5月26日で母の一周忌になりました。
3人兄弟の一番下、次男のトオルです。
兄と8つ、姉と6つ違うため僕の存在を知らない方もたくさんおられるとは思いますが、この度母の一周忌といたしまして親族を代表しお店のブログを更新させていただくことになりました。
今まで母と親しくしていただいた方々、お店に食べに来てくださった方々、水あげに来ていただいた方々にこの場を借りてご挨拶と深く御礼を申し上げます。
まずあまりにも急すぎて誰も予期しなかったことだったので皆様もあっけにとられ、母の死を受け入れることができなかったのではないかなと思います。
入退院を繰り返していたわけでもなく、とにかく健康にはいつも気をつかっていたし、直前まで仕事をしていたので僕もしばらくの間は受け入れることができずにいました。
それでも時間は待ってはくれず 火葬、葬儀、オープンしたての山王店の営業、いろいろな手続き関係など全員初めてのことだったので段取り違いなど多々ありましたが、間違いながらもなんとかここまで力を合わせやってこれました。
これも皆様のあたたかいご支援とご協力があったからこそだと実感しています。
重ねて心から感謝いたします。
私事ではありますが 母が亡くなる2ヶ月前、姉の息子2人と母と僕の4人で大阪に旅行に行きました。
ユニバーサルスタジオに行ったのですが、ジェットコースターみたいなスリルある乗り物に子供達と一緒に母も乗って、興奮しながらはしゃいでいたのを覚えています。 育ち盛りの男の子と対等に遊べるそのパワーと、楽しむことに貪欲なところは息子ながらすごい人だなと感心していました。
母の元気な姿を見たのはこれが最後でしたが、とても良い思い出になりました。
最後に旅行に行けて本当によかったと思います。
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少し母についてどんな人だったのか振り返ってみたいと思います。(僕の目線からではございますが)
母は千山閣のママでした。長年(川端の時のお店と合わせると40年)お店に来てくれるお客様方から「ママ、ママ」と慕われていました。 そして千山閣のママであると同時に僕にとっては一人の母親でした。 小学生の頃一緒にジャスコなどに行くと、いろんな知り合いの方や店のお客さんから声をかけてもらえる気さくで明るい有名人でした。
そして豪快でパワフル。(腕相撲も小学6年生くらいまで負けてた覚えがあります)
以前はビールのジョッキを左手3杯、右手3杯づつ持って店のホールを駆け回ってました。 男でもできませんよね 笑
スポーツも好きで周りは全員男性のゴルフコンペに参加し、対等に勝負してしまう腕前と度胸も持った人でした。
それとは逆に繊細な部分もあり 油絵や水彩画。 紙粘土での粘土細工。 書道など創作活動が前から好きでよく家で作ったり書いたりしていました。
お店のメニューなど手書きだったし、屏風などの絵もよく描いていました。
いろんな方から「ママ よぐそげだ時間あるの~ 感心する」と言われていました。 ハンドメイドが好きで服なんかもミシンでよく手作りしていました。
黒く日焼けした肌に自分で作った服を着て、店で大きな笑い声をあげて元気に働いていたのを今でも覚えています。
多趣味でとにかく好奇心旺盛。 パソコンのパの字も知らなかった母が、パソコン教室に60代半ばから通いだし、この千山閣のブログを立ち上げ、フェイスブックもやってしまうという行動力と挑戦する姿勢は本当にすごいと思います。
やろうと思えばなんでもやれちゃうという大切なことを実践し形に残してくれました。
またユニークな一面もあり僕が小学生の頃の遠足で、弁当に果物を入れてほしいとお願いしたら皮付き丸ごとのパパイヤが果物ナイフと一緒にナイロン袋に入ってました。
なかなかパンチのあることをする母でもありました。
まぁ 皮をむいてみんなの前で食べましたけど・・・。
そして子供が大好きで自分の孫に限らずよその子も一緒に遊びにつれていく人でした。
まっすぐで純粋な心の持ち主で、正義感の塊みたいな人でした。
人の事も自分の事のようにとらえ親身になってよく相談にのっていました。
性格もさっぱりしていて、こそこそするのが大嫌い。 曲がった事も大嫌い。
どんな人にもとにかくオープンに接するのでみんなに好かれたのでしょう。
おっちょこちょいで早とちりな部分はあったと思いますが、あったかくとっても人間味のあふれる人だったと思います。
そんな母。 後世は老若男女問わず、たくさんの人に囲まれていました。
とてもしあわせだったと思います。
いろんなとこにもよく旅行してました。 楽しんだと思います。 70歳の人生をおもいっきり生ききったのではないでしょうか? 人の倍以上の濃い人生。 生き方だったのではないでしょうか。
子供の頃は何も意識して考えたことすらなかったのですが、僕も少しは大人になり母親の凄さ、一人の人間としてすごい人だったなとつくづく思います。
一生懸命にやること。
精一杯やること。 なんかそんなことを教わった気がします。
でも それはシンプル過ぎて、当たり前すぎることなのかもしれないけれど。
でもそれが一番大事な気がしました。
そんな感じだったのかなと思います。
精一杯やる。 ちゃんとやる。 自分の持ってる力で。
なんかそんな母親を素直に尊敬できます。
こんな近場に偉大な人がいたとは今なって気がつき、反省しました。
とにかく母親。 千山閣のママはとてもすばらしい生き方だったのではないかなと。
自分の母親だからといって特別視するわけではないのですが、素直にそう思います。
今思うと珍しい女性、人だったなぁと思います。
母親としても。 良い意味でおもしろい母親だったなと思います。
そんな ぱぁーっと明るい太陽みたいな千山閣のママに今まで仲良くしていただいた方々、いろんな所へ遊びに行っていただいた方々、ご指導していただいた方々みなさまに再び厚く御礼させていただきます。 ありがとうございました。
これからも城南店、山王店共々成長していきたいと思います。
引き続きあたたかい目で見守っていただければ幸いです。
ありがとうございました。