下記は日経グッディからの借用(コピー)です
「おばあちゃんが亡くなったら、おじいちゃんも後を追うように亡くなってしまった」という話を聞くことがある。しかし、逆におばあちゃんがおじいちゃんの後を追うように…という話はあまり聞かない。これは迷信なのだろうかというと、実はそうではない。「統計データから検証すると、こういう傾向は実際にあるんです」と、社会疫学者の近藤尚己さんは話す(前回のインタビューは「『孤立』はたばこと同じくらい体に悪い?」)。パートナーとの死別はストレスの最たるものだが、そこから受ける影響には、男女の間で違いがあるようだ。
男性、女性は、それぞれどういったストレスに弱いのだろうか。そこにも、健康的に生きるためのヒントが隠されていた。
パートナーと死別。男は後を追いやすいが、女は平気!?
前回のインタビューで、孤立は不健康に繋がり、寿命を縮めるというお話を伺いました。人との繋がりがあるかどうかが、健康に大きく関係しているということですね。それに関連して、近藤さんの研究の中に、「人との繋がりが健康に与える影響に男女差がある」というものがあり、非常に興味深かったです。
パートナーに先立たれた場合、後を追うように亡くなってしまう確率は男女で大きく異なります。
近藤 「死別の研究」ですね。結婚したパートナーに先立たれた場合、その後に死亡する確率はどのくらい上がるのかという研究を、ハーバード大学の大学院生と一緒にやりました。
分析の結果、男女ともにパートナーに先立たれると、早く死亡してしまう傾向があると分かりました。パートナーが死亡した人は、その半年後までに、パートナーがいる人よりも41%ほど死亡する率が高いのです。半年がたつと死亡リスクはやや下がりますが、それでもパートナーがいる人より14%高くなります。
興味深いのはここからです。男女に分けて調べると、男性の場合は23%の増加、女性はわずか4%の増加にとどまることが分かりました。ざっくり言うと、女性はパートナーが死んでもへっちゃらだということです。もちろん、これは統計上の話ですから、全員に当てはまるわけではありませんが。
ここからは憶測ですが、女性は、男性と比べると、一人になっても別のコミュニティーを新たにつくる能力が平均的に長けているからだと思います。分かりやすい例が、定年退職です。これがものすごく健康リスクになる場合があります。
えっ、そうなのですか? ようやくリタイアして、自由になる時間がたくさんできて健康になるのかと思いました。
近藤 もちろん、退職してやりたいことをやろうと生き生きする人もいますけど、これまで仕事一筋だった人が、退職によってコミュニティーを失ってしまうというリスクもあります。
仕事一筋の人にとってのコミュニティーは、職場と家庭しかありません。すると、退職によって職場というコミュニティーが失われてしまいますから、家しかなくなってしまいます。
日本の場合、特に男性はそういった傾向が強い。例えば、退職後、仕事がなく家でウダウダしていると、奥さんに「じゃまよ」って怒られちゃいますよね。外に蹴り出されても何もやることがなくなってしまう。居場所もない。すると、パチンコにはまってしまったり、酒に溺れてしまったりします。
やはり仕事と家庭以外にも、いくつかのコミュニティーを持っておくことは、健康面において大事な要素です。還暦を迎える前から、家と仕事以外の居場所、例えば地域の集まりや趣味の会などといった複数のコミュニティーに属している方が、自分の役割を意識して元気でいられるのではないかと思います。
企業や労働政策の担当者には、社員が退職前から様々な活動に参加して、仕事と家庭以外のコミュニティーを持てるように、働き方の制度や職場のあり方を検討してほしいと思います。
外にコミュニティーを持つと、独りでも自立を維持しやすい
その点、女性の場合は、元々さまざまなコミュニティーに入ることを得意としているというお話がありましたね。
近藤 そうです。女性は元々コミュニティーをたくさん持っています。日本の場合、女性は家事や子育てだけでなく、地域の自治会に参加したり、子どもの学校を通じた繋がりがあったり、コミュニティーに属する機会がたくさんありますからね。だから夫が亡くなっても、自分の居場所や役割を失うことは少ないのではないでしょうか。
一方、仕事一筋だった男性が奥さんに先立たれてしまうと、退職後は家庭の他にコミュニティーを持っていませんから、慰めてくれる人がいません。独りで悲しく家で過ごす毎日になってしまうのかなと思います。
認知症の原因にもなりそうです。
近藤 はい。周囲に慰めてくれるような人がいないことが、その後の認知症の発症と関係することを示したデータは日本からも報告されています 。
竹田徳則ほか 認知症を伴う要介護認定発生のリスクスコアの開発─5年間のAGESコホート研究 日本認知症予防学会誌 2016;4:25-35.
また、これはまだ論文として発表されていませんが、先ほどの死別の話に限らず、パートナーがいない人の方が、高齢者では自立生活を営む力が低下するのが速いことが分かっています。ところが、地域活動への参加の度合い別に見てみると、パートナーがいなくても、地域の活動にしっかり参加している人は自立生活を営む力の低下速度がパートナーのいる人並みに遅いことが8年間の追跡でわかりました。パートナーがいなくても、地域の自治会や趣味の会に入って、外にコミュニティーを持っていれば元気に生活できるということを示しているのだと思います。
家庭以外に自分の居場所や役割を持っていれば、老後にパートナーがいなくても自立した生活を続けやすくなります。
繋がりは、とても大事なのですね。
近藤 極端なたとえですが、無人島で何年も独りで生活することを想像してください。どんなに食べ物が豊かで、生きるには困らないとしても、元気でいられるでしょうか。
そう考えると、モノがいくらあっても、元気に生きていく自信がありません。
近藤 孤独は人間にとって、とてもつらいことのようです。余談ですが、宇宙開発との関係で、こんな話があります。例えば火星に移住するケースを想定した時、最大の課題は「孤独からどう守るか」ということだそうです。長期間地球に帰れない状況を想定して、閉鎖された小屋の中で何カ月間も密閉生活をするという実験が実際に行われているそうですが、実験後に被験者の一人が言った「一番の苦痛は、家族と何カ月も会えないことだった」という言葉が耳に残っています。
貧困になると、女性と男性、どちらが寝たきりになりやすい?
興味深いお話です。コミュニティーが寿命に大きな影響を与えるということや、そこに男女差があるということも。
近藤 健康において男女差があることについて、僕らがやった研究はほかにもあります。これも高齢者を対象とした研究ですが、男性は女性より貧困に弱いかもしれない、という結果でした。
可処分所得が全人口の中央値の半分未満のことを「相対的貧困」と定義することがありますが、それに該当する人たちを追跡調査しました。すると、男性は貧困になると、寝たきりになりやすくなる傾向が見られたのです。
一方、女性は貧困だけでは寝たきりのリスクは上がりませんでした。ただ、貧困にプラスして、知人や友人がいないとか、経済的な理由で趣味活動などができないという「交流」の要素が制限されると、女性の寝たきりのリスクは1.7倍くらいに跳ね上がるという結果でした(*3)。
近藤 つまり、女性は、お金がなくても生きる力を持っていますが、繋がりまで失うと耐えられないということです。もちろん、男性はその両方がリスクとなりますので、より寝たきりのリスクが高いといえます。
「お金と同じように、人との繋がりも資源だ」という考え方がありますが、まさにそれを反映している調査結果となりました。
そういえば、男性と女性とでは、平均寿命も異なりますよね。
近藤 男女で平均寿命に差があるのは、日本だけでなく世界中で見られる現象です。ちなみに日本人の場合、女性は87.05歳、男性は80.79歳(2015年、厚生労働省調べ)となっています。女性の方が寿命が長い。この理由も、もしかすると単に生物学的に女性のほうが強いとか、男性が弱いということだけではなくて、社会的側面が関係しているのかもしれません。つまり、「人と繋がる力」とか、「社会の中に適応する力」に男女差があり、女性の方が強いから、という可能性があるのです。
これまでのお話で、人との繋がりがこれほどまでに健康に影響することに驚きました。
近藤 人間にとってコミュニティーや社会というものは、不可欠というよりも、それが人間という生き物の特徴そのものなのではないかと思います。
もちろん、職場もコミュニティーの一つですから、職場環境が悪ければ病気になりやすくなります。近年、「ブラック企業」という言葉がよく聞かれますが、これも職場環境の劣悪さのことですよね。職場環境は、労働時間などの労働条件に関する法律だけで決まるわけではありません。従業員の努力がちゃんと認められる環境になっているだろうか、働きやすい環境だろうか─。そういったことを規定する企業の経営理念やそれを決めている経営層には、非常に重い責任があります。
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孤立は不健康に繋がり、ひいては寿命を縮めることがある。興味深いことに、女性よりも男性の方がリスクの要素が多いという。では、男性にとって特に重要なコミュニティーである会社とストレスの関係はどうなのだろうか。次回は、職業や職場での役割とストレスについて、詳しくお話を聞いていこう。
(聞き手:森脇早絵=フリーライター、写真=秋元忍)
近藤 尚己(こんどう・なおき)さん
社会疫学者、医師、医学博士 東京大学大学院医学系研究科准教授
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