幕末の志士・坂本龍馬の盟友として知られ、土佐勤王党を主宰した武市(たけち)瑞山(半平太、1829~65年)が、切腹直前に獄中から仲間に送ったとみられる書状が、高知市の土佐山内家宝物資料館で見つかった。
反論の機会すら与えられず、罪状を言い渡されたことに対し「実に(以下3回)絶言語申候(げんごにぜっしもうしそうろう)(言語道断だ)」と、「実に」を4度重ねており、同館は「志を遂げられなかった悔しさが生々しく伝わる」としている。13日から同館の特別展で公開される。
同館が、志士らの書状約20通をまとめた巻物を所蔵資料から見つけた。武市の書状は複数あり、あて先は不明だが、いずれも藩に捕らえられた1863年から切腹までの1年半の間に記されたらしい。
「実に」と書かれた書状は、65年の罪状言い渡しの直後のもの。病床から無理やり連れて行かれた取り調べの様子などを筆記。「皆々…所置(切腹)スル事」になるだろうとの覚悟を記して結んでいる。
明治時代の歴史書「維新土佐勤王史」には同様の内容は記されていたが、書状の所在は不明だった。武市は土佐藩の尊皇攘夷(じょうい)派のリーダー的存在で、龍馬も若い頃、土佐勤王党に加わっていた。
藤田雅子・同館学芸員は「武市の普段の字よりも小さいが、『実に』の字だけは大きく、無念さがわかる」と話している。
11/13 読売新聞
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反論の機会すら与えられず、罪状を言い渡されたことに対し「実に(以下3回)絶言語申候(げんごにぜっしもうしそうろう)(言語道断だ)」と、「実に」を4度重ねており、同館は「志を遂げられなかった悔しさが生々しく伝わる」としている。13日から同館の特別展で公開される。
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「実に」と書かれた書状は、65年の罪状言い渡しの直後のもの。病床から無理やり連れて行かれた取り調べの様子などを筆記。「皆々…所置(切腹)スル事」になるだろうとの覚悟を記して結んでいる。
明治時代の歴史書「維新土佐勤王史」には同様の内容は記されていたが、書状の所在は不明だった。武市は土佐藩の尊皇攘夷(じょうい)派のリーダー的存在で、龍馬も若い頃、土佐勤王党に加わっていた。
藤田雅子・同館学芸員は「武市の普段の字よりも小さいが、『実に』の字だけは大きく、無念さがわかる」と話している。
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