とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

ハダカデバネズミは大阪弁を話すか?

2021-01-30 11:19:15 | その他
ハダカデバネズミ(naked mole-rat; Heterocephalus glaber)は女王が君臨する階層社会に暮らす極めて社会的な動物ですが、長鎖ヒアルロン酸を産生することで癌に抵抗性であり(Tian et al., Nature 499, 346–349, 2013)、老化の兆候をほとんど示さないことも知られており、ルックスはアレですが「生まれ変わったらハダカデバネズミになりたい」と常々思っておりました。ハダカデバネズミは“chirp”という鳴き声によって仲間に情報を伝えることが知られていますが、この論文で著者らはchirpの中でも一般的であり、仲間の確認に使用されているsoft chirpには方言(dialect)があり、この方言は女王によって決定されており、女王が変わるとsoft chirpの方言も変わっていくことを示しています。女王によって方言まで支配されるハダカデバネズミ。大阪弁を喋る女王はやはり上沼恵美子みたいな感じなのでしょうか((( ;゚Д゚)))
ハダカデバネズミに生まれ変わるのは少し考えなおすことにします(o´・ω・)a
Barker et al., Science  29 Jan 2021:Vol. 371, Issue 6528, pp. 503-507.
DOI: 10.1126/science.abc6588 


滑膜肉腫治療法開発に対する新たなアプローチ

2021-01-28 12:56:05 | 癌・腫瘍
骨軟部悪性腫瘍は癌と比べればきわめて頻度が少ないため、癌で行われているようなゲノム情報の蓄積を困難にしています。滑膜肉腫は悪性軟部肉腫の10~20%を占める腫瘍ですが、化学療法やチェックポイント阻害薬などの免疫療法に抵抗性を示すことが多く、予後が悪いことが知られています。またcancer-testis antigens (CTAs)の発現がみられ、これは患者のT細胞によって認識されるのですが、腫瘍自体にはT細胞の浸潤がきわめて低いことが知られています。このことが免疫療法が無効である原因と考えられていますが、そのメカニズムはよくわかっていません。ほとんどの症例で18 番染色体上の SS18 (synovial sarcoma translocation, chromosome 18)遺伝子と X 染色体上の SSX (synovial sarcoma X chromosome breakpoint)遺伝子の転座 t(X; 18)(p11.2; q11.2)が見られ、キメラタンパクSS18-SSXを有するのが特色です。この論文で著者らは12例の滑膜肉腫のsingle cell RNA-sequencing (scRNA-seq)や免疫染色、in situの遺伝子発現プロファイリングなどによって、SS18-SSXが直接的、間接的に細胞周期関連遺伝子を制御し、core oncogenic program遺伝子の発現誘導を介して(多分)T細胞浸潤を抑制していることが示されました。またマクロファージやT細胞が産生するサイトカイン(TNF-α, IFN-γ)が腫瘍に対して抑制的に作用し、HDAC, CDK4/CDK6阻害薬と併用することでT細胞に対する感受性を増加させ、殺腫瘍効果を有することが明らかになりました。
scRNA-seqやin situ遺伝子発現プロファイリングなど、稀少癌に対する研究アプローチを考える上で興味深い研究です。予後が大変悪い腫瘍ですので、このような研究が新たな治療薬開発に繋がれば良いなと思います。
Jerby-Arnon, L., Neftel, C., Shore, M.E. et al. Opposing immune and genetic mechanisms shape oncogenic programs in synovial sarcoma. Nat Med (2021). https://doi.org/10.1038/s41591-020-01212-6

ALSになるか?癌になるか?それが問題だ

2021-01-26 09:50:21 | 神経科学・脳科学
大学生時代に、飲み屋の与太話で究極の選択と銘打って「カレー味のウ◯コとウン◯味のカレー、食べるならどっち?」というようなアホな話題で盛り上がったことがあります。レベルは大違いですが、この論文を読んでそのような昔話を思い出してしまいました。。(;^ω^)
筋萎縮性側索硬化症amyotraphic lateral sclerosis(ALS)および前頭側頭型認知症frontotemporal dementia (FTD)は病態は異なりますが、いずれも神経細胞の障害が生じ、重篤な症状を示す難病です。多くのALSおよびFTD患者の神経細胞内にはRNA結合タンパクTPD-43の封入体が見られることが報告されています。また2011年にはこれらの疾患患者でC9orf72という遺伝子の翻訳領域の5’側にGGGGCCリピート配列の著しい延長が見られることも明らかになりました。GGGGCCリピートの延長がALS/FTDを引き起こす分子機構として、延長したリピート配列がポリglycine-alanine (GA), glycine-proline (GP), glycine-arginine (GR), proline-arginine (PR), proline-alanine (PA)などのdipeptide repeat (DPR)タンパクへと翻訳され、この異常なタンパクの蓄積が神経障害を引き起こすとする説があります。この論文ではpoly(PR)の神経細胞に対する作用を検討し、p53が神経障害に重要な役割を果たすことを示しています。
著者らはまず培養胎児マウス皮質ニューロン細胞にpoly(PR)である(PR50)、またはTPD-43をlentivirusで発現させることによって神経細胞の軸索変性、細胞死が生じることを示しました。ATAC-seqによってこれらの細胞におけるDNA accessibilityを検討したところ、それぞれに特異的なaccessibilityの変化が生じることが分かりました。興味深いことに(PR50)発現細胞ではp53によって誘導される遺伝子のaccessibilityが増加することが分かりました。実際(PR50)発現神経細胞ではp53の発現が上昇しており、これはp53タンパクの安定化によるものであることが明らかになりました。一方TPD-43発現細胞ではそのような変化は見られませんでした。
著者らはp53の神経障害における役割を検討し、p53を欠損した神経細胞では(PR50)による軸索変性や細胞死は抑制されていることを示しました。また脳にGFP-(PR50)を発現させたマウスは生後39日目までには神経細胞死などのために死亡するのですが、p53ノックアウトマウスでは(発癌リスクは高いにもかかわらず)生存率が2.5倍改善していました。p53ヘテロ欠損マウスでも生存率は改善していました。一方p53欠損はTPD-43過剰発現マウスにおける神経細胞死は改善しませんでした。
さらにp53欠損による神経細胞保護作用は、ショウジョウバエ眼にpoly(PR)を発現させるALS/FTDモデルにおける神経障害を改善させ、C9orf72変異を有するALS患者iPS細胞から分化させた運動神経細胞の障害も改善させることが示されました。
p53は様々なアポトーシス促進因子の発現を誘導することが知られていますが、(PR50)はpro-apoptotic Bcl-2ファミリー分子であるPumaの発現を誘導し、Puma欠損神経細胞では(PR50)による細胞死は改善していました。
ということで著者らはC9orf72変異⇒poly(PR)発現↑⇒p53安定化↑⇒Puma発現↑⇒神経細胞障害という経路がALS/FTDの原因になると結論しています。
大変興味深い内容なのですが、培養細胞のATAC-seqの結果からいきなりp53にしぼって解析が進んでいることには違和感がありますし、p53自体あまりにもmajor moleculeなので、「ホンマかいな?」というのが論文を読んでの印象です。またp53は癌抑制遺伝子であり、その欠損は癌のリスクを顕著に高めます。我々は「ALSか癌になるとしたらどちらを選ぶ?」という究極の選択を迫られるのでしょうか?(。•́︿•̀。)
Maya Maor-Nof et al.,
p53 is a central regulator driving neurodegeneration caused by C9orf72 poly(PR).
Cell. 2021 Jan 15;S0092-8674(20)31747-5.

WALANT techniqueの足関節骨折手術への応用

2021-01-22 16:43:31 | 整形外科・手術
WALANT (Wide Awake Local Anesthesia with No Tourniquet) techniqueはターニケットを使わず血腫内局所麻酔注入などによってターニケットなしで手術を行う手法で、手外科領域で用いられる手技です。この論文はWALANT techniqueを足関節骨折に応用したというパキスタンからの報告です。骨折型としてはtype-44Bおよびtype-44Cに限定して58例に行い(44B1: 4例、44B2: 11例, 44C1: 7例, 44C2: 36例)、良好な成績であったことを示しています。まず血腫内に3-5 mLのリドカイン注射を行い整復し、シーネ固定。WALANT tenchiqueに同意した患者に対して手術を行いました。腫脹がない場合は24時間以内に手術を行いますが、平均すると受傷から5日目に手術は施行されました。
WALANT techniqueの具体的な手技は下記のようなものです。
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(手技)生理食塩水30 mL +2% リドカイン(with エピネフリン) 30 mLを1:1で混合した麻酔液を使用(MAX使用量は7 mg/ kg/ mL)。約5 mLの溶液を皮切近位1 cm~遠位1 cmに25 G針で皮下注射。注射後20分程度待ってから手術開始。必要に応じてドリル刺入やスクリュー挿入前に、骨膜に追加の局麻10 mL投与。骨膜は可能な限り保存。脛腓間スクリューが必要な場合は、追加で5〜10 mLの局麻を腓骨の前面に注入。
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58例全例に実施可能で、必要な局麻は手術あたり37.81±2.8 mLで術中疼痛を感じたのはVAS 3が1名、2が2名でした(他は無痛)。VTEなどの合併症はありませんでした。
専門の麻酔医が不要ですので、日本でも医師不足の病院などでは有用な手技でしょうか。

Tahir et al., Ankle Fracture Fixation with Use of WALANT (Wide Awake Local Anesthesia with No Tourniquet) Technique: An Attractive Alternative for the Austere Environment. J Bone Joint Surg Am. 2021 Jan 12.
doi: 10.2106/JBJS.20.00196. Online ahead of print.


新型コロナウイルスに対する抗体製剤カクテル(REGN-COV2)の有効性

2021-01-22 13:20:44 | 新型コロナウイルス(治療)
新型コロナウイルス感染症対策の切札としてワクチンに期待が集まっており、現在接種する順番や段取りなど具体的な流れをどうするかが懸案になっています。一方で感染した患者に対する治療薬としてはステロイド、レムデシビルなどが正式に使用可能ですが(英国では抗IL-6受容体抗体も)、中々決め手に欠ける感は拭えません。ウイルスを排除するという点では中和抗体が有用な事は疑いなく、このような観点から回復期患者血漿が世界各国で実際に使用されています。これについては効果が限定的という報告もありますが(1)、早期に高タイターの血漿を投与すると有効であるとする報告もあります(2)。しかし回復期患者血漿は当然患者頼みで患者が少なければ集まりませんし(そもそも必要ないですし)、中和抗体価のばらつきも大きく、未知の感染症伝染のリスクもゼロではありません。このような中で、人工的に作成した抗体(生物学的製剤)が期待できるのではないかと考えておりました。Regeneron社は早くから抗体療法に照準を合わせて開発に乗り出しており、抗体製剤であるREGN-COV2がアカゲザルおよびハムスターのモデルでSARS-CoV-2の複製を抑制することを示しています(3)。この抗体の特徴はSARS-CoV-2の受容体結合部位に対する2種類のIgG1モノクローナル抗体casirivimab, imdevimabのカクテルであるという点です。彼らは抗respiratory syncytial virus抗体suptavumabの臨床試験において、単独抗体の投与では治療抵抗性のウイルスが出現したという経験から、2種類以上の抗体カクテルが有用と考えて、このような製剤を開発したようです(4)。
今回の論文は現在進行中であるREGN-COV2(SARS-CoV-2 receptor bindind domainに対する2種類のIgG1モノクローナル抗体casirivimab, imdevimabのカクテル)のPh1-3臨床試験の中間解析結果です。入院していないSARS-CoV-2感染確定患者で、陽性診断からランダム化まで72時間以内、症状出現から7日以内の患者275人を対象に、1日目に1:1:1の割合でランダム化し、プラセボ, REGN-COV2 2.4 g (low dosage, LD), 8.0g (high dosage, HD)投与を行いました。主なアウトカム評価は7日目までの検出ウイルス量の変化、安全性などで、臨床評価については29日までにCOVID-19に関連した1回以上の病院受診の有無を調べています。Baselineで抗SARS-CoV-2抗体を有しているかどうか、ウイルスタイターなどで層別解析も行っています。
(結果)1日目⇒7日目のウイルス量の変化はbaselineで抗ウイルス抗体を有していない群ではプラセボと比較してREGN-COV2投与群で−0.56 log10 copies/mLの減少、全体では−0.41 log10 copies/mLの減少といずれも有意でした。ウイルス量の減少は特に元々の検出ウイルスタイターが高い群で顕著でした。臨床評価である病院受診患者は、プラセボ群6/93(6%), REGN-COV2投与群6/182(3%)と49%低く、抗ウイルス抗体陰性患者ではプラセボ群5/33(15%)、 REGN-COV2投与群5/80(6%)と59%の減少が見られました。 REGN-COV2投与による有害事象はinfusion reactionも含めてプラセボ群と違いはありませんでした。また抗体の半減期はcasirivimab, imdevimabいずれも25-37日程度でした。
今回の中間解析はあくまでウイルス量の変化を見ているということですので、この抗体によって臨床症状が改善するか、予後を変化させるかなどについては今後の報告を待つしかありませんが、イーライリリー社のモノクローナル抗体LY-CoV555が単独では入院患者の予後を変えなかった(5)という報告や、上記の回復期患者血漿の報告を考えると、今回の抗体カクテルは比較的早期に投与することでウイルス量を減らし、重症化を抑制するという効果は期待できるように思います。
PS:完全に見落としておりましたが、同じ号のNEJMにLY-CoV555の投与によって軽症~中等症患者のウイルス量減少と入院患者数減少が見られたことは報告されていました(6)。やはり感染早期の抗体製剤投与は有効であると考えられます。
1) Simonovich et al., N Engl J Med. 2020 Nov 24:NEJMoa2031304. doi: 10.1056/NEJMoa2031304. A Randomized Trial of Convalescent Plasma in Covid-19 Severe Pneumonia.
2) Libster et al., N Engl J Med. 2021 Jan 6. doi: 10.1056/NEJMoa2033700. Early High-Titer Plasma Therapy to Prevent Severe Covid-19 in Older Adults.
3) Baum et al., Science 2020; 370: 1110-5. REGN-COV2 antibodies prevent and treat SARS-CoV-2 infection in rhesus macaques and hamsters.
4) Simoes et al., Clin Infect Dis. 2020 Sep 8:ciaa951. doi: 10.1093/cid/ciaa951. Suptavumab for the Prevention of Medically Attended Respiratory Syncytial Virus Infection in Preterm Infants.
5) Sandkovsky et al., N Engl J Med. 2020 Dec 22:NEJMoa2033130. doi: 10.1056/NEJMoa2033130. A Neutralizing Monoclonal Antibody for Hospitalized Patients with Covid-19.
6) Chen et al., . N Engl J Med. 2021 Jan 21;384(3):229-237. SARS-CoV-2 Neutralizing Antibody LY-CoV555 in Outpatients with Covid-19.