武満徹作曲 混声合唱のための「うた」より 「小さな空」「うたうだけ」「恋のかくれんぼ」「見えないこども」 武満徹(1935-1996)は、20世紀を代表する作曲家として音楽史に刻まれています。作曲をほぼ独学で習得した武満は、美術や文学、映画などにも強い関心を示し、音楽以外にも様々な分野の芸術家との交流や、共同の創作活動で得た多様性を反映させ、斬新な響きや音楽語法で作品を生み出しました。ニューヨーク・フィルの委嘱で書かれた琵琶、尺八、管弦楽のための「ノヴェンバー・ステップス」は世界に大きな衝撃を与え、武満の評価を決定的なものにしました。死後四半世紀以上経った今も、武満の音楽は世界中で演奏され続けています。 武満の音楽との出会いは、戦時中、勤労動員の寄宿先に持ち込まれた蓄音機でこっそり聴かされたシャンソンでした(リュシエンヌ・ボワイエが歌う「聞かせてよ、愛の言葉を(parlez-moi d'amour)」)。甘美な歌に魅了され、この時「戦争が終わったら音楽をやろう」と心に決めました。生涯歌を愛し、「僕はシャンソンのような音楽の作曲家にはならなかったけれど、そういう精神の音楽を書いているつもりなんだ。」と語る武満の作品には、前衛的な音楽にも郷愁を誘う調べがふと現れることがあります。「ダミ声の人も澄んだ声の人も、歌はそれぞれの人の命の響きというものをもっています。どんな新しい音楽でもこのことを忘れてはならないでしょう。」という言葉からも、武満の歌心が伝わってきます。 そんな歌心を作曲で素直に発揮できたのが、映画や放送用ドラマの世界でした。ここでは、世に問う最先端の音楽ではなく、誰もが親しめる音楽が求められました。本日演奏する『うた』からの4曲は、このような機会に武満が20代に書いた歌を中心に、のちに自ら合唱用に編曲したものです。親しみやすく、誰もが口ずさめるこれらの歌は、武満の最晩年にポップス調にアレンジされ、石川セリの歌でCDにもなりました。このとき武満は、商業主義による音楽を「似たり寄ったりのものばかり」と批判し「世界は統合に向かっても、うたは千差万別であるほど、いい。うたに示される個人の喜びや悲しみや怒りの感情が限りなく豊かなものであることを知ることが、人間を、コンピューター・チップス化してしまうことから護るだろう。」と綴っています。 「私は、音楽を通して人間の生き方というものを考える立場にある芸術家の一人ですから、ただ慰めや娯楽のためだけに音楽をしているのではなく、常に人間存在について考えています。」という言葉通り、武満はどんな仕事にも真剣勝負で臨みました。緻密にアレンジされた合唱から聴こえる独特のハーモニーは「武満トーン」とも呼ばれ、郷愁を想起させる虹色がかった美しい響きです。譜面には演奏上の細かい指示が数多く記され、言葉を大切にした武満は、言葉への配慮も怠りませんでした。私達演奏者にとって、武満が音や言葉に込めた思いを譜面からいかに読み取って表現するかが鍵となります。そんなことも心に留めて、歌に耳を澄ませてください。 小さな空 1962年に放送されたTBSのラジオドラマ「ガン・キング」*(堀江卓原作)の主題歌として作曲されました。児童自立支援施設にいる荒れた心の少年達が、この歌を聴くと静まり返って涙を浮かべたというエピソードがあります。途中に入る口笛は、口笛が好きで、所かまわず口笛を吹くことがあったという武満の歌心の表れでしょう。 うたうだけ 1958年、ピアノ伴奏の歌として作曲され、1960年に「ブルースの継承」というライブで水島早苗が歌った記録があります。ジャズも愛した武満は、シンコペーションを多用してスウィング感を出し、ジャズ風に仕上げました。どこか意地っ張りな印象を与える歌は、戦争や戦後の支配下で生きた武満の心情の反映かもしれません。そんななかに「歌」へのラブコールが表現されています。 恋のかくれんぼ 映画「斑女」**(松竹/中村登監督 1961)の主題歌として作曲され、ペギー葉山が「誰かと誰か」というタイトルで歌いました。谷川俊太郎の意味深な詩を、武満がワクワクドキドキの歌に仕上げました。合唱では、変化する気分を、テンポや強弱の変化で瞬間的に捉えて聴き手を物語の中へ誘います。 見えないこども 原曲は、「彼女と彼」***(岩波映画/羽仁進監督 1963)で岸洋子が歌う主題歌です。谷川俊太郎の詩の第1連と第3連の明暗の対比からは、生まれてこなかった子どもへの底知れない愛おしさと悲しみが沸き上がってきます。合唱では、歌詞はソプラノが担い、他のパートはハミングによるハーモニーで切なさや寂寥感を醸し出します。 (解説:「燦」合唱団員 高島豊) *家族の敵(かたき)を探すガン・キングが、いつしか正規の保安官として数々の陰謀事件を解決する西部劇。 ** ナイトクラブのホステスが主人公の大衆ラブストーリー。 ***中流団地に住む主婦と、貧しい地域で身寄りのない盲目の少女を連れた男との葛藤を描く社会派映画。 ※本解説は、2023年5月20日に武蔵野市民文化会館大ホールで行われた、Musikfreunde 燦 第3回演奏会のプログラムから転載しました。 (解説)バッハのカンタータ第147番「心と口と行いと生活」のコラール モーツァルト「レクイエム」曲目解説 ベートーヴェン:「第9交響曲」曲目解説 |
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