新令和日本史編纂所

従来の俗説になじまれている向きには、このブログに書かれている様々な歴史上の記事を珍しがり、読んで驚かれるだろう。

北川景子とDAIGOの結婚を姓の法則から占う 浮気をせずに奥様の言う事をよく聞いて下さい

2019-06-08 10:04:55 | 新日本意外史 古代から現代まで
 
北川景子、本名内藤景子、DAIGO、本名内藤武宣という。
北川は明治大学商学部卒業の誰が見ても美人で才女である。一方のDAIGOは三流の小中高一貫校の玉川大学である。義祖父が元総理大臣の竹下登ということで、権威に弱い日本人の感性に付け込んで人気があるという。
低級で訳の分からぬパフォーマンスで、バラエティー番組に顔を出している軽いタレント。近頃は美人女優「北川景子」の夫ということで、何の芸もないのに得をしている部分もある。
同じ姓同士の結婚は、江戸時代や明治大正では珍しくなかった現象で、同じ村や町に、同姓(例えば中村姓)が何軒もあったから、何の不思議もなく結婚していた。
それが現代では都会に出てきてばらばらに住んでいるので平成の現代では珍しい現象である。
現代でもまだ「大和婚族単一説」を信奉している頭の固い人が多いが、下図のように日本人は最低でも五つの民族で構成されているのである。
 
そして、かっては互いに対立しあい、敵同士で殺し合いまでしていた時期さえある。だから婚姻も同じ民族同士で行っていたから、離婚などはまあ無かった。
「嫁は庭先から貰え」といった言葉の意味も、同族同士は間違いがないという事なのである。
また「惚れちゃいけない他国の人に、末はカラスの泣き別れ」というのも、他国というのは外国のことではなく、日本は「六十余州」と云われた如く、
民族、部族ごとに住んで、国を形成していたせいで、同国、同族同士の結婚はいいが、少しばかり美形の男だからといって好きになっても、所詮は上手くいかないのだという諫めの唄なのである。
さて、この「ナ」のつく人の先祖たるや、大陸から天孫民族が渡来してくる前から、既に日本列島に住みついていた原住民で、今も昔も征服者よりは土着民の方が遥かに多かったから今でも多くいます。
中村、内藤、南波、夏井、南条、成田、鳴海、等々。
現代有名人では巨人軍の長島茂雄や政治家の長妻昭、将棋の内藤國夫などが思い浮かぶ。見た通りみな穏やかな顔で、美形でもある。
しかし、この姓は表面は温厚そうでニコニコしていても、こんな怒りっぽい人種はあまりいないのである。
長嶋も監督時代、いくら負けてもグラウンドでは怒った顔は絶対見せなかった。しかし監督室へ戻れば荒れ狂い、室内はめちゃくちゃだったという。
怒りを内向させるタイプなので、北川景子は、まだ大人になり切っていないDAIGOを上手くあやしてやらなければなるまい。
  しかし、封建時代は特に家名を重んじる世の中だったので、このナ姓は案外ないがしろにされていたような傾向もみられます。
戦国大名でこのナ姓をもつ者は迫害され殺されたり討死してしまっている者が意外と多いのです。
  例えば、長尾政虎の場合は関東管領の跡目をついだゆえ、上杉と改姓したのもやむをえないが、長岡越中が熊本へ移って細川姓になるのは、表むきの理由はなにもありはしない。
とはいうものの、戦国期から江戸初期にかけ、ナのつく戦国大名はどんな運命を辿ったかとなると、
  長束正家(秀吉五奉行の一人で近江水口城主十二万石だったが、関ヶ原役後池田長吉に欺かれて城をでたところ、弟の長束直吉とともに近江桜井谷にて十月三日に殺される)
  内藤家長(家康の重臣、上総佐貫二万石。慶長五年八月伏見にて棄て殺しにされる)
  内藤如安(加藤清正の臣から前田利長の臣となったが、慶長十九年正月に京へよばれ、九月にルソンへ追われて寛永三年マニラで死去)
  
 中川清秀(摂津茨城城主だったが、天正十一年四月十日に大岩山砦であえなく討死)
 中村一氏(十七万五千石。豊臣三中老の一人。関ヶ原役に東軍に与したために急死、家臣に毒殺されたともいわれる)
成田氏長(武蔵忍城主。石田三成に攻められて、黄金九百枚と唐頭十八個を首代とし、落とし前をつけて助かったが後に死罪
成田直徳(越前勝山二万七千石。旧主丹羽長秀の死後、秀吉によって四十分の一以下に減封された丹羽長重のため、打倒秀吉を叫んで召し捕えられ殺される)
南条元忠(伯耆羽衣石城六万石。西軍に与し失領後、大坂城へ五百石で新規召し抱えられたが、裏切りが露見して殺され、
「裏切りの伯耆待、古畳み、南条もって役にたたばや」と落首されて侮りをうけた、といったぐあいです。
  どうも江戸期までのナ姓はあまり良いことがないらしく、その生き残った一族は四方に散り、他にやることがないから子孫増産に励んだのが、
中村姓に代表されるような今日のおびただしいナ姓の人口になったのかも知れません。
  この発音のつく姓は十人に二人はいるとまでいわれています。ナのつく姓もまた非常に多いのです。さてこの姓をもつ人は性格的にどちらかというと弱気というか引込み思案型の人が多く、世に知られていても、あまり抜きんでて有名な人はあまりいないようです。
  つまり、一般的にいって〝安全第一〟といった地道なところが認められる、の一言につきるからです。
  そして、きわめて慎重型ともいう、「大過なきをもって可とする」といった精神からは、まことに申し分なく、サラリ-マンをやめて商売に転向しても、
 「石橋を叩いて渡る」といった慎重さから、まあ間違いはありません。しかし、平凡な人こそ凡俗をきらう傾向もあり、堅い人ですが、麻雀や競馬が好きで、往々にして仕事は真面目でも、ギャンブルでひどい目にあうようです。
知名度にあまり抜きんでて有名な人はいないと前述しました通りに、ナ姓の多い割には、あまり有名人は少ない。
  ですからナのつく人はできるだけシャバッ気を出さずに地道に生きるしかありません。
 「日々是れ好日」といった心境で、しいて冒険などせず、真面目人間で通るしかないのです。   
 ナ姓―離婚の少ない辛抱強い姓である
  ナのつく姓をもつ人となりますと、男性の場合は、一般的に健全で地味なタイプが多いようです。つまり、結婚に関していいますと、「まあなんとか、ことなかれ」といった安穏を求める女性にとって、
この姓の男性は願ってもない好伴侶になるといえるからです。
  また、家庭裁判所には離婚申請の申し込みに来る人たちの姓別の記録保存カードがありますが、それによりますと、「電話帳には多いが離婚申し込みは到って少ない姓」ということになっているそうです。
つまり、この姓をもつ人口が多い割には、そのファイルの厚みが他に比べて非常にと薄いいう現象を示しているそうです。
 つまり、他に比べて、ナのつく姓の人は、男性は堪え性が強いというのか、夫婦間のトラブルもなく、きわめて円満で、我慢強く辛抱する特徴をもっているといえます。
 
 この姓のつく女性の場合、中には残忍型で、淫蕩の血統というか、強度のヒステリーな人が往々にしているようです。ですから、「内藤さんは固い御方だから、その娘さんなら間違いないだろう」などと早とちりして結婚してしまうと、自分の方が危ない目にあうかも知れません。したがって夫たるもの、もし旧姓にナの奥さんをもっている人は、絶対に浮気だけは禁だといえましょう。
こうしてみると、DAIGOさんは、少し位スタイルや顔に自信があっても、決して浮気などしてはいけない。
妻の北川を立て良く言うことを聞いて、大事にすれば、芸能人同士の結婚でも末永く結婚生活は安泰だろうといえる。
 
 
 
 
 

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