真田丸-25

2016-06-26 21:12:03 | Weblog
真田丸と言いながら、今この時間、実は諏訪の御柱祭の話を見ている。

本日の真田丸の世界は、秀吉の長子の幼子の病と死の重苦しさがいっぱいの物悲しい話であった。今の時代だって、老人ばかりではなく、働き盛りの人も小さい子も死ぬときは死ぬのだが、この時代は今と違って、医療もそれほど進歩していなかったころだ。亡母の一番上の兄は優秀な子で祖父母も楽しみにしていた子だったのに小学生の時に亡くなってしまったと聞いている、つい最近まで小さいうちに亡くなる子は少なくなかったのだ。それ自体はどこにでもある話だったのだが、問題は子供が天下人秀吉の後継者になるはずだった子供だったことだった。

御柱祭の縄文の時代から今日まで全然変わりがないのがこの、一人一人の人間の思い願いの通りにはならない世界もあるということだろう。

秀吉の家臣たちがどんなに必死に水垢離をとって祈ろうと駄目なときは駄目で、子供は亡くなり、歴史は進んでいく。現実の千の利休が本当はどのような人物だったのかなどもわかりはしないのだが、今の時代にまで名を残しているということはやはりただのネズミではなかったわけだ。時間は、歴史は、すべてを飲み込んでいくけれど、それでなお、今に名前の残っている人々が語り掛けている物語にはやはりきちんと耳を傾けたいと思う。

暑くてパソコンに向かう気力が湧きませぬ

2016-06-26 15:16:12 | Weblog
季節的に夏を越えるまではブログもサボりサボりでいかせていただきます。何せ、今朝起きてみれば何故か眼鏡が行方不明になってこの時間まだ見つかっていない始末。我ながら暑さボケかとショックな出だしです。眼鏡は古いものを出してきて使えば何とかなりますが全くどこに消えてしまったのだか狐につままれた気分。