とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

COVID-19重症化の性差について

2020-08-29 09:11:27 | 新型コロナウイルス(疫学他)
Yale大学免疫学教室の岩崎明子教授らによる報告です。男性でCOVID-19が重症化しやすいことが知られていますが、そのメカニズムはよくわかっていません。彼らは血中interferon-I/II/III濃度には男女差はありませんでしたが、ベースラインでのinterleukin-8, 18濃度そして縦断でみたCCL5濃度が男性で高値であること、またCD38, HLA-DR陽性の活性化T細胞(とくにCD8T 細胞)が女性で多いことを見出しました。T細胞活性化の低下は高齢者でも見出されており、感染の重症化に関与している可能性が示唆されます。また女性で重症化する患者では自然免疫系のサイトカイン上昇が見られることも明らかになりました。本論文はこういう感じの比較的シンプルな論文で、このような男女差が性ホルモンによって生じるのかなどは明らかにされていません。今後の解明が期待されます。 

関節炎において産生細胞によってTNF-αの役割は異なっている

2020-08-26 23:18:55 | 免疫・リウマチ
TNF-αが関節リウマチなどの自己免疫疾患において重要な病的意義を有していることは、抗TNF-α抗体などのTNF-α阻害療法が有効なことからも明らかです。しかしその一方でTNF-αを抑制することで結核感染のリスクが増加したり、自己抗体産生が増加したり、リンパ腫のリスクが高まることも知られています。この論文で著者らはこTNF-αを産生する細胞種の違いによって生体への影響が異なることを明らかにしました。
著者らはまずマウスCIA(collagen-induced arthritis)モデルにおいて、TNF-α欠損(TNF KO)マウスや膜型(transmembrane, tm)TNF-αのみを発現し、可溶型TNF-αの存在しないマウス(tmTNF KIマウス)では関節炎が生じないことを見出しました。これらのマウスでは抗II型コラーゲン抗体の産生も減少していました。興味深いことにTNF KOマウスではII型コラーゲン反応性のT細胞反応は、野生型(WT)マウスやtmTNF KIマウスよりも亢進していました。つまり可溶型TNF-αは関節炎の発症に重要で、膜型TNF-αは自己反応T細胞の出現に重要だということです。
次に著者らは細胞特異的にTNF-αを欠損させたマウスを解析しました。ミエロイド系(骨髄系)細胞で欠損したM-TNF KOマウスではCIAが抑制されていたのに対し、T細胞で欠損したT-TNF KOマウスでは逆に関節炎発症が増悪していました。つまりT細胞のTNF-αは関節炎発症に抑制的に働くということです。
次にtmTNF KIマウスとM-TNF KOマウスをかけ合わせることでミエロイド系細胞でtmTNF-αのみが発現するマウス(tm-M-TNF KIマウス)を作成しました。このマウスでは他の細胞では正常なTNF-αを発現します。tm-M-TNF KIマウスでは関節炎誘導の際の血中TNF-α濃度が低下しており、関節炎の発症も低下していました。このことはミエロイド系細胞における可溶型TNF-α産生が関節炎発症に重要な役割を果たすことを示しています。
次に滑膜線維芽細胞の活性化について検討したところ、TNF KOマウス、M-TNF KOマウスでは活性化線維芽細胞が減少しており、M-TNF KOマウス関節ではMMP9, TNF-α, IL-6発現が低下していることがわかりました。
またミエロイド系、T細胞両者でTNF-αを欠損したM, T-TNF KOマウスではCIA発症は抑制されていましたが、脾臓におけるIFN-γ産生T細胞はTNF KOマウス同様増加していました。
関節炎の発症にはTh1およびTh17 CD4 T細胞が関与していますが、T-TNF KOマウスの脾臓では自己反応性でIFN-γ産生およびIL-17A産生CD4+ T細胞が増加していました。一方でミエロイド系細胞のTNF-αはII型コラーゲン特異的Th1, Th17 CD4 T細胞の頻度には影響しませんでした。またT-TNF KO, M-TNF KOマウスいずれにおいてもリンパ組織におけるTregの数やFoxp3発現は変わりあせんでした。T-TNF KOマウスの脾臓では関節炎誘導によってIL-12p40産生細胞が増加していましたが、M-TNF KOマウス脾臓ではWTと変わりませんでした。つまりT細胞の産生するTNF-αは炎症性の単球、樹状細胞におけるIL-12p40産生を抑制することで自己反応性メモリーT細胞の出現を抑制していると考えられました。
興味深いことにB細胞でTNF-αをKOしたマウスではCIAによる関節炎の発症頻度はWTと同程度でしたが、重症度は軽減しており、B細胞の産生するTNF-αは関節炎の重症度に関与すると考えられました。
この一連の実験をまとめると、
①T細胞の産生するTNF-αは二次リンパ組織における自己反応性T細胞の活性化に関与する。そのためTNF-αを抑制すると二次的に自己反応性T細胞が活性化される。このときtmTNF-αーTNFR2のシグナルが関与している可能性がある
②ミエロイド系細胞が産生する可溶型TNF-αは全身のTNF-α濃度を制御し、滑膜線維芽細胞の活性化に関与し、おそらく自然免疫の活性化を介して関節炎の発症に関与する。
ということになります。このように細胞によって炎症性サイトカインの役割が異なるという結果は大変興味深く、細胞特異的なTNF-αの抑制などにより、より副作用の少ない治療法が開発されるかもしれません。
Kruglov A et al., Contrasting contributions of TNF from distinct cellular sources in arthritis. Ann Rheum Dis. 2020 Aug 12:annrheumdis-2019-216068. doi: 10.1136/annrheumdis-2019-216068.




骨格幹細胞による変形性関節症治療の試み

2020-08-25 10:56:46 | 変形性関節症・軟骨
様々な疾患の薬物療法が進歩した中、整形外科分野で大きな問題として残されているのが変形性関節症(osteoarthritis, OA)です。OAの治療が難しい主たる原因は、一旦失われた関節軟骨の再生が困難なことにあります。このような中、培養軟骨細胞の移植や間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell, MSC)などを用いた再生医療などの試みが行われていますが、良質な軟骨を再生させることは困難であるのが現状です。外科的な手法としてmicrofracture(MF)という方法があり、軟骨が欠損して骨が露出した部位に外科的に傷をつけることで軟骨再生を促そうというものです。この方法は昔から行われていますが、ある程度の軟骨再生を誘導することが可能です。しかし多くはいわゆる線維軟骨fibrocartilageであり、関節軟骨の主成分である硝子軟骨hyaline cartilageの再生は困難です。
さて近年骨・軟骨細胞の起源として骨格幹細胞skeletal stem cells(SSCs)が同定され、注目されています。SSCsはMSCsとは異なって脂肪細胞へは分化せず、骨芽細胞、軟骨細胞、骨髄間質細胞に分化するbone cartilage and stromal progenitors (BCSPs)の起源になっている細胞です。著者らは以前からSSCの研究を行っていますが(Chan et al., Cell. 2015 Jan 15;160(1-2):285-98; Chan et al., Cell. 2018 Sep 20;175(1):43-56.e21など)、この論文ではMFによってSSCsのclonalな増殖が誘導されること、またBMP2+sVEGFR1の組み合わせでSSCs→軟骨細胞への分化誘導が可能であることを明らかにしました。
(方法および結果)著者らはまず生後3日齢(P3)およびadult(9-25週齢)マウス軟骨を比較し、加齢とともにSSC populationが減少することを示しました。興味深いことにadultマウスにMFを行うとclonalに増殖するSSCsおよびBCSPsが増加しました。この時出現するSSCs, BCSPsは血流を介してrecruitされるものではなく、局所で出現する細胞であることがparabiosisを用いた研究から明らかになりました。
MF後に現れる細胞は軟骨細胞やCOL1を発現する線維芽細胞などの混合細胞で、修復される軟骨は線維軟骨でした。SSC→硝子軟骨への誘導を促進するため、BMP2シグナルの促進、VEGFシグナルの抑制が重要であるとの仮説から、BMP2+soluble VEGF receptor(sVEGFR)をハイドロゲルを用いてMF部に投与すると、OAマウスの軟骨欠損部は主として軟骨で修復されました。またヒト胎児の指節骨を免疫抑制マウスに移植するモデルでもBMP2+sVEGFRの投与によって欠損部への軟骨形成が見られました。
以上の結果から著者らは、BMP2+sVEGFRがOA治療につながるのではないかとしています。以前当科の張先生が、メカニカルストレスによって軟骨にBMP inhibitorでもあるGremlinが発現し、これがVEGFR2に結合することを報告していますが(Chang et al., Nat Commun. 2019 Mar 29;10(1):1442)、GremlinのSSCに対する効果も興味深いところです。
Murphy, M.P., Koepke, L.S., Lopez, M.T. et al. Articular cartilage regeneration by activated skeletal stem cells. Nat Med (2020).


SARS-CoV-2ウイルス弱毒化に関係する変異Δ382の同定

2020-08-23 17:16:10 | 新型コロナウイルス(疫学他)
2020年1月から2月にかけてシンガポールにおけるクラスターから得られたSARS-CoV-2に382 nucleotideの欠損(Δ382)が見出されたことが報告されています(Su et al., MBio 2020;11: e01610–20)。この欠損はopen reading frame(ORF)7bの切断を生じ、その結果ORF8の転写が欠如することがわかっています。2020年1月22日から3月21日までに確定されたSARS-CoV-2感染者のうち追加解析が可能だった131検体中、野生型のみの感染が92人(70%)、野生型とΔ382の混合感染が10人(8%)、Δ382単独感染が29人(22%)でした。低酸素血症のため酸素投与が必要だった患者は野生型単独感染群では26/92(28%)だったのに対し、Δ382単独感染群では0/29(0%)と経過が良好であり、年齢、併存症を調整してもΔ382群は良好な臨床転帰を示しました。Δ382型ウイルスは3月以降検出されていないようですが(おそらく感染制御のため)、2002年から2004年のSARSパンデミックの際にもSARS-CoVウイルスのORF8欠損が認められたことから、著者らこの変異がウイルスのヒト社会への順応(いわゆる弱毒化)に関与するのではないかと論じています。 

ビスホスホネートによる非定型大腿骨骨折発生のリスク因子の解析

2020-08-21 23:00:07 | 骨代謝・骨粗鬆症
1990年代の半ばにアレンドロン酸の第3相臨床試験であるFIT(Fracture Intervention Trial)において薬物による骨粗鬆症患者の骨折予防が可能であることがRCTで示されたことは骨代謝分野では画期的な出来事でした(Liberman et al., N Engl J Med. 1995 Nov 30;333(22):1437-43; Black et al., Lancet. 1996 Dec 7;348(9041):1535-41)。これ以降アレンドロン酸やリセドロン酸などのビスホスホネート製剤(BP)は骨粗鬆症治療のgold standardであり続けています。骨組織へのaffinityが高く、副作用が少ないという優れた特性を有するビスホスホネート製剤ですが、これまでに主たる問題点として挙げられているのが顎骨壊死と非定型大腿骨骨折(atypical femoral fracture, AFF)です。骨粗鬆症患者に多い大腿骨近位部骨折とは異なる部位の骨折(大腿骨転子下骨折、大腿骨骨幹部骨折)はAFFと呼ばれ、ビスホスホネート治療患者で生じることは、症例報告レベルで2007年ころから報告されるようになりました(Goh et al., J Bone Joint Surg Br. 2007 Mar;89(3):349-53など)。アメリカ骨代謝学会(ASBMR)ではtask forceが立ち上げられ、その実態が検討された結果、BPの長期使用によってAFFは増加するものの、その頻度は大腿骨近位部骨折と比較して極めて低いこともわかってきました(Shane et al., J Bone Miner Res. 2010 Nov;25(11):2267-94; Shane et al., J Bone Miner Res. 2014 Jan;29(1):1-23)。ということで現在はrisk-benefitを考えればBP使用をためらうべきではないという考えが一般的です。
今回Blackらは大規模な前向きコホート研究によって、AFF発生とBP使用との関係やリスク因子を縦断的に解析し、risk-benefit profileなどを詳細に報告しています。
(方法および結果)Kaiser Permanente Southern California health care systemに加入している50歳以上の女性患者を対象とし、2007年1月1日から2017年11月30日までの骨折発生を前向きに検討しました。AFFはInternational Classification of Diseases (ICD) diagnosis codesを用いて抽出し、高エネルギー外傷によるものは除外しました。コホート全体は1,097,530人の患者からなり、観察期間のいずれかの時点でBPを使用したのは196,129人(17.9%)でした。
BP使用者の中で277件のAFF(1.74/10,000人・年)、9102件の大腿骨近位部骨折(58.90/10,000人・年)が発生しました。65歳から74歳、75歳から84歳の患者(2.24および2.35/10,000人・年) は50歳から64歳、85歳以上の患者(0.83および0.99/10,000人・年)よりもAFF発生が高率でした。一方大腿骨近位部骨折の発生は年齢とともに増加しました。アジア人では白人と比較してAFFは多く(5.95 vs 1.09/10,000人・年)、大腿骨近位部骨折は少ない(20.41 vs 81.18/10,000人・年)ことがわかりました。
BP使用期間とAFF発生との間には正の相関があり、3カ月未満では0.07/10,000人・年であったのに対し、8年以上の患者で13.10/10,000人・年でした。背景因子を調整しないhazard ratio(HR)は3カ月未満の使用に対して3年から5年で33.76(95% confidence interval [CI], 12.07 to 94.48)、8年以上で179.51(95% CI, 64.64 to 498.52)でした。背景因子を調整しても有意な差があり、3年から5年で8.86(95% CI, 2.79 to 28.20)、8年以上で43.51(95% CI, 13.70 to 138.15)でした。なおBP非使用患者におけるAFF発生は0.10/10,000人・年でした。
BP中止によってAFFの発生は減少し、使用中あるいは中止後3カ月以下の患者で4.50/10,000人・年だったのに対して3カ月から15カ月中止患者で1.81/10,000人・年、15カ月超中止患者では約0.50/10,000人・年でした。
多変量解析の結果、有意なAFFリスク因子としては、白人に対するアジア人(HR 4.84)、身長低下(5 cmの低下についてHR 1.28)、体重増加(5 kgの増加についてHR 1.15)、年齢(65歳から74歳に対して85歳超でHR 2.76)、glucocorticoidの使用(1年以上の使用で不使用患者に対してHR 2.28)が同定されました。骨密度とAFFリスクとの関係は有意ではありませんでした。
Risk-benefit analysisの結果、特に白人では全ての観察期間においてBP使用の骨折予防効果はAFF発生リスクを大きく上回るものでした。アジア人でもBPの有用性は示されましたが、AFF発生が多いことからbenefitは少し低いものでした。白人では3年間・1万人のBP使用によってAFFが2件発生したのに対し、予防できた大腿骨近位部骨折は149件、臨床骨折は541件、10年ではそれぞれ38件、591件、1363件でした。一方アジア人では10年間・1万人のBP使用によって発生するAFFは236件、予防できた大腿骨近位部骨折は360件、臨床骨折は831件でした。
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本前向き研究によってAFFの絶対数は予防できる骨折数と比較すると極めて少ないことが改めて確認されました。一方で以前の報告で関連ありとされていた高齢、既存骨折、低骨密度との関係は示されませんでした。これは高齢者の活動度が低いことなどとも関連があるのかもしれません。アジア人にAFFが多いことは以前の研究によっても示されており(Dell et al., J Bone Miner Res 2012; 27: 2544-50)、今回の研究においても背景因子を調整しても有意であり、日本人としては気になるところです。その理由としては服薬アドヒアランスの高さに加えて、大腿骨の外弯が強いなどの解剖学的な差異が関与している可能性があります(Hyodo et al., J Bone Miner Metab 2017; 35: 209-14; Cho et al., Arch Osteoporos 2018; 13: 53; Saita et al., Bone. 2014 Sep;66:105-10)。今回の縦断研究によってAFFとBPとの関係が明瞭になりました。長期間のBP使用はベネフィットが勝るとはいえ、アジア人の場合には少し注意する必要がありそうです。