とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

ACE阻害薬、ARBはCOVID-19患者で中止すべきか?

2021-01-21 13:59:48 | 新型コロナウイルス(疫学他)
SARS-CoV-2が細胞への侵入にACEIIを受容体として利用することから、ACE阻害薬やARBを使用している患者が感染した場合にはこれらを中止すべきかどうかという議論は、感染拡大の当初から話題になっていました。この論文は入院前にACE阻害薬あるいはARBを内服していた軽症から中等症のCOVID-19患者に対して、これらの薬剤を中止(n=334)あるいは継続(n=325)の2群にランダムに割り付けて入院後の予後を調べたブラジルの研究です。生存患者の入院日数(21.9日 vs 22.9日)、死亡率(2.7% vs 2.8%)、心血管障害死(0.6% vs 0.3%)、COVID-19の悪化(38.3% vs 32.4%)に有意差は無かったという結果です。
Lopes et al., JAMA. 2021;325(3):254-264. doi:10.1001/jama.2020.25864 https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2775280


「医療崩壊の真実」を読んで

2021-01-14 16:47:34 | 新型コロナウイルス(疫学他)
「医療崩壊の真実」というタイトルはアレなのですが、内容はDPCデータなどを参考にして、主として2020年春の新型コロナウイルス感染症第1波で医療崩壊の危機が叫ばれた原因を分析しており、大変腑に落ちるものです。
繰り返しが多いことや、最後の鼎談は蛇足気味だったりという欠点もあるのですが、わが国の医療体制が包含する重要な問題点を指摘しています。特に下記のような指摘は興味深いものです。
①東京都のデータでは医療逼迫が叫ばれていた4月、5月において一般病床およびICUの稼働率は低下していた。
②一般病床稼働率低下の原因は、うがいや手洗い、マスクなどの衛生要因による感染症減少、コロナによる受診控え、不急の手術延期、検診控えによる癌などの発見減少などが考えられる。元々日本は急性期病床が諸外国と比べて突出して多く、コロナのために不要な入院が減ったとも考えられる。
③ICU稼働率低下の原因は、他のICU患者と比べて医師、看護師、臨床工学技士など医療スタッフの治療やケアの手間は数倍かかり、看護師配置も通常の1:2よりも手厚くする必要が生じたため。
④ICU, HCU, ERなどのユニットがない病院、あるいは集中治療、救命救急専門医が不在の病院でも人工呼吸器やECMOが必要な重症~超重症コロナ患者を受け入れていた。逆に集中治療専門医が1人体制の病院などでは、ユニットがあってもコロナ患者を受け入れていない病院もあった(おそらくマンパワー不足のため)。
⑤つまり医療逼迫の原因は、一般病床数、ICU病床数の不足ではなく、過剰に存在する急性期病院への専門医の分散など、医療資源の配分と集約化の問題である。足りなかったのは病床ではなく医療従事者である。
⑥問題を解決するためには日本全体で病床が不足するという虚構の危機をうったえるのではなく、専門医とハードの機能に応じた医療機関の機能分化(役割分担)と広域の連携が必要。
内容には賛否があるかと思いますが、興味のある方は是非ご一読いただければと思います。

分断の疾患

2021-01-01 09:30:23 | 新型コロナウイルス(疫学他)
2020年は新型コロナウイルスに翻弄された1年でした。
無症状・未発症者から感染が広がるというこの感染症の特徴は、疾患の危険度の何倍もの恐怖を社会に与え、人と人の繋がりをズタズタに引き裂きました。また報道のみならずインターネットやSNSを介した不確実な情報の拡散は、国によってはそれを利用しようとする政治力学も働いて、社会の分断に輪をかけることになりました。過去に経験のない未知の感染症の登場は、科学者や医療関係者の間にも戸惑いや不安を広げ、専門家の中にさえも分断を引き起こしました。このコラムのタイトル"A divisive disease(分断の疾患)"は、このような新型コロナウイルス感染症の特徴を過不足なく表しています。
しかしその一方でウイルスゲノムの解読、感染の分子機構や免疫反応、ウイルスタンパクの構造解明、そして様々な臨床試験やワクチン開発が、国際的な共同研究を背景に驚異的な速度で進み、現代サイエンスの、そして人々の共同作業の力を再認識することができた1年でもありました。
第三波はまだ終息する気配を見せませんが、サイエンスは間違いなく我々を前に進めています。新たな年を迎え、我々には人と人との繋がりを失わず、互いの信頼を失わず、そして希望を失わずに「分断の疾患」に対抗していくことが求められています。
本年が皆様にとってすばらしい年になりますように。
2021年元旦 
Kai Kupferschmidt A divisive disease. Science  18 Dec 2020:
Vol. 370, Issue 6523, pp. 1395-1397. DOI: 10.1126/science.370.6523.1395

高齢者ではどうしてCOVID-19が重症化するか?

2020-12-31 07:41:00 | 新型コロナウイルス(疫学他)
新型コロナウイルス感染症の重症化リスク因子として確実なものが糖尿病などの併存症および高齢です。高齢者で重症化するメカニズムとしては元々の併存症が多いこと、気道の分泌が少ないためウイルスの喀出が不十分であり、また誤嚥もしやすいため、より多量のウイルスに肺が曝露されること、血管の脆弱性や凝固能の異常のため血栓症が生じやすいことに加えて加齢に伴う免疫系機能の変化(自然免疫や獲得免疫の低下、inflammagingと呼ばれる慢性炎症状態など)が関与すると考えられています。この総説は季節型コロナウイルス、SARS, MARS, COVID-19などを対比させながら、加齢と免疫機能について簡潔にまとめられています。サルの感染モデルやACE2トランスジェニックマウスなど、動物モデルから明らかになってきたことも多い一方で、実際の臨床例では必ずしも重症者でウイルス量が多くないことなどの矛盾も報告されており、COVID-19と免疫系との関係についてはまだ解明されていない点も多いようです。
JCI - Age-related susceptibility to coronavirus infections: role of impaired and dysregulated host immunity

季節性コロナウイルス感染は新型コロナウイルスの免疫を高めるか?

2020-12-16 11:50:46 | 新型コロナウイルス(疫学他)
季節性のコロナウイルス(seasonal human coronaviruses, HCoVs)に感染した人はSARS-CoV-2に対しても免疫を有するのではないかという話は以前からありましたが、最近実際に非感染者においてSARS-CoV-2に対する抗体がみられることが報告されました(Ng et al., Science 370, 1339, 2020; Shrocke et al., Science 370, eabd4250, 2020)。非感染者に見られる抗体はSpikeタンパクのうちウイルスとホスト細胞との融合に重要なS2に対する中和抗体が多いことが明らかになりました。これはS2領域が様々なコロナウイルスの間で保存されているためで、このような抗体を有するヒトがSARS-CoV-2に感染するとback-boostingという現象が生じ、SARS-CoV-2とクロスする抗体を産生する細胞が増殖すると考えられています。このような抗体を有する患者においてCOVID-19重症化が抑制されるという報告もありますが(Sagar et al., J Clin Invest. 2020. https://doi.org/10.1172/JCI143380)、まだ不確定な部分も少なくありません。Affinityが弱い抗体を有することでかえって感染しやすくなるantibody-dependent enhancement(ADE)という現象が生じる可能性もあります(回復期患者血漿を投与された患者でADEが起こっていないので可能性は低いだろうと考えられてはいますが)。このPerspectiveの著者らは、小児や若年者はHCoVsに曝露される機会が多いので、SARS-CoV-2とクロスする免疫を持っており、それが重症化しない原因ではないかとしているのですが、その点はどうでしょうか?私は高齢者で分泌物が少なかったり、嚥下機能が低下していたり、といったことが肺炎発症および重症化の原因ではないかと思っております。もともと高齢者は誤嚥性肺炎を起こしやすいですし。

Guthmiller and Wilson, Remembering seasonal coronaviruses.Science  11 Dec 2020: Vol. 370, Issue 6522, pp. 1272-1273
DOI: 10.1126/science.abf4860