東京都内の縄文・弥生時代の遺跡の中で、国史跡の指定を受けているのは9か所あります。
9か所の内、8か所が縄文時代です。
・大森貝塚(大田区)
・中里貝塚(北区)
・椚田遺跡(八王子市)
・船田石器時代遺跡(八王子市)
・高ヶ坂石器時代遺跡(町田市)
・下布田遺跡(調布市)
・西秋留石器時代遺跡(あきる野市)
・下野谷遺跡(西東京市)
残る1か所は弥生時代の遺跡で、「弥生土器」のネーミングのもとになった弥生町遺跡の隣にある弥生二丁目遺跡です。
上述の遺跡の内、中里貝塚と西秋留石器時代遺跡、それに下野谷遺跡はまだ現地を訪れていませんので、これでは恥ずかしくてマニアとは自称できませんね。
ちなみに、都内には旧石器時代の国指定史跡は一つもありません。
それでは、今回は弥生二丁目遺跡の探訪レポートをご報告しますが、当該遺跡は昨年(2017年)、クラツーのツアーでお客様をご案内しています。
それに先立ち、同年2月26日に下見に出かけており、今回ご報告するのはその時の様子です。
なお、上のリストの内、ハイパーリンクが付いているのはこのブログ内か別にやっている私のホームページの当該探訪ページにリンクしていますので、よろしければ見てみてくださいね。
根津神社に参拝し、次は弥生土器発見の地を目指します。
西側の台地へ登りますよ。
階段を登っても、まだ先には一段高い台地が見えます。
何か説明板がありますよ。
サトウハチロー旧居跡だ!
なぜ驚くかというと、昔、岩手県北上市によく行っていたのですが、当地には「サトウハチロー記念館」があるので、名前だけは私の中で有名人なのです。
でもどんな職業の人かは知らず、顔を想像するとどうしても佐藤蛾次郎さんになってしまうという体たらくでしたが、詩人だったのですね。
失礼いたしました。
言問い通りに出ると、目的とする石碑が見えてきましたよ。
横断歩道を渡って確認します。
よし、見っけ!
ここにはこの石碑と説明板があるだけですが、東大の武田先端知ビルに違う説明板があるようです。
せっかくなので、そちらも見てみましょう。
ところで、文京区はこういった説明板が立っていていいですね。
さて、武田先端知ビルに来ましたが、大学の敷地ってオープンになっているところが多いですよね。
無許可で入っちゃっていいのかなあ・・・
念のため誰かに断ろうと思い、敷地内をウロウロしてみますが、人っ子一人おらず、むしろウロウロしている方が不審者っぽいですよね。
まあ、さきほどの説明板に「自由に見学できる」って書いてあったからいっか。
お、説明板発見!
もう少し奥まで行ってみましょう。
お、これは!
こんなところに弥生二丁目遺跡の説明板が!
ここは武蔵野台地の突端部分で、結構比高差があります。
あまり長居するのは何となく気がひけるので引き揚げます。
また何かありました。
向岡記(むかいがおかのき)碑で、水戸藩の徳川斉昭の自撰自書だそうです。
さすが我が国の最高学府ですね。
これくらいの校正はお手の物です。
それでは、このまま引き続き上野公園を目指して歩きましょう。
(つづく)
9か所の内、8か所が縄文時代です。
・大森貝塚(大田区)
・中里貝塚(北区)
・椚田遺跡(八王子市)
・船田石器時代遺跡(八王子市)
・高ヶ坂石器時代遺跡(町田市)
・下布田遺跡(調布市)
・西秋留石器時代遺跡(あきる野市)
・下野谷遺跡(西東京市)
残る1か所は弥生時代の遺跡で、「弥生土器」のネーミングのもとになった弥生町遺跡の隣にある弥生二丁目遺跡です。
上述の遺跡の内、中里貝塚と西秋留石器時代遺跡、それに下野谷遺跡はまだ現地を訪れていませんので、これでは恥ずかしくてマニアとは自称できませんね。
ちなみに、都内には旧石器時代の国指定史跡は一つもありません。
それでは、今回は弥生二丁目遺跡の探訪レポートをご報告しますが、当該遺跡は昨年(2017年)、クラツーのツアーでお客様をご案内しています。
それに先立ち、同年2月26日に下見に出かけており、今回ご報告するのはその時の様子です。
なお、上のリストの内、ハイパーリンクが付いているのはこのブログ内か別にやっている私のホームページの当該探訪ページにリンクしていますので、よろしければ見てみてくださいね。
* * *
根津神社に参拝し、次は弥生土器発見の地を目指します。
西側の台地へ登りますよ。
階段を登っても、まだ先には一段高い台地が見えます。
何か説明板がありますよ。
サトウハチロー旧居跡だ!
なぜ驚くかというと、昔、岩手県北上市によく行っていたのですが、当地には「サトウハチロー記念館」があるので、名前だけは私の中で有名人なのです。
でもどんな職業の人かは知らず、顔を想像するとどうしても佐藤蛾次郎さんになってしまうという体たらくでしたが、詩人だったのですね。
失礼いたしました。
言問い通りに出ると、目的とする石碑が見えてきましたよ。
横断歩道を渡って確認します。
よし、見っけ!
ここにはこの石碑と説明板があるだけですが、東大の武田先端知ビルに違う説明板があるようです。
せっかくなので、そちらも見てみましょう。
ところで、文京区はこういった説明板が立っていていいですね。
さて、武田先端知ビルに来ましたが、大学の敷地ってオープンになっているところが多いですよね。
無許可で入っちゃっていいのかなあ・・・
念のため誰かに断ろうと思い、敷地内をウロウロしてみますが、人っ子一人おらず、むしろウロウロしている方が不審者っぽいですよね。
まあ、さきほどの説明板に「自由に見学できる」って書いてあったからいっか。
お、説明板発見!
もう少し奥まで行ってみましょう。
お、これは!
こんなところに弥生二丁目遺跡の説明板が!
ここは武蔵野台地の突端部分で、結構比高差があります。
あまり長居するのは何となく気がひけるので引き揚げます。
また何かありました。
向岡記(むかいがおかのき)碑で、水戸藩の徳川斉昭の自撰自書だそうです。
さすが我が国の最高学府ですね。
これくらいの校正はお手の物です。
それでは、このまま引き続き上野公園を目指して歩きましょう。
(つづく)
あと向+岡は個人的とっても縁がありそうな字ですね。崖があるなら太陽も良く見えたでしょうね。色々あるんですね。東京も。
さすがに土地の利用とお金が直結するので保存は難しいんでしょうかね?
私も自分が生まれた所の地図手に入れてますよ、結構古墳とか遺跡の場所はすでにつかんでいるようですよね、開発された場所でも。地形である程度は分かりますし。弥生だったかな?個人的には弥生はあまり好きではないんですけどね向付くならいいかな?7825