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スタートアップのLily MedTechは、乳房用リング型超音波画像診断装置「COCOLY(ココリー)」の国内販売を、2021年5月10日に開始した。同年4月28日に、薬機法に基づく医療機器製造販売認証(認証番号:303AIBZX00011000)を取得している。
今回の装置は、従来の乳がん検診装置の課題克服を目指して開発が進められていたもの(関連記事:「リングエコー」で乳がんに挑む、今こそやり返すチャンス)。ベッド型の検査装置で、受診者がベッド上でうつ伏せになり、ベッド中央にある穴に乳房を片側ずつ挿入する。穴の中に設置されたリング型振動子アレイが、散乱像再構成技術「リングエコー撮像法」により、乳房を1スライスずつ撮像し、乳房断面の画像を作成する。
Lily MedTech 代表取締役の東志保氏(写真:剣持 悠大)
リングエコー撮像法は、2012年から東京大学大学院工学系および医学系研究科で研究が進められてきた技術。同技術の実用化のため2016年に設立されたのがLily MedTechである。なお、今回の装置には、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業において得られた成果を活用している。
関連記事は下記です
日経BP総研 メディカル・へルスラボ 2019.7.10 *
「リングエコー」で乳がんに挑む、今こそやり返すチャンス
日本女性の11人に1人がかかるとされる乳がん。早期発見できれば9割以上は完治が見込めるが、がん検診で広く使われているマンモグラフィ(乳房X線診断装置)は、乳房のタイプによってはがんを見つけにくいという弱点がある。この点を補うために超音波検査を併用する必要性も議論されているが、超音波検査にもまた課題があり、乳がん検診は精度においてまだ十分とは言えない面が残っている。
Lily MedTechが開発中の「リングエコー」(写真:剣持 悠大、以下同)
こうした従来の検診装置の課題を克服する新しい装置「リングエコー」の開発に挑んでいるのが、2016年に設立されたベンチャーのLily MedTechだ。東京大学COI(センターオブイノベーション)の医療用超音波技術を基に、乳房全体をMRI(磁気共鳴画像)のように3Dで撮像する装置であり、2年以内の実用化を目指す。同社の代表取締役を務める東志保氏に、これまでの経緯と上市にかける思いを聞いた。
(聞き手は黒住 紗織=日経BP総研 メディカル・へルスラボ)
日本人の乳房はマンモではがんが見つけにくい
御社が開発している乳房用超音波画像診断装置「リングエコー」は、現行の乳がん検診の問題点を克服する装置とうかがいました。まず、乳がんの現状と、現行の乳がん検診の課題について教えてください。
Lily MedTechの東氏
乳がんの罹患者は年々増えていて、日本人女性の11人に1人がかかるがんです。女性の死亡数としては大腸がんや肺がんよりは少ないですが、30代から64歳までの死亡原因ではトップ。働き盛り世代の女性の命を奪うがんという意味で、家族や社会に対する影響が大きながんといえます。早期で発見すれば、9割以上が助かるがんですが、そのためには画像検診を受けるしかありません。
乳がんと他のがんの年齢別罹患率の比較(図:国立がん研究センターのデータ[図中に記載のもの]を基にBeyond Healthが作成)
その標準的な検査装置であるマンモグラフィ(以下マンモ)は、早期の段階のがんに伴うことがある石灰化という状態を写し出せるという強みがあります。ただし、X線ではがん病巣も乳腺も白く映るため、乳腺の密度が高いデンスブレストと呼ばれるタイプの乳房の人のがんは、見つけにくいという弱点があります。
デンスブレストの乳房を持つ人の割合は若年であるほど多く、40代女性の70%以上がデンスブレストに該当します1)。特に日本を含む東洋人にはこのタイプが多いことがわかってきています2)。日本人にとっては特にこの点は重要な課題です。
乳腺が白く映るデンスブレストが多いことが問題
写真の左の2つは、乳腺密度が低い脂肪性乳房なのでがんが映りやすい。それに対して、右の2つの写真は乳腺密度が高いデンスブレストで、乳腺が白く映るため、その後ろにあるがんが見つけにくい。乳腺のタイプで4つに分けられている。(画像提供:湘南記念病院乳腺外科 井上謙一医師)
また、できるだけ少ないX線量で乳房全体を撮影するために乳房を板で挟み薄く伸ばす必要があり、乳腺密度の高い乳房では、強い圧迫によって痛みを感じやすくなります。国内での乳がん検診受診率が約4割と先進国の中で非常に低い3)のは、検査時にこうした苦痛があることも関係していると考えられます。
一方、乳腺の密度に関係なく病巣を映し出せる検査としては超音波検査(エコー)があります。しかし一般的なエコーは、超音波を受信するプローブ(探触子)を検査技師が持ち、乳房の上を移動させながら撮像するため、プローブが接している部分の画像しか得られません。撮り残しのリスクがあったり、がんを探す技師の力量によって検診結果の精度レベルがまちまちであったりするのが問題点です。
MRIのような均質な3D画像に、強い衝撃
このマンモとエコーの双方の課題を解決するのが、新しい装置なのですね。どんな装置ですか。
リングエコーはベッド型の装置です。ベッドの中央に穴が開いていて、内側の容器にはお湯が満たされています。容器の中にはリング状の振動子が取り付けられており、超音波を発します。
リングエコーの開発装置イメージと、リング状の振動子のイメージ図(出所:Lily MedTech)
被験者はベッドにうつぶせになり、この穴に乳房を入れて約10分間寝ているだけで、装置が自動的に乳房全体を撮像してくれる仕組みです。ですから、マンモのような圧迫による痛みはありません。超音波検査なので、デンスブレストでも腫瘤を見分けることができ、放射線の被曝リスクもゼロです。
装置が自動的に乳房全体を撮像するので、誰が検査を行っても均質な画像が得られるので技師のスキルは影響しません。さらに、将来的には写し出された異常箇所の良悪性を判別するAI自動診断支援機能も搭載していきます。
現行の検診装置の特徴と弱点の比較と、それに対するリングエコーの特徴(表:取材をもとにBeyond Healthが作成)
それを可能にしたのはどのような技術なのでしょうか。
名前が示すとおり、「リング状」がカギです。一般的なエコーが一方向からしか超音波を放出・反射できないのに比べ、リングエコーは超音波振動子が乳房を取り囲み、360度あらゆる方向から超音波を放出・反射、受信するため、高精度な3D画像が得られます。試作機ではマンモグラフィでは写らなかった15㎜の乳がんの撮像に成功しています。
リング状の超音波振動子(出所:Lily MedTech)
多方向から超音波を送信・受信し、透過波を使って画像化する研究は、米国メイヨークリニックで1970年代から行われていました。でも、当時は膨大な情報を処理するのに時間がかかり、実用化に至りませんでした。
それが、ここ5~10年の間にGPU(並列演算処理)の目覚ましい発展で画像表示の高速化が進み、画像診断技術にも使われるレベルになりました。一度はお蔵入りしたメイヨークリニックの研究が再び日の目をみることになったのです。
国内では、東大COIのご支援の元、超音波で360度取り囲むリングエコーの技術を研究開発するプロジェクトを夫が2013年ごろに立ち上げました。2015年に、先述のメイヨークリニックの元研究員が立ち上げた企業から、同じ技術を用いた装置のPOC(プルーフオブコンセプト。新たな発見や概念の実現の可能性を実証すること)画像が発表されました。
これまでの超音波画像とは全く違ったアーチファクト(超音波画像における虚像)もない面内において均質な分解能の画像で、まるでMRIのような画像に夫も私も強い衝撃を受け、ぜひ日本でも、と一気に事業化への機運が高まりました。今では、我々は別の撮像機能を開発しており、彼らはより研究要素の強い機能に特化しているのに対して、弊社はより実用的な機能を中心に開発しています。
元々夫が超音波治療の研究者ということもあり、当時、東大で開発されたリングエコーは、FUS(集束超音波治療。病巣に超音波を集中照射し、切開せずに組織を焼灼する治療法)への応用を見据えた治療機器としての研究でした。しかし、治療機器使用するためにはリアルタイムで治療をモニタリングする必要がありますが、FUSはすべてMRIのガイド下で行われており、高価であることや台数が限られていることなどから実施医療機関が限られている実情があります。
そこでまず、治療のモニタリング装置(画像診断装置)を開発する必要があり、空気や骨といった超音波にとって強い反射体が内部にあると、その奥まで音が入りにくいという特徴から、技術的にハードルの低い部位として、まず注目したのが乳がん分野だったのです。乳房は、形状的に出っ張っている部位であるので、部位全体を取り囲んで撮像するというリングエコーの技術に親和性が高かったこともありました。
技術で、まだ病気に勝てる分野が残っていた!
現行の検診の課題について、最初から把握していたのですか? 事業化の経緯と、そこへ至るまでの思いを聞かせてください。
もともと、私の専門が航空宇宙学の分野でしたから、はじめからこの分野の問題点を把握していたわけではありません。3人の医師にヒアリングをした中で、思った以上に問題が集積していることを知りました。「こんなに大きな課題が、まだ取り残されていたのか。若い人が亡くなるがんの分野で、貢献できる部分がある」ということがわかって、突き動かされる思いでした。そして、「リングエコーを用いた画像診断装置は開発のしがいがある」と判断し、現在に至っています。
(写真:剣持 悠大、以下同)
事業化への強い思いには、母を早くに亡くしたことも大きく影響しています。母は私が高校生のとき悪性度の高い脳腫瘍に冒され、手術を受けた甲斐なく医師の余命宣告通りに、46歳で亡くなりました。母が亡くなった後、「医療が病気に勝てなかった」と大きな挫折感を味わい、家族関係にもひびが入って私自身も傷つきました。そのため、その後進路を決める際も医療分野は外し、もともとやりたかった宇宙関係の研究職に就いたのです。
その私が今、医療分野に身をおいているのは、超音波医療技術の開発に携わっている夫との出会いも関係していますが、リングエコーの可能性について、日本の乳がんの検診・治療をけん引する多くの医師にヒアリングをし、現状の問題がこの技術で大きく解消できると確信できたことが大きく影響しています。
女性が抗がん剤治療でどれだけ苦しんでいるかとか、マンモによるがんの見落としでその後の人生がどれだけ変化してしまったかといった、生々しい話をたくさん聴いた中で、亡母の治療も大変だったことや、救えなかった敗北感がよみがえり、今こそあの時の思いを払しょくするチャンス、やり返すチャンスなのではと。技術でまだ病気に勝てる分野があるんだと奮い立ちました。その思いが、ずっと私の原動力になっています。
乳がんは40~50代に多いがんで、母も同じ年代で罹患しました。この世代が闘病することは、家族への影響や社会的損失も少なくありません。マンモより精度が高い検査で、かつ、受けやすいとなれば、早期発見、ひいては死亡率低下に寄与できる可能性がある。リングエコーの開発は、単に新しい画像診断装置を世に出すことではなく、日本の社会課題を解決に導くものだと確信しています。
開発に当たり苦労した点は。
すべてですね(笑)。まず、水を大量に使う検査機器は他にないので、水量の設定から始まり、検査台も高さや硬さはどのくらいが理想か、とか、撮像から画像表示までの時間は、とか。求めるべき画質のレベルも大勢の医師にヒアリングしましたが、放射線科と乳腺外科など診療科によって重視するポイントが違ったりして、落としどころに苦労しました。既存のものをマイナー改定するのとは違い、ほかにないものをゼロからつくったので、その仕様決めが大変でした。仕様が決まらないと、技術者は動けませんので。
こうした仕様決めも含め、東京大学はもちろん、日本乳癌検診学会理事長の中島康雄先生(聖マリアンナ医科大学放射線医学 名誉教授)や、日本乳癌学会第四代理事長の中村清吾先生(昭和大学医学部外科学講座 乳腺外科部門教授)など多数の専門医の先生方に協力を得ています。また、ベッド部分の固さの改善などは人間工学の専門家である長澤夏子先生(お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科准教授)と共同開発を進めています。
2年以内の実用化目指す
もともとエンジニアだった東さんが代表取締役に就任した経緯は。
当初、社長は外部からスカウトするつもりでした。でも、この人にお願いしたいと思った方から週2日勤務ならという条件を提示され、それでは世の中にない価値を提供するという大きなチャレンジの実現力、社員のモチベーション維持の点で難しいと断念しました。ちょうど、 「単なる画像診断装置をつくるだけなら大手メーカがやってもいい。あえてベンチャーがやるなら、社会変革を起こすくらいの気概が社内になければやる意味がない」と思い始めていたころです。
全面的にリスクをとれる人間が社長にならないと、社員は動かない。夫の強い勧めもあり、経営は門外漢の私が社長として表に立つことを最終的に決めたのです。
運よく、就任後2カ月ほどでベンチャーキャピタルと一緒に、ベンチャーキャピタルの出資を条件に交付される大口の補助金に申請してみようということになり、そこから一気に歯車が回り始めました。
創業準備期にはNEDO-STS(新エネルギー・産業技術総合開発機構のシード期の研究開発型ベンチャーへの助成事業)に選ばれ、創業後もAMED(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)など公的機関の助成のほか、ビヨンド・ネクスト・ベンチャーズなどから出資を受けておられます。投資家は、どこを評価したと思いますか。
結果はおろか、まだ何も始まっていないも同然の状態で、しかもベンチャーとなると、どんなことが起こるか想定できない。そうなると投資家が賭けるところは社長くらいしかないんですね。
ある投資家からは、「なんかよくわからないけれど、やりきる能力があるんじゃないか」と言われました。それさえあれば、何とかなる。今は未熟でも、自立していける、と思っていただけたのではないでしょうか。
自分では、とにかくしつこい、しぶとい人間だと思っています。こうと決めたらなかなかひかない。生意気と受け取る人もいるでしょうけれど、事業に対する執着心が異常なほど強い。思いが強い分、妥協しないんです。
リングエコーの今後の見通しは。
リングエコーは医療機器としての承認審査をPMDA(医薬品医療機器総合機構)に申請する予定で、2年以内の実用化を目指しています。デンスブレストの女性や20、30代など、現行のマンモグラフィ検査が推奨されていない年代の女性を主な対象に、まず大学病院から、そして地方の基幹病院やブレストセンター、乳がん検診に力を入れているクリニックへと広げていければと考えています。装置の価格は、今の3DマンモとMRIの間くらいの価格帯を目指しています。
日本は世界の中でも群を抜いて超音波技術が発達している国。近年、米国でもデンスブレストの問題が大注目を浴び、このタイプの乳房の人たちへの対応が課題になっていると聞いています。そうした意味で、市場はアジアだけでなく、米国、EUなども見据えています。
東 志保(あづま・しほ)
アリゾナ大学工学部卒、総合研究大学院大学博士課程中退。JAXAで惑星探査機に搭載するエンジンの開発研究、日立製作所中央研究所ライフサイエンスセンターで医療用超音波の研究に従事するなどの職歴を経て、2016年5月Lily MedTechを設立、代表取締役に就任。
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