世界の中心で吉熊が叫ぶ2

身長15センチの吉熊くんと生きる独身OLの暮らし

普通の自分

2024年12月04日 | 日記
医療費控除の申請方法を確認する一方で、妹がやっているふるさと納税についても調べてみる。(先般、妹宅にお邪魔した際、ふるさと納税でゲットした佐賀牛のすき焼きがとても美味しかった)
が、しかし。
調べてみると返戻品は肉ばっかりではないか。

まさに牛肉が犇めいている…!ギュウギュウしてる!

独身の自炊しない民にとって、ふるさと納税はハードルが高いものだ。
そんなことを母に言ったら
「そんなの、簡単。肉の納品先を実家にすればいいだけじゃない!」
とアドバイスをくれた。
…お、おう。
母も妹も料理ができてすごいなあ。父もラーメンや卵焼きやもんじゃ焼きが上手だし、キャンパーの弟もそれなりにできる。
あれ?あの家でできないのは私だけ?え?マジ?←今日気付いた。



小学4年生から「クラブ活動」が始まった。
たしか何曜日かの5時間目が「クラブ活動」に充てられて、好きなクラブに入って、担当の先生の指導の下で活動をするというもの。
家庭科クラブが大人気すぎて選抜だった気がする。
人気の理由はお菓子を作って食べられるから。
私はあのクラブについてほかの子のように興味が持てなかった。
お菓子は家に帰れば母が作ってくれていたし自分で作るのが面倒臭そうで。
その時、自分が「他人とは違う」ことに気付いた。
人気があるものをあまり選びたがらない自分を知ったのである。

で、なんと入ったのは「手話点字クラブ」だった。
目や耳が不自由な方の世界を知りたかったから。

クラブでは点字を打ったり、手話で自己紹介をしたりした。
目が不自由な男性がスペシャルゲストとして盲導犬と一緒に学校に来てくださり、色々と教えてくれたこともあった。
彼が使うそろばんや時計も見せてもらい、その生活の実態を垣間見ることができた。
たしか6年生まで「手話点字クラブ」にいた私。
けっこう真面目にやっていて、点字であいうえお、手話で自己紹介もできるようになっていた。

クラブでは都度日報を書かされるのだが、6年生最後の日に「ゆうしゅうのびをかざれた」と書いたらクラブの先生に「よくそんな言葉を知っていますね」と褒められた。
30年以上経っても忘れられないのだから、当時、いかに自分が褒められない人生を歩んでいたのかがよく分かる。
とにかく手話点字を頑張っていた。
まさか35年後に緑内障で障害者になるかならないかという状況になるなんて。
あの時「手話点字クラブ」を選んだのは何かの伏線だったのだろうか。
(視力はあるので点字は使わないで済んでいる。視野が狭い不都合を感じつつ、文字や景色は見えている)

話が逸れた。
ふるさと納税は一旦棚上げ。
ちなみに吉熊はふるさと納税をしてるっぽい。
詳細は教えてくれないのだけれども、返戻品はどんぐりなのだそうだ。

吉熊「どんぐりのご利用は計画的に…」



去年の今日は、33連休最終日。
毎日の治療と通院、よく頑張りました。
あまり褒められなかった人生。この件に関しては、自分で自分を褒め称えたい。

2023年12月04日 【有給21日目】旅立ちの時
(いまだに治療最終日の日記を読むと泣いてしまう)

通院アプリ。印がある日にちが通院日。




この治療の後、今年の春にかけて皮膚炎がひどく、「再発?」ってビクビクしていたが杞憂だった。

予防治療はあと9年続くが、本日を以て、ようやく「普通の自分」に戻れたような気がする。


そんなことを思いながら昼休みに見上げた空は青く、色付いた葉の色が目に染みた。




夕食は意識高い系のハンバーガー。そしてはるさめスープ。




ゆっくりと湯に浸かりながら「100分de名著」のテキストを読む。



「普通の自分」、おかえりなさい。