下記の記事はプレジデントオンラインからの借用(コピー)です
なぜ「K-POP」は世界中で人気になったのか。『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』(朝日出版社)を出したライターの田中絵里菜さんは「K-POPには、制約なく、誰もが、どこにいても、お金をかけずに楽しめる、という仕組みがある」という――。
世界中の人がK-POPに“沼落ち”するカラクリ
米国の3大音楽祭の一つ「ビルボード・ミュージック・アワード」で5月、韓国のアイドルグループ「BTS(防弾少年団)」が4冠に輝いた。2019年に自身が打ち立てた2冠の最高記録を塗り替える快挙で、韓国発の音楽「K-POP」の人気が世界に広がっている象徴的なイベントになった。
K-POPが今や日本国内だけで起きている一過性のブームではないと、世間が認識し始めたのが2020年だったのではないだろうか。そしてその事実を確信するように今年に入って多くのメディアが「K-POPは一体なぜ」といった記事を掲載している。
やはり話題の中心になるのはBTSだが、BTSだけに限らず「K-POP」というパッケージそのものが一部のファンだけではなく世界中に広く認識されるようになっている。難攻不落だと思われたアメリカのミュージックシーンにおいてもチャートを覗けば現在幾つものK-POPグループの名前が並んでいる。
世界中の人々が、なぜ「K-POP」にここまで熱狂するのか――。その理由を探ってみると、私は「5つのバリアフリーがある」という一つの結論にたどり着いた。お金・時間・距離・言語・制約の「5つのバリアフリー」によって、K-POPは“沼落ち”しやすい環境が整っている。
つまり制約なく、誰もが、どこにいても、お金をかけずに楽しめる、その仕組みがK-POPには存在している。本稿では、K-POPにうっかり“沼落ち”してしまう仕掛けを、近著『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』(朝日出版社)からご紹介したい。
お金をかけずに楽しめる動画コンテンツ
では、具体的にK-POPはどんなふうにコンテンツのバリアフリー化が行われてきたのかを見てみよう。まずは「お金」だ。K-POPといっても韓国、海外のコンテンツだ。普通、有料の動画配信サービスや海外チャンネルも取り扱う有料放送を契約しない限り、触れる機会はあまりないだろう。
しかしK-POPの場合は、無料でアーティストの動画や番組をネット上で見ることができる。主要な音楽番組のどれもが放送後に出演映像をアーティストごとに切り出して、当日か翌日には公式にアップロードしてくれる。韓国のテレビが簡単に見られない海外のファンでも、好きなK-POPアイドルが出演した音楽番組をオンタイムで網羅できる。
さらにパフォーマンス全体の映像だけではなく、各メンバーだけに一曲フォーカスした「チッケム」と呼ばれる推しカメラも同時に公開される。そもそも韓国は音楽番組の数自体が多いこともあって、そのことだけで既に一つの楽曲に対して、ミュージックビデオ(MV)の他にパフォーマンスが見られる映像が複数あることになる。
公式YouTubeチャンネルでは、MVがフル尺で公開されているのは当然のこと、「ダンスプラクティス」映像やリアルバラエティといったオリジナルコンテンツが配信されている。
韓国では「他事務所の先輩の楽曲」でもフル尺でカバーする
他にも、制作会社のチャンネルではメンバー全員が縦一列に並び先頭のメンバーがキリの良いところまで何小節か踊り、後ろにはけていくのを繰り返し、1曲のダンスをリレー形式で繋いでいく「リレーダンス」や、照明だけのシンプルな空間でのアイドルのダンスにフォーカスした映像をYouTubeで配信している「STUDIO CHOOM」(CHOOM=韓国語でダンスを意味する)など、そのグループに関する派生コンテンツがYouTubeだけでも幅広く用意されている。
STUDIO CHOOM(YouTubeチャンネルトップページ)
さらに、日本では他事務所の歌手がフル尺でカバーすることは考えにくいが、韓国の場合は新人歌手が自身の実力を見せる目的で先輩歌手のカバーをしていることがよくある。もちろんカバーダンスは一般の人たちの間でも楽しまれ、YouTubeで「cover dance」と検索すれば、その結果の多くがK-POPのカバーダンスで埋まるほどだ。
権利の保護を最優先に厳しくブロックするよりも、「フリーミアム」の考え方で、あえて楽曲やMVそれ自体をプロモーション素材とみなすことで広く解禁し、後々の二次展開で利益を結果的に回収するという経営判断である。その結果、YouTube上だけでも多くの派生コンテンツを楽しむことができ、さらにファンがそれを自由にシェアできる。
他にもInstagramやTwitter、TikTokといったSNSでも毎日写真やメッセージがアクティブに更新されている為、お金を払わずしてそのグループのコンテンツを山ほど視聴できる環境が整っているのだ。
ファンたちが言葉の壁を取り払う
とはいえ、海外ファンにとって大きな障壁となるのが「言語」の問題であろう。海外ファンにとっては情報を得るにも翻訳が必要となり、その一つひとつの作業は応援活動のネックとなってくる。
しかしK-POPは、言語の壁も取り除く工夫がされている。MV公開と同時に多言語で公式字幕をつけ、TwitterやInstagramで他言語を併記していることもザラだ。
ダウンロード数1億を突破している(昨年12月基準)K-POPファンお馴染みの動画配信サービス「V LIVE」では、公式がつけた字幕、自動翻訳字幕(現在は9言語に対応)のほか、「ファンサブ(=ファン字幕)」が認められている。
動画配信サービス「V LIVE」
ファンサブとは、“ファンがつけた字幕”を意味する。元々ドラマやアニメの分野でも愛好家によって昔から行われていたが、その多くは公式に認められておらず海賊版として流通していた。それを大胆にも公認したことで、V LIVEは海外ユーザーにも広まった。今では利用者の85%が海外ユーザーが占めている。
字幕をつけたファンにアプリ内での昇級・賞与システムを適用することで、本来翻訳家に頼まなければならない膨大な予算を節約しながら、ファンと手を取り合って言語障壁をなくしてきた。
「5つのバリアフリー」がK-POPを世界に押し上げた
K-POPから配信されているコンテンツはどれもVPN無しでどこの国からも視聴できるので、インターネットさえあれば「制約」を受けずにリアルタイムで楽しむことができる。その上、こうしたMVからライブ配信、リアルバラエティまでネット上の映像コンテンツは無料で公開されているのでライブに行くまでは無料で楽しめる環境だ。
そして、それらの映像はファンの間でどんどんシェアが可能であり、ネット上に残り続けているのでいつからハマっても後追いが可能だ。こうしたお金・時間・距離・言語・制約の「5つのバリアフリー」によってK-POPは沼落ちしやすい環境が整っているわけだ。
K-POPが世界的な人気を誇る理由として、音楽性やパフォーマンスのクオリティの高さ、本人たちのタレント性はもちろん大きな要因であることは間違いない。
だが、K-POPの海外輸出の試みが少し前の世代から行われていたにもかかわらず、現在になって一気にK-POPがグローバルな人気を収めることができた理由は、こうした細やかなSNS運用が絶大な効果を生んだ結果である。
ファンを飽きさせない供給量の多さ、多言語対応、有料化によってゾーニングしないアクセスのしやすさは、K-POPの飛躍を語るうえで無視できない。
そして、K-POPの「バリアフリー」はSNSをはじめとするニューメディアが実現させてきた部分が大きい。
SNSを重視せざるを得なかった事情も……
そもそも韓国ではパフォーマンスを披露する音楽番組は数多くあるものの、地上波でアイドルのパーソナルを知ることができるバラエティ番組は多くない。ましてやアイドルの冠番組というものはほぼない。
そうした中で、芸能事務所はアイドルのパーソナルな魅力を伝えていくツールとしてSNSやYouTube、V LIVEといったプラットフォームを利用した。オリジナルコンテンツを数多く制作することで、音楽面と本人達の魅力を伝えてきた。
YouTubeを意識した動画コンテンツ作りからK-POP独自の動画プラットフォーム、短尺縦型のTikTokへ。検索エンジンのブログや掲示板機能からDaum Cafe、Weverse、Lysnといった事務所ごとのオウンドコミュニティ、そして各SNSへなど、現在ではさまざまなデジタル配信プラットフォーム上でコンテンツが同時発信され、媒体間を縦横無尽に行き来している。
その結果、韓国国内でいま注目されるのはオールドメディアを抑え込むほどの大きな力を持った新たなプラットフォームの存在である。
元々K-POPにおいては「ファンカフェ」と呼ばれる国内ファンに向けたクローズドなファンクラブが一般的であった。しかしファンのグローバル化とともにファンコミュニティや動画配信を目的とした全世界向けのプラットフォームが作られ、Weverse、Lysn、UNIVERSEといったサービスが生まれている。
ファン同士の掲示板のようなコミュニケーションスペースや、そこでアイドルが発信する文章や写真を楽しめるだけではなく、そのプラットフォーム上でライブを配信するケースも出てきた。
年末に起こった地殻変動
2020年末に公営放送MBCで放送された「2020歌謡大祭典」では、ニューメディアの影響力の大きさを示す象徴的な出来事が起こった。
年末の歌謡祭といえば、その年に活躍したアイドルが一堂に会する韓国最高峰の歌謡祭祭だ。しかしその年はHYBEレーベル所属のアーティストが出演しなかった。
BTS、SEVENTEEN、NU'ESTといったグループは、同日開かれたHYBEレーベルの合同コンサート「2021YEAR'S EVE LIVE」に出演した。そのパフォーマンスは自社オウンドプラットフォーム「Weverse」で配信されたのだった。
コロナの影響でオンラインライブが余儀なくされた2020年において、アイドルファンはYouTubeやV LIVE、そしてWeverseのようなプラットフォームでコンサートを視聴する機会が増えた。その結果、芸能事務所は、テレビ局を介さず制作から放送まで全ての権利を所有できるオウンドプラットフォームを重視するようになった。
音楽番組に出演することが認知度を高める唯一の方法であった時代から、SNSをはじめオウンドメディアのみで直接的にグローバルファンにアクセスすることができるようになった現状への移り変わりを示しているようだ。
実際Weverseは昨年までの間に、世界233の国と地域のユーザーが参加しており、各アーティストのコミュニティの累積加入者は約1920万人。2020年一年間のアーティストとファンが作成した投稿は、のべ1億1700万件にのぼるという。
K-POPがコロナ禍で存在感を強める必然性
2021年1月には、NAVERが所有するK-POP最大の動画配信プラットフォームV LIVEとHYBEのコミュニティプラットフォーム「Weverse」が統合するニュースが飛び込んできた。
田中絵里菜『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』(朝日出版社)
この2つのプラットフォームは1年かけて、ライブストリーミング、コミュニティプラットフォーム分野で連携し、今後国内のK-POPアイドルだけではなく海外アーティストまでもと範囲を拡大していく予定だという。
IT企業と芸能事務所がタッグを組み、テレビメディアを介さず自社プラットフォームで全てを完結させていくという形は今後のスタンダードになっていくのかもしれない。
コロナ禍で国外への自由な行き来が難しくなった今、K-POPは家でインターネットを開くだけでアクセスできるフリーな環境整備ができていたからこそ、グローバルファンの火力を弱めるどころか、世界での存在感を強めてきたように感じる。
その発信方法は現在もすさまじいスピードで変化しており、ファンならずともそのビジネスモデルには一見の価値があるように感じる。
田中 絵里菜
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