ひょっこり猫が我が道を行く!

カオスなオリジナル小説が増殖中。
雪ウサギが活躍しつつある、ファンタジー色は濃い目。亀スピードで更新中です。

019 ポネリーアを救え! ―6―

2010年02月28日 18時49分46秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 ス〜リス〜リ

「・・・」
 
 ス〜リス〜リ

「ニャアアッ(ガ、ガウラァ・・・あの、皆困ってるよ)」

 ス〜リス〜リ

「(ダメだこりゃ・・・)」

 ティムと別れた後、二人の騎士の人に連れて来られてやっとガウラ達と再会できた。
 真昼を過ぎた中央広場には先程の大量の人の波は無く、穏やかなものだった。
 私を安全にここまで連れて来てくれたお礼を述べようと、二人の騎士に自己紹介をしたかったのだけど、真っ先に伸びて来た手がそれを遮ってしまった。ガウラ曰く「オスの匂いがこびり付いている」らしい・・・さっき迄メタボ猫と格闘してたもんね。

 体中の匂いを嗅がれて眉間に皺を寄せた後、胸に抱き込まれ今に至ると言う事だ。
そういうわけで今、彼の匂いを私の体に擦り付けて至福の時を過ごしているガウラがいる。その惚けてニヤつく顔はお世辞にも端正な顔とは言い難い。

「二人とも忙しいのに時間を割いてくれて悪かった、この礼は後に返そう」 
「いえっ、構いません!我らはあの通りを職務に則って警備していただけですから」 
「その通りです。気になさらないで下さい」

 姿勢を正しエヴァディスさんに報告する二人は、此処に着いた時に他の兵士に私が見つかった事を伝えて貰ったのだ。暫くしてこの場所に集まったフリージアちゃんと、イルさんライさんを見て驚いていた。

 でもガウラは勿論、エヴァディスさんを除いた変装したままの彼らを見破るなんて・・・侮れない。ライさんの友人のルートビッヒさんなんて、フリージアちゃんは兎も角、同僚のイルさんを見抜けなかったのに。彼らの変装はまだまだという事だろうか?

「ニャアアア(この人達は一体・・・?)」 

 食い入る様に見つめる私の仕草に、気付いたエヴァディスさんは彼らを紹介してくれた。

「リオ殿、この男は騎士団所属の隊長ケネルだ。そして横に居る女性は同じく騎士団所属の副隊長で紅一点でもあるノキア」
「よろしく、リオ殿」 
「同じく、これからもよろしくお願いする」
「ニャア、ニャア!(リオでっす! 猫ですけどよろしくお願いします!!)」

 二人の騎士さんは友好的に挨拶してくれた。
 ガウラが通訳してくれないから、ケネルさんの服に跳び乗り、しがみ付いて猫語で挨拶したんだ。優しく抱き上げられて、私の好きにさせてくれる。
 ガウラよりも背が高い・・・? この中では身長が一番高いんじゃないだろうか。瞳に映る見事なブルネットの短髪・・・とは言っても、ツンツンしたその髪に触れようとしたらガウラに腕を引っ込まれた。

「リオは俺のなんだ。色目を使うな」 
「フニャ、フギャアアッ(ガウラッ、酷いよ! 通訳してくれないし喋らせてくれないし・・・誰も色目なんか使ってないもんっ!!)」
「違う、奴だ。ケネルと言う奴。きっとリオを救って安心させて、その後モノにするつもりなんだ」

 ・・・ねぇガウラ、私が居ない間何があったの??
 誇大妄想に素晴らしく磨きが掛かってるじゃないか! ガウラを言葉巧みに操る王様はここに居ないし、手に負えないよっ。もう!!

「・・・ケネルとノキアが居る事だし、私は一旦王宮へ帰還する」 

 ガウラのKY<空気読めない>発言にシーンと場が静まるが、王様と違って突っ込みを入れないエヴァディスさんは、私とガウラのやり取りを無視して会話を再開。
 むむっ、そうか、エヴァディスさんは私達よりも一日早くこの町に来てたんだっけ。この人の事だから、不眠不休してそうだな。

「フリージア姫、貴女はどう致しますか?」
「・・・一旦私も帰ろうかと思います」
「ではイル、ライ、お前達も姫の護衛に付いて来い」
「「はいっ!!」」

 疲れ切った様子のフリージアちゃんと別れを惜しみ、また王宮で会おうねとライさんに手を振って別れた。イルさんはいつもと変わらぬ態度で、別れの挨拶もせずにポネリーアを後にする。

****

 ディッセント国の海にオレンジ色の夕陽が照り出される頃――
 残った私とガウラ、それと自己紹介したケネルさんとノキアさんは一緒に早速ルイ君の所へと向かう。
 南方面の救護テントは音も無く静かな状態だったけど、私が体を張って(ここ重要!)アニマルセラピーをした中央広場では元気ハツラツな民が多かった。

「ニャアアッ(ルイくーーん!!)」
「あっ、リオ!!」

 左目を怪我した少年、ルイ君。起き上がる事が困難だった彼は、なんと床に普通に座っていたのである。ちょっ、私が居ない間にどうしてこんなに元気になってるんだ?
 隣を見ると全身包帯まみれの男性が屈伸運動をしている・・・とても死に間際だったとは思えない。包帯の隙間から不意に目が合うと、ニヤリと微笑まれたので「ニャッ!!」と跳び上がり、ルイ君にしがみ付く。

「ビックリしたでしょ?左目はまだ包帯が取れないけど、急に元気になったんだ。歩けるようにもなったんだよ」 
「ニャア!(へぇ、良かったね!)」
「皆も不思議に思ってるよ。ヤケドした所が痛くなくなったり、痒みが嘘のように消えたって!ボクはきっとリオのお陰だって思ってる。・・・本当にありがと、リオ」
「ニャ、ニャア(体を張った甲斐があって良かったよ・・・)」

 アニマルセラピーが効いたのかと、遠い目をして頷いた。
 疲れた体にムチ打った風景が、走馬灯のように眼に浮かぶ。けれど、痛みや痒みの不快感を拭ったのは私のカからでは無いような気がするのだが。

「リオ、ティムの事を伝えないのか」
「ニャ!(そうだった。ガウラ、通訳よろしくね!!)」 

 ガウラに促され、今まで黒ブチ猫のティムと一緒だった事を説明する。彼に守る存在が出来た事、今度は彼が親のいないチビ猫達に愛情を教えると意気込んでいた事等、一言も漏らさず喋り出す。

「あのティムがそんな事を言ったの?? もう、ボクよりも大きくなったんだね・・・」

 右目から大粒の涙を流して呟いた。ルイ君にとってのティムは、弟であり友達でもあったはず。かけがえのない家族だったのだ。でも同じ猫仲間として、ティムを笑顔で応援してあげて欲しい。

「ニャアアッ!!(ティムはルイ君の傍に居るのが居心地が良いって言ってたよ。小さいけど、俺の誇れるご主人だって!!)」

 精一杯喋ってガウラに通訳してもらう。顔を上げたルイ君は泣きながら笑っていた。
 もう安心だ。黒ブチ猫ティムも、少年ルイ君も未来に向かって前進出来ると信じてる。
 擦り寄り慰めると、ギュッと抱き込まれ静かに涙を流していた――





 テントから出た私達はルイ君とルートビッヒさんに別れを告げ、西方面、先程ウミネコのオネーサンと出会った波止場まで来ていた。薄紫の夕焼けが辺りを染め上げ幻想的にさせている。打ち上げる波の静かな音と、ウミドリの鳴く声が辺りに響き渡る。

「リオ殿、ディッセントの国民を代表して、心から礼を言わせて欲しい」 

 騎士団の隊長ケネルさん、副隊長ノキアさんは面と向かって私にありがとうと言ってくれた。ガウラに抱き上げられた状態の私としては、直ちに姿勢を正して受け入れたいのだが、ガッチリと抱き込まれた腕が抜け出すのを許さない。そのままの状態で喋る事にした。

「ニャア、ニャアアッ(良いんです。私にも出来る事と言ったら、皆を勇気付ける事しか出来ないですから)」
「・・・リオは勇気付ける事しか出来ないと言っている。そんな事無いのにな」
 
 ガウラが二人の騎士に通訳してくれる。でも、心なしか少し元気が無いみたいだ。

「貴方のお陰で国民の心は救われる事だと思う。我々騎士は住居や食糧の提供は出来ても、塞がらない心の隙間には何も埋める事等出来はしないからな」 
「今なら陛下のおっしゃった意味が分かる気がする。リオ殿、良ければこのままポネリーアに、いや、王宮に居られてはいかがか?」

 ――ニャンと!これは嬉しいお誘い?!

「ノキア、いきなりリオ殿に話しを持ち掛けても、彼女が困惑するだけだろう」
「ですが隊長、彼女を他の国へ移住させられると、今困るのはこのディッセント国です」
「―――だそうだ。リオはどうする? オレとしては、リオとの愛の巣が出来れば何処でも良いから、リオが決めてくれて構わない」

 ・・・当然猫である自分は野良確定だと思っていたのだ。
 根無し草な上にガウラと一緒に居れば、彼に負担を掛けてしまうかもしれない。だからこの申し出には喜んだ――が。

「ニャ、ニャアアッ(王様にも聞いていい?)」
「・・・国王に訊ねても良いかと聞いている」
「勿論です。陛下も喜ぶと思いますが、でも良いんですか?」
「ニャアッ、ニャアア(王様から良い返事を貰ったら、この国に住んでみたい! 良いよね?ガウラッ)」

 むくれたガウラに上目使いで訴える。
 王様とガウラ、あんまり仲がヨロシクナイからな。ガウラからの了承を得る為にオンナの武器を使って、攻めて攻めて攻めるべし!!!おねだり攻撃だ!!
 普段恥ずかしくて封印していたのだが、ここぞとばかりにガウラの頬や唇にキスをする。・・・ディルに“悪女”という聞こえが悪い称号まで頂いたのだ。こんな時に使わずしていつ使う!! と、惚けたガウラの口の中に舌をチョンッと入れると、巧みに絡みついて来た。(ギャーー!やり過ぎた!!) 
 

 たっぷり舌を絡めた後、泣きながらもう止めてと懇願したら止めてくれた。
 腰が砕けてフラフラだ・・・案の定、ガウラは上機嫌で王様の所へと行く事に賛成してくれたのだ。この必殺技は身を削る・・・滅多な事ではもう使わないと固く心に決めた。

 その濡れ場(?)を見た二人の騎士は一瞬ポカンとして、ノキアさんの顔が赤くなっていたのを、この場に居る皆は見逃さなかった。



ディッセント王国騎士団隊長  ケネル
ディッセント王国騎士団副隊長 ノキア

ひょっこり猫での後日談はコチラから→<リオとガウラ・ラクトのひょっこりトーク>

―――――――――――――――――――――――――――――――――― 

名前:リオ
称号:異世界の覇者 悪女
リオの必殺技:おねだり攻撃 効果 キスやら舌で異性を翻弄。喰らった相手は大ダメージ
リオの涙 効果 喰らった相手の動きを封じる
 
※注意※ この技は今の所守護獣ガウラにしか効きません。
使った後、自分の身がどうなるのか分からない諸刃の攻撃。


※※後書き※※
ラクガキはイメージ通りでしたので、貼らせて頂きました。  
     
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018 ポネリーアを救え! ―5―

2010年02月28日 17時34分43秒 | 小説作業編集用カテゴリ

 異様な雰囲気の中、食料が詰まった袋に群がっていた大勢の黒ブチ猫は私を取り囲んだ。
 真正面から値踏みする者、上から見下ろす者、後ろから遠巻きに眺める者と、下卑笑いと舌舐めずりして近づくオス猫達に、私は唸りながら威嚇する。

「ニャアア(へっへっへ、痛くしないからコッチ来いよぉ)」 
「ニャア、ニャアア(そうだぜ、この俺が特別優しく扱ってやるよ・・・)」
「フギャアアッ(何言ってんだよ!前に襲ったメス猫はお前に譲ったじゃねーか! 次は俺だ!!)」 
「フウウウッッ!(ち、近寄らないでよっ!)」

 貞操の危機を感じ、焦って逃げようと駆け出すと左右前後に立ち塞がれる。後ろからメタボ猫に押さえ付けられて、ガクンと前のめりに倒れ込んだ。暴れて抜け出そうとしても、自分よりも大きくて体重のあるオス猫からはどうやっても逃げられない。
 暫く猫パンチを繰り出していたら、彼の黒い顔に爪が引っ掛かった。喜んだのも束の間、頭にきた彼は私の首根っこに狙いを付けて、何度も噛み付こうとして来る。

 バチチチッ!!

「フギャアアッ(イデェーー!!)」
「ミギャアアッ(なっ、何だコレッ!!)」
「ニギャアアアッ(だ、旦那、大丈夫ですかい?)

 私の背後に居たメタボ猫が、白い魔法陣と接触した様だ。
 モロに顔面に当たった鼻から煙がプスプスと立ち昇る。
 痛みを堪え切れず転げまわる様を見て、私を取り囲んでいた黒ブチ猫達は一斉に私から離れた。今ばかりはこのピリマウムに感謝だ。

「・・・ニャアアアッ(はっ、早くしなさいよ!人間が来るかもしれないじゃないっ)」

 苛立ち紛れにけしかけるメス猫さんに、オス猫達は逆に尻ごみし出して来た。さっき迄の勢いはなんとやらだ――

「ギニャアアッ(そ、そうだ、さっさとしろよっ!順番が廻って来ねえじゃねぇかっ!!)」
「ニャアアッ!(そんな事言ったって、コイツに近づいたら旦那の二の舞じゃねぇか!!)」

 悶絶しているメタボ猫を見て、一同恐ろしい物を見る様な眼差しを私は一身に受けた。

 ――失礼な、被害を受けたのはコッチなのに。
 ムッとして彼らに一歩二歩近付くと、彼らも一歩二歩跳び下がる。
 怯える彼らの反応に味を占め、ニヤリとして反撃しようと企んだ時、右目を怪我した黒ブチ猫は「ギャッ!」と跳び上がりうつ伏せた。


「ニャアアアッ(お前ら、何嫌がるメスを犯そうとしてる!!)」
「!!」

 響き渡る怒声が聞こえた後、フギャアアアッ!!と周りから悲痛な声が辺りに響く。
 一体何が起こったんだろう? と不思議に思い、注視したけど見た限り何も無い。
 一番近くに居た黒ブチ猫の背後に回ってみると、私よりも小さな黒猫が果敢にもオス猫の尻尾を噛んでいた。

「フウウウウッ(お姉さんから離れろっ!! このチンピラめっ)」 
「フギャアアアアッ(わ、分ったから。頼むから尻尾を噛むの止めろぉぉ!!)」

 大人の貫録も何も無いと来た。
 懇願する情けないその様子に、白い目を向けながら黒い子猫は素早く離れる。
 周りに居た他の子猫達も一斉に離れ、先程の怒声の主へと寄り出した。一瞬静寂が訪れた後、ねっとりとした場違いな猫鳴き声が耳に届く。

「ニャ、ニャアア〜〜ン!!(あ〜〜ん、ティムぅぅ!!)」 

 ズッコケそうになった。何、その甘ったるい媚びた鳴き声!!
 周りのオス猫も一瞬動きが止まる。

「ギャッ(イテェッ!!)」
「ニャアッ!(フンッ、あんた達邪魔よ!)」

 地面に転がるオス猫を後ろ足で蹴り付けて、メス猫さんはティムと呼んだ黒ブチ猫に喜び勇んで擦り寄り甘えている。 その態度とは対照的に、“ティム”と呼ばれた黒ブチ猫は冷ややかだ。

「ニャアア・・・(レミィ、お前がここに居てなんてザマだ)」
「ニャアッ、ニャアア(ティム、でも私・・・!!)」
「ニャアアア(チビ達と一緒にこの場所から早く離れろ。もうすぐ人間が来る)」
「ニャ、ニャアッ!(わ、分かった)」

 撤退するわよと猫語で話し、悶絶していたメタボ猫も力無く立ち上がり仲間の黒ブチ猫と四方に散って行った。
 残ったティムは、申し訳なさ気に私に謝罪してくれる。険しさを纏った深い藍色の瞳が緩やかなものになると、私の体の力が抜けてペシャリと座り込んだ。

「ニャア、ニャアア・・・(悪かったな。アイツ等、メスと見たら見境が無くなるんだ。レミィ、あのメス猫は充分な食べ物が無くて気が立ってただけで、普段はもうちょっと大人しい・・・)」
「ニャアアッ(もっ、もう良いよ。特には何も無かったし、貴方達に助けて貰ったから・・・良い教訓にもなったよ」

 ゲッソリして返事する。 
 野生で過ごすとなるとこんな危険も付き纏うのか。
 そうだよなぁ、自分の世界でも性別に関係無く避妊を推すにはちゃんとした理由があったもの。
 出会った異性の猫と性行為した場合、高い確率でメスは子供を産む。子猫が生まれるのは何も一匹二匹だけじゃ無い。しかも獣の本能と来たら、一度や二度で満足するものでも無い。だからネズミ算的にどんどん増えて行く――って、まさか!

「ニャアアアッ(や、やっぱりこの世界で“不妊手術”とか、そんなの無いよね??)」
「ニャアアッ(少なくともこの港町ではそういうのはしないな。だから俺がさっきみたいに見回りして奴等に自重させてるんだ)」 
「・・・」 
「ニャアアアッ(昨日の魔族の襲来で家を無くした者や、親を亡くした子猫を俺が面倒見てる。食料も以前に比べて取りにくくなったからな。だから口を酸っぱくして注意してるんだが・・・・)」

 口で言っても聞かない奴等には鉄拳制裁すると、目の前で誓われた。
 猫には猫の世界があるらしい。そっかと納得して、最後に少年ルイ君の事をティムに伝える。

「ニャアアア(ルイ・・・あいつには世話になりっぱなしだった。小さかったが俺の誇れるご主人だったんだ)」
「ニャア、ニャア(だったって・・・、もう会ってくれないの??ルイ君は、貴方の事をとても心配してたよ。会いに行く位良いんじゃないの??)」

 窺う様に問い掛ける。けれど彼は首を横に振った。
 青い色の首輪に付いた金の鈴がチリリンと音を鳴らす。

「ニャアアアッ(ルイに会うと、きっと俺は野良に戻れなくなる。それ位あいつの傍に居るのは居心地よかった。・・・ルイの両親はちゃんと生きてるが、俺が引き取ったチビ達には親が居ない)」

 目を閉じていた瞼を開き、深い藍色の瞳が首輪に付いた鈴を愛しげに眺める。

「ニャアア(俺にも守る存在が出来たんだと、伝えてほしい)」
「ニャ、ニャア・・・(守る存在・・・)」
「ニャアアアッ(親が居なくなったチビ達は愛情を知らない。今度は俺が教えてやる番なんだ。こんな事、襲われそうになったアンタに頼むのはズルイ気もするが、どうか、頼む!!)」
「ニャアアッ(分かったよ、伝えとく)」 

 守る存在の為に、ヒトも獣も強くなれる。
 大丈夫、きっと彼等は立ち直れる。
 私に出来る唯一つの事はちっぽけな事だけど、それでも何か手助けしたい。それは彼らの心を支える事に繋がる事だと信じてる。王様やガウラは私を信頼してくれてる。彼らの為にも報いたい。

 ウニャアアッと誇らしく一鳴きする。そうだ、これも聞いとこうとティムに尋ねた。

「ニャアアアッ(検問所の事を聞いても良い??えっと、南側の検問所・・・だよね。何か知らない?結界を壊された時の事とか、魔術師さんがどうなったとか)」 
「ニャアア(俺が見た時は、もう壊された後で魔術師も事切れていた。悪いな、大して力になれなくて・・・)」
「ニャアアッ!(そんな事無い!えっと、チビちゃん達の事、しっかりお願いね!!)」

 しっかり者の彼ならポネリーアの猫達を充分纏め上げれるだろう。
 尻尾を振ってティムの姿を見送った。


「ニャ、ニャアッ(さて、私もここから移動しなくちゃ!!)」

 都合の悪い事に、今私が居る場所は救援物資が置かれてる場所なのだ。
 黒ブチ猫の彼等はこの食糧を狙っていた。結局未遂となったが、もしここで私が人間に捕まったりすると、あらぬ疑いを掛けられる可能性が出てくる。そんな所を人間に見つかると目も当てられん!という事で、そろりと動こうとした時。

「隊長、さっき野良猫達がこの辺をウロウロしてましたが・・・」
「それは俺も見た。食糧を食い荒らされてないと良いが」

(ギャーー!!騎士団のヒトが来ちゃったよ!!)

 隊長と呼ばれた骨格の良い騎士の人はブルネットの短髪に焦げ茶の瞳、もう一人は・・・
 おっ、女の人だ!!金髪の長い髪を左耳の後ろで一つに縛り、サーベルを腰に括りつけている。どちらも軽装の服を着こみ、銀の胸当てだけが心許なく付けられている。

「・・・」
「・・・」

 今、私と騎士の人二人は見つめ合っている。沈黙が痛い・・・

「隊長、この白い猫はもしかして・・・」
「ああ、陛下がおっしゃった“異世界の覇者”だな」

 二人しゃがみ込まれじっくりと眺められる。
 女の人も角度を変えて「ホウ・・・」と呟かれ、ワキワキした手を出したり引っ込めたりしていた。ドアップで見つめられるから、空色の瞳と視線がぶつかる。
 ・・・来世はコレ位美人な人に生まれ変わりたい。今世では不本意だが猫になったんだから、我儘言っても許されるはずだ。つか、絶対しろよ。割に合わんだろコレ。
 猫にされたり、異世界来てデコピンされて、挙句の果てには犯されそうになるし・・・!
 悶々と一人ツッコミして、神様に侮蔑を並びたてた所チョットは気が晴れた。思考を元に戻し、乱暴はされないと分かり安心した時、銀の胸当てが視界いっぱい広がる。

「ニャ、ニャアッ(ヒャアッ)」
「エヴァディス宰相が捜していた。“白い猫を直ちに捜してくれ”と、手の空いた兵士に勧告命令が出ている。さあ、彼らの所へ行こうか」
「ニャ!(エヴァディスさんが!?)」
「エヴァディス宰相が私的な理由で部下に命令を下す事は滅多に無い事なのだぞ。お前、かなりの大物だな」

 隊長と呼ばれた人に抱き上げられ、横から女の人が背を撫で感心して呟いていた。
 イヤ、照れますな。大物だなんてそんなっ!! 褒めたって何も出ないよっ、奥さん! みたいな。
 上機嫌に尻尾をフリフリ動かして、エヴァディスさんの居る中央広場まで連れて行って貰う事に。

 余談な話。この後私はガウラと再開するが、今までとは比にならない程の執着ぶりを身を持って体験する事になる(ゲフンッ!)




青い首輪を付けた黒ブチ猫 ティム
ティムに首ったけのメス猫 レミィ

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017 ポネリーアを救え! ―4―

2010年02月28日 17時06分12秒 | 小説作業編集用カテゴリ


 魔族の襲来が原因で、どの船も出港していなく大型船が何隻も置かれている。
 陽の光を反射した青色の海は、日本の海と何ら変わりなかった。
 穏やかな波しぶきは、国を揺るがす程の大惨事があったとは思えない。近くには荷物を置く為の倉庫が複数建てられて、いつでも受け入れられる状態だ。
 ホントなら港はもっと活気が溢れる場所なのだ。人との出会いと、待ちに待った荷物の為に、人は船と果てしない大海原に想いを馳せる・・・船人が夢見るロマンが、ここにいっぱい充ち溢れていたに違いない。

「ニャァ(ガウラとはぐれちゃったな)」 

 自分の間抜けっぷりに嫌気がさして、一匹ゴチる。
 絶対一匹で行動するなって注意されてたのに。
 
 とりあえず岸辺まで移動する。
 魚なんて泳いでないだろうなと思いつつ、しばらくウロウロする。すると空の上から何か声が聞こえて下に降りて来た。

「ナァ、ナアアアッ!(アラアラ、こんな所で可愛い猫ちゃんが一匹。お嬢ちゃん、どうしたの??)」
「!!」

 俗に言うウミネコが喋りかけて来た。
 でもこの世界のウミネコ、真っ青なんだよね。瞳も青。空と海の色と同じ・・・?
 保護色かなぁ?? 
 見分けが付くと言えば、ウミネコと思わしき特徴の鳴き声だけ。
 動物やら獣やらと会話出来る事と、異世界との違いにビックリして体が固まった。

「ナアアアッ(お嬢ちゃん??)」
「ニャアァッ(エット、その・・・)」

 随分と警戒心の無いウミネコも居たもんだ。通常なら野良猫は魚も鳥も食す筈なのである。にも関わらず猫の自分に語り掛けて来るなんて――?

「ナアアアッ(フフッ、警戒してるのかしら?鳥が猫に近づくなんて・・・ってね。でも白い猫なんて初めて見ちゃったから、興味が出ちゃったのよ)」
「ニャ、ニャアアッ(そうなんですか。あの、私仲間と逸れちゃって・・・)」
「ナアアッ!(えっ、仲間?猫は一匹狼なんじゃなかったかしら?まぁ、いいわ。じゃあ、直ぐにでも仲間の所へ帰らなきゃね!)」 

 事情を話そうとするとウミネコさんは自分で解釈しだした。どうやら仲間の猫とはぐれたと思ったらしい。お節介好きなウミネコさんは不安げな私に、海を跳び跳ねる魚に狙いを付けて私の所まで数匹飛んで持って来てくれたのだ。

「ナアアアッ(ほら、たんと食べなさい。白いお嬢ちゃん)」
「ニャ、ニャアアッ♪(ありがとう、オネーサンッ!!)」

 まだ新鮮な証拠だと言わんばかりに飛び跳ねる魚達。もうヤケで魚の頭にバシッと爪を喰い込ませ息を止めた後齧り付く。生臭かったが上手く鱗と背骨とハラワタを爪で剥いで白い身を食べた時の感動は、私が半ば猫になった証拠だ。

「ニャア、ニャアアッ(オネーサン、御馳走様でした)」
「ナアアアッ(どう致しまして、白いお嬢ちゃん)」

 ネコまんまと魚を三匹、食べ過ぎだと反省しつつ彼女にちょっと聞いてみた。

「ニャアニャアッ(オネーサンはこの国で起こった魔族の襲来って知ってる?)」
「ナアアッ、ナアッ、ナアッ(知ってるわよ。昨日は凄かったわね。私達ウミネコは離れた所から眺めていたわ。私達が幾ら空を凌駕していると言っても、火に囲まれれば煙で肺をやられてしまう・・・だから遠くからこの町を傍観する事しか出来無かったの)」
「ニャア・・・(オネーサン・・・)」

 しんみりして悲しみに耽る。――でも、悲しむのは後だ。
 気持ちを切り替えて瞳を上げ、この国を守っている結界の事で、内側から打ち壊す事が出来るのか、最近結界の近くで不審な行動をしている人物が居ないかどうか聞いてみた。

「ナアアアアッ(内側から結界を壊す事が出来るか?って質問、答えは勿論イエスよ。結界を維持している魔術師を如何にかすれば、結界なんて簡単に壊れるからね」
「ニャア!!(ホント!)」
「ナアアアッ(ただ、力のある魔術師なんかだとその場所に居る事が少ないから、捜すのは大変って言っても、それが出来るのはこの国では国王しか居ないんだけどね。)」

 心配しなくても検問所に居る魔術師はバッチリ波止場近くに居たからねと、告げられる。

「ナア、ナアアアアッ(ここの結界、検問所で魔術師が形を成すのは知ってるわよね。私達ウミネコは海側の検問所・・・つまり波止場のこの辺りで入国する人物や、荷物の審査を受けるのを毎日のように眺めてたけど、怪しい動きは見られなかったのよ)」
「ニャ(そうですか)」

 結界を壊す事が出来る可能性について否定されなかった。だからそれを足がかりとしてみたが、海側ではそれは皆無だと言い切られた。だったら次は陸側の検問所だ――!!

***
 ウミネコのオネーサンに魚と情報の提供に感謝して、お礼を言いながらポテポテ歩く事にした。
 ついでといっちゃなんだけども、ルイ君とはぐれたペットのティムの事も尋ねると、「あのやんちゃ坊主が居なくなったのね。大丈夫よ。彼はこの町の猫のボス的存在だから」 と笑っていた。彼女曰く、彼にとって町は自分の部屋みたいなもんだから放っといても死なないと・・・彼女と何か一悶着でもあったのかなぁと、疑問に思いつつ新たな場所に出た。

「ニャアア?(さっきと違う場所だぁ・・・)」

 ガウラ達と合流しようと中央広場に向かっていたのだが、どうやら南の方面へ出てしまったらしい。折れた木材の看板に“ポネリーア南”と書いている。崩れた瓦礫の上にピョンと跳び、辺りを見回す。出入り口と思しき場所から左の方に、簡易テントが見える。

「ニャアアア・・・(ティムは居ないし、結界を壊した人物は分からない。おまけにガウラと離ればなれ。私だけ他の人間にあっても話が通じないからカウンセリングなんて出来っこないし・・・)」 

 一人でも多くの人間を励ましたいが、一匹で動き回るなと釘を刺されたばかり。ここで静かにガウラを待つかと毛繕いしている時――

「!!(アレは!!)」

““背中に黒いブチの模様があるネコなんだ””

 少年ルイ君が言ってたティムにそっくりな猫だ。生意気かどうかは喋らないと分からないけど、ちょっと話を聞いてみよう。

「ニャアアア・・・・ッ(すみませっ・・・!)」 

 何かの荷物が沢山積まれた建物の一角に、黒ブチのあるネコが複数と屯(たむろ)していた。
 ・・・多すぎじゃん!!こ、この中にティムはいるのか?大小様々な黒ブチ猫が10匹位いるぞ。しかも近寄りがたい雰囲気で怖すぎ。
 一体何をしているのか、訊ねる前に瓦礫に隠れて聞き耳立てた。

「ニャアア(おい、この荷物の中に食料が入ってるって本当か?)」
「ニャア、ニャア(ああ、俺達が食べれそうな魚や肉が入ってる。この袋を破けば俺達の分は余裕であるぞ)」
「ブニャアアア!(人間ばっかりズルイよなっ!)」
「ニャアアアアッ!(は、早く私も食べたいっ!もうっ、こんな袋早く破いて中の物持って行こうよぉ)」

 ・・・ニャンと!こいつら、救援物資をくすねようと目論んでる!!
 ど、どうしようっ!コレは見逃すべきか、見逃すまいか。貴方ならどうする!? みたいな。
 あああ、でも彼らだって生きるのに必死だしなぁ。私は、お腹が空いたらガウラや強請ったら人にだって貰える。そんな彼らに偉そうに言えないよ。
 とりあえず一旦ここの場所から移動しようと決意した時、崩れたレンガを踏み外してベシャッと転げたのである。十数匹居る黒ブチ猫は、一斉に月色の瞳をギラつかせて睨んできた。

「キシャアアアッ(誰だっ!!)」 
「ギニャアアッ!!(そこに居るのは分かってるのよ!出てきなっ!!)」
「フウウウウッ!(人間かっ!?)」 

 大勢の猫に威嚇されブルブル震えて縮こまる。彼らの威嚇は獅子迫る勢いだ。 
 瓦礫に隠れた私の体を目に移して、一匹の黒ブチ猫が近付いて来た。しゃがみ込んだ私を、上から値踏みするように見ている。

「ニャアア・・・(こいつはっ、白い猫?!)」
「ニャアアッ(な、何!どれどれ・・・)」

 言うとデップリしたメタボらしき黒ブチ猫が、体中を舐め回す様にジロジロ検分している。
 近寄って来た右目を怪我した猫も一緒になって、クンクンと匂いを嗅ぎ出した。

「ギニャアアア(こいつぁ文句のつけようも無い純白だな。金の瞳といい、毛並みと言い、上玉じゃねえか!)」
「ニャアアアッ(匂いもたまんねぇ!コイツから魚の匂いがプンプンする! しゃぶって味見してぇ・・・)」
「ギニャアアアッ(おっ、俺が一番だっ!年上を立てやがれ)」 

 舌舐めずりして近付いてくる。
 ちょっ、チョット!ナニその獲物を狩る様な体勢! 
 数匹は何故か取っ組み合いのケンカに突入して、残った力あるオス猫はにじり寄って今にも跳びかからんばかりだ。
 その時、彼らの後ろから近付いて来たメス猫さんは私の顎をクイッと上げて、死刑宣告とも取れる言葉を発した。
 
「ニャアアッ(こんなに奇麗な毛並み、きっと裕福な家の人に凄く可愛がられていたのね。・・・でもご愁傷様。ここで皆に美味しく頂かれちゃいなさい)」

 黒ブチ色の毛並みとは裏腹に、色っぽいその仕草。手の甲をペロリと舐め上げ、ツンとすましやがった! 頼みの綱のメス猫さんはドコ吹く風だ。
 だ、誰か、ヘルプミーー!!

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016 二つの激情

2010年02月28日 13時55分32秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 〜〜ガウラ視点〜〜

 リオの白い手足が人の足に隠れて、彼女の位置を確認する事も出来ない。
 オレが付いていながら、離ればなれになってしまった。
 離れたくない、傍にいたい、そんな心とは裏腹に足がすぐに動かなかった。
 リオの喜怒哀楽は、言葉を発しなくても少しずつだが守護獣のオレにも伝わる。

 リオが涙を流した理由――

 原因はオレが泣かせた様なものだと肌で感じ取った。
 オレを守護獣にした事を負い目に感じている。
 彼女の心を雁字搦めにしているのは、強い罪悪感。
 オレから自由を奪い、主従関係を結んだ事を後悔しているのかもしれない。でも、それは守護獣になる前に二人で一緒に納得して儀式を始めたはずだった。だからリオが悲しみに苛まれる理由なんて無い。じゃあ、泣いたキッカケとは??
 
「ガウラ殿!!」

 ハッとして顔を上げる。
 喧騒とした場所に人々が複雑に入り混じる中で、向こうからやって来たのはこの国の宰相エヴァディスだった。
 リオが姿を見せない事を疑問に思い、周りを見回している。

「ガウラ殿、リオ殿は・・・?」

 沈黙を貫く中、人々の忙しない声が辺りにひしめき合う。

「・・・リオは、リオは何故泣いたんだ?オレは何を言って彼女を傷つけた??」

 宰相の問い掛けを無視して、疑問を投げかける。
 この国の宰相なら、コイツならリオの泣いた理由が分かるんじゃないかって、答えをくれるんじゃないかって、脳内で導き出した。当然その問い掛けに驚いた宰相は、一瞬目を見開いてオレを見ている。

「それで、私に答えを聞いてガウラ殿はどうする気だ?」
「・・・」 
「誤解を解くには当人と話し合うのが一番だ。喧嘩したのでは無いのだろう? 話せばリオ殿も分かってくれる」
「そうだろうか・・・」
「リオ殿を捜しに行こう。彼女はこの世界の貴重な“覇者”だ。彼女を欲しがる輩は沢山いる。良いのか、他の奴に盗られても?」

「!!」

 リオを欲しがる?!
 リオは、オレの主だ。他の誰にも渡さない――!!
 拳を握り締め、やる気に満ちたオレを見届けたエヴァディスが、ニヤリと口角を上げる。・・・今の、絶対ワザとだな。

「その意気だ。イルとライ、姫と私で手分けすればリオ殿は見つかるだろう」

 フッと笑んだかと思うと次の瞬間にはもう無表情になり、いつも通りのエヴァディスに戻っていた。

「感謝の言葉は覇者殿が見つかってからで良い。さあ、行こう」

 やられた。オレにやる気を出させる為にあんな言い方をしたのか。
 流石に、この国の宰相なだけはある。コイツと、それに現国王にまだオレは敵わないか・・・
 オレは力強く頷き、背中をポンと押されて二人の近衛騎士とフリージア姫の所へ赴く。道中、フと最後に思った事を口から出していた。

「なぁ、」

 大勢の人がごった返す中、前を歩くエヴァディスは立ち止まりコチラに振り返る。

「アンタならリオが泣いた理由が分かったのか――??」
(リオの泣き腫らした顔が頭から離れない)

「私が何年生きて、沢山のモノを背負ってきたと思っている?」 
(次に見る顔は、リオが笑っている顔だ)

「ポネリーアを含めたディッセントの国民、この国の兵士や近衛騎士団、性格に難有りのイールヴァと能天気なライウッド、お転婆だが心優しいフリージア姫、それから・・・・」 
(沢山の時を、リオと共に歩みたい)

「この国の両陛下を陰ながら守っているのだ。言わずとも分かるだろう?」
「そうだな。無粋だった。だが、流石に年を食ってるだけあるな。年長者の意見は参考になる。こう言うの、“年季が入ってる”って言うんだろ??」

 リオが日常に使った言葉を忘れずに使う。
 使った言葉や物を共有したいとさえ思う。
 彼女にとっては取るに足らない冗談も、言葉を新たに学んだ“トイレ” も、オレだけが当然知っていて、使えれば良いのにとさえ願う。

「どこでそんな言葉を覚えた? ・・・そうか!」

 エヴァディスは一瞬顔を引き攣らせ、合点がいくとニヤリと笑う。
 クックッと笑いを押し込み、お互いの拳を頭上で軽く突き合わせた。

「それだけ常套句が言えるなら安心だ」 
「アンタも、年下の意見を聞きたくなったらオレに聞いてくれて構わない」

 その時が来たらよろしく頼むと、姿勢を正していつも通りの無表情で言われた。
 あのエヴァディスの顔を引き攣らせ、笑わせられるなんて。リオが使う言葉はどれも新鮮で強烈だ。

(キミの存在は、深海に沈んだオレの心も浮かせる事ができる)

「カイナは長命だと聞く。ガウラ殿は見た所成人していると見受けるが?」
「百年生きて漸く人間で言う十歳位だ。オレは百五十年程生きてるから、これでもフリージアや二人の近衛騎士と同い年なんだぞ」
「百五十年・・・!!“年季が入っている”のはガウラ殿ではないか・・・」


 もっと知りたいと欲が出る。
 
 こんなにも色鮮やかに世界が広がり見えるんだ。


「さあな。だが誰が何と言おうと、リオにとってのオレはこんな奴なんだ。年の差なんて関係無いだろう?」



 次からは離さない。覚悟しろ、リオ――



〜〜イールヴァ視点〜〜

 国民が中央広場に溢れだす中、鼻水を垂れ流したマヌケ猫が、守護獣ガウラに連れられて一時的にこの場を離れたらしい。
 中々帰ってこない二人を心配して、後を追ったエディス叔父さんもいなくなった。フリージア姫、同僚の近衛騎士ライウッドと顔を見合わせ、俺を含めた幼馴染達は話しだす。

「・・・リオちゃん泣いてたね。ガウラを守護獣にしたの、後悔しちゃったのかな?」 

 いつもの元気さが無い、沈んだ声でオレの幼馴染は喋り出した。

「そんな、リオ様はガウラ殿の事を思って涙を流したんだと思うわ。自分の命を、一種の賭けだなんてそんな事を言われれば、誰だって胸が痛むもの・・・」

 姫は胸に両手を当てて俯いている。
 自分の父が国王として下した判断を、良いものと解釈しないのは姫の長所であり、短所でもある。民を束ねる立場にある次代の女王陛下としては、少しばかり非情さが足りない気もする。
 しかし、それと同時に嬉しい気持ちも湧き上がったのは確かだ。それほどに我々臣下や民に気を配ってくれてる事を知れば、自らを奮起させる力にも繋がるからだ。

「だからって、あいつに謝罪するのはお門違いだ。それに国王陛下が選んだ選択は、この国を想っての事。犠牲の上に成り立つモノも確かにあるだろう? 陛下は権力者として当然の答えをお出しになったんだ」  
「そ、それはそうかもしれないけど・・・」

 言い淀む言葉が紡がれる。
 フリージア姫は将来この国の女王だと確定されている。大切な人物やモノを天秤に掛けられるとどちらを選ぶのか、王になる立場で考え抜いている。
 国を引き合いに出され二者択一を迫られた時、それは姫を戸惑わせ苦しめるだろう。
 歴代に並ぶ、どの国王よりも素晴らしく頂点に立つ存在でこの国に君臨して欲しいと願う。
 ライウッドと二人で姫をどんな苦難からも守り、支えていく覚悟もある。それが最終的に、王族と部下という関係に落ち着いてもだ。

「ねぇ、イルに聞きたい事があるのだけど・・・どうしてリオ・・・覇者様にあんなに冷たい態度を取るの?」
「あ、それは僕も気になってた。イルはリオちゃんと出会った時から変わらないよね」 
 
 俺の日頃の態度が気になった姫、幼馴染のライウッドは“覇者”という単語を出した後の俺の不機嫌さを見ていぶかしぶ。二人からの執拗な問い攻めに、渋々ながら答えた。
 
「・・・30年もこの世界に現れなかった覇者に、どうして異世界の人間に全てを託そうとするんだ。俺達の世界なら、俺達でどうにかするのが筋じゃないのか?」

 疑問に思っていた。どうして覇者となる者は異世界の者だろうかと。今のマヌケ猫が現れるまで30年、この世界に居る者は苦難の生活を強いられた。
 魔族に襲われるのは日常茶飯事。盗賊に襲われるのも当たり前、我が国の弱体化に狙いを付けた他国との戦争。
 そう、今までは覇者の代わりにハシュバット現国王が荒廃した世界を平和に導いたのだ。陛下失くして今の平和は有り得ない。
 
「私達がどうにかしたいのは山々なんだけど、やっぱり覇者様が居るのと居ないのとでは天地の程の差があるわ。イル、それは貴方が一番よく知ってるんじゃないの?」
「・・・」
「私の体の中を駆け巡る魔力が濃い密度となって、魔法の精度もグンと上がったわ。ライウッドは? あなたは何か手応えを感じない?」
「僕も同じく。魔法を使うと少しばかり倦怠感が残るんだけど、あまり気にならなくなったよ。精霊達も喜んでんじゃないかな?」

 一番顕著に実感しているのは魔法を使える魔術師達だと、姫やライウッドは評論していた。確かに二人の言う事も一理ある。
 俺が持つ雷を宿した宝剣カルナックは、通常だと長時間雷を放出出来ない。自らの魔力を充電してやって、改めて破壊力抜群の切れ味を保つ。しかし間抜け猫がこの世界にやって来てからは、その頻度が少なくなって来たように思う。つまり自分の魔力も上がったらしい。使い勝手も良くなったが・・・

「リオちゃんがやって来てから、良い事尽くめだと思うんだけど」
「ライ・・・」
「魔族は来たけどね」

 違う、そうじゃないんだ。俺の言いたい事はそれじゃ無い。
 覇者の降臨で魔法の精度が何故上がる?
 詠唱無しで水の魔法を何故引き出せる?
 女神の加護を持ち、且つ万能薬として今では滅多に目にかかれないピリマウムを何故所持してる?
 出来過ぎた話に何故皆気がつかない。
 異世界だぞ。そんな訳の分からない世界から来た存在に、この国の全てを託すのが問題無しとでも言うのか。

(ふざけるな――)

 今の世界でも凶作だが、前の覇者が居なくなった直後は今と比べようも無いくらいの大不作の年だと古書に記録されている。異世界だろうが何だろうが、もっと早くこの世界を訪れてくれてれば、こんな思いはしなかった・・・

「っ、少し頭を冷やしてくる」
「あっ、イル!!」

 シートに座った体制から、素早く立ち上がると引き止めようとしたライウッドの静止を振り払い、暫くテントの裏に一人で佇む。
 考えれば考えるほどド壺に嵌まる自分が情けない。楽天的に考えれば良いのか、それとも疑いながら接していくのか? だから俺は奴の尻尾を掴むまで、皆から一歩引いて観察している。この世界に、奴がどういう風に干渉してくるのか。

(見ものじゃないか――)

 陛下に、姫に、ディッセント国に仇なす者は誰であろうとこの俺が許さない。
 それが覇者と呼ばれる者であってもだ。

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015 ポネリーアを救え! ―3―

2010年02月28日 13時37分58秒 | 小説作業編集用カテゴリ

 ルートビッヒさんに目の前で用意されたのは、皿の上に盛られた握り飯と油紙に包まれたささやかな量の干し肉、陶器のコップに入った飲料水。私達5人は中央広場で配給されてるご飯を、エヴァディスさんと頂く事になった。

「今この国での食糧を配布しているのは嗜好云々より、空腹を凌ぐ程度のモノしか皆さんに賄えないんです」

 フリージアちゃん、エヴァディスさん、イルさん、ライさん、ガウラにどうぞと一人分の食糧を渡して行く。
 ルートビッヒさんに貰った食糧をその場に置いて確保して貰い、一旦その場を離れる事になった。
 エヴァディスさんが無表情で皆を促し、私達はテントから少し離れた場所にある壊れた配管から、水がチョロチョロ流れ出ている場所へ移動する。

 2階建ての上の部分が全焼している、外から中が丸見えで骨組みされた木材とかが顕になってこじんまりした民家と思わしき場所。家の裏側に大量の水を受け止める為の、広い面積の浴槽が放置されてあった。
 皆がここで手を洗う様を眺める。ここでなら人間一人、軽い水浴びなんかも出来ると思う。まだ臭くないよね? 自分の体をクンクン嗅いでるとガウラに頬ずりされた。
 テントの横の広い場所にシートを敷いている所へ戻り、ガウラと共に座り出す。私達と入れ替わり一時その場に居なかったルートビッヒさんが、両手に持つ皿を手に持ち近づいて来た。
 私の金色の眼に映る“ソレ”は、一際輝く。

「どうぞ、リオちゃん」
「ニャニャッ!(こ、これは!)」

 皿の上に盛られたネコまんま!!
 そう、ご飯の上に汁物をかけたゴチソウと言う名のご飯。
 チラリと見上げると、ルートビッヒさんの微笑ましげなその表情――
 さあ、遠慮無くお食べ。君の為のネコまんまだよと笑顔で告げられる。
 ゴクリと唾を飲み込む。この人には他意は無い・・・!!
 そうだ、私が“元人間”だと知ってるのはガウラだけなんだから!!
 けれどプライドが邪魔をする。私はいつから畜生に成り下がったのかと。

「・・・・」
「リオちゃん、どうした?」
「リオ?」

 ルートビッヒさんとガウラが心配気に私の様子を窺う。
 ガウラに悟られちゃ駄目だ。彼ならきっとやりかねない。私の為にネコまんまを取り下げろって。
 苦渋の思いでガウラと私の今後の為にも決断した。

「ニャアア・・・(何でもないです、頂きます・・・)」

 力無く俯き、腹を括る。
 私、今は猫なんだから、猫になり切ろう。(勿論トイレ以外。ここ重要)
 猫の私に求めてくれる人だっている。王様、フリージアちゃん、ルイ君、そしてガウラ。彼等は今の私を必要としてくれてるんだから。
 ポジティブに心を切り替えて、食べ溢しを恐れてかシートから離れた場所にお皿を置いて貰い、一匹寂しくネコまんまを口にする。


 ******

「それで召喚の間にマヌケ・・・いや、覇者殿が既に出現されていたのです」 
「イル、早くその口の悪さを直さないと、今度はガウラに氷で串刺しにされちゃうよ」

 既に臨戦体制のガウラが空気に冷たさを含ませて、イルさんを射抜く。昼食を食べ終えた私達は、エヴァディスさんに今迄の事の成り行きを順を追って説明する事にしたのだ。
 毛繕いしていた私は、近くに寄って来たガウラに抱き上げられて膝の上にイン。
 どこから取り出したのか、コンパクトなブラシで私の毛並みを丁寧にブラッシングしてくれている。

「昨日、プロテカの神殿の神官から伝馬で報告を受けた後、姫と僕等の三人で覇者であるリオちゃんを迎えに行きました。それはエヴァディス宰相ももうご存知ですよね?」

 イルさんの替わりにライさんが進んで話す。

「ああ、気絶した姫を医務室に運んでいる近衛騎士を目撃したからな」
「あの、本当におじ様やイルやライにご迷惑をお掛けしました。心からお詫び申し上げます」 

 頭を下げようとするフリージアちゃんを制し、エヴァディスさんは首を振った。

「姫が詫びる事は一遍足りとも無い。ただ、我ら臣下、両陛下にとっては心臓が止まるほどの衝撃を受けたのだと思う。ふがいない二人の騎士には其れ相応の報いを受けてはもらったが・・・」

 優しさを含ませた灰色の瞳で姫を見やった後、チラリと近衛騎士の二人を見る。
 蒼い顔をした彼等は昨晩の出来事を思い出していた。
 世間は祭りで賑わう中、兵士の訓練施設に問答無用と連れられ、木刀を一本ずつ放り投げられる。自らの叔父が放つ迫力ある闘気を前にして、一本取れるまで休憩無しと冷酷に告げられた。
 凄みのある顔で木刀を振りかざされ、処罰と言う名の訓練に何時間費やしただろう。勿論一本取れる訳も無く幾百の戦いを乗り越えたツワモノを前に、王族の近衛騎士であり、他の者よりかは幾分体力に自信がある自分達は、久しぶりに大汗を掻いて大の字になっていたのだ。
 遠い眼をしつつもライさんがフリージアちゃんに疑問を問い掛ける――

「僕は今でも謎なんだよ。どうしてリア様が気絶したのかってね」
「俺もだ。姫、何故気絶したんだ?あのマヌケ猫の何処が気に障ったんだ。アレか、きっと覇者だと期待した人物が猫だと知った時の呆然自失からだと俺は見るんだが?」

 そうだろう? と問い掛けた瞬間、イルさん目掛けて氷の矢が放たれる。攻撃を受けたイルさんが、心当たりのある本人を睨みつけた。該当する人物、ガウラが纏う冷気は霜が降り、太陽に照らせれてキラキラと煌めく。

「もしそうだとしたら何だと言うんだ?リオの事をこれ以上中傷すれば、今度は本当に貴様の脳天を打ち抜く」 

 琥珀色の瞳に氷のような冷たさを潜め、イルさんに牽制するガウラ。氷の矢はワザと外してやったとばかりに、彼のマントに突き刺されていた。頭にきたイルさんが剣を抜こうとした矢先、エヴァディスさんの静止が掛かる。

「イル、止めろ。お前の言い方が悪い。今度私の居る前で覇者殿を中傷したら私が相手をしよう。それで許してやって欲しい、リオ殿、ガウラ殿」
 
 イルさんの頭に手をやり、頭を下げ共に謝罪の形を取る。エヴァディスさんのその動作にガウラも私も目が点になった。

「ニャ、ニャアアア(エ、エヴァディスさん)」
「・・・、オレは別に構わん。リオの中傷をしないなら――」
「そうか。では、続きを話してくれ」

 シーーーン・・・

 ナニ、この空気・・・!ガウラの放った氷の矢が冷たさを演出して場が一気に沈み込んだ。
 しかし、そんな事気にしないKY<空気読めない>ガウラは今度は歯ブラシを取り出して、片手で私の口を器用に開けて歯垢を取り除く。
 皆の視線が私の間抜けな顔に(ゲフン)一点集中ときた。
 生き恥を曝すとは!! ここに王様が居なくて良かったよかっ・・・

「・・・ニャガガガ(ガ、ガウラァァ・・・)」

 両耳をぺたりとガウラの左手で押さえられ、更に皆が押し黙った。
 エヴァディスさんは目を白黒させて、イルさんはそっぽを向き、ライさんは体を震わせて笑ってるし・・・フリージアちゃんに至っては両の拳を震わせて悶えている。
  
「ここからはオレが話す。リオはその後牢屋でオレと出会うんだが、その前に狼獣人レイオンと接触した様だ」 

 私の口の中を覗きながら、決して傷つけまいと優しく歯もブラッシング。ガウラ、貴方はきっと良い旦那さんになるよ・・・これだけ気配り出来るなら、ガウラの奥さんになる人は幸せ者だね。
 彼の腕に爪を立てながら心の中で讃辞を送ってやった。

「レイオン・リディカン!そうか、あの狼獣人が・・・やはり奴もリオ殿に引き寄せられたのだな」
「そうだ。レイオンは狼共を代表する強者、奴程戦闘に慣れた猛者は居ないだろうな」
「・・・リオ殿の目の前に現れたと言う事は、いつかは奴も守護獣と成り得るだろう。だがしかし・・・」

 ハッとしたエヴァディスさんは首を振って、ガウラに続きを促した。
 一体何を言いかけたのかな?
 ガウラにブラッシングして貰いつつ話は続く。

「リオと出会った後は、オレは無理やり大広間に連れて行かれて宴の肴にされた。魔力を込めた宝石が引き金となり、獅子であるカイナの状態で一時この世界の共通語、ハヌマ語を話せる様になったんだ」
「その後魔族の襲来――だね」
「ニャガガガッ・・・」

 ああ、と返事をするガウラ。一心不乱に私の口の中を覗き込む。
 抗う事に疲れて、私は力無くガウラに身を任せていた。

「あの、リオ様の守護獣にガウラ殿がおなりになったのは、父が原因ですか?」

 フリージアちゃんが、グッタリと伸びている私を優しく擦ってくれる。
 女の子って、癒しってイイ・・・
 うっとりしつつ、横目でフリージアちゃんを窺うと、少し元気が無いみたいだ。どうしたんだろう?

「本来なら知能の高いカイナを群れから離すこと自体、危険だからな。国王はオレの仲間が自国に襲撃されるのを予想したんだろう。だからオレを処分する前に、リオに交渉したんだ」
「ニャガガガッ(そ、そうだったんだ)」
「国の為とは言え、申し訳ないです・・・」
「いい、オレが望んだ事でもあるのだから」

 フリージアちゃんは国を代表してガウラに謝っていた。
 王様が下した判断は、決して許されるものじゃ無い。だって、この国の人が助かっても、ガウラだけが被害に遭う。私だったら、きっと友達を見捨てたくなんか無い、絶対に――

「魔力を体内に大量に宿したリオは、見事に俺を守護獣に任命してくれた。それは、オレが死なない為の唯一の賭けだったともいえる」

「!!!」
「リオは覇者では無いと最後まで突っぱねていたからな。だがオレには分かった。この白い猫、コイツがオレの命運を握ってるってね・・・」

“宴が終わればガウラのおっさんは用済みだ――”
“カイナを処分されたくはないだろう?”
“そう簡単に殺られるつもりは無い”

 ハンスや王様、本人であるガウラさえもその後の処遇を知っていた。 
 ・・・だから、だからガウラは私に求めたんだね。自分の自由と引き換えに、“守護獣”と言う名の戒めを選んだ!!!

 ポッ、

「!?」

 ポタポタポタッ・・・

「リッリオ、どうした?痛かったか?」

 話し終えたガウラが、私の瞳から涙が零れ落ちているのを驚愕して慌てて口から手を離す。自然に流れ落ちる涙はガウラの薄緑の服に滲み込んでいく。

「ニャア、ニャアア・・・(い、痛くない。ガウラに比べれば、私なんか全然痛くないよぉ・・・)」

 涙を流しながら彼にしがみつく。ニャアニャア泣いて、喉が枯れるまで彼から離れなかった。体を擦ってくれる手はいつも優しい――打算でも何でも良いじゃないか!! 彼の命が助かったのなら・・・

***
 散々泣いた後、私は鼻水を垂れ流してガウラと共に先程手を洗った配管の所まで来ていた。顔を優しく拭いて貰い、ついでに口の中をゆすいで彼と一緒に近くの石垣に座り込む。

「リオ?」

 彼が困って引き剥がす迄ひっついてやろうと思ってた。
 ガウラは結局困る事も、私を離す事もしなかったのである。
 それを見かねたエヴァディスさんが「顔を洗って来なさい」と、気をきかせてくれたのだ。
 恥も外見もかなぐり捨てて大泣きした事が恥ずかしくて、ガウラから少し離れた場所でウロウロすると、時間をずらしてか私達がご飯を食べた後に国民が昼食を受け取りに来た。

 ガヤガヤ

「ちょっと、順番抜かしすんじゃないよっ!」
「うるせー!!俺はもう昨日の夜から全然食ってないんだっ!!ババァは内臓脂肪がタップリあんだからその分俺に回せ!」
「な、な、なんだってぇ・・・!?」
「押さないで・・・っ!皆さんの分の食糧はちゃんとありますから!」

 ルートビッヒさんや他の兵士の人が列を成している住民の為に昼御飯を配り出した。
 人員的に補佐するメンバーが少ないため一か所で配ろうと画策したのは良いが、人でごった返すと言う事に繋がった。つまり、ここには自力で動ける殆どの住民が中央テントに群がり出したのだ。

「ニャオオォォ・・・(ひ、人の波に流されるぅぅ・・・)」
「!リオッ」

 皆の所へ戻る道中、自分で歩いてボーっとしていると中央広場に面した場所に立ち往生し、ガウラの静止の声も聞かずに人の群れに突っ込んだみたい。
 そしたら人の多さの凄いこと凄いこと。気付いた時は後の祭り、沢山の人の足に隠れた私は、ガウラを見失ってしまった。
 どうなるっ?!私!!

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014 ポネリーアを救え! ―2―

2010年02月28日 13時28分57秒 | 小説作業編集用カテゴリ

 〜〜〜中央広場 臨時救護テント〜〜〜

 潮風の匂い、鳥達のさえずり、降り注ぐ太陽の木漏れ日は何時もの日常と同じで、目に映る程豹変したのは人間や獣人が住む居住区域となった。
 直射日光を遮る為に、革で木材に括り付けた大きなテントやかろうじて被害を免れた病院で、ポネリーアの住民達は朝を迎える。

 消毒液の匂いが鼻を付き、疼く痛みと痒みに唸り声を上げ悶える人間と獣人達。人口の比率は人間の方が多い。しかし商売をするに当たってこの国に来た者としては、どちらかと言えば商才に力を入れた者で、武芸に秀でていない者が殆どだ。
 火傷や建物の下敷きとなって打撲による重症患者がひしめく中、助っ人に駆り出された王宮の兵士や騎士達は包帯を替えたり水を求めてテンヤワンヤしていた。

「お、お願いします・・・水をもっとくれ・・・体は焼けて爛れるし、喉も渇く」
「私も、お水下さい。出来ればもっと飲みたいんです・・・」 
「今、神殿と王宮から緊急として大量の水をこの国に移動させて、皆さんに配っているんです。今手元にある分しか無いんですよ」

 騎士団所属のルートビッヒ・ラルドはホトホト困っていた。今この国にある水は雨で貯水していた分を全て使い切ったからだ。後はプロテカ神殿、ディッセント国の城の保有している水にしか頼る術が無い。
 一番の頼みはやはり神殿の中を流れる淨水路からの清涼水だが、アレは一日に作る水の量が決まっていた筈なのだ。しかもその量は普段の日常で、節水しなければいけないほどギリギリだったと思う。
 海の水を清涼水に変えるのは今のところ水の精霊の眷属・ティアレストしかいない。直に問い掛けられる程、自分は精神・魔力も持ち合わせていないのだから歯噛みし、じっと耐えるしかないのだ。

 休憩としてテントの外に出て気分転換していると、何処かから名前を呼ばれる。

「おーい、ルーー!!」
「ん??」
「コッチだよ、ルートビッヒ!!」
 
 変装をしてはいるが声からして友人であるライウッドと分かり、後は誰だか分らない旅人の格好をした複数の人間が歩いて此方に近づいて来た。

「ん?ああ、ライウッド、お前か。どうしたんだ?変装なんかして・・・?お前も駆り出されたのか。今人手も水も足りなくてだなぁ・・・全く、こんな時になんだけど猫の手でも借りたい位だ」

 座っていた瓦礫から立ち上ると、疲弊した様子で手が足りないと文句を口にした。普段でも冗談を言う彼では無い。しかしどこかで力を抜かないと、心は悲鳴を上げたまま自分が押し潰されるんじゃないかと誰かに吐露したくなった。 

「へへっ!!お前のお望みどおり、本当の猫を連れて来たんだ!!」
「・・・はぁ??」

 お前、頭大丈夫か??今のは比喩で言ったんだが、と友人である彼に問い質そうとする前に、彼が後ろを向いて誰かを呼び出した。

「リオちゃん、コッチだよ!!」

 見ると黄褐色の髪をした人間がやって来て、布にくるまれた何かを手に持っている。目線を下げて見てみると金色の瞳と目が合った。

「ニャアア(は、初めまして。リオです)」
「・・・」
「名前はリオと言っている。オレはガウラ。よろしく頼む」 

 モゾモゾと布の中から顔を出したのは、真っ白い顔の猫。金の瞳を瞬きしてコチラをジッと見つめて来た。

「ねっ??この子がルーの言ってた猫の手も借りたい・・・・っててて!!何すんだよっ!?いきなり腕引っ張んなって!!」

 ルーと呼ばれた騎士団員の彼は、ライウッドをリオ達から少し離れた所まで連れ出し、額に手を当てながら言い放つ。

「ライウッド、お前姫様の専属騎士やって少しはその能天気な性格がマシになったかと思ったのに、本当に猫連れてやって来てどうするって言うんだよ!!」
「いや、だからさ・・・」
「俺は友として情けないぞ!いつからお前は人の悲しみにつけ込んで逆撫でする男になったんだ!!」

 最早聞く耳持たんとばかりにお説教タイムが始まった。ライウッドは苦笑いして自分の幼馴染であり、同じ専属騎士のイールヴァに目線を送る。頷き、二人の間に割って入った。 

「話している所悪いが、こっちは真剣な話でコイツを連れて来た。ライを責めないでやってくれ」
「お久しぶり、ルートビッヒ。ライウッドの言う事は本当よ。この方が覇者様なんです。あ、私が来たこと、他の人には秘密にしてね」
「あの・・・?」

 ルートビッヒは一人で混乱していた。
 何せ旅人の格好をした彼らの事は全く知らないのに、話口調は自分の事を以前から知っている者が使う言葉だからだ。当然の事の様に話す彼らに首を傾けるばかりである。
 埒が明かないと踏んだイールヴァがメガネを外し、頭に巻いた布を取る。
 フリージアもメガネを取って髪の毛に付けた蝶の留め具を外すと、ピンクから鷲色の髪に様変わりした。

「イッ、イールヴァ!!・・・・ひ、姫様っ??」
フリージアに向けて慌てて膝を付く。その仕草にフリージアは慌てて止めた。声を小さくしてルートビッヒに問い掛ける。

「シ、シー!!あの、今日はエヴァディスに会いに来たのよ。彼は今どこに??」
「はっ、エヴァディス宰相は南の区域に居るかと思いますが、直に来られるかと存じます!!」
「ありがとう。じゃあ、ここで少し待ちましょうか?」

 そう言ってここにいる5人に確認を取った。

***

 ここに来た目的は各々あるのだが、まずリオが住民達の心のケアをする事になった。
 五人はテントの中に入り簡易ベッドに寝かされている者、ベッドが足りなくて床の上で体を休めている者と多数の重症患者を目に移す。自らの心臓がドキドキして固唾を呑んでいる時、床の上で幼い子供が火傷による痛みで苦しんでいた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「・・・(苦しそうだ、どうしよう)」

 オロオロしてガウラを見上げた。優しい瞳で見つめ返してくれて、頭を撫でられる。すると何か思案した顔をして疑問に思った事をルートビッヒに訊ねてくれた。

「この国で何か足りない物はあるのか?」
「見ての通り、何もかも足りない。居住区が焼けた事によって生活するのに必要な物が全然で・・・水に食糧、ベッド、衣服。いや、やっぱり一番は水だろうか。急いで他の街から救援物資の援助を申請してるんだが急にこの町には届かないんだ」

「何故?隣町のレーニンなら直ぐに援助してくれる筈じゃ・・・」

 フリージアが問い掛ける。
 
「それでもこの町の全ての住民に行き渡る数じゃないんです。首都なだけに、人数も半端無いじゃないですか。それだけもっと違う国からの援助も頼らないと、全ての民には行き渡らないんです」
「そんな・・・!」

 一緒になって見廻っているルートビッヒは憔悴しきった顔で答えた。一番近くで住民らに尽力を尽くしている彼が、一番欲しい清涼水の獲得に難航を示している。リオは居ても立ってもいられなくて、ガウラの腕の中から滑り落ちた。

「ニャ、ニャアア(だ、大丈夫?)」 
「はぁ、はぁ・・・」
「ニャア、ニャア(ゴメンネ。私、どうやったら貴方達の苦しみを取り除けるか分からない)」

 腕や左目に包帯を巻かれた5,6才の男の子に近づいてリオは項垂れる。火傷をしていない腕の箇所に舌を這わせペロペロ舐めた。
 そっと白い体をすり寄せ、顔色を窺ってみる。それに気付いた男の子は右目を開けて、その白い生き物を恐る恐る片手で触れて確かめた。

「ね、猫・・・?」
「ニャアッ!!(そうだよっ!)」
「わ、わぁぁ・・・ボク、真っ白い猫を見たの初めて・・・うわぁぁ」
「ニャアアッ(元気出してねっ)」

 感嘆の息を漏らす。雪のように純白のその体は、見る者全てを魅了する。手の甲から肩に掛けて包帯を巻いているのも気にせずに、男の子は擦り寄って来るリオの真っ白い体を両手で抱き上げ頬ずりした。
 
「ふわふわだぁ。すごく柔らかくて暖かい。良い匂いもする・・・」
「ニャアニャアッ!!(へへっ、私の体を触って元気が出るならもっと触っていいよ!!ねっ!)」

 ガウラが聞けば嫉妬の炎を燃やしそうな台詞を惜しげも無く連発する。だが彼は我慢してリオの好きな様にさせていた。それを知らずにリオは男の子を元気付けようと、顔を精一杯舐める。すると男の子の右目から涙が流れ出た。

「ニャアアッ??(どうしたの?舐めた所、痛かった??)」 

 驚いて金の瞳を瞬きさせて窺うかの様にニャ? と首を傾ける。男の子は首を振りながら答えた。

「僕の家でも猫を飼ってたんだ。白い体で背中に黒い大きなブチの模様がある生意気な猫。でも助け出されたのは僕の家族だけで・・・」
「・・・」
「僕はティムを逃がそうといっぱい捜したんだけど、居なかったんだ。その内どんどん火が迫って来て・・・気が付いたらお父さんに抱きかかえられてたんだ」
「ニャア(じゃあ・・・)」
「キミ見て思い出したんだ。ティムの事。それで泣いたのかも・・・」
 
 涙を流しながら火に包まれる様子を思い浮かべ、しゃくり上げる。リオは堪らなくなり涙ごとペロペロ舐めた。

「ニャアアアッ!!(私、この町を見て回るからその時でいいならティムを捜しとくね!!えっと、それで君の名前は??)」
「??」

 ガウラに視線を向けると、意図を汲み取り通訳してくれた。
 男の子の両腕から滑り抜け、ガウラの元へと移動して、腕へと勢い良く跳び乗る。

「坊主、リオが町を見回るついでならティムを捜してもいいと言っている。それでお前の名前は?」
「ルイ・・・」

 任せて! と胸を張りウニャアアと一鳴き。
 どうやら少年ルイはティムの事を気掛かりとしていた様だった。

「・・・猫さんの名前、リオっていうの??」
「ニャア!!(そうだよっ!!)」
「えへへ・・・ありがとう、リオ・・・」

 安心したかのような表情を見せ、ルイ君は気持ち良さそうに眠ってしまった。


「驚いたな・・・あんなに痛がってたのに安心して眠るなんて。侮ってたよ。そうだよな、普通の猫にはまず無理だよな」 
「ああ、普通ならな。でもリオちゃんが居ればこの国はちゃんと立ち直れる気がするよ」
「私もそう思います。リオ様はこの国にとって無くてはならない存在におなりになるわ」

 残った騎士の三人とフリージアは、少し離れた場所でリオがする行動を眺めていた。彼女は我々が出来ない、人の心を少しづつだが解きほぐしていく――ルートビッヒはリオを唯の猫ではないと結論付けた。
 だが一人だけ、皆とは意見が相容れないイールヴァだけが、リオの事を冷たい目で眺めている事を誰一人気付かずに・・・


****

 お昼近く迄、少年のルイや他の眠っている重症患者を気遣ってか、テントの外でリオはせっせと人間に遊ばれていた。カウンセリングと言う名ばかりの、彼らのためのアニマルセラピーだ。比較的軽度の火傷で済んだ者などが積極的にリオに声を掛けて来たのである。

「リオちゃん・・・コッチおいで」
「コッチよ。さあ、撫でてあげる」
「オレ、猫じゃらし持ってんだよ。さあリオッ、コッチ来い!!」
「・・・ニャ、ニャアアア〜〜(ゼ〜、ゼ〜、ゼ〜ッ)」

 中央テントに入った時は、こんなに元気では無かった筈。一体何時の間にこんなに皆起き上がれる程回復してるんだろう?? それに白い猫は神の使いじゃ無かったのか? この扱いってペットにするような構われ様じゃない??
 不思議に思いながら床に伏せて、体力が回復するまで撫でて貰おうと、ヨロヨロと女の人に近づいた。だがそうする前に男の人に目の前で猫じゃらしをチラチラ見せられて、大人しくするなんて芸当、私には無理だった―――

「ホラホラッ!!」
「ニャ、ニャニャッ!!(ムォォォッ!!)」

 自らの安易な考えをあざ笑うかのように左右に動くソレ。
 目が血走り、獣の本能が騒ぐ――ヤツを追いかけろ、噛み千切ってしまえと。
 白い毛むくじゃらの手で動きを封じ込めて、自分の物にしたい!!
 リオはさながら獲物を狩る様に、ジリジリと距離を取る。男の人がその尋常じゃ無い気迫に「うっ、」とたじろいだ瞬間。
 白い体を空高く思いっきり跳躍させて―――

「あ、」「あっ」「ああっ!!」

 バシッ!と右手の肉球で踏みつけ手に取り、猫じゃらしにこれでもかと噛み付く。手にした戦利品を口に含み、一人よがり、ジャレついた。

「ニャア♪ ニャア♪」
「す、凄いぞリオちゃん!!」
「ホント・・・可愛いだけじゃ無くてとてもパワフルなその姿、家に欲しいわ」
「リオは俺の持ってる猫じゃらしが好きなんだよっ! なぁ、俺の所に来るよな??」

 素晴らしいパフォーマンスに、いつの間にか周りに居た重症患者達は拍手喝采していた。キョトンとして猫じゃらしを口に加えていると、遠くから声が近付いて来る。

「此処は物凄く活気づいてるな・・・?何かあったのか」
「「「「 !!! 」」」」

 新打ち登場である。噂の、怖いというエヴァディスさんが遂に来たのだ。背まである長い銀髪を一つに括り、上下白い服を着てマントを羽織り、体格が良く腰に朱玉が光る剣を所持している。
 灰色の眼に無表情の顔は何を考えているのか、猫である自分には勿論分からない。さっき迄元気だった患者さん達は、蜘蛛の子を散らすかの如く散って行った。

「・・・エディス叔父さん」

 変装したイルさんがエヴァディスさんをおもむろに呼び掛ける。叔父さんって、イルさんの親戚の人だったんだ。

「・・・イールヴァか?? お前がここに居ると言う事は――」
「「「お早う御座います、エヴァディス(おじ様)宰相!!」」」

 横に居る三人をチラリと一瞥すると、眉を顰めて溜息を吐く。
 フリージアちゃん、ライさんは躾が行き届いているのか、それとも真っ先に叱責を受けるのが嫌なのか、エヴァディスさんの口を開かせる前に素早く挨拶に移行した。
 次に視線を巡らせ、こっちを見て驚愕の表情―――

「白い猫――貴方がもしや覇者殿か?」 
「ニャ、ニャアア!(あ、私の名前はリオです! とりあえず皆が覇者って言ってるだけですから)」
「名前はリオ、周りが覇者と言っているので不本意だがそれに甘んじていると言っている。因みに俺はリオの守護獣ガウラ。元は“カイナ”だ」
「ヴニャニャニャッ・・・!(くっ、苦しい!)」

 エヴァディスさんの纏う空気に、ガウラが警戒して私を抱き込む力を強める。息苦しさに驚いて腕に爪を立て、引っ掻いてしまった。

「そうか、異世界の覇者の・・・やっと見つかったのか・・・」

 灰色の瞳をこれでもかと見開いて呟く。ジーッと見つめられる事5秒、この緊迫した状況に耐えられなくなった私のお腹は、物の見事にその存在を盛大に主張した。

 グゥゥゥ・・・

「・・・」
「ニャ、ニャア(ゴ、ゴメンナサイ・・・)」

 ショボンと項垂れる。最近こんなんばっかじゃないか、私のお腹。
 ガウラの腕の中で顔を伏せ、力無くグッタリしつつ、シッポだけをフリフリ動かす。
 最近意識して動かせる様になった私のシッポをガウラは優しく擦ってくれれば、開口一番とんでもない事を喋り出した。

「そろそろ昼時だ。昼時はリオと二人っきりで甘い時を過ごしたい」  
「・・・俺達は別にどっちでも良い。飯を食べたら待ち合わせは北方面の入口で・・・」

 ガウラとイルさんがこの場を仕切るかの如く、速やかに綿密スケジュールを組んでいる。そのやり取りを打ち壊すかの如く、鶴の一声が出た。

「いや、私はお前達の今までの成り行きの話なんかを聞きたい。ガウラ殿、悪いが昼食は此方のテントで取って頂く・・・良いな?イル」 
「ハ、ハイ・・・!」
「チッ!!」 

 有無を言わさぬその物言い、明らかに語尾を強めてイルさんを脅してますよね。姿勢を正して返事したその顔は、若干口元が引き攣っている。ガウラは一瞬舌打ち・・・ちょっと、行儀が悪いよ!!
 でも、これでイルさんの上を行く人は王様、エヴァディスさん、フリージアちゃんと三人見つけたっ!! 後はこの国の王妃様と接触しなくちゃっ!!
目指せっ、王族コンプリート!!!





騎士団所属 熱血漢 ルートビッヒ・ラルド
左目を負傷した少年 ルイ

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013 ポネリーアを救え! ―1―

2010年02月28日 13時19分46秒 | 小説作業編集用カテゴリ

 ガウラからの愛の告白を受け取りました。
 告白と言えば、この世界に来る前に笹井に告白されたんだよね。返事・・・保留のままだ。帰った時、返事を出さないと・・・おっと、イカンイカン、今はガウラの告白についてだ。

 もし私が人間で、ガウラも人間ならきっと受け入れたかもしれない。
 気持ちとしては嬉しいんだ。だけど、今私は猫なわけだし、はっきり言って獅子であり、人間にもなれるガウラには釣り合わない!! そう無難な答えを告げると・・・顎の下に人指し指を当て、クイッと押し上げられながら激しい愛を怒涛の勢いで囁かれる。

「リオ、愛は種族を越える。そう思わないか」
「ニャ、ニャア(猫と人間じゃ越えれそうも無いと思うけど)」

 素早く冷静なツッコミを入れた。
 一瞬詰まったガウラはめげない。

「リオとの愛の巣を作りたい」
「ニャアッ(猫は気ままなんだよ。一か所に留まらないかもっ!!)」
「リオの愛人は沢山居ても良い。だが一番の寵愛を受けるのは勿論オレだ」
 
 いや、やはり耐えれなくなったらそいつらを背後から始末すれば万事解決だなと、一人自己完結してにこやかに微笑まれる。
 愛人??! ガウラ、一人で妄想して爆走してるな。
 ってか私いつの間にか複数の愛人、ならぬオス猫を囲んで、浮気してる猫を想像してない? 諦めさせる為の言い方が不味かった??

 ブツブツ呟く悪人面のガウラの発言に、居たたまれなくなったマットさんが呆気に取られてつっ立ってるよ。上半身を捩り尻もちをついて・・・?
 ああっと、氷漬けにされそうになってるぅ!!
 とりあえず愛人発言をスル―してガウラになんとかしてと頼むと、指をパチンと鳴らす。もう少しでヘソまで凍りそうという場所に来て一気に氷がパキンと砕けた。

「リオ・・・」

 そんな事はお構いナシと情熱の籠った瞳で囁かれる。口で噛んでたガウラの薄緑の服をパッと離し、返答に困っていると、

「リオは確か異世界から来たんだったな。安心しろ、何らかのタイミングでお前も人間になれるぞ」

 知らなかったか? と王様がガウラをフォローしてる。オイッ、今この場でそれ言う気か。

「ニャアアッ(王様っ!!)」
「色んな要素が混ざり合ってなる場合もあると言う事だ。この世界の獣人もそうだが、ガウラはそっちじゃなく人間に進化したんだ。だから、リオが獣人か人間になればガウラと添い遂げられる。人間と獣が一緒になるのは、ここ最近じゃ珍しくないしな」

 ガウラは私が元人間だと知ってるからこんなに積極的なんだよ。 
 逆に元人間だと知らない王様は、ガウラと私が結婚するのに懸念する体格を不憫と取ったんだろう。

 ――人間になれば添い遂げられる。

 その言葉を聞き、思い出したようにハッとしたガウラは熱心に王様に話を聞こうとしたが、まず今は民の救急介護が先と、ガウラの質問をキッパリ撥ね付けたのである。飴とムチを使い分けてる。知識が欲しけりゃまず言う事聞けと。

「ニャアアッ(さすが王様。年食った人は言う事が違うね。年季入ってるぅ!)」

 右手を挙げて褒めちぎる。この話を終わらしてくれたので安心したのだが。その褒めた内容を聞き、ムッとしながらも律儀にガウラは王様に通訳する。

「年季の入ったオッサンは一味違うと」

 ガチャンッ
 ガチャチャンッ
 周りでスプーンやフォーク、皿まで落とす音が聞こえる。私達の会話に聞き耳立てていた兵士達、フリージアちゃんや二人の騎士も蒼い顔をして視線を外していた。自分達は何も耳にしていないと、とばっちりを受けないように黙々と食事を続ける者と三者三様だ。

「お前達二人は本当に遠慮が無いな・・・国王にオッサンはないだろう? 私はまだ35だしな」

 教えるのを止めようかな――と、半ば不貞腐れながら王様が目を細めて私達二人を睨んでくる。
 ガウラ、馬鹿正直に通訳しなくても良いからネッ!!
 ていうか王様、一体何歳の時にフリージアちゃんが出来たんだろう??早くね??
 とりあえず充分オッサンじゃねーか、ナイスミドルとは程遠いと心の中でツッコむ。二人の睨みあいを眺めつつ腕から逃れ、急いで残りのミルクを舐め取った。  

 奥の部屋から仲間の料理人が慌ててやって来て、自力で立てないマットさんに肩を貸してこの場を後にする。マットさん、足が凍傷になってなければ良いんだけど・・・私は顔を引き攣り見送った。

 食事をした後、私とガウラ、それとフリージアちゃんと近衛騎士の二人は被害に遭った町を訪れる話になった。
 王様曰く、「リオ達の手助けしてこい。それと、お仕置きが決まったぞ。お前達エヴァディスにお灸を据えられて来い。因みにフリージアに傷一つでも付けたら一般兵に格下げな」だって・・・。幾らなんでもちょっと可哀そうな気がするなぁ。だってそれを聞いた時の三人の顔色が一気に悪くなったんだもん。
 


******

 それぞれ町に出るのに身分が分からない様、変装して着替えて城門前で集合する事になった。
 三人はそれぞれ瞳の色が変わるメガネを着用して、頭に布を巻いて髪が見えない状態。フリージアちゃんは鷲色の髪をピンク色にしてツインテールにしてる。
 この仕掛けは留め具に魔力を込めてあって、髪の毛に付けると付属している色に様変わりするらしい。素晴らしいピンクの色合いを持つ蝶を模した装飾は、国を渡り歩いているコロボックルに売って貰い、後で魔術師に頼んで変色の魔力を込めて貰ったんだって。一定の時間保つには自分の魔力を注ぐしか無いらしい。
 とにかく、お姫様だと分からない様に変装すれば良いみたい。ピンク色・・・ある意味メッチャ目立つんだけど良いんだろうか??
 二人の騎士は旅人の服装を着こみ剣を腰に取り付けている。ガウラも剣を貰う為に、王様と共に兵士の訓練所に連いて行った。
 
 私はというと・・・猫なので何も持てる筈も無く、ちょっとヤサグレル。手持ち無沙汰で近くにある大木の所で爪とぎしてると、イルさんに首根っこを掴まれ持ち上げられた。
 
「お前、何してる」
「ニャ、ニャアア!!(まっ、またこの持ち方っ!!チョット爪とぎしてただけジャンッ!!)」
「フンッ、覇者にしてはホントに鈍くさい。俺はまだお前を覇者と認めたわけではないからな」

 ポイッと音がするかのように放られて地面に落とされる。イルさんは言いたい事を言って満足したのか、スッキリした顔で城壁に凭れ掛かっていた。
 一方私の方は沸々と怒りが湧いて、それを木にぶつける為に爪とぎを再開。
 両手でガリガリ引っ掻いて、止どめとばかりにジャンピングキック。
 乙女らしからぬ行動に、それを見たライさんとフリージアちゃんが慌ててやって来て、私に謝ってくれた。

 剣を所持したガウラと合流して漸く城から出る私達一行は、王様とディルに見送られて王宮を後にする。
 私達が出たのを確認すると、また結界を作り直していた。丘に沿えられた眺めの良い城門から出て、石垣を進んで行くと、だんだん町の入口に近づいて来た。

 海に面した港町、ポネリーアだ。
 ウミドリが鳴き、港には木で作られた大型船が複数船舶している。どうやら船自体には特に目立った損傷は見られない。それを不思議な顔で眺めると

「船に魔術師が耐久魔法を掛けているんだ。だからちょっとした衝撃では壊れる事も無いし、風の魔法で航路を進むんだよ」

 ふむふむ、この世界では魔法が余程進んでると見た。私の世界での科学が進歩したのとどっちが効率いいんだろうね。平凡な頭で考えてもこれ以上いい考察なんか出ない。
 なので最後にライさんに動力源は何??って訊いたら物凄い怖い顔のイルさんに「これ以上は極秘だ」って会話を終了させられた。・・・っもう!!

 五人でまずエヴァディスさんの居る所まで行く道中、ライさんがこの世界の事を知らない私の為に昔話・・・覇者についての伝承を簡単に説明してくれた。

「純白の獣があればあらゆる災厄から逃れられると、この世界では言い伝えがあるんだよ」

 <パンナロット>とは“全ての属性を統括出来る白精霊”という意味で、この精霊の恩恵があれば悪しき魔法を跳ね返し、全ての属性を操り、全ての獣を跪かせられる精霊を使役できると伝承されている。白精霊と同じ穢れ無き色を持つ覇者が、<パンナロット>を持つのに相応しいと言う事だ。
 
 純白の猫で<パンナロット>を使役していた、以前の覇者の事を記録している本を見ると、当然それに私が当てはまるんだそう。
 <パンナロット>の恩恵をどの種族も欲したいと願っている・・・だからもし私が獣人か人間に変わる事が出来れば、更に沢山の種族から襲われる可能性を指摘された。


「つまり君の遺伝子が欲しいんだよ、この世界の住人はね」
「実際既に水の魔法を発動させたらしいしな。厄介事が増えるのは俺達の関係が無い所でして貰いたいもんだ」
「イールヴァ!! 何て事を言うのっ!リオ様、気にしないでくださいね」

 フンッとイルさんはぶっきら棒に付け足す。
 それを見たフリージアちゃんが諫めてくれてるが。正直いい加減イライラして来た。どうしてこう突っ掛かって来るんだか、イルさんはたまに私に難癖付けたりする。
 イラつき自分の毛むくじゃらの腕をガジガジ噛んでると、私の心を感じ取ったガウラが慰めるように優しく背を撫でてくれた。
 
 そろそろ町に入るからガウラに布で体をふんわり包んでもらい、顔だけ見える状態にして貰う。
 理由がこの世界では猫は普通にいるらしいが、私のように真っ白な猫は居ないんだって。私を見られたら、その・・・ううっ雄猫がやって来て奪い合いの乱闘しかり、雌猫にはやっかまれる可能性があると。勿論猫だけじゃ無い、色々な獣や獣人も私に興味心身で接触して来るって教えてくれた。

 甘い愛の言葉を囁いて、告白を恥ずかしげも無く告げるガウラは、確かに私を守ってはくれる。それが打算から来る行動なのか、善による行動なのか、私にはまだ判断が付かないけど―――それでも居てくれて心底安心したんだ。今頼れるのはガウラしか居ないもん。
 
 胸のモヤモヤを閉じ込めて、伝承に詳しいライさんに、不用意に一匹で行動しないようにと窘められた。
 不安な気持ちを抱えた住民たちが私を見たら、独占したいと願い争いが起こる可能性が出てくると。
 これから民の為に尽くす為にもと釘を刺され、一匹で動き回らないように約束させられる。一先ず目先の問題から片づけて行こうと皆で意気込んだ。


 町の中へ入り中央まで来ると火は消されてはいたが、その爪痕が残っていた。
 ガウラの暖かい腕の中から町の中を視界に納めると、悲惨とも呼べる広がった地を見て一瞬声を失う。

 崩れて瓦礫と化した外壁
 焼け焦げた幾多の家
 割れて地面に置き去りの店の看板
 上部を叩き壊された竜神らしき像

 破壊されたモノ達を呆然と眺め、体が震える。
 猫になって初めて見た町がコレ?
 王様やガウラ、フリージアちゃんやマットさんと仲良くなったから、一緒に町を見たかったんだ。ココに住んでる人はどんな人だろう?どんな景色だろう? 何を特産物にしてるんだろうって・・・出来れば美味しい物食べて過ごしてみたかったんだ。

「ポネリーアは海に面した首都だけあって、この大陸では一番大きい都市だ。貿易に精通し、陸・海側の検問所でもちゃんと審査して通る者を識別する・・・だから内部から結界を解除される事は今まで無かったんだがな」
 
 ポツリとイルさんが言葉を零す。口を噛み締め、表情に悔しさが混じったような雰囲気をさらしていた。

「そうね。私達は特に安全な王宮で暮らしていたから、その問題を解き出せる事が出来なかったんだわ。町に出て何か分かると良いけど」
「大丈夫だよ、リア様。僕等はこれからそれを探し当てるんだ。その後修復していったらいい」

 フリージアちゃん、ライさんの言う通り!
 私も手伝う!!と、そう希望を込めてニャアアと鳴いた。

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012 ガウラの独占欲

2010年02月28日 12時55分58秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 目を覚ますと目の前に4人もの人の顔があった。

「ニャアアアッッ(エエエッ)」
「リオ、おはよう」
「ニャア、ニャアア(おはよう、ガウラ・・・って、この人達は・・・)」
 
 どっかで見た事あると、全部言う前にガウラから真っ先にサッと胸に抱き寄せられる。私の両頬と鼻の頭にキスを一つづつ、挨拶のついでとばかりに頂戴した。ガウラは朝の光に照らされて、黄褐色の髪が心なしか輝いている。
 半端無い程の輝きに不思議に思い上を見上げると、屋根が無くなった状態の大穴から澄み切った青空が見えた。鳥達のさえずりも聴こえる。どうやら熟睡して一日が経っていたみたい。ムムムッと唸りながら昨日の事を思い出すと、腹の虫がグゥゥっと部屋に鳴り響いた。

「リオ?」

 ――私のお腹ってば、なんて正直な奴っっ!!
 心配気に訊ねてくるガウラに、顔を引き攣りながら何か話題は無いかと喋り出す。

「ニャアアッ(ガウラ、今日もカッコ良いね!!)」 
 
 時と場所を選ばない、尊大だろうと主張する己の腹の虫をごまかす。するとガウラはその意図を汲み取りやんわり答えてくれた。

「リオに褒められるのがオレの一番の励みだ。お前も可愛い」
 
 私の顔が少し変形するくらい頬ずりされていると、後ろから声が聞こえた。 

「あのっ、」
「いつまで自分達の世界に浸るつもりだ」
「おはよう。そして久し振り、覇者殿。元気にしてた?」

 その様子を見守ってた人達の中に、何処かで見たような顔ぶれが揃っていた。寝起きの頭を必死に働かせていると、女の子が顔を赤くして近づいて来る。

「お、おはようございます。覇者様」
「ニャ、ニャアアッ(あっ、あの時のっ!)」
「リオ?何処で会ったんだ?」
 
 ガウラに問われ、確か初日に此処へ来た時にあった女の子と、騎士さんだよと伝える。女の子はお姫様で、銀髪の人がイルさん、金髪の人がライさん。ちらりとお姫様を見ると、お人形さんみたいに綺麗で可愛い。
 もっと喋りたかったんだ! とウキウキして身を乗り出し、毛むくじゃらの白い手をそっと近付けてみると・・・

「姫、お下がり下さい」
「イル、ホントに殺されちゃっても知らないよ」
 
 いつぞやの二人の騎士がしゃしゃり出て、イルさんが私の手をペイッと軽くはたく。
 
 ――テメッ!!私とお姫様の触れ合いを邪魔する気か。
 そうだった、前もコイツはこうやって私の事を苛めて来たんだ。デコピンの事を思い出し、眉間に皺を寄せてウウウ・・・っと唸る。
 ガウラも私の不機嫌な心を読み取り、彼らに応戦しようと手を出そうとした矢先。 
「ワン!」ッと一触即発の場を静めるかのようにディルが吠え、皆が王様に目線を合わせた。
 
 先程の空気を振り払い、慌てて二人の騎士も跪き王様の発言を待つ。
 ちなみに今日の王様の服は昨日の赤い服と違い、上下黒の服に白いマント。やっぱり所々に宝石が散りばめられてキラキラしてる。宝塚並みだ。元々の顔も美男子でカッコいいときた。本人には絶対言わないけどね。

「交流を図るのも良いが、今はそれ所じゃない。覇者殿のリオと守護獣のガウラには腹をこしらえてから町の被害地区へ向かって貰う」
「ニャ?(私?)」
「国王、今のリオが町に出て急には民を救う事が出来ないかもしれない。それでも良いか?」
「ああ、人命救助に町の復興、それは我が国の騎士や兵士が行っている。リオにやって貰いたいのは、前にも言った通り被害に遭った民の心を救って欲しい」

 それって、多分向こうの世界で言うカウンセリングの事かな?
 心の治療をしろって事だろうか? 話を聞く事は出来るけど、専門知識を用いたアドバイスなんて出来ない・・・ガウラが居てくれるけど猫の自分に出来るだろうか。
 少し不安になって王様を見つめた。焦げ茶色の瞳が優しげに見つめ返してくれる。

「純白の白い猫であり、且つ覇者殿とくれば周りの者の心はそれだけで心救われる。大丈夫だ。向こうには私の部下のエヴァディスも居るからな。サポートしてくれるだろう」

“エヴァディス”という言葉を聴いて、騎士二人とお姫様は体をビクッと動かし反応する。王様の腹心の部下だって言ってた人だよね。そんなに怖い人なのかな?
 とりあえず王様に了承したと言う風に頷いた。


 ****

 兎にも角にも先ずは腹ごしらえと言う事で、皆で食堂に赴く事になった。
 流石にここに食べ物を持って来る事はしないようで、歩こうとポテポテ移動したら、ガウラに呼び止められごく自然に抱き上げられたまま廊下を移動する。

「ニャ??(ん??)」
 
 後ろから視線を感じる。振り向くとお姫様だった。
 さっきはイルさんに手をはたかれて、全然喋れなかったけど。その事を引きずってかおずおずと向こうから近づいて来て、翡翠の瞳を潤ませながらコッチを窺い、話しかけてくれたんだ。(この娘メッチャカワイイ!!!)

「あ、あの覇者様・・・」
「ニャア、ニャアア!(私、リオって言います。仲良くしてね、お姫様っ!!)」
「覇者様は何て言っておられるのですか?」 
「名前はリオで、ぜひ仲良くして欲しいと言っている」
 
 ガウラは腕の中で興奮気味に話すリオを見て、微笑ましくなりながら通訳する。その内容に安心してお姫様は自己紹介してくれた。

「私の名前はフリージアと申します。リオ様、こちらこそどうぞよろしくお願い申し上げます」 

 ニコッと微笑まれながら喋ってくれる。おおお女の子の友達ゲットした!! 
 小躍りしそうな衝動を抑えて機嫌良くニャンニャン♪ と歌っていると、二人して喉を優しく撫でてくれた。


 半壊した東の離宮から出て中庭を通り、中央にある本殿と繋がった西の別棟へと移動する。
 私やガウラ、王様とディル、フリージアちゃんとイルさん・ライさんは兵士や侍女が使う一般食堂に赴いて来たのだ。今の時間は丁度朝食を食べる頃合いだったらしく、10人くらい座れて、沢山ある縦長のテーブルにはチラホラと兵士がスープやパンを食べていた。

「邪魔するぞ」
「・・・!! ブベッ、ゴホゴホッッ、へっ陛下!!おはよう御座います!!!」
「「「「おはよう御座います!!」」」」
「おはよう」
 
 黒い服を着て存在感をアップさせた国王に肩を叩かれ、パンを喉に詰まらせる。胸を叩きながら素早く席を立ち、涙を目に滲ませ敬礼した。
 それに気づいた兵士達もガタンと一斉に椅子から立ち上がりそれに続く。眠気まなこが一気に覚めて仕事モードに切り替わり、是非座るよう促してきた。

「こ、こちらで良かったらどうぞお座りになって下さい」
 
 丁度真ん中で陣取っていた五分刈りの彼は、猛烈の勢いで食器類を一番端の席に移動して、空いた隣の席を勧める。

「言葉に甘えるとしようか。さあ、お前達もここに座れ」
 
 ハッ、ハイ!と部屋を見回しながら続いて入って来たのはこの城の主である国王の一人娘であるフリージア姫。広げた翼を畳んだディルも続いて入る。続いて近衛騎士のイールヴァとライウッドが入って来て一同騒然とした。
 兵士の彼らからすれば騎士になるにも大変で、そればかりか王族と王族専属の騎士の二人が現れたのだ。知・武・精神、全てを備える高いステータスを持つ者達は、王族を近くで守る近衛騎士団に引き抜かれる事もあり、常に主を守らなければならない。兵士の訓練に出る事も無く、遠巻きながら雲の上にいる彼らを眺める事になる。
 羨望の眼差しが向けられた後、一人の人間に抱き上げられた、純白の猫が食堂に入って来て騒然となった。

「し、し、白い猫・・・神の使いだ・・・」
「うわっ金色の瞳。それに毛が真っ白い」
「もしかして陛下の言ってた覇者殿があの猫・・・??」
 
 辺りがざわつき出した頃、気をきかせた兵士の一人が国王らの為の朝食は何が良いかと厨房に訊きに行くと、奥の部屋から一人の男性が出て来た。

「あ、お早う御座います、陛下。わざわざこちらで食べずとも、私達が部屋までお運び致しますが・・・」
「いや、あまり時間が無いのでな。それに私も久しぶりにここで食べたくなって来ただけなのだが、いけなかったか??」

 首を横にブンブン振って答える。

「いいえ、どうぞ心ゆくまでご堪能下さい!! では、朝食のメニューをお運び致し・・・あっ」
「「「「「あ?」」」」」
 王様、姫、近衛騎士二人、ガウラは同じく反応する。

「ニャアッ(平凡仲間のマットさんっ!!)」
 
 ガウラの腕からピョンッと白い服によじ登る。
 心の中にある、私の平凡レーダーの針が振り切れる。
 彼にニャアニャアと甘えてたら、後ろから長い腕が伸びてきてベリッと剥がされた。 

「さぁ、リオ朝食にしよう。マットさん、悪いけどこの子の分のご飯も用意してくれるか??」
「(どうしてオレの名前を??)は、はあ。スグに皆さんの分の朝食もお作りします」
 
 微笑んではいるがガウラの琥珀色の目が早く逝け!! と告げてる様で、マットさんは口を引き攣らせ厨房の奥へ引っ込んでしまった。そのやり取りを見た私はガウラに反論する。

「ニャア、ニャアアア(ガ、ガウラァッ!マットさんともっと喋りたかったのに・・・)」
 
 文句もそこそこに、強引に膝の上に乗せられて朝食を開始した。

 朝食メニューは目玉焼きとサンドイッチに野菜のスープ。デザートはオレンジ色したメロンに似た果物だった。(コッチではパマロンって言うんだって!!)
 ガウラはフォークとナイフを最初は上手く使いこなせなかったけど、皆が使う様を見てゆっくりだがスムーズに扱える様になってた。聞くと刃物類は早く使いこなさないとこれから支障が出るからだって・・・
 当然私は食べれそうにないので我慢した。後でガウラにデザートを貰う事を期待して。
 給仕してくれたマットさんと目が合うも、ガウラの鋭い眼力で話すこと叶わず。とりあえず彼の膝から降りて、床の上にミルクの入ったお皿を置いてくれたのでそれを舐める。

 ディルと私は床の上で食事中。ディルはミンチと魚をミックスして丸めて煮詰めたカレー風味の団子みたいのを食べてる。カレー肉団子(リオ命名)、さっき味見させて貰ったらムチャクチャ美味しかった!! 見た目カレーにそっくりなルーがかかってるのに、味はやっぱり違ってたんだけど。コッテリしてるし一口でもう良いやってなって、多分猫の体に受け付けないんだと思う。もし人間に戻ったら今度はいっぱい食べさせて貰うんだ!! 王様に強請ってみよう!
 
 ガウラの後ろでペロペロミルクを舐めていると、横から小さく千切った柔らかな干しブドウパン(見かけそっくり)を誰かが差し出してくれた。

「ニャ、ニャアアッ(マットさん!!)」
「お前が覇者殿だったんだな。オレ、知らなかったよ。さっき仲間に聞いたんだ。」
 
 お前意外に凄いんだなって頭を撫でてくれた。ううう、平凡仲間のマットさん。
 ハラペコだった私は、貴方のお陰で行き倒れにならなかったんだよぉ。
 感謝の意を込めてマットさんの手をペロペロ舐める。

「お前、俺の手がそんなに美味いのか??そんなに美味しいならオレのとこの子になるか??」

 人の良さそうな、それでいて深い愛情に自分のお父さんと重なる。
 しゃがみ込んで頭を撫でられるから。
 その時ガウラの存在をスッカリ忘れてしまった私は、寂しさと悲しさを忘れたくてついウンと返事をしそうになった。その次の瞬間――氷点に達する勢いでピシピシ空気が凍った。

 な、何事?とキョロキョロ辺りを見回すと、ガウラが物凄く怖い顔で私達二人に近づく。テーブルの上には空になった皿の上に、ブリザードで山の様に作られたてんこ盛りのかき氷が見える。
「うわっ」と焦った声が聞こえたので視線をマットさんに移すと、足元から膝にかけてピキンと凍り――追い打ちをかける様に頭上から出現した鋭利なツララが、棒立ち同然のマットさんの鼻先を掠め「ドスッ!」と音を立てて足元の床を貫いた。
 シュウウと音を立てて突き刺さっているツララから、互いに下げていた視線を上げると

 不 動 明 王 だ。
 ガウラの背後に剣を持った険しい顔のお不動様が降臨した!!
 袋の中の鼠とはこの事か?平凡同士では足掻くこと叶わず。
 お互い声にならない悲鳴を上げながらガタガタ怯え、ガウラが静かにマットさんに対峙して、一瞬で肌を凍らす様な氷の眼差しを向ける。皆が固唾を呑み見守る中、聴くのも恥ずかしい言葉が放たれた。 
 
「リオはオレの(主)なんだ。将来を誓い合った(守護獣の)な。体の関係(血による契約)も持ってるんだ。――悪いけど他、当たってくれる?」 
 
 事情を知らない人が聞けば、誰だって勘違いしそうな台詞をガウラは口にした。
 周りの人間にハッキリと聞き取れる声で発すると、ウオーーーッ!! と遠巻きに見聞きしていた兵士たちの、盛大な雄たけびが聞こえる。
 そうだね。ガウラは私の守護獣だしね。将来・・・まぁその事で一応は誓い合ったよ?? でもコレってあの、婚約を誓い合った者同士がする文句じゃないの?!

“体の関係”って何なの。猫と人間が何か出来るとでも????
 ガウラとは昨日会ったばかりだったジャン!! その時は友達だったでしょうーが!! 
 プロボーズ並の恥ずかしさに転げ悶えてたら、抱き上げられて口やら頬にキスの嵐。口の周りにミルクが付いた部分も、丹念に舐め上げられる。マットさんはポカンとして、王様とディル、騎士二人は呆れていた。

「ガウラ、お前少し独占欲が強すぎないか?」
 
 三人でのやり取りを見た王様は、フォークとナイフを置いて注意をしてくれる。
 KY<空気読めない>ガウラにもっと言ってやってっ!! もう頼れるのは王様しかいない!! 

「さあ、これが普通じゃないのか??」
 
 至極当然・余裕綽綽と答えるガウラ。はっ、はあーー??
 えっ、これでフツーなのっ??!思わず卒倒しそうになり目を回す。

「気が昂るとお前の魔力が暴発するぞ――これはリオにも言える事だな。
 しかしお前の属性は氷か。これは覇者殿に続いて貴重なモノを見れたな。氷は水の魔法の進化形じゃないのか?」
 
 言うと王様は皿に盛ったかき氷をスプーンに乗せて口に含みながら、少し羨ましそうにガウラを見た。魔法の進化形・・・?なんじゃそりゃ??
 不思議に思いつつ,ガウラの腕から何とか抜け出せないかなーって足掻いてみたけど強い力で抱きしめられて抜け出せないっ!! フンッフンッ!!

 すると目が合ったフリージアちゃんは顔を真っ赤にして

「えっと、いつから二人・・・御二方は付き合ってたのですか」
「オレが守護獣になってからすぐかな」
「ニャアッ(なっ!!)」

 サラリと嘘を付くガウラ。
 ムォオオーー!! 
 ちょっ、ちょっとフリージアちゃんに何て嘘を付いてんのっっ!!
 反抗するために腕に爪を立て、ガウラの服を軽くかじってやった。

「守護獣になる前は本当に親しい友達が出来たと思ったんだ。だけど今では・・・」
 
 ホワァアアアッ、ま、待ってぇ、そ、それじゃあ私がした事は―――

「四六時中傍に居ないと落ち着かない。だから友達と言うより・・・」
 
 そう、家族!家族愛!!ガウラの独占欲はきっとシスコンみたいなもの!! そう言ってくれっ

「愛しい女だ。世界で一番愛してる」
「ニャガッ(ふへっ)」
 
 顔を赤く染めて告白してきたガウラ。何も皆が居る所で言わんでも良いのに。
 ていうか、皆に凝視されてる。え?私がガウラを誑かしたの?? 
 私、猫であり悪女決定??
 何とも言い難い雰囲気の中、王様にかき氷を貰ったディルがガツガツとかき氷を食い漁り一言。

「ワフッワフッ!!(ノロマ猫、お前悪女の道へ一歩前進したな!!)」 

 い、異議あり!!





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011 リオのトイレ事情

2010年02月28日 11時47分13秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 ガウラに服を頂ける事になったので、番兵さんが戻って来るまで元、閉じ込められていた牢のある部屋で三匹(?)と一人は話していた。
 ピリマウムの自己管理・呪い等を感知する能力、守護の魔法は自分で判断して発動出来ないと、ガウラを介して伝えて貰う。

「不便な事には変わりないんだな」
「ニャアアッ(女神さまだって万能じゃないんだよ、きっと)」
 
 一言も漏らさず通訳するガウラに、笑いを堪えながらも王様は納得してくれたみたいだ。どこかヌケてる所か大分大ヌケしてる女神さま、チョット親近感湧いちゃうよ!
 
「ではガウラは本当にこの国の結界には触れていないと?」
 
 窓が一つしか無い、石造りの牢屋の中で簡易テーブルと椅子を用意して座り、この場を仕切って次々に尋問してくる王様。
 ホントは他の番兵の人がする決まりとなっている。しかし覇者である私と、その守護獣には王宮で一番腕の立つ者が取り締まるのは王様が妥当だろうと言う事だ。例外中の例外らしい。

「勿論だ。ここに来た当初オレは足を怪我してただろう。完治してないのに人間が沢山いる場所でヒトを撒くなんて自殺行為はしない。国の内側なら尚更な」
 
 すらすら喋る裸状態のガウラ。寒くない??王様のマントを貸してあげてよっ!
 そう目で訴えるが、知ってか知らずか無視された。

「そうか、ではあの商人は何処であの宝石を見つけた? 翻訳機能について、アレは人間には作る事が出来ない代物のはずだ」
「それは確かなのか?」
「呪いが無いにしろ、獣がハヌマ語を話す芸当が出来る魔力を込めれるのは、世界中探したって人では作る事が出来ない。錬金術が得意な森の居住人コロボックルなら或いは・・・しかし手先の器用なコロボックルは魔力を全く持たないからな」
 人間である可能性―――王様は逆立ちしたって人間には無理であり、そこ迄の技術はこの国には無いとそう伝える。つまり国境を越えようが越えていまいが、この世界では到底作り出せる人物など居ないと結論付けたのである。人間ではなく、この世界の住人では無いもの、それは・・・

「魔族か・・・宝石の出所はまぁ置いといて、結界を国の中から破いた者が誰か分からない」

 これが分かればなーーと王様は溜息を付く。

「知らん。オレが捕まった時はもう奴は加工した金属に宝石を取り付けてあったんだ。オレが動けぬ様に手足に鎖を付けて、勝手に実験して一人で大喜びしていたしな」

 自嘲気味に言葉を言い放つガウラ。きっと屈辱を感じさせられたんだろう。
 そういえば、ガウラと一緒に居た商人風の人は何処行ったんだろうと辺りを見廻す。すると王様が「別室に捕らえている」と足を組みまた溜息を放った。
 ムムッ、王様は私の動作を見て理解するのが上手いな。だったら裸のガウラにもマントを!!! そう主張するために王様のマントを齧ると、膝の上に乗せられてマントにフワッと包まれる・・・嗚呼暖かい、じゃなくて。ガウラにあげて!!
 ぐったりして二人の質疑応答を王様の膝の上で聴き、窓から風が体に当たると体が震えてきた。アレだ。もよおしてきた。

「ニャア(トイレ貸して欲しいな)」
 
 この大事な時になんだけども、躊躇してられんっ。万一粗相をしたら、何を言われるか分かったもんじゃないしね。
 毛むくじゃらの手をポスポスと、王様の腕を軽くたたき恥を忍んで訴える。

「リオ、“トイレ”とは何だ?」
 
 私の言葉を一つも聞き逃すまいと耳を傾けたガウラは、初めて聞く言葉にキョトンとして聞いてきた。 
 ・・・悪気の無いその端正な顔も、今は少しばかり憎い。
 わ、私この世界来てからまだ一回も用を足していないんだよぉ。そろそろ我慢の限界なんだ。一秒でも惜しいが、モジモジして喋り出す。

「ニャ、ニャアア(うっ、あの、排泄をする場所というか・・・用を足す場所って言うか)」
 
 恥ずかしくなって俯く。
 今のガウラは人間だから裸だ。
 裸の状態のガウラは王様の膝の上でくるまっているマント外をして、私をゆっくり抱き上げてくれた。最初は申し訳ない気持ちで遠慮してたんだけど、ガウラが止めてくれないからもう為すがままにされてる。“トイレ”について理解して貰える様に、噛み砕いて説明すると納得してくれた。

 ガウラは頷き、自らが排泄をしていた砂が在るらしき処まで連れて来てくれた。
 牢屋の中の隅に砂場が置かれていて石の入れ物で隔たれている。そこに糞尿を置いておく。
 尿だと汚れた砂が固まって処理しやすいとのこと。砂自体に消臭効果があるらしく、この上ですると匂いが全然気にならないらしい。
 後は牢番の人が掃除してくれるので、衛生面では問題が無い。恥ずかしいけどこの際文句は置いといてガウラの腕から跳び下り、さあしようかなと思ったら・・・

 ・・・・・・・・

「どうした?リオ」 
「ニャア、ニャア(あのね、ガウラ)」
「心配要らない。リオが“トイレ”をしている時は、片時も目を離さずにここに居る」 
 
 使命感に溢れんばかりに意気込んで、任せろと胸を叩いて見せてくれた。後光が射して瞳が輝いている。 
 
 マ、マジで??!
 駄目だ! ココで流されたら、これからずっと“トイレ”は見られながらする事になるっ!  私は人間だったから、プライドや羞恥心もきちんとある。つーかまだ乙女の心も持っているハズ!!! 幾ら友達で守護獣でもあるガウラに、その申し出を断ろうとしたら・・・

「リオ、どうした?用を足す場所は其処だろう」
「ワンワンッ(さっさとしろよ、このノロマ猫!)」

 忘れてた――!!!! 
 王様と黒犬ディルの存在を忘れてた。
 そうだよ、こいつらまで居たんだった!!
 ヤツラは私の心知らずと言った感じで、特に何も問題無いと言って排泄を促す。
 王様にはまだ私が以前人間だったことを告げていない。つーか知られたくない。知られたら絶対今までよりからかってきそうなので、ガウラにもこっそり口止めしといたんだ・・・
 うううう、排泄が出来ない苛立ちと、気がきかない男達(?)に我慢の限界で体がブルブル震えてきた。

「リオ、“トイレ”が出来ないのか? オレが手伝おうか??」
「へぇ、何故か知らんが私も手伝おう」
「何・・・!?オレの主だ。国王は黙ってて貰おうか」
「ワンワンワンッ(ノロマ猫!!てめぇ国のトップである俺の主に排泄を手伝わす気か!? てめぇの尻ぐらい自分の守護獣に拭かせろやっ)」

 ギャンギャン騒ぎ出した男達。
 全裸で胸を張り主の用足しを手伝おうとするKY<空気読めない>な守護獣。
 国王なのに、私に対してはイマイチ高潔さが滲み出ない傲慢な王様。
 王様にのみ従順に付き従う口の悪い守護獣のディル。 
 彼らの一方的な話しかけに私は遂にブチ切れた。

 ゴゴゴゴ

「??何だ、この音は」
 
 王様が一番に奇妙な感覚に気付く。
 空気中で水分が一か所に集まり出した。この不自然な感覚にガウラとディルも戸惑う。
 
「リ、リオ、大丈・・・夫・・・か・・・??!!」
 
 背を向けていた三人が私に振り向いた時、私の体の周りに数多くの水色の粒子が立ち昇る。異常な魔力の高まりに、神経は冴え金の瞳がこれでもかと一際輝くと言葉を放った。

「ニャアアアッッ!!!(この部屋から出て行って!!!)」

 その言葉を放った瞬間、ピカッと目の前が光りシッポの毛も逆立つ。すると私の背後から3m位はある部屋一杯の、水の波と思しき高い壁が現れる。
 コンマ三秒――――水に飲み込まれた瞬間は溺れると思ったのに、ザプンッッと勢い良く流れ出す激しい水の奔流は、三人だけを息つく暇も無く飲み込んだ。その流れは川の流れの如く一定で、部屋の外へと促す様に流れ出す。誰も居なくなった時、少しの間ポカンとするが。
 不思議な事に私自身は全く濡れず、結果的に今この部屋には私しか居ない。チャンスだと思い、急いで砂場へ一直線に駆け出した。


 ******

「フニャア・・・(何か疲れた・・・)」 
 
 さっきは水が出て来たけど、肝心の砂場まで流されなくて良かった。アレには自分でもビックリ仰天したから。
 ゲッソリして砂場を後にする。とりあえず使用した場所は他の砂でなんとか隠した。先程の事を思い出しウムム、と唸りながら毛繕いし出す。ペロペロ舐めていた時に、「リオッ」とビッショリ濡れて叫びながらガウラが入ってきて(まだ全裸だ!!)次いで王様、ディルが部屋の中にヨロヨロしながら入って来た。

 番兵の人が牢屋に戻る道中、廊下がビショビショに濡れていたので怪しげになりつつも部屋を覗くと、砂場と猫が居る場所を除き辺りはびしょ濡れだった。呆気に取られ周りを見渡すと、犬一匹と裸の人間ガウラ、それに自らの国王まで濡れ鼠と化していたのだ。
 王様の鷲色の髪からはポタポタと水が滴り落ち、国一番の仕立て屋からの特注品である赤い服も水をたっぷりと吸った為クスんだ色に様変わりしていた。
 声にならない悲鳴を上げて、慌てて自ら使っていたマントの留め具を外すと国王に風邪を引かせないようにとの配慮で手渡す。持って来た服をガウラに預けて、体を拭く布と毛布・そして王様の着替えの服を取りに戻る為に再び引き返してくれたのだ。・・・取りに戻るより、私達が移動した方が早かったりして。

 何らかの力で水を発現させたのは、やっぱり私・・・なのかな?
 王様とガウラを見てチョッピリ罪悪感を覚えたので、私のトイレ事情を踏まえながらガウラに謝罪する。すると彼は優しい動作で私を抱き上げて、気にしてないと返事してくれた。さあ、後は王様とディルに謝罪を!!という事で喋り出す。

「ニャ、ニャオン(王様、ディル、さっきはゴメンネ。トイレしてる所見られたくなかったんだ)」
「?何て言っている??」
 
 水を吸って重くなった自らの服を脱ぎ、上半身裸になりつつ借りたマントを羽織る。裸を視界に納めないように、王様の目を出来るだけ見る。・・・ガウラの下半身が見えちゃうから、出来るだけ俯かない様に気を付けてるんだ。

「申し訳ないと言っている。後、排泄は他人には見られたくなかったと」
「・・・そうか、悪かったな。以後気をつけよう」
 
 王様とディルにペコリと頭を下げると分かってくれた。そうだ、ここらで王様を持ち上げてみようじゃないか!! 気分転換に良いかも知れない・・・と自分の肉球の手を合わせ、スリスリ擦りながら王様を褒めた。

「ニャア、ニャア!!(王様、水も滴る良い男ですねっ!カッコいい!!)」
 
 右手を挙げて精一杯おだてる。
 ガウラにさあ、通訳して!と期待を込めて頼み込んだ。

「!!・・・国王の服のセンスが残念だと言っている。水に濡れて良かったなだと」
「・・・・・その通訳嘘だろう?」
「ワンッ(アホか)」
 
 慌てながら首を振る私の動作を見てから、悪びれも無く話すガウラを見て王様が話の内容を嘘と見抜いた。
 ディルは呆れ返りそっぽを向く。
 本気に取っていない王様の態度に、ガウラが拗ねたのは言うまでも無い――


 水を拭く布と毛布を持って来てくれたので、二人は布で体を拭いてから服を着替えだす。この世界の基準てまだ知らないんだけど、王様は元より、ガウラの服も結構高価そう。
 シンプルなデザインだけど、生地は丁寧に編み込まれた糸で生成されてる。腕や胸にもポケットが付いていて機能的にも使いやすそう。靴は踝より上にあるブーツで全身の見た目もセンスが良い。
 薄い緑色で全身は整えられて、どちらかというと私の世界の簡単ミリタリー風なイメージを思わせる。誰かの貰い物かな?とチラリと王様を見ると「私の昔着てた私服だ」とのたまった。
王様のお下がりっっ??!!とりあえずお礼のつもりで王様の手を一舐め。その後、瞼が重くてつい眠っちゃったんだよね。王様の膝の上で・・・

 うとうとし出してから何分経っただろう。
今私は王様の膝の上で丸くなっています。体を優しく撫でられて夢見心地。頭の上で何やら色んな声が聞こえてきた。

「お父様・・・あの、この御方が覇者様なのですか?」
「そうだ――と、何だお前たち、姫の護衛をしてろと命じたのにこんな所まで来て。・・・後でお仕置きだな」
 
 ――腕を組んでる王様の顔は笑っているのに目が怖い。 
 溜息を吐きながら腕の中にくるまっている白い猫の背中を優しく撫でた。

 理緒が寝ている時に三人は離宮の牢屋に着いた。
 最初地べたにマントを敷いて座っていた国王を見て、顔面蒼白状態になっている牢番の兵士に事の成り行きを聞き、何が必要か考え、二人の騎士によって国王が快適に過ごせる様に急いで運び出されたのだ。

 ランプに明かりが細々と付けられてはいたが部屋の雰囲気は暗く、お世辞にも華々しいとは無縁の牢屋だったのだが・・・本の字が読めるか読めないかの暗さの部屋が、今では天井に穴が空き、ポッカリと照らし出された月のおかげで更に明るく幻想を誘う。
 石の壁で構造されてる建物で、冷たい温度が伝わる壁や床も暖炉に点けた炎で体は温かい(フリージアの魔法によって火を点けて貰って、即効部屋の中の水も蒸発してもらった)

 豪華な絨毯の上で、クッションを下に引きながら寛ぐ王様と猫。本来の質素な牢屋が一瞬にして快適な場と化したようだ。
 王様の横で欠伸をしているディルもうつらうつらと船を漕ぎ、主より先に眠らんと粘っている。
 この場に相応しくない異様な雰囲気で王様を睨みつけているリオの守護獣ガウラは、渋々ながらこの一時に身を委ねていた。

「異世界の覇者だな。純白の猫はこの世界に居ないのは知ってるだろう?神の使いと称される伝説の“ユキハル”と同じだ。かつて世界を救済した純白の猫・・・名前こそ違うがこの私の定める御世に使わされた。きっと間もなく新たな始まりの時代がやって来る」

“ユキハル”・・・とフリージアは繰り返し口にする。

「それは良い意味での事ですよね? 期待しても良いんですよね??」
「勿論だ。その証拠に、早速この私の度肝を抜きおった」
「え?」
 
 猫に視線を向ける父の目元が一瞬鋭くなる。自らと話す時はその激しい気を極力抑える為か、いつもは穏やかなのだ。きっと、父がソレを隠そうとしない何かの理由があったのだろう。

「猫の名前はリオと言うらしいのだが、小さくてもその体に秘めたる魔力は膨大だ。私よりあるかもしれん」
「その、お父様よりもですか? 幾ら覇者様でも、お父様よりはそんな・・・?」
「お前達は見なかったのか?金色の守護結界を突き抜けた光の柱を。あの結界は生物や攻撃魔法を全て弾く第一上級魔法――しかも私が作り上げた守護結界だ。アレが全てを物語っているとは思えないか?」
 
 父が指し示す方向を見て三人とも驚愕する。天井の大穴を突き抜けて、金色の結界までも穴が開いている。決して破られる事は無いだろうと自負していた自尊心が打ち砕かれたのだ。 

「・・・!!」 
「最強の名をリオに返上しないとな」

 実際、リオが放つ魔法を防げなかったからなーーと呟く。傍らにいるディルは悔しげにキュウウンと一鳴き。己の守護獣の背を優しく撫で大丈夫だと諭してやった。
 久しく見ていなかったとはいえ、水の魔法をまともに喰らったのだ。しかも無詠唱。もしこれが炎や雷の魔法なら今頃命は無かったかもしれない。

「そんな馬鹿な!! この国のかつての最強魔法騎士である国王陛下よりも魔力が上だなんて、この世界には有り得ない!!」
 
 国王の言葉に銀の髪の騎士、イールヴァは驚きに声を荒げた。この間抜けそうな猫が・・・と顔を歪めて小さく呟く。

「イル、言動に気をつけろ! 陛下に対してそんな言葉使いは、幾らお前でも許されるものじゃない」
 
 ライウッドは幼馴染のイールヴァを窘める。信じられない気持ちは己自身もあるのだが、陛下の言葉を偽りと取るのも臣下としてどうかと親友を諭す。
 理緒の近くで座っていたガウラはイールヴァが放った先程の小さな罵倒の声を一言も聞き洩らさず耳にしていた。人間よりも聴力に優れ、ハッキリ聞き取ったガウラが眼力を鋭くしてイールヴァを睨みつける。

「な、何だお前。何者だ?」
「リオは早速水の魔法を無詠唱で発動した。お前達人間や魔術師で水の魔法を唱えて発動させた者はいるのか?・・・“カイナ”であるオレの名前はガウラ。リオの守護獣だ」

 眼力で人を射殺せるような眼差しをイールヴァに向けた後、国王の腕の中で瞼を閉じて夢を見ている猫に視線を移す。するとその眼力は嘘の様に惚けて慈愛に満ちた微笑みをリオに向けていた。

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010 解き放たれた力

2010年02月28日 11時37分55秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 あれ・・・私はどうしたんだろ。
 さっき迄ガウラといなかったっけ?
 この光眩しいよ。直視できない。

 ん??ココは・・・私の家だ!!
 はあ、やっと帰ってこれたのかな。
 あ、陽兄ぃだ。太一兄も、お父さん、お母さん。あれ、笹井もいるじゃん。
 
 ただいまっ! もう聞いてよ。私、今まで変な夢見ててさぁ、向こうの世界で猫になってたんだよ・・・どうしたの?? 皆暗い顔して。お母さん、泣いてる? 泣かないでよ、私ココにいるよ。
 
 私が見えないの?? 私はここにいるのに・・・
 お父さん、陽兄ぃ、太一兄ぃも、どうして泣きそうな顔してるの。

 泣かないでよ。皆には何時も笑って欲しいんだ。

 向こうでは私、猫の姿だけど
 どうやって帰るかわかんないけど
 今は無理だけど、いつか絶対皆の居るこの世界に帰ってやるんだから。
 そしたら笑って出迎えてよ。 


 だから・・・待っててね



「リオ・・・」
「ニャ!!(はっ)」

 気付くと眩い光の中に居た。どうやら少しの間気絶してたみたい。
 ヨロヨロと顔を上げると目の前に端正な顔のナイスなオニーサンが居た。誰だっけか分からなくて上から下まで眺めると。

「・・・!!!!」 
「リオ、どうしたんだ??どこか具合でも悪いのか??」 
「ニャ、ニャアアアアアッッ(ちょっ、ちょっと服、服着て服!!!)」

 全裸だーーー!! 
 取り乱してわたわたしてると不思議そうな顔でこちらを見やる。
 羞恥心知らないの? 一体全体何がどーなって、貴方はどちらさん??
 真っ赤になった顔を心配げに覗き込まれ、沸点に達しそうになる。言いたい事が出てこなくって腕から慌てて跳び下りたが――
 
 ボトリ

「フギャッ」
「リオッ」
 部屋に間抜けな音が鳴り響く。焦って腕から抜け出たため床に顔から突っ込んだのだ。鼻が痛くて悶絶していると、背中に暖かい温度と胸の鼓動を感じた。

「ニャ・・・!!(ヒャアッッ)」
「大丈夫かリオ、オレはガウラだ」
「ニャアアッ(エエエッ!!!)」
 
 その言葉に驚いて腕の力を抜く。体に回されてる指は人間独特の物だ??
 ゆっくり正面を向けられて、顔を見合わせた。
 髪は黄褐色で首元までの長さ、瞳は琥珀色・・・ホントだ、面影がある。優しげな顔、蕩ける様な眼差し・・・
 ぶつけた鼻を優しげに撫でてくれるガウラを見上げる。ガウラを人間にするとこんな感じなのか、眼福眼福。ゲプッ

「リオ、オレはお前の守護獣になったからあらゆる力が増幅したんだ。獣は勿論人間との会話も成立出来るし、こんな事も出来るようになったんだ」
 
 そう言うと私を優しく地面に下ろすと神経を集中させて、姿が歪んだかと思うと獣のガウラに戻ったのである。それをポカンと眺めていると。

「よし、服とやらを奴らに貰うとするか。行こう、リオ」 
 
 のそりと動き出す。
 私もガウラについて行こうとすると、光の柱は消滅した。魔力の込められた石の入った金属は、光の奔流に巻き込まれ見るも無残な状態。宝石の部分はひび割れていた。
 私が近付いて触ってもピリマウムは反応しない。壊してしまった事で、ホンのちょっぴり罪悪感を感じてしまった。
 明る過ぎたその部屋の全貌が窺えてきた。さっき迄あった牢は壊れて、天井に穴が空き、崩れた屋根から月が見え、ポッカリと部屋を照らしだす。

(・・・お月見が出来・・・ゲフンッ)部屋の中が半壊してるよ。 

 まず月を確認した時点で、月の中のウサギがペッタンペッタン餅を付き、その出来た丸い餅を三角状に盛って美味しく頂いている自分が想像できた。
 ボケっとしてるとガウラに呼ばれ、涎を流しながら慌ててまた付いて行く。存在を忘れてた王様たちの安否を(一応)気にして周りを見渡すと、部屋の一角にクリーム色の保護膜を発見した。
 建物の崩壊に巻き込まれないように何か魔法でも使ったんだろうと推測する。
 その中に王様とディルは静かにこちらを見て、番兵の人は腰を抜かして驚愕の表情を向けてきた。

「覇者殿、カイナを守護獣にしたな」
「ニャ!!(ハウッ、何かいけなかったかな?)」
 
 腕を組み、結界を解除した王様が、呆れながら目線を下に向けてきたのでうろたえる。すると獣の姿のガウラがグルグル唸りながら、私の前に飛び出て威圧感たっぷりに憤怒する。

「我が主を脅すとは貴様、命が惜しくないのか」
「脅してなどいない――で? 覇者殿の名前と、お前の名は?」
 
 ガウラに睨みつけられても物ともしない。普通に問われてそれぞれ自己紹介する。リオに守護獣ガウラと。それからついでに王様の名前も聞いといた。
“ハシュバット・イリオス・ディッセント”って言うらしい。まぁ、私は王様って呼んでるけどね。
 それぞれ自己紹介した後、フーンとじっくり私達を眺めてくる。照れくさくてガウラに寄り添うと顔をスリスリ寄せられた。

「ニャ、ニャオオン・・・(ガウラ、くすぐったいよぉ)」
 なんかスキンシップ過多じゃないか? 守護獣という名の主従関係になってしまったから?シッポがぞくぞくする。すると王様が一言。

「覇者殿、いや、リオ。気を付けないと自分の獣に襲われるぞ」

「――やはり消してしまおうか。リオ、承諾してくれるか」
「ウーーー、ワンワンッ!!!(そんな事俺が許すわけ無いだろ!!)」 

 馬鹿め!! と罵倒し、背中に黒い翼の生えた犬ディルが王様の前に移動し威嚇して来た。頼むからガウラを煽らないで。ってか王様、何サラリとトンデモナイ事っっ!! それにガウラ、何気に人格変わってなくない??? 
 グルグル唸りだす守護獣ガウラに、何か気を逸らせようとして涙目になりながらペロリと頬を舐め上げた。

「ニャア、ニャアア!!(ガウラ、えっと服、服を貰おうよ!!ねっ?ねっ?)」
「・・・そうだな、リオにオレの格好良い姿を見せたい」
 
 人間ガウラが服来た所を見たいなー、カッコいいだろうなーと強請ると、怒りに満ちた表情がウソみたいに惚けてまたスリスリッと顔を寄せられた。

「そういうわけで国王、服を寄越せ」
 
 獣状態のガウラは下から目線でガンつける。一応この国の王様って事、ガウラ分かってるのかなぁ? 黒犬ディルの額に青筋が見える・・・

「人に物を頼む態度じゃないな。私みたいに謙虚な姿勢を見せないと―――」
 
 なぁディル?と王様を守るように佇む黒犬に聞いてみると、クウーーンと一鳴きして所在無げに困ったような声を出していた。王様の不躾な態度は、守護獣でもフォローしきれないと見た!!
 私がニヤニヤしていると、コチラをチラリと見て「まぁ、良いか」と腰を抜かしていた番兵の人に服を取りに行かせ、結局王様に服を貰う事になったのである。

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009 絡み合う運命

2010年02月28日 11時29分36秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 光の柱が建物を突き破り、更に王宮を囲っている金色の結界をも突き破って暗い夜空を果てしなく照らし出す。それを沢山の人が目撃していた。
 中央宮殿の自室にて、母と体を休めていたフリージアは窓から見える光の柱に目が釘付けになった。

「すごい、東の離宮から光の柱が付き出てるっ!!」
「あら、ホントねぇ」
「お母様、お願い。私見に行きたい! この目で真実を見届けたいの」
 
 興奮しながら話す娘に対し、のほほんと受け答するこの母は、こう見えてもあのハシュバット王の妻だ。見た目に惑わされると痛い目を見る。
 赤い絨毯に、白を基調とした調度品が並ぶ中テーブルに乗せられたカップを飲み干すと、傍に居る侍女におかわりを頼んだ。

「でも見に行ってどうするの?何かしたい事でもあるのかしら?」
 耳にかかる髪を少し残し、頭の上で髪を纏め上げる気品のある母。改めて娘の話を冷静に聞き返した。

「したい事?? そんな事・・・分かりません!!ですが・・・」

 人一倍好奇心が強いディッセント王国の姫君。野次馬根性であの場所がどうなっているのか確かめたくてうずうずしている。あの白い猫はどうしたんだろう? 本当に覇者だったんだろうかと。
 ただ、空まで光の柱が突き抜ける程の魔力だとすると、守護獣を任命する儀式くらいなんじゃないか? 高位の魔術師といえど、この王宮で第一上級魔法を使えるのは父だけだし。
 国王である父は既にディルを守護獣に定めている。召喚だけでも魔力を半端無く使うのにもう一匹任命するなど有り得ない。では、もう一つの可能性が――

「本当に見るだけなんです。絶対、お父様や覇者様の邪魔はしません!」  
「・・・どうかしらね」
 
 うーんと疑りながら母、マトリカリアは娘を凝視する。冷や汗を流しながら横長の椅子に座り、じっと采配を待っていると。

「メリナはどう思う?」
「わ、私ですか??」
 
 粗相が無い様に再び茶を入れる途中だったが、王妃にいきなり質問され自分のメイドの服に少し零してしまった。王妃と姫にはなんとか根性で当てる事無く済んだので安心している。
 上半身は白を基調とした簡素な布地を使い、紺色のエプロンに似た前掛けを着て給仕している少女はフリージア専属の侍女だ。
 3歳年下だが教養と礼儀作法はしっかりしている真面目な女の子であり、ボブカットの栗毛の髪が印象的で色白、動揺すると赤面するのですぐに周りの物にバレるのだが。

「わ、私は姫様に危険な所へ行って欲しくないです」
「メリナ・・・」
「姫様が先刻、気絶したと知り私は心臓が止まる思いでした」
 
 目に涙を溜めながら訴え悲しみに耐える姿を、父や母、家臣達の姿と重なった。
 ああ、私はこんなにも彼らから慕われて、心配させていたのかと戸惑いながら。

「ごめんなさ「でも姫様のしたい事を為されるのが私の、いえ、家臣一同の願いでもあります」
 
 震えながら、しかし瞳に力を込めて精一杯家臣として応援と励ましを送らせて頂きますという心遣いを示した。王妃様の御前で申し訳御座いませんと頭を何度も下げ謝罪して。
 フリージアは頭を下げるメリナを侍女を通して自分の妹の様に見ている。彼女にもその事を伝えはしたが一向に堅苦しい言葉が抜けた事は無かった。
 一度も“姫”という堅苦しい肩書きを、呪わなかったという事は無い。だがこんな自分を“姫”として、全部ひっくるめて認めてくれている父や母、家臣や民を背負い将来女王となる為に、学べる事は全部吸収しようと思う。いや、しなくてはならない。それは、全てこのディッセントの為に――

「お母様・・・・・」
「ま、良いでしょ。コレも女王になる為の将来の勉強の為と言えばお父様も納得する筈。そうね、護衛としてイールヴァとライウッドも連れて行きなさい」
 
 侍女を味方に付け、一歩も引かぬフリージアに根負けした母は、溜息を吐きながら行動を促した。何だかんだ言って、自分の娘に甘いのは父だけでは無かったのである。母からの良い返事を受けたその途端、フリージアの顔が明るく笑顔になった。

「ありがとうっ、お母様!!」
「その場の状況をしっかりと見て来なさい。そして私にも教えてね」
 
 言葉の語尾に音符のマークが付く程に明るい口調で、片目を瞑ってウインクをする。詰まる所、母も娘と同じくこの手の話に興味津々なのだ。

「ハイッ!!」
 
 嬉しそうに返事をして母の頬にキスをする。軽く会釈をしてメリナと共に扉を閉めてから、部屋の外に居る二人の近衛騎士に父の居る東の離宮まで連れて行ってくれるように頼んだ。
 二人の騎士は最初顔を見合わせ苦い顔をしていたが、妃の命令と姫の懇願による姿勢に根負けして離宮を目指す事になる。

「なぁ、ライ」
「言いたい事は解るよイル・・・」
 
 姫の軽い身支度を待っている間、魔術で灯した明るい廊下で二人の騎士は哀愁漂う背中を曝していた。
 近衛騎士である銀髪のイールヴァは複雑気な顔で、隣に居る遠い眼をした金髪の幼馴染ライウッドを見やる。

「俺、エディス叔父さんに怒られるかな・・・いや、下手したら今度こそ陛下に殺されるかもしれん」 
「それなら僕もだよ。あっ、イルは覇者殿からもメッタ討ちにされるんじゃないか」
「っ、あの間抜けそうな猫が覇者かよ。イヤ、ああ見えて実は豪腕無欠なのか・・・」
 
 白い猫の尻尾が蛇となってムキムキの獅子に変身したり、顔が般若の様な勇ましい複合動物キマイラを想像する。
 この世界のキマイラは知能も良いし雑食で残忍。自らを捕えられた暁には咆哮を上げ甚振られながら内臓を食い破り、口からチロチロ出す舌の餌食に己はされてしまうのか? 頭を抱えながらまだ見ぬ未来を憂う。

「しかも覇者殿を何気に脅してたし、デコピンしちゃったもんね」
 
 アハハと口に出し笑うお気楽な幼馴染の親友に、お前も人事じゃ無いんだぞと口に出す。
 姫とお后様からの願いでも姫を危険と思しき場所へ連れて行く等、世界の神々が許しても父王であるハシュバットや自らの叔父は許さない筈だ。
 どちらか一人でも死の淵まで追い詰められるのに、タッグで来られると二人の前では騎士である自分は無力な上に塵と化す。それに加え覇者殿からの報復を考えながら、死亡保険なるものは無いのかと本気で考えていた。

――別棟に位置する宿舎室 2階にて――

「なあアノ光の柱を見ろよ、第一上級魔法か?」
「おい、ダイイチ上級魔法って何なんだよ」 
 
 皆でああでもこうでもないと白熱している。国王陛下から催しはお開きとお達しが出たので、通常通り自分たちに割り当てられた宿舎室で寝泊まりする事となった。
 今夜は無礼講だし、待ちに待った覇者殿が降臨したお祝いで、街に繰り出しハメを外そうと張り切る者まで居たのだが城から出る事は叶わなくなる。
 魔族の襲来で皆が怯えて隠れる者もいる中、戦力としては最低に属するが、ここの料理人達は肝っ玉だけは大きかったので起きていた者はボードゲームをして楽しんでいた。

「ダーーッッ、オマイラはそんな事も知らんで王宮で飯作ってんのかぁ? よーし、このオレ様が魔法の事を教えてやるぜっ!」
 
 緑の髪をした団子鼻が特徴の彼は鼻息荒く喋り出す。彼と対戦し、コマを進める内臓脂肪が気になりだした太っちょの料理長ゴードンはジョッキに入れた酒を飲み干しながら、喋り出す同僚に問い質した。

「ダリオ、テメエが何を偉そうに説教垂れるってんだ!!」
「ダリオは王宮の魔法騎士隊に志願したんだけど、二次審査で落っこちたんだよ。筆記は合格だったのに、落ちた理由が魔力が足んなかったんだって」
 
 魔法の知識だけは凄いんだよと飄々と喋る蜂蜜色の髪をした一番年下のカルティに、余計な事を言うんじゃねぇ!!と拳骨を一つ落とす。

「ホントの事じゃないかっ!! 殴る事無いじゃん?!! ダリオはムッ・・・ムガムガッ」
「テ・メ・エ・は、余計な一言が多すぎんだよっ! ちったあ黙ってろ、このクソ餓鬼!!」
 
 頭を両手で擦るカルティの口元に手を抑えてやって、よく動く口を黙らせる。ダリオの講釈は長いんだよっ! とグッタリしながら最後に一つ文句を漏らすと、彼の団子鼻が大きく膨らみ、お得意の魔法講義が始まった。

「上級魔法は古代から引き継がれた詠唱や略式を必要とするんだ。だがどうもそれを覆す有力な情報を耳にしちまってサ。実は呪文とか呪具云々はまあ置いといて、扱う者にもよると言われているらしいぞ」
 
 ハア、何だソレ!?と声が上がる。だったら自分達みたいな一市民にも扱えるんじゃねーの?? と浮足立った。しかし、チッチと人差し指を立て周りに居る者の考えを打ち消す。

「普通の市民や騎士が使う魔法は小さな光を灯したり、つむじ風を起こしたりとするだけなんだよ。それは初級魔法な。あとは第三、第二、第一上級魔法と続くに従って高等になって行く。とにかく、規模と魔力の差も大分違うと思うぜ」
 
 アースホール・・・と呟くと手の平から小さな光が溢れだした。魔力を持たない料理人達は魔法に興奮する。

「オレみたいな魔力が少ない奴でも比較的コツを掴めば誰でも魔法は使える。だが王宮お抱えの高位の魔術師となると、きちんと勉強して且つ体内に魔力を保有してないと無理なんだけどな・・・あーー、確か第二上級魔法で海からの一定の量の水を空間転移して移動させる事も出来たと思うぜ」
「ええっ、海からかっ?! 空間転移か・・・すっげー便利な魔法があるんだなぁ!!」
 
 興味心身のカルティはキラキラ瞳を輝かせて色々想像している。

「そうでもない。だって、水を作り出す魔法は出来ねえからな」
「??」

 一同キョトンとなる。ダリオの話す内容が今イチ解からなかったからだ。その話に素早く食い付いたのは、ライトブラウンの髪色をした平凡青年マットだった。

「ダリオ、何で魔力の高い高位の魔術師が水を作り出せないんだ? 可笑しいだろ。奴ら、国に保護結界張ったり炎を操るんだろ。何でも出来るんじゃないのか? それに、空間転移はどうなんだ、何の精霊が関わってる?」
「・・・オレの憶測でしかないんだ。これが合ってるとは思わないがな、もしかしたら水の精霊がこの世界に居ないか、又は精霊の力が弱まっているかだと思うぜ。少なくとも魔術師共が水を作り出した魔法を、この目で見た事が無いからどうとも言えんが。空間転移の魔法は・・・こればっかりは高位の魔術師じゃないと分からん」
 
 大きい鼻をフンッと膨らませる、高慢ちきなダリオの以外な博識に皆ほーーっと関心の溜息が零れる。
 ソファに腰掛けていたカルティは、膝を抱えて恐る恐る不安を口にする。

「そ、それってこの世界では水の魔法が使える人が居ないって事?」 
「ああ、首都ディッセントで最強の魔法騎士、現国王のハシュバット王でさえ光と風の上級魔法しか操れねえ・・・今は浮足立って皆忘れているだろうが今年も凶作だったろ? 雨が殆ど降らない日が続いたし、降ったと思ったら連日続く大雨じゃねえか」
 
 もし水の精霊が居たら、高位の魔術師共がこぞって水の魔術を連発するだろう。しかし、誰も手を付けていないと見ると成果は見られなかったんじゃないか。覇者殿が降臨する迄はと付け足した。

「覇者殿が降臨したんだ! これからは水の精霊の活躍が拝めるかもな」
 
 皆から魔法馬鹿の称号を付けられたダリオが、ウキウキしながら光の柱に目を向ける。
 窓から見える光の柱に希望を見出す者や、不安を感じる者も、一目でいいから覇者に会ってみたいと思うようになった。
 









 
 
 マットは空に突き抜ける光の柱を窓から眺めて、あの時の事を考えていた。 

 ――そういえばあの白い猫、あいつ大丈夫かな

 白い猫がポンと頭に浮かんだ。間抜けで人懐っこい猫から目が離せない。
 皿に盛った刺身を、猫に差し出した時のあの瞳の輝きようといったら・・・また来たら魚をあげようと思い出し笑いをして、マットはカルティに誰の事を想ってるの? としつこく詮索されていた――




フリージアの専属侍女  メリナ
料理人 称号・魔法馬鹿 ダリオ
料理人 パティシエ   カルティ

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008 守護獣

2010年02月28日 11時21分57秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 

 ソ――っと

 バチッッ
「フギャッッ!!」
 バチチッ 
「ギャッ!!」

「駄目か・・・」
「グルル(リオ・・・)」
「ウォン(眠ぃ・・・)」
 
 今、宝石が付いた金属に触ろうと奮闘している元人間の理緒でっす!
 さっきからずっとこうやって触れようと試みてるんだけど、ピリマウムとやらの守護魔法に阻まれて連戦連敗中。
 テメッ、ホントいい加減にしろっての。猫舐めんじゃねーぞ、ゴラァア!!・・・おっと失礼、乙女らしからぬ発言だ。 

 王様とガウラは目をギラつかせた様子の私を見守ってくれている。ディルは・・・眠たそうに欠伸をして伏せている。私もいい加減疲れて来たよ・・・ハァ。
 首元に目をやってこの花を取ろうかと考えたけど、レイオンが取らない方が良いって言ってたしなぁ。猫の手じゃ取れんと思うけど。
 フウフウ! と毛を逆立てて、自分の白い毛むくじゃらの手をもう一度近づけようとした時。良い案が浮かんでガウラの元へ駆け寄った。

「ニャ、ニャアァッ(ガウラァッ!)」
「ガルル?(どうしたリオ?)」
「ニャアニャアッ(ガウラがこの金属を付けて、通訳してくれたら良いんだよ!)」
「ガル・・・(出来なくは無いが。分かった、やってみよう)」

 そこで二匹はハタと考える。どうやってまた頭に固定するのか。実はコレ、ガウラは尻尾とか胴に巻き付けて話が出来るか実験されてたりもしたんだけど、結局頭に付けるのが一番良いらしいとのこと。
 自分達の手では心許無い。人間に付けて貰うには言葉を発しなければ伝わらないし。自信は無いが身振り手振りで王様に伝えてみる事にした。

「ニャアッ、ニャアアアッ!!(王様、ガウラに金属を付けてあげてよっ)」
「?」
「ニャアアアッッ(ホラ、コレコレ!!)」
 気合いを入れて金属の横に2本足で立ち、それ目掛けてフンフンフンッ、と何回も指し示す。片手で動かせば良いのに両手で向きを変えてしまうのが悪かったのか、奇怪な動きになってしまった。

「・・・!!クッ、悪いが踊ってる様にしか見えないな」
「ギャフフンッ(ギャハハハッ!!!腹が捩れらぁっ!!)」
「・・・・」
 口元を引き攣らせて首を振っている、王様の体が心なしか小刻みに震えているのは気のせいだろうか。傍らに居る翼の生えた黒犬こと、ディルは腹を上にして大爆笑していた。
 ガウラは目に涙を溜めて口元がピクピク動いてる。
 番兵の人は・・・どうしたらいいか分からずに目を逸らしていた。
 身振り手振りで分かって貰おうにも、肝心の金属に触れないのだ。どうしたってこんな動きになるわいっ!! と恨めしげに皆を睨む。

「ニャア・・・(どうしよう、こんな時にレイオンが居てくれたらなぁ。肝心な時に何処行ったんだよもう)」
 使えないとブツブツ言ってるとガウラが問い質して来た。

「!!ガルルル!?(リオ、お前レイオンに会ったのか?)」
「ニャオオン(会ったよ、ハンスともね。ガウラの友達?)」 
「ガルル・・・(そうだな。それに近いモノがあるな)」

 フーンと相槌を打つ。ガウラは懐かし気にしていた。
 ハンスは分かるけど、あのセクハラ獣人と親しいとは・・・どういった経緯で仲良くなったのか今度聞こうっと。ホント、人間何があるか分からない。あっ、違った。今は猫なんだっけ。
 ガウラは何か思いついた様で言うか言うまいか、そんな仕草をしていたが意を決して提案をして来た。

「グルルル(リオ、オレをお前の守護獣にしないか?)」
「ニャ?(ヘッ?)」
 
 ガウラからのいきなりの提案に目がパチクリ。

「グルル(守護獣になればその頭に付ける金属は必要無くなる。お前は今まで通りだが、オレが言葉を放てるようになってリオの話を通訳出来る)」
「ニャオン(レイオンも言ってた。守護獣はどうした?って。・・・やっぱり居た方がいいのかな?)」
「グルルル(そうだな。守護獣にした獣は主一筋になる。主に付き従う様になるし、命の危険も減るだろう・・・と言ってもリオにはピリマウムがあるがな)」
「ニャアアッ(そんな事っ・・・)」
 
 そんなの、ガウラの自由を奪うのと一緒じゃないか。折角ココに来て初めて出来た友達だもん。世界の危機を救うとかに巻き込みたくない。断ろうと思ったら・・・

「ガルルル(オレはお前とホンの少ししか居なかったが、ここまで一緒に居た獣は居なかった。リオだけだったんだ。牢に繋がれていたとはいえ、傍に来て沢山喋って笑って、寄り添って眠ってくれたのは。それが心地良かったとさえ思う)」
 貴方の暖かい体温、私も好きだよ。ちょっと硬い毛皮だけど、心地良いのは私も一緒なんだ。
 ガウラは目を細めながら呟く。

「ガルルル(リオがオレの主なら毎日が楽しいだろうな。勿論危険も目白押しだろうが)」
「ニャア・・・(ホントに良いの?主従関係だなんて。それに命の危険に曝されるかもしれないのに・・・)」
「ガルル(命の危険については何とも言えないが、レイオンからも聞いたろう? 守護獣にした獣は普段の何倍もの力を出すと。そう簡単に殺られるつもりは無い)」
 
 どうやらガウラは覚悟を決めたらしい。でも、これだけは聞いとかないと。
 
「ニャアァ(守護獣になった獣はその反動でなんかのリスク・・・あっ、弊害が伴ったりしないよね? 私、ガウラが傷つくのは嫌だからね!!)」
 
 白い頭をガウラの体に擦り付ける。不安だ。何故って?
 手順も何もかも初めてで、万が一失敗なんかしたりして。臆病な気持ちが私をしり込みさせるんだ。
 私の不安を感じ取ったガウラが、心配無用だと分からせる様に私の体に頬を摺り寄せた。猫になってからこういうスキンシップが気にならなくなったんだよね。することもされるのも好き。うーーん、我ながら積極的になったもんだ!!

「グルル(大丈夫だ。それにリオ、こんな事で悩んでばっかりだと先が思いやられるぞ。なんせ覇者となる者は沢山の獣を従える様にしなくてはならないからな)」
「!!」
 
 一匹だけじゃないの!?と聞こうとしたけどさあ早く、と促される。でもどうしたら良いのか分からなくてガウラを見上げた。見るとガウラは自らの腕に歯をガリっと突き立てていた。驚愕していると

「グルルル(リオ、オレの血を舐めてくれないか)」
「ニャ!ニャアア!?(エエエェ!!)」
 
 止め処なく赤い血が流れている腕を見て怯んでしまう。恐る恐る近づき、とりあえずペロッと少しだけ舐める。口の中に苦い鉄の味が広がるが一生懸命耐えた。

「(ううううううっっ!!!)」
「グル・・・(血液にも魔力が宿るんだ。軽く見てはいけない。リオ、自分の名を使って宣誓して欲しい。オレを認める言葉を使え。そうすればリオに仕える守護獣となる)」
「ニュァアアッ(うううっ)」
「グルルル(この方法は誰でも出来る事じゃ無い、普通の人間にはまず無理なんだ。なんせ魔力を大量に使うから、かろうじて獣を守護獣にしても体に魔力が残っていないと死んでしまう・・・だからそこに居る国王は別格だな)」
 
 チラリと視線を王様に移し、その横に居るディルを眺める。人間に使役され、恩恵に与った黒犬はピッタリと王様に寄り添い守るように佇んでいる。

 別格クラスの王様と一緒にされたら私は死んじゃうんじゃないかな?
 体中の血液が沸騰するんじゃないかと言う位熱く、体を駆け巡る感覚に吐き気を感じ、蹲る。
目が掠れてきた。
 意識も朦朧としたんだけどガウラの、私の名を呼ぶ声に応えたい思いでこれを乗り切ろうと何故か不思議に思えた。
 
「ニャア、ニャア・・・(り、理緒の名に於いて命ずる。ガウラを・・・)」 
 友人でもある若き獅子に神様、女神様、仏様どうか力を貸して下さい!!

「!!ウオォン!(始まったか!)」
「カイナを取り巻く光の柱??覇者殿・・・その獅子を守護獣に!?」
「な、これが守護獣を任命する儀式!? は、初めて見た・・・」

 ハシュバット王の横で撫でられ気持ち良く眠っていた黒犬、ディルはすぐさま跳び起きる。
 二匹の獣の様子を見ていたハシュバット王と番兵は、いきなり上がった光の柱に目を剥いた。
 神聖な儀式を他者に妨害されないかのように、ガウラと理緒を光の柱が包み込む。
 部屋一杯に光が溢れ、7色の魔力がほとばしる。膨大な光の海と色にハシュバットは息を呑む。自らもディルを使役するのだ。勿論7色の粒子の意味を、この場の誰よりも知っている。

 赤は炎、橙は土、緑は風、水色は水
 黄色は光、黒は闇、そして白は――
 全ての属性を操る純白の猫は、間違い無く誰もが望んだ覇者だった。
 
 ――地上に生きる全ての人を守れるくらい。
 闇に打ち勝てるくらいの守護獣に!!!

「ニャオオオン!!(ガウラを覇者の守護獣に任命する!!)」

 ドンッッと建物を光が貫いた――

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007 二人の魔族

2010年02月28日 11時02分05秒 | 小説作業編集用カテゴリ


※※※警告:文章中に若干残虐な行為が含まれています。苦手な人は引き返して下さい※※※
















「ヒャッホー!!」 
「ゼルカナンダ、もう少し知的に振る舞えぬのですか?」
「無理だね。久しぶりの地表なんだ。体がウズウズして止められねぇ。ハーティスもそうじゃねぇの?」 
  
 黒い上等の衣服を身に纏った二人の魔族。
 耳は長く尖り背の低い紅い眼の持ち主、ゼルカナンダ・ボティアスは悪鬼の如く自らの手から迸る炎を街に振りかざす。首元までの黒い髪を風に靡かせて、もう一人の魔族と逃げ惑う人間を眺めて笑っていた。
 時折自分たちに向かってくる兵を灼熱の炎で焼き尽くす。五千度を超すので骨も残らない。

 阿鼻叫喚。
 百頭程のオーガや複数の骸骨兵士を引き連れて町の建物や外壁を壊して行く。
 上質とは言えないが少しの事では物ともしない、耐久性に富んだ木材は魔族によって燃やされ、石造りの簡素な建物は打ち崩される。露天商で売り出された食べ物や服なんかは呆気無く消し炭にされた。

 火に囲まれ逃げ遅れる者、建物から逃げ遅れた者など正に地獄絵図が描かれるかの如く人は泣き叫び、ディッセント国の町や広場が炎に包まれる。
 黒煙が町中を包み込み、熱風で更に炎を煽り拡大しつつある惨状。今まで培っていた物が突如壊され無くなるのだ。破壊の限りを尽くす暴挙に力無い人間や、獣人も巻き込まれ命を失くす者までいる。

「大体、今日は祭りなんだろ?“覇者の降臨”ってやつの。だったら、俺ら魔族も祝ったっていいじゃんじゃないか?」
 ただし、俺ら魔族流の祝い方でと愉快気に付け加え、近くに転がった樽を蹴り上げその上に腰掛ける。
 途中で見つけた赤い果物をポケットから取り出して、上機嫌に齧り付く。店の上部に掲げている白い蓮の花で表わされた国家の旗を見つけると、片手を数回捻り手の平から作り出した炎の矢を撃ち放った。

 パチパチパチッ

「オーー、よく燃えるな!やっぱ祭りはこうじゃなきゃ!!」
「そう言えば最近祭りとは無縁でしたね。私達の祭りの時は何で花を飾りましょうか」
「炎の滝はどうだ??ハーティスが城に耐久魔法掛けて、てっぺんから俺が溶岩さながら、炎の滝を演出してやるよ」 
「それより城の周りに頭骸骨を所狭しと敷き詰めた絨毯なんてどうです? 窪んだ目の所に妖光蝶を入れて紫に発光させるんです。囚われた魂の叫びと妖艶色は癖になるんですから」
 
 炎の滝は熱いでしょうが、闇の骸骨絨毯なんてジジくさいとああだこうだ言って、白熱する。
 後ろから忍び寄って来たチンピラ風の男に意識を向けると、「ソルトスに意見を聞くか」と呟きながらズボンの太腿部分の、ベルトで固定された数本のナイフの内の一本を、緩やかな動作で正面を向いたまま背後に投げ突ける。
 トスッと小気味いい音が聞こえると、男の額にヒットして大剣を手に持ち振りかざそうとした姿勢のまま見事崩れ落ちた。

「一丁上がり!!ってか??」
 ニヤリと口角を上げ冷たい視線を男に投げ付ける。罪悪感は微塵も持たない。

「我らはこの国の人間を滅するのでは無く、家や建物を壊せとしか命令されていない筈。仕方ないとはいえ、無闇に人間を殺せばソルトスに迷惑が掛かります。ゼル、その事は頭に入っていますか?」
「ウッッ、それはっ」
「骸骨兵士は勿論、知能の低いオーガ共でさえ、表立って人間を始末しない様に厳重に言い聞かせてあるのに。一つしか無い命令を受けれない? ゼルはアレ以下に成り下がっても良いと?」
 
 もう一人の魔族、ハーティス・レット・クロウは腰まである長い黒髪を靡かせ、紫の目でゼルカナンダを呆れながら睨みつける。
 貴族風の白いシャツに黒のロングコートは上品に仕上げられ、彼を気品良く表している。
 崩れ落ち瞳孔が開いた状態の男の傍まで来ると、額に深く突き刺さったナイフを勢い良く引き抜き男の服で血を拭いてから、ゼルカナンダ目掛けて大きく投げ返す。回転しながら返ってくるナイフを優れた動体視力で視界に留め難なくキャッチした後、不穏な空気を纏った友人を察知する。どうやらやり過ぎたと後悔したゼルカナンダが、顔を引き攣らせしどろもどろに訴えた。
 
「けど、俺らの仲間は人間に殺されたりしたんだ。俺の親父もだ。特別慕っちゃいなかったがやり方が残酷だと他の魔族に聞いたんだ」

 虚ろな目をしながら過去を思い出す。幼き日の忌まわしい出来事。
 あの事件の後だったと思う。自分の力が急激に伸びてきたのは――

「俺はハーティスとソルトスには本当に感謝してるんだ。だからお前らが困ると言うのなら自重する」
 
 髪を掻き分け爛れた額を触りながら、ポソッとゼルカナンダが答える。親しい二人の友、ハーティスと唯一の魔族の王の子息、ソルトス・アルガ・デルモントに励まされた。二人が居なかったら壊れたあの時のまま、今の自分は居ないだろう。

「報復はこの町を壊すという事で皆の意見が一致しました。ゼルもそれで良いですよね?」
 
 ゼルカナンダの昔を知る一人として、当時を思い出しながら複雑な気持ちで腕を組み問いただす。人間に報復したい気持ちは分かる。だがそれと今日の事はまた別なのだ。不満が募る気持ちを抑えて貰わなくては、これからの時代を生き抜くのは難しい。

「ああ、流石に王宮は壊せなかったが、これで魔族に逆らおうと考える輩も減るだろう。何せ街の半分、焼失させちゃったしな」
 
 アハハと頭に両手を当て、黒い翼を背に広げて空から見下ろす。鮮血に似た紅い瞳は瓦礫に崩れゆく炎に揺らめいて一層輝きを放つ。炎を自在に操るゼルカナンダは他の属性を纏う事が出来ない。その象徴として瞳が赤くなった。

 突出した力をコントロールして他の術を放出する等苦手としている。ハーティスやソルトスの様に多様に属性を操る事が出来ないのだ。  
 満足したと言う友の答えに、ハーティスは自らの魔力を放出して魔物の大軍を引かせる。圧倒的な魔力を持ち、闇を放つハーティスの底知れない力に下部に位置する魔物達は、振り回していた得物をピタリと振り回すのを止め、わらわらと一か所に集まって来た。
 
「デルモントに帰還する。クロウ家の名の許に門よ開け――ダークゲート――」

 ゴゴゴ……と黒い靄が現れ、魔物達を次々に飲み込んで行く。数が後半分に残された時、それは起こった。

 ゴウッッ

「!!」
「な、何だ!?コレッ」
「縛朱壁―アンチウォール―その陣から出る事は敵わない」
 
 四角い陣が床一面に現れ、朱い牢獄に阻まれる。一か所に集まった魔物達を封じ込んだ。
 自らの剣を横に向けた形でこちら側に向けていた。刀身はプラチナに輝き、柄の中央には朱玉が填められている。

「お前達がこの惨状を引き起こした首謀者か? 目的は何だ」
「そんな事お前に答える義務は無いね」
ハンッと冷たく口答えするその時、陣がグニャリと歪んだ。

「グウゥッ」
「ゼルッ!!」
 
 ゼルカナンダの体がギシギシと唸りを上げ、吐血した。

「(アバラが折れやがった!?)」
 
 周りを見ると、魔術の耐性の無いオーガやその他の魔物はその圧力に耐え切れず事切れている。自分たちは上級魔族なので強い魔法の耐性を少しばかり持っていた。ハーティスも締め上げられる感覚に体が悲鳴を上げるが守護魔法を自動で付与していた為、大事には至らない。

「時間の無駄だな。魔力を強化した牢にぶち込むか。それと陛下に処罰を伺う」
「ってめぇ!!」
 
 喋るのが億劫とばかりに左手を横に振り払う。その仕草にゼルカナンダはより一層頭に血が昇った。すました横面を殴り飛ばそうと近くへ跳ぶが朱い色の壁に阻まれて触れる事すら敵わない。陣からの脱出は無駄な行動と解らせた所で、エヴァディスの口が開く。

「縮小せよ――」
 
 スウッと自らの剣に意識を集中させると朱玉が光り、二人を閉じ込めた陣はみるみる小さくなる。

 ブンッッ

「魔族捕縛完了」
 
 二人の魔族の気配が完全に消えるのを確認すると、剣を自らの腰に差し、パチンと鞘に戻した。
 周りの建物で炎がパチパチと燃える音が響く


 ザッザッザ!!

「エヴァディス宰相!!御無事ですか!!?」
「ああ、特に問題無い」
 
 静かになった頃を見計らって騎士団員達がやって来た。辺りに捕縛陣を張っていたので遠くに下がらせていたのだ。騎士団とはいえ、魔族との戦闘は熾烈を極める。しかも上級魔族二人だと今の騎士団員ではまず勝ち目が無い。

 魔族の捕縛に成功したのはデルモントに帰還するスキを付いたからだ。真っ向から挑めばまず命は無かっただろう。卑怯と罵られてもいい。
 上級魔族二人に、半分にも満たないが魔物を滅する事に成功したのだ。王からの勅命にも応え、まずまずの出来に体の緊張を解しながら、追々騎士団員にも対魔族を想定した訓練をさせねばならないと頭の中でシュミレートする。

「人命を優先的に、且つ建物の消火活動を急いで遂行せよ」
「はっ、ところで先程の魔族は・・・?」
「捕縛してアンチウォールで閉じ込めてある。私はもう一段落したら王宮に帰還するつもりだ。・・・これでは病院も一杯だろう、臨時の救助チームを作って休める場所と治療・飲料用の水の確保に人員を手配してくれ」
 
 ここでの指揮はお前に任せると、騎士団の隊長であるケネルに託す。

「分かりました。では1班は中央広場と南側に臨時救護テントを設置と、清涼水の確保。2班東の者達は消火した後の始末を。3・4班はエヴァディス宰相と共に西、中央、南側の人命救助と消火活動を開始!」 
 
 指示を出して各々が各方面に移動する。幸いこのディッセント国は海に近い為魔術で水を汲み上げ空間から空間へ移動させる事が容易い。扱う事が出来るのは高位の魔術師だけだが。
 魔術師達が魔術で鎮火するので騎士団員と共にそれぞれ赴く。移動する途中に避難していない人達が悲しみに暮れていた。
 
「ううっ、痛い。体が焼ける。水、水をくれ……」
「おかあさーーん、ドコーー?」
「うあああっっ、もう、もうお終いだぁ!!俺の建てた店が、家がぁぁっ!!!」
「オギャァァッッ!!」
「ウルセェゾ!そのガキ黙らせろ!!」
「すっ、スミマセン!! ほら、イイコだから泣きやんで?」

 訴え、嘆き、怯え、怒声が飛ぶ――海から近いせいか比較的他の国と比べてディッセント国では豊かな方なので、魔族に怯え荒んだ惨状の国民を見るのは久方ぶりだった。
 前に見たのは30年前以降、覇者が居なくなった後か。他国との戦争と魔族の襲来に当時の民衆は地獄を見たとか。
 ハシュバット王が騎士団に上がる前だとしたらまだ年若い少年だった様に思う。お互い手も足も出せず歯噛みしてた頃だった。またいつか戦が繰り返されるかもしれない。国民も不安と極度の緊張で、心が押しつぶされるだろうその時迄に――

「(陛下、国民の心はなかなか癒されません。早く覇者殿を……)」

 我らの心の拠り所を捜して下さい。

 

 

紅い瞳の魔族 ゼルカナンダ・ボティアス
紫色の瞳の魔族 ハーティス・レット・クロウ

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006 王様と私

2010年02月28日 10時53分34秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 理緒とハンスは、テーブルの下でこの慌ただしい雰囲気に一抹の不安を感じていた。
 王族・貴族やらが怯えながら広間から出て行くのだ。ガウラも兵に連れて行かれた。この場には男の人が一人しか居ない。
 何か思案している様で、玉座に佇んでいた場所から移動して食べ物が乱雑に放り出されたテーブルに着くと、銀の光るナイフを手に握っていた。

「!!(え!!)」

 男の人がいきなり自分の手の平を切りつけた。鮮血がポタポタ零れ落ち、白い床がいっそう目立つ。
 何か言葉を呟いた後、赤い魔法陣が床に現れ、そこから黒いしなやかな毛をした犬が現れた。
 大きさは中型犬よりも一回り大きい。背中には黒い色の翼。瞳は赤色で額に緑の石みたいなのを填めて。王様の声が広間に響く。

「久しぶりだなディル。悪いがお前の特異な鼻で異世界の覇者を捜せないか? この王宮に居ると思うんだが」
「ウオンッ!」
 
 了解したと尻尾を振り、主の痛々しい手の平の傷を申し訳なさそうに見つめ丁寧に血を舐め尽くす。
 主に一鳴きした後部屋の匂いを嗅ぎ、忠実に命令を守る犬はテーブルの上に乗ってる食べかけの食べ物には見向きもしない。私の隠れているテーブルの下まで来ると、再び匂いを嗅ぎウロウロし始めた。

「ワンワンッッ(出て来い!!)」
「ニャアアッ!!(ちょっ、ちょっと、ここじゃないってば!!アッチ行ってよぉ)」
「グウウウウッ!!(ウルセェッ!俺の鼻に狂いはねーんだよっ!!)」
「!?何だ、意外と近くにいたんだな」

 正にここ掘れワンワン状態。こっちに向かって激しく吠えられる。王様が黒犬に近づいて良くやったと褒めると喚く声はピタリと止んだ。 
 少しの静寂に逃げたい衝動に駆られるが体がどうにも動かない。
 テーブルの下で震えている時、カツカツと足音が聞こえて来た。人の足が自分の手前で止まるのを確認すると心臓が激しく暴れ出す。隣のハンスを見ると、黒犬が持つ激しい気性に彼は気絶していた。(ギャーー!!)
 沈黙が貫く。暫くの間固まっていると上から声が聴こえた。

「覇者とやら、もうそろそろ出て来たらどうなんだ?」
「!」  
 
 どうやらワンコの活躍で自分の位置を知られている。逃げる事も出来無いと悟った時、テーブルの下から恐る恐る出た。
 チラリと見上げると鷲色の髪をした男の人――豪華な服装からして多分王様だろう。黒犬を従えて仁王立ちしていた。
 上からの目線で焦げ茶色の瞳が、体の隅々まで覗かれてる様だ。目を逸らした方の負けだ。獣の習性がそう告げる。王様と云えど、先に目を逸らすまじ!!

「やはり猫だったか――」
「ニャ!(ムッ)」

 自分のヒゲがピクピクッと反応する。やっぱり私を馬鹿にする気か? 
 引っ掻く位は出来るかもと無謀な考えに、唸りながら警戒態勢に入る。

「おっと、覇者殿の言葉は私には分らぬのでな。そうだ、先ほど商人が奇怪な物を手にしてた。アレを使うか」
「ニャ、ニャアア!(エエッッ、ヤダァッ!)」

 冗談じゃないと後ずさりするが遅かりし。ヒョイッと片手で首根っこを掴み上げられる。
 ……この掴み方は屈辱でムカついたので暴れてやった。
 
「フギャァァッッ!!(離せーー!!)」
「暴れるな、落ちるぞ」
「フウゥゥッ(脅しには乗らないんだからっ)」

 じたばたと激しく暴れてみる。気持とは裏腹にかすり傷一つ負わせられないのが腹立たしい。それでも猫パンチを空振り連打する。すると大人しくしていた黒犬が激しく吠えた。

「ワンワンッッ!!(静かにしろっっ!!)」 
「フッ、フニャァッッ(ヒッ、ヒィッッ)」
「ワンワンワンッ!!(万に一つの確立だが、もし陛下に、俺の主に傷の一つでも付けてみろ……)」 

 ダンッ!と右手を床に叩きつけて狩猟犬さながら威嚇して来た。牙を剥き出しにして激しく吠えられる。
 
「グルルルッッ(その時はお前の体を噛み千切ってやる!!)」

 いきなり出て来てネコ殺しの宣告―――!!!
 今にも襲いかからんばかりに威嚇され、負けん気無しの強気な体が縮こまった。
 黒犬が怖いので、かわりに恨みがましく王様を仰ぎ見る。その拍子に思わず涙がチョチョ切れた。

「フッ、フニャァァ・・・(怖いよ・・・)」
「白い猫の覇者殿は良いとして、牢に入れてるカイナを“処分”されたくはないだろう? だったら協力しろ」 
 
 残酷な言葉に体の動きを止め、金色の瞳を目いっぱい見開く。言葉に偽りが無く、視線を外さない様に焦げ茶色の瞳を私に合わせて喋る。
 ――反論する事は許さないと。その言葉を耳にして大人しくする。
 そうだ、ガウラがいるんだ。下手な事して怒らせて、ガウラが殺されたりしたら嫌だ。この一時だけされるがままにしようと観念した。

「イイコだ」
  
 首根っこを掴まれた状態から腕に漸く抱かれた。うん。この状態の方が安定する。心なしか抱えている腕が優しい。逃げないと分かったからだろうか。
 でも王様が着てる豪華絢爛な赤い色の服に猫の白い毛が付かないかとても心配だ。赤い生地に金色の細かい刺繍が施されてる。首元の襟や胸元に輝く光はもしや宝石? 慌てて自分は人畜無害だぞと知らしめる為に、王様の手をペロッと舐めた。

 離宮にある牢屋に着くと、番兵らしき男がこちらに気づき敬礼をした。
 そっか、この男の人はこの国の王様だったんだ。忘れてた。
 ここに着く前に私の体全体をくすぐられて完全に遊ばれていたのだ。体がムズムズしてこそばゆい。も、悶え死ぬ。見た目二十代の体格のいい大人のクセに、心は幼児並みのようだ。 

「フギャア〜ア〜(や〜め〜て〜)」
「白い猫はこの国では貴重でな。今度エヴァディスと猫じゃらしで遊んでやろう」
「フニャア(元人間のプライドが失われていくぅ……)」
「クッ、喜んでくれて幸いだ」 

 一方的な会話に項垂れる私の鳴き声が予想通りなのか、勝手に都合の良い解釈をつける王様の顔が朗らかになる。
 私、猫のなりはしても、中身は花も恥じらう15歳の乙女なんだけど。
 王様に大人しく付き従う黒犬ディルは私を羨ましげに見つめてきた。
 主を独り占めしてる様に見えるんだろうか? 今なら熨斗付けて返してやるっ! とディルに睨んでやったらプイッと顔を逸らされた。
 
 男の人にくすぐられた状態を、元の世界に居る父や二人の兄が見ればどうなるか。
特に陽兄は手段を選ばないからなぁ。太一兄やお父さんは必死になって助けてくれると思うんだけど母はどうだろう? 笑い転げて悶絶してそうだ。
 
 和やかな雰囲気に敵対意識は無くなったものの、少しの理不尽さに心が萎えいだ。
 噛み合わない会話だが王様はさっきよりも機嫌が良くなったと思う。私の大人としての対応の賜物だよね。

「フニャ♪(フフン♪)」
「? さぁ、入るぞ」
 
 ギイイと番兵が牢の鍵を開ける。
 先程私が来た同じ部屋で、衛生状態も良いし危害も加えられていない。水も食料もある。
 それでもガウラは鎖で繋がれた状態だった。
 王様の腕からピョンと跳び下りるとガウラの傍へ駆け寄った。

「ニャアァァ(ガウラ、大丈夫?)」
「リオ、何故こんな所に?」
 
 琥珀色の瞳が、私の姿を怪訝に捉える。ガウラは私を危険な目に合わせたくない様子が窺えた。彼は大人だ。ちゃんと私の事を考えてくれる。けど友として、困難を一緒に乗り越える位は良いよね?

「ニャオンン(不可抗力なんだもん)」 
 
 ガウラからの視線を無視して、ギロリと視線をこの国の王様にしてやった。番兵が王様と話し終えたようで、ガウラの頭に手をやる。人との会話を可能にする金属を外すと、今度は私の方に近付いて取り付けようとしたが――
 
 バチッッ

「うわっっ」
「!!」

 番兵が仰け反って、金属が床に落ちる音が部屋に響く。
 白い魔法陣が発動した。
 でも何の基準で現れるんだろう? ただ金属を取り付けようとしただけなのに。
 訳が分からないので王様を見た。兵の人が落とした金属を王様は手に持ち、暫く眺めてから喋り出す。

「この金属に付いてる宝石には魔力が込められてる。それに一瞬で判断して発動したんじゃないか?危険があるかどうかは別としてな」

 真剣な瞳で私の体を見据えてくる。

「私が見てもこの金属には呪い等は掛かっていない。エリシュマイルの加護を得てはいるがそれを管理出来ていないのだろう? 自動で発動するとなると、これから随分不便になるぞ。悪意のない行動でも全て発動すればな」

 ……ちょっと待て王様。管理するとかしないとかってナニ? 悪意のある呪いって? どっちも私は理解出来てないんだけど。王様、そこから指摘してくんない? コレは会話が出来ないとマズイ様な。

 確かここに来た時、銀髪の騎士の人にデコピンされた。命に係わりは無くても、何か衝撃があればあの後魔法陣が発動するかもしれなかったのに。でもあの時点では何も出なかった。
 レイオンと出会った時もそう。魔法陣は危機に察して発動してくれたが尻尾を掴まれて体から力が抜けた後だった。これで完璧と言える?
 自分にとっては良くても周囲が迷惑を被ることにもなると付け足される。逆を言えば、発動して欲しい時には出ない事もあると、王様は推察してきた。

 私の頭を大きな手が優しく撫でる。
 どうしてそんなに期待するの。
 私が皆の言う覇者だから? その根拠は何処から来るの。
 傍に居るガウラを見ると彼は私を心配そうに窺っていた。
 やり切れない感情に彼の毛皮に寄り添って俯く。話を現実的に受け止めきれない私の様子に王様は気付き、膝を床に付け目線を合わせた。

「へっ、陛下、お辞めください!!」
「今は金属を取り付けなくても良い。しかし会話の疎通だけは何とかして欲しい。見たところ覇者殿は私の会話が理解できている様だが、私には理解する事が出来ない」 
 
 会話の重要性――それは私もさっき痛いほど分かった。こっちだって王様に話が通じなくて不便極まりない。態度で示すしかないもんね。

 番兵は床に膝を付いている王様を慌てて立たせようとするが、立とうとはしなかった。番兵の人は顔面蒼白。ガウラと勿論私も目が点になったんだ。王様が床に膝を付ける事は有り得ない事だと、この場に居る誰もが思ったからだ。
 
「ファインシャートに生きる全ての民は、皆ここ数年覇者殿の降臨を今か今かと待ち望んでいたんだ。度重なる魔族の襲来、作物の凶作には皆が必死に食い止めようと生き永らえて来た。それは人であれ、獣人であれだ」
 
 ……え、魔族? ここには獣人だけじゃなく魔族が居るの?
 ファンタジーな単語に目を何度か瞬きする。

「先程我が国ディッセントに魔族共が襲来した。今は私の腹心エヴァディスがその対処に追われている。魔族は退けても、それだけでは人の心が元に戻るのはかなり時間が掛かる。そこで、だ」

 だから何だと言うの? ここの獣や動物は皆人間の言葉を理解してるよ。
 レイオンもガウラも、ハンスだって。そんなの私じゃなくたっていいんじゃ? 嫌な予感がする。もしかして――
 
「覇者殿に世界の危機を救って貰いたい。勿論荒んだ人の心もだ」

 やっぱし……




王様の黒犬 ディル

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005 宴

2010年02月28日 10時24分10秒 | 小説作業編集用カテゴリ
 
 今夜は無礼講なので堅苦しくない立食式パーティの開演だ。
 ランチョンマットを敷いた楕円形の白いテーブルを幾つも置き、部屋の至る所に魔法で照らされた色取り取りの小型照明ランプ。
 匂いを嗅げば食が進む高級料理をお皿に分けられ、ワインをグラスに惜しみなく振る舞い、天井に天使と思しき壁画が描かれた大広間には身分のある貴族、王族が居た。

 周りで宮廷音楽士達が、その場に居る者を陽気にさせる様な音を打ち鳴らす。
 弦・打楽器が活き活きと弾むその音色に人々の心は充ち溢れ、笑い合いながら、誰もが覇者の降臨に喜びを表している。  
 そんな中、一人浮かない顔で玉座の隣で座っている姫君が居た。クリーム色のドレスの上にレースで編み上げた白い生地を重ね、上品な色の赤い花を模した留め具で裾を切り返している。子供っぽくも無く上品に着こした彼女。
 会場には似つかわしくない微かな溜息を零すと、隣にいる父に拾い上げられた。

「フリージア、まだ気分が優れないのか」
 
 父である国王ハシュバットは一人娘の体調を案じる。娘を心配するあまり会場に興味が行かない。
 耳に届く華やかな旋律も、食欲を満たす食べ物も娘の前では型無しである。この場を盛り上げる従者達にとっては胃痛がする思いなのだが。

「ええ、お父様、御免なさい。もう少ししたら治ると思うのだけど」
「そうか、あまり無理をするんじゃない。そこのお前、何か飲み物を姫にやってくれないか。酒以外でだ」
「畏まりました」
 
 フリージア・イリオス・ディッセントは今年15歳。翡翠色の瞳は母譲りで髪は父似の鷲色。性格は内に秘めた情熱を灯し、淑やかではあるが不意に周りを驚かせる所があるので、姫付きの侍女はいつもハラハラさせられる第一王女である。それでもハシュバット王からは娘可愛さに溺愛している程の猫可愛ぶり。
 姫らしい礼儀作法、勉強などは勿論だが剣術や魔術等、多方面に渡り勉強している。
馬に乗る事も厭わなく、積極的に乗りこなしている言わばじゃじゃ馬である。その行動力は王から譲り受けたのかもしれない。女王の資質がある証拠だ。 
 そのじゃじゃ馬が先日召喚の間で倒れたと聞いて、王や宰相に大目玉を喰らった。
 専属騎士のイールヴァやライウッドには悪い事をしたと思っている。
 自分の好奇心を抑え切れずに反対を押し切って共に付いて行ったのだ。目が覚めた時、侍女に一部始終を聞いて真っ青になりつつ国王である自分の父に、彼らに責任が無い事を力一杯説明した。
 心なしか残念がっていたが(そこは見ないフリをして)、彼らに責任を追及させないと約束を強引に取り付けたのである。それだけフリージアが目覚めた事に父は安堵していたのだろう。
 二人の近衛騎士が無罪と聞き安心した後自分の母、王妃マトリカリアが不思議な顔で訊ねてきた。

「召喚の間で覇者の可能性である白い猫を見て気絶したそうね。でもリアは猫が苦手だったの?」
「い、いえ。違います」
「そう、では何故気絶してしまったの? 二人の騎士から話を聞くと期待した覇者殿が猫だったと推測した為、ショックを受けて倒れたと報告があったわよ」
 
 何処の儚い姫君だと、眉を顰める。自分の事なのに全く記憶に無い。
 確かに期待してないと言ったら嘘になるが、気絶する程ショックを受けたとは言い難い。私の性格を知っている友人でもある近衛騎士の二人が、何故その考えに行き着いたのか首を傾けてしまった。

「う、うーん。それがよく分からないんです」
「そうよねぇ。普段を知ってるリアを見れば、随分奇怪な反応ですものね」
「はぁ。お母様、それって」
「じゃじゃ馬なリアが倒れたと聞いて、侍女のメリナが白目剥いて倒れそうになったし、エヴァディスは剣を研ぎ始めるし、ハシュバットは鞭をしならせながら攻撃魔法を詠唱しだしてね」
 
 王の魔法は完璧に防御しづらいのよねーーとのほほんと呟く母。つまりあの親バカは攻撃魔法を放って、母の守護魔法で防いだという事だ。
 王妃がそんな事して良いのかと問い正したくなったのだが、あの場で魔法を防ぐ者は母しか居なかったらしい。頼りの綱の宰相も王に加担していたからだ。
 バカップルである夫婦がたまに巻き起こす大喧嘩を、皆が目の当たりにするのはいつもの事。母以外が防げば反逆罪で裁かれてしまう。力の差は歴然としつつも、最終的に折れるのはいつも父であるが。
 一時は不穏な空気が流れたが、母の無言の睨みでその場は静まったとか。二人の近衛騎士から、王妃は最強ですねという賛美の言葉を頂く事になるのは後の話である。
 父の暴走話を聞き、ジュースを吹き出しそうになって慌てて反対の手で抑えていた。それでも母からの滑らかな責め攻撃は続く。
 
「それでイールヴァとライウッドったら凄い脂汗出しながら額を床に付けて、謝罪してから無言のエヴァディスに連れて行かれたのよ。長い銀髪が揺らめいて、彼の顔が般若の様に……」

 頭から角、口から長い牙が見えたわという恐ろしい喩えを出す矢先、フリージアが耐え切れなくなり会話を遮った。

「おっ、お母様、先程の失態についてこの度は真に申し訳御座いませんでした。次からは無茶をしません」
「よろしい。では、お父様にもその事を伝えて来なさい。一番、貴女を心から心配していたのですから」
「はい、分かりました」
 
 宰相の般若の顔というくだりからフリージアの目が潤み始めた。自らもエヴァディスの恐ろしい顔を見た事がある為、怯えてしまう。五歳の時、護衛も付けずに城を無断で抜け出してしまった時の事を思い出した。
 イールヴァがエヴァディスの親戚に当たるので王宮に見学に来て知り合ったのである。
 ライウッドも貴族でカーナリウム家の末の子に当たる。二人共の身分が貴族という事で、姫の友に相応しいと三人顔を合わさせられた。
 最初は二人とも萎縮していたが次第に打ち解けるようになり、いつも一緒に勉強したり魔術を習ったり、同じ先生の教えを受けながら毎日を楽しく送っていた。
 お供と言えば近衛騎士だが、彼らの目をやり過ごして城を出る。その時一緒に付いて来てくれたのがこの二人だった。お忍びで街へ繰り出し城へと帰って来た頃、裏口で待ち受けていた宰相に三人仲良く遠慮無しでコッテリ絞られた。当時二十代のエヴァディスの怖い記憶はその時からトラウマとなる。

 
 項垂れながら王に謝罪をして頭を下げているフリージアを見て感慨に耽る。
 娘にとっては大したことが無くても、その身に何かあれば真っ先に責任を追及されるのは、娘に従事している者達だと分からせる必要があったからだ。今回はお咎め無しで済んで良かったが、娘に傷一つでも付ければ、父でもあるあの国王は黙っていない。
 普段は穏やかで知性溢れる王として民衆や各国に知られている。
 しかし己や身近にいる大切な人物が危機に陥った時、鋭い牙を剥き出し冷酷な判断を下す事を王妃であるマトリカリアは知っている。

 ディッセント国に魔物の襲撃に遭った時は一人で上級魔法を駆使し魔族を蹴散らす為に軍を下がらせた。威力の馬鹿高い上級魔法は敵味方関係なく周辺を薙ぎ払う。
 自らを含めた守護結界を張り、見事に三百は数が居た魔物を風の刃で瞬時に殲滅した騎士王を、当時のマトリカリアは人伝で耳に挟んだ事を記憶している。
 覇者殿が居ない当時は騎士王ハシュバットが最強だと。
 普段からフリージアを守る近衛騎士を見ているからこそ、もしかすれば彼は威力を弱めたのかもしれない。本気で攻撃されれば守護魔法は張っても意味は無いからだ。
 自らの擦り傷を負った指の皮膚を見ながら溜息を零す。夫に傷を付けられたがそれでも本当に憎めない。惚れた者の弱みだろう。
 娘から謝罪を聞いた後、ハシュバット王がやって来て癒しの魔法をかけてもらった。ごつくて大きな優しい手の平を握り返し、二人は覇者の降臨を心から祝う。

 ――その頃の理緒――

「ブジャックシュ!!」
 
 肌寒い、月の綺麗な夜、塀に登ってやり過ごしていたハンスと共にガウラが居ないか遠目で広間を眺めていた。
 ガウラを救いたいと思う心は勿論あるのだが、体がウズウズして毛繕いに夢中になる。ペロペロ舐めるのが癖になって来た頃、辺りが騒がしくなった。

「チュウウ(嬢ちゃん、ガウラのおっさんが来たぞ)」
「ニャ(何処?)」
「チュウ(あそこだ)」
 
 ハンスに促され下を見ると、首に鎖をかけられ柱に固定された獅子ガウラがいた。反抗するのを諦めたのか、大人しくされるがままになっているのが弱々しい。
 
「ニャアアッッ(ガウラッッ)」
「チュウウッ!(まだだ、まだ行っちゃ駄目だ!)」
 
 ハンスに慌てて呼び止められる。少し状況を見てから考えて、作戦を練った方が良いと言う。今飛び込めば自分達は元より、ガウラにまで危険が及ぶときつく説得された。歯を食いしばり混乱しながら事態を観察する。
 その時商人風な男がガウラの頭に触って何か金属の飾りを取り付けた後、男は揉み手をしながら王族や貴族たちに話し掛けた。

「王族・貴族の皆様、ご機嫌麗しゅう御座います。覇者殿降臨の祝賀会に私如きめが招かれ大変恐縮の思いです。今日の為にとっておきの物を用意して準備してきました。どうぞ、今夜は存分にお楽しみください!!」
 
 男は顔に笑顔を貼り付けひと通り挨拶した後、今夜の催しの主題に入った。

「さあ、世にも珍しい喋る獣ですよ。今まで獣人にしか獣との会話は成立しなかったが、この獣についてる金属を頭に付ければアラ不思議、世界共通語のハヌマ語を話すことが出来る様になります!!」
 
 人々はざわめいた。獣が共通語を話す?
 本当にそんな事が出来るのか、疑惑に満ちた目で男と柱に鎖で繋がれた獣を凝視していた。
 
「オラ、何か喋ってみろ」 
「……」
「この頭の金属でお前が喋れる事が立証されれば、俺はたちまち大金持ちなんだよ」
「…」
「獣であるお前が喋れば、俺も良い事尽くめだし、お前も群れに帰してやる。さあ、喋れ!」

 グルル……と唸り、鎖を引っ張られながらしつこい男に観念してガウラは口を開いた。

「オレにどうして欲しいんだ?」

 事態を見守る人々が驚愕する。獣の放つ言葉を理解出来るのだ。

「早くこの鎖を取ってくれ。不快だ。首が痛い」

 ガウラはこの不便な状態を流暢に話す。人間の耳にはハヌマ語に聞こえるのだ。
 世界一般の共通語で周囲に居る物の頭の中に響いてくる。文句の一つを満足気に告げた獅子は、ブルッと首を振って隣に居る男を見やった。
 
 静寂に包まれた途端に沢山の拍手が沸き起こる。
 今まで獣の言葉が解るのは、獣人しか居なかった。人間にとっては屈辱にも近しい感情。身体的能力や言葉の壁で獣人に劣る等、当然ではあるが忌々しい事この上なかったのである。興奮が冷めやらぬ中、大勢の貴族が商人に喋りかける。

「素晴らしい発明じゃないか。君が作ったのか」 
「はいっ」
「後で王の元へお目通りした方が良い。これなら王宮に出入りする事が出来るだろう。他にもこんな面白い発明があるのかね?」
「勿論御座います」
「オイオイ、積もった話は後だ。まず今日は皆でこの珍しい金属の発明と、覇者殿の降臨に乾杯しようじゃないか!今日の素晴らしい日に」
「「「「「乾杯!!」」」」」
 
 ガッハッハッ
 
 貴族・王族は笑いが止まらない。手に掲げたグラスを高々に上げて、上等な酒を飲み干す。
 人々が笑いに耽っている頃、理緒は気付かれないように豪華な料理の並んだテーブルの下へ潜り、そのやり取りを聞いていた。
 途中、床に落ちた果物を口に加えてハンスと一緒に食べていたのだが気分は低下する一方。
ただ、ガウラにどのタイミングで近づこうか迷っていた。ひたすら迷っていた時、この和やかな雰囲気は突如一変する。荒々しい足音が、華やいだ広間に響いた。


「大変です!南の方角から魔族の襲来です!」
「何だと?!」
 
 一同、これには騒然とした。
 見張りの兵が塔から辺りを異常が無いか警備していた所、南の方角から複数の魔族が空を飛んでいた。辺りは暗いので正確な数が確認できず、街の一部の地区に被害が出たと報告があった。

「何て事だ! こんなめでたい日に!!」
「は、早く逃げんと……」
「ど、何処へ逃げるんじゃ?相手は魔族じゃぞ??建物の中へ逃げても無駄じゃ」
 
 辺りが騒がしくなる中、ハシュバット王が場を静める為に一声上げる。

「皆の者落ち着け、無闇に騒ぐな。いいか、この王宮から出るんじゃ無い。忘れたのか。ディッセントの国には魔族が襲来したが、ここには覇者殿もいる。希望はある」
「そ、そうだ。女神の恩恵を受けた覇者殿が……だが肝心の覇者殿が居ない」
「我々は見捨てられたのか?」
 
 貴族達は一様に顔を白くさせてしまう。

「しかし、おかしいな。この国全体に結界を張らせてあるのに。何故魔族が結界に入って来る?」

父の疑問に近くに居たフリージアはハッと何かに気づいた。魔術を勉強しているのでこの考えに辿り着く。

「魔術師達の結界は魔族は寄せ付けませんが獣や人間は通る事が出来ます。もしかしてそれらを囮に使って、結界を脆い内側から破いたのでは?」
「成程な」
 
 獣や獣人を無差別に結界から弾く事は出来ない。最近では彼らはこの国で働いたり商売を始めたりと、友好的に進めてきたからだ。
 何かを考えながら床を見つめていた王はチラリと商人風の顔を見る。国王からの猜疑の目が合うと、商人はサァッと顔が青白くなった。

「まっ、待って下さい。私はただこの金属を売りに来ただけで……それにこの獣は足に怪我をしている所を私は助けただけなのです。結界を破くなんて、そんな大それた事はッ!」
「カイナは高い知能を持つと聞く。その獣が魔族を招いたとは考えられんか?」
「まっまさか!!そんな筈無いですし、有り得ません!! そもそも町に入る前から鎖に繋いで監視していたので御座います。囚われながらそんな器用な事が出来るとは思えません」
「ふむ、まずそれは後で尋問するか。守備隊、この商人を牢に繋いでおけ」
「はっ! カイナは如何致しますか?」
「原因が分からぬ以上、むやみに殺せないな。よし、コイツも鎖に繋ぎ牢に閉じ込めておけ」
「御意!!」
「ああ、その頭に取り付けた金属もきっちり調べろ。それと他の守備隊にエヴァディスと、謹慎処分を受けた近衛騎士二人も呼んでおけ。その二人はフリージアと王妃の護衛に付いてもらう」

 ハシュバットが王妃とフリージアを優しく見つめる。そこでフリージアは果敢に前に出た。貴族達が固唾を呑む。

「お父様、私もお手伝いをさせて下さい。私は母には及ばずとも炎の魔術を得意とします。きっと役に立って見せます!!」
「フリージア、気持ちは嬉しいがお前は女でこの国の唯一の王位継承者だ。この混乱に乗じて、不遜な輩がお前を如何こうしようと企む可能性もある。大人しく自室で休んでいてくれ」

 翡翠の瞳と焦げ茶色の瞳が交差する。頭を優しくサラリと撫でられる。

「王妃と姫を安全な所へ」
「お父様!!」
「マトリカリア、フリージアを頼む」 
「分かったわ。貴方も気を付けて。さぁ、行きましょうリア」
 
 去って行く二人を見送り、残った貴族を避難させる。 
 王の下した命令に守備隊の一人が商人の腕に縄を括りつけ、牢に連行していく。通路には商人の悲痛な叫びが木霊した。 


 





「我が主ハシュバット国王陛下、宰相エヴァディス馳せ参じました」
 
 静かになった大広間に一人の人間が厳かに進み出る。玉座に座っている王に膝を付き、王からの返答を待った。

「悪かったな、エヴァディス。お前も体を休めている時に。実は折り入って頼みたい事があるのだが」
「陛下の御配慮感謝致します。ですが頼み事だなどと……主である陛下の御命令ならば喜んで承ります」
 
 そうか、と伏せていた瞳を上げ、焦げ茶色の瞳がエヴァディスを見やる。

「私はこの王宮から動かずに、宮殿に結界を張ろうと思う。私が動けば色々な所で問題が蔓延るだろう。人々の混乱もある。だから騎士団を連れて人々の救助と共に、魔族の掃討に当たってくれないか」
「宮殿内の守備は如何致しますか?」
「宮殿内は問題無い。守備隊に警備をさせ、私の傍には専属の守護獣を置く。今から張る結界は中からも外からも魔族は元より、生き物は全て通り抜けが出来ない様にする。より高度な結界だ。一度王宮から出れば入る事は出来ない。危険な任だ。騎士団だけでは心許ないし、やってくれるか?」
「御心のままに。宰相エヴァディス、国王陛下の為必ずご期待に添えて見せます」
「宰相なのに悪いな。将軍に戻るか?お前程の外交的手腕を持っているのが無くなるのはチと辛いが」
 
 エヴァディスは苦笑いしながら首を横に振る。

「いいえ、私は騎士団をとっくに辞めました。後任の騎士団長にその任を引き継ぎましたし。私が戻る事は、陛下が任命しない限り御座いません」
「わかった。お前の忠誠心はしかと受け取った。だが、決して死ぬな。お前の命は私の物だ。生き残って必ず私の元へ帰って来い!」
「御意!」 
 
 背中まである銀の髪を翻し、騎士団と共に城を出る。
 エヴァディスが町へ向かったという報告を守備隊から聞くと共に自らの魔力を更に高め、王宮をスッポリと黄金色の防御膜が張られた。結界が上手く張れた事を魔力で確認すると、

「さて、覇者殿を探すか」

 焦げ茶色の燃えるような瞳が静寂に包まれた空間を見据える――




姫  フリージア・イリオス・ディッセント
王妃 マトリカリア・イリオス・ディッセント

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