京都府で頑張っている同じNPO仲間の杉本千加さんが、京都新聞に載りました。
記事全文
『あきらめない
乳癌治療から…
『後ろも軽くしますね。だいぶすっきりしてきましたよ』
軽やかにはさみを動かしながら、美容師の杉本千加さん(40)=八幡市 =は、笑顔で女性に話しかけた。 切りそろえていたのは、ウィッグ(かつら)。
女性は乳癌が再発していた。抗がん剤で髪が抜け、外出がおっくうだったというが、元気なころの髪形に近づき、表情に明るさが戻った。
『女性にとって髪がどれだけ大切か。自分が乳癌になってあらためて分かった』
杉本さんも乳癌を患った。2007年4月、手術で右乳房と脇下のリンパ節をすべて切除した。
化学療法もつい最近まで受けていたが、患者の自宅に出張し、ウィッグを希望の髪形にカットする
『ヘァエピテーゼ』活動を一年前から続けている。 ウィッグの実費以外は手弁当のボランティア。
大阪府枚方市内の美容院で働くかたわら、道具をマイカーに積み患者を訪ねる。
∞はさみ握れない∞
五年前、右乳房にしこりを感じた。近くの病院で直径1センチの「良性膿疱」と診断された。
医師から
『大きくなると切除の必要がある』と忠告された。だが、『切除』すれば、はさみを持つ大事な右手に影響が及ぶのでは……。
怖かった。
膿疱は広がっていったが、「できものだから大丈夫」と検診から逃げ続けた。
診断から2年半、ある日、胸に痛みを感じた。
検査の結果、がんは0期からⅣ期ある段階のうちⅢ期まで進んでいた。7センチに広がった膿疱の中に複数の腫瘍が散らばって見つかり、乳房温存はできないとされた。
術後、右手が上がらず、抗がん剤シクロホスファミド(エンドキサン)の副作用で毛が抜けた自分を見て愕然とした。医師には「日常生活が一番のリハビリ」と言われた。
副作用で吐き気がし、10メートル歩くのも辛い日があったが、料理や掃除を頑張った。
『絶対に職場復帰する』と誓い、趣味の絵とテニスで右手を動かした。
長女(10)と長男(8)に支えられた。手術や検査の時、「お母さんと一緒にいる」と病院で何時間も付き添ってくれた。
『はさみを再び握れたら、今度は私が誰かを支えよう』
そんな気持ちになった時、人づてにヘァエピテーゼ活動を知った。
『ブログで赤裸々に』
11月、活動で初めてカットした友人から 「抗がん剤で又髪の毛が抜けてきた」と、不安げな電子メールが届いた。どぅ返信するか悩んだ。病院の待ち合い室で知り合い、ウィッグを一緒に作った仲だった。
昔の自分が母にがんを打ち明け、気が楽になったことを思い出した。
「家族にもっと素直に甘えてみたら」と助言した。
ブログも始めた。
活動やネットで知り合った患者仲間に向け、自身の治療を赤裸々に書く。
「人と話したくない時もある。ブログなら見たい時に見てもらえる」
略毎日更新している。
がん告知された直後は、一年先のことすら不安だった。それが今では、将来自分の美容院を開く目標を持っている。
「こんなに私って強かったっけ?と自分でもびっくりしています。再発の不安がないわけじゃない。でも、だからこそ今を楽しく生きたいし、同じ立場の患者さんにも自分のカットではつらつと生きてほしい」
(記者・八幡一男)
あきらめない乳癌治療から
支え合い
今を楽しく生きてほしい
40歳美容師
患者宅へ出張
ウィッグで髪形再現
彼女のブログはこちらです
http://blog.goo.ne.jp/chikahappy0304/
仲間にも患者さまがいる。
僕も、彼女にアドバイスをいただきながら患者さまのために頑張ろう
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