とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

重症COVID-19患者に対して回復期患者血漿は有効性示せず

2020-11-25 21:52:57 | 新型コロナウイルス(治療)
回復期患者血漿(convalescent plasma)については、JAMA誌に中国から否定的なRCTの結果が報告されましたが、(https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2766943)、今週のNEJM誌にも重症のCovid-19肺炎の入院中の成人患者についてのランダム化比較試験において、臨床的有効性や30日後までの死亡の抑制効果がないことが報告されました。中和抗体の存在が確認されているのですからウイルス増殖に対する有効性はありそうなものですが、抗体の種類によってはインターフェロン作用を抑制して、かえって予後を悪くする可能性もあることが報告されていますので (https://science.sciencemag.org/content/370/6515/eabd4585 )、やはり抗体を用いるのであれば、このような絨毯爆撃的なものではなく、標的を絞ったモノクローナル抗体などを使用すべきだと思います。
Simonovich et al., A Randomized Trial of Convalescent Plasma in Covid-19 Severe Pneumonia. N Engl J Med. 2020 Nov 24. doi:10.1056/NEJMoa2031304. 

ホヤのマイクロバイオームから新しい抗真菌薬が発見された

2020-11-23 08:53:51 | 感染症
長らく診ている関節リウマチの患者さんがある日手関節の腫脹を訴えて来院されました。関節外にも広がるような腫脹で、骨破壊もかなり高度でした。「滑膜炎が悪化したんですかね~」とか言いながら穿刺したところ米粒体が採取され、培養で真菌(Candida parapsilosis)が検出されました。「カビの思ひで」のひとつです。そういえば私が子供の時には「水虫の薬ができたらノーベル賞だ」というような出所不明のうわさがありました。抗真菌薬ではないですが、抗寄生虫薬で大村先生がノーベル賞を受賞されたので、あながちいい加減な情報でもなかったのかもしれません。
現在抗真菌薬もいくつか開発されていますが、真菌に対して選択的な毒性を示す薬剤は真正細菌に対して選択毒性を示す薬剤よりもバリエーションに乏しく、現在用いられている抗真菌薬は主として3つの種類しかないそうです。仮にも真菌は真核生物ですので、特異的な薬物が見つかりにくいのでしょう。
さてこの論文では海洋生物に着目し、海洋生物に存在する1482種類の放線菌の産生物質をLC-MS–based metabolomics toolによってスクリーニングし、ホヤのマイクロバイオームから有望な抗真菌物質turbinmicinを同定しました。Turbinmicinは高度に酸化されたtype II polyketidesに属する物質ですが、その抗真菌作用は細胞内膜輸送に関与するSec14の抑制作用による可能性も示されました。海は「もう一つの宇宙」とも言われており、特に深海生物については分かっていないことも多く、今後新たな物質が発見される可能性も高いことを感じさせます。
ちなみに私は東北新幹線で売っているホヤの珍味が好きですが、珍味メーカーとのCOIはありません。
Zhang et al., A marine microbiome antifungal targets urgent-threat drug-resistant fungi. Science. 2020 Nov 20;370(6519):974-978. doi: 10.1126/science.abd6919. 





















MTXを止めるか?etanerceptを止めるか?それが問題だ

2020-11-21 18:47:11 | 免疫・リウマチ
関節リウマチ治療において、生物学的製剤 (BIO) はmethotrexate (MTX)とのコンビネーションで使用されることが多く、その方が有効性も高いとされています。それではコンビネーションによって寛解に達した場合に、どちらから止めるのが良いのでしょうか?あるいは止めてはいけないのでしょうか。Study of Etanercept And Methotrexate in Combination or as Monotherapy in Subjects with Rheumatoid Arthritis (SEAM-RA)はこのような質問に答えるために計画された臨床試験です。MTX+etanerceptによってSDAI寛解(≤3.3)に達した患者を①MTX monotherapy (N=101) ②Etanercept monotherapy (N=101) ③MTX+etanercept combination (N=51)の3群にランダムに割り付け、48週間寛解が維持されるかを検討しました。結果としては、寛解を維持できたのは①群で29人(28.7%)②群で50人(49.5%)③群で27人(52.9%)と①群と②群(P=0.004)および①群と③群(P=0.006)には有意な差がありました。ということでやめるのであればMTXから中止したほうがよさそうで、実際に私自身そのようにしている患者の方が多いような気がします。 


COVID-19ワクチンについての私見(現時点でのまとめ)

2020-11-21 14:40:40 | 新型コロナウイルス(治療)
Pfizer/BioNTech社やModerna社のCOVID-19ワクチン(ロシアのSputnik Vも?)の第3相試験の中間解析の結果90%以上の有効性が確認され、安全性にも問題はなかったことが報道されました。またLancetにはOxford-AstraZenecaグループのワクチンについての論文発表もあり、今後続々と報告が出てきそうです。この機会に自分の知識を整理するために、現時点でのワクチン開発状況についてまとめてみたいと思います。 
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冬が近づいてきてもCOVID-19の勢いは収まる気配を見せず、日本ではウイルス陽性者の数が増え続けています。心配なのは感染者の中に占める高齢者の割合が増加していること、入院が必要な重症者が増えていることで、「これこそが日本の第1波(欧米的な意味で)ではないか」と言っている人もいます。感染対策としては手指消毒を徹底し三密を避けるなどの行動変容が重要とされており、これには異論ありませんが、経済が立ちいかなくなるというのも確かですし、人と人との交流が制限されることによるストレスの増加も軽視できません。また感染者を抑えるということは、ウイルスに対する免疫を有している人口が増えないということでもありますので、集団免疫(herd immunity)という観点からは痛しかゆしの面もあります。感染予防が大事なのか!経済回復が大事なのか!と言われても、もちろんどちらも大事なので結局神学論争になってしまいます。ということで、両者の解決策としてワクチンに期待がかかるのは自然な流れです。ポリオや天然痘の例を挙げるまでもなく、これまで人類の公衆衛生にワクチンが果たしてきた役割は強調してもしすぎることはありません。特に抗菌薬などの有効性が期待できない重症なウイルス感染症にとっては「頼みの綱」になります。
春先に新型コロナウイルスのワクチン開発の話が出てきたときに、私が抱いた懸念は以下のようなものです。
①開発を焦って早かろう、悪かろうになるのではないか?中でも mRNAやDNAワクチンなどこれまで全く実績がないワクチンの開発については、速度とコスト(とPR)を最優先にしている感が強く、特に懐疑的でした(今でも最終的には不活化ウイルスワクチンが決め手になるだろうという意見は変わっていません)。
②きちんと有効性・安全性を確認するには2年近くかかるのではないか?世間(や政治)からの過剰な期待が拙速な開発と不十分な検証につながるのではないか?
③良いものが完成したとしても、大量供給を行うパイプラインの完成には時間がかかり、結局十分な(ワクチンによる)集団免疫が得られないのではないか?そして
④そもそも風邪のウイルスでもあるコロナウイルスに対するワクチンの開発が可能なのか?十分な感染予防効果が期待できるのか?有効性はどのくらい持続するのか?
11月になり、有効性・安全性に優れたワクチン開発のニュースが報道されている現在、上記のような懸念は払拭されたのでしょうか?
「早かろう、悪かろう」ワクチンではないかという懸念:現在開発の先頭を切って走っているPfizer/BioNTech社やModerna社のワクチンはmRNAワクチンです。ワクチンの原理はウイルスの特異的な抗原に対する抗体反応やT細胞反応を誘導することで、ポリオの生ワクチンはウイルスそのもの、インフルエンザワクチンのような不活化ウイルスワクチンは死んだウイルスを投与することでそのような反応を惹起するわけですが、mRNAワクチンの場合はその間にワンクッションあります。Pfizer/BioNTech社のワクチンBNT162b2Moderna社のワクチンmRNA-1273はSARS-CoV-2の感染に重要なSpikeタンパクをコードするmRNAを lipid nanoparticle(というナノカプセル)に封入したものです。これを筋肉内に投与(筋注)することで筋細胞内にmRNAを取り込ませ、筋細胞にSpikeタンパクを発現させることでSpikeタンパクに対する免疫反応が誘導され、特異的T細胞、抗体が誘導されるという仕組みです(ちなみにDNAワクチンの場合にはDNA⇒mRNAへの転写というステップがもう一段階間に挟まります)。一方Oxford-AstraZenecaが開発しているAZD1222(ChAdOx1 nCoV-19)は同じSpikeタンパクを標的にしていますが、ナノカプセルではなく非増殖型のアデノウイルスベクター(adenovirus type-5, Ad5)に組み込んでいるという点が異なります。一般的にはウイルスベクターの方が遺伝子導入効率は良いと考えられているのですが、ウイルスベクター自体に対する反応(炎症反応など)が生じてしまう可能性があります。このようなアプローチに対する私の懸念は、標的とするウイルスそのものを免疫源として用いるのではなく、「mRNA⇒筋細胞での翻訳」という余計なワンステップが加わることで投与する抗原量の調節が難しくなるのではないか(筋細胞内への取り込み効率や翻訳効率によって発現量は左右されるので)、そして「ウイルスタンパクの一部を筋細胞で発現させる」ことで、元々のウイルスタンパクが持っている糖鎖修飾などが失われてしまい、抗原性が変化してしまうのではないかという点でした。その点不活化ウイルスワクチンであれば不活化したウイルスそのものを投与するので、抗原量の調節が容易であり、タンパクの糖鎖修飾なども保たれているので、そのような心配がない訳です。このような懸念は完全に払拭されたわけではないのですが、先日西川伸一先生が書かれたコラム(https://aasj.jp/news/watch/14336)を読むと、Moderna社は「一般的にコロナウイルススパイク分子が細胞側の受容体に結合する前のperfusion conformationと呼ばれる構造を解析してきた研究実績があり、他のコロナウイルスでの経験から、スパイク分子にわざわざ変異を導入することで、安定にperfusion conformationを取らせることができること、そしてこの構造を抗原とする方が10倍高い抗体を誘導」可能であり、「RNAワクチンがタンパク質と同等かそれ以上である」ことを確認しているそうです。おみそれしました。私自身が不活化ウイルスワクチン押しであることは変わりないのですが、このようにきちんとしたサイエンスの裏打ちがあるのなら、mRNAウイルスも捨てたものではない(上から目線)かな、と思い直しています。ちなみに日本でも開発しているDNAワクチンについては、mRNAワクチンより更に介在ステップが増えるので、おそらくダメだろうと考えています(知らんけど)。
きちんと有効性・安全性を確認するには2年近くかかるのではないか?世間(や政治)からの過剰な期待が拙速な開発と不十分な検証につながるのではないか?という懸念:ワクチンの開発に王道はなく、第1相や2相で抗体産生やT細胞反応性が確認されても、実際投与された被験者で感染や重症化が予防されなければ成功とは言えません。今回SARS-CoV-2ワクチンがかくも早く申請に至った理由としては、mRNAベースで様々なバリエーションの作成や検証が比較的容易であったこと、世界の一流研究者が結集することでSARS-CoV-2の構造や標的候補などが驚くべき速度で明らかにされたこと、また研究に対して中国や欧米の公的支援が半端ない額で行われたこと、そして幸か不幸か患者が潤沢におり、ボランティアを集めるのに苦労しなかったこと、ウイルス感染率が高いため、比較的少ない数のワクチン投与で効果検証が可能であったこと(とはいえ数万人のレベルですが)、などが挙げられると思います。最後の点については未だに感染者が大量にいるということが追い風になっており、もし(幸いにも)感染が終息していたらワクチンの検証は困難だったと思われます。「世間(や政治)からの過剰な期待が拙速な開発と不十分な検証につながるのではないか」という点については未だに懸念はあり、特にトランプ大統領が「Moderna社のワクチンに期待する」とかいうだけで信頼度は激減してしまいます。とはいえ日本ほど忖度が働かないアメリカやヨーロッパで検証が行われ、有効性が確認されていることから、おそらく効果あり、と考えてよいように思います。副作用は重篤ではないとされていますが、mRNAの投与自体が自然免疫系の活性化を惹起しますし、それなりに炎症反応は生じるはずです。また「抗体依存性感染増強(antibody-dependent enhancement, ADE)」などについては今後も注意深く見ていく必要はあると思います。
大量供給ができるかという懸念:これについても政府からの手厚い資金援助のおかげでかなりの分量が速やかに供給されそうです。まさに"Money is power" です。
そもそも風邪のウイルスであるコロナウイルスに対するワクチンの開発が可能なのかという懸念:毎年風邪をひいている人にしてみれば、「新型コロナウイルスのワクチンができるのなら風邪ひかんようなワクチンも作ってくれよーー」という思いはあるでしょう。そもそも一度風邪をひいたらその後は一緒風邪をひかないということは無いわけで、実際の感染によって誘導される免疫反応も限定的と考えるべきでしょう。しかし先に述べたModernaのmRNAワクチンはウイルスタンパクそのものではなく、変異を加えて高い抗体誘導能を獲得できるように工夫しています。もちろん一旦獲得された免疫が長期間持続するという保証はありませんし、ポリオワクチンのように生涯免疫獲得は期待薄だとは思います。しかし一時的であってもいわゆる集団免疫を獲得することでウイルスの拡散を抑えることができれば、パンデミックの収束は十分に可能だと考えます。
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ということでワクチンに対してはあまり期待していなかった私ではありますが、今回の結果は大いに評価できると考えています(またまた謎の上から目線)。それにしても未知の感染症であった新型コロナウイルスに対して世界の基礎、臨床、社会医学などあらゆる分野の研究者が力を結集して事態の改善にあたっている様子は、論文から見ているだけでもまさに圧巻で、感動的でさえあります。
I believe in the Power of Science!!


高感度ひずみゲージの開発

2020-11-17 08:59:33 | その他
ウェアラブルデバイスなどのsoft machineは現在進歩著しい分野ですが、このようなデバイスの開発には弾力性のあるひずみゲージや圧センサーの開発が必須です。この論文は、異方性抵抗構造(strain-mediated contact in anisotropically resistive structures, SCARS)に基づいた、高い弾性を備えた汎用性の高い高感度ひずみ検出デバイスの開発を報告しています。医療を含め、様々な分野への応用が可能そうです。