キング・オブ・ブルース、B.B.キングが木曜夜(5月14日)、米ラスベガスの自宅で息を引き取った。89歳だった。
キングは4月、持病の糖尿病による脱水症状などで2度ほど病院へ収容されていた。どちらもすぐに退院しており、今月初め、「ラスベガスの自宅で、在宅ホスピス・ケアを受けている。お見舞いの言葉や祈り、ありがとう」とのメッセージが発表されたばかりで、復活の期待もあっただけに残念です!
ご冥福をお祈りもうしあげます。
今回のブログは、生い立ち、テクニック、専門的な事は他の方にお願いして~超アバウト、ランダムで展開しますし、あまりにも功績が多過ぎ書ききれるものでは、ないので断片的には、なりますが今の思いを過去を振り返りながら書いてみようかと・・・
私のツイッターを肉付けして、いきますので、あしからず(^_^;)
ほとんどの有名ミュージシャンとの交流があり興味深い。彼に言わせると、当時ブルースはJAZZに比べると地位が低い扱いだったという。それでも、ほとんどのミュージシャンは彼に敬意を払っていた。サン・スタジオでレコーディングした時話した若者は、本当に素直で気持ちのいい青年だった。その男こそ、後のエルビス・プレスリーである。噂で、ギターをオーケストラのように弾くギタリストを見に行った。それがウエス・モンゴメリー。幼少の頃は小作人として働く。その後ギターを手にし、幼くして頭角を現し始めミシシッピからメンフィスにうつりいとこのブッカ・ホワイトに教わりながらギター・テクニックを磨いていた頃。
Bukka White - Parchman Farm Blues
当時としては、まだブルースがアンダーーグラウンドの時代で、その後世界的に日の目をみるのには、まだ時間がかかったようですが、それに人種差別が強く残っていて 白人が公の席で黒人をほめるなんて事はしなかった時代いち早く黒人ミュージシャンへのリスペクトを表明したのがビートルズ。そしてジョンは「BBキングのようにギターを弾きたい」と発言。メディアに流れてそれを知ったBBキングは、驚いてひっくり返ったそうです。
BBキング曰く「私の事を初めてほめてくれた有名人はジョンレノンだよ」 ブルースもメジャーになるきっかけになったかも。
またある時は、ライブハウスのトイレで用をたしていたら、後ろでマイルス・デイビスが自分のことを誉めていた。その後マイルスとは親友付き合いが、始まり、マイルスの極端な人見知りの中でのBBは、ジミ・ヘンドリックスと、ともに数少ない話相手になったようです!
Miles Davis & B.B.King, in "You know I love you", Live Concert, Barcelona, 1973.
若いミュージシャンにも、暖かく敬意をはらい見守っていたようです。U2のボーノもBB・キングを尊敬しており、LIVEツアーの前座として同行したが、本当に敬意を払った扱いを受けたらしい。そしてメジャーになったU2も、1989年には2度目の日本公演が開催され、スペシャルゲストにB.B.キングを迎えて行われています。こちらのPVはボーノの憧れの人と話す感じで、初々しいです?
U2, B.B.King - When Love Comes To Town /live/ ( Rattle And Hum) /1988/
BBにとっても悲しみのひとつ、1990年、8月26日、ウィスコンシン州イースト・トロイのアルパイン・ヴァレイ・ミュージック・シアターで行われたブルース・フェスティバル終了後、シカゴ行きのヘリコプターに乗り込むが、8月27日未明にアルパイン・ヴァレイ・リゾートにあるスキー場のゲレンデに濃霧で視界を失ったヘリコプターが墜落、死去。これからという若いブルースギターリストを失った思いは・・
Steve Ray Vaughan - The Sky is Crying ( Albert and BB King)
後は、マイルスの自叙伝と共通した、白人による迫害、人種差別の苦闘など。黒人がいい車に乗っているだけで、逮捕された時代。所詮どんなに成功しても音楽のカテゴリー外では黒人の生活は大変なのだ。彼の信望するギタリストは「アーロン’Tボーン’ウォーカー」で、ロバート・ジョンソンからはあまり影響はなかったというが・・・確かにTボーンはギターの弾き方、音、スタイルもカッコ良かったかも♫
T-Bone Walker- Don't Throw Your Love On Me So Strong
又BBとクラプトンそしてジャズ系ジョージ・ベンソンとの組み合わせも、とてもすばらしい!
BB King, Eric Clapton & George Benson - Rock Me Baby
まだまだ、書きたいことはありますが、あまりに偉大で、エピソードも多く、ジャンルを超えたBBブルースは、今のロックの世界にも、脈々と引き続いて、いくのは間違いないと思います♫!
若手?の一人~ジョン・メイヤー~
どのような悲しい日、記念碑的な損失。BB キングの人生だったそれ自体のタイム カプセルとほとんどが明るみに出た彼の腕時計の下で現代音楽の歴史のためのヤード尺何人かの人々 彼らは一緒に、特定の管理時間と空間を保持するようだと彼らを渡すとき、あなただけの思い出の事実を知っている、彼ら自身のためにかわすために残っていて... 詳細。BB の実情の衰退は決してしかし、: 彼は電気ブルース音楽の発端の先駆者、彼はそのグランド アンバサダー世代後。彼は永遠に (正常) が、心は心に常に勝つことを主張するギタープレイヤーが刺激されます。いつでもあなたの心が痛いし、それの意味をなさないを右クリックし、そこでそれを有すればいくつか BB キング上に置き、感じる何が起こるかわからない。今日では、B.B. の音楽は前に行っていることはない何かに起こっている: 我々 は彼を失うことから持っているブルースを通じて私たちを助けます。さようなら、B..ジョン
ホワイトハウス~談話
ブルースはその王を失っているし、アメリカは伝説を失ってしまった。BB キング、シェアクロッパー ミシシッピ州、テネシー、Memphis に年齢の来た息子が生まれたし、彼の国と世界に彼のすべてのアメリカ人の音楽を持って来た大使になった。1 つの B.B. より懸命に働いた誰より多くの新進気鋭のアーティストに影響を与えた。誰もブルースの福音を広めるより多くでした。
"3 年前、ミッシェルと私はホスト、ホワイトハウスでブルースのコンサート。私と予想していなかった歌う 'スウィート ホーム シカゴ' の数行に話したことは B.B. で、夜の終わりによってそれは彼の音楽を持っていたとはまだ効果の種類。彼は頭の中で立ち往生、彼は移動、彼はおそらくすべきことをやっているあなたを取得するを取得します- しかし、常にあなたがした喜んでいるでしょう。B.B. なくなっている可能性がありますが、そのスリルは永遠に私たちとなります。1 つのキラー ブルース セッションで天今夜はしようと"-大統領オバマ:
SWEET HOME CHICAGO - Obama, BB King, Buddy Guy, Mick Jagger, Jeff Beck
世界から、数え切れない多くの追悼メッセージが・・エリック・クラプトン、リンゴ・スター、バディ・ガイ、ジーン・シモンズ、ジョー・ペリー、ピーター・フランプトン、ヴィンス・ニール、リッチー・サンボラ、スヌープ・ドッグ、レニー・クラヴィッツ、チャックD、スラッシュほか
Watch Eric Clapton’s Moving Video Tribute To B.B. King, His Late Friend And Inspiration http://www.buzzfeed.com/imaansheikh/eric-clapton-thanks-bb-king @sheikhimaan @buzzfeed
クラプトンの打ちしがれて、憔悴しきった顔は、とても心配になりますが、BB、ジャックと盟友が旅立っていきましたが、クラプトンには、まだまだやり残していることがあるんですから、これからも若いブルースマンをよろしく♫(^_^;)
Eric Clapton, Somewhere Over the Rainbow
最後にBB キングといったら、私はこの曲が・・・♫
B. B. King - The Thrill Is Gone (Live at Montreux 1993)