とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

現在の危機的状況を乗り切るために

2021-08-20 07:49:34 | 新型コロナウイルス(治療)
新型コロナウイルス感染症も第5波になって様相が変わってきたようです。東京都では感染拡大に歯止めがかからず、重症患者であっても入院調整に困難をきたすケースが増加しています。感染患者が増えれば、当然比例して重症患者の数も増えるのですが、重症化には発症後1-2週を要することを考えると、今後さらに重症患者は増加することが予想されます。「重症患者用の病床(コロナ患者用のICU病床)の数を増やせばよい」という議論もありますが、これは思っているほど簡単ではありません。一人の重症コロナ患者の治療には多くの人手がかかるため、重症コロナ患者の病床を増やすためには、その3倍の通常病床を削る必要がある(通常の医療をかなり制限する必要がある)、ウイルスの感染力が高いため、多くの場合個室管理が必要(個室の数によって入院患者は制約される)、特にネイザルハイフローと呼ばれる酸素療法を行うためには陰圧個室が必要で、そのような病室はさらに限られる、などの理由から、やみくもに病床増加を進める訳にはいきません。したがって、限りある重症病床をいかに効率的に使うかが重要になります。東京都では重症患者用病床を有する病院に、毎日空床数を報告させていますが、院内患者の重症化や、直接の転院依頼への対応など、各病院の事情によって空床数は一日のうちでも大きく変動するため、機械的な患者と病床のマッチングは困難です。もし入院が必要な重症患者についての情報を一か所に集約するとともに、各病院の空床数や病院の内部事情をリアルタイムでモニターできる有能な人員(できれば医師か看護師)を配置して、都全体の重症病床をコントロールすることができれば、効率よい病床運用が可能になるのではないか、と思います。とはいえ病床数が限られていることに変わりはないので、やはりいかにして感染患者を減らすか、感染患者の重症化を防ぐかがポイントです。前者のためには、ありきたりですがワクチン接種の促進と、人と人との接触抑制が必要です。一方後者のためには、最近使用可能になった抗体カクテル製剤(ロナプリーブ)の使用も有用ではないかと思います。多くの方の知恵と協力で、現在の危機的状況を乗り切りたいものです。

高齢マウスの骨格幹細胞の骨形成低下はCSF-1高発現に起因する

2021-08-16 18:08:43 | 骨代謝・骨粗鬆症
2015年に骨格幹細胞Skeletal Stem Cells (SSCs)の同定をCELL誌(Cell. 2015 Jan 15;160(1-2):285-98)に発表したStanford大学のCharles Chan, Michael T Longakerらの報告です。彼らは以前に骨芽細胞、軟骨細胞、間質細胞には分化するが、脂肪細胞には分化しない多能性細胞であるSSCsを同定しました。この細胞を免疫不全マウス(NSGマウス)に移植すると骨組織が誘導されます。このとき高齢マウス(12カ月齢)から得たSSCsを移植すると、若年マウス(2カ月齢)SSCsを移植したときよりもできる骨組織が小さくなりました。これは高齢マウスでは骨折治癒過程における仮骨形成が減弱していることと一致します。興味深いことに併体結合によって若年マウスと高齢マウスの血流を共有してもSSCs由来の骨組織の大きさは代わらず、血流中のSSCsによる影響よりも局所的な違いであることが分かりました。また高齢マウスSSCs由来のストローマ細胞と造血幹細胞を共存培養した場合には若年マウスSSCs由来ストローマ細胞よりもミエロイド系の細胞の分化に偏っていることも明らかになりました。
著者らはこのようなSSCsの挙動の違いが、高齢SSCsにおけるCSF-1(M-CSF)の高発現に起因する可能性を示しました。高CSF-1によってミエロイド系の細胞が増加し、炎症性サイトカインやケモカインの発現が促進されます。また高CSF-1は破骨細胞分化を促進することで骨吸収が亢進し、骨折治癒が低下すると考えられました。最後に高齢マウスにおいてBMP-2によってSSCsを増加させるとともにCSF-1アンタゴニストを投与することで、若年マウスと同程度の骨折治癒がみられることも明らかになりました(完全にCSF-1をブロックしてしまうと、op/opマウス同様大理石骨病を呈してしまい、かえって骨強度は低下してしまいますので、部分的抑制が必要)。これらの結果から、高齢SSCsにおけるCSF-1の発現亢進が高齢マウスにおける骨形成低下、骨吸収促進に関与すると結論しています。
Ambrosi, T.H., Marecic, O., McArdle, A. et al. Aged skeletal stem cells generate an inflammatory degenerative niche. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03795-7
https://www.nature.com/articles/s41586-021-03795-7

変異型ウイルスによる最後の審判

2021-08-09 18:30:14 | 新型コロナウイルス(疫学他)
最新号のNewsweek誌(最近dマガジンで読めるようになりました)に、"The Doomsday Variant(変異型ウイルスによる最後の審判)"というタイトルで、変異型コロナウイルスについての記事が載っています。現在日本でもデルタ変異型ウイルスが猛威を振るう中で、どうしてパンデミック当初は科学者の中でも変異型ウイルス登場の可能性が軽視されていたか?について、「コロナウイルス自体は遺伝子変異頻度が低いため、理論的には変異型ウイルス登場の可能性は低いものの、あまりに大規模な感染拡大のために変異型ウイルスが出現するチャンスが増えてしまったのだろう」と述べられています。またインドでは4つの変異株が登場したが、結果として「免疫回避能が最も低い」デルタ株が爆発的に増加することになった、など、大変興味深い内容が述べられています。最後のQ&Aでは「Q: 既感染者にも2回のワクチン接種が必要か?A: Yes デルタ株は既感染者にも感染し、その予防のためには2回のワクチン接種が有効」など、参考になる情報も述べられています。 


科学否定論者と議論することは無駄ではない

2021-08-09 18:28:42 | その他
Wikipediaによればアメリカでは米国で「進化論」を信じる人は39%にとどまり、全く信じない人が25%なのだそうです。昨今の新型コロナウイルスの議論の中でも「新型コロナウイルスなんて存在しない」というような極端なscience deniers, sceptics(科学否定論者、懐疑論者)の意見を聞くと、絶望的な気持ちになり、「このような人々と議論しても考えを変えることはできない」と思ってしまいます。しかし筆者はそのような態度は「事実としても倫理的にも誤りである」と指摘します。ほとんどの科学否定論者は情報ではなく、信頼が不足しているのであって、忍耐、尊敬、共感を持って、信頼を築くことで考えを変えることは可能である。そのための技術として、まず彼らの話を十分に聞き、対話が始まったら説得ではなく質問を続ける。議論に反論する代わりに、「どんな証拠があれば心が変わるでしょうか?」と尋ねてみる。「証拠」が必要だと言ったら、これまでの証拠が不十分である理由を尋ねる。陰謀説に対しては、なぜ彼らがその証拠を信頼しているのかを尋ねる。このように質問を続けることで、どうしてこのような質問に答えられなかったのかと、自分で不思議に思わせることが重要である、と述べています。 

可溶型VEGFR1の産生亢進が血管老化に関与する

2021-08-02 08:18:18 | 発生・再生・老化・組織修復
「血管年齢」という言葉もありますが、加齢による変化で最も目立つものの一つが動脈硬化などの血管の障害です。血管の老化と一口に言っても様々な側面がありますが、十分な微小血管密度 (microvascular density)の維持ができなくなるのは加齢の一つの特徴です。この論文は、加齢に伴う微小血管の希薄化がVEGF(Vascular endothelial growth factor; 血管内皮細胞増殖因子)の機能障害に起因する可能性を報告したものです。
VEGFは多くの組織で血管上皮細胞や非血管細胞において産生され、その結果VEGF受容体(VEGR)シグナルは恒常的に活性化された状態になっています。マウスにおいて全身や局所のVEGFは加齢による変化をあまり受けませんが、受容体シグナルの恒常的活性化は抑制されています。この理由として、全身の様々な臓器・細胞における可溶型VEGFR1 (sFlt1)の産生亢進が関与する可能性が示されました。マウスでは加齢とともに、sFlt1の発現上昇が見られ、これがVEGFをトラップすることでVEGFRシグナル活性化を阻害します。このようなsFlt1の発現亢進はalternative splicingの亢進に起因することも明らかになりました。この状態を模したsFlt1過剰発現マウス においては、筋におけるVEGFRシグナルの減弱が見られました。またテトラサイクリン誘導性にVEGFを過剰発現するマウスでは、加齢に伴う微小血管密度希薄化が改善し、エネルギー代謝が改善することで肥満も抑制され、寿命が延長することが示されました。このマウスでは加齢にともなうサルコペニアや骨粗鬆症も改善していました。またいわゆるinflammaging (炎症老化)が改善し、悪性腫瘍の発生も抑制されることが明らかになりました。VEGFというと、腫瘍の発達に関与し、その阻害抗体に抗腫瘍効果があることがわかっていますので、この結果は驚きです。
この結果をそのままヒトにあてはめて良いかは疑問ではありますが、VEGFの新たな役割を明らかにしたという点で大変重要な報告です。
Counteracting age-related VEGF signaling insufficiency promotes healthy aging and extends life span
M. Grunewald et al., Science  30 Jul 2021: Vol. 373, Issue 6554, eabc8479 DOI: 10.1126/science.abc8479
https://science.sciencemag.org/content/373/6554/eabc8479