とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

高齢者の睡眠の質が悪い原因

2022-05-08 12:32:01 | 神経科学・脳科学
高齢者においては睡眠の質が悪いことが知られていますが、加齢に伴うKCNQ2/3チャネルのダウンレギュレーションによる再分極の低下が、hypocretin/orexin (Hcrt/OX)ニューロンの過興奮を引き起こし、それが睡眠の不安定性をもたらす可能性が示されました。
Lin S-B et al., Hyperexcitable arousal circuits drive sleep instability during aging. Science . 2022 Feb 25;375(6583):eabh3021.


人間の脳は莫大なカロリーを消費している

2022-05-08 12:28:34 | 神経科学・脳科学
人間は他の類人猿よりもはるかに多くのカロリーを日々消費しており、その多くは脳の働きによるものだそうです。また加齢によって消費カロリーは減少していきますが、一日中走り回っている狩猟民族と、オフィスで事務仕事をしているヒトでほとんど一日の消費カロリーは変わらず、運動はカロリー消費(やダイエット)にはあまり寄与しないとのことです。一方運動は心理的ストレスを軽減させて健康に関与している可能性はあるようです。 
Gibbons, A. THE CALORIE COUNTER. Science . 2022 Feb 18;375(6582):710-713. 

脳の成長曲線ーbrain chartの作成ー

2022-05-07 22:10:11 | 神経科学・脳科学
学生時代教えを受けた養老孟司先生は、名著『唯脳論』の中で「ヒトのあらゆる活動は脳の刻印を帯びる」と述べておられますが、いうまでもなく脳は人間の様々な活動の根源にあります。加齢とともに様々な活動が劣化していくのもまた脳の変化に起因するところが大であると考えられます。この論文でRichard BethlehemとJakob Seidlitzが率いる大規模な研究チームは、受精後115日から100歳までの101,457人からの123,984のMRI画像に基づいて、発育や加齢とともに脳がどのように変化するかについての包括的なBrain Chartの作成を報告しています。身長や体重については成長曲線によるスタンダードが定められており、この曲線から外れる場合には異常を疑うことになっていますが、Brain Chartは脳について同様のスタンダードを示そうという試みです。著者らも述べているように、これはあくまでも第一歩にすぎませんが、「脳の正常値」を規定することで「脳の異常とは何か?」を知る手掛かりになることが期待されます。私は運動器の医学を専門にしていますが、運動器の加齢変化もまた脳に起因するのではないかと考えています。Brain Chartに運動器疾患患者のデータをプロットすることで、「脳の変化からみた運動器疾患」という新たな地平が見えてくるのではないか?などと妄想しています。
Brain charts for the human lifespan
Bethlehem RAI et al., Nature. 2022 Apr;604(7906):525-533. doi: 10.1038/s41586-022-04554-y.

心地よいタッチを制御するニューロンの同定

2022-05-01 22:43:16 | 神経科学・脳科学
抱きしめる、愛撫する、撫でるなどといった心地良いタッチ(pleasant touch)の感覚はプロキネチシン受容体2(PROKR2)またはそのリガンドPROK2を発現する脊髄興奮性介在ニューロンを介することが示されました。このようなニューロンが欠失したマウスではストレス反応と向社会的行動に深刻な障害を示すようで、「触れる」ことの重要性が示されました。医師の患者に対する「手あて」についても同様のメカニズムが介する可能性がありそうです。 
Liu B et al., 
Science. 2022 Apr 29;376(6592):483-491. doi: 10.1126/science.abn2479. Epub 2022 Apr 28.
Molecular and neural basis of pleasant touch sensation

アセチル化tauが脳損傷後の認知機能低下に関与する

2021-04-17 15:57:57 | 神経科学・脳科学
脳外傷(traumatic brain injury, TBI)にともなって神経変性が進行し、Alzheimer病(AD)のリスクが高まることは以前から知られています(Johnson et al., Nat. Rev. Neurosci. 2010; 11: 361-370)。またNFLプレイヤーやサッカー選手のように頭部にダメージが加わるリスクの高いスポーツ選手においても認知機能低下が見られます(Mackay et al., N Engl J Med. 2019 Nov 7;381(19):1801-1808)。病理組織の検討などからこのメカニズムとしてTBI後のtauタンパクのK274, K281アセチル化の関与が指摘されています(Lucke-Wold et al., J Neurol Neurosurg. 2017;4(2):140)。この論文で著者らは、TBIにともなう認知機能低下がtauのアセチル化を介しており、アセチル化の抑制がTBIにともなう認知機能低下を改善させる可能性を示しています。
マウスTBIモデルにおいて受傷後に脳の神経細胞におけるアセチル化tau(ac-tau, マウスではK263, K270)は増加しており、上昇の程度は外傷の程度に比例していました。
TBI後のマウス血清ではac-tauの上昇が見られ、またTBI患者においてもac-tauの血清濃度が受傷1日後から上昇し、その後も上昇が持続していたことから、血清中のac-tauはTBI後の神経変性のマーカーになると考えられました。また病理学的な検討からもTBIの既往があるAD患者の脳においては、正常者脳、あるいはTBIの既往がないAD患者の脳よりもac-tauレベルの上昇が見られました。
SalsalateやNSAIDであるsalicylate diflunisalはacetyl transferaseであるp300/CBPの活性化を抑制しますが、aspirinには抑制効果がありません。米国723万人の医療保険データベースの患者において、propensity score matchingを行って背景をマッチさせたaspirin使用者と比較してsalsalateあるいはdiflunisal使用者ではTBIおよびADのhazard ratioが有意に低いことが明らかになりました。またマウスモデルにおいてもこれらの薬剤のTBI後の認知機能低下改善効果が示されました。
これらの結果は、TBIにともなう認知機能低下にac-tauの上昇が関与しており、その抑制が認知機能低下の改善に繋がる可能性を示唆しています。なんだかできすぎた話のようにも思いますが、salsalateおよびfiflunisalの効果については今後是非前向き試験で検証していただきたいと思います。
脊髄の慢性圧迫などによる神経変性にも神経細胞内のac-tauの増加が関与しているのでしょうか?
Shin et al., Reducing acetylated tau is neuroprotective in brain injury. Cell. 2021 Apr 10:S0092-8674(21)00363-9. doi: 10.1016/j.cell.2021.03.032.