もうこの世のどこにもないのだ。
それはタケルに限らない。男も、女も、みんな同じ。もちろん、マヤ自身も。
だからといって、この手の母親に「子供の好きなように生きさせてあげたらどうですか」とは口が裂けても言えない。こういう母親は、たいていの場合『相談』に来ているわけではなく、単に同意を求めているだけである。
「ねえ、先生、わたしの考えが間違っているんでしょうか!? 主人も最近ではわたしの言うことなんて聞き流しているみたいだし、息子はもう近寄ってこようともしないし、部屋にこもってゲームばっかりしているみたいだし……」
気持ちを昂ぶらせる母親の厳しいまなざしを微笑みで受け止める。目尻を下げ、緩やかに頬を上げて、優しげな表情を作る。
「そうですか……タケルくんも難しい年頃ですしね。中学生から高校生くらいのお子さんのお母様たちは皆、困っていらっしゃるようですよ。タケルくんはこちらで見ている限りでは、非常にしっかりした生徒さんです。進路のことも、まだ2年生ですし、いろいろと模索している途中ではないでしょうか。学習面では、いまのところ大きな問題もありませんし、タケルくんの気持ち次第ではお母様の希望されるような進路を選ぶこともじゅうぶん可能です」
子供を『しっかりしている』と誉められて、母親の顔がパッと輝く。子供を誉められて嫌な気持ちになる親はいない。ほとんどの母親に共通している反応。
「本当ですか? まだ、息子の気持ちさえ変われば、芸術以外の大学への進学も大丈夫なんですね?」
「ええ、模試の結果からいくと問題無いと思います。ですので、少し様子を見ながらご家庭でゆっくりお話をされてみてはいかがでしょうか。もうすぐ学校でも個人面談があると聞いています。そのときに担任の先生も交えてお話されるのもいいかもしれないですね」
「ああ、そういえば……そうですね、学校ではまたあの子も違うことを言っているのかもしれないし……あ、すみません、そろそろ仕事なので。突然来てしまって申し訳ないです、先生。また、うちの子のことをよろしくお願いします」
「いえいえ、いつでもお待ちしております。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そそくさと慌ただしい様子で母親が出て行った後、マヤはホッと肩の力を抜き、椅子の背もたれに体を預けた。
ああ、びっくりした。
再びパソコンに向かってキーを叩きながら、父親たちとの関係が発覚したのではなかったことに心の底から安堵した。彼らはうまくやってくれている。家庭を壊さないように、自分の身をしっかりと守れるように。社会的な立場もある彼らにとって、不倫がバレた末に離婚に追い込まれるなどという不名誉な事態はなんとしても避けたいに違いない。
タケルの顔を思い浮かべる。くせの強い茶色の髪、色素の薄い肌にくりくりとした小動物のような瞳。誰にでも愛想が良く、女の子たちにも人気がある。あの母親にはあまり似たところが見当たらない。強いて言えば、頑固なところが似ているだろうか。
タケルの父親を思い浮かべる。それは教室を訪れるときのかしこまった姿ではなく、ベッドの上でマヤと戯れるときの荒々しい姿。妻に対しては一度もあんなことをしたことはないという。
思い出すだけで肌の内側が熱を持ち始める。ため息が漏れる。
キーボードから手を離し、佐伯にメールを打つ。『今日、会いたい』と一言だけ。返事はすぐに届き、真夜中の約束が成立した。
意識を切り替える。昼過ぎまでかかって、どうにか企画書を完成させた。週末の締め切りまでにまだ時間はあったが、さっさと提出しておかないとまたバケツ一杯分の嫌みや文句をねちねちとぶつけられるはめになる。誤字やおかしなところがないか何度も確認し、部長にデータを送信した。
少し休憩しようと立ち上がると、勢いよく教室のドアが開いて「学校が早く終わったから」と小学生の子供たちがなだれ込んできた。授業外でも自習スペースとして教室を開放しているので、子供たちは友達と連れ立って学校帰りにそのままやって来ることがある。勉強半分、遊び半分の彼らの相手は楽しく、飽きることが無い。
「あのね、今日は○○くんが学校で怒られていたよ」
「△△先生が理科のときにおもしろい話をしてくれたんだ」
「給食がお魚で、全然おいしくなかった!」
我さきにとマヤにしがみつくようにして、子供たちが学校であったことを話し始める。母親よりも年下のマヤは、彼らにとって姉や友達のような感覚なのだろう。
「あはは、そっかー、みんな元気だねえ。よし、ちゃんとお席に座ってからお話きいてあげる。誰が一番はやく座れるかな?」
きゃあきゃあと嬌声をあげながら、小さな体が次々に転げるようにして椅子にしがみつく。弾む呼吸、揺れるランドセル。子供たちの真ん中に座り、マヤはその可愛らしい声に耳を傾けた。
夕方、教室に集まり始めた講師たちに小学生の相手を交替してもらい、事務スペースに戻ってパソコンのメールを確認する。部長からの返信は無い。通常、企画書などのファイルを送信した場合、受け取った側が確認のメールを送信することになっている。送信済みのメールには、ちゃんと送信できた記録が残っている。
念のため、と再度企画書のデータを送信する。部長のところに届くメールの数は膨大なので、他のメールに紛れて気付かれなかった可能性もある。送信できたことを再確認して子供たちの元へと戻った。
「あれっ、水上先生、疲れてる? 目の下、クマできちゃってるよ」
40代の女性講師、田宮が心配そうに言う。彼女は元中学の教師をしていたという経歴で、指導もしっかりしており、教室業務にも協力的なのでいつもマヤは助けられている。
「ああ、昨日、ちょっと眠れなくて……」
「そっか、そんな顔してたら久保田先生が心配しちゃうよ? うふふ、若いって良いよねー!」
「ええ? 久保田先生が?」
昨夜のことが蘇る。田宮の言い方がひっかかる。
「だって、久保田先生って、絶対に水上先生のこと大好きじゃない。もうさ、目が違うのよ、目が。水上先生のこと見るとき、あの子の目の中ハートマークがいっぱいよ、今度見てごらん」
返事に困っていると、通りかかった別の女性講師、雪村が田宮をいさめてくれた。
「もう、あんたはまた余計なことばっかり。ほらほら、水上先生困ってるじゃない。そんなねえ、職場で恋愛関係なんか持ち出されたら、ややこしくって仕方無いじゃない。自分がモテないからって、ひがまないのよ! さ、もうすぐ授業始まるわ、行きましょう」
雪村は田宮の紹介でやってきた講師で、田宮とは中学生の頃からの友人らしく非常に仲が良い。田宮の悪気ない軽口を適当に収めながら、マヤに片目をつぶって笑って見せた。笑顔を返しながら、ふと不安に駆られる。これまでそんなに意識してこなかったが、久保田の態度はそんなに傍目から見てもわかるほどのものだったのか。
彼の気持ちが嬉しくないわけではないが、余計な問題を増やしたくは無かった。教室ではあまりそういう態度を表に出さないように、釘をさしておいたほうがいいかもしれない。
授業が始まると、もう教室は息をするのも忘れるほど忙しくなる。生徒は次々と質問や相談事を持ちかけてくる、保護者からの電話がひっきりなしに鳴る、仕事帰りに直接教室を訪ねてくる保護者もいる、そして講師たちからの話もタイミングを逃さずに聞かなくてはいけない。
そのすべてに振り回されて、気がつくとだいたい最終の授業が終わる時間になっている。それは今日も同じで、最後の生徒を見送った後、マヤは耐えられないほどの疲労感に襲われてドア横の壁にもたれかかった。田宮と雪村が帰り支度をしながら笑う。
「あらら、水上先生、ほんとに疲れてるみたい。ねえ、これあげるから元気出しなさい!」
田宮がバッグから小さなチョコレートを取り出して、いくつかをマヤに握らせた。
「田宮先生、ありがとうございます。すみません、お気づかいいただいて……」
「何言ってんの、あれだけの仕事量をひとりでこなすって大変だなっていつも思ってるよ。まあ、あたしたちもあんまり役には立たないかもしれないけど、困った時は言ってよね。できることは協力するから。じゃ、お先に」
「ふふ、田宮の言うとおりよ。先生、よく頑張ってると思う。弱音を吐かないのが良いところだけどさ、どこかで発散しないと潰れちゃうからちょっと心配。じゃ、またね」
田宮と雪村がぽんぽんとマヤの肩を叩いてから教室を出ていく。アルバイトの講師に心配されるようではいけない、と思いながらも、ふたりの優しさがありがたかった。
「先生……」
最後に残った久保田が深刻な表情でドアの前に立ち尽くしている。
「ああ、久保田くん、お疲れ様! ごめんね、昨日は遅くまで」
「いえ、僕はいいんです。でも先生、本当に今日は疲れているみたいで……あの、田宮先生たちも言ってたけど、僕もできることなら先生の力になれたらって思うんですけど……」
立て続けに優しい言葉ばかりかけられると、なんだか泣きそうになる。でも、年下の久保田に甘えるわけにはいかない。自分のわがままで、未来のある久保田を潰してしまうわけにはいかない。涙がこぼれ落ちないように上を向き、マヤはわざとそっけない態度で答えた。
「ありがとう。気持ちだけでじゅうぶんよ。わたしもこのあとは自分の時間を楽しむ予定を入れているわ。心配しないで」
「そ、そうですか……すみません、余計なこと言って……」
「さあ、今日は早く帰りましょう。また明日ね」
「はい……あの、ほんと、何かあったら言ってください。僕、本当に先生のこと……」
「わかった。だから、今日はもう帰ろう。ね?」
教室から久保田を追い出すようにしてドアを閉める。少し間をおいて、階段を下りる足音が聞こえる。自分の抱えているあらゆる弊害を思う。頭を振る。考えても仕方のないことを悩むより、目の前のお手軽な快楽に身をゆだねることを選ぶ。
教室の消灯と戸締りを確認しながら、佐伯タケルの父親に電話をかける。
「あの、水上です」
『ああ、君か。今日は少し早いね。いまから迎えに行くよ、夕食は何がいい?』
「今日はあまり食欲がないから……直接ホテルに連れて行ってくれますか? すごく、疲れているの」
『そうか、もちろんいいよ。パパのがそんなに欲しくなったのかい?』
佐伯は自分のことをパパと呼ばせる。父親気分でマヤに接するのが好きらしい。
「そうよ、パパのが、今すぐ欲しいの……」
『あはは、素直でいい子だ。すぐに行くから待っていなさい』
電話越しに相手が興奮しているのがわかった。性的な空気、自分が選んだ誰かと体を合わせる行為、それはマヤからすべての嫌なことを忘れさせてくれる。その瞬間だけ、マヤは孤独から解放される。誰かに必要とされているような気持ちになれる。たとえ、それが一時のまやかしだとしても。
ほんの10分程度で佐伯の車が現れる。イタリア製の真っ赤な車は、この暗がりのなかでもよく目立つ。もう50に近いはずの佐伯は、その年齢でなお筋肉質で引き締まった体を維持している。優しげな目元によった無数のしわが唯一年齢を感じさせるが、それさえも佐伯の顔の上では美点に変わる。
車に乗り込むと、どこかの外国製だという独特の香水の匂いが満ちている。軽くキスをしてからスムーズに車を発進させ、片手で器用にハンドルを操作した。窓の外を真夜中の街並みが通り過ぎていく。人通りがほとんどなく明かりの消えた街の様子を見ていると、ささくれ立っていた気持ちが落ち着いていく。
「マヤ、今日は本当にすぐホテルで良いんだね?」
「はい。早く……したいから」
「かわいいことを言う……どれ、ちょっと足を広げてごらん」
佐伯の穏やかな低音の声が耳をくすぐる。少しだけ両足の間を広げると、正面を向いたまま佐伯が手を伸ばしてきた。悪戯な手は太ももを撫で、その内側にそっと指を滑らせる。足の間にある下着の布地に触れられると、その刺激に声が出る。
「あっ……」
指先はその割れ目の部分を丁寧に擦り、マヤの入口を下着の上から突いてくる。車は止まらない。佐伯はマヤのほうに少しも視線を向けないまま、運転を続ける。指は焦らすように陰部のまわりを這いまわる。
「んっ、パパ……気持ちいい……ここ、もっとして……」
「すごいね、今日はもうこれだけでびちょびちょに濡れているよ……あと少しでホテルにつくから、それまで我慢だ」
「やだ……もっと、ここ、くちゅくちゅってして……」
「だめだよ、マヤ。我慢しなさい。部屋に着くまでは自分で触ってもいけないよ? わかったね」
「はい、パパ……」
佐伯は何事も無かったかのように手を引っ込める。快感の途中で置き去りにされたマヤの体は疼きが止まらなくなる。佐伯の目を盗むようにして、その濡れた部分を指でなぞってみる。下着の中に手を入れる。クリトリスを中指でくるくると撫でると、痺れるように気持ちが良くなる。
「んっ……!」
そのまま指を膣に挿入しようとしたところで、佐伯に腕を強く掴まれた。車はいつのまにかホテルの駐車場に着いていた。
「マヤ、どうして言うことを聞かないんだい?」
諭すような口調に、マヤは本当に悪いことをしたような気がしてくる。
「ごめんなさい……パパ……」
「マヤは悪い子だったんだね? 悪い子にはおしおきが必要だ」
佐伯は微笑みながら車を降り、マヤの腕を強く引きながらホテルの中へと入っていった。
(つづく)
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