2月10日(木)ラン・ラン(Pf)
サントリーホール
【曲目】
1.ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第3番ハ長調Op.2-3
2.ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調Op.57「熱情」
3.アルベニス/「イベリア」第1集
4.プロコフィエフ/ピアノ・ソナタ第7番変ロ長調Op.83「戦争ソナタ」


【アンコール】
1. ラフマニノフ/プレリュード
2. ショパン/黒鍵

これまで何遍かテレビで観たラン・ランは、アグレシブな弾きっぷりが印象的。チケットを買って、熱く烈しいパフォーマンスを楽しみにしていたら、同じ職場でめぼしいピアニストのリサイタルに行きまくっているS君が、「ランラン?あれはダメ!中身がないよ」などとのたまう。ちょっと出鼻をくじかれそうになったが、信じるのは自分の耳だけ!と思い直し、サントリーホールへ出かけた。
席に付き、ステージを見てちょっとイヤな予感… ピアノリサイタルというと手が見える左側の席が断然好まれるが、僕は左側より遥かに音が良く聴こえる右側の席を好む。今夜のRAブロックも、これまで何度か座って、ピアノのいい音を堪能した覚えがあるが、今夜はピアノの位置が前過ぎるのか、それとも席が右側過ぎたのか、位置的にピアノの蓋がビアノの開口部をほぼ覆ってしまっていて、直接音が来なさそう。
さて、ラン・ランが登場、お辞儀の仕方からしてエンターティナー風。どんなベートーヴェンが始まるか、と耳を傾ける。しかしやっぱり音がちゃんと聴こえてこない。なんだか調子っ外れのピリオド楽器のように響きが浅く、おまけに変に反響して音が宙を漂っている感じ。音のムラも気になる。この場所ってビアノがこんな風に聴こえてしまうのか… かなりガッカリ。
でも仕方ない、音は想像力でカバーして、演奏そのものを聴くしかない。ラン・ランのベートーヴェンは、初期の大好きな3番も、中期の傑作「熱情」も、テンポ、アーティキュレーション、ディナミークどれもオーソドックス。これ見よがしのパフォーマンス的な要素は皆無と言っていい。
そんな均整の取れたスタイルの中にも活き活きとした感性が光り、集中力にも長けたベートーヴェン。弱音へのこだわりも並外れたものがあり、デリケートな世界を描いている様子が伝わってはくるのだが、この席で聴いているとどうにもはっきりとそれを音として認識できない。「熱情」の白熱したフィナーレもフィルターを通したようにしか聴こえず、演奏が終わり、大喜びで拍手をしているステージ正面の人達が何とも恨めしく羨ましい。
これではイカン!ズルをするのは気が引けたが、休憩の間にホールのスタッフにはナイショでひとつ左のRBブロックの空いていた席に移動させてもらった。
これで態勢は万全!後半最初のアルベニスが始まった。音はもちろん文句なしに良く聴こえる。しかし、その音は、これまでに聴いたことのないようなデリケートな響きがすることがある。今度は調子っ外れではなく、プレイエルとか、ちゃんとしたピリオド楽器が出すようなデリケートさだ。前半の席で聴こえたやわい響きは、場所のせいだけではなく、ラン・ランのデリケートなタッチと密接に繋がっていることがわかった。
そのタッチは、ひとつひとつが微妙に変化し、飛びきり敏感だ。ギターを繊細な指先でつま弾いているような感覚。心の一番敏感なところに、ごく軽い刺激が加わっただけで、それがビビッと神経に伝わる。アルベニスのスペインを題材にした音楽だからギターをイメージしたのかも知れないが、ギターと言っても、スペインの血がたぎる情熱的な世界というより、現代曲の初演に立ち会っているような、即興的なインスピレーションに溢れた演奏。コスモポリタン的な、崇高な広がりさえ感じた。煌めきのあるアルベニスを聴いて、次のプロコフィエフへの期待が高まる。
プロコフィエフの「戦争ソナタ」は、やはりデリケートな感覚に溢れた演奏だった。もちろん、フィナーレの終盤はテンションも最高潮に盛り上がり、スリリングな演奏で聴衆を沸かせ、僕も心臓バクバク状態になったが、ランランの演奏はそれで終わりではない。この曲は、マシンガンのように、力で捻じ伏せるような要素もあるが、ランランは、強引さではなく、響きへの精巧で鋭く、且つデリケートな感覚を尊び、全体に透明感や崇高さを与えていた。
ラン・ランの指から生まれるあのデリケートなピリオド楽器のような音は、よく見えないから確信は持てないが、ソフトペダルとハーフタッチを巧妙に使った稀有のテクニックが生み出す響きではないかと思った。その多彩で繊細な響きは、アルベニスやプロコフィエフの世界にとても相応しいと思った。ただ、ベートーヴェンでこれを多用していたとするとどうなのだろうか、という疑問も沸く。フタのせいでよく聴こえなかったので何とも言えないが。サントリーホールでピアノを聴くときは、RAブロックの場合、これからは9番より右は絶対やめておこう。
とにかくラン・ランのピアノはまた是非聴いてみたい。今度は現代曲かバッハがいいな。アンコールのショパンも良かったから、ショパンやリストもいいかも知れない。
サントリーホール
【曲目】
1.ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第3番ハ長調Op.2-3
2.ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調Op.57「熱情」
3.アルベニス/「イベリア」第1集

4.プロコフィエフ/ピアノ・ソナタ第7番変ロ長調Op.83「戦争ソナタ」



【アンコール】
1. ラフマニノフ/プレリュード
2. ショパン/黒鍵


これまで何遍かテレビで観たラン・ランは、アグレシブな弾きっぷりが印象的。チケットを買って、熱く烈しいパフォーマンスを楽しみにしていたら、同じ職場でめぼしいピアニストのリサイタルに行きまくっているS君が、「ランラン?あれはダメ!中身がないよ」などとのたまう。ちょっと出鼻をくじかれそうになったが、信じるのは自分の耳だけ!と思い直し、サントリーホールへ出かけた。
席に付き、ステージを見てちょっとイヤな予感… ピアノリサイタルというと手が見える左側の席が断然好まれるが、僕は左側より遥かに音が良く聴こえる右側の席を好む。今夜のRAブロックも、これまで何度か座って、ピアノのいい音を堪能した覚えがあるが、今夜はピアノの位置が前過ぎるのか、それとも席が右側過ぎたのか、位置的にピアノの蓋がビアノの開口部をほぼ覆ってしまっていて、直接音が来なさそう。
さて、ラン・ランが登場、お辞儀の仕方からしてエンターティナー風。どんなベートーヴェンが始まるか、と耳を傾ける。しかしやっぱり音がちゃんと聴こえてこない。なんだか調子っ外れのピリオド楽器のように響きが浅く、おまけに変に反響して音が宙を漂っている感じ。音のムラも気になる。この場所ってビアノがこんな風に聴こえてしまうのか… かなりガッカリ。
でも仕方ない、音は想像力でカバーして、演奏そのものを聴くしかない。ラン・ランのベートーヴェンは、初期の大好きな3番も、中期の傑作「熱情」も、テンポ、アーティキュレーション、ディナミークどれもオーソドックス。これ見よがしのパフォーマンス的な要素は皆無と言っていい。
そんな均整の取れたスタイルの中にも活き活きとした感性が光り、集中力にも長けたベートーヴェン。弱音へのこだわりも並外れたものがあり、デリケートな世界を描いている様子が伝わってはくるのだが、この席で聴いているとどうにもはっきりとそれを音として認識できない。「熱情」の白熱したフィナーレもフィルターを通したようにしか聴こえず、演奏が終わり、大喜びで拍手をしているステージ正面の人達が何とも恨めしく羨ましい。
これではイカン!ズルをするのは気が引けたが、休憩の間にホールのスタッフにはナイショでひとつ左のRBブロックの空いていた席に移動させてもらった。
これで態勢は万全!後半最初のアルベニスが始まった。音はもちろん文句なしに良く聴こえる。しかし、その音は、これまでに聴いたことのないようなデリケートな響きがすることがある。今度は調子っ外れではなく、プレイエルとか、ちゃんとしたピリオド楽器が出すようなデリケートさだ。前半の席で聴こえたやわい響きは、場所のせいだけではなく、ラン・ランのデリケートなタッチと密接に繋がっていることがわかった。
そのタッチは、ひとつひとつが微妙に変化し、飛びきり敏感だ。ギターを繊細な指先でつま弾いているような感覚。心の一番敏感なところに、ごく軽い刺激が加わっただけで、それがビビッと神経に伝わる。アルベニスのスペインを題材にした音楽だからギターをイメージしたのかも知れないが、ギターと言っても、スペインの血がたぎる情熱的な世界というより、現代曲の初演に立ち会っているような、即興的なインスピレーションに溢れた演奏。コスモポリタン的な、崇高な広がりさえ感じた。煌めきのあるアルベニスを聴いて、次のプロコフィエフへの期待が高まる。
プロコフィエフの「戦争ソナタ」は、やはりデリケートな感覚に溢れた演奏だった。もちろん、フィナーレの終盤はテンションも最高潮に盛り上がり、スリリングな演奏で聴衆を沸かせ、僕も心臓バクバク状態になったが、ランランの演奏はそれで終わりではない。この曲は、マシンガンのように、力で捻じ伏せるような要素もあるが、ランランは、強引さではなく、響きへの精巧で鋭く、且つデリケートな感覚を尊び、全体に透明感や崇高さを与えていた。
ラン・ランの指から生まれるあのデリケートなピリオド楽器のような音は、よく見えないから確信は持てないが、ソフトペダルとハーフタッチを巧妙に使った稀有のテクニックが生み出す響きではないかと思った。その多彩で繊細な響きは、アルベニスやプロコフィエフの世界にとても相応しいと思った。ただ、ベートーヴェンでこれを多用していたとするとどうなのだろうか、という疑問も沸く。フタのせいでよく聴こえなかったので何とも言えないが。サントリーホールでピアノを聴くときは、RAブロックの場合、これからは9番より右は絶対やめておこう。
とにかくラン・ランのピアノはまた是非聴いてみたい。今度は現代曲かバッハがいいな。アンコールのショパンも良かったから、ショパンやリストもいいかも知れない。