本編:
白呪記
白呪記湯けむりパラレル紀行 ―1―
「ニャアアッ、ニャアアッ(やだっ、やだっっ)」
「行こうリオ、オレと男湯へ!」
「フギャアアーーッ(ガウラのおバカーーッ)」
ある山奥の温泉地へやって来た白呪記メンバー。
守護獣ガウラ、ディッセント国の王様、フリージアちゃん、宰相エヴァディスさん、近衛騎士のイルさん、ライさん、そして白い猫の私を入れた七人で木製のロープウェイに乗って外の景色を眺めてまっす!
上空から眺めた景色とは、ファインシャートの山村に田園地帯、滝壺だったりと自然が満載なんだ。時折、空を飛ぶ鳥なんかが私達の頭上を飛んだりして楽しませてくれたりする。気分が最高潮に達してるときに、KY<空気読めない>ガウラがいつもの調子で私を困らせるんだ。
「リオぉぉ・・・いつも一緒にお風呂に入ってるじゃないか。恥ずかしがってるのか?」
情けない声を出すKYガウラにペッと吐き捨ててやった。
ガウラは琥珀色の瞳を涙に滲ませ、それでも負けじと頬ずりしてくる。
彼の両腕から逃れた私は、フリージアちゃんのドレスにしがみついた。
「ニャオッ、ニャオォッ(ガウラッ、今日はフリージアちゃんも居るんだよ! たまには女の子同士で入らせてヨッ)」
「リオ様、私と一緒に入ってくれるのですか? 嬉しいです」
はにかむ様に笑う、ディッセント国のお姫様・フリージアちゃんは、ファインシャートでの初めての女の子友達だ。可愛くて優しい女の子。
人間だったら私と同じ十五歳だ。きっと将来はとびきり美人で、プリティな女の人になる可能性が大で羨ましすぎる。きっと男性からも引く手数多(あまた)だろう。
そんな友達と一緒に同じご飯を食べて、温泉に入り、一緒の部屋で眠りに入るんだ。
女の子同士で(フリージアちゃんには私の言葉は分からないだろうけど)内緒のお喋りとか、ちょっとした枕投げなんかも出来るかもしれない。気分はウキウキして、今からとても楽しみだ。
「何だ、それならオレでも出来る。リオを満足させれるから、風呂も部屋もオレと一緒な♪」
「ニャ、ニャアアッ(えっ、私って今、声に出してた? で、でも私がフリージアちゃんと同じ部屋にならないと、この子が一人になっちゃうじゃんかっ!)」
「ふっ、フリージアは私と同じ部屋で眠るから心配はない」
「えっ、お父様がーー??」
「ニャニャニャッ?(王様がぁぁ~?)」
親バカがしゃしゃり出てきた。
父親の発言に、フリージアちゃんは口の端を引くつかせて、少し嫌そうな顔をしている。
拒否の色を示した彼女の態度を、王様はスルーして知らんふりを決め込んだみたいだ。
「陛下、旅館に着きましたよ。では、フリージア姫からどうぞ」
宰相エヴァディスさんがフリージアちゃんの手を取り、旅館の中へと先導する。続いて王様、イルさん、ライさん、守護獣ガウラと私は旅館“月光(げっこう)”の暖簾(のれん)をくぐった。
「いらっしゃいませ、私がこの旅館“月光(げっこう)”の若女将、ルビリアナです。
ディッセント国王陛下様方御一行さま、今日は遠い所からようこそお越し下さいました。荷物をお持ちしますので、拝借してよろしいでしょうか?」
「ニャニャニャッ!(ルビリアナさん!)」
にこやかに挨拶して来たこの旅館の女将さんは、なんと魔族のルビリアナさんだった。
今日の服装はしっとりした和服だ。白磁色の着物を着こなし、長い黒髪を上で纏め上げ深くお辞儀をしている。
白く柔らかい両手を打ち叩くと、奥から二人の男の人が慌ててやって来た。
木綿で作られた簡素な作務衣を装いにしているが、彼らじゃ違和感が出まくりだ。
「う・・・いらっしゃいませ、お客さま」
「く・・・荷物をお持ちいたします」
「ゼル、ハーティス、あんた達そんな対応で、この月光を繁盛させる事なんて出来ると思ってんの? 灼熱の窯鍋に入りたくなかったら、ちゃんと丁寧に応対しなさい。・・・ほら、もう一回!!」
おしとやかな仕草が一転、紫色の瞳を険しくさせたルビリアナさんが、従業員らしき二人の魔族の頭を押さえてお辞儀させる。
一通り挨拶が終わった後、荷物をゼルさん、ハーティスさんに任せ、ルビリアナさんが私達を部屋へと案内してくれた。
受付所(フロント)の近くの階段を上り、通路を歩く。しばらく歩くと靴を脱いで中へと通された。畳の部屋だ。
「この小部屋は、中で仕切っている襖(ふすま)を開ければ隣の部屋と繋がるんですよ。お食事は皆さんがこの一室で、御就寝時は襖を閉めて頂ければ個別の部屋にもなりますので、お客様のご自由にお使い下さい」
「リオ~~!」
「ニャオオオッ(もぉ、しつこいなぁ!)」
ガウラの顔を肉球の手で押しやり合ってるうちに、皆が居なくなってしまった。食事までまだ時間があるので、タオルと石けんを用意して湧き出る温泉に向かった。
****
【男湯】
カポーーン・・・
「ニャアア・・・(結局はこうなるんだよね)」
湯気が立ち上る温泉では、お客は私達しか居なかった。遠慮なく猫の私もお湯に浸かれるんだけど。
「リオが溺れない様に、桶(おけ)を持って来たんだ。この中で浸かってくれな♪」
ガウラ。
「温泉なのに桶に入るとは、くくっ、残念だったな。リオ」
王様。
「間抜け猫にはお似合いだ」
イルさん。
「イル・・・荒立てることはするな」
エヴァディスさん。
「諦めて僕らと大人しく温泉に入ってなよ。何よりガウラが喜ぶんだからさ」
ライさん。
「ニャアア・・・(もう口論する力も出ないよ・・・)」
猫の私。
あーーと、遠い目をして桶の中で湯に浸かる。
今の私は、ガウラに用意してもらった桶の中に居る。中にお湯を少しばかり入れて貰って、沈まない様にガウラに支えてもらってる。
他人から見ればさらに滑稽に見えるんだろう。ただでさえ存在が間抜けな猫なんだ。
王様もライさんも、隠さずに笑ってる。イルさんなんて、皮肉を込めた笑い顔になってるよ。心の中で罵られてる可能性は大有りだ。
「ニャア・・・(あーあ、私の計画が水の泡じゃん・・・)」
フリージアちゃんとじゃれ合う、夢の計画が。彼女と一緒なら、私と楽しくお風呂に入れるだろう。
「リオの計画とやらは子供が考えるようなチャチな事だろう? せっかく男湯に居るんだ。パラダイスを堪能しとけ」
――男くさいパラダイスのな。
何が悲しくて男湯なんかに入らなくちゃならない?
後ろを見ても男(KYガウラ)、右を向いても男(王様)、その先の斜めにはエヴァディスさん、左を向けばイルさんライさん。
どうして花も恥じらう乙女の私が野獣共の群れのど真ん中にいる? 私が猫だからって、何しても良いと思ってんじゃないだろうな。
「温泉で景色を眺めながら飲む酒というのも風情があるな。エヴァディス、ガウラも一杯どうだ?」
「少し頂きます」
「オレは少しでいい」
大人二人は、燗(かん)に入れたお酒をちょびちょび飲んで楽しんでいる。
ガウラも王様に勧められて、お猪口(ちょこ)に注いでもらったのをクイッと一気に飲み干していた。
隅ではライさんにお湯をぶっ掛けられてイルさんが怒髪天に達した時、女湯から高い声が聴こえ始めたーー
「あら、フリージアちゃんだわ♪ 一緒に入りましょ」
「あ、若女将のルビリアナさん。こんにちは」
どうぞと、男湯まで声が聴こえて来た。その声に皆の耳がダンボになる。
女湯では、本当のパラダイスが始まろうとしていた。
さあ聞き耳立てるぞ、野郎ども!!!
~~以下、ルビリアナさんとフリージアちゃんの会話文のみ~~
「ここの温泉は、腰痛、リウマチ、関節痛を和らげる成分が入ってるのよ」
「へぇ~~、そうなんですか」
「しかもこのヌルヌル、美肌の効果もあるのよ。そうだ、ちょっとマッサージしてあげましょうか?」
「ええぇっ、そんな、いいですよぉ」
「遠慮しないで、お姉さんに任せなさい! ん、ここはちょっと凝ってるわね。どう?」
「はぁ・・・き、気持ち良いです・・・」
「ふふっ。じゃあ、ここはどう?」
「きゃんっ! あっ、あぁっ、あうぅ・・・い、痛いですぅ。も、もう良いですから・・・」
「あら、ちょっと強くしすぎたかしら。今度はうんと優しくしてア・ゲ・ル♪」
「キャアッ、ちょっと、ルビリアナさん、どこ揉んでるんですか!」
「うーーん、この肌触りにモチモチした触感、やっぱりぴちぴちの十代よねぇ。今でもモテそうだけど、さらに年を重ねると凄い美女に化けるかもしれないわ。今のうちに触っておこうっと!」
「ふわっ、あぁんっ! やあぁぁ・・・んんう・・・」
しばらく続く。
~~一方、こちら男湯では~~
「・・・」
静まり返った野郎どもの温泉地帯では、硬直した大人二人とお子さま二人と白い猫・・・
エヴァディスさんはいつもと同じ無表情。
お子様ライさん、イルさんは真っ赤な顔して俯いている。
お猪口を湯の中へ落した王様は次の瞬間、冷え冷えとした焦げ茶の瞳でイルさんとライさんの背後に立った。
「フリージアの艶声を聴いたんだ。お前たち、タダで帰れると思うなよ?」
ドスの利いた声を出して、エヴァディスさんを除いた二人の騎士を連れ出していった。
次に彼らが姿を見せたのは、食事が始まる直前だったという。
それで猫の私はというと・・・濡れた全身の毛を逆立て、桶の上でもんどり打っていた。
「ニャオッニャオッ・・・(ううぅ、聴いてるこっちが恥ずかしっ)」
体がこそばゆい感じだ。どうしようにも痒くて仕方ない。
この状態をどうしようかと悩んでいたら、ガウラが体を撫でてくれた。
「ニャ?(ガウラ・・・)」
「なあ、リオ。オレ、今すごくリオが欲しい」
「ニャア?(ほしい?)」
「オレもリオを気持ち良くさせたいーー・・・そして、直ぐにでも子作りを・・・な?」
な? じゃないでしょ。何熱っぽい瞳で見てくるの。おねだりしたって無駄なんだからね。
逃げようとしたけど、尻尾を掴まれて逃げれない・・・!
「ニャ!(痛いよっ、ガウラ!)」
「グルルル・・・(初めての痛いは、つきものだ。大丈夫、優しくするから。だからリオ、オレと一つになろう)」
会話が微妙にかみ合ってないし、KYガウラは人間からカイナへ変わりやがった!!
しばらく獣状態になってなかったのに、見た目ライオンにそっくりなカイナへ変化しちゃったのか!
「ニャア――――ッ(やだ――――っ!)」
「グルル・・・(愛してるよ、リオ)」
発情したガウラは私を捕まえようとしたけど、猫パンチしてなんとか彼の腕から抜け出した私はエヴァディスさんに助けを求めた。
私の焦った様子を見た宰相さんは事情を察してくれ、近くに立て掛けてあった珠玉の剣を持ち魔術を発動してくれた。
「封・縛・陣、発動、縛朱壁、――アンチウオール――!」
****
「あれ、・・・ここは?」
目を覚ましたガウラが居る場所は、エヴァディスさんの魔術で作り出した朱い牢獄の中だった。
彼は頭を押さえながら、私の存在を探している。
私の存在を確認したガウラが近くまで寄って来たが、朱い牢に隔てられてこちらまで来る事が出来ない。
「リオォォーー・・・どうしてオレはこんな所に居るんだ?」
「ニャアアアッ!!(どうして? 自分の胸に聴いてみなよ!)」
「・・・心臓の音しか聴こえない」
KYガウラは自分の胸に手を当て、耳を澄ませている。おバカな行動ぶりに呆れてモノも言えない。そっぽを向いてると、エヴァディスさんがやって来た。
「リオ殿、ガウラ殿は先程の酒で酔っていたようだ。もう抜けたみたいだし、許してやったらいいのでは?」
貞操の恩人、エヴァディスさんに諭されて渋々了承した。
朱い牢獄を解除して、ガウラが慌てて抱き上げてきた。
私に何か気に障る事をしたと気付いた彼に、襲われたと言うと何回も謝ってくれた。酔った状態だと、自分でも何をするか分からないからだろう。
ガウラも自分で驚いていたくらいだから、今まで飲んだ記憶が無いらしい。彼の凶暴振りを知った周りの人が遠ざけてたんだろうと思う。そろそろガウラを許してやるかと尻尾を振ると、喜んでキスしてくれた。
フリージアちゃん、王様とイルさん、ライさんが部屋の中に遅れて入ってきて、皆がそろった所で食事を取ることになった。
波乱万丈湯けむり紀行、あともう少し続く??