脳外傷(traumatic brain injury, TBI)にともなって神経変性が進行し、Alzheimer病(AD)のリスクが高まることは以前から知られています(Johnson et al., Nat. Rev. Neurosci. 2010; 11: 361-370)。またNFLプレイヤーやサッカー選手のように頭部にダメージが加わるリスクの高いスポーツ選手においても認知機能低下が見られます(Mackay et al., N Engl J Med. 2019 Nov 7;381(19):1801-1808)。病理組織の検討などからこのメカニズムとしてTBI後のtauタンパクのK274, K281アセチル化の関与が指摘されています(Lucke-Wold et al., J Neurol Neurosurg. 2017;4(2):140)。この論文で著者らは、TBIにともなう認知機能低下がtauのアセチル化を介しており、アセチル化の抑制がTBIにともなう認知機能低下を改善させる可能性を示しています。
マウスTBIモデルにおいて受傷後に脳の神経細胞におけるアセチル化tau(ac-tau, マウスではK263, K270)は増加しており、上昇の程度は外傷の程度に比例していました。
TBI後のマウス血清ではac-tauの上昇が見られ、またTBI患者においてもac-tauの血清濃度が受傷1日後から上昇し、その後も上昇が持続していたことから、血清中のac-tauはTBI後の神経変性のマーカーになると考えられました。また病理学的な検討からもTBIの既往があるAD患者の脳においては、正常者脳、あるいはTBIの既往がないAD患者の脳よりもac-tauレベルの上昇が見られました。
SalsalateやNSAIDであるsalicylate diflunisalはacetyl transferaseであるp300/CBPの活性化を抑制しますが、aspirinには抑制効果がありません。米国723万人の医療保険データベースの患者において、propensity score matchingを行って背景をマッチさせたaspirin使用者と比較してsalsalateあるいはdiflunisal使用者ではTBIおよびADのhazard ratioが有意に低いことが明らかになりました。またマウスモデルにおいてもこれらの薬剤のTBI後の認知機能低下改善効果が示されました。
これらの結果は、TBIにともなう認知機能低下にac-tauの上昇が関与しており、その抑制が認知機能低下の改善に繋がる可能性を示唆しています。なんだかできすぎた話のようにも思いますが、salsalateおよびfiflunisalの効果については今後是非前向き試験で検証していただきたいと思います。
脊髄の慢性圧迫などによる神経変性にも神経細胞内のac-tauの増加が関与しているのでしょうか?
Shin et al., Reducing acetylated tau is neuroprotective in brain injury. Cell. 2021 Apr 10:S0092-8674(21)00363-9. doi: 10.1016/j.cell.2021.03.032.