シャルル・アズナブール近影 Recent photo of Charles Aznavour (Getty Image)
彼は、私が大好きなシャンソン歌手の一人です。又、日本も含めて世界中に多くのファンがいることでも知られております。尚、俳優としも活躍しており、60本以上の映画に出演しています。
さて、彼は既に88歳の高齢にも拘わらず、今でも現役で活躍していることは、驚くばかりです。今年の1月10日にはパリのオランピア劇場で“Hier Encore”(アズナブールが作曲・作詞した曲で、日本語訳は”帰り来ぬ青春”)と題するコンサートが開かれましたは、彼を中心に多くの有名歌手が、往年の歌手を偲ぶシャンソンを披露していました。その模様を録画した映像が、3月初めにフランスのテレビ、”France 2“で放映されました。その一部がU Tubeにアップされています。
ここでは、若手の女性歌手と歌ったデュエットを2曲お聞きください。アズナブールの声には、張りともに渋い味わいが深く心に響きます。
(デュエット、その1)
最初の歌詞をご紹介すると、次の通りです。
Parlez-moi d'amour,
Redites-moi des choses tendres.
Votre beau discours,
Mon coeur n'est pas las de l'entendre.
Pourvu que toujours
Vous repetiez ces mots supremes:
Je vous aime.
(日本語訳)訳者:壺齋散人
聞かせてよ
あなたの愛の言葉を
その言葉がわたしの心をときめかすの
何度でも
その言葉を繰り返してね
愛してるって
(デュエット、その2)
尚、アズナブールの代表作は、自ら作曲した「ラ・ボエーム」(La Boheme)です。昨年8月に、彼の父親の出身地であるグルジアで開いたコンサートで歌った時の録画を取り上げましたので、お聞きください。
彼は、私が大好きなシャンソン歌手の一人です。又、日本も含めて世界中に多くのファンがいることでも知られております。尚、俳優としも活躍しており、60本以上の映画に出演しています。
さて、彼は既に88歳の高齢にも拘わらず、今でも現役で活躍していることは、驚くばかりです。今年の1月10日にはパリのオランピア劇場で“Hier Encore”(アズナブールが作曲・作詞した曲で、日本語訳は”帰り来ぬ青春”)と題するコンサートが開かれましたは、彼を中心に多くの有名歌手が、往年の歌手を偲ぶシャンソンを披露していました。その模様を録画した映像が、3月初めにフランスのテレビ、”France 2“で放映されました。その一部がU Tubeにアップされています。
ここでは、若手の女性歌手と歌ったデュエットを2曲お聞きください。アズナブールの声には、張りともに渋い味わいが深く心に響きます。
(デュエット、その1)
エロディ・フレジェと一緒に歌ったシャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」
"Parlez-moi d'amour",duet with Ms.Elodie Frégé
最初の歌詞をご紹介すると、次の通りです。
Parlez-moi d'amour,
Redites-moi des choses tendres.
Votre beau discours,
Mon coeur n'est pas las de l'entendre.
Pourvu que toujours
Vous repetiez ces mots supremes:
Je vous aime.
(日本語訳)訳者:壺齋散人
聞かせてよ
あなたの愛の言葉を
その言葉がわたしの心をときめかすの
何度でも
その言葉を繰り返してね
愛してるって
(デュエット、その2)
アングンと一緒に歌ったシャンソンシャンソンの名曲「枯葉」
"Autumn leaves", duet with Ms.Anggun Sasmi
尚、アズナブールの代表作は、自ら作曲した「ラ・ボエーム」(La Boheme)です。昨年8月に、彼の父親の出身地であるグルジアで開いたコンサートで歌った時の録画を取り上げましたので、お聞きください。
アズナブールの代表的なシャンソン、「ラ・ボエーム」
Well-known chanson of Aznavour, "La Boheme"
彼は死なないと思っていました。
最後の東京公演は復帰明けということもあってかものすごくお元気でたくさん話されご機嫌な感じでした。
やはりステージが好きなんだなぁと思いましたしまだまだこのままご活躍は続くものと会場の誰もが思ったと思います。
昨年末、93歳だからホームで観られるチャンスは少ないかもと思い立ちパリに行ったのは神様の計らいだったのでしょう。同じ頃Johnnyが亡くなりコンサート会場はJohnnyへのオマージュがありましたが一年足らずでJohnnyのところに逝かれるとは。
Johnnyが彼を精神的な父親と公言していたので逢ったかな?
それにしても寂しい限り。
心躍るパリの記事を見ても気持ちが半減するほどです。
国葬、中継で見ました。
大きすぎる宝でした。