白呪記の主人公リオが、ロマンシングサガ3を冒険する物語です。白呪記と微妙に繋がっています。本編には直接関わりの無い様にしますが、この二つの世界観を壊したくない人は見ない方が良いかもしれません。【※小説家になろう様のサイトから、自作小説を移動しました※】
プロローグ
私は寝ていた筈だ。
守護獣ガウラと一緒に、少女趣味のフリルが付いたカーテンが特徴の、お姫様が使うだろう白い巨大な鏡台が設置された、クイーンサイズ程のある大きなベッドで。
昨日一日は忙しく、ファインシャートという異世界から魔族の世界の眠れぬ町不夜城、“デルモント”へ慌ただしく移動していたんだ。
移動した後は、デルモントを統治しているファランティ・・・あれ、名前忘れた。とにかく熊を連想させる巨体の魔王さんにお目通りした後、ガウラと一緒に客間を使わせてもらう事になったんだ。でも、目を覚ませば一面青色の世界。ベッドも無いし、勿論ガウラも居ない・・・
「リオ」
「!!」
陽光が差し込みつつある中、母なる海を思い出させる雰囲気に、前に一度会った女の人が後ろから近付いて来た。
「エリ、しゅ・・・?」
自分のド忘れぶりに舌打ちしたい。私にとっては重要な人物の名前を、すぐに忘れてしまうのだから――って!!
「え、嘘。・・・私、猫じゃ無い――?」
目を見開き、自分の手を凝視して顔を軽くペチペチ叩いてみせる。いや、今まで猫の体だったからそれに慣れてたというか。私の不可思議だという顔を見て、女神さまは麗しく微笑んでお喋りしてくれた。
「久し振り、リオ。元気にしてた?」
「久し振りって言う程じゃ無いでしょっ!あれから一週間も経って無いんじゃん・・・」
―――って、そんな事どうでも良いんだった。挨拶じゃ無くて、この人には聞きたい事があるんだから!
「あのっ「ねぇ、リオ。貴女にお願いしたい事があるんだけど、いい?」
両手を後ろに回し、急に上目遣いして窺うように強請る女神さま。
くそぅ。金髪な上に美人がそれやると、断れないの知ってて計算してるんじゃないの? だって、前まで猫にされて日常を謳歌・・・じゃなくって、強制的に異世界連れてこられた上に、自分の姿を猫に変えられたんじゃ“お願い”なんて聞けそうも無いでしょ。半分はこの人のせいでもあるのに!
眉を顰めて口から唸り声が出る。半目で睨んでいると、女神さまは言いだした。
「リオ、ちょっとコッチ来て」
白く透き通る様な柔らかな腕の中に、突如現れた本。表紙の文字はさっぱり読めない。軽く装飾された柄以外には、特徴も何も見当たらなくてどうしたら良いのか分からない。私に気軽く読ませようと、分厚い本を開いて二人で一緒に眺めた。
「・・・」
「この世界もすっごく楽しそう。ねぇ、ちょっと息抜きに此処(ここ)行ってみない?」
巨大な魚が人を飲み込んで、周りに居る人をその巨体で踏み潰し水圧攻めに。
巨躯な体と槍で人間をぶん回し、頭上から持ち上げた人間を完膚なきまでに叩き落とす。
女の人が操る三頭の竜で、人間を熱・冷・雷のトリプル攻撃で息つく暇なく攻め立て。
死神も真っ青の、良く磨かれている巨大な鎌(かま)で生者の即死を付け狙う、それを見せられて何処が楽しそうで息抜きになると?!
本の中に居る人物やモンスターは今にも飛び出してきそうな勢いで、臨場感溢れる映像を見ている様な錯覚に陥らせてくれる。ゲームしてる分はそりゃ楽しいだろうが、実際行くとなると別問題でしょ?
「楽しそうだよね?ね?“ロマンシングサガ3”、リオ好きだもんね!」
ヤカマシイわ。それ以上喋ると、女神さまと云えどほっぺた引っ張るぞ。既にお願いでは無い。単に我儘に聴こえるのは私だけでは無いはずだ。
「実はぁー、リオに喜んで貰おうと思ってぇ、この本神様からぶん盗って来ちゃった!」
「それで、エリーちゃんは何をしたいのかな?」
女神さまのイメージぶち壊しだ。何なの、ぶん盗って来たって。長い名前を略してエリーちゃんと言ってやったら、彼女は大きく目を見開いた。
「・・・リオ、思い出したの?」
「えっ、一体何の事?」
「・・・ううん、良いの。コッチの話!・・・それはさて置きリオ、貴女は人間だけど言葉が通じないのと、猫の姿だけど人間の言葉が理解出来て、尚且つ喋れる、どっちが良い?」
何勝手に話し進めてんだこの女神さま。しかも究極の二択じゃないか。
「どうして猫の姿ばっかりなの! エリーちゃん、私を何だと思ってんの!」
「だってリオが変身する猫姿が可愛いから、ついそれで設定しちゃうの・・・」
「ついって・・・」
可愛いと言われて嫌な気分にはならないが、エリーちゃんだけは別。甘やかすと更につけ上がせるだけだ。助長するかもしれん! と、今後の事を危惧して彼女に近づき、今までの鬱憤を晴らそうと頬に手を伸ばしたその時――
「リオ、猫の姿で行ってらっしゃい♪ 因みに二足歩行、出来る様にしたからね!」
「わっ、わわ!!」
凄い吸引力で本に引っ張られる!
せめて一回は女神さまであるエリーちゃんの頬っぺたを強く捩じってやりたかったのに。
「存分に楽しんで来てねっ。感想、待ってるから!」
下半身が本に入ったまま、腕だけで精一杯上半身を支える。これって一種のホラー版、“てけてけ”に匹敵するんじゃ・・・!
「フ、フギャアアアアッ!(エ、エリーちゃん!!)」
前振りも無しに、猫の姿に変えられたもんだから腕で支え切れなくなった。
本の中に吸い込まれると、その役目を引き受けたかの様にパタリときつく閉じられ、持ち主の腕の中に収まる。
「リオ、昔も貴女は私の事を“エリー”と呼んでくれたのよ?早く思い出してよ、いつまでこんな気持ちを味わわなければならないの・・・」
私の――――
それだけ呟くと光に包まれ、本と共にその場から姿が消える。
彼女の悲痛な感情を、今は誰も知る事は出来なかった。