マルルさんが造った、砂上の楼閣(ろうかく)とやらで暫く話し込んでいた私達は、ペンギン三兄弟とその場で別れ、紫鉱城(ラドギール)に戻った。灰色の飛竜さんに内部まで連れて来て貰い、透明色の両扉を押し入り謁見の間まで一緒に移動する。
「只今帰りました。父上」
「ギャァッ、ギャアアッ(我らの魔王ファランティクス様、御機嫌麗しゅう)」
「ニャオォォン!(帰りました!)」
「帰った」
塩王子は普通に、飛竜さんは長い首を下げ、私は毛むくじゃらの手を上げて慌てて挨拶を告げる。ガウラは何も告げる事がないとばかりに、私を抱きかかえた反対の腕を上げて私の真似をした。
「おう! ソルトスに飛竜(ロドス)、リオにガウラ、デルモントはどうだったかの。魔族の世界もそう捨てたもんじゃないだろう?」
玉座に座っている熊魔王さんは、笑って迎えてくれた。
塩王子と同じく、こんな魔王さんも太陽や星が恋しいのか・・・好奇心から訊いてみた。黒色の髭を触りながら、宙を見据える。
「太陽か・・・欲しいと言えば欲しいわな。太陽は作物を実らせ、生命を育む。病や病原菌を遠ざける活力ともなるのぉ。星は闇夜を瞬き、明日への希望を見出す力がある。どちらも我らが願ってもやまない自然の象徴だ」
「ニャ、ニャアア(熊魔王さん・・・)」
「ソルトスからパンナロットの話を聞いたのか。ま、話の内容はそのままんまだがの」
ふう・・・と溜息を零し、熊魔王さんは苦笑い。
「リオもファインシャートへ戻るのか?」
「ニャ?(えっ!)」
ギクリ。そんな擬音が聴こえて、ガウラに強くしがみ付く。
「父上・・・」
「良いか、ソルトス。我ら魔族には、統括精霊・パンナロットの恩恵が欲しい。だが事を急いてはいつか必ずボロが出る。リオには、デルモントを自らの目で見て貰ったのだ。後は彼女の判断に委ねるしかないだろう」
「しかし・・・それでは折角の好機が、」
「覇者のリオ抜きで、ハーティスとゼルを助け出せないとはわしは言わんよ。だが彼女に後ろめたさが残れば、もしかすればリオはファインシャートを選ぶ。わしの杞憂に終わればいいがのぉ」
「・・・っ、」
目を見開き、頭をうつ伏せて必死に耐える塩王子。
ルビリアナさんや塩王子からは、ファインシャートへ行く話を私とガウラにはしてこなかった。だから彼らの後を追い、こっそりと付いて行こうと思ってたのに・・・
「ニャア、ニャアアッ(熊魔王さんは、私の事なんかお見通しだったんだね)」
「グワッハッハッ! 好奇心の強い覇者なら、するんじゃないかと予測したまでの事! 対等に選び、こちらへと有利に運ぼうにも我らへの不信から選んで貰えなくては、本末転倒も良い所だしのぉ!!」
グワッハッハ―――!! と、良く笑うから紫鉱城(ラドギール)が絶え間なく揺れる。灰色の飛竜さんに、ガウラと一緒に凭(もた)れかかった。
「ニャ、ニャアアアッ(熊魔王さん、ありがとっ!)」
「よい、ルビリアナにはわしから話を付けておく。出発は明朝だ。ゆっくり眠っておけ。なに、朝にはソルトスを迎えに寄越すから、さすがに置いてけぼりはないだろうて」
「世話になる。行こう、リオ――」
ガウラに頬ずりされながら、昨日と同じピンク色の部屋へと通された。
ファインシャートへとまた戻る為に、口の中と、丹念に体の隅々までガウラに洗って貰う。
「なあ、リオ」
「ニャ?(なに、ガウラ?)」
濡れた白い毛が嫌で、プルプルッと体を震わせた。
水滴は飛んだが、まだ毛が湿っていたので部屋の隅にあるオレンジ色の鉱物へと近付く。するとハロゲン並の温かさが、ポワーッと部屋一杯に広がった。
「フニャァァ・・・(あーー、あったかいぃ・・・)」
体の芯まで、じんわり染み込む温かさ。
現代世界での電気や灯油、ガスを消費しなくてもここまで温かくなるのなら、娯楽を抜けばデルモントの世界の方が絶対住みやすい。遠赤外線を付与したかの様な、お得な鉱物に不思議に感じながら毛むくじゃらの手でペチペチと叩く。
「もしもの話だ。リオがソルトスの言う、女神とやらだとしてもリオは、リオだよな?」
「ニャアアアッ(めっ、女神って・・・そんな大層な人物じゃ無いと思うけど)」
ゴニョゴニョと口を濁らす。
何せ、自分には前科があるから確実な答えを返せない。以前ガウラと出会った時は、覇者じゃないと否定したもの。その後否定を覆されて、今に至るしね。
「ニャ、ニャアア(でも、女神ってガラじゃないんだよなぁ・・・)」
「オレにとっての女神はリオだ。何も不思議な事じゃない。ただ、他人までリオにたかるとなると、オレは嫉妬して当たり散らしてしまう。・・・以前のマットのようにな」(※12話参照)
「ニャオオォォ!(なっ、マットさんがたかるって・・・!)」
中傷ともとれる言葉を聴き、思わずガウラを睨んでやった。
一瞬彼は怯み、言葉を詰まらせる。
「・・・、あいつは不安な状態のリオの心につけ込んで、お前をモノにしようとした。お前が女神なら、さらに沢山のモノ達から慕われ、縋られる・・・リオは優しいし、理屈は分かるが、はっきり言ってオレはそんな所見たくない」
「ニャアア・・・(ガウラァ)」
「リオが見限る事なんかしないのは分かってる。でも、他の奴らに優しくしてる所を見たら、オレは余裕なんか無くなるんだろうな」
女神って・・・頼むから、ファインシャートに戻っても王様やフリージアちゃん、ライさんイルさんには絶対言わないでよ! もし、黒犬ディルなんかにそんな話を聞かせてみ? 思いっきり笑われるんだから! そう文句を口にしようと、KY(空気読めない)ガウラに反論しようとした時――
「リオは、オレのだ。女神でも関係無い。お願いだ、オレを独りにしないでくれ」
「ニャ(ガウラ・・・)」
暫く二人でオレンジ色の鉱物の前で居た所、毛が乾いたのでベッドへ一緒にイン。
ガウラからの体中を撫で回す手と相変わらずの密着度に、爪を立てそうになったが踏み止まった。
(不安なのは私もだよ。でも、前に進むしかないじゃないか)
御神殿での、かつての女神さまとやらの声を少なからず聴いたのは、私と無関係なんかじゃないって思う・・・だったら私にも、彼女の事を知る権利がある筈だ。沢山の不満と押し潰されそうな不安に、ガウラの寝顔を眺めながら瞼を閉じた。
****
一日の終わりを告げる鐘の音を聴き、数時間経った後――朝に弱い私とガウラの、今日も清々しい闇夜の世界が始まった。
ゴギャアアーーッ
「チュウウッ(猫の嬢ちゃん! ガウラのおっさん、朝だぞー)」
アアアアーーッ
「ニャガガッ、ニャガア・・・(お父さーーん、まだ眠いよぉ。あーーん、ソフトクリームぅぅ)」
「リオーー・・・、そんなトコ、オレを誘うように美味しそうにねぶってしゃぶるなんて。試してるのか・・・もう我慢出来ない・・・ああ、好きだ、オレも未来永劫愛してる・・・」
スパンッ、スパパンッ!
「ニャガァッ?」「グッ」
ペッドで二人まどろんでいると、塩王子からの鋭い張り手による一撃が、私達の頭にそれぞれ炸裂した。
頭上から冷ややかな視線が降り注ぐ。
「起きろ、寝ぼすけ共。リオはガウラの指を離せ。お前達、そろそろ身支度して謁見の間まで来い。行くぞ、ハンス――」
ゴゲッ、ゴゲッ、ゴゲゴッゴーー♪
コカトリスのBGMと、二人からの催促を耳にしてようやく瞼を開けた。
ガウラの胸に抱き込まれた状態で目を覚ました私は、一日振りに会ったネズミのハンスと塩王子に朝の挨拶をしてから見送る。既にご飯の支度まで用意して貰っていたので、ガウラとそれなりに食べた後、最下層の謁見の間まで降りて行った。
「ニャアアッ(おはようございまっす!)」
「おはようございます・・・」
眠気まなこのガウラに、ポスポスと毛むくじゃらの手で腹を叩いてやった。彼に挨拶や礼儀作法とは何ぞと、しつけを教え込まねば保護者である私の威信に響いてしまう。他の誰に見せても恥ずかしくない様な人間に、仕立て上げねば!
「オウ! リオ、ガウラ。寝覚めは良いかのう?」
「ニャ!(お陰さまで、よく眠れました)」
「良い夢見れたが、もう少し後から来てくれても良かったのに・・・」
ブツクサ言うガウラを尻目に、熊魔王さんの言葉を待つと少し言いづらそうに喋られる。
「実はのぅ・・・覇者のリオをファインシャートへ連れて行くと飛竜(ロドス)に伝言を頼んだら、それを耳にしたルビリアナが渋ってのぅ。悪いがお前達、ルビリアナの屋敷まで迎えに行ってくれんか?」
「チュウウウッ(オイラの主は、猫の嬢ちゃんを人間達に渡したくないんだよっ。このままじゃファインシャートに渡れないし、二人の魔族を迎えに行く事も出来ないんだ)」
「ファインシャートの元・王国最強騎士と、鉄壁を誇る宰相から無事やり過ごしたんだ。ハーティスやゼルは別として、リオを連れて戻るとなるとそっぽも向きたくなるだろう」
熊魔王さん、灰色ネズミのハンスからルビリアナさんの反応を聞く。塩王子も彼女と同じ気持ちだと、少しムクれながら説明してくれた。
「・・・そういうわけで、二人ともルビリアナの機嫌を直してくれぃ!」
ガウラと二人顔を見合わせ、飛竜(ロドス)さんの背に跳び乗り、紫鉱城(ラドギール)から飛び立った。
←033に戻る 白呪記目次ページ 035に進む→