連日、自分の家で視聴不可能なものばかりお奨めしている気がしますが、シネフィル・イマジカにて、11月18日、21日、30日、また12月にも、ジェイムス・アイヴォリー監督『眺めのいい部屋』(1986)が放映されます。→こちら
原作はE.M. フォスター。内容紹介文には
『20世紀初頭、フィレンツェを訪れた英国の良家の令嬢(ヘレナ・ボナム=カーター)が自我と真実の愛に目覚め、大人の女性へと成長する。ジェームズ・アイヴォリー監督の格調高い文芸作。』
とありますが、そんなに堅苦しく構えなくとも、キュートなロマンチックコメディとして楽しめます。
今では「ティム・バートンのパートナー」としてのイメージが強くなってしまったヘレナ・ボナム=カーターですが、この頃はファニーフェイス美少女という感じ。
ラブロマンスのお相手はジュリアン・サンズ。共演者は紹介ページにも出ているマギー・スミス、デンホルム・エリオット以外にジュディ・デンチなどもいて、ちょっとした英国オールスターの趣きです。
が、自分にとって、この作品は何よりも「ダニエル・デイ=ルイスの映画」です。
ヒロインであるルーシーの「気障で嫌味な婚約者」という役どころですが、その「キャラ立ち」方が素晴らしい!
何しろ初登場シーンの一瞬にして──本当にその一瞬で、このセシルという青年がどういう人物なのか、観客にわからせてしまうのですよ。
その後も、立ち居振る舞いからセリフ回しから、美しい指先の動き一つに到るまで、彼はこの皮肉屋で教養あるスノッブを余すところなく完璧に表現しています。
「なりきり」と言うより、演じる俳優が対象を或る意味突き放した、戯画的、批評的演技なのですが、しかし終盤に来て、このセシルが決して「それだけの男」ではなかったということがわかります。
原作設定通りだし、丁寧な演出の賜物でもありますが、それまでに描かれた人物像と矛盾することなく、観る側をいい意味で裏切ってくれるダニエルの演技も、やはり素晴らしいものでした。フラットキャラクターに徹しながらも、決して一面的ではない演技が出来るのが、彼の真に優れたところなのだと思います。
セシルがようやく一人の「人間」としてルーシーの前に立った時こそが、別れの時になってしまうというアイロニー。ルーシーもそして観客も、彼が本当に「気障で嫌味」なだけの人であればどんなに良かったか、と思わずにいられなかったでしょう。
彼女が去った後で、ひとり残されたセシルがゆっくり靴紐を結び直すシーンは、忘れ難い余韻を残してくれます。
ダニエル・デイ=ルイス、当時なんと28歳。その年齢にして、この神業演技を見せ、しかもそれが、アイリッシュでゲイのパンクスをリアルに演じた『マイ・ビューティフル・ランドレット』と同じ年の作品なのだから、世界中が驚いたのも無理ありませせん。
近頃は、意識的にだとは思いますが「大仰な演技」を選択しているように見えるダニエル。『ギャング・オブ・ニューヨーク』も『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』も、心に残るのは実はそれ以外の部分なのですが、またセシルのように軽妙な演技も見せてほしいと思ってしまいます。
2010年公開予定、ロブ・マーシャル監督の『ナイン』では、また違う面を見せてくれるでしょうか……
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