とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

2030年におけるPrecision Medicineの未来像

2021-03-29 15:47:20 | その他
2015年1月20日に当時アメリカ大統領であったオバマ氏が個々の患者に対応した医療という意味で、personalized medicineを一歩進めたものとして”precision medicine”という言葉を発表し、Precision Medicine Initiativeという医療政策を推進することを宣言しました。Precision medicineについてはいまだに良い日本語訳がありませんが(精密医療とか個別化医療等とも訳されますが、きちんとしたニュアンスは伝わらないように思います)、個人のゲノム情報など様々な情報を使用することで、より進んだ個別医療を目ざすということかと思います。このCommentaryはNIHのJoshua Denny, Francis Collinsによる2030年におけるprecision medicineの近未来予測です。彼らはprecision medicineを加速させるために以下の7項目の重要性を説いています。
1)Huge, interoperable, longitudinal cohorts(大規模で相互に関連づけ可能な縦断コホート)
2)Improved diversity and inclusion in science(人種や民族などの多様性・包括性の向上)
3)Big data and artificial intelligence(ビッグデータとAIの活用推進)
4)Routine clinical genomics to guide prevention, diagnosis, and therapy(予防、診断、治療への臨床ゲノミクス利用の拡大)
5)EHRs as a source for phenomic and genomic research(表現型やゲノム研究における電子カルテ情報利用拡大)
6)Higher variety, higher resolution phenomics and environmental exposure data for both clinical and research use(多様で高精度な表現型および環境曝露データ活用)
7)Privacy, participant trust, returning value(プライバシー、信頼、価値還元)
新型コロナウイルス感染症研究を見ても、サイエンスはたゆみなく進歩しており、以前は考えられなかったほどの大量の情報が短期間で得られるようになっています。今後は蓄積されていく膨大な情報を、どのようにして多くの研究者にとって簡便に利用可能な形に整理し、人類全体の幸福に役立てて行くかという観点が益々重要になりそうです。
Joshua C Denny, Francis S Collins
Precision medicine in 2030—seven ways to transform healthcare. Cell. 2021 Mar 18;184(6):1415-1419.

ジクロフェナク・ヒアルロン酸の合剤は変形性膝関節症に対して有効

2021-03-24 09:36:31 | 変形性関節症・軟骨
変形性膝関節症(knee osteoarthritis, KOA)に対する薬物療法としては、NSAIDの外用薬、NSAIDsやCOX2 inhibitorの内服薬、デュロキセチン(SNRI)、ステロイド関節注射に加えてヒアルロン酸の関節注射(IAHA)が日本ではしばしば行われています。IAHAについては最新のOARSIガイドラインでは推奨していますが、ガイドラインによっては推奨していないものもあり、必ずしも評価は一定していません。この論文は生化学工業が開発したDicrofenacとHAを共有結合させた合剤(DF-HA)のKOAに対する有効性、安全性を検証した第3相臨床試験(RCT)で、筆頭著者は名古屋大学の西田佳弘先生です。
KL grade II, IIIのKOA患者に対して、プラセボあるいはDF-HAを4週ごとに6回投与しました。DF-HAの方が粘稠度が高いので、投与者は有効性、安全性の評価には関与しないことで盲検性を担保しています。Primary outcomeは24週後のWOMAC pain sybscire (VAS)で、12週以降のベースラインからの平均変化をprimary endpointとしています。Secondary outcomeとしてはその他のWOMAC index、50歩歩行時のpain VAS、11-point NRSによる日常での疼痛、SF-36、EQ-5D、アセトアミノフェン使用量 etc.などです。
(結果)440名の患者をそれぞれ220名ずつプラセボ群、DF-HA群に割り付けました。早期脱落例をのぞいたfull analysis setは438名(プラセボ 220名、DF-HA 218名)でした。12週でのWOMAC pain subscoreの変化(最小二乗平均)は、それぞれ-17.1 mm, -23.2 mmで両群の差は-6.1 mm [95% CI: -9.4 to -2.8, p<0.001]とDF-IA群で有意に良好な結果でした。投与後1週目から有意な改善が見られ、有意差はないものの効果は24週後まで持続しました。SF-36のmental component summary score, role/social component summary scale以外のsecondary outcomeについてもDF-IA群jで有意な改善が見られました。治療下で発生したsevereな有害事象(treatment-emergent adverse event , TEAE)は両群とも見られず、serious TEAEはそれぞれ1名(0.5%)、5名(2.3%)でした。プラセボ群では悪心・嘔吐が1名、DF-HA群のserious TEAEとしては、アナフィラキシーショック、アナフィラキシー反応、自律神経発作、不安定狭心症、斜視手術でいずれも重度のものではなく、全体としてはTEAE発生に群間の違いはなかったと結論しています。画像上のKOA悪化が見られた症例についても群間差はありませんでした。
ということで、DF-HAの有効性がRCTで示されたということの意義は大きく、今後の治療薬として有望と考えられます。気になる点としては、対照はあくまでプラセボであって、HAの比較ではない点で、DFとの合剤という点がどの程度有効性に関与しているのかについては今後の検討が必要かもしれません。
Nishida Y et al., Efficacy and safety of diclofenac-hyaluronate conjugate (diclofenac etalhyaluronate) for knee osteoarthritis: a randomized phase 3 trial in Japan. Arthritis Rheumatol. 2021 Mar 22. doi: 10.1002/art.41725. 

リウマチ足趾に対する骨頭温存手術の成績は良好

2021-03-21 22:22:08 | 整形外科・手術
少し前まではリウマチ足趾の手術というと、切除関節形成術resection arthroplastyがほとんどだったように思いますが、疾患活動性コントロール改善とともに、中足骨頭を温存した短縮骨切り術が(少なくとも日本では)主流となってきました。東京女子医科大学の矢野紘一郎先生らは、関節リウマチ53足に行った骨頭温存型手術の成績を後方視的に検討し、Self-Administered Foot Evaluation Questionnaire (SAFE-Q)の5 subscalesいずれも有意な改善が見られ、7年後の生存率(再手術不要)は89.5%という良好な成績を示したことを報告しています。創治癒遅延(すべて治癒)が20.0%、外反母趾再発が10.5%、内反母趾変形が3.8%、lesser MTPJの脱臼再発が7.7%に見られました。また再手術が不要だった症例の17.0%に有痛性胼胝再発あるいは残存が見られ、このような症例では胼胝無例と比較してSAFE-Qのうち3/5項目 (pain and pain-related, social functioning, shoe-related)で有意に低値でした。今後①術後の疾患活動性や使用薬物と再発との関係、②切除関節形成術との比較、などについても研究が進むことが期待されます。
Yano K et al., Patient-Reported and Radiographic Outcomes of Joint-Preserving Surgery for Rheumatoid Forefoot Deformities
A Retrospective Case Series with Mean Follow-up of 6 Years. J Bone Joint Surg Am. 2021 Mar 17;103(6):506-516.

Ligand-receptor interactomeを用いた疼痛誘導メカニズムの解明

2021-03-18 23:40:52 | 神経科学・脳科学
近年データベースに大量に蓄積されつつあるゲノムデータやsingle cell RNA sequencing (scRNA-seq)から得られた遺伝子発現データなどを駆使して色々と推論を進めていく、というバイオインフォ―マティクスの手法は、conventionalなcell biologyになじんできた私には何やら具体性に欠けるような気がして、どうもとっつきにくい感が拭えないのですが、そもそもが複雑系である生体のダイナミズムを総合的に把握するにはこのようなアプローチがふさわしいのかも、と考えています。この論文は、様々な臓器や細胞と、脊髄後根神経節 (DRG)の遺伝子発現プロファイルを用いたligand-receptor interactomeから、主として疼痛の伝達に関与する分子機構を解析したものです。例えば関節リウマチ (RA)患者の滑膜マクロファージのscRNA-seqデータから、RA滑膜マクロファージに特異的に発現しているligandとDRGに発現しているreceptorの情報から、ErbB familyがRAにおける疼痛に関与しているのではないかと推測しています。同様の手法を用いて膵臓癌においても、癌細胞が発現するErbB familyが疼痛に関与しているのではないかとしています。最終的にはErbB familyであるHBEGFをマウスに投与することで疼痛を惹起したり、ErbB familyのantagonistであるlapatinibが疼痛を改善させることで上記推論の妥当性を検証しています。このような種類の研究はどうしても結論があいまいになるのですが、本研究では具体的な分子にまでたどりついたという点で興味深いものとなっています。 
Andi Wangzhou et al., A ligand-receptor interactome platform for discovery of pain mechanisms and therapeutic targets. Science Signaling  16 Mar 2021:
Vol. 14, Issue 674, eabe1648 DOI: 10.1126/scisignal.abe1648

TNFαの破骨細胞前駆細胞に対する作用はepigenetic statusによって変化する

2021-03-14 11:45:28 | 免疫・リウマチ
関節リウマチ (RA)におけるTNFα阻害療法の有効性、特に関節破壊抑制効果は臨床的に確立されているため、TNFαが破骨細胞分化を促進することは自明だと考えている人が多いかもしれませんし、そのような先入観に沿った結果を報告している論文は山ほどあります。しかしこれはそれほど自明のことではなく、例えばRANKLおよびM-CSF (CSF-1)による骨髄マクロファージから破骨細胞への分化系にTNFαを添加すると多くの場合は抑制的に作用します。このメカニズムについてはこれまでに多くの研究が行われています。例えばBrendan BoyceらはTNFαがTRAF3の活性化を介して細胞内のNF-kappaB p100蓄積を誘導することが破骨細胞分化を抑制する可能性を報告しています(Yao et al., J Clin Invest. 2009 Oct; 119(10): 3024-34)。とはいえTNFαのパラドキシカルな役割については未だ十分に理解されている訳ではありません (破骨細胞愛のない多くの人にとってはどうでも良いことでしょうし・・)。
このような先行研究を知ってか知らずか、本論文の著者らは破骨細胞前駆細胞の種類によるTNFαの作用の違いを報告しています。彼らはまずTNFαがCD14+単球系前駆細胞 (MO)からのRANKL+M-CSFによる破骨細胞分化に抑制的に働くことを確認しています。CD14+ MOをM-CSF存在下で培養すると、RANKおよびM-CSF受容体(CSF-1R)の発現が上昇します。興味深いことに、やはりRANKL+M-CSFの存在下で破骨細胞へと分化するCD14−CD16−CD11c+ myeloid細胞 (CD11c+ per-OC)は、CD14+ MOと比較してRANK発現が高い一方CSF-1Rの発現は低く、RANK promoter領域のH3K4me3修飾が亢進し、アクティブなepigenetic statusになっていると考えられました。またTNFαはCD14+ MOからの破骨細胞分化を抑制するのに対し、CD11c+ pre-OCから破骨細胞の分化には影響しないことも明らかになりました。TNFαのCD14+ MOからの破骨細胞分化抑制作用はTNFR1-IKKβ-NFκB pathwayを介していること、CD14+ MOからの破骨細胞分化の過程でTNFR2の発現上昇が見られ、TNFR2を介するシグナルは破骨細胞分化を促進することが示されました。
さて実際の臨床例ではRA患者末梢血中ではCD14+ MOの割合に変化はなく、CD11c+ pre-OCは有意に減少していましたが、これは組織中にtrapされているためかもしれません。またRA患者のCD14+ MOではRANK, TNFR1のH3K4me3修飾が亢進している一方、TNFR2, CSF1Rでは亢進は見られないなど、正常とは異なったepigenetic statusを示すことも明らかになりました。またTNFαによる破骨細胞分化抑制効果が見られないpopulation (non-responder)も存在することが示されました。Non-responderではCSF1Rの発現が低く、VEGFRの共受容体として作用するNRP1とCSF1Rとが関連することも示唆されました。
最後はグダグダになってしまった感もありますが、epigeneticな修飾の違いがTNFαの作用の違いを説明する可能性があるという点は興味深いと思います。とはいえH3K4me3だけで話しをされてもねー(´・ω・`)
Cecilia Ansalone et al., TNF is a homoeostatic regulator of distinct epigenetically primed human osteoclast precursors. Ann Rheum Dis. 2021 Mar 10;annrheumdis-2020-219262. doi: 10.1136/annrheumdis-2020-219262.