下記の記事はプレジデントオンラインからの借用(コピー)です
聴力低下は社会的な孤立を招く
運動や睡眠という大きなテーマの次に聴力低下が続くのは、意外な感じを受けるかもしれません。しかし加齢による聴こえの悪化は、聴力だけの問題に留まりません。聴力低下は、コミュニケーション能力の低下につながります。その先にあるのは、社会的な孤立、うつ病、そして認知症です。
医学雑誌『ランセット』に、興味深い論文が載っていました(2017年12月)。年代ごとに、どんな要因が認知症の発症リスクを高めるかを分析した結果です。
【18歳までの若年期】
・教育レベルの低さ 7.5%
【45歳~65歳までの中年期】
・難聴 9.1%
・高血圧 2%
・肥満 0.8%
【66歳以上の高年期】
・喫煙 5.5%
・うつ病 4%
・運動不足 2.6%
・社会的孤立 2.3%
・糖尿病 1.2%
合計すると35%が、修正可能なリスク要因。残りの65%が、潜在的で修正不可能なリスク要因という内容でした。目を引くのは、難聴が占めるパーセンテージの突出した高さです。
難聴=聴力低下とは、他人の声や音の入力が不自由になることです。五感のうち、人間にとって大切なのは触覚、味覚、嗅覚よりも、視覚と聴覚です。
人間は社会性をもち、コミュニケーションを発達させて進化してきた生物です。一次的な情報の収集では視覚が大事ですが、人と人とのコミュニケーションにおいて最も重要なのは、聴力なのです。
聴こえが悪くなると会話についていけなくなり、コミュニケーションが楽しくなくなります。もっと悪い場合には、聞き間違いの誤解からトラブルが生じたりします。
聴力の低下は脳の老化を進める
人間にとって他人との交流が一番大事なのに、人に関わるのが億劫おっくうになり、何事にも引っ込み思案になります。行動を自ら制限し、その範囲を狭め、運動不足になります。つまり意欲が衰え、感情と知能への刺激が減り、すべての活動が低下して、脳は老化していくのです。
脳の健康という観点から言うと、聴力低下は脳に与える刺激を減らすのみならず、人間の社会生活を制限し、孤独感を深めてしまう原因です。行きつく先は、社会的孤立です。前述の『ランセット』の論文の「難聴9.1%」には、このような多くの要素が含まれていると考えられます。
加齢によって聴力が衰える原因は、耳の奥にある蝸牛かぎゅうという器官の老化や、聴神経に関わる血管の正常老化です。生活習慣病による血管の老化も関係します。
長年イヤホンやヘッドホンで大音量の音楽を聴き続けたり、騒音にさらされる仕事に携わったせいで、蝸牛内部の有毛細胞が傷つく場合もあります。また、遺伝的な要因も大きいと言われます。
下記に思い当たる項目があれば、難聴が始まっているかもしれません。
●会話の中で、聞き間違いが多くなった。
●後ろから呼ばれると、気づかないことが多い。
●大勢の人がいるところで、言葉がよく聞き取れない。
●電子レンジや体温計などの電子音が聞こえにくい。
●家族に、テレビの音量や電話の話し声が大きいと言われる。
ただし聴力障害に対しては、医学がかなり進んでいます。手術で治る場合もありますし、骨伝導を利用する優れた補聴器が出回っています。認知機能が落ちる前に適切な対策を取れば、対人コミュニケーションと社会性を維持することが可能です。
社会的孤立は男性には深刻な問題
社会的孤立は、身体と脳に前述のような廃用性退化を引き起こし、心理的にも孤独感が増すなど、負のスパイラルになりやすいのです。
とくに重要なのは、社会的孤立は、男性において特に深刻な問題です。定年退職と同時に、仕事も人付き合いもなくして孤独に陥りがちだからです。その点は女性のほうが、仕事以外にも趣味や地域のつながりなどで、自分の持ち場を得ている人が多いようです。
男性の場合、退職したと思ったら認知症になってしまう人もいます。これは突然発症したのではなく、ゆっくり進行していた病状を、脳の代償機構が意欲や責任感や役割意識を働かせてカバーしていたためと考えられます。
気持ちの張りがなくなった途端、火事場の馬鹿力的なタガが一気に外れてしまい、元々あった病気が表に出てくる。それが、周囲からは劇的に見えるだけです。アルツハイマー病やレビー小体型認知症(※)、パーキンソン病など神経系の変性疾患は、徐々に進行するからです。
一方、脳梗塞などが原因になる血管性の認知症は突発的です。神経の老化はゆっくりですが、血管の老化は急激で、突然詰まったり破裂したりするのです。
※レビー小体型認知症:認知症の中で2番目に多い。レビー小体と呼ばれる線維性のタンパク質の異常な円形構造物が脳に蓄積すると、神経細胞に変性が現れ、脱落が生じて起きる認知症。
認知症予防には聴力の維持と適切な生活習慣が重要
社会的孤立に関連する病気として、うつ病があります。
新井平伊『脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法』(文春新書)
原因は正確にわかっていませんが、ストレスによる海馬の萎縮や、脳内の神経伝達物質で気分に関わるノルアドレナリンやセロトニンの低下によると考えられています。
アミロイドβが関わっているという説もあります。適切な治療によって回復する人も多いですが、疫学的には認知症に1.7倍なりやすいというデータがあります。認知症へ移行する例は、高齢者に目立ちます。
軽いうつ状態である適応障害を患う人も増えています。ストレスを感じやすい性質の人がストレスの多い環境に置かれると、自律神経に異常が出たり、眠れなかったり、精神的に不安定になったりします。言い換えれば軽いうつですが、長引くと本当のうつ病になってしまいます。
うつ病では、ノルアドレナリンやセロトニンといった神経伝達物質に異常をきたし、症状としては意欲の低下などがあります。前述した運動や睡眠が脳の健康に個々に関わっているとすれば、聴力低下と社会的孤立とうつ病は、互いにそれぞれを巻き込みながら、脳の老化を進めます。
疫学的調査結果の解釈が難しいのは、原因なのか結果なのかの判断です。どうしても、社会的な活動性が低い老人は認知症になりやすい、という単純な結果を導きがちです。しかし実際は、まず脳の正常老化があり、意欲の低下があり、生活習慣病や聴力低下が関連して孤立を深め、社会的な活動性が低くなって、最終的に認知症に至るケースが考えられます。
適切な運動や睡眠、聴力の維持で社会的な活動性を保てば、意と情が活性化され、脳の老化を防ぐこともできる可能性があるわけです。
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