LA DANSE ラ・ダンス 舞曲の祭典 東京国際フォーラム 2005年のオープニングの年から毎年必ず訪れていたラ・フォル・ジュルネ(LFJ)だが、今回は不参加のつもりだった。行きたいコンサートのチケット取りが年々難しくなってきたこと、以前のようなチケットのお得感がなくなったこと、一番楽しみに聴いていたコルボが来なくなったことなどが理由。 だけど、LFJの雰囲気は好きだし、家族と出かける楽しみもあったので気にはなっていたところに、バイオリンをやっている同僚のハセジュンさんが無料のキオスクコンサートに出演すると聞き、これを目当てに今年も出かけることにした。 コンサートは無料だけれど、入場するためには期間中の有料コンサートのチケットか、半券の提示が必要。そこで頼れるのが、毎年3日間ラ・フォル・ジュルネに通いつめている幼馴染みの「会長さん」。奥さんの分と2枚、半券を譲ってもらうことができた。せっかくだから僕はキオスクコンサートの他に、この券があれば入場できるマスタークラスを2つ聴いた。いつもは有料コンサートと重なって、せいぜい1つしか聴けなかったマスタークラスだが、いつもとても充実した内容で勉強にもなるので、これを2回聴けるというのは大きい。 それに、立ち見で途中からだったが、キオスクコンサートでジュリアン・マルティーノ・トリオの演奏や、ローランドの電子ピアノによる高橋多佳子さんのミニコンサート、クラシカジャパン提供の4K映像で、ネトレプコがエルザを歌う「ローエングリン」の上映会など、全部無料で結局は盛り沢山のイベントを楽しめ、これまでとはまた違うLFJの魅力を味わった。ここではじっくり腰を据えて聴いたコンサートと、2つのマスタークラスについてレポートする。 |
~5月5日(金)~
マスタークラス:オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)
G402(カニンガム)
【受講曲目】
プーランク/ヴァイオリンとピアノのためのソナタ「ガルシア・ロルカの思い出」~第1楽章
【受講生】調 雅子
受講生の調雅子さんは桐朋学園大学に在学中。調さんはくっきりとしたコントラストを効かせ、きりっと引き締まった香り高く品のある演奏に仕上げてきた。この曲は初めて聴くが、プーランクらしい気まぐれと情熱が交錯する充実した作品だと感じた。調さんによって既にひとつの完成された形の演奏で聴いた音楽が、シャルリエのレッスンを聴き進めば進むほど、更に驚くほどに激しい感情の起伏があり、それをリアルに語りかけてくる音楽であることを体験することとなった。
シャルリエは、アグレッシブなほどに豊かな言語表現、身体表現、そしてヴァイオリンの実演による表現で、プーランクがこの音楽にどんな感情を込めたか、どんな時代背景があるか、それをいかに感じ取り、いかに表現すべきかを明確に伝えてきた。そして、目まぐるしく変化するフレーズの瞬間ごとに、プーランクの憧れや苦しみ、痛みなど切実な内面の声が音楽に投影されていることを教えてくれた。音楽を表現するということは、演奏家が作曲家のメッセージを全身全霊で感じ取り、それをストレートに全身で伝える行為であることを示してくれた。
シャルリエのレッスンからは、演奏には迷いや遠慮があってはならず、ストレートに感情表現する一種の「役者」になり切ることの大切さがリアルに伝わってきた。これは、ヴァイオリンの演奏に限らず、この曲に限らず、音楽について改めて大切なことを教わる機会となった。
パリッとした硬質な響きが生え、「言葉」を語りかけてくるようなピアノを聴かせた三又瑛子さんは、レッスン中に瞬時に曲の途中から伴奏を付ける手際よさも含めて素晴らしかった。また、フランス語の通訳の女性もシャルリエの言葉を、語気も含めてストレートに伝える名通訳で、レッスンに貢献した。
ホールEキオスクコンサート:
曽我大介(指揮・司会)、アマデウス・ソサイエティー管弦楽団
ホールE(ベジャール)
“アトリエ ・ラ・ダンス「ダンスの原点?!行進曲の歴史を追って」”
♪クラーク/トランペット・ヴォランタリー(デンマーク王子の行進曲)
♪モーツァルト/「フィガロの結婚」~婚礼の行進曲
♪ベートーヴェン/トルコ行進曲
♪ラ・マルセイエーズのマーチ
♪ヨハン・シュトラウスⅠ/ラデツキー行進曲
♪ベルリオーズ/ラコッツィー行進曲
♪スーザ/行進曲「星条旗よ永遠なれ」
♪ジョン・ウイリアムズ/スターウォーズのテーマ
「ダンスの原点?!行進曲の歴史を追って」と題して、バロック時代から20世紀の作品まで、幅広い時代の多彩なマーチの演奏とお話しで構成された演奏会。更に、モーツァルトの「フィガロ」のマーチでは、前日に結成されたというダンスグループ「アマデウス踊り隊」によるダンスも加わり、ベートーヴェンのトルコマーチでは、曽我さんの呼びかけに客席から集まった子供たちが、手造りの棒(上に三日月を頂き、鈴が沢山下がったチュウゲンと呼ばれる楽器)を持つ曽我さんに続いて列を成してトルコ風の行進を繰り広げ、「ラデツキー」や「星条旗」ではお馴染みの客席からの手拍子も加わり、お祭りならではの楽しく華やかなコンサートとなった。
曽我さんのMCでは、行進曲の歴史や形態、作曲の背景や演奏目的などについて、楽しく興味深い話が次々と飛び出した。特に興味深かったのは、有名なラデツキー行進曲やラコッツィ行進曲が、馬の足取りを表現していることや、マーチのテンポが進軍の速度に影響を与えたということ。マーチの多様性や奥深さを知る良い機会ともなった。
アマデウス・ソサイエティー管弦楽団は、慶応の「ワグネル」の卒業生を中心に結成され、今では幅広く団員を集めているオーケストラで、25年以上の活動歴を持つという。団員の腕前も、アンサンブルとしてのレベルも高く、どの曲でも安心して演奏に心を委ねることができた。この演奏会の直前に聴いたシャルリエのマスタークラスでのインパクトが強かったせいもあるのだが、全身でぶつかってくるアグレッシブな気迫がもっとあると、更に演奏そのものへのインパクトも強くなるのではと思った。
子供たちの「行進」が加わったステージ
マスタークラス:ドミトリ・マフチン(ヴァイオリン)
G402(カニンガム)
【受講曲目】ブラームス/ヴァイオリン協奏曲から第1楽章
【受講生】真田大勢
今日2つ目に聴講したマスタークラスは、ドミトリ・マフチンのヴァイオリンの公開レッスン。この1つ前のマルク・ラフォレのピアノのマスタークラスが聴きたかったのだが、こちらは整理券を手に入れることができず、キャンセル待ちも入れなかった。
受講生の真田大勢さんは慶応義塾高校の3年生。ブラームスの大曲を持ってきた。最初に通しで弾いた真田さんの演奏は、繊細で美しい音色、息の長い滑らかな歌が印象的だった。
この前に聴いたマスタークラスでのシャルリエのレッスンが素晴らしかったので、マフチンは真田さんの演奏をどのように捉え、どんな方向へ持って行くか楽しみだったが、マフチンのレッスンはインパクトが物足りなかった。ストレスの置き方、弓と弦の距離のこと、ディナミークへの指示やフレージングの作り方など、言っていることは的確かも知れないが、なぜそうするべきか、それで演奏がどんな風に変わり、聴き手にどんな印象を与えることになるか、そして何より、ブラームスがこの音楽に込めた意味や思いを伝えてくれないのが歯がゆい。
マフチンはレッスンの間ずっと壁面の椅子に座り続け、当然聴衆の方を向いて演奏している真田さんに、「こちらを向かないと見えない」と言って、聴衆は「ごもっとも!」みたいに反応していたが、本当に「ごもっとも」だろうか?マフチンが立ち上がって生徒との距離を縮めるべきでは?もし足が悪いのなら仕方ないが、こうした姿勢もレッスンのインパクトを弱めてしまった。
ただ、マフチンが実演で聴かせてくれたヴァイオリンは確かに素晴らしい。柔らかく色香を湛えた音色で、フレーズごとに雄弁に語りかけてくる演奏には気品があり魅力的だった。弾いて聴かせることで受講生に与えるものは大きいかも知れないが、レッスンを聴いている身としては、マフチンの演奏の持ち味を生徒に伝えきれていない気がした。
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