田中良平 切り絵・切り紙制作所

Ryohei Tanaka`s Killer Cuts&Killing Shapes

アーティストみたいな

2013-07-02 00:18:31 | つぶやき

アーティストは謎だ。

謎だからよくわからない。

そもそも、言っていることがよくわからない。

やっていることもなんだかわからない。

で、オレはアーティストか。

言っていることも、
やっていることも、よくわからないではないか。

とはいえ、ぜんぜん、まったくわからないわけでもない。

なんとなくわかる。

なんか笑っちゃう、ものもある。

おもしろい、とも思える、ものもある。

でも、よくはわからない。

さっぱりわからない、わけでもない。

笑えるわけだから。

面白がれるわけだから。

ただ、わけがわからない。

おそらく、それほどわかるべきことがない。

内容がないのか。

意味もないのか。

いや、そうではない。

内容は、ある。

笑えるわけだから。

意味もあるといえばある。

面白がれるわけだから。

だが、説明するほどのものではない。

そして、説明?を聞いたところで、

なにかがわかるわけでもない。

やっぱり、よくわからないと思うだけだと思う。

なんだか、おかしい。

よくわからないが、おもしろい。

「なぜ」そのものが笑えるというのがいいと思う。

おもしろいと思える人は説明?を聞かなくてもおもしろいと思ってくれると思う。

また、見て最初におもしろいと思えない人は、説明?を聞いたところで笑えるとは思えない。

なるほど、とかいうかも。

だからといって、わかったわけでもないのだと思う。

笑わせたいとは思っている。

笑えるものが好き。

笑えるアートはアートの敷居を下げる。

そして、しかしそれは品位を下げることにはならない。

冗談ではないのだ。

ギャグでもないのだ。

でも、バカバカしかったりするのだ。

なんだか、とてつもなくくだらなかったりもするのだ。

死ぬような思いをしてつくった、
おそろしくバカバカしいアートを見て、
笑ってはいけないなんてことはない。

美術館ではお静かに教育が行き過ぎてて、ぶー。

アートは崇高なものでもあるが、
と、同時にたかが人間が作ったものでもある。

笑うだけではもったいないものもあろうよ。

圧倒され、感動し、後に笑っていただきたい。

想像していただきたい。

レオナルド・ダ・ヴィンチが、
ピカソが、
モーツァルトが、
平山郁夫が、

飯も食えば、屁をひり、糞もし、足の小指をどっかにぶつけて痛がる、
せいぜいが呼吸しても、ただのホモサピエンスだということを。

同じです。

同じだから笑える。

たかが、人間が作っているものなのだ。

そのエネルギーを笑え。

喜びの笑顔を放出させよ。

凄さに震えて、挙句に「なんでねん」って突っこんで。

表現という欲求に忠実に従った、従うことを自分に許した、従うことを許された、
あるいは困ったちゃんたちの暴走を受けとめ、その距離を笑え。

ってなんの話。

だから、

さあ、オレはアーティスト?

アーティストは謎だって言ったじゃん。

よく、わからないこと言って、やってるってとこは及第。

だから、一応オイラはアーティスト、みたいなことする人。

だって、謎だから。

ね、ほら、アーティスト。

でた、ほら、ぼけ、みたいな。

そして、なんだか脱線しているうちに眠くなってきました。

こんなこと、誰が気にしようか。

いや、オレが。

寝るぞ。