サテュロスの祭典
力武靖(3)
報道
素直に話せば、当時、僕は力武さんの作品は大好きで集めていましたが、彼個人の事は大嫌いでした。
進んで児童ポルノとしか言い難い雑誌に自分の作品を掲載させていたし、写真集の売り方も、ビニ本風に販売していたからです。
写真作品こそ、天真爛漫…ヌード写真の撮影と言うよりは、裸で遊んでいる女の子を、身内の誰かが一緒に遊びながら撮っている…
そんな、可愛い作品であるにも関わらず、明らかに写真モデルの少女達を、性的関心の的にしているようにしか思えない雑誌に、自身の作品を提供しているのも気に入らなければ…
また、せっかく、無邪気で可愛い作品を、ビニ本スタイルで販売しているのも気に入りませんでした。
清岡純子さんは、自身の作品は写真美術だと言う一貫したポリシーから、生前は、決して自身の作品をポルノ雑誌に提供をしなかったし、プチトマトと言う写真集に寄せたコラムの中でも、当時、欧米から渡り始めた児童ポルノを決して買わぬよう呼びかけてもいました。
対し…
清岡純子さんには、イマイチ及ばないまでも、やはり、少女をメルヘンチックに撮影される彼が、どうして…
と、言う思いはいつもあったのです。
それに重ね、当時、メディアも、売春宿が貧しい家庭の親達にそうするように、金で頬を叩いて貧困家庭の少女達を裸にしていると叩いていたこともありました。
無論…
報道では、力武さんの名は出さなかったものの、愛好家が見れば、明らかに力武さんの事を報道してるのは一目瞭然な取り上げ方で、叩いていたのです。
当時は、そんな報道をもろに間に受けていた僕は、美術として少女を愛好する者として、実に許し難い行為に思われ、破棄する時、真っ先に破棄したのは、力武さんの写真集でした。
しかし…
理香さんに、暗い家庭環境があった事を、二十年近くも経って、初めて知り、僕はコレクションの破棄を深く後悔しました。
特に、力武さんの写真集だけは、何が何でも守らなければならなかったかと思いました。
同時に、改めてメディアなるものに対して、非常に腹を立てもしました。
何故、あの時、そう言う事があった事もきちんと取材して調べ上げ、放送してくれなかったのかと…
勿論、そうした事情が背景にあったにせよ…
力武さんは間違っている。子供の裸を撮る事そのものが犯罪であり、虐待だと言う考え方を、僕は否定しません。
だったら、あなた、力武さんがモデルに使っているような少女達の為に何をしているのだ…
力武さんのモデルをやめさせた後、彼女達に何をしてやれるのだ…
と、言う疑問は抱きつつでは、ありますが…
しかし…
兎にも角にも、その是非を問う前に、まずは、取材は常に公平であるべきかと思います。
力武さんが、東南アジアにモデルを求めたのは、何故か…
簡単です。
同時、既に少女ヌードに対する風当たりはつよく、国内でモデルを求めるのは困難になった事…
対し、東南アジアに行けば、実に安価な金で、モデル候補の少女達がゴロゴロ集まって来ると言う事。
これをもって、先進国の儲け主義な写真家が、発展途上国の貧困少女を、札束で頬を叩いて脱がせた…
そう言う見方も、あながち間違ってはいません。
とは言え…
報道するからには、力武さんが、モデル起用する事で、一人の少女が救われた一面…
いや、彼女に限らず、やはり貧困家庭の環境から少なからず救われた少女達が決して少なくはなかった事…
彼自身、後付けかも知れませんが、貧困の中にいる少女達を、ヌード写真家として救いたい気持ちもあった一面…
そう言う一面をしっかり押さえた上で、報道はなされるべきだと思います。
ただ、一方的に金づくで少女達を裸にした、猥褻なヌード写真を撮影して金儲けをした、その事だけを取り上げて叩くのは、非常にアンフェアだと思います。
その人をどう評価するか…
その人の作品をどう評価するか…
それは、様々であって良い。
それでも、ヌード撮影そのものが犯罪、虐待だと言うのなら、幾らでもそう言って批判しても良い。
しかし、そうするならそうするで、その人の様々な部分をしっかり押さえた上でそうして欲しい。
少なくとも…
批判する側には批判する側の言い分があるように、力武さんには力武さんの言い分がある。
その時代、その時の社会背景にあって、許し難い言動を繰り返す方々にも、言い分と言うものがある。
それを最終的にどう評価するかは別にして、誰の言い分も尊重して耳を傾け、押さえた上で、最終的な皆の判断を下すのが、民主主義ではないだろうか…と、僕は思います。
社会的風潮、社会的価値観に同調する形で、一方的な見方、言い分だけを通し、それに反している方々の言い分を無視して…或いは、一応聞くそぶりは見せて、頭からそれをねじ伏せ、押しつぶしてしまうようかメディア報道のあり方は、果たしてフェアと言えるのかどうか?
僕は、美術作品まで、少女のヌードを実際否定する法解釈が定着して二十年経とうとする今、強く感じないではいられないのです。
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