沈黙が続いた。
時間にして1分~2分あるかないかだったと思う。
言葉に表せないほど重い空気に晒されて、時間もどれほど経ったかわからない。
ドクターは沈黙を破った。
「手術の手順と言いますか、どの様な手術を行うか説明しますね。」
まずは二心室と単心室という2つの種類があると。
二心室の方がより心臓に近い。
単心室の方は読んで字の如く、心室を1つのみなので、本来の心臓の形とは違う。
しかし、両方ともに言えるのは、そもそも息子の心臓は普通の心臓に比べるとパワーがとても弱いのだ。
「これが非常に難しくて二心室を取りたいんです。でも二心室を目指すからと言ってやっぱり難しそうだ!ギリギリまで二心室を引っ張ったせいで単心室に切り替えようとした時には、単心室に切り替えた方がリスクが高いこともあります。なので非常に見極めが難しい手術でもあります。」
ノーウッド手術の事。
人工の動脈みたいな物が入ること。
フォンタン手術のこと。
一定の年齢までに4回の手術を行うこと。
その手術にはそれぞれ条件があり、心臓のサイズやパワーなどクリアしないと出来ないこと。
4回の手術を全て行えずに亡くなる子供もいるのが現実であること。
言葉が出ない。
妻が口を開く。
「成功率とかはどうなんですか?」
私よりも冷静に現実をみていた。
ドクターは答える。
「そもそも症例数が少ない病気でうちでも1年に1件あるかどうかです。何件も連続で成功した時もありますが、さっきも言いました様に症例数の母数が少ないので、1件亡くなってしまうと成功確率という話になると一気に減少してしまいます。症例をたくさん扱っている病院だと成功確率が高いです。ただ平均すると70~80%ほどでしょうか。」
70~80%。
死ぬ確率が20~30%もあるのか。
自分の母が続ける。
「全部手術が成功したら普通に生活できるのか?」
ドクターは答える。
「普通をどう考えるかですが、それは難しいと思います。」
妻は聞く。
「日常生活が普通に行えたりとかは?」
ドクターは答える。
「手術が4回成功しても走ることは難しいでしょう」
私も聞く。
「寿命はどれくらいなんですか?」
ドクターは答える。
「平均寿命よりはどうしても短いです。」
何を聞いていいのか。
何を聞けば良いのか。
頭が一気に脳みそではなく、スポンジに変わってしまったのかと思うくらい声が出ない。
ドクターは続ける。
「なので、選択をしてもらわないといけません。うちで手術をするのか。隣県にある病院だとうちよりも成功確率も高く、この症例も多く扱ったところがあります。どちらで手術と治療を受けられるかを選んでもらいたいです。」
思考が追い付かない。
妻は聞く。
「答えは早い方がいいんですか?」
ドクターは答える。
「早い方がいいです。週数が進んでいますし、遅くなればなるだけリスクも高くなる部分もあります。なので今週はしっかりとご家族さんで話し合ってもらって…そうですね。週明けとかに返事をもらえればと思います。」
まるで人の気持ちを考えてないかのように淡々と伝えてくる。
しかし、医者という仕事は激務なのは、想像は出来る。
このドクターにも私たち以外にもたくさん抱えている患者さんがいるのもわかる。
私達家族は私達家族を大切にして欲しいと思う。
しかし言い方を悪く言えば、ドクターからすれば症例に難しさ等はあれど、最善を尽くすだけ。
何人の内の1人の患者なのだ。
しかし怒りなどは出てこない。
今の現状を受け入れるので精一杯。
しかし、現状をすぐに受け入れるほど、簡単な話でもない。
両の手のひらで水をすくう形を作り、そこに水を上からかけられると、多少はすくえるが、多くが零れ落ちてしまう。
かろうじて涙は出なかったが、悲しみや悲痛と言った感情は、堪えきれず。
虚無感。
虚無感。
圧倒的な虚無感。
思考が止まる。
誰か分かるなら最適解を教えてくれよ。
何故。
よりによって。
うちの子なのだと。
色んなマイナス感情が湧き上がるばかりであった。
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